連載小説
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プロローグ
リュックサックを背負い、ジーパンにTシャツ姿のワーウルフが境内へと続く山道を一人歩いている。
秋も深まり気温がぐっと低くなったこともあって、鎮守の森の木々は葉を見事に紅葉させている。その日、宮本あやめは学生時代より親友として付き合いの深い山田春代に会うため、彼女が仕える神様を祀る神社へと向かっていた。

「しかし、休日も仕事とは。春の奴も勤勉だね〜。」
実は今日、親友と会う約束をしていない。
自分の予定していた仕事が突然無くなり、スケジュールが空いたためにアポなしで春代に会いに行くことにしたのだ。少し前より彼女に会ってある事に関して話がしたいと考えていたあやめはまず、春代と彼女の夫が暮らす家へと向かった。すると家に彼女はおらず、なにやら近日中に行われる祭りに関しての打ち合わせがあるから神社へ出ていると庭仕事をしていた彼女の夫、山田利一に言われたのだった。春代の家から春代が仕えるその神社まで歩いて五分程度。たぶんそんなに時間はかからないだろうから春代が戻ってくるまで家で待たないかとも言われたが、春代と話したいことはなるべく目の前で愛想よく笑う旦那抜きで話したい内容だったので、それを固辞し神社へと向かった。

しっかりと手入がされ、整備された道を進み鎮守の森を抜け境内にたどり着く。
まずはいつものように賽銭を賽銭箱に入れ二拍一礼をして挨拶をし、おそらく春代と打ち合わせ相手がいると思われる社務所へ向かう。昔は賽銭も挨拶も無しに真っ直ぐ春代の元へ向かっていたが、それを知った親友の心が冷える様な頬笑みを見て以来、こうしてちゃんと挨拶をするようにしている。すっかり手なずけられているなと苦笑いを浮かべつつあやめは社務所へと続く小路を進んでいくと、春代ではないが見知った者の背中が見えてきた。蜘蛛の下半身に、銅島の字が染められた半纏を羽織っている深い緑色をした人間の上半身、そして頭から角をはやしている知り合いは一人しかいない。
「おお、誰かと思えば葵じゃないか!!」
そこにいたのは、ウシオニの銅島葵だった。
彼女は確かな腕を持つ花火師で、生まれ育った故郷で『銅島花火工房』を営んでいる。
「ん?おや、棟梁か。お久しぶりだね〜!!」
蜘蛛の脚を器用にその場で動かしてこちらに体を向け、あやめの姿を確認した葵はにっこりと笑い挨拶をしてくれる。

葵とは数年前に春代の紹介で知り合った。
なんでも『銅島花火工房』の県外で初めてお得意様になってくれたのがこの神社らしく、夫婦で打ち合わせや花火を打ち上げるためにこの神社を何回も訪れるうち、その対応をしてくれた春代と意気投合してお互いの家に遊びにいくほど親密な仲になったのだと言う。そしてたまたま葵が春代の元に遊びに来ていた時にあやめが訪れ、春代に銅島夫婦を紹介してもらったのだ。ウシオニらしく豪放磊落で荒々しいところもあるが、真っ直ぐで裏表の無い性格の彼女を春代もあやめも好いている。葵が県外に住んでいるのでそんなに頻繁に会うわけではないが、会えば馬鹿な話から夫とののろけ話まで気兼ねなしに話ができる間柄だ。
「今日は旦那さん、いないのか?」
「ああ、武志は地元の客のところに行ってくれていてね。だから今日はアタシ一人で春代に会いにここまで来たってわけさ。棟梁はアタシに会いに来たって訳ではない…よなあ。」
「ああ。でも久しぶりに葵に会えて嬉しいよ。今度また、一緒に見せつけ合いながら旦那を犯そうぜ〜。」
「望むところさ!!お互いに旦那をひぃひぃよがらせてやろうな〜。」

「あらあら。いつでも会えるうちには…挨拶さえもしてくれへんの?」
葵と力強く握手を交わしながら和やかに話をしていると、葵の影からひょっこりと春代が顔を出す。
腰のあたりで綺麗に切りそろえた美しく長い白髪、透き通るような白い肌、妖しく光る紅い瞳、そしてなによりも目を惹く白い鱗に覆われた蛇の下半身。まさに春代は白蛇然とした風貌をしている。そんな彼女は恨みがましい声をあげ、じとっとした視線を半眼からこちらにむけているが、長年の付き合いからそれが本気ではない事は一目瞭然だ。

「あーちゃんを葵さんに取られたみたいで、嫉妬してしまいそうだわ♪」
「はいはい、俺は罪な女だなっと。そんなことより話がしたいんだが、二人の話はまだかかりそうか?」
あやめの冗談を適当に聞き流しながら葵に尋ねる。
「いや、ちょうど終わったところさ。もう大丈夫だよ。むしろ早く終わったからお茶でもするかと言ってたのさ。」
「そうか…それなら葵もよかったら俺の話を聞いてくれないか?」
「ああ。時間はあるし、アタシでよければ話を聞こう。」
「ナチュラルにうちを無視するのは、ひどくない?」
「じゃあ立話もなんだし、社務所の鍵を空けてくれよ。春。」
「うう、うちはただの便利な女なんやね…」
春代は泣き真似をしながら社務所の鍵を開け、二人を招き入れる。
「はいはい。体は素直だねっと。失礼しますよ〜。」
「ははは。あんたら二人のやりとりはいつみても面白いね!!」
こうして開けられた社務所の玄関にウシオニの笑い声が響く中、三人の魔物娘は建物の中に入っていったのだった。






「それで。あーちゃん、話ってなんやの?」
春代は二人の前にお茶を置いて尋ねる。
自分がお茶の用意している間、久しぶりに再会した葵と嬉しそうに言葉を交わしていたあやめは、ありがとうと礼を言ってお茶を一口啜った後、背負っていたリュックサックから何かを取り出し私たちの前にそれを置いた。
「おう、それはな…これを渡したくてよ。」
「なんだい、これ?」
「ウォーター・クーラー…?」













社務所で使われている机の上に置かれたのは、ウォーター・クーラーのような、コーヒーメーカーのような形をした何かだった。

大きさは縦25センチ、横15センチ、奥行き20センチくらいだろうか。
ドリンクバーのようにコップを置く部分と液体が出るのかその真上にノズルがある。そして前面には左から緑、青、赤色のボタンが並び、青色のボタンの上には黄色のボタンが付いている。他にも液晶や点灯しそうなライトがついているが、電源が入っていないせいか今は何の変化も起こっていない。それは、今まで見た事が無いものだった。
「ホントにこれは…なんなん?」
元々機械に詳しいわけではないので、見ていても何が分かるわけでもないと早々にあきらめ持ってきた本人に尋ねる。すると、想像もしなかった答えが彼女の口から返ってきた。
「これは…分身薬専用のサーバーさ。」
「「分身薬!?」」
分身薬っていうと―――葵が珍しく困惑した表情を浮かべながらあやめに言う。
「あのバフォメットやらがやってるサバトが作る…男が分身する、アレだよな?」
春代は葵の言葉を聞きながら、自分が想像していたものと同じものを葵が想像していたことで少し安心した。あまりにも突拍子の無い言葉だったために、自分が聞き間違えてしまったのかとさえ思ってしまった。

分身薬―――
それは生涯にわたって一人の男に添い遂げる魔物娘たちが、複数のプレイや輪姦を楽しむために作り出された薬。使用対象は男性で、飲んだ量によって分身の数は変化する。2〜10人ほどの分身が適度だとされているらしい。
分身薬を開発したのは魔物娘の中で最上位に存在するともいわれるバフォメットで、流通する分身薬の殆どが彼女たちの主催するサバトが生産したものだ。サバトや彼女たちの『幼い少女の背徳と魅力』、『魔物らしく快楽に忠実であれ』という基本理念を普及させるため、夫とより奔放でより深い性を謳歌するため、良心的な値段で誰にでも手に入れる事が出来るように販売されている。春代は使用した事が無いが、家族に愛用者がいるので、分身薬自体は見た事があった。しかし、それは瓶に入っていたし、あやめの言葉を借りればサーバーに入っているものなど見たことも聞いたこともない。そもそも分身薬をサーバーに入れなければならない様な訳などあるのだろうか…。

「そう、その分身薬だ。」
春代と葵の言葉を聞いたあやめは頷きながら肯定する。
「でもよ、普通分身薬って瓶とかに入ってるんじゃないのかい?」
「それに、分身薬を使うにしてもこんなよくわからないボタンやらをランプやらがついたサーバーを使うなんて、聞いたことも見たこともないいんやけど?」
立て続けになされる質問にあやめは分身薬の入ったサーバーをペしペしと叩きながら説明を始める。
「いや、このサーバーにはちゃんとした意味がある。というかこれがなければ普通の分身薬だしなぁ…。」
「普通ってことは…何かしらの変化が起こるん?」
「ああ、そうさ。このスイッチで分量や変化の量をコントロールするってわけさ。」
そこまでいったあやめの言葉を葵が遮る。
「おいおい。アタシはそんな話、今まで聞いたことすら無いんだがな。本当にそれは安全なものなのか?」
「ああ。間違いなく安全だよ。俺は貰ってから数回使っているが特に問題は起こってない。間違っても旦那が不能になったり、陰茎がちっさくなったりはしないさ。」
「あーちゃん。そろそろちゃんと真面目に説明して。うちら、怒るよ?」
私は口角を僅かに上げ、うっすらと青筋をたてながら冗談を言ってへらへらと笑うあやめに迫る。
「すまん、怒るな怒るな。ちゃんと説明するよ…おほん。事の発端はな…」
あやめは笑いながら両手を挙げて降伏のポーズをした後、一つ咳をして後にのんびりと説明を始めた。








あやめの口から出たのはこのジパングで指折りの製薬会社の名前だった。
「そこの会長さんが、俺ん所のお得意様でよ〜。」
彼女が言うにはその製薬会社の現会長であり、起業者である人物がキーポイントらしい。
あやめが棟梁を務める『宮本組』は本来、神社仏閣の修繕や建築を専門としているのだが、先代の時代よりその会長と密接な付き合いがあると言う事で、その人物からの依頼は例え新築の一軒家を作るといった普段はしないような依頼でも喜んで受けているのだそうだ。

そしてどうやらあやめはその会長にひどく気に入られているらしく、部下の家を建てるのにわざわざあやめを指名したり、突然やって来ては酒宴に誘ったりするのだそうだ。

「まあ、これを言えば二人も話の筋が分かるだろうが…その会長はバフォメット、なんだ。」
会長とのエピソードをいくつか話した後、何故か声を小さくしてあやめは呟いた。
確かにその内容は、私たち二人の疑問をかなり減らしてくれるものだった。それまで眉を顰めながら一体どう分身薬とこの話が繋がるのだろうかと聞いていた葵もようやくどこか落ち着いたかのような表情であやめの言葉を待っていた。

「そして、その会長が今もっとも力を入れて開発しているのが…このサーバーであり分身薬なのさ。」
どうやらそれは、会長の肝煎りらしい。
なんでもサバトや会社に所属しない外部の識者も極秘に参加させて開発を進めているらしく、会長曰く「ある意味ではわしらサバトの基本理念とは正反対の技術を研究したのじゃ!!」と豪語しているのだとか。本来であればその技術はいくらでもオープンにするべきなのだろうが、会社という形態をとっていて多くの社員やその家族の暮らしを保証するため、極秘に開発されているのだから勿論、未だに流通もしていないし、存在を知る者も殆どいないらしい。

では何故あやめがこうして持っているかと言うと、ほぼ完成形に至ったこの薬のモニターになってくれないかと直接打診されたのだそうだ。ただ、そこであやめは受け取るだけでは無く、余分にもらえないかと…信頼できるモニター候補に心当たりがあるから、その分もくれないかと尋ねたのだそうだ。
「そしたら気前よくぽんとくれたのさ♪」
ちなみにそのモニター候補は誰なのかと尋ねようかとも思ったが、こうしてここにあやめがいる以上聞くのも野暮ったい気がしたので聞かなかった。


そういう経緯で、現在そのサーバー…正確に言うと『分身薬(改)』という新薬は私たちの前にあるらしい。

「しかし、なあ。その話を聞いて何故棟梁が見たことも聞いたこともないものを持っているのか、それは納得したが…そんなに面白そうなものには思えないがなあ…」
葵はその大きな手でサーバーをひょいと持ち上げまじまじと見ていたが、そっと私たちの前に置きながら言葉を続ける。
「それに一個しかない上に元々春代にあげるみたいだったし、アタシには関係ない話だなあ。」
「いーや。俺の話を最後まで聞いたら…いやでも興味がわくと思うぞ〜。それに安心してくれ、まだ予備がうちにあるから葵にもちゃんと譲るよ。」
「えらい、自信満々やね。まるでその製薬会社のセールスマンみたいやん?」
にやにやと下卑た笑みを浮かべ、確信を持って発言する友人を如何にも胡散臭そうに見つめながら尋ねる。するとあやめはうっとりとした表情を浮かべながら言葉を返す。

「ああ…なんせ、その薬の所為で俺の新たなる性癖が開発されちまったくらいだから、な〜。」
「なにッ本当か!?」
葵がその言葉に反応し、勢いよく前に乗り出す。
普段はウシオニの中でもかなり温厚でマイペースな葵だが、こういう話を始めると人が変わった様な反応を示す。
「ああ。今から全部説明してあげるさ、何もかも。勿論春代も興味あるよな?」
あやめが挑発的な視線を向けてくる。
「ふふ、うちも好色な魔物娘のはしくれ…そんな面白そうな話を聞き逃すと思う?」
「そうこなくっちゃな〜♪」

楽しそうにそう言ってあやめは居住まいを正し、サーバーを目の前に置いて説明を始める。


「この、分身薬(改)はだな……」


13/11/09 23:09更新 / 松崎 ノス
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■作者メッセージ
というわけで、今回もまた自分のへんてこりんな発想というか妄想で魔物娘のみなさんが暴走する話を書いていこうと思います。

相変わらずなテイストで進行していきますが、お付き合い頂ければと思います!!

次回は分身薬(改)の全貌と、春代をメインに書いていきます。

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