連載小説
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ウチの冷蔵庫
「お前またかお前よりにもよってチクショウお前……」

ごくごくありふれた住宅街のアパートの角部屋。
そこには、冷蔵庫を全開にしたまま、orzとくずおれる男の姿があった。
というか僕だった。
素足でフローリングを歩くのも厳しくなってきたこの頃、床についた掌が冷たい。
しかしながらそれ以上に、特に理由のない理不尽なショックが脳内を占めていた。

「ラ・ブランシェのチーズケーキはやめろよ……、わざわざ名前書いてただろチクショウ……」

もはやチクショウとしか言えない。
なぜその隣に置いていたコンビニプリンを持っていかなかったのか。
ピーピーピー、と庫内温度の調整を知らせるアラームに盛大にため息を吐く。

「この不良品が!!」

八つ当たり交じりに冷蔵庫の戸を叩きつけるように閉める。
良い子は真似しないでください。



最近、冷蔵庫の中身が消える。
あえて言っておくが、そういう仕様というわけではない。
一人立ち祝いに母さんが買ってくれた、当時は最新モデルだった普通の冷蔵庫だ。
いったいいつからこんな怪奇現象が起きていたのかはサッパリ見当がつかないが、きっかけは先週のことだった。
せっかくの花金、たまには飲むかと糸こんと親かしわの煮しめを肴にしようとしたら、手をつけた覚えもないのに影も形も無くなっていた。
まさかのつまみ無しに、開けてしまったチューハイを飲み干して悲しい夜を過ごした。

正直、この時はボケていたのかな? 程度にしか思っていなかった。
物忘れの激しい性分ではないが、些末事をイチイチ覚えていられるほど几帳面ではないつもりだ。
しかしながら、そんな小さな『ボケ』でも積もれば違和感になる。
作り置きした揚げびたしのおナス、自分へのご褒美と買ったコンビニスイーツなどなど、無差別に消えていく品々に気付いたときは少しイラっときた。

極めつけは今日のチーズケーキ。
駅前スイーツ特集で見かけて以来、たまの贅沢に、自分へのご褒美にと口実に口実を重ねて予約し、どうせなら何の気がかりもない花金にと、それはもう酪農家が乳牛に愛情を注ぐかのように大切に大切に取っていたチーズケーキが無くなっていたらチクショウめぇ!! とヒトラりたい。

この冷蔵庫にはきっと妖怪か何かが憑いているに違いない。天狗じゃ、天狗の仕業じゃ。

「家賃払えクソッタレ」

仕方なく、チーズケーキの隣に置いていたカモフラ用コンビニプリンのフタを開く。
正直、盗られるんじゃないかという懸念があったゆえの抵抗だったのに無駄になってしまった。
もうこれ冷蔵庫買い替えてやろうか、今度はセコム付の冷蔵庫買おうチクショウ。
二度目のため息をこぼし、スプーンでプリンを掬おうとしてはたと気付く。
そう言えばこれカラメルソースが別で付いてたんだったわ。

「ったく、カラメルソースもセットで置いとけよ俺……」

自分の失態のくせに愚痴をこぼして、冷蔵庫の戸を開く。
どこに置いたかとカラメルソースを探そうと覗き込み、はてと違和感を覚える。



なんか、冷蔵庫の奥が緑い。
ゴツゴツと大きなトカゲのウロコのようなものがびっしりと並んで、冷蔵庫の奥がてらてらと照明を反射している。
言っておくが、そういう設計では断じてない。
我が冷蔵庫はお化けのQ太郎もビックリなまっしろしろすけである。
あれー、おかしいなー、と思いながら更に覗き込む。



目が合った。



金色の瞳が、ジャム瓶とマーガリンの隙間からこちらを覗き込んでいた。
ぶわりと頭のてっぺんから足の爪先へと鳥肌が走ると同時に、その瞳がカッと見開かれた。
瞬間に、冷蔵庫の奥からニュッと、宝石のようにツヤツヤとしたウロコに覆われた大きな手が伸びてきて、冷蔵庫の戸に掛けていた手首をガッと掴んだ。
ファッ!? と笛から空気が溢れたような不調法な悲鳴が漏れる。

天狗じゃなくて、貞子の仲間がいたようです、この冷蔵庫。

「イ゛ェ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!? ごめんなさいごめんなさい家賃払えとか言ってごめんなさい祟らないでください!?」

振り払おうにも力強く握られているせいか、腕がピクリとも動かない。
ぅゎさだこっょぃ!!

「お、オイ貴様! 少し落ち着け!!」
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!?」
「落ち着けと言っているだろう!?」
「おおおお前お化けに落ちちゅけ言われて落ちちけるかバーカバーカ放せバーカ!!」
「バッ!? バカでもお化けでもない!! 頼むから話を聞け!!」
「ああああ手ぇぇぇえええ!? 手首折れる手首折れる手首折れる痛い痛い痛い!!」

ミシミシと骨の軋む音に悲鳴を上げると、慌てたようにパッとウロコに覆われた掌が放される。

「! す、すまん!!」
「え!? いやそこで放すの!?」

いや別にいいんだけどさ!?
未だに痛む手首を揉みつつ、突っ込んだら少し落ち着いた。
人間意外とどうでもいいことで冷静になるらしい。

「………………」
「………………」
「……あー……、落ち着いた、か? その、すまなかった」
「へ!? いえいえ別に謝るほどのことでは……」

なんだこの雰囲気。
というか、なんだこれ。
冷蔵庫の奥から伸びた、エメラルドのようなウロコに覆われたこの手は本物だ。
先ほどから聞こえる女性的な声は、紛うことなく人間の声である。

……えっ、このトカゲの手ぇ大きくしたみたいなヤツ女なの?

バクバクと上がる心音に大きく息を吸って吐く。
いえ、女性相手に緊張しているのではなくSANチェック入っただけなのでお気遣いなく。
そういえばさっき見た金色の目の中には、ケモノのような縦長の瞳孔が収まっていたような。

「オイ、私の質問に答えてもらっても構わんか?」
「ウェッ!? えっ? し、質問?」
「うむ。あぁ、身構えることはない。誓って言うが、私は貴様に危害を加えるつもりはない」

そんな堅苦しいお言葉に『身構えることはない』とか言われましても……。
思わず佇まいを直して正座する。

「それで質問なのだが……、貴様はこの箱の中に住む妖精の類か?」
「は? 妖精? ……と、言いますか……冷蔵庫の中にいるのは貴方の方では……」
「む……?」
「いや、む? と言われましても……」

どうやら、お互いの認識に齟齬があるらしい。
「この箱はレーゾーコと言うのか」などと向こうではトンチンカンな呟きが聞こえる。
というか、だ。
辻褄合わせで考えてみれば、ひょっとしてチーズケーキ盗んだのはコイツなのでは?
思考がそこに至ったところで、彼女の声が続いた。

「ふむ……何やら事情が掴めないが、何はともあれ感謝する。貴様の馳走、美味であった」
「あ゛?^^」

高飛車な物言いに血管がキレそうになった。
が、彼女は気付いた様子なく続けた。

「今まで口にしたことのない妙味だった。しかし、他人が作ったものを食べたのは初めてだった」

とても美味であった。
繰り返されたまるで褒めたたえるような口調に、むっと溜飲が下がる。
チーズケーキやコンビニスイーツも盗られたが、手料理を美味いと言われては弱い。

「それと、これだが……」
「あ、俺のケーキ」
「やはり、か。この字は貴様の名前か?」

スー、と滑ってきた見覚えのある箱は、ラ・ブランシェの包装だ。
ちょうどマジックで名前を書いた面を差し出され、そうだと返す。

「……すまない。今まで私の馳走だと思い手をつけていたが、貴様の糧だったようだ」

む。
何をどう間違って自分のメシと勘違いしたのか意味不明だが、この貞子トカゲ話が通じないわけではないらしい。
というか、この流れ怒ったらまるで俺が狭量みたいじゃないか。
……ったく。
ガシガシと頭を掻いて、あ゛ーとか唸ってみる。

「……あのさ、シュークリームも美味かった?」
「しゅうくりいむ? あの甘いものを包んだフワフワか? うむ、舌の上でとろけるようで、実に美味かった」
「なんだ、甘いのもイケるのか、気が合うな。じゃあケーキも食ってみるか?」
「けえき?」

一体どこの箱入り娘なんだコイツ。ケーキもシュークリームも知らないとか。
あ、いや箱入り(物理)だったわ。

「いや、それは貴様の糧だろう。私がそれを口にする理由がない」
「今まで散々食ってたじゃん、今さら気にすることないって」

包装を解き、中のケーキを2切れ取り出す。
その内1つをお皿に乗せて、冷蔵庫の奥へと押し出すと、戸惑うような気配が伝わってきた。

「そ、それを言われると痛いが……」
「ならその詫びってことで付きあってくれよ。甘いの嫌いじゃないんでしょ?」
「…………こんな事が詫びになるのか? いや、私は嬉しいがこれでは……」
「マジメだなーアンタ。いいのいいの、こっちも嬉しかったから」

悪いお化けじゃ、ないのかもしれない。
手料理褒めてもらっただけで絆されすぎかもしれないが、味覚も合うところが気に入った。
??? と怪訝な雰囲気を漂わせてくるが、彼女はおっかなびっくりケーキを受け取ってくれた。



その後、ケーキを茶菓子代わりに色々と聞いてみた。
人間、落ち着いてみたら意外と怪奇現象にも立ち向かえるものである。
彼女の言い分が本当ならば、彼女は自分の持っていた箱が何故かウチの冷蔵庫に繋がっているらしい。

日々変わっていく中身に興味をそそられ、試しに一つ手に取って見たらつい口にしてしまった。
美味しくて、次の日にもまた美味しそうなものがあって、やはり美味しくて。
この箱が私のために料理を出す魔法の箱だと思った。

らしい。
何だこの人、そんなキリッとした目鼻立ちで、そんな厳ついお手てでメルヘン入ってるのか。
可愛いなオイ、ビビるわ。

「事実は小説よりも奇なり、ってヤツ? こんなヘンテコな話ガチであるもんなんだな」
「ハハハ、こういう話なら、私はヘンテコでも嬉しく思うよ」
「だな。おねーさんが話通じる人で俺も良かったわ」
「そう、か? 如何せん、人とまともに言葉をかわすのも数年ぶりでな。変な所があれば気を遣わずすぐ言ってくれた方が嬉しい」
「なに? アンタどっかの箱入り娘なの? お嬢さまなの?」
「……? 言葉の意味がよく分からないが……、わたし、は……」

と、不意におねーさんの言葉が途切れがちになる。
うん? と首を捻ると、探るような声音がおっかなびっくりと冷蔵庫から響く。

「……尋ねたいのだが、キミは魔物を見たことがあるか?」
「んぁ? マモノ? マモノって……スライムとかオーガとかの魔物?」
「なんだ、知っているのか。杞憂だったようで何よりだ」
「???」

良かった、安堵のため息とともに零された言葉に、はてと首を傾げる。
暗に何かをほのめかしたようにも聞こえなかったが、いったい何だったのだろうか?
しかし、そうかそうか、うんうんと嬉しげに頷く声に、まぁいっかと流した。

「そう言えば名乗っていなかったな。私はカフゥという、キミの名前を尋ねてもいいか?」
「カフゥ?」

なんだかチャイニーっぽい名前だけどそれっぽくないなこの人。
というか外国人なのにこんな日本語上手いのかスゲーなオイ!

「あぁ失礼。俺は佐々木な」
「ササキ、ササキだな。うむ、確と憶えた」

ところでササキ、とカフゥが続ける。

「礼は弾む。少し頼んでもいいか?」
「うぇ? まぁ、俺にできることならいいけど……」
「私も無理に言うつもりはない。それで頼みなのだが、これからも貴公の料理にご相伴与りたい」
「…………と、言うと?」
「…………その、盗人猛々しく聞こえるかもしれないが、またキミの食事を分けてくれないか?」

あぁ、そんなことなら。
随分と物々しく言うものだからいったい何を言うのかと思えばその程度。
別に冷蔵庫の中身がゴッソリなくなるでも無し、むしろ事前に了解を得て取っていくのであればどうだっていい。
その旨を彼女に伝えると、ありがとう、言葉もないと実に弾む声音で返された。

「とりあえずは、先までの詫びと、けえきの礼だ。受け取るといい」

ゴトリ。
そんな鈍い音が冷蔵庫に重く響き渡る。
思わず、は、と口から空気が漏れた。



冷蔵庫の照明を一身に受け、小金色に光り輝く直方体のそれは、金の延べ棒のように見えた。

というか、メッキじゃなければ、間違いなく金の延べ棒だった。

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

うるせぇ!! と隣の部屋から壁を叩かれる。
いやいやいやいや、え? いやいやいや、え? これマジで金? ゴールド? ボールドじゃなくて?
そんな10万ドルPONとくれたぜみたいなテンションで渡していいものだったっけ?
今の僕には理解できない。

「ど、どうした? 足りなかったか?」
「はァ!? た、足りな、うぇぇ!? いやちげーよ逆だよお前バカじゃねーの!?」

トカゲ貞子かと思ったら箱入り娘(物理)で、箱入り娘(物理)かと思ったら金銭感覚のぶっ壊れたファンタスティックブルジョワ女だったでござるの巻。
何を言っているのか わからねーと思うが おれも 何をされたのか わからなかった……。

「む、失敬な。人の謝罪をバカ扱いとは……」
「いーや言わせてもらうね!! カフゥお前どんだけ緩んだ金銭感覚なんだよ!? カーチャンあんたが誰かに騙されやしないか心配だよ!!」
「私は相応の対価を支払おうと……」
「三品合わせても500円いかねぇよバッカお前!!」

ちょっとそこに正座なさい!! と流れでお説教することに。
しかしながら残念なことに、彼女の切出し「ごひゃくえんとは何だ?」という言葉に挫けかけた。
俺なりにオゼゼの尊さについて30分ほど時間をかけて語ったが、正直伝わった気がしない。
というか彼女がオゼゼの概念に疎かった可能性が微レ存という始末でさえあった。

「むぅ……、だが私に渡せるものはこの程度しかないぞ……」
「何なのお前、石油王の娘か何かなの? いや別にいらねーよそんなん、こえぇ」
「ハハ、財宝が怖いとは面白いことを言うなササキ。しかし馳走に与る私はキミに相応の対価を支払うべきだ、さもなくば私の沽券に関わる」

堅っ苦しいなぁコイツ……。
ズレた金銭感覚やらまともな料理も知らないあたり妙に浮世離れしているくせに、借金取りばりに几帳面なんだけどこの人……。

「そんなん『ごちそうさま』の一言で充分だろ、メンドくせーなお前」
「そう、いうものなのか? そんな言葉だけで、本当に足りるのか?」

うぅむ、と唸るような声に、本当にメンドくせー人だなこの人はと思う。
いったいどんな環境で暮らせばこんな常識知らずの堅物が生まれるんだ?

「……その『ごちそうさま』だ、ササキ」

万感の思いをこめて。
そんな言葉に相応しい言い方に噴出しつつ、お粗末さまでしたと返す。
たかが糸こんとナスとシュークリームに大袈裟な、なんて思いつつその後も世間話に興じた。

◆ ◆ ◆

冷蔵庫でのご対面からはや数日。
仕事から帰って冷蔵庫を開いては「お帰り」「ただいま」と話す程度の仲にはなった。
しかし話せば話すほど、カフゥの非常識ぶりが露見している件について。

例えば、俺は彼女に料理をお裾分けするという約束をしていた。
まぁ食べてもらうのが前提ならば、とリクエストを聞いてみると、彼女はそもそも料理というものを知らないから俺に任せているのではないか、と思える節があるのだ。

具体的には一昨日、日本国民なら知らぬ者はいないとかの有名なカレーライスさまを作った。
まぁ、日本のカレーも本場インドから見たら何これぇ? なものであることは知っている。
しかし日本カレーはその味から世界中にも普及しているはずなのに、彼女はそれ以前にそもカレーとは何ぞやと聞いてくる始末であった。正直ツッコミ待ちのギャグかと思った。

また、試しにお前普段なに食ってんの? と聞いてみたら、ブタの丸焼きだが? と、さも当然と言わんばかりのワイルドゥな回答が返ってきた。
貞子なのか箱入り娘なのか石油王なのかはたまたバーバリアンなのか属性が多すぎてもう訳が分からないよ状態である。

あんまりにあんまりな食生活に、彼女にお裾分けする料理には必ずサラダを添えている。
毎日、冷蔵庫を覗いて料理がなくなるたびに「よしよしちゃんと食べてるな」とまるでペットの面倒を見ているような気分になってくるが、カフゥが美味しそうに報告してくるので仕方ない。

「あの深緑色の葉っぱ、見た目と違って味わい深い風味があってとても美味であった。オヒタシ、と言うのか。機会があればまた頼んでもいいか?」
「海藻とあの薄くて白いの、キュウリと言うのか? 口に含んだら酸味があって驚いた。あ、いや、これも美味かった、が……いや正直に言うと少し苦手な味だった。そうか……、体にいいのか……」
「なんなんだあのキュウリのようでいてゴツゴツした緑色!? 肉やトーフとやらは程よい塩気があって非常に好みだったのだが、あの緑色だけ異常なまでに苦かったぞ!? そういう食材なのか!? 恐ろしいものを食べるのだなキミは!!」

失敬、後半は面白がって苦手そうなものを狙って作った。
しかし出されたものを残さず、律儀に「ごちそうさまだ」と毎日言われては餌付けしている気分にもなろう。ペットの健康管理は飼い主の義務である。





「ササキはいい嫁になりそうだな」

休日出勤を終えたとある夜。
不意にカフゥがそんなことを言った。

「えぇ〜? それ言うならお婿さんじゃないの? 俺、男だぜ?」

今日の夕飯は軽めに、ホウレン草のココットカマンと近所のパン屋のバゲット。
「なんだこれは!? サンダースライムなんて種族いたか!?」とカフゥが喚いたコカ・コーラ。
冷蔵庫の奥に、焦げ目のついたココットカマンとバゲットを送り出し、至極当然のことを言ってみる。

「ハハハ、そうだった。しかし何だ、キミはそういう相手はいないのか? これだけ料理の腕が立ち心配りもできる、かつそのような愛らしい顔立ちであれば一人や二人いるんじゃないか?」
「いや二人いたらヤベーだろ……」

というかしれっと人が気にしてることをお前……。
しかし、うーん……彼女、彼女かぁ……。

「んー……、いや、前にそういう相手がいたことにはいたんだが……、あぁ〜……」

そこまで口にして、あ、と固まる。
こんな言い方、聞いてくれって言ってるようなもんじゃないか。
あぁ〜、と項垂れるのも後の祭り。
しかし、カフゥはふむと一つ頷いた。

「話しにくいことなら無理に聞くつもりはない。だが、それがキミの助けになるのなら私は聞きたい」

……このイケメンはホントもう。
改めて気付いたが、俺はこの冷蔵庫の先のお隣さんに気を許し過ぎている。
それが悪いことじゃないが、なんだか妙に燻られる。
盛大にため息を吐いて、ガシガシと頭を掻き乱す。

「……お前、いいヤツだよな」

蟠る気持ちを素直に吐き出し、あー、と言葉に詰まる。

「まぁ、俺に見る目がなかっただけの話なんだがな」

キープ、という言葉をご存知か。
分かりやすく例えるならば、バレンタインで言うところの『本命』と『義理』その後者である。
本命までのツナギで体裁を繕うべく、もしくは本命ありきの手慰み的な、いわゆるサブである。

「なぁんか本妻的な? は別にいたらしくて、知らない間に自然消滅させられたらしい」

要するに当て馬的ポジション、残念ながら俺はその立ち位置に図らずも立たされたことがある。
良いように振り回された記憶が今でも苦々しく、おまけに『彼氏持ちにこだわる惨めな間男』のようなイメージを勝手に流されたのはもはや呆れて笑いしか出てこなかった。

「……解せぬな。要するにその女、ササキとは別に懸想していた男がいたのだろう? なぜササキと交際するという行動に移るのだ?」
「さぁ? アレじゃない? 好きな人にヤキモチ焼かれたいとかなんとか」
「そのためだけにササキに言い寄ったと? ……傲慢なニンゲンもいたものだな」

傲慢? 今までに聞いたことのない感想に首を傾げる。

「傲慢と言わずして何と言おう。私欲で他人を使い捨てる、真っ当な感覚ではないな、反吐が出る」
「あー……そういう見方もあるか」

この話を聞いた友人の感想は三つ。
@女なんて星の数ほどいるさ、酒でも飲んで忘れようぜ☆
Aこれだから三次元は、佐々木も一緒にぷりきゅあ見るか?
Bうるせぇそもそも彼女なんていたことねーよバーカバーカ!
慰めるでも茶化すでもない真正面から受け止める感想にハハハと渇いた笑いが漏れる。

「青いなぁカフゥ。こんなんよくある話だろ」

むしろインターネットでちょろりと検索すればもっと酷い話はごまんとある。
コカ・コーラを一気に呷り、ポリポリと頬を掻く。

「でも、ま、何だ。お前が怒ってくれて、ちょっと嬉しいや」
「…………キミは、優しすぎる」
「優しいんじゃないよ。どうでもいいから、怒んないんだよ」

買いかぶりも甚だしい。
カフゥの言葉にハハッ、と苦笑をこぼす。
ある意味、付きあった彼女以上に、俺もまた不誠実であった。
なんか告白されて、ちょうど手持無沙汰で、それっぽく付きあった。
彼女に勧めた行きつけのカフェで知らない男と談笑してても『まぁいっか』で済ませた、俺自身にも落ち度はあったはずだ。

「だからもしも次に誰かと付きあったりするんなら、本気で好き合える相手が欲しいなぁ」

一緒にメシ食って、下らないことで笑いあえるそんな相手が。
そんな理想的な相手と出会えるほど、世の中上手くはいかないんだろうけど。

「……………………………そうか」

堅い言葉にハッと我に返る。
待て待て、なんか余計なことを呟いてしまったぞ。
熱くなってくる頬をパタパタと手で仰ぎ、なんちゃってーと誤魔化してみる。

「つってもまぁ、職場にも女性少ないし、そも俺相手に付きあってくれる人もいないだろうけどな!」

何せメシにうるさいし口が悪い!
最低でもこの性格にケチつけないキャラじゃないと俺の相手なんぞ無理ゲーである。

「…………少なくとも、私はキミのことを好いている。だから、そうおのれを卑下するな」
「ハハ、お世辞でも嬉しいもんだ。ありがとよ、カフゥ」
「世辞ではないのだが……、むぅ……」

不満げに唸る彼女に、嫌なことを思い出して冷えていた心がじわりと温まる。
こいつのこういう、天然入った性格はひたむきで、なんだか救われる。

きっと、こういう女が相手だったら楽しいのだろうな。

そんなことを、素直に思った。

◆ ◆ ◆

「かぁー……ッ、クッソ疲れた……!」

今日は、いつもの三倍頑張った。ザクとは違うのだよ、ザクとは。
乱雑にぺぺっと靴を脱ぎ散らかし、グッと両手を天井に伸ばすとバキバキと背骨が鳴った。
やはり我が家は最高だな、安心したせいかドッと疲れが押し寄せてくる。
頭使い過ぎて脳みそ溶けたんじゃねこれ、いや、もう絶対溶けてるわそうだそうに違いない。
顎が外れそうなくらい大きくアクビをかいていると、不意に冷蔵庫からコンコンと音が響く。

「んぉ? あぁ、ただいまカフゥー」

いっけね、ガチで疲れてたみたいだ。
今晩は鍋の余りをうどんで締めるかなぁ、なんてぼんやりと献立を考える。
冷蔵庫の前にドッと腰をおろし、ガチャリとその戸を開いた。

「おかえり、ササキ。遅かったな」
「あぁー、ちょっと立て込ん……で……て…………な?」

段々と声が尻すぼみになっていく俺に、カフゥが冷蔵庫の奥できょとんと首を傾げる。
キリリと凛々しく整った顔立ちで随分とあざと、もといあどけないことをする。



しかし、その、なんだ。その頬の赤い筋は。

「おいおま、どうしたそのほっぺた!?」

幾筋も両頬に走った赤線からは、渇いた血の跡が見て取れた。
思わず夜も深いというのに大声をあげてしまった俺に、カフゥは呑気にいま気付いたと言わんばかりにその痛々しい頬にあぁと手を当てた。

「ああ、すまないなこんな姿で。無礼を許してくれ」
「いや、おま、それどころじゃねーよ!? 何があったんだお前!?」
「うむ、どうも気が弛んでいたようでな。隙を突かれて何発か貰ってしまった」
「何その格闘漫画にありそうなセリフ!? おま、せめて手当しろよ!!」

喧嘩でもしてきたのか、あまりにも唐突な衝撃画像にテンパる。
ちょっとそこで待ってろ、とカフゥにいいつけて薬棚から救急箱ごと引っ掴んでくる。
とりあえず消毒液とガーゼと絆創膏を取り出して、改めて彼女の顔を見やる。

「あークッソ、結構深そうだなもぉ〜……!」
「こんなの舐めておけば治る」
「そんな女子力低い発言許しません! カーチャンはそんな子に育てた覚えはありませんよ!」

ほらこれ傷口に塗りなさい! と、消毒液を手渡し、ぺりぺりと絆創膏からテープを剥がす。
なんなんだホントこの女、メルヘン入ったお嬢さまかと思ってたらとんでもないお転婆娘である。
あたしゃもう親の顔が見てみたいよ!

「ったく、嫁入り前の娘でしょーがアンタはもー! 傷が残ったらどうすんだこのバカちん!」
「別にどうも……」
「ん?^^」
「……すまん」

ん?^^ んん???^^ と威圧する。
さもなくばこのバカは理解しそうにない。
それが分かるくらいには、俺たちは長い付き合いを経たはずなんですがねぇ。

「ったく、消毒したかー?」
「うむ、染みた」
「ほい、ほっぺ出せー」
「ん」

先ほどまでと打って変わって素直に頬を差し出すカフゥに、ん、と俺も手を伸ばす。
痛々しい切り傷に絆創膏を貼りつけ、反対側の頬にも同じく絆創膏を貼る。
いったい何したらこんな物騒な傷が出来るんだよ、ったく。

「せっかくキレーな顔してんだから大事にしろよなー」
「いや、しかし」
「返事は?^^」
「う、うむ」

まったく、妹がいたらこんな感じなんだろうか。
手がかかるにも程があるだろう。はぁ、と盛大にため息を吐いた。

そうか……綺麗、綺麗か……
なーにーかー言ーいーまーしーてー?

笑顔で冷蔵庫に顔を突っ込むと、ビクッとカフゥが飛びのいた。
よく聞こえなかったが、コイツこの後に及んで悪態吐いてたんじゃねぇだろうな。
誤魔化すようにゴホンと大きな咳払いを一つ、彼女は改めてちょこちょこと冷蔵庫に近づく。

「すまない、手間をかけた」
「ホントな。これ以上は勘弁だからもう怪我するような喧嘩すんなよ、心臓に悪い」

そもそも俺は平和主義なのだ。
喧嘩なんて不毛な争い止めて会話しようとは思わんのかねまったく。
なんて20半ばのオッサンが頬を膨らませたところで需要もクソもないのだが。

「……心配してるのか?」
「してるに決まってんだろバカ」

今の今まで一緒に平和にメシ食ってた隣人が、女の子の隣人が怪我してたら誰でもビビる。
一瞬で眠気が覚めて、もうしばらく興奮で寝れそうにないレベルだ。

「そうか」

一つ頷いて、ニコリとらしくなく微笑む。
らしくない、全くもってらしくないが、儚げな華のように微笑む彼女に不覚にもどきりとした。
コイツこんな顔できんのかよ、と赤い顔を隠すように俯いてガリガリ頭を掻く。

「あ゛ーもう……、で? 何か用があったんじゃねーのか?」

誤魔化すように話題を逸らすと、そうだったそうだったとカフゥは呑気に手を打った。
おばあちゃんか。

「しばらく私も立て込むやもしれん。ゆえに、その挨拶を言っておこうと思ってな」
「あらま。お前も忙しいとかあるんだな」
「……キミは私をなんだと思っているんだ」

じっとりとした目にハハハと渇いた笑いを返す。
そりゃお前ブルジョワお嬢さまなんですから毎日引きこもっていらっしゃるんでしょう?
なんて口にこそしないが、俺の笑みに思うところがあるのかカフゥは粘着質な視線を送り続ける。

「……ふん、そのような性格では相手なぞ出来まいな。何の、とは言わんが」
「るっせ。お前だって独り身のくせに自分のこと棚に上げて」
「私はいるが?」





嘘だろ承太郎!?

今世紀最大のビックリ情報に思わずまたも夜更けにデカい声を出してしまった。
喧しい、という怒声と共に壁を蹴られたがそれどころではない。

「え、え、マジで!? なに!? エイプリルフールはまだだぞ!?」
「……失礼な反応をするな。私とて女だぞ、懸想人くらいいる」

えっえっ、ま、マジで!? っていやいやいや待った待った待った!
ん? ん? いま何て? ケショウビト? 懸想人? それってあれじゃね? 片恋じゃね?

「な、なんだよビックリさせんなよ。思わずリア充爆ぜろって叫びそうになっちゃったじゃねーか」
「……む? 随分と余裕だな、まぁいいさ。いずれ先駆けてぎゃふんと言わせてくれる」
「おう、そんときはとびっきり美味いケーキ屋さん紹介してやんよ」
「………………………………」
「お前なにそのチベットスナギツネみてーなツラ」

あんまりにあんまりな醤油顔に、はて? と首を傾げる。
なにか言葉の選択をミスったか? と思うが別にそうでもない気がする。
が、カフゥは機嫌を損ねたように頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた。

「もういい。じゃあな」
「おっおう。息災でな」

ガチャン、と向こう側の戸が閉まる。
女心と秋の空、はてさていったい何だったのか……?





「〜♪」

底冷えするような朝は、無性に雑炊が食べたくなる。
チリメンジャコで出汁を取った小鍋の中に、醤油と塩、ついでに白菜を撒く。
余りものだけで作ろうとしたせいか、具がこれと卵しかないが仕方ない。
シンプルイズベスト、質素こそジャスティスと言い訳してみたところでピーピーピー、と背後のレンジがご飯の解凍を知らせる。
うんうん、タイミングピッタリである。

「ほいっと」

ラップで包んだ米を小鍋に投入。
菜箸で解して掻きタマ投入。あとはフタをして少し蒸らせば完成だ。

しっかしまぁ、あれから数日。
しばらくとは言っていたが、あれからカフゥからの報せは一つもない。
まるで冷蔵庫がどこかに繋がっていたのが夢だったのではないか?
そう思うほどに音沙汰がない。

「まぁ、アイツなら元気にやってんだろ」

なんて思いながら、コンロの火を消す。
中身は見てないが多分大丈夫。いい具合に半熟になっている、ハズ。
なんて、鍋を抱えると不意にカタカタと冷蔵庫が揺れた。
おっと、噂をすれば何とやら、やっと片がついたのかな?

なんて呑気に考える俺をあざ笑うかのように、予想外のことが起きた。





ボンッ!!

背後で何かが爆発したような音がした。
文字通り、まるで漫画か何かのように何の脈絡もなく、ボンッ、と。
意味不明な効果音にファッ!? と振り返ると、ベこべこにへこんだ冷蔵庫の戸。
おまけに中棚三段、中身をぶちまけたジャム瓶、割れた卵に牛乳がフローリングに。
ぶすぶすと煙を噴出す我が家の食卓を支え続けた相棒、冷蔵庫、享年5年弱。
短い一生であった。





「………………俺の冷蔵庫がぁぁあああ!?」

ようやっと我に返った俺は、ようやっと実況を止めて、ようやっと悲鳴をあげた。
中身が勝手に消える不良品かと思ったら、異次元に通じるどこでもドアかと思ったら、まさかの中国産におらワクワクすっぞ。
うわぁ……これフローリングに散った牛乳どうしよう、と見当違いの計算に震える。

が、冷蔵庫の奥から響く金属的な音に、またも現実に引き戻される。

ガキンガキンと、アニメだ映画だで聞いたことのある金属音。
それは、そう……まるで剣と剣をぶつけあうみたいな、そんな感じの。

「………………」

恐る恐る、冷蔵庫の奥を覗き込む。
中棚も、中身も全部なくなった冷蔵庫は見通しがよく、その向こう側までよく見えた。

宝石のようなウロコに覆われた腕で、西洋剣を受け止める女性の姿が。

そのウロコは、肩や太ももといった一部を除いてほぼ彼女の全身を覆っていた。
いや、それ以上に注目すべきは、その翼や尻尾、頭に生えた角である。
まるでトカゲのような、そう思っていたイメージが一気に払拭され、脳内に一つの単語が浮かぶ。

『ドラゴン』

まるで、ファンタジーのドラゴンをそのまま擬人化したみたいな。
なんとなく声のイメージ通り、少し気の強そうな、どえらい美人だった。
つまるところ、俺が今の今までペット感覚で餌付けしていたカフゥは、どうやらそれだったらしい。

ガキィン!!

「!」

カフゥの右手が、西洋剣を振り払う。
その音にふっと我に返るが、しかし頭の中は未だに混乱している。
何やら分厚い皮鎧に身を包んだハンサムが、カフゥを相手に西洋剣を振回している。
まるで映画の中のワンシーンのようだ。

「…………ッ!」

剣戟一閃。
ピッ、とカフゥの頬に、いつぞやに見たことのある一筋の赤い線が走る。
瞬間に、頭の中が沸騰した。

お前か。お前がやったのか。
男のくせに、女相手にそんな物騒なもんブン回してんのかお前。

その西洋剣が本物だとか、彼女がドラゴンみたいな人外だったとか、そういうショックは頭の中から吹き飛んだ。それくらいに沸きたった。
中身が全部吹き飛んだ冷蔵庫は、無理すれば人一人くらいなんとか通れそうだ。
幸いなことに、向こうは相変わらずチャンバラごっこに夢中なようで俺に気付いていない。

女の顔に傷付けるやつなんて、馬に蹴られて死んでしまえばいい。

音もなく彼の背後に忍び寄る俺の姿が見えたのか、カフゥがぎょっと目を丸くした。
言っておくが、こんなこと黙ってたお前も後でチョップするからな。

「! 隙あり!」

背後の存在にまったく気付くことなく、そんなことをのたまうイケメンに足を大きく引く。
ところで余談だが、古武道の技の一つに『玉攻め』と呼ばれるものがある。
多感な君たちなら、きっとエロティシズム溢れる想像をしてくれることだろう。

その幻想をぶち殺す。





しゃーつけっろぉぉらぁ!!!

指先を曲固め、さながら振り子のように遠心力をつけた足尖は、綺麗に彼の股間に叩きこまれた。
事務吏員の紅一点、斎藤さん直伝の痴漢撃退術、またの名を金的蹴り。
それは衝撃を受けたさい、局部に激しい鋭痛、腹部には鈍痛を感じ、さらに吐き気と呼吸困難をもたらす場合もある。ちなみにヒトの感じる最大の痛みと言われているが、一撃で倒すには水平方向でなく、股間の真下から上へ向けて打突する方がいい。
軽い打撃で相手の動きを完全に封じ込めることに加え、一時的に性行為を不能とさせ打撲によるセロトニンの分泌で性的興奮を抑えることもできるため「痴漢にあったら急所を蹴り上げろ!!」とよく言われているのだ。以上、ウィキペディアさんより参照。

要するに、端的に言えば死ぬほど痛いのである。
ズグッ、と嫌な衝撃と共に、イケメンの身体が一センチほど浮き上がる。
瞬間に、声にならない悲鳴が彼の口からあふれ出した。

「○×△☆♯♭●□▲★※〜〜〜!?」

カシャン、と落とされた剣を蹴っ飛ばして合掌する。
拙者、異国の言葉は分からんでござる。
なんまんだぶなんまんだぶ。

「さ、ササキ……? どうしてここに……?」
「や、なんか冷蔵庫くぐったら来れた」

つうかここどこよ?
ぼんやりとした薄明りを放つコケが生えたこの空間、およそ人の住まう環境とは思えない。
キッチンも風呂もトイレもない、強いて言うなら目が潰れそうなくらい眩しい金銀財宝の山がある。

「って何ぞあれ!? うわっ、きもっ、こわっ!!」

あまりにも無造作に、非現実的に積み上げられた金貨やら王冠やらにドン引きする。
なにあれ、宝くじにでも当たったの? こわ。
あぁもうずだかく積まれると、目がくらむよりも先に強烈な違和感を覚える。
よくもまぁあそこまで貯め込んだもので……。

「お、おのれぇ……背後から不意打ちとは卑怯な……!!」

苦悶に満ちた声にくるりと振り返る。
股間を押さえて威厳もへったくれもなく蹲るイケメンにハッ、と鼻で笑ってやる。

「女相手に刃物ブン回してたヤツが随分ご立派なことを抜かすな? お?」
「女? 女だと? そんなバケモノがか?」

嘲るようなイケメンの態度に、こめかみの辺りで何かが切れるような痛みを覚える。
確かに、カフゥの外見は世間一般の女性とは違う。
ついさっき初めてその全身を見たが、ウロコに覆われた両手両足といい、しなやかな尻尾といい、雄々しい両翼といい、その姿は人間というよりも西洋の竜を彷彿させる。
しかし、しかしだ。そのバケモノと言う侮蔑は聞き捨てならない。

「お前さ、随分キレーなツラしてるけど、一度でもカフゥに殴られたか? 引っ掻かれたか?」

その言葉に、男は、は? と間の抜けた声をあげる。

「この私が魔物風情に後れを取るわけがない!」
「俺みてーな何でもないヤツにやられたくせにえらく驕ってんな」
「………………」

苦々しく歯ぎしりする男をじろりと見下ろす。
つい、と視線を動かしてカフゥを見やると、目を丸くして混乱している様子だ。
その頬には、一筋だけ赤い線がザックリ走っている。

「爪が、牙が、力があるのに一度も手をあげなかったカフゥと、見た目に怯えてただほんの少しだけ人間離れした女の子を殺そうとしたお前、一体どっちがバケモノだ」

そう吐き捨ててやると、男はぐうの音も出ないのかもう何も言わなかった。
どこにでもいるものである、自分が正しいと信じてやまない高慢ちきは。
あーったく、こんな説教臭いのは自分のキャラじゃないっての。





「で、カフゥさんや^^」
「ひっ!?」

ニッコリ微笑んで振り返ると、何故かカフゥが小さく悲鳴をあげた。
解せぬ。

「わし言ったよね? 怪我すんなって言ったよね? ん? ん???^^」
「う、うむ。言ったな、うむ」

目が泳ぎまくるカフゥに、ん?^^ と笑顔で迫る。
というか腹立たしいことにコイツ背ぇたけぇな、少し分けろや。

「……いや、その、すまん。しかし、その、やんごとない事情が、その、な?」
「………………ったく、心配かけんなよ、ホント」

歯切れの悪いカフゥから一歩離れ、厭味ったらしくため息を吐く。
何やら一言で言ってのけられるような単純な話ではないらしい。
それについては後でしっかり聞かせてもらおう。

「………………つか、あのイケメンが言ってた『魔物風情に〜』ってなんだ? 中二病?」
「……ん? 待て、キミは魔物を知っているだろう?」
「え? 魔物ってあれだろ? オーガとかミミックとかスライムとか……え?」
「ん?」

どうやら、またもお互いに認識の齟齬があるらしい。
え? ん? とお互いに疑問符をあげていると、彼女の頬からたらりと汗が垂れた。

「……ひょっとしてだが、キミは魔物を見たことがないのか?」
「えっ? い、いやいや魔物って空想上のファンタジーだろ?」
「いや普通にいるのだが……、というか、キミは私がドラゴンだと知っていたのでは?」
「えっいや知らんかったよ? つかマジモンなの? コスプレとかじゃないの?」
「――――――」

虚ろな瞳で遠くを見やり、カフゥはこめかみの辺りを押さえた。
頭痛が痛い、そう言わんばかりの態度にしかし俺の混乱は収まらない。
えっなにこの俺がバカみたいな空気。

「いやまーどっか非現実的な話だなーとは思ってたけど……、改めてファンタジーだなそう言えば」

冷蔵庫がどこでもドアになって、中からウロコに覆われた手が伸びてきて、ドラゴンっぽいコスプレのカフゥと西洋風の剣士っぽいコスプレイケメンが戦ってて…………。
ライトノベルでも読んでる気分だったわ、正直。

「まぁーどうでもいいや、雑炊あっためてるから一緒に食おうぜ」
「どうでも……って、キミはとことんマイペースだな……」
「だって今更じゃん? 魔物、って言われてもぶっちゃけピンとこねぇし」

魔物っていうと、ドラクエとかFFとか、人を襲うイメージがある。
しかしながら、目の前のカフゥがそれなのかと言われると、ないない(笑)と言い切れるだろう。
このお人好しの甘党が、そんなタマには到底見えない。

「人間とは随分とかけ離れた姿形なのだが……」
「だから?」
「…………やれやれ、ササキには敵わん」

肩をすくめるカフゥに、そうだろうそうだろうと笑ってやる。
俺に勝とうなんざ百年早い、とか言ってみる。

さてま、冷蔵庫またくぐって帰るか。
そう思って元来た宝の山に視線を巡らせた。

「………………」
「………………」

そこには、ぶすぶすと黒煙をあげる冷蔵庫と思しき白い箱。
とてもじゃないが、帰れそうには見えなかった。










「やっべ、雑炊冷める」

違う、そうじゃない。と、背後からツッコミを受けた。
16/01/13 11:42更新 / 残骸
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■作者メッセージ
冷めた雑炊って美味しくないよね。
どうも、糸吉ネ土です_(:3」∠)_

なんだかまとまりのないSSになったが私は後悔していない。
『お前2年前のSSはよ締めろや』と言われるかもしれませんが平にお許しを。
今回は2部構成で、ドラゴン側の視点でもういっちょ書こうと思っています。

それではお粗末さまでしたー。

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