連載小説
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無垢
それは今から、10年以上も前の事。
とある教団国家で行われていた聖人の誕生祭の最中、近辺の森に夜空を貫く巨大な光の柱が現れるという現象が起こった。
それは時間にして僅か数秒。しかし国中の誰もが目撃したほどの規模、そして目にした誰もが心奪われるほどの神々しさを持った光。
後日、教団はこれを主の起こした奇跡であると正式に認定。調査の為、一人の司祭を光の柱の中心であった場所に向かわせる事となった。

『何だ、これは……?』

その場所で司祭が目にしたのは、光の柱を中心として放射線状に薙ぎ倒された巨木や大岩。見渡す限りの周囲を地面ごとすり鉢状に抉り、吹き飛ばしたような凄まじい破壊の跡。
それはまるで、巨大な爆発の傷跡のようで……そうしてそれは恐らく正しいのだろう。中心に近づくにつれ破壊の跡はより凄惨になり、原型を留めた物は少なくなってゆく。
そうして彼は、奇跡の中心地へと到達した。
そこに居たのは……その体を白い布に包まれた、一人の赤子。

『っ…………!?』

司教は慌ててその赤子を抱き上げ、まだ息がある事に安堵し――次いで、背筋を凍らせた。
こんな状況だというのに、抱き上げられて泣きもしない。笑いもしない。確かに自分の事を捕らえ、しかし何の感情も読み取れないガラス玉のような蒼い瞳。
地面に横たわっていたというのに、包まれている白い布には汚れやシミの一つもない。
奇跡が起きてより、この森への立ち入りは禁じられ、監視されていた。だというのにその赤子は飢えているような様子もなく。いや、そもそも誰がこの場所まで連れて来たというのか。

『…………』

直感と、状況と。腕を震わせながら、司祭はあまりにも自然にその考えに思い至り……そして受け入れていた。
あの奇跡は。あの光は。この破壊は。
天にまします主ではなく――この赤子が起こしたものだったのだ、と。





――――――――――――――――――――





既に槍は折れ、弓は取り落としてしまった。
そして、少しでも仲間の元へと向かおうとするそぶりを見せればそれを遮るように少年の手から光弾が放たれる。
それは、かつて戦った勇者エドワードと同系の魔法。
だが――その威力は、彼のものとは比べ物にならない。

「…………っ!」

光弾が地面へ着弾すると同時、轟音と共に膨大な土煙が巻き上がる。
踏みとどまった筈の行綱はその余波だけで宙を舞い……地面へと、叩きつけられた。

「ぐ、っ…………!!!!」

出来たばかりの巨大な竜の爪痕のようなクレーターを背に。すぐさま立ち上がった行綱が刃を返すことなく斬りかかる。
だが。
二度、三度、四度。五度。
まるで羽虫でも払うかのような無造作に防がれる。息も乱さず。重心すら動かさず。
ただ、軽く剣を振るうだけで。
そうして、少年はとん、と地面を軽く蹴り。
一足に行綱の間合いから離れると、彼がそれに追いすがるよりも先に、その剣を横一文字に振り抜いた。

っぱぁんっ!!

「…………っ!?」

虚空を通った刀身は、しかし何と―――破裂音と共に、音速の壁を破った。
生まれた衝撃波は行綱の鎧と肌を裂き、その身体を吹き飛ばす。
まるで、見えない巨人の拳にでも殴られたかのように。
勢いのままに幾度も地面を跳ね、転がり……それでも尚立ち上がろうとする行綱に向かって、少年は再び歩を進め始めた。
変わらず、その瞳には何の感情も宿さないままに。

「っ……はぁ、はぁ…………っ!!」

視界が揺れている。自分が今、まともに刀を構えられているのかも分からない。
勝負に、なっていない。
間違いなく、あの少年の狙いは自分だろう。
だというのに――彼は、自分に攻撃を当てようとしない。
逃げ道を防ぐように魔法を放ち。虚空に向かって剣を振り。
知っているのだ。
己の力をそのまま向けてしまえば、目の前の男は一瞬で絶命してしまうという事を。
それはつまり、自分を生きたまま捕らえようとしているという事。
果ては人質か、見せしめの獄門か――

「…………ぁ……」

行綱の口から、彼らしくもない呆けた声が漏れた。
意識が、途切れかけていたのだ。
だから――少年はとうに、行綱の間合いを越え。
その、かつての自分を思わせる瞳を覗き込める程の距離にいた。

「――――――――――」

声は、出なかった。
まるで軽く突き飛ばしたような少年の掌は、しかし行綱の鎧と肋骨を砕き、先程の魔法の余波よりも。剣の衝撃波よりも、遥かに鋭い速度で行綱の身体を吹き飛ばした。
幾度も地面を転がり、暗転する意識が痛みと息苦しさに引き戻される。
喉奥から逆流してくる血に、溺れそうになる、

「ッ…………!」

それでも。
それでも尚、立ち上がろうと地面を掴んだ行綱の右腕が。

腕当てごと、踏み砕かれた。

あまりにも、あっさりと。


「……まだ立つ?」

鈴の鳴るような声。対峙してから初めて聞いた、少年の声。
そう、声は聞こえるのに。意識はあるのに。

「…………ぁ……」

身体が、動いてくれない。
まるで今まで自分を支えていた芯のような何かが、ぽっきりと折れてしまったように。
抵抗が消えた事を確認した少年は、そんな行綱の首に手を伸ばし――

「――お前か」

空恐ろしい程の怒りが込められた、静かな声。
先程の行綱以上。ミリアが得意とするような転移と錯覚する程の速度で、横っ面を殴られた少年が地平の先に姿を消した。

その一撃を放った放った本人が、ゆっくりと地面に降り立つ。
銀と見紛う美しい白髪。そしてその髪と同じ色をした淫魔の尾と翼。
それは、彼女が母である魔王から受け継いだもの。彼女が魔界の姫の一人であるという証。

「…… ひめ、さま…………?」

魔界第七十番王女、アゼレア。
行綱を守るように、彼女がそこに立っていた。
22/01/28 18:01更新 / オレンジ
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