連載小説
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エピソード1、もう一つの世界 
魔王城、それは今も広がり続ける魔界の奥深く。
王魔界と呼ばれる場所に存在した。
過去幾たびか教団主導で魔王城への侵攻は行われている。
その結果は何れも芳しくない。
そんな数多の失敗を元に、今度の連合遠征軍の侵攻作戦は練られていた。

陸路、王魔界に至るまでには周囲の暗黒魔界や親魔物国家を越えて行かねばならない。
戦線は伸びて維持することも間々ならず、
また魔界への長期滞在は男をインキュバスに、そして女性をサキュバスへと変えてしまう。
教団側からすれば魔物化した者はもはや敵でしかない。
これでは数を揃える意味がまるでないというものである。

海路、時間こそ掛かるが周囲の魔界を避けて大船団を王魔界へ直接船付け出来る。
ただ海上での戦闘は人側に圧倒的に不利な上、
海を統べる神であるポセイドンはあろうことか魔王の側についている。
どう転んでも侵略目的の大船団は航行不能にされるのがおちであった。

空路、国によって文明レベルに差はあるが、
所によっては気球や飛行船の類を所有している国もある。
また、空に浮かぶ島々から採掘される鉱石、
空に浮かぶ性質を持った飛行石と呼ばれる石を使い。
大きな飛空艇を有する国すらあったが、建造には多大なコストがかかるので数を確保出来ぬ上、
それ自体が軍事機密の塊であるので、他国においそれと使わせられぬ事情もあった。
結局兵を大量輸送出来ぬためこのルートは文字通り机上の空論となった。

結論としては、王魔界に直通のポータルという転送魔術が設置された親魔物国家、
これを世界中で同時に複数侵略し、電撃的に一気に大軍を進軍させる。
という作戦が水面下で急ピッチで進められ、実行に移された。

少数精鋭の勇者や工作兵などを敵国に侵入させ、
破壊活動を行い、浮き足立った相手を秘密裏に行軍させていた大軍で一気に囲み降伏させる。
宣戦布告すらせずの侵略行為、
このような流れを想定していた教団側であったが、
作戦は意外な形で修正を余儀なくされた。


※※※


大きな城を中心に城壁が張られ、その外側に街ともう一枚の城壁が立ち並ぶ大きな都市。
その街の中心辺りにある広場、其処に男がただ一人佇んでいた。
そんな男に駆け寄るもう一人の男が居た。
男は周囲を見回しつつ、駆け寄る男に対し尋ねた。

「各国の軍と連絡は取れたか?」
「はい、隊長の読みどおりです。此処だけでなく全ての箇所で同じ有様とのことです。」
「そうか、やはり・・・」
「どういうことでしょう。これだけの規模の都市に誰もいないというのは。」
「どうもこうも、事前にこちらの襲撃する日時が漏れていた。
そういうことだろうさ。これだけの城を捨て、交戦でなく避難というのが解せんがな。
空城の計か、はたまた誘ってやがるのか・・・食料や物資の類はどうだ?」
「それも手付かずです。しばらくは此処に篭れるだけの蓄えはありますよ。」
「・・・念のため調べがつくまで手を出すなっつっとけ。
毒が入れられてる可能性があるし、よしんばそうでなくとも、
親魔物国家で流通している飲食物は魔力含有量が高く、
俺達が食べると何かとまずい物も多いだろうからな。」
「はっ!」

連絡を伝えた男は、再び来た道を戻って伝令を伝えに走った。
広場に残った男は頭痛を覚えながら今後の事に考えをめぐらせた。

(まったく、船出の途端に船底からの水漏れが報告された気分だ。
これだけの規模の避難作戦を悟られずに決行する。
実働部隊である俺達よりも早い段階で襲撃の日を知らなきゃ無理だ。
何処の国の馬鹿か知らんが、だいぶ上の方とパイプがあるようだな魔王側は。)

頭痛に悩まされる部隊長に近づくローブを羽織った女性が一人。
「魔法による都市内部の索敵は終了しました。
伏兵の類も一切居ません。如何いたしますか?」
「本隊へ進軍するように連絡してくれ、
それと同時作戦中の各国や作戦本部に報告を頼む。」
「了解しました。」


その日、侵略予定だった多くの親魔物国家から忽然と人の姿が消えた。
遠征軍は何の抵抗も受けず。作戦の第一目標である王魔界直通のポータルを確保した。
消耗ゼロでの作戦成功。本来であれば手放しで喜ぶべき事態だが、
これで兜の緒を緩めるような愚者は少なくとも現場で指揮する者にはいない。
どう考えても罠、作戦は筒抜けであり、
ポータルの向こうにはいかな障害が待ち構えていることか・・・
みな本音を言えば行きたくない。
よしんば行くとしても入念な調査の上での進軍を。
そう考えていた。だがそれは許されない。
今度の日食までに魔王城に攻め入り、魔王を娘達共々討ち滅ぼさねば世界は滅ぶ。
参加した国々にはそのような内容が通達されていた。
よって時間を掛けることは許されず。
遠征軍の第一陣を担当する国々の軍隊は、
すぐさま事前調査によって判明している王魔界の地図を片手に、
複数のポータルからの合流ポイントを目指す事となる。


※※※


(ああ、何だってこんな所で俺は歩かされてんだ。)
男は心の中で毒づきながらも重い歩を進めていく。

何でも何もない。
男は傭兵で食い扶持を稼ぐため、
今回の遠征軍を構成する国の一つに仕官した身だ。
高報酬に釣られて来ては見たものの、
男は早くも挫けそうになっていた。

(真昼間だってのに薄暗えし、黒い大地に青や紫の原色の毒々しい植物。
空気は重たくてまずいし、何よりこのくそったれの霧だ。
先が見えやしねえ。近くを歩いてる連中についてくしかできねえぜ畜生。
俺達は今どれくらい進んでるんだ? 各国の軍との合流ポイントとやらはあとどれくらいだ?)

「なあ、なあおい。」
「ん?」

隣を歩いていた男が話しかけてきた。
いいかげんその男も、滅入っていた気を紛らわせようとしているようであった。

「静かなもんだな。此処は魔界の中心部で魔物共の本拠地なんだろ?
俺ぁてっきり入ったとたん、大地を埋め尽くさんばかりの奴らと入り乱れて乱戦する。
なんて事を頭の中で考えてたんで拍子抜けだぜ。」
「楽して稼げりゃそれにこしたこたあないさ。
俺はこのまま静かにハイキングと洒落込みたいね。
もうちょい空気がうまくて見晴らしもよければ言うこたねえが。」
「はは、ちげえねえ。
しっかし此処んところ教団の連中と魔物共の諍いもめっきり減ってたしな。
俺達としちゃあおまんまの食い上げだったからよお。
仕事は選べねえとはいえ、魔界への侵攻なんて無茶に付き合わなきゃいけねえなんて。」
「干物になるか、ケチな盗みで食い繋いでそのうちひっ捕らえられるよかましだろ。
こうして仕事にありつけてる分はな。」

最近の傭兵家業の不景気と先の無さを嘆きつつ、
それぞれが愚痴と相槌を適当に打つ形で野郎二人はボソボソと話し合っていた。
そうやって従軍を続けるうちに二人はあることに気づく。

「後ろの連中、付いてきてないぞ。」
「・・・いや、後ろだけじゃねえ、横を歩いていた連中も何人か消えてる。」

二人は互いに目で合図しあい、周囲に気を張り巡らした。
すると僅かだが、霧の中から足音以外の音が聞こえる事に気づく。

「何が起きてる? やられるにしろ悲鳴も上げられずに。」
「何の音だ。水音?」

じゅぽっ ずぽっ と何とも言えぬ音が霧の中から時折聞こえる。
音の正体は不明ながらも、男達は霧に中に眼を凝らしつつ歩を進めていく。
するとぽっかりと地面に穴が開いているのを見つけた。
ぎりぎり人一人が通れそうなサイズだ。

「何だこりゃ?」
「さあなあ、落とし穴にしちゃ小さ・・・」

突然隣に居た男が消えた。
立っていた足元には目の前の物と同様の穴が空いている。

「おおーい。大丈夫かー。」
残った男は穴に向かって声を張り上げた。

穴の中からは ぬりゅりゅりゅりゅ と何とも言えぬ音が響いてくる。
それに混じり遠くの方から小さく反響が届く。
どうもかなり長い穴らしい。

「すっごい滑るよ〜〜。」

このまま此処にいるのはまずい。
長い傭兵生活で磨かれた勘がそう告げていた。
男は踵を返して走り出そうとした。
だが、そんな男の目の前に にょろにょろと何かがうねって飛び出した。
(蛇? いやこいつは触手か!)

腰の剣を抜く暇も無く、男は地面から飛び出した触手に絡みつかれ、
じゅっぽんと地面の中に消えた。


※※※


一方地面の下。
「は〜いまたまた一名様ごあんな〜い。」
「あそれく〜るくる。」
「よしゃ、行って来る。」

ローパーが壁にあいた複数の穴にそれぞれ触手を突っ込み、
その一つ一つから人間を定期的にすっぽんと引きずり出している。
そんな光景がそこら中で展開されていた。
粘液でぬるぬるの穴を降りてきた人間は、
そのまま待機していたアントアラクネの糸で手足と口を縛られ、
ジャイアントアントに抱えられ所定の場所まで運ばれていった。

地面の下、其処にはワームとジャイアントアントによって巨大な地下通路が建造されていた。
いや、通路というよりもはや地下要塞といってもいいであろう。
地面の下から一方的に人間を捉え、捕虜として転送するための大規模な地下施設である。

「あーん男・男・男!! フィーバータイムよ。」
「いくら運んでもきりが無い。入れ食いよねほんと。」

兵達を運びつつ興奮気味にうれしい悲鳴を上げるジャイアントアント達。
それも無理もない話しであった。王魔界は魔王直下の魔界ということもあり、
もっとも栄え発展してる魔界とも言える。
娯楽や文化的な施設や設備も充実し、観光地としても魔界随一である。
だが、とある問題も抱えていた。未婚の男性がほとんど訪れないという事実である。
他の魔界や親魔物国家から王魔界を訪れる者のほとんどが、
すでに魔物の伴侶を得ている人間ばかりなのだ。
未婚のただの人間が気軽に訪れるには、イメージ的に少々ハードルが高いのである。

大抵そういう人物は自分の国で魔物の伴侶を得てから、
もしくは他の自国の魔界で魔物に襲われるか、
普通に伴侶を娶ってから訪れる事がほとんどなのだ。

「教団様々よねぇ。」
「ね〜。主神に感謝の意を表明して祈りを捧げちゃうわ。」

「さぼっとらんでキリキリ働かんか馬鹿共が!!」

「「はひぃいい。」」

サボりやつまみ食い防止要員として見張りをしているアヌビスの声が飛んだ。


※※※


魔界の風を切り、薄暗い空を飛ぶ数多の翼達。
サイズは様々で、構成員はハーピー種やドラゴン、ワイバーンなどの飛べる魔物達である。
彼女達は一様に体の下に風呂敷の様な物を吊り下げていた。
特にドラゴンやワイバーンは旧時代の巨大な姿に戻り、
その大きな体躯に見合ったサイズの物を体に括っている。

突如先頭を飛んでいたドラゴンが炎の吐息を吐き出した。
炎は風に煽られ隣を飛んでいたワイバーンに降りかかる。

「あっつ! ちょっと。ため息ついでに炎吐き出すのやめてくれる?」
「はぁぁぁあああ〜〜〜、戦場、血沸き肉踊る戦い。
互いに認め合う強敵(とも)、許されぬ恋(ロマンス)。禁忌を乗り越え育まれる愛(ラブ)!
なんて展開を期待していたのに運び屋の裏方仕事とは・・・どうしてこうなった?!」
「・・・・・・以外に乙女ね、あんた。」
「そっちは随分とドライじゃない。千載一遇のチャンスだってのに・・・」
「そりゃあんたと違ってうちらは基本番となるべく共に育つ相手がいるし。
生まれながらに幼馴染のオプションがついてるみたいなもんだからね。」
「幼馴染! そういうのもあるのか。
くそう自分だけ余裕ぶりやがって、不公平だ。」
「しょうがないでしょう。あんたも私も今ここにいるのは強さが中途半端な奴ばっか何だから。
単純に殲滅するなら十分だろうけど、
乱戦になって殺さず殺されずをやれるほどの力は無いでしょ?」
「ぐぬぬ、だからといって栄えある初陣をこんな連中に譲らねばならんとは。
ドラゴンとしてのプライドががが・・・」
「ったく、これだからドラゴンは・・・こういう事はこの子達の方が向いてるのよ。
それに失礼よ。ほら、こんな連中なんていうから・・・」
「うおぅ!!」

ドラゴンの吊り下げてる物体の表面がぐねぐねと波打ち、大きく揺れてドラゴンも揺られる。
そんな荷物達にワイバーンがフォローを入れる。

「ごめんね。この子ったら自分は裏方だからって拗ねてるのよ。
あんた達に嫉妬してるの、許してあげて。」
「やめんか みっともない。」

ワイバーンのフォローと同時にワイバーンの吊り下げてる荷物からも声が上がる。
そしてその声によってドラゴンが吊り下げてる方の荷物はぴたりと動きを止めた。

「ありがとね。レッド軍曹。」
「れいにはおよびません われら まおうだいいちくうていだん。
こんにちのために きびしいくんれんをつんでまいりました。
りょうせいぶつのくそにもひとしいれんちゅうが、
まかいでもさいかそうのうじむしどもが こうしてひのめをみ ういじんをかざる。
しどうしゃとしてかんむりょうであります。
このくされま○こどもはいまや そびたつくそだったころとはみちがえました。」
「その辺にしておけレッド、お前のはやる気持ちも否定せんが、言葉使いが聊か下品に過ぎる。」
「さーいえっさー。」

ワイバーンの吊り下げている荷物から、もう一人の声が上がる。
その口調はもう一人よりだいぶ流暢である。
「そろそろ降下ポイントが近づいてきたみたい。頼むわねパープル団長。」
「任されよ。女郎(めろう)共、! 時は来た。
見敵必殺。動く者は一人残らず逝かせてやれ!!
頭が死ぬほどファックするまでシゴいてやれ、
ケツの穴でミルクを飲むようになるまでシゴき倒せ!!!
溜まってる連中のマスかきをてつだって差し上げろ。」

パープル団長と呼ばれた者の激に呼応し、
吊り下げられてる荷物達が一斉に揺れて声を上げた。

「「「がんほー! がんほー!! がんほー!!!」」」

熱気に圧倒されつつもワイバーンは思った。
(下品さではどっちもどっちだわ〜〜)


※※※


今現在、我らが隊はさしたる戦闘も無く。
順調に王魔界の合流ポイントへと進軍していた。
とはいえ王魔界の環境はやはり疲労を促進させるらしく、
兵達の消耗が予想以上に早かったため、今現在は野営をして休息している。

勿論この期に乗じて魔物共が襲ってこないとも限らない。
だから陣の四隅には魔術師が待機し、交代で魔法で索敵をし続けている。
魔術師から半径1kmに何者かが侵入すれば、
すぐさま伝令が司令官に飛ぶ仕組みになっていた。

外側の兵達を除き、兵達はみな靴の紐を緩め、重い兜や装備も外していた。
そうでなければ疲れが取れず、休憩する意味も無いからだ。
それに寝ていてもすぐに覚醒し、即効で装備を付け直す訓練もつんでいる。
我らのやり方に落ち度は無かった。普通の戦場であれば・・・

だが、魔物側の取った戦法は我々の戦略的な裏を突いていた。
戦場を平面的に考えている人間側の守りは、空からの大軍の強襲にはめっぽう弱かった。
四隅に配置されているが故、中央部に上から来られると感知が遅れる。
伝令が飛んでから司令官が声を上げる頃には全てが手遅れであった。

静かだった野営の陣地はあっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

「な! なんなんだあれは!!」

裸足のまま剣だけ構えた兵が上空を指差しながら言った。
はるか上空、点のようになっているが目を凝らすと何かが飛んでいた。
そして空から何かが大量に降ってきていた。
近づくに連れて降って来ている物が肉眼でも視認できてくる。
それはまるでカラフルなスーパーボールのようであった。

だがでかい。
遠近間が狂ったのかと思った次の瞬間には、
隣にいた兵にそれがぶつかり弾ける。

凄まじい勢いでぶつかって兵といっしょに飛んでいくが、
何回か弾力を持って跳ねてしだいに粘り気を帯びて止まる。
例えそれが水だったとしてもあの高さからこの質量にぶつかられれば、
普通の人間は即死だろう。だが、どうやったのか中の兵士は生きていた。

どべっ ぶちゃっ どぼっ 周囲でも同様の事が次々に起きていた。
人間大のスーパーボールの様な何かが兵達を絡めとり取り込んでいく。
それが何なのかは直後に判明する。

「ああああぁあっ。」
「うっ。」
「あひぁは。」

気の抜けるような嬌声が方々で上がり、
取り込まれ暴れていた兵達は引きつったように動きを止めていた。
しだいに形が球体から変形し、人型のそれに近づいていく。

「スライムか。」
体内に兵達を取り込み、愛撫して逝かせているようであった。
しかもたちの悪い事に体を重ねる形で取り込んでいるため、
スライムに攻撃を仕掛ければ中の味方も傷つけてしまう。
兵達は互いに攻撃することも出来ず。
まごついてる間に空から、または着地したスライムの伸ばした体に絡め取られていった。

しかも王魔界の影響なのか、
スライム達は通常ではありえない速度で分裂、成長し数を増やしていく。
私は何とか攻撃をかわしているものの、我が隊はもはや壊滅状態といって良かった。

くそっ、なんということだ。
せめて私だけでも落ち延びて全滅を他の国に伝えねば。

どぶしゃっあ 今頃になって落ちてきた物体が私を捉えた。
ぶつかった勢いで天地が引っくり返るように吹っ飛ばされるが、
周囲の液体が衝撃を吸収し逃がしてくれてほとんど痛みはなかった。

だが・・・ぼこんぼこんと泡立つそれは、
鼻の奥に割り箸を突っ込んだような強烈な刺激を与えてきた。

くっさぁぁああああああぁあーーーーーーー。


※※※


「おいでよ。」
「魔界名物。」
「触手の森。」

何もない平原を歩いていると思ったら突如三匹の魔物が現れた。
恐らく妖狐、稲荷、刑部狸であろう。

「どれだけの手練か知らないが、たった三匹とは舐めてるのか?」
うちの部隊長の問い掛けに対し、三匹はクスクスと笑い合った。

「三匹?」
「よくよく目を凝らしてごらんなさいな。」
「貴方達が今居る此処は何処でしょう?」

周囲を見渡すと景色が一変していた。
周囲はグロテスクな色と形をした触手で溢れていた。
これが化かされるというやつか?

そして触手達の中心、その中に一つだけ一際小さくて目のような模様がある触手がいた。
あれは本来魔界の浅い所に生息しているはずの触手、テンタクルブレインか。
人間並みの頭脳を持ち、触手達に指令を出して指揮する指令塔だ。

「そんじゃ後は宜しくね。」
「男相手はあんまり趣味じゃないだろうけど。」
「報酬としてあとでたっぷり魔王軍の精鋭達の魔力を御馳走するから。」

心得ている

空中に触手で文字が描かれる。
それを見た三匹の魔物達はどろんと煙と共に姿を消してしまった。
再び空中に触手で大きく文字が描かれる。

ようこそレディースエーンドジェントルメン・・・いやほぼジェントルメンしかいないようだな。
貴君らは従軍している中に性別を越えて思いを寄せる者はいるかね?
もしいるなら運が良い。此処で我輩がその想いを成就させてあげよう。
もっともアルプとなり性別は変ってしまうが何、心配する事は無い。
想いを遂げる充足に比べれば、全ては取るに足らない事とやがて納得してもらえよう。

さて、もしそういう相手がいないのであれば仕方が無い。
専門ではないし出来るだけ優しくするつもりだが、
気持ち良くなってくるまでに若干タイムラグが発生するかもしれんのであしからず。

「「アッー!」」

そこら中で響き渡る嬌声(?)を尻目に僕は思っていた。
部隊長、何で僕の方に熱い視線を送るんです?!


※※※


体が重い、そう感じた時には手遅れだった。
何かがおかしいぞ。気をつけろ!
そう隣の兵に叫ぼうとし、隣の兵を見ると、
その体はまるで繭になりかけの虫のように糸に縛られていた。

霧で視界を覆われ、気づかないうちに飛んできていた糸が少しずつ、
部隊全員の体に纏わりついていた。
視界が開ける、前方には大量のアラクネ種、
そして霧を発生させていた原因のウンディーネ使い。
さらに風に乗せて糸を遠くから部隊に少しずつ纏わり付かせていたシルフ使いがいた。

ほとんどの兵はまともな戦闘が出来る状態ではなかったが、
それでも部隊の中心近くに居た者は被害が少なく、
まだ動く事が出来た。それらの生き残りが散発的に矢や攻撃魔法を放つ。

だが、アラクネ部隊の前方に配置されているのはザ・フジミと呼ばれるウシオニ達である。
一回刺された程度では死なないのだ。

「カカカッ、痒い痒い。」
「すげぇ・・・」
「あんたらほんとにあたしの同族?」

後ろでは原種のアラクネとジョロウグモ達がその強靭な肉体に若干引いている。
だがすぐに気を取り直し、大量の糸を飛ばして残った兵士たちを直接簀巻きにしていく。
芋虫のように転がりジタバタする兵士達で、地面が埋め尽くされるのは間もない事であった。

「よっしゃ大量大量。」
「それじゃ手筈どおり撤収しましょうか。」
「サバトの魔女達が捕虜移送用のポータル作って待ってるし、
後は彼らを引いていくだけね。」
「それにしても随分多いわよ? 一人頭何人くらい引き摺ってけばいいかしら。」

思案顔になるアラクネとジョロウグモに対し、
ウシオニ達は気楽な顔していう。

「何、あたいらなら一人頭百人だって大丈夫だし。何回か往復すりゃすぐってもんさ。」
「はあ〜〜〜。」
「ほんと頼りになるわねあんたら。」
「あたいらからしてみりゃ、裁縫得意なあんたらの方がうらやましいけどね。」
「いずこも隣の芝生は青い・・・か。」


※※※


魔王軍は徹底して正面からぶつからず、
ゲリラ戦術や奇襲などによって遠征軍の数を互いに無血で削いでいった。

そして此処は魔王城に急遽設えられた作戦司令室である。
入り口の扉には、手書きの遠征軍対策本部の垂れ幕が下げられている。

中には頭脳労働担当の魔物達が一同に介し、
巨大な円卓を囲み、それぞれの手元にある地図に目を落としている。

バフォメットがまず始めに口を開いた。
「さて、今の所は作戦通りに事が運んでいるわ。
ポイントAからHまで、全ての戦闘において死者無し。
こっちに若干の軽傷者は出ているけど、予定通りだし無視して良いレベルだわ。」

そんなバフォメットに対し、負けぬくらい幼い姿の刑部狸が口を挟んだ。
「ちょっといいかの。」
「あら、何かしら?」
「すっごい今更なんじゃがな、
作戦に使う資料の地図が何でこれなんじゃ?」

手元の本をヒラヒラさせながら言う。
その本の表紙には鮮やかな文字や写真が添付されている。

編集部お奨め、各種王魔界観光ツアー

今行きたい、王魔界人気スポットランキング

今年はこれだ!王魔界最新のファッション&グルメの今!!

本当は怖くない。こんなに楽しい王魔界

「なんでじゃ○んとかる○ぶとか○っぷる使って軍事作戦やっとるんじゃわしらは。」
「この地図が一番正確で詳細だからに決まってるじゃない。」
「何で軍事目的の専用の地図が無いんじゃい。」
「そんな事(軍事目的)のために、
毎年だだっぴろい王魔界の地図作る予算が下りるわけないでしょ?
作る子達もこっちの方がノリノリだし良い仕事するのよ。」

軽い頭痛を覚えつつ刑部狸は言った。
「世も末じゃわい。これがゆとりか。」

それに対し同席していたエキドナがフォローを入れる。
「仕方ありませんよ。旧魔王時代の血で血を洗うころを経験してる世代なら兎も角、
親魔王時代以降、特に最近生まれた世代に取って戦争?
何それ気持いいの? てなもんですからね。」

それを引き継ぐ形でリリムが続けた。
「この戦いが終わればそういう思考でも問題のない世界が来ますわ。
まあそれはそれとして、彼らは作戦通り数を減らしつつも合流ポイントへ集まっています。
明日、私(わたくし)達も現地に赴き第一作戦の仕上げといたします。」




13/03/20 03:50更新 / 430
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■作者メッセージ
この物語は単品でも楽しめますが、
刑部物語ともリンクしてます。
興味有る方はそちらもどうか宜しくお願いします。
(該当部分だけ読みたい方は、
南海狸会談4の後半と前夜辺りを読めば大体問題無いと思います。)

ちなみにサブタイトルは某国民的RPGの曲縛り。

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