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第二章 観光orデート?:逆鱗亭

―1―

「先にちょっと寄りたいところあるんだけどいい?」
 呈の両親と別れ、竜の寝床横丁から竜翼通りに戻ってきてのおれの第一声がそれだった。
「うん」
 呈の了承を得て、おれは竜翼通りのメインストリートを下っていく。
「どこに寄るの?」
「ハピネス宅急便ってとこ」
 竜翼通りのメインストリート沿い。中央手前にある白い石造りの建物におれは入る。入口から向かってすぐの受付には茶髪のワイバーンさんがいた。
「ここは?」
「簡単に言うと荷物の送迎所。ドラゴニアは広くて坂道も多いし移動に苦労するだろ?」
 おれは天の柱で登るために使用していた装備。円筒形の巻き取り機とその他リュック等を受付のワイバーンさんに預けるため、受付脇の専用台に置いていく。
「竜口山洞窟居住区のリース家まで」
「かしこまりました」
 おれの荷物を受け取ったワイバーンさんが用紙に必要事項を書いていく。
「だからドラゴニアには各地区にいくつかこの店があるんだ。店舗間で荷物を移動させて受け取ったり、指定住所に荷物を送ったり。竜翼通りで買った物を家に送ってそのままぶらり続行なんてのもできる」
「すっごい便利だね。幾らでもお買い物できちゃうや」
「もともとは国の外からやってきたハーピーの方が建てた店なんですよ。『このドラゴニアに足りないものこれだ!』なんて女王様に直訴して、瞬く間に認可が降りた上に各地区一斉開放されたそうです――はいどうぞ、こちらお客様の控えです」
「どーも」
 取り出した財布から代金を支払い、受け取った控えを財布に適当に入れておく。
さすがはそこで働いている店員さん。ハピネス宅急便のことは熟知しているらしい。
「まぁドラゴニアなんでハーピーはあんまりいなくて、店員は私たちワイバーンばかりですけどね。いい男の人が送られてこないかしら、なんて……ふふ。それでは良いデートを。小さなカップルさん」
 にこやかな笑顔で送り出され、外に出るとすぐにおれたちは顔を見合わせる。呈は言葉の意味にすぐに気づいて顔が赤くなっていた。
 心なしか、さっきまでより距離が近くなっているような。
「い、行こう、スワロー。ぼくお腹空いちゃったよ」
 周囲を見渡せば、男女が並び歩いていく光景が何十と見受けられる。どれもきっとデート的なもの。ならおれたちがやっているのは?
 観光? それともデート?
 考え始めようとしたところでおれのお腹が鳴った。目を見開いた呈にくすくすと笑われる。呈の言葉にお腹が釣られたらしい。考えたら朝から今まで何も食べていない。
 こうなると馬鹿らしい。観光だとかデートだとか些細なことだ。いまは目の前の呈に楽しんでもらえることを第一に考えるとしよう。
 次に行くところはご飯が食べられるところだな。
「スワローのおすすめは何かな? ぼくいまならなんでも食べられるよ」
「そうだな。すぐそこが中央だし、あそこにしよう」
 彼の始まりの竜騎士。英雄デル・ロウの像のある広場。そこに面した白い壁の二階建ての建物。でかでかと口の開いたドラゴンと分厚いステーキ肉が目印のわかりやすい店。
「がっつり食いたいならここだな。『逆鱗亭』。とにかく量が凄いから」
「よ、よし頑張る!」
「気負わなくていいよ。残りは全部おれが食うし」
「うん」
 店内は奥がカウンター席。他は丸テーブルが十数と並んでいる。料理を置くためのスペースが比較的広いのが特徴だ。二階は個室専用。ベッド&防音設備完備。理由は言わずもがなで、当然二階の方が席が埋まりやすい。
 とは言え昼時を過ぎたいまでも逆鱗亭の一階は大変繁盛していて、忙しなく給仕さんが動き回っている。竜翼通りの中央で観光客も多いから当然と言えば当然。席はギリギリ空いてそうなので大丈夫。
 おっとりとタレ目な緑鱗のドラゴンの店員さんがやってきた。
「いらっしゃいませー。お二人様ですか? 申し訳ありません、ただいま二階席は満室でございます」
「一階のテーブル席で大丈夫だよ」
「恐れ入ります。お好きな席へどうぞ。ご注文がお決まりでしたらお呼びください」
 窓際の席におれたちは座る。店外すぐ傍には木が立っていて、天然のカーテンとなっていた。
「あれ、向かい空いてるけど」
「ぼくはこ、ここがいいんだけど……ダメかな?」
 裾で口元を隠しながら上目遣い。足首にしゅるしゅると蛇の尾先が巻き付いてくる。よくわからないけど、なにか胸の中でこみ上げてくるものがあった。なにかわからないけど、嫌な気分じゃない。
「ん、じゃあおれがそっち行くよ。おれ左利きだからさ」
「うんっ。ふっふふーん、何があるのかな?」
 ご機嫌だなぁ。見た目は儚さが前面に押し出されているのに、そこに呈という内面の動きが加わると、一気に元気っぽさが同居しだす。表情がころころ変わって、見ていて飽きる気がしない。
「スワローのオススメは何なの?」
「……」
「スワロー?」
「あ、悪い悪い。つい見蕩れてた」
「え?」
「えーと、オススメなぁ。おれここ来ると手当たり次第に頼むからなぁ。強いて言うならドラゴンステーキは絶対に食べておいたほうがいいけど……呈?」
「……」
 顔が竜灯花の花弁のようだ。茫然とおれのことを見つめてくれている。せっかく無防備なので真っ白な耳をつまんでみた。
「ひゃっ!?」
 うむ、感度良好。
「とりあえず適当に頼んでいい? あとで追加もできるし」
「あうあう……うう、うん……」
 しどろもどろな呈。うーん、呈を見ているとこう何か胸に来るものがあるな。楽しい。
 切り分けや大きさの要望も聞かれたが、呈が逆鱗亭は初めてなのであえていつも通りの注文をする。
 そうして、お冷を飲んだりしながら呈の生まれ故郷であるジパングの話を聞いたりして時間を過ごした。石造りの建物が多いドラゴニアと違って木造の建物ばかりが多く、お城もこことは随分と違う造りらしい。そこに住んでいる人たちは竜泉郷の浴衣のような服を着ている者がほとんどだそうだ。緑豊かで町に行けば活気がある、というのはここと特に変わりないらしい。どこも人が集まれば活気づくということだろう。魔物娘がいればなおさらだ。
「スワローは三年前にドラゴニアに来たんだよね? その前はどこにいたの?」
「んー、どこだったかな」
 どう答えたものか考えようとしたところで。
「お待たせしましたー」
 二段サービスワゴンに所狭しと料理を乗せたドラゴンの給仕さんがやってきた。立ち上る湯気と鼻腔を刺激しまくる濃厚な肉たちの香り。おれたち二人とも話のことがすっかりと飛んで、その料理の方へと視線が吸い寄せられる。
 まずテーブルの中央に置かれるのはドラゴニアの家庭料理の代表ドランスパン。バケットに四本入れられたそれは縦長でこんがり小麦色に焼きあがっている。次に紅色のまかいもや人参、魔界豚のソーセージに纏いの野菜がクリーム色のスープに浸ったシチュー。霧の国から伝わったとされるチャーハンはドラゴンブレスで熱せられた魔界鉄の鍋で炒められたご飯物。具材は細かく刻んだ魔界豚、魔界蜥蜴の肉や人参、葱など。さらにドラゴニア住まいの真っ赤なマンドラゴラさん提供の根っこと炎のような色と形をした竜火草をすり潰して混ぜているため、チャーハンは全体的に薄赤く食欲をそそってくる。
 そしてラストはドラゴンステーキ。逆鱗亭及びドラゴニアを代表する肉料理の代名詞だ。熱せられた魔界鉄製のプレートの上でいまもなおジュウジュウと焼ける音を立てながら、香ばしい匂いを立たせる分厚い巨大な肉。付け合わせには魔界作物のドラニオンが添えられ、肉の香りとマッチし、さらに食を駆り立ててくる。いまにもかぶりついてしまいそうになるほどだ。
「……わー」
 そして呈。テーブルに所狭しと並ぶ料理を見て茫然としていた。目の焦点が合ってないような。
 まぁ逆鱗亭に初めて来る人はだいたいこうなる。量多いし。
 チャーハンは座っている呈の目線くらいの高さまで盛られているし、シチューは家庭で使われる小型鍋に近いサイズのお皿に子供だと三口くらいは必要なほどの大きさの具材がゴロゴロ。ステーキに至っては、分厚い辞書と見紛うくらいの厚さで子供のおれたちじゃあ、咥えることすら無理な大きさだ。他の店行ったあとここ来ると、いまでも面食らうくらい規格外だ。
 がそれでも味などは全然問題ない。ドラゴニアの火力。それにより培われた料理の腕を馬鹿にしてはいけない。
「スワロー、ぼく、さすがにこれ全部食べられる気、しないなぁ」
「だいじょーぶ、そのためにおれがいるから。安心して好きなだけ、好きな量食べてくれ。なんなら追加で他の注文してもいいけど?」
 なんだか信じ難い顔をしているけど、まぁこれくらい食べれる食べれる。
「おれは育ち盛りだからな」
「ぼくの知ってる育ち盛りと違うよ。でも、確かに最初はびっくりしちゃったけど、美味しそうだね」
 ごくりと喉を鳴らす呈。カトラリーケースからフォークとナイフをぎこちなく取り出す。
「あんまり使い慣れてない感じ?」
「ジパングじゃお箸で食べるから。でも大丈夫、郷に入っては郷に従えと言うもんね」
「まーお箸も言ったら出してくれるから切り分けたらそっちで食べるのもありだよ。ここ龍も住んでるから、ジパング出身の人もちょくちょくいるし」
 呈は笑って頷く。あっと思い出したようにフォークとナイフを置いた。そして手を合わせる。そういえばおれもついつい忘れていた。呈に倣って手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
 これを言わなくちゃ食事は始まらないよな。

 噛めば噛むほど肉汁がどばどばと溢れて口内その肉の味でいっぱいにする。喉を通して上がった肉の香りが鼻を突き抜け、軽い酩酊を感じさせるほどの旨みの爆発を起こしていた。
 ドラゴンステーキ。分厚いそれは切り分けた場所でレア・ミディアム・ウェルダンと分かれていて、食べ進めれば味は変わっていき全く飽きが来ない。
 一口目をいったときの呈の表情を見れば、ここに連れてきた甲斐があったというもの。口を閉じて、瞳を潤ませて、飲み込むのすら勿体ないと言わんばかりにいっぱいに頬を膨らませて、言葉にできない美味しさを表現するために両手を上下に振るう。ビダンビダンと尻尾が床を叩く。そして呑み込んだあとの白い湯気さえ見えそうな吐息と、紅潮した頬。
「……」
 これまで幾度となく魔物娘の食事風景を見てきたことはあったけど。違う。呈のはどこか違う。歳が近いからかな。周り年上ばかりだし。妙に気になってしまう。
「美味しぃ〜。ん〜。……スワロー? ぼくの顔なにかついてる?」
「肉汁垂れてるよ」
 じっと見ていたら呈に気づかれてしまったけど、適当にごまかす。実際唇の端から垂れていたから疑問に思わなかったみたいだけど。
「や〜、見ないでよ、恥ずかしい」
「まぁここじゃあ肉汁飛ばして貪るように喰らうのがある意味正しい食べ方だから気にしない気にしない」
「ぼくは気にするの! でもこれ本当に美味しいね。ついつい夢中で食べちゃうよ」
「栄養満点の魔界蜥蜴の肉を、凄腕ドラゴンさんのブレスで焼いてるからな。まずいわけがない」
「だからドラゴンステーキって呼ばれてるの?」
「それも一説らしいね。諸説入り乱れてるから本当のところはわからないけど。ただおれの説を挙げさせてもらうと」
 と言いかけたところで逆鱗亭にちょうど入ってきていた冒険者らしき皮鎧の青年が、さっきのタレ目な緑鱗のドラゴン給仕さんに「ドラゴンを食べさせてくれると聞いて来たんだが、本当か? 本当ならいますぐ食わせて欲しい」と言っていた。
 そして、顔を真っ赤に染めたそのドラゴンさんがその男性の手を引っ張って店外へ出ていく。まぁ行き先は決まってる。お向かいはちょうど大きめの宿屋だし。
「あんな感じで無知な冒険者を嵌めるための名前だと思ってる」
「なるほど、嵌めてハメてもらうんだね」
「それそれ。まぁなんにせよ、タイミングよく説明してくれた冒険者に合掌」
 おれたち二人、新たな旅立ちを迎えるであろう冒険者さんに祝福を捧げた。
 なんてことがあったりなかったりで三十分ほど。料理も半分は減ったくらいで呈がリタイアした。まぁ仕方ない。
「ごめん、これでもぼくの人生の中で一番食べた方なんだ」
「あとはおれに任せろ。呈の無念はおれが喰らう」
「あ、その無念ってフレーズなくして欲しいなぁ」
「呈はおれが喰らう?」
「きゃ〜、食べられちゃう〜」
 と言いつつ右腕に抱きついてきた。食べにくいんだけど不思議と嫌な気分にならない。ていうか酔ってない? 表情がぽわぽわしているぞ。
 うーん、子供だからソッチ方面での魔界の食事に含まれる魔力の効果も弱いはずだけど、年齢はギリギリボーダー上だろうからな。魔物娘は特にソウ言う意味での成人も早いし、魔界の食べ物に影響されているのかもしれない。
 そういうおれも食べれば食べるほどどうしてか呈のことが魅力的に見えて、手を出したくなる欲求が沸き起こってきているような気がする。
 いままでは漠然とだったけど、数時間とかからず男女のカップルができてしまう理由がようやくわかった気がする。
「スワロー、あーん」
 なんて考えて手が止まっていたら、呈がフォークに刺したドラゴンステーキをおれの口元に運んでくる。いや自分で食べられるから、と言おうとしたのだけども、呈に差し出されているのだと思うと断るよりも先に口が彼女のドラゴンステーキを含んでいた。
 咀嚼。溢れる肉汁。一噛みごとに旨みが弾けて舌が蕩けそうになる。同じものを食べているはずなのにさっきよりも幾倍も美味しく感じられた。
 あーん。ここドラゴニアでは結構よく見る光景。美味しい美味しいと男の方は何度も言っているのを耳にした。まさかあーんしてもらっただけでうまくなるわけないだろーっと思ってたけど撤回しよう。
「美味しい」
「えへへ」
 観光案内する側がすごい楽しませてもらっていいものなのかと思いもしたけれど。呈の表情を見る限りは楽しんでいてくれているようだし、まぁいいかと頭の隅に追いやった。
 それから時間をたっぷりかけて、あーんしてもらいながら食べた。以前までのおれなら恥ずかしいという感情を抱いていたのだろうけど、不思議と食べ終えるまでは全くそんな気持ちが湧いてこなかった。
 ごちそうさましてから、ドラゴンステーキの肉汁が爆発するが如く羞恥心が炸裂しまくっていたのは言うまでもない。
16/12/22 20:58更新 / ヤンデレラ
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■作者メッセージ
書いててステーキを食べたいと何度も思いました。
ドラゴニアでは年間何人の冒険者がドラゴンステーキの罠に引っかかっているのだろう……。
第一章同様、第二章も分割となります。今後おそらく章の中で幾つか分割しての更新となると思います。

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