読切小説
[TOP]
まごころ てりょうり
 人間は一人でいる時に孤独を感じることは無い。群衆の中にこそ、真の孤独がある。
 多くの住民が番う相手を見つけ、二人きりの楽しい世界を構築しているこの魔界を、一人彷徨い歩けばそのくらい、誰にだって分かるだろう。
魔物とインキュバスの交わす甘い睦言や、一戦交わした男女の肌から臭い立つ生と性と精のオーラ。愛する人と共に生きるその素晴らしさを否応なく思い知らされる大通りは、俺みたいな悲しき独身者にとってアウェー中のアウェーだ。
 短絡的に、「女に好かれたきゃ努力しろ」とか「女はいいぞお前も頑張れ」とか無責任な事を言うのはやめて頂きたい。そんなありきたりな言葉はもう何千回と聞いたし、それに従おうとした事も同じくらい沢山ある。
 しかし駄目なのだ、俺は。顔も身長も人並みで、特徴と言ったらこの辺りでは割りと珍しい黒い髪の毛くらいで、目立って悪い点というのも思い当たらない。
 それなのに、出会う女性出会う女性みんな、俺から離れていってしまう。好意を示せるくらいまで距離を詰められればまだ良い方で、大抵の場合、相手の方が何か怯えたような感じで俺から距離を取ってしまう。
 たまにそこそこ気の合う人がいても、ある日突然姿を消してしまったりする。特定の組織や雇主よりも自分自身の生き方に忠を尽くす傾向の強い魔物娘達の事だから、気に入った男を捕まえてそのまま愛の逃避行兼新婚旅行と洒落込む者も少なくないが、やはりそれでも残された方は余り良い気分にはなれない。
 今俺が腐り切っているのも、そんな風に失踪してしまった魔物娘のせいである。
 真面目そうなハーピーの少女で、俺みたいな陰気な男とも結構気さくに話してくれたりした。趣味も合っていたので、先の休日、それにかこつけて遊びに誘ってみたのだが、彼女が待ち合わせ場所に現れることは無かった。
 何もハーピーの件が初めてというわけではない。マーメイド、オーク、ミノタウロス。みんな、親しくなりかけたと思ったら消えてしまった。
 一体俺が何をしたというのだ。どうして俺だけ、いつまでも寂しい思いで居なければならないのだ。そんな風に沈んだ気持ちを、僅かながら上向ける芳香が漂って来た。
 食欲を喚起する香ばしい匂い。俺がよく利用する惣菜屋、そこの出来たて料理の匂いに違いない。
 店に目を向けると、料理人兼売り子のサハギンと目が合った。
 魚人種らしく無愛想かつ無表情な少女だが、常連客たる俺には、軽くお辞儀などしてくれる。あらゆる女性や魔物娘から見放され切った俺にとっては、仕事上の儀礼でしかないそんな仕草も嬉しかった。
 どうも、今日の惣菜は鶏肉の唐揚げらしい。出来たてアツアツの、明るい茶色の衣は程よく火が通り、多過ぎない肉汁の染み出したそれはシンプルな料理ながらこの上無く旨そうである。
 夕食にしようと、その唐揚げを俺は購入した。
 日替わりで色々な料理を売るこの店だが、肉系は特に美味なのだ。前に買った魚のフライ、豚の角煮、牛筋煮込みなどはそこらのレストランを遥かに味で凌駕していた。
 サハギンなりに接客の必要性という物を感じているのか、少女は代金を受け取ると、商品を渡すと共に小声で礼を言った。
 彼女のか細い、しかし真心の籠った言葉だけが、今の俺の人生に潤いを与えてくれる。店と客と言う関係上、これ以上親しくなることも無いだろうが、それでも充分だった。なまじ親しくなって、また失踪されても気分が悪いだけだしな。
 無言で次の客の相手をし始めたサハギンに背を向け、俺は家路を急いだ。




・・
・・・



 常連客の一人、黒髪の男を見送り、惣菜屋のサハギンはそっと溜め息をついた。
 次の客も来ているが、ほとんど上の空である。もともと感情表現に乏しい魚人族ゆえ問題になっていなかったが、普通ならクレーム物である。
 ぼうっとした頭で客をあしらった魚人少女が思っていたのは、例の黒髪の男のことだった。
 筋骨隆々と言う程でもないがバランスよく肉のついた青年らしい身体。どこかエキゾチックな黒い髪と瞳。高く、筋の通った鼻。それらすべてを独占して、自分だけの物として愛し労り続けたいと、彼女は考えていたのだ。
 しかし少女はサハギン。言葉でのコミュニケーションを最も不得手とする魔物娘である。同族の娘達は実力行使的に身体の関係を迫り、そのまま勢いで男を物にしてしまうパターンが多いと聞いていたが、彼女はもっとじっくりやりたかった。自分が彼を求める以上に、彼にも自分を求めて欲しいと思ったのだ。
 しかし手の早さ、アグレッシブさでは人間の女など及びもつかない魔物娘たち。魔界には、恋の競争相手が余りにも多過ぎる。邪魔者を排除して愛しい男を手に入れるために、積極性や肉体の豊満さで劣るサハギンはどうすれば良いだろうか。
 考えた末、少女は最も安直な結論に達した。即ち、同族のような、実力行使である。
 彼女の「実力」はしかし、男に向けられることは無かった。サハギンの少女はその刃を、恋敵候補の魔物娘達に向けたのだ。
 精神的肉体的に脅迫し、助かりたければ手を引けと命ずる。早い段階で手を打てばまだ恋敵候補も本気になっていないので、あっさり排除することが出来る。
 対処が遅れた場合はまた別の「手段」を取ることになるが……まあ、それはそれで構わないのだ。……彼にも、喜んで貰えることだし。この惣菜屋の評判も上がるし。良い事ずくめである。
 右を見ても左を見てもカップルばかりなこの魔界で余りにも長く孤独で居過ぎたせいで、愛しい男は最近目に見えて荒み、疲弊していた。
 その有様にすらも、サハギンは罪悪感や良心の呵責よりも満足感と所有欲を覚えるのだ。
 もう少し、後少し追い詰めて弱らせてあげて、もうこれ以上一人でいるくらいなら死んだ方がましだ、くらいにまで苦しめてあげて、それから彼に求愛しよう。どん底から救ってあげて、私無しでは一日たりとも生きられないくらい、強く激しく依存させてあげよう。少女は、そんな風に考えていた。
 振り返り、背後の食料庫を見た。冷蔵室の中には、先の休日に「仕入れて」「捌いた」ばかりの新鮮な「鳥肉」が入っている。
 彼に近付きたいなら今のうちですよ。またいずれ、あなた方を「仕入れに」行きますからね。
 誰にともなく、少女は呟いた。
11/06/30 09:55更新 / ナシ・アジフ

■作者メッセージ
ヤンデレらしいヤンデレを、初めて書いたような気がします。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33