読切小説
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炎天下の夢現
 じんわりと肌にまとわりつくような暑さが空に浮かぶ太陽から降り注ぐ。

 「暑い・・・。」

 そう一言だけ呟き、氷菓子を片手に雑多に混んだ大通りを歩いていく。

 目的などない。

 ただ家にいるだけでは腐ってしまいそうだったからそれを回避するために外へと繰り出した訳なのだが・・・。

 なんだこの人の量は・・・。

 暑さにまいって気分を変えようと散策をしようとしているのに右を見ても左を見ても人、人、人と肩と肩がぶつかり合う程の人数が大通りを練り歩いている。

 祭りが行われるなど聞いてはいないし、司祭が説法を説きに来たという話も耳にしていない。

 なにがどうなっているのかと思いつつ人の波に飲まれ、流れに身を任せつつ川を流れる木の葉のようにその場の勢いに任せて歩を進め。

 あっちへトコトコ、こっちへトコトコと歩んでいると一際人が多い所へと辿り着いてしまった。

 これは不味いことになったと引き返そうとするが流れに逆らう事は出来ずに唯々歩いていると支流の流れへと入った様に人通りの少ない裏道へと入ることができた。

 しめたと思いようやく窮屈な思いから抜け出せたと安堵するが、手に持っていた氷菓子の残りは熱気にやられ甘い砂糖水へと姿を変え、着ていた服には浮き出た水分が蓄えられ。

 その吸われた汗に日陰で冷やされた風が吹き抜けると身震いの一つが襲い掛かり。

 「ぶぇっ!くしょん!!」

 とデカいくしゃみを吐き出してしまう。

 このままではいかんと家路を急ごうとすると、道の脇に小さな人だかりができていた。

 露店の類かと思ったがそうではなく、香具師の人間が弦楽器を片手に何やら語りを行っているようだ。

 まああれだけ人がいるならばこういった見世物があってもおかしくはないだろう。

 そう考えつつ冷えた身体を温める風呂や酒のことを思い浮かべその隣を通り過ぎようとすると小気味よい音程の曲が自然と耳に入ってきた。

 「美しい娘が・・・♪」

 それを追う様に歌詞も流れて耳に入ってくる。

 美しい娘もいいが今の自分には石材の湯船にはった熱湯か塩味の強い肴と熱い蒸留酒でもあればいい。

 などと考えるが不思議と足は止まり人だかりの中へと歩を進めていた。

 「透き通るような真珠の肌をこちらへと見せ♪女は熱い視線をこちらへと投げ掛けてきた♪」

 先ほどまで考えていた風呂も肴も蒸留酒の事も頭から抜け落ち。

 詩に誘われるまま声が聞こえる場所まで来ると語り部の情熱的な声、艶のある声それぞれが流れ込み脳へと染み込んでいく。
 
 「蛇のように鋭い目♪長い舌に絡めとられて♪男は燃え盛る様な恋心を女に抱く♪」

 魔物娘との愛の話・・・、いや例え話だろう。

 ここは教団の膝元だ。

 そんな話をすれば一瞬にして拘束され、連れていかれるだろう。

 「だが男は独占欲が強かった♪」

 その証拠に聖堂騎士の人間も語りを聞き、微動だにせずしている。

 「女へ愛を囁き♪女の関心を引き♪そして女の心を手に入れる♪」

 野暮なことを考えているうちに物語は佳境へと進んでいき、愛した蛇のような女の容姿を称え。

 女の内面を褒めちぎり、女の具合の良さを切々と歌い上げる。

 だがその裏では女の美しさにいつか心変わりするのではないか、間男が割り込み奪いに来るのではないかと戦々恐々と失う事の怖さを歌い。

 女への執着を、他の男が女へ向ける視線への嫉妬、怒りにも似た溶岩のような感情を土石流の様に垂れ流し。

 「艶めかしい舌を♪形の良い乳房を♪男を離さぬ膣を♪誰にも渡さぬように・・・♪」

 最高潮へと盛り上がると詩が止まり。

 「刃を降り下ろし切り分けた・・・。」

 ただ平坦に、感情を込めずに、誰にも渡す事もなく自分だけのものに出来たという安堵が込められたように・・・。

 語り部の口から歌が漏れた。

 そして再び詩は続いていく。

 「物言わぬ美しい躯となった女♪時は肉を削いでいく♪骨だけでは女とは言えぬ♪」

 体験談なのだろうか、それとも又聞きの話なのだろうか・・・。

 不気味なほどに臨場感があり、そして熱が籠るほどに引き込まれる。

 このような話の展開になっても聖堂騎士達は語り部を害さずに立ち尽くし。

 その声に耳を傾けていた。

 まるで夢や幻覚でも見ているかのように・・・。

 「冷たい水は芯を冷やし♪女の美しさは永遠となる♪」

 「あぁ、美しき女房よ♪これで永久に自分の物♪」

 「口づけを捧げれるのも♪愛でることが出来るのも♪」

 「自分だけ♪」

 そんな夢現にいる人々を置き去りにして段々と音程が加速していき、歌も速くなっていく。

 終焉が近付いてきているのだろうか。

 「今宵は特別な日♪綺麗に着飾って町を見てみよう♪」

 「これが自慢の女房なのだと皆に教えてあげよう♪」

 「ほらそこの硝子の部屋から・・・。」

 語り部がふいっと視線を弦楽器から上げてある一方を見つめる。

 それにつられるように歌を聴いていた人垣もそちらへと目線を向けた。

 そこには淡い水色の洋服を着た一体の人形が硝子越しに飾られており語り部が歌った通りの容姿の女性像がいたのだ。

 偶然の一致・・・、なのだろうと思うがそれをどう受けるかは人それぞれらしく。

 絹を裂くような悲鳴が歌をかき消したかと思うと場の空気は変化し、人形を一目見ようとそちらへ群がる人や恐ろしくなりその場を離れる人と様々な反応を見せ。

 微動だにしなかった聖堂騎士達も我に返ったかのように語り部に近付こうとしたが、さっきまでいた場所に語り部はおらずに

敷物と椅子だけが確かにそこに人が座っていた痕跡を残しているだけだった。

 正直に何が起きたかわからずにただ突っ立っていると、また風が吹き汗で冷えた身体を撫でていく。

 「ぶぇっ!くしょん!!」

 狸か狐にでも化かされたのかと思い、立ち尽くしていたがくしゃみ一つで自分が何を求めていたか思い出し家路へとつくことにした。

 一体あれはなんだったのだろうか。

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 「あはははははは。今日は最高だったわね。」

 町の片隅にある廃屋で目の前の妻が笑う。

 「ちょっとした怪談話だったのにな。」

 手に持った弦を弾きながらそれに同調し、語り部をしていた私はほくそ笑んだ。

 蛇のように鋭い目、先が僅かに分かれた舌、真珠のような透き通った肌。

 物語の登場人物と寸分違わぬ容姿を持つ彼女こそ、メドューサである私の妻である。

 ただし、現在は偽装の為に人間の姿になっているという注釈はつくが・・・。

 「で、上手くいったのか?」

 「ええ、あなたが裏道で語り部をやってる隙に情報、証拠、物品はとれたそうよ。」

 「ならよかった。」

 「そういえばあれはどうしたの?」

 「あぁ?あの人形か?」

 「ええ、私が脱皮したものを白樺の人形に被せて展示品に仕立てたやつよ。」

 「ちゃんと回収したよ。脱皮したものとはいえお前を他人に渡すわけないじゃないか。」

 「そうよね。私に指輪と花束と詩まで作って求婚しにきたんだもんね。」

 「一目惚れだったからな・・・。」

 「ふふふ・・・。」

 そっと妻の顔が近付いてくる。

 口付けと、あわよくばそのまま・・・。

 と思っていると。

 「おい、さっさとずらがるぞ。」

 もう一組の情報収集していた組が窓からこちらを覗いていた。

 妻との逢瀬はこの町を出発してからになりそうだ。
16/02/16 14:28更新 / 朱色の羽

■作者メッセージ
 久しぶりに投稿いたします。

 始めましての方は始めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。

 今回は江戸川乱歩様の短編で書かれていた「白昼夢」を改変して書かせていただきました。

 流れはだいたい同じで顛末、落ちの部分だけ手を加えてあります。

 別の魔物娘でやらんでも、なんて思われるかもしれませんがリハビリの一環で書いているのでお目こぼしをしていただければ助かります。

 誤字、脱字等見つけられましたら感想の方に御一報ください。

 約2900字の拙い文でしたが、手に取ってお読みくださりありがとうございました。

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