連載小説
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旅21 記憶を失くした怪物という名の少女
「いやあ〜、これほんまにウチが扱ってもええんか?」
「いいよ!そのかわりちゃんと言ったとおりにしてね!!」
「ああ、それは心配せんでええよ!さすがに他人の性交を見たいとは思わんしな」

現在13時。
私達は祇臣を出発し、緑の草木が生えそろう山道を歩いていた。

「しっかしまあこれほんまにタダであげとったん?」
「まあ…別に売るようなもんじゃないし…」

だが、お昼ご飯を用意してなかったので私達は『テント』の中でお昼ご飯を作る事にしたのだ。

「アカン!!こんな高級素材をタダで配るなんてどうかしとる!!」
「えっ?そうかな〜?」

そしてお昼ご飯を食べ終わった後すぐには出発せずに…

「そうや!だからウチがこの毛を適度の値で売ったる!それを旅費にするんや!!」
「あ、うん…よろしくねカリン…」

新しく一緒に旅する事になった人間の女性…カリンに、私は最近伸びてきた毛を短くしてもらっていた。

ここのところジッとしているとすぐ眠くなってしまう事が多かったので、これ以上眠くならないように切る事にした。
その時、カリンが「ワーシープの毛って高級品やし、ウチが取り扱ってええ?」と聞かれたので、私は刈ってくれたらと言ったら即座に自分のハサミを持って私の毛を短くしてくれる事になったのだ。
ちゃんと短くし過ぎないようにって理由と供に言ってあるし大丈夫だろう。


「ところでカリン、この『テント』どう思う?」
「どうもこうも、ごっつたまげたわ!なんやのこの小屋!?反則的に快適やん!」
「カリンお姉ちゃんまで…アメリはふつうだと思うけどな〜…」
「これが普通って…金持ちすぎやろ…ウチには無理や…商人としての自信無くすわ…」

なのでまあこの『テント』の事を聞いてみたのだが、案の定な回答が返ってきた。
そしてアメリちゃんの普通発言を受け、カリンは少し落ち込んでしまった。

「おーい、皿洗い終わったけどそっちは終わりそうか〜?」
「あ、もーちょいで終わるでユウロはゆっくりしとって〜!!」

が、お皿洗いをしていたユウロが声を掛けた事により復活し、また私の毛を刈り始めた。


私の毛を短くし終わったら、私達は再び『弥雲』を目指す。
その町に何かがあるという事ではないけれど、カリンの用事があるので向かう事にしたのだ。
だがその途中…というかまさに今居る場所だが…この山には『怪物』がでるらしい。
今のところそれらしきものとは遭遇する気配もないので大丈夫だとは思うのだが…用心はしておいたほうが良いかな…

「ねえカリン…」
「ん?なんや急に…変なとこ切ったか?」
「ううん、そうじゃなくてさ…この山にでる怪物って何かわかる?」

私はとりあえずカリンに聞いてみる事にした。
ジパング人だし、商人なのでこういった話には詳しそうだったからだ。

「ん〜…確証は持てへんけど…たぶん『ウシオニ』やと思う」
「ウシオニ?それって魔物?」
「せや…てかサマリあんたも妖怪…てか魔物の一種なのに知らんのか」

カリン曰く怪物とは…どうやらウシオニと呼ばれる魔物らしい。
おとなしい魔物が多いジパングで怪物なんて言われているが…いったいどんな魔物なのだろうか?

「私は魔物に詳しくないから…元々反魔物領の人間だったからね…」
「え?そーなん?てかサマリあんた元人間なんか!?」
「あ、言ってなかったっけ。そうだよ、私はアメリちゃんに魔物にしてもらったんだ」

気にはなるが、まあ相手が魔物ならなんとかなるかな。


「ほぇ〜…驚いたわ〜…………あっ……」
「…ねえ、今の『あっ』って何?嫌な予感がするんだけど…」
「あはは……すまん…驚いとったらちょっと切り過ぎてもうたわ……」
「ちょっと!?私大丈夫かな…」
「まあそんなに短いわけじゃないし大丈夫やと信じたい」
「……」

カリンがやらかしたので、そのウシオニについての話題がどこかに飛んでいった事もあるが…この時はそう気楽に思っていた。




…………



………



……








「さあ!気合入れて行くよー!!ちゃちゃっとこの山を越えよー!!」
「……あれどうしたの?さっきからやたらと動きまわってるけど…」
「ウチが切り過ぎたせいや…」

現在18時。
再び毛が短くなり、急に眠気が襲ってくるなんて事は無くなったのだが…

「サマリお姉ちゃんはやいよー!!」
「ゴメンゴメン…いやあ…身体を動かしてないと変な気分になっちゃうもんだからつい…」

カリンが切り過ぎたせいなのか、じっとしていると身体が疼いてくるのだ。
だから私は今やたらと動き回っている。
そうでもしないと、なんかおかしな気分になってしまうからだ。
おそらくさほど短いわけではないから大丈夫なのだろうが、私の魔物ワーシープとしての本性が少し出ているのだろう。

「つーか切り過ぎたんならその分をどこかに付けとけばいいだけじゃねーのか?」
「……あっ!!」

…それもそうである。別に切り取った分は捨ててはいないのでその手があった。

「ほなそれウチが用意しとくわ。切り過ぎたウチに責任あるやろうしな」
「つーかカリンまさか多く売る為にわざと切り過ぎたr「するかアホ!」ならいいけど…」

ということで、この問題はカリンが責任もって用意してくれるもので何とかなりそうなのでよしとしよう。
それまではもこもこインパクト用の毛の塊を少し胸に入れておく事にする。これでたぶん少しは落ち着けるだろう。

それより、今日の朝から今もずっと気になっていることがある…

「ところでさ…カリンはかなり大きな荷物を背負ってるけど重くないの?」

カリンが背負っている籠はカリンの横幅よりも大きいのだ。その中には武器や薬品などの商品やカリンの私物などがびっしりと詰まっている。
さっき『テント』の中にいくつか置いているのはみたけど、それでもまだかなりの量が入っていると思うのだが…

「ああ…まあ普通に持ったらさすがに重いけど…重みを軽減するコツを使っとるから問題ないで。一応ウチこれでも鍛えてあるから力もあるしな」
「ふーん…そうなんだ…」
「カリンお姉ちゃんって力もちなんだね!」
「まあな!これでもウチは商人の家系やで小さい頃から商人として鍛えられとったからな!」

言われてみればカリンは全く重そうにしていないな…
これは商人をしている人間の知恵や伝統みたいなものなんだろうか?


「そうそう、ウチも今気になる事あるんやけどさ…なんでサマリ魔物になったん?さっき聞き忘れとったし、無理無ければ教えてほしいわ」
「えーっと、もうそろそろ一月ほど経つのかな?それくらいの時にちょっとあって私の足が動かなくなっちゃったんだ」
「はあ!?そらまたものすっごい事になっとったんやな…」
「まあね…それで魔物化したら足が治るかもって言われて…それなら旅を続けられるしと思ってね…まあ実際魔物になるかならないかはかなり悩んだけどね…」
「まあそうやろな…反魔物領出身って言っとったしな…よう決めたな〜…」

カリンが聞いてきたので、当時の事を思い出しながら語っていた。
そういえば私魔物化してから一月程しか経ってないんだっけ…いろんな体験をしたからもっと経ってる気がしてた…
そう考えるとまだ旅に出てから2ヵ月経ってない位か…あまり実感ないな…だってこれまでにいろんな出会いや別れ、さまざまな経験をしたから。
まあそれだけ結構充実した旅をしているというわけか。
それも全部…アメリちゃんのおかげかな…

「ねえアメリちゃん…」
「ん?なーにサマリお姉ちゃん?」
「旅って、楽しいね!」
「……うん!!」

こんな感じで、私達は楽しくお喋りをしながら弥雲に向かっていた…





ぐうぅぅぅぅ……





「ん?なんやこの音?」
「あははは……気にしないでいいよカリンお姉ちゃん///」

が、例の如くアメリちゃんのお腹が高らかと鳴り始めた。


「んじゃ、今日はここまでにしますか……」
「そうだね…じゃあアメリちゃん『テント』だしてね」
「うん!」

という事で、今日はここで休むことにした。
まあ空も暗くなってきたし、ちょうどいい時間だろう。

「まあこのペースなら明日の昼辺りには弥雲に着くかな?」
「テントだしたよー!!」

アメリちゃんが『テント』を出したようなので、私達は夜ご飯の準備の為に『テント』の中に入ろうとした。


だが……



リーン…リーン…



「ん?なんだ……」


突然、心地良い音色の響きが後ろから聞こえた。
何かと思い振り返ってみると…


「……」
「な!?あれは……!!」

そこには、黒く長い光沢のある髪と黒い瞳を持った少女…と言っても緑色の肌で頭からは二本の太く白い角を生やし、腕や下半身は黒い毛で覆われ、その下半身は蜘蛛のようになっている。
そのちょうど腰の下、上半身と下半身の繋ぎ目辺りのもふっとしているところに、金色のなにか丸いものが着いていた。おそらく先程の音はあそこから出ていたのであろう。

見た目からすればアラクネの一種であろうその少女は、私達のほうをニタァとした顔で見ていた。

「なあカリン…あれってまさか…」
「あ、ああそうや……あれが『ウシオニ』や…」
「へっ!?そうなの!?」

どうやらあの少女がジパングで怪物と恐れられているウシオニという魔物らしい。
『ウシ』『オニ』って言うからてっきりミノタウロスかアカオニの仲間だと思ってたけど、アラクネの仲間だったんだ……ってそんな事考えている場合じゃないか。
相手は怪物として恐れられているんだ…何をしてくるのか警戒しておかないと…

「お、おい、どうするよ?」
「そんなんウチに言われても…あのウシオニこっち見たまま動かへんし…」

ウシオニの少女は全く表情を変える事無くずっとこちらを見ている。
…というか、ウシオニの少女の視線の先は……ユウロ?


「……ふっ…」
「ん?……ってうわあっ!?」

その視線がユウロに向いている事がわかった瞬間だった。
突然ウシオニの少女の口元が余計ニタァとしたかと思ったら、ユウロが驚いた声を出していた。

その声に反応してユウロのほうを振り向くと……


「な、なんだこれ!?糸か!?」


そこには、粘性を持った白い糸みたいな何かで身体を縛られているユウロが居た。


「……はっ!」
「なっ!!うぉああああぁぁぁぁ………」
「「ユウロ!!」」
「ユウロお兄ちゃん!!」


そして、その糸の先に居たウシオニの少女がユウロごと糸を自分の下に手繰り寄せ……そのままユウロを連れ去ってしまった!


リーン……リーン……


「アカン!あのままじゃユウロの奴ウシオニに犯されるで!!」
「へ!?大変!助けに行かなきゃ!!」
「でもウシオニのお姉ちゃんはやくておいつけないよ…」
「それでもなるべく頑張って走って、ユウロを助けなきゃ!!」


リーン………


私達は、森に響く音色を頼りに、ウシオニの少女とユウロを追いかけて行った。



=======[ユウロ視点]=======



リーン…リーン…


「くそっ!!いきなりなんだってんだよ!!」
「……」

いきなり糸で縛られたと思ったら、今度はウシオニの蜘蛛部分の背に乗せられて強制お持ち帰り状態にされている。
いったいなんだというのだろうか?

「このやろ!離せ!!」
「…嫌だ…アンタはアタイとずっと一緒に居てもらう!!」

今まで喋ってなかったので返答が来るとは思っていなかったが、どちらにせよあまり良い状況になったとは言えない。
しかし…相手が俺を手放す気が無いとわかっただけでも良かったと言うべきか…

「そうかよ……」

俺は今全身縛られている…足はもちろん、腕も身体に貼りつけるように一緒に縛られている。
今この状況では俺が出来る抵抗は数限られている。
だが…この限られている状況で俺は何とかしなければ、俺はこのウシオニに捕えられたまま…最悪性的に襲われるだろう。
そんな事になっては困るどころでは無いので早くこのウシオニから離れなければ…
他の皆が追いつけるような速度ではないので、自力で脱出する必要がある。



「ふんっ!ふ〜んっ!!」
「無駄だよ!アタイの糸は人間の力じゃそう簡単に切れはしない!」

まずダメもとでこの糸を引き千切ってみようとしたのだが…ウシオニが言うとおり全く千切る事が出来そうにもない。
せめてずらしたり出来るかなぁと思ってやってみたが、それすら困難そうだ。



「だったら…とーうっ!!」
「何を無駄な事を…固定してなければアンタは今頃振り落とされてるよ」

だから今度は身体を屈伸させ、勢いをつけてウシオニの背中から飛び降りようとした。
しかし、腰がウシオニの身体と糸で固定されていたようで、身体が浮かび上がりはしなかった。



「ならこれはどうだ……ぐっ!!」
「今度は何を…ってアンタ!?何してるの!?」

だが、足は縛られた状態ながらも動かせる事が確認できた。
だから俺は、自分が怪我をする事を覚悟しながら、近くの木の幹に足を上手い具合に引っ掛けた。

「ぐあっ!くっ!いってぇ……よ、よし…上手くいったぜ…」
「なっ!?…まさかそこまでするなんて……」

足に衝撃こそ走ったが、狙い通りウシオニの身体から離れる事ができた。
しかも運が良い事に落ちた衝撃は糸がある程度吸収してくれたどころか、その時転がったせいかボロボロになったので…


「ふんっ!!よし!糸が千切れたぜ!!」
「なにっ!?クソッ、逃すか!!」
「はっ!不意打ちじゃねーから当たらねえよ!!」

俺の身体を拘束していた糸を引き千切る事が出来た。
おかげで身体に自由が戻ったので、俺を再び拘束しようと飛ばしてきた糸を難なく避ける事ができた。

「悪いけど逃げさせてもらうぜ!俺は誰かの夫や彼氏になる気は無いからな!!」
「待てっ!!絶対逃すものかあああああ!!」

だから俺は全力で逃げる事にした。
もちろん予想通りウシオニは俺を逃さまいと追い掛けてくる。
このまま森の中を逃げ続けていたら、地の利があるウシオニのほうが有利だろうから、いつか捕まってしまうだろう。

だから俺は、まずは目先にある場所へ、もちろん後方に気を配らせながらではあるが、全力疾走で向かった。



リーンリーンリーン……



「逃げるなあああ!!」
「素直に捕まるような人間じゃねえから逃げるよ!!」

鈴の音を響かせながら、木々を跳び移り、糸の塊を発射しながら俺に迫ってくるウシオニ…
かなり必死の形相で追いかけてくるが…そんなに俺を気にいったのか?

俺はウシオニの糸を避け、草木を掻い潜りながら走り続け…


「おっしゃあ!ここでなら止まってやらあ!」
「ふぅ……ふ〜ん…ここでならアタイと闘えるとでも思ってるの?」
「ああ…森の中よりは視界も広いし十分動けるからな!」

俺は、無事に広場になっている場所まで逃げ切る事ができた。
ここでなら地の利はほぼ無いに等しいし、物陰から狙われる事もない。
上手くいけば捕まらずに倒せるかもしれないし、最悪アメリちゃん達が来てくれる。

「そこまでして……だったらアンタを気絶させて連れて行く!」
「やれるもんならやってみな!俺こそテメエを気絶させて逃げるからな!!」

俺は木刀を構えて、相手の出方を見る事にした。



「………」
「………」


互いに一歩も動かずに、いつの間にか出ていた月の明かりに照らされながら、互いに睨み合っていた。
たぶん相手も俺の動きを見てから動くつもりなのだろう…いつでも跳びかかってこれる態勢で、腕を構えたまま俺を睨みつけている。
しかし、このままでは埒が明かない…というか、魔物と俺では先に俺の体力や集中力が低下して不利になってしまうだろう。


「……やああっ!」


だから、俺は先に動く……ふりをして、掛け声をあげて左足を一歩だけ出した。



リーン…

「うらあああああああっ!!」

上手い具合に俺の動きに反応して、ウシオニは俺に向かって突進してきた。
ウシオニの八本の足での突進はかなりの重量と速度を伴っているので、当たると大変な事になるだろう。掠っただけでも無事に済むとは思えない。

だが、俺を気絶させる事を目的としている為か、それとも元々闘い慣れていないのか、どちらにせよウシオニの動きは単純だ。
速度は速くてもこれなら避けるのは容易いことだ。


「すぅ……はぁ……よいしょっと!」
「あ、あれ!?アンタ避けないのか!?」
「まあな…悪いけど一発で決めさせてもらうぜ!」

だが俺は敢えて避ける事無く…その場で木刀を両手で持ち、地面と水平に構えた。
やはり俺が避けるものだと思っていたようで、ウシオニは驚いた表情をしている…



「はあああああああっ!!」



その表情のまま俺に突っ込んでくるウシオニの胸下…鳩尾に向かって……



ズンッ!!



「が………は………っ………!?」
「くっ!!……いってぇ……」


俺は、思いっきり突きを入れた。
もちろんかなりの速度で突っ込んできたウシオニを正面から受け止めたようなものなので、俺の腕に大きな衝撃が走り腕が痺れ、痛み出した。
だが、それをカウンターとして鳩尾に貰ったウシオニは俺以上の衝撃が身体中に走り……



リリーーン……


ドサッ……



鈴を大きく響かせながら、ウシオニは身体を震わせ…その場に倒れ込んだ…


「じゃあ…逃げさせてもらうぜ……」

俺は痺れる腕に顔をしかめながらも、その場から去ろうとした……


だけど……


「ま……待って………」
「んなっ!?お前意識あるのかよ!?」


ウシオニに呼び止められて、俺は立ち止まった。
かなりのダメージを与えたと思ったが、意識がある事に驚いた。やはりウシオニ、頑丈である。
でも動けないのか、そのままの体勢で俺に話しかけている。


「お願いだから……一人にしないで……」
「えっ………?」


更には、ウシオニとは思えないような…とても怪物として恐れられているような魔物が言うとは思えない事を言ってきた。


「お願い……行かないで……」
「そうは言ってもなぁ…俺にも俺の都合があるし…」

と言いつつも、ウシオニの話が気になって動けない…
さっきまでの態度はどこに行ったのか、かなり弱気である。


と、ここで……

「おーいユウロー!まだ大丈夫ー?」
「ん?おーみんな〜!!俺は無事だぞー!!」


俺を探してくれていたのか、皆がこっちに向かって走ってきた。

「はぁ……はぁ……大丈夫そうだね……」
「おおっ!ウシオニ倒しとるやん!ユウロやるな〜!!」
「ねえウシオニのお姉ちゃん、どうしてユウロお兄ちゃんをゆーかいしたの?」

そして俺の様子を確認した後に、ウシオニのほうに注目が集まった。

「アンタ達は……?」
「なんや?ユウロしか見えとらんかったんかいな…」
「アメリたちはユウロお兄ちゃんといっしょに旅してるんだよ!」
「そう…なのか………アンタはユウロって言うのか…」
「ああ…で、そろそろ教えてくれないか?」

人数もこちらが有利だし、いきなり暴れられる前にサマリが例の抱きつきをすれば大人しくなるだろうと思い…

「どうして俺を縛りあげて攫ったんだ?それと、一人にしないでってどういう事だ?」

俺は、どうしてこんな行動を起こしたのかと、先程の発言について聞いてみた。
俺の事を気にいって攫っただけにしては、一人にしないでってのが引っ掛かるから聞いてみたのだが…



「アンタを攫ったのは…初めてアタイを見てすぐ逃げなかった人間だから…嬉しくって…」
「あー、まあ逃げようとは思わなかったな…目撃情報とかは見てすぐに逃げた人のか…」
「そして…もう何もわからない中、一人でいるのが嫌だったんだ…」



その答えの後半は、予想外のものだった。


「なにもわからない?それってどういうこと?」
「……お譲ちゃんはなんて名前だい?」
「アメリだよ!!」
「年齢は?」
「8さいだよ!!」

そのままアメリちゃんと話を始めたと思ったら…

「それがどーしたの?」
「アメリは自分の事がわかるだろ?」
「うん!」
「アタイはね…」


ウシオニはアメリちゃんに向かって呟くように…


「自分がなんて名前か、何歳なのか、何もわからないんだよ……」
「えっ!?」


自分の名前や年齢がわからないことを…




「それどころか…ここ1年の記憶しかアタイには無いんだ……」
「な、なんやて…つまり…記憶喪失か?」
「たぶん……」



いや、自分には過去の記憶が無い事を教えてくれた。




…………



………



……







「気がついたら、アタイは一人でこの近くの崖に倒れていた…近くには誰もいなくて、自分が何なのかもわからなかった…ウシオニって言うのもアタイをみてそう叫びながら逃げる人間から知った事なんだ…」

ある程度落ち着いた後、俺達はこのウシオニの話を聞く事にした。
さすがに記憶喪失かつ一人で生活し、一人にしないでと言っている者を放ってはおけないからだ。
だから俺達はウシオニをアメリちゃんの『テント』の中まで運びこみ、サマリが急いで作った夜ご飯を全員で食べながら話を聞いていた。

「周りには岩なども落ちていたし、草花もへし折られていたからたぶん崖から落ちたんだと思う…」
「それは……大変ね……無事でよかったね……」

自分も落ちた経験があるからか、サマリが顔を真っ青にしながらその話に反応した。

「うん…でも実はちょっと不思議な点もあってね…」
「ん?何かあったのか?」
「ああ…たしかに草花は折られていたし、地面も少し陥没していたのだが…それはアタイが気絶していた場所からずれていたんだよ…」
「へ?」

たしかにそれは不思議だが…

「いやでも落ちたあと転がっていった可能性もあるよな…」
「それだけじゃない…血痕が地面に付いていたんだ……森の奥のほうまでな」
「えっ!?それって…」

血痕が森のほうまで続いていた…という事は、何者かが近くに居たという事か?

「更に、よく見てみたらアタイが倒れていた場所には…ちょうどアタイが寝ていた部分を除いて血が付いていた」
「はあ?お前が怪我して流したんじゃないのか?」
「いや…アタイはその時、怪我どころか傷一つ付いていなかったんだ…」

それは奇妙な事だ。
崖から落ちたとしたら、いつぞやのサマリのように全身傷だらけで血を流していろものだと思うのだが…
傷一つないなら、どうして記憶喪失なんか起きるのだろうか?


「あ、でも…」

と、ここである程度ご飯を食べてお腹が膨れてきたのか、食べてばっかりでさっきから一言も喋っていなかったアメリちゃんが口を挟んできた。

「ウシオニさんはみんな身体がつよくて、きずついてもすぐになおっちゃうはずだよ?」
「って事は…やっぱお前崖から落ちて一気に大きな傷を負いすぎて脳へのダメージはそのままに身体の傷が治ったんじゃねえか?」
「そう…なのか?」
「いや待った!」

と、今度はカリンが口を挟んできた。

「このウシオニの譲ちゃんから血が流れていたんなら自分が寝ていた部分だけ血が付いてないのは変や!」
「あ、そうだよ!だってサマリお姉ちゃんがけがしたときたしかサマリお姉ちゃんの下もまっ赤だったもん!!」
「え…そうなの?」
「うん!」

たしかに、サマリが落ちて大怪我したとき…サマリの居た部分だけ血が付いていないなんて事は無かった。

「やで、ウチはアンタは元々人間の女の子だったんちゃうんかと思うんや…」
「へっ?アタイが人間だった?」
「せや、ウシオニの血には高濃度の魔力が流れとると言われとる…その血を寝ているときに上から浴びたんなら今までの話の説明がつく。森の奥まで続いとった血痕もそのウシオニのもんやって言えるしな」

たしかにそれなら今までの説明に沿っているが…

「ならなんでそのウシオニは血を浴びせたんだよ。それに崖から落ちた時に出来たと思う陥没は何だよ?」
「あ…それは……せや!ウシオニと一緒に落ちたんや!それなら完璧に…」
「いや、それはそれでおかしいだろ…」
「はあ!?どこがおかしいんや!?」

カリンはまず目の前のウシオニの姿を見てから発言してほしい。
そうすれば自分が変な事を言っているって気付くと思う…

「なんでまだ幼さが残っているこいつとウシオニが一緒に崖から落ちるっていう状況ができるんだよ?」
「うっ……それは……たしかに変か……」

大きな蜘蛛の身体やサマリよりも幾分か大きな胸のせいで気付きにくいが、このウシオニはまだ子供だと言っていい。
実際その幼さが残る顔付きから考えても実年齢はアメリちゃん以上サマリ以下だろう。
そんな子供がもし人間ならばウシオニと一緒に居る理由がわからない。
その年齢でウシオニ退治って事でもないだろうし、知り合いだったら今居ない事に疑問が出てくる。

「はぁ…ぜんっぜんわからへん!!」
「うーん…私もさっぱり…」
「そうだよね……アタイはなんでここに居るんだろうな…」

考えてもわからない事ばかりでどうしようもない。ウシオニも落ち込んでしまったようだ。



「ま、それは後々考えてこうぜ…」
「ん?後々って…なんで?」
「えっ?」
「えっ?」

俺が後々って言った事にウシオニが不思議に思っているようだが…俺含め他の皆はそのウシオニの発言が不思議に思っているようだった。

「だって一人は嫌なんだろ?」
「う、うん…もう寂しい想いはしたくないし…記憶がなくて毎日が不安のままでいたくない…」
「だからな…アンタもウチらと旅せーへんか?」
「えっ!?」
「そうそう、もしかしたらいろんな所を旅しているうちに脳が刺激されて何か思い出すかもしれないし、あなたの事を知っている人がいるかもしれないしね!」
「だ、だけど…」
「ウシオニのお姉ちゃんはここにいたいの?」
「え…で、でもいいのか?アタイはユウロを攫ったんだし…」
「んなもん誰も気にしてねーよ。ここで記憶が戻るのを一人で待つか俺達と一緒に行くかだ」


そう、俺達は皆、このウシオニの話を聞いたときに、このウシオニを旅に誘うつもりでいたのだ。


「一人はもう嫌だ!!……じゃあさ…旅に加えてもらっても…いいか?」
「もちろん!!これからよろしくね!!」


こうして…俺達の旅に新たにもう一人旅仲間が加わった。


「あ、そうだ。なんて呼んでもらいたい?」
「へっ?」
「いやだってウシオニさんとかあなたとか呼ぶのもね…本名がわからないのなら何か代わりの呼び名があった方が良いかなって…」

たしかに、これから一緒に旅するのに種族名とかあなたって呼ぶのも変な話だ。

「ああ…でも……アタイは何もわからないし…」
「あ、そうそう…そういえば腰につけてるものって何?」
「これか?これはアタイが目を覚ましたとき見につけていた唯一の物だけど…」
「そうなの!?じゃあそれってあなたの事がわかる手掛かりになるんじゃない!?」
「あ…そうかも……」


サマリに尋ねられ、リーンと音を鳴らしながら手にしたそれは…

「鈴か…そういえばずっと音が鳴っていたな…」
「すず?これってすずって言うの?そうなのユウロお兄ちゃん?すずなの?」
「ん?ああ、そうだけど…」

俺が鈴と言ったらアメリちゃんが興味を示したのか、しつこい位に確認してきた。
何か気になる事でもあるのか?

「だったらさー…」

アメリちゃんはそう言いながらウシオニのほうを指差して…

「スズお姉ちゃんってのはどう?」
『へっ!?』

アメリちゃんは、突然命名し始めた。

「アタイがスズ?」
「うん。だってお姉ちゃんのことがわかるかもしれないのがこのすずでしょ?それになんかお姉ちゃんっぽいし」
「うーん…なんか適当やなあ…」
「むっ……じゃあカリンお姉ちゃんはなにかいい名前思いついたの?」
「あ……いや……何も思いついとらへんけど…」
「だったらいいじゃん。お姉ちゃん自身はどう?気にいってくれた?」

まあ単純ではあるが、わかりやすいし覚えやすいから良いかもしれない。
だが、本人が気にいらなければ駄目だろう。
だから、アメリちゃんはその本人に聞いてみた。


「スズか…うん、気にいったよ!アタイはスズだ!」


どうやら本人も気にいったらしい。
という事で…

「じゃあ改めて自己紹介するね!私はサマリ、よろしくね!」
「俺はユウロ。性的なものは拒むが困ったら何でも相談してくれ!よろしく!!」
「ウチは花梨!ただの商人や!これからよろしくな!」
「アメリだよ!アメリはリリムだからね!!よろしく!!」

俺達の紹介を改めてして…

「じゃあ…アタイはスズだ!これからよろしくっ!!へへっ……」

出会ってから初めて見た満面の笑顔を浮かべながら、アメリちゃんがつけた名前…スズを自分の名前として自己紹介をした。



この日、朝には人間のカリンが、今新しくウシオニのスズも旅仲間に加わり、さらに旅はにぎやかになりそうだ。
12/06/01 21:10更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ
という事で今回はユウロが誘拐未遂、そして『怪物』もとい記憶喪失のウシオニ、スズ(仮名)が仲間になりました。
彼女がどうして記憶を失ったのか、また本名は何かなどはまた後に。

そして次回は仲間が増えたとき恒例のお風呂場トークから始まり、到着した弥雲で一悶着…の予定。

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