読切小説
[TOP]
ダブル・フェイク ― 救と業 ―
午後6時

いつもこの時間に起きているせいか、俺は目覚ましを使わずとも起きれるようになっていた。目覚ましのアラームは夢の世界へ旅立っている妻を起こしてしまうことにつながる。人一倍依存度の高い妻が今の状態で目覚めてしまうのは避けたい。

ガサゴソ・・・

布団脇にプレイ用と称して持ち込んでおいたローションを手に取ると、俺の身体に巻き付いた妻の身体の隙間に注ぐ。そして彼女を起こさないように細心の注意を払いながら、少し身を捩ると簡単に戒めを解くことができた。身代わりに枕を挟むと音を立てずゆっくりと寝室を出た。彼女の無邪気な寝顔を見ると罪悪感を感じてしまうが、しかし心を鬼にせねばならない。



午後6時半

前日に用意しておいたベーコンとホウレン草のソテーとチーズを食パンに挟みホットサンドメーカーにセットする。それと同時にレンジにゆで卵ポットを入れる。茹で加減は半熟。彼女は種族的な理由なのか卵料理、それも半熟ゆで卵が大好きだ。少々多めに作っておく。



午後7時

「うう・・・、またかってにあさごはんをつくって・・・それはおよめさんのわたしのしごとなのに・・」

ダイニングのイスに座り、サハギンばりのジト目で俺を見るちんちくりんな白蛇。それが俺の妻の愛美だ。

「そうは言ってもお前は朝弱いだろ?」

「うっ」

「おまけに低血圧。危なっかしくて包丁なんて扱わせられないよ」

そうなのだ。
妻の愛美は常に白蛇として大和撫子のように振舞いたがる。踏み台を使わなければ台所に立てないのに関わらず、だ。そして・・・・かなりポンコツでおっちょこちょいだ。
愛する伴侶を独占するために白蛇が監禁に及ぶことはよくある。苦労して買ったこの一軒家の玄関ドアは愛美のダイナミック過ぎるDIYでロックが増設されている。その為、玄関から出るには7つの異なる鍵と8つの異なるキーワードが必要となるのだが・・・・。何も玄関から出なくとも裏口か庭から出ていけばいい。そんな誰でも思いつくようなことに、愛美は設置し終わるまで全く気付かなかったのだ。

「おいしい・・・くやしい・・・」

「悔しいのか美味しいのかはっきりしてくれよ・・・」

ジト目でホットサンドをモキュモキュ食べる愛美の姿。愛玩用のハムスターみたいで可愛い。
白蛇といえば白い髪と赤い瞳、そしてたわわな乳房やむっちりとした肢体を多くの人間は想像するだろう。だが、愛美は白い髪や赤い瞳は持っていても貧乳で貧相な身体、おまけに身長も中学生並み。婚活パーティーで彼女と初めて出会った時、うっかり白蛇の子供と思ったくらいだ。その後、誘われたヤり部屋で彼女が成人していると知ったわけだが・・・・。
ダイニングの時計を見る。そろそろ後片付けをして家を出なければならないだろう。

「昼食分のミネストローネは仕込み済みだから、温めればすぐ食べられるようになっているよ」

「あなた、どこへいくの?」

「仕事だよ。し・ご・と!」

「そういって、うしのようなちちをしたどうりょうとしっぽりするつもりでしょ!えろまんがみたいに!えろまんがみたいに!!」

「昨日あんなにヤってそんな気力なんてないよ。それに俺は愛美が一番大切だぜ?」

「しんじられない!!」

そう言うと愛美の指先に青白い炎が灯る。

― 嫉妬の焔 ―

白蛇特有の能力でこの炎を流し込まれた男は情念に焼かれるかの如く、焔を押し付けた女を狂おしく求める。あくまで「普通」の白蛇の場合は、だが。

「お、丁度タバコが吸いたかったんだ!サンキューな」

革製のクラブケースに収めたコイーバ・クラブを一本取り出すと、彼女の指先に灯る嫉妬の焔に押し付けた。そう、彼女は白蛇として嫉妬の焔を灯すことができるが、如何せん火力が足りずヤりたくてヤりたくてたまらなくなるほどの威力はない。こうしてクラブサイズのシガリロに火を点けるくらいしか使い道がないのだ。一回、夫婦の営みの際に喰らったことがあるが、精々ねっとりとクンニしたくなる程度だった。くすぐったいよぉと喘ぐ、愛美の姿は眼福だったがね。

「くちゃい!くちゃい!!」

愛美は葉巻独特の香りに嫉妬の焔を消して俺から離れる。

「そろそろポン〇ッキーズが始まる時間だぞ?」

「え、もうそんなじかんなの?」

「コーヒー牛乳を作っておくからテレビを見ておいで」

「うん!」

・・・・・成人してるんだよな?

俺はテレビに夢中になっている愛美の隣にデフォルメされた白蛇が描かれたマグカップを置くと庭から家を出た。



「・・・・行ったわね?」

先程の幼い声と比べようのない、冷たい声が愛美から放たれる。念のために、目を瞑り魔力を張り巡らしても夫の精は感じられなかった。

「さてと・・・お仕事お仕事」

緑色の恐竜の子供と赤色の雪男が映る画面を消すと、居間から家の二階へと向かった。
二人の持ち家の二階は主に物置として使用されている。
その一室。愛美はゆっくりとドアを開いた。彼女を無数のディスプレーとテレグラフやコンピューターが出迎えた。この部屋の事は夫は知らない。
高位の魔物は魔力を使い、堕落神のパンデモニウムのように異空間を生み出すことができる。此処はそうして彼女が作り出した空間だ。
無数のディスプレーには東京証券取引所と大阪証券取引所を始め、ナスダックやニューヨーク証券取引所、ロンドン証券取引所、果ては上海証券取引所の株価指数が表示されていた。

「少し円の価値が上がっているわね。まぁ、午後には下がっているでしょうから静観といきましょうか。我が社の実績も好調だし」

全てのディスプレーに共通する会社名は一つだけ。

― 東京パンデモニウムグループ ―

魔物娘専門のシェアハウスを主に手掛ける会社であり、彼女の夫である「穂村圭甫」の勤務先であり、彼女が密かに経営している会社だ。
「外地」から移住した魔物娘は「学園」が仲介する専門のマンションやアパートに入居することが多いが、生活費を節約するためや見知らぬ土地でたった一人生活することに不安を感じシェアハウスを利用する魔物娘もいる。そういったニーズに合わせたシェアハウスを提供しているのが東京パンデモニウムグループだ。

ピピッ!

「穂村だ。ん?あの狸が提携の話をしたいだと?無しだ!摘み出せすぐに!」

社長業は大変だ。人間の法律、規制をクリアせねばならないし、ちょっとでも儲かったら金の匂いに敏感な刑部狸が首を突っ込んでくる。まさに魑魅魍魎だ。だから彼女は・・・

「忙しい中にも癒しや救いは必要。そうでしょ?貴方」

画面の中央に鎮座した高画質のディスプレーには彼女の「癒し」であり「救い」である夫の姿が映し出されていた。



「ったく、低賃金でこき使いやがって!」

「まあまあ、そういうなよ。ウチは結構ホワイトだぜ?」

圭甫は愚痴を言う同僚を宥める。圭甫は所謂転職組だ。それまではワンルームマンション大手で働いていたが、過酷なノルマが課せられたブラック企業だった。辞めようにも資格を持っている以上なかなか辞められず、パワハラで上司が訴えられたのを機に辞めたのだ。魔物娘に興味があって、たまたま参加した婚活パーティーで白蛇の愛美と出会い結ばれ、偶然とはいえホワイト企業に就職できた。彼にとって愛美は幸運の女神といえる。

「そういえば夜の方はどうなんだ?確か嫁さんは白蛇なんだろ。よく仕事に出ることを納得したな」

「アイツはハッキリ言ってポンコツでおっちょこちょいだからな。ろくに嫉妬の焔を出せない癖に押し付けようとしてたし」

「ならさ。今夜飲みに行かね?チャンドラってパブっていいって話だぜ。なんでもアプサラスのダンスが売りでケツやおっぱいがプルンプルン!最高だな!!」

圭甫も男である。妻の愛美に不満はないがたわわな乳房を求めるのは雄の性。同僚の高野の言葉に理性が揺さぶられる。

〜 そうだよな・・・浮気しているわけでもないし・・・ 〜

しかし彼の脳裏に浮かぶのは泣きそうな顔をした愛美の顔だった。

「やっぱ行けねぇわ。ごめん」

「やっぱカミさんが怖いんか?」

「そんなんじゃないよ。高野、俺が泡盛が好きだって知ってるだろ?」

「ああ、それが?」

「アイツ、どこで知ったのか泡盛からハブ酒が作られることを知って・・・」

「まさか・・・!」

「自家製ハブ酒を作ろうとバスタブ一杯の泡盛の中で泥酔してたんだよ。ホント!アイツはポンコツだよ!!俺の気持ちなんて知らないで!!心配したんだからな!」

「・・・・・」

あまりのポンコツぶりに高野からは声も出なかった。

「だからアイツは俺が見てないとダメなんだよ。誘ってくれてごめんな。今度お勧めのラーメン屋を紹介するから、な!」



「ったく!圭甫君は男の子なんだから!!濡れちゃうじゃない!!」

自宅に秘密裏に作られた社長室の中で、愛美がその肢体をくねらす。
彼女は夫に自分が勤めている会社の社長であることは伝えていなかった。そんな事をすれば今の関係を壊してしまう。そう、ポンコツでおっちょこちょいな白蛇とその奇行に辟易しながらも愛してくれる夫との関係を。
監禁?そんなのは程度の低い白蛇のすることだ。真の「支配」とは、夫の求める妻を演じ夫を満足させるとともに、知らず知らずのうちにその人生すら手に入れることだ。
「東京パンデモニウムグループ」は会社ではない。圭甫という夫を飼う為の「檻」だ。子供が所有欲を満足させる為にハムスターを飼うように・・・・。

ピピッ!!

「穂村だ。営業3課の課長に繋いでくれ」

愛しの夫を「悪い道」に引きづり込もうとした馬鹿者には伴侶からの「仕置き」が必要だ。もっともそれすらもあの馬鹿者にとってはご褒美だろうがな。

「おい高野!!この見積書に間違いがあるぞ!!」

「え?そんなはずは・・・」

「課長の私に口答えか?偉くなったものだな!!」

「そんなつもりは・・!」

「ん?顔が赤いぞ?見せてみろ」

課長の時子が顔を近づける。

「熱があるな。早退しろ!風邪をうつされてパンデミックを引き起こされては敵わんからな!お前には治療が必要だ」

そう言うと時子は高野の手を取る。

「あの・・課長。病院へなら俺が・・・」

「穂村は通常業務に戻れ。出来の悪い部下の面倒を見るのは私の仕事だ」

「そうですか・・・」

課長に引きづられる高野の後姿を見ながら圭甫はデスクに戻った。



その夜

穂村宅

「あなたたーしーけーてー!!」

「愛美何やってんだよ!狸縛りなんてどうやったら自分でできんだよ!!!ある意味天才だよ!!」

彼は知らない。ポンコツもおっちょこちょいも奇行も全て、彼女の「演技」であることを・・・・


「ホント、お前ってヤツは・・・・」


― 俺がいなければ ―


― 私がいなければ ―


「「駄目なんだから」」


今宵も彼らは嘘で生み出された理想郷に溺れる・・・・・。



一方、彼らは・・・・

ピシッ!

「この盛りのついた駄犬めが!!」

褐色の肌と白い髪、尖った耳を持つエルフの亜種、ダークエルフが一人の男を鞭で仕置きしていた。

「お許しください!ご主人様!!」

ピシッ!

「あうッ!」

「白状しろ!本当はパブなど行く気などなく、ただこの高貴なワタクシに仕置きしてもらいたかったと!!」

ピシュ!

ダークエルフである時子の鞭が高野の股間に向けて鞭を振り下ろされた。

「もう一度聞く!お前はお仕置きしてもらいたくてあんなことを言った。そうだろ?」

「は、、はい!その通りでございます!!貴方様の鞭を期待しておりました!!どうぞこの賤しき駄犬めにお情けを!!どうかお情け!!」

「そうかい・・・・」

時子が取り出しのはガラス製の少々大きい注射器で、その先端は丸くなっていた。

「催淫剤入りの浣腸に6分我慢出来たらご褒美をやろう。できるな?」

「はい!ご主人様!!」

愛の形は無限だ。多分、恐らく彼らも幸せなのだろう・・・・・

「うんほぉぉぉぉぉぉぉぉ!オシリでイっちゃうのぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「浣腸して3分しか経ってないぞ?この変態が!!!」

ピシャ!!!

時子の鞭が再び振り下ろされた瞬間、湿った爆音が部屋に木霊した・・・・・。




















18/05/12 23:40更新 / 法螺男

■作者メッセージ
半熟卵にはウスターソース。異論は認めない。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33