連載小説
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購買は戦場だ
アンデッドの体は日光に弱い。
曇りの日はまだいいが、晴れた日は学校に行くだけでフラフラになる。
そんなわけで……透き通るような秋空の下、私は足を引きずるようにして歩いていた。

「なんでこんな日に限って日傘がないんだ……」
傘を学校に忘れて来たと気づいたのは暖かい日の光が自室に差し込んでからだった。
ああ……自分の迂闊さが憎い……。


学校についたころには、もう死にそうだった。
一度目の死は知らないうちに経験してしまったのでよく分からないけど、この存在を消し去られそうな感覚は死の予兆のような気がする。
きっとそうだ、私は死んでしまうに違いない。
ぼんやりした頭でそんなことを考えつつ、第八職員室へ向かう。


……次の角を右か。

ドンっ!

「うわっ!」
「きゃっ……!」
……突然、視界が真上に向いた。
何かに……いや、誰かにぶつかって転んでしまったようだ。
その『誰か』は私の上にいた。
半ば押し倒されたようになっているらしい。
「……どいて」
日光を浴びて不機嫌だった私は、つい語気を荒くしてしまった。
感じ悪いヤツだと思われたかも……。
しかし、それは杞憂だった。
なぜなら……
「あぁん?
自分からぶつかっておいてその反応はねぇだろ」
……相手のほうが、数段ガラが悪かったからだ。


一瞬、聞き間違いかと思った。
その言葉を発したのは、私を下敷きにしている天使の少女だった。
背は私より少し高いくらい。
胸は……勝ったな……。
「……ごめんなさい」
こういう手合いは適当にかわすのが一番だと本で読んだ覚えがある。
「おう……
わかりゃいいんだよ」
少し困惑した様子だったが、相手も素直に引いてくれた。

「……でも、この学校にもあんな人がいたんだ」
魔法より武術が似合いそうなさっきの天使を思い出して、少し笑ってしまった。


この学校の生徒は二種類に分けられる。
弁当持参組と購買・食堂利用組だ。
職員にも同じことが当てはまり、私も普段は購買を利用している。

今日は少し授業が長引いてしまった。
降霊系統の魔術について、時間を忘れて語っていたからだ。
足早に購買へ急ぐ。
購買に一日に並べられる数には限りがあり、平均で四百個ほど。
……最悪、今日のお昼は抜きかもしれない。

生徒たちはもう、購買の周りから姿を消していた。
会計の前に設置された大きな籠の中には、ペシャンコになった菓子パンが一個だけ残っていた。
……食べられるだけいいか。
パンをつかもうと手を伸ばすと、すぐ横に同じようにしている人物が映った。
つかんだタイミングはほぼ同時。
そのまま私たちは睨み合いに突入する。

「「あ……」」

偶然だろうか、この奪い合いの相手は今朝の天使だった。
しかし、驚いている暇もなく、言い合いが始まる。
「オレのほうが先につかんだぜ」
「……私のほうが、先に見つけた」
「今朝の詫びだと思って譲れよ」
……いけない、話が平行線だ。
野次馬もできてるし……。
こうなったら……
「それなら……公平に、パン自身に決めてもらう」
「はぁ?
なに言ってんだ、お前」
気にせずに私は操霊術の一種……物体意志顕現をパンにかけた。
「……パンが、動いた?」
菓子パンは私たちの手を離れて籠の中に降り立つと、私と天使を交互に見た。
「なるほど、こうやって選ばせるわけか」
……やっと気づいたか。
さあ、こんな低脳貧乳女ではなく、降霊主たる私のもとに来い……!
来てください、お願いします。

「みなさん何をなさっているのですか?
食事くらい行儀よく摂ってくださいまし」

アウローラの声がした。
きっと彼女も遅れたお昼にやってきたんだろう。
しかし、ここはすでに私と天使の戦場。
踏み入っていい場所では……

「……あら、パンが飛んできましたわ」

私と天使の戦いは、アウローラの漁夫の利という終末を迎えた。


私と天使は食堂の隅のテーブルについてぐったりしていた。
……あんなオチ、許されるはずがない。
「ユキ先生
隣、よろしくて?」
誰かは見なくてもわかる。
この特徴的な口調はアウローラだ。
彼女がチーズの香りを運んできたことに気づき、顔を上げる。
テーブルにあるトレーには、パスタと先ほどのパンが載っていた。
「ユキ先生、聞いて下さる?
さっき購買の前を通りかかったら、このパンが飛んできて……」
「そ、そっか……
それは災難だね……」
「本当ですわ……
あ、このパンいりませんこと?
わたくしは食べませんけれど、捨てるのは勿体無くて」
「……貰うよ」
「頼みましたわ」
でも、いらないものを押し付けに来るって……やっぱり私のことが嫌いなんだ……。

なにはともあれ、パンは手に入った。
食べようと口を開くと、対面の席から視線を感じた。
天使が、こちらを見つめていた。
「……食べる?」
パンを半分に千切り、差し出す。
彼女はしばらく悩むようなそぶりを見せたあと、おずおずと手を伸ばし、パンを受け取った。
お互いに無言でパンを食べる。

「……ユッキ・イェーガーだ
聖術の講師をしてる」

自己紹介をされたことに気づくまで、少し時間がかかった。
「えと……
ま、マイ・カタイヤネン
一応、操霊術の教師……」
「お前、教師だったの!?
生徒だと思ってた
……まあ、よろしくな」
「うんっ……!」
ユッキも聖術は似合ってないよ。
……この言葉は、胸の内にしまっておこう。


購買前での出来事は学園新聞で取り上げられ、教師らしくない行いをしたとして、また校長から小言をもらった。
でも……ユッキとはこれから、仲良くできるのではないだろうか?
学校にきた当初の目的に、一歩近づいた気がした。
13/07/30 23:05更新 / 宇佐見 椎
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