読切小説
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鎖絶つとき
            
作:つあらー(tjsnpi)
挿絵:我慢氏


 気味の悪い満月だった。
 普段見られるものより倍以上に大きく、何より赤く彩られている月が、夜の深い闇に閉ざされた深い森をあまねく照らしている。
 そんな月明かりの下。
 目の前で起きたことを、彼は信じることができなかった。
 「死神」の剣がたかだかと宙を舞い、華奢な体が吹き飛ばされ、土の上へ叩きつけられる。宙を舞った剣は、彼女が手を伸ばしても届かぬところへ放物線を描き、そのまま切っ先を地へ突き刺して静止するという光景を。
 「くっ、っああ…」
 <死神>が呻く。叩きつけられた全身が悲鳴を上げ、苦悶の声を漏らす。
 「この程度か」
 そんな彼女を見下ろしながら、異形は蔑むような言葉を浴びせた。
 「お前は強くない。まあ、これまでに戦った奴らに比べれば楽しめたがなぁ…」
 にたり、と唇の端をつり上げた笑みに、敗者への労いも、かつて騎士団で多くの部下から慕われた、豪傑な女隊長であったころの面影も、見ることは出来なかった。
 メルセ・ダスカロス。
 かつてこの「レスカティエ教国」の騎士団の一部隊の隊長を務め、並の男性兵士よりも勇ましく、その槍術は騎士団でも五本の指に入ると言われた、「隻眼の魔槍」と渾名された女戦士。しかし、かつて少し色の濃い、戦いの傷跡だらけだった日焼けした肌は、人間ではあり得ないくらい青白く、傷一つない吸い付くようなきめ細やかなものに。透き通る碧の瞳は、この夜空に鎮座する大きな月のように紅く。そして何より、多くの戦場を駆け抜けた足は無く、くびれた腰の下は、漆黒の鱗に包まれた、巨大な蛇へと変わり果てていた。
 彼女は人間ではなくなっていた。ひどく痛むのか呻きながらそれでも身を起こそうとする<死神>が所属し、またこの異形がかつて人間であった頃に所属していた騎士団が滅ぼすべき敵──魔物に成り果てていた。ヒトの上半身と蛇の下半身を持つ「エキドナ」に変貌したメルセは、レスカティエを奪還すべく送り込まれた教会騎士団本隊を逃がすための「捨て駒」として送り込まれたある部隊の情報を掴むと、一計を案じ、それが見事に成功した結果が今この時なのであった。
 ──ヴェアヴォルフの指揮官の右腕、参謀の男を捕らえろ。そうすれば必ず、アイツはやってくる。
 命じられた部下の魔物(彼女たちもかつて同じ騎士団の兵士だった)は、魔物の軍勢相手に必死の戦闘を繰り広げながら、撤退を成功させつつあった部隊から目標である、青年と呼ばれるにはやや年を経た参謀を捕らえてその場を離脱。メルセの言葉通り、<死神>はたった1人で、男を助け出すべく駆けつけた。
 魔力の鎖で縛られ、舌を噛んで自害しないよう轡を噛まされている参謀を見た<死神>は、「私を屈服させれば男は返してやる」というメルセの言葉を最後まで聞かずに一気に間合いまで踏み込みその首を掻き切ろうとしてあっさり防がれたのを合図に、人智を超えた戦闘を繰り広げ、そして──
 「所詮、その程度か?なあ<死神>こと懲罰大隊ヴェアヴォルフ指揮官、ウィルヘルミナ・シェーネルト!」
 懲罰大隊<ヴェアヴォルフ>。騎士団で問題を起こした者、罪を犯したもの、疎まれたもの、あるいは邪魔になったもの。そんな騎士や兵士や、教団の敵である魔王を打ち倒す力を秘めている「勇者」の素質を持った者が強制的に放り込まれる部隊。危険度が高い、あるいは教会や騎士団が堂々と関与できないような汚れ仕事を行い、必要とあればあっさりと「使い捨てられる」部隊。華やかで勇壮な騎士団を「光」とすれば、それはまさしく「影」。
 その「影」は、教団や他国の兵士達の間でも「恐るべき部隊」「毒を制すための毒」として知られている。ヴェアヴォルフという名の通り、恐ろしい獣に堕ちた武人の成れの果てとして恐れられている彼らの指揮官。騎士団の「影」を遍く体現するかのような、部隊のトレードマークである黒い制服はあちこち裂け、破れ、白い肌がところどころ見え隠れしている。それでも彼女は、力が入らない自身の肉体を奮い立たせて何とか立ち上がり、「ほう…?」と一層不敵な笑みを浮かべるかつての同僚であり、ライバルでもあったメルセを、それだけで射殺せそうな憎悪と殺意だけの金の瞳で睨みつける。
 <死神>──ヴェアヴォルフの指揮官にして最強の戦力、ウィルヘルミナ・シェーネルト。土埃にまみれながらなお夜に浮かび上がるような美しい銀髪をうなじのあたりで一房にまとめた三つ編みは腰のまで伸びる。ヴェアヴォルフに送り込まれる前、騎士団で剣を振るっていた時は貴族や王家筋からもいくつも縁談が持ち掛けられていた気の強く端正な美貌は、数々の悲劇と惨劇と苦痛に晒され続けた結果冷酷一色に塗りつぶされ、さらに今は憎むべき敵に成り果てたかつての知り合いに対する憎悪が乗算されていてもなお美しさを湛えている。激しい呼吸に合わせて上下する、制服を押し上げる二つの双丘と、制服の下の鍛え上げられた体躯は、逞しさとしなやかさを高次元で両立させたプロポーション。「麗人の騎士」として、騎士団の象徴になっていた未来もありえた彼女であったが、この黒装束に袖を通している以上、そんな輝かしい未来はもう永遠に訪れない。
 騎士団を追われ、使い捨ての懲罰大隊に入れられ、何度も死線を潜り抜けていくうちに、あまりに無慈悲で苛烈な戦闘指揮と、レスカティエの誇る──陥落した今では「誇った」と過去形にすべきだろうが──騎士団の中でも彼女に対抗しうるのは十本の指にも満たないと囁かれていた剣技で敵を、必要とあらば味方すら容赦なく剣の錆に変えていたウィルヘルミナはいつしか<死神><冷血>と言われ、恐怖と畏怖と共にその名が語られるようになっていた。
 そんな<死神>を愛用の魔槍の一薙ぎで吹き飛ばした魔物は、どこか嬉しそうに、しかし敵が再び立ち上がったのにも関わらず、得物を構えなおそうともしない隙を曝け出したままで口を開いた。
 「その体で、まだ立てるとはなぁ。死神と呼ばれるだけはある」
 彼女の部隊に教団からの特命が下されてからの連戦連闘。縛られた体でなおも拘束をなんとか解こうともがく、彼女の右腕であり参謀である青年が連れ去られてからの追撃。そして魔物と化し、魔王軍の一員として立ちはだかったメルセとの激しい戦闘。並大抵の兵は当然ながら、さすがの<死神>でもその体力は底をつき、全身が悲鳴を上げている。
 それでも彼女は、立ち上がった。
 「…卑しい裏切り者の首を、切らなければ、ならないからな…」
 荒い息のままで腹の底から絞り出した、殺意だけが塗り込められたような冷え切ったハスキーな声。
 ウィルヘルミナとメルセは、互いのことを知っている。それどころか、訓練で刃を交えたことも何度かあった。騎士団に籍を置いていた頃、メルセは訓練教官であり、剣の腕の立つウィルヘルミナを度々指名し、訓練生の前で実戦的な槍術を見せるという名目で、挑んできた事が何度かある。無論決着はつかなかった。槍と剣、間合いも戦い方もまるで違うが、当時から相当な名手であった二人の一戦には、訓練生だけでなく通りがかった兵士も足を止め、人だかりが出来るほどであった。
 しかし──
 「ほう!アタシの首を切るのか!?」
 メルセは余裕を溢れさせ、面白そうに笑った。
 「そりゃあ怖い!思わずちびりそうだよ!」
 無論、その言葉には全く恐れる響きなどなく、<死神>の苛立ちを誘うもので。
 「──まあ、お得意の短剣もなく、アタシの首をどうやって掻っ切るつもりなのかは、知らないがねぇ…!」
 メルセの冷徹な指摘通り、わずかに苦虫を噛み潰した表情を見せたウィルヘルミナの右手は愛用の片手剣を放してしまい、彼女のやや後方、自身の身長三つ四つ分は離れた地面に突き刺さっている。隙を見て駆け出しその柄を握って剣を抜くには厳しい距離であることは、<死神>自身がよく知っていた。剣が抜かれる前に、メルセの魔槍が彼女の腹を貫くだろう。
 魔法が使えるのであれば、倒せずとも剣を抜く一分の隙をねじ込めたかもしれないが、残念ながら魔法の才能には恵まれなかった彼女は、その手に賭けることもできない。
 武器もなく、魔法も使えない<死神>に、最早術は無く。
 だが、すぐに酷薄で何の感情も見えない、ただ必ず殺すという視線を向けるだけの<死神>と、拘束されている青年の顔に、絶望は見えなかった。
 彼女が「死神」と言われる所以は、突き刺さった剣の技だけではない。それをメルセは知らない。青年はそう考えていた。
 <死神>の奥の手は、懲罰大隊での凄惨な戦いの中で生み出されたもの。ヴェアヴォルフへ送られた後のウィルヘルミナを知らないメルセ。そこに勝機がある、と。
 「さあて、どうするつもりだい、死神さん?」
 あえて隙を作りながら、ずるずると蛇の胴を動かし、ウィルヘルミナへ少しずつ近寄っていくメルセ。荒い息を吐き、崩れ落ちそうになる体を無理やり奮い立たせているウィルヘルミナ。両者の距離がついにメルセの持つ魔槍の長さ程度にまで近づいた、瞬間。
 「────!!!」
 <死神>の姿が消えた。少なくとも青年にはそう見えた。
 しなやかに鍛え上げられた<死神>の健脚は、一瞬と形容しても誤りではないほどのわずかな間に、メルセの懐に彼女を潜り込ませると同時に、右手の甲から肘までを守る銀の籠手の仕込み刀を一閃。
 数々の敵を、あるいは暗殺の対象を葬ってきた、彼女が<死神>と呼ばれる本当の所以。人の身を超越しているのではと思わされる速さで懐に潜り込み、防ぐ間も与えずにその喉を掻き切る。静かに命を刈り取るそれは、まさに死神の技。
 そうして繰り出された彼女の小刀が、蛇の魔物の首に突き立てられ──
 「…甘すぎる!」
 青年は一瞬、なにが起きたか理解することができなかった。
 ウィルヘルミナの刀がメルセの青白い首に届く前に、メルセの魔槍が、ウィルヘルミナの腹部を貫いていた。
 いくらあの蛇の魔物が「魔槍の使い手」と呼ばれるほどの槍術を持っていたとしても、槍という武器は長い間合いを持つ代わりに、その内側に入り込まれた場合の対処は難しくなる。魔槍の間合いの内側に潜り込まれた時点で、メルセは少なくとも槍で打ち勝つことはできないはずであった。
 しかし。
 「懐に飛び込めば勝ちだと油断しないことだなあ、ウィルヘルミナ…!」
 「か、はっ…!」
 傷だらけの黒い軍服、その腹から背中までを禍々しい銀の槍が貫き、ウィルヘルミナは両の目をかっと見開いて、肺からすべての空気を吐き出しながら、全身を小刻みに震わせている。
青年は再び、信じられない光景を見せつけられた。<死神>が懐に飛び込む直前にその槍を目にも留まらぬという比喩が陳腐なほどの、瞬息よりもさらに速く構えなおし、その腹部に切っ先を突き立てた。数々の戦場を潜り抜けてきた歴戦の女剣士よりも速く、その剣士の副官である男の目にも残らないほどの速さで。
 分かってはいたつもりだった。自分たちが戦っている「魔物」という存在は人間を超える身体能力や魔法を行使する存在であることを。何度も魔物との戦闘を経験したことのあるこの青年参謀も、人間とは比べ物にならないほどの強さを持った魔物達に、何度も辛酸を舐めさせられていた。
しかし、この目の前の蛇の魔物は違う。今まで戦ったどんな魔物よりも圧倒的で、底知れぬ力を持っている。この魔物がまだ人間であった頃でも知られていた槍の腕は、魔物の肉体を得たことで、人の身ではもう太刀打ちできないほど速さと力を持ってしまったのだと、その実感がようやく彼の脳裏を覆いつくす頃、メルセは愛用の魔槍を勢いよく引き抜くと、ウィルヘルミナの体は再び地へ崩れ落ちた。
 「──!!!」
 青年は全身の力を振り絞り彼女の元へ駆け寄ろうとして立ち上がりかけたが、すぐさまより強い力で押さえつけられ、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。必死に<死神>の名を何度も叫んでも、口に噛まされている轡のせいで、喉の奥から絞り出されるのは奇妙な叫び声だけだった。彼を縛る鎖は何か強力な魔法がかけられているらしく、立ち上がったり走りだそうとするたびに仄かな紫の光を放ちながらその動きを封じていた。
 「あ、か、かぁ、っ…」
 這いつくばる青年の前で、ウィルヘルミナは時折全身を震わせながら、息を絞り出すように吐き出していた。彼女にはもう、立ち上がる力も、身を起こす力も残されていないのが彼の目でもよく分かった。
 そんな虫の息のウィルヘルミナを、メルセは目を細め、勝ち誇った笑みで見下ろした。
 「貴様は強くない」
 腹を貫かれ、死にゆく者へかける手向けとしてはあまりに辛辣な言葉。青年が必死にヴィルヘルミナの名と魔物に対する呪詛と罵詈雑言を叫んでいるが、それ全くを意に留めず、メルセは憎悪も殺意も、何の力もこもらない、込めることのできない目を向ける<死神>に、まるで判決を下す審問官のように、高らかに「宣言」を放った。
 「弱きは罪だ。弱き身のまま、自ら首枷を付け牢獄に繋がれている犬には──」
 ずるり、と大きな蛇の胴が蠢き、魔物は地に伏せたままで闇雲に暴れ続ける青年を向き、にたり、と笑みを浮かべた。メルセがまだ人間だったころ、豪快に笑う彼女の顔を何度か見たことがある青年は、顔こそ大きく変わっていないものの、赤く輝く瞳と青白い肌に変わり果てた目の前のバケモノから、得体の知れない怪物を見るような恐怖の視線を外すことができない。
 「そうして屈服しているのが、お似合いだ」
 ずり、ずり、と土と蛇の腹が擦れる音。戦闘の混乱に乗じ拉致されてしまった彼を単身で救いにきた 彼女も倒れ、鎖と轡に縛られ逃げ出すことも一矢報いることも自ら舌を噛み切ることもできない。それでも青年はウィルヘルミナの身を案じたまま叫び続けた。
 実のところ、彼は、知っていたのだ。
 腹を魔槍で貫かれた彼女は、決して死ぬわけではないこと。しかし彼女にとっては、死よりも残酷な運命が訪れること。
 かつてこの地に存在した国、レスカティエ教国や騎士団が、機密として隠し通していた事実。魔物との戦いで、実際に何人もの部下や同僚や上官を、こうして「失って」いたのだから。
 「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
 突如響き渡る絶叫。
 背中から浴びせられるそれに歩を止め、メルセはにやりと嗤う。
 青年は、自分の両目が捉えてしまった光景を、ただ茫然と見つめる事しかできなかった。

───奪われ続けていた。
戦災で家族を奪われた。入れられた孤児院ではいじめにあい居場所を奪われた。
だから彼女は軍に入った。奪われないような力を得るために。そして剣の腕を見込まれ、騎士団へ入り、さらなる力を求め続けた。
しかし、また奪われた。
貴族や王族、司祭からの「求婚」───実際は庇護される代わりに「妾」になることを強要された──を断り続けた結果、彼女は冤罪で騎士称号を奪われ、懲罰大隊へ送られた。
そんな彼女が、唯一奪われなかったもの。
騎士団で出会い、自身の部下として配属された彼。常に傍に立ち、参謀として身を粉にする彼。懲罰大隊へ落とされた時も、「ならば自分も共に地獄へ参りましょう」と騎士勲章をむしり取り、傍に居続けてくれる彼。
そんな彼を奪われないように、そして部下を奪われないように。彼女は何度も傷つきながらその手を汚し、血に染め続けた。敵はもちろん、必要とあれば味方も切り裂き、いつしか「死神」「冷血」と恐れられても、彼女はもう奪われないために必死だった。
しかし。
傍に唯一居続けてくれた彼が、なにものにも代えられない彼が、奪われようとしていた。
ヒトを辞めて魔物になったかつてのライバルに。
その背中が遠ざかっていくのを、怯える彼に近づいていくのを、彼女は動かない体で、力なく見ていた。
──そいつに触るな──
沈んでいく意識の奥で、ぼおっと暗い炎が灯る。
──そいつは、そいつは私の──
それは怒りだった。
奪われ続けた怒り。奪われ続けた弱い自分への怒り。それは大きく、激しく、勢いを増していく。
──その男だけは。彼だけは。誰にも、誰にも───
怒りは熱となり、衝動となり、倒れ伏す彼女にまたしても立ち上がる力をもたらし。
「──ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
ウィルヘルミナ・シェーネルトは、赤い月夜を切り裂くような絶叫を上げた。


 「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 メルセの持つ銀の魔槍に腹を穿たれ、最早助かるはずのない<死神>。しかし彼女は震える体で再び立ち上がると、闇夜を震わせる絶叫を上げている。鎖に巻かれ地に横たわる青年は茫然と、その青年へ少しずつ近づいていたメルセは笑みを深くして見つめていた。
 青年のその顔には、命を奪う重傷を負ったはずの、敬愛する上官が立ち上がり叫ぶ様に対する驚愕ではなく、絶望が張り付いていた。再び立ち上がってしまった彼女に対する絶望。
 彼は知っていた。教団がひた隠しにしている事実を。
 魔物の武器で傷つけられた人間は、魔物と化してしまうということを。
 「あああああああああっ!!があああああああああああああ!!!!!!」
 メルセとの一騎打ちで、自身を狙う瞬息の槍をぎりぎりでかわし続けながらも、ウィルヘルミナは全身のあちこちにかすり傷を受けていた。さらに、とどめになった腹部への刺突。これだけの傷を負いながらも、衣服だけが切り裂かれており、その下に見える白い素肌は一片の血の跡もなく滑らかなままだった。ただの武器ではもちろんありえない。メルセが持つ禍々しい銀の魔槍のように、魔界銀で作られた武器によるものだった。
 人間を傷つけることなく、人間の持つ魔力にのみ傷をつける不可思議な性質。人間の持つ魔力を傷つけるだけでなく、そこから魔物のそれが流れ込んで全身に染みこんでいくことで、特に人間の女性の場合は、人でいることができなくなる。肉体が、精神が、魂までもが急激に変貌し、魔物に成り果ててしまう。魔界銀製の武器で傷つけられた女性兵士が、嬌声を上げながら目の前で倒すべき敵に変貌していくところを、青年参謀も、指揮官であるウィルヘルミナも何度も目の当たりにしているし、男性兵士の場合は突然敵意が消失し、魔物達に攫われていくのを何度も見ている。
 それが目の前で起こきていることを、青年は理解した。<死神><冷血>と呼ばれながらも任務をこなし続け、死神の仮面の下に生来の責任感と優しさを隠したまま、1人でも多くの部下を守ろうとして剣を振るい続けた、心から敬愛する上官が、魔へ堕ちていくところを、表情を失った顔で見つめていることしかできなかった。
 「ああああああっ!!くうううううっ!!はぁ、はぁ、ああああああ…っっ!!!」
 絶叫の中に艶めかしい吐息が混ざり始める。両手で頭を抱えながら全身を大きく弓なりにしては背を丸めてを繰り返すウィルヘルミナの全身を、骨まで焼き尽くしてしまいそうな熱と、もう一つの感覚が激しくかき回しているのだ。
 「ああああっ!!んあ、はぁ、ああああんっっ!!!!」
 それは、快楽。
 淫靡で甘美な性の愉悦が、彼女の脳を揺さぶり、青年と魔物に見られているという羞恥を、指揮官としての責任を、焼き尽くしていく。
 「ああ、あああ…!んふぅぅっ、はぁ、はぁ、あんっ、くぅぅっ!!」
 絶叫はいつしか完全に嬌声に塗り替えられた。細胞の一片一片が、悦び震えて叫んでいるような錯覚も、すぐに大きな快楽の波に流され、ウィルヘルミナは一際激しい喘ぎを夜空に響かせると同時だった。
 「んああああああああああああああっ!?!?」
 突如吹き上がった炎。青く激しく燃え上がるそれが彼女の全身をあっという間に包み込む。
 思わず彼女の名を叫びかけた青年を諭すようにメルセは口を開いた。
 「安心しな。あれは魔力が炎になっているだけだ。丸焼けになるわけじゃない」
 唇の端を吊り上げながら。
 「ただし、あいつの服や、人間の部分はすべて焼き尽くしてしまうだろうがなぁ」
 メルセの言葉通り、喘ぎ声を響かせ続けるウィルヘルミナの傷だらけの黒い制服が、剣を握る右腕を守る鉄製の籠手と肩当が、ひたすらに地を駆け続けあちこち綻んでいるブーツが、すべて灰になり崩れ消えていく。鉄の籠手すら炭になり散っていくほどの炎でありながら、露わになった彼女の裸身には小さな火傷すら見つけることはできない。
 「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…っ」
 白い肩を上下させながら、頭を抱えていた両腕を力なくぶらさげて荒く息を吐くウィルヘルミナの一糸まとわぬ姿を、青年は初めて目にした。
少し華奢な、それでいてしやなかに鍛え上げられた体躯。滑らかな白い肌が青白い炎で月明かりの闇に浮かび上がる。片手では零れ落ちてしまいそうな形のよい乳房の下の腹部は筋肉の境目が浮かび上がり、日頃の鍛錬の跡がはっきり見て取れる。さらにその下、ぴったりと閉じられた女性の蕾は体毛を剃った後も見えない、年齢の割に幼い無毛。
 目を伏せるか視線を下げるべきと分かっていても、青年はウィルヘルミナの裸身から目を離すことはできなかった。局所を隠そうともせず恍惚とした顔を浮かべながら喘ぐ上官であり、心から忠誠を誓う彼女の姿に、魔物の捕虜にされているという状況も忘れ、ただ一つの思いだけが浮かんだ。
 美しい、と。
 と、ウィルヘルミナが、その視線に気づいた。こちらを陶然とした表情で見つめ続ける青年に対して浮かんだのは、嫌悪で羞恥でもなく。
 (ああ…?うれしい…?)
 歓喜、恍惚、喜悦。ありとあらゆる喜びの感情が、彼女の心を満たしていく。これまでの彼女であれば、決して見せなかったであろう喜びに溢れた表情で、ウィルヘルミナは青年を見返した。
 ──もっと、もっと私を見てほしい…
 ──ほんとうのわたしを、みてほしい…!
 満たされた心の中に咲いた一つの願い。それは快楽と共に大きくなっていき、彼女は再び、大きな嬌声を上げて悶え始める。
 「あ、あ、あああああああああっ!!!」
 がくがくと全身が震える。再び全身を駆け巡る快楽に喜び啼く様子には<死神>と呼ばれ恐れられた冷酷な女指揮官の面影を見出すことはできず、高級娼婦でさえ逃げ出すほどの官能的な女性が、そこにいた。
 「あ、あ、ああああ…!」
 再び体の奥底から沸き上がったその感覚の意味を、ウィルヘルミナはおぼろげながら理解した。
 ──変わるのだ、と。
 その予感の通り、ついに彼女の肉体に変化が訪れた。
 「あっ、くぅ、んあああああああ……っっ!!!!」
 だらりとぶら下がる両腕。その肘から先が膨らみ始める。ミチミチとなにかが裂かれるような音、メキリメキリと硬い何かがきしむ音と共に、肘から先の両の腕と手が大きくなっていく。ほっそりとした繊手の白い指が太くなると同時に、それぞれの指の爪がぱきぱきと砕け、その下から黒く尖り湾曲した鉤爪がせり出てくる。膨れ上がった両腕はごつごつとした筋肉が発達し、岩をも砕きそうな威容を見せている。
 「くぅぅ、はぁ、んううううううううううううううっっ!!!」
 両腕と同じ変化は、膝から下の両足でも始まった。
 ぼこり、ぼこりと筋肉が急速に発達し、骨組織が変貌し、足と脛と脹脛は急速に大きく膨らんでいく。両手と同じように足の爪は割れ、黒光りする大きな爪がその顔を覗かせる。ただ両手と違うのは、膨らんでいく両足の指と作りそのものが大きく変わっていくところだった。親指と第二趾、第三趾の三本が太さを増しながら、それ以外の指は爪と共に足の中へ引き込まれていく。それはどこかイヌ科それを思わせるようなものに作り変えられながら、新たな変化が全身に現れ始めた。
 「あ、ああ、ああああああ……!!」
 彼女の白い肌がさらに白くなっていく。比喩などではなく、全身の皮膚から肌色が抜け始め、まるで何かを塗りたくったような白に、さらにうっすらと紫が混じっていく。死した人間のものよりも鮮やかで、触れれば氷のような冷たさを返してくる印象の白みがかった薄葡萄へ、全身の肌が変わっていく。
 しかし、ウィルヘルミナの全身を駆け巡っているのは激しい熱。自身の内面を全て焼き尽くしても余るそれが、人でなくなっていく彼女にとっては最高に心地よく感じられた。
 ──熱い。あつい。アツイ。アツイノガ、イイ。アツイノガ、キモチイイ。
 その熱と共に駆け巡るのは、意識を手放しそうになるほどの圧倒的な愉悦であり悦楽。年頃の女性であり知識こそあったものの、感じたことは一度も無い性の悦び。その証左に、ぴったりと閉じられた彼女の蜜壺から、とろとろと透明な雫が漏れ、ぽたり、ぽたりと滴り落ちる。最早暴力と呼んでも差し支えない快楽は彼女の脳を激しく揺さぶり、大事な自分の、かけがえのない部下に見られている羞恥もあっさりと押し流していた。むしろ見られているという事実が、彼女の中の熱と悦びをさらに激しく燃え上がらせ、肉付きの薄い唇は嬌声の激流を押しとどめようとせずにさらに高い声でウィルヘルミナは喘いだ。
 「んううっ!くはぁっ、か、かわ、る、のぉ…!かわる、の、ぉぉぉ…!!」
 見られている悦び、そして、自分が変貌していく悦び。蕩けきった顔で悦びを表す彼女の肉体の変化は止まらない。
 「はあああああっ!あんっ!!ひゃあああああああっ!!!」
 彼女の後ろ腰、肉付きのよい尻の谷間の少し上がぼこりと盛り上がる。盛り上がりながらずるずると後方へ伸びていく。尾てい骨が早回しのように異様に発達しながら、周りの肉や神経といった体組織を巻き込んで長く長く伸びていく。それを表すとすれば、尻尾という言葉が一番適切であろうものが、ウィルヘルミナの後ろ腰から伸びていく。
 時を同じく、彼女の両耳も変貌し始める。
 外耳がぴくぴくと震えると、見えない手で引っ張られるように先端が尖りながら、髪と同じ柔らかい銀の毛に包まれながら上へ、上へと位置を変えていく。銀糸の髪をかき分けながら、頭の方へ移動していくそれは、さながら犬か狼のそれだった。
 「ああああああ…!うあああああああ…!!!」
 快楽に悶える彼女の開け放たれた口からだらりと伸びる舌。その舌がずるり、といきなり長さを増した。顎の先より長く伸びたそれは、唾液を滴らせながら時折震え、再び口の中へ引き込まれていく。
 歪に膨れ上がった両の手足。紫がかった白い肌。腰から伸びる尻尾。頭の上に立つ獣の耳。変化の快楽に溺れながらヒトという形を外れていく上官を、青年はただ見ていることしかできない。しかしそこに、恐怖や嫌悪や悲壮といった感情は、なぜか彼の脳裏には一片も浮かんでこなかった。教会が騒ぎ立てる「人類の脅威」「打ち倒すべき敵」へ変貌していく彼女を見つめ続けた彼は、胸中でただひとつだけ思った。
 ──美しい、と。
 淫らに悶え続ける姿も。人でないものへ変貌していく姿も。ただ、綺麗だ、とだけ、彼は思った。魔物との戦闘で、女性兵士が変貌していくところを目の前でみたこともある青年参謀は、今この時初めて、魔物へ変わっていく女性を、美しいと思ってしまった。
 「もう少しだなぁ…!」
 メルセの呟きで、彼はふと我に返った。なにを自分は考えていたのか。自分の上官であり、部隊の指揮官であり、<死神>と恐れられたヴェアヴォルフの最高のにして最強の戦力が、今まさに敵へと堕ちつつあるという絶望と絶望の協奏の中で、その姿を美しいと見惚けるなど──!
 「見ろ!お前を愛する死神が、人間という鎖を引き千切るぞ!?」
 


 メルセの言葉が耳に飛び込んできた時、青年はその意味を理解できなかった。
 この怪物が何を言っているのか。誰が誰を?彼女が、俺を?
 思わず怪物の顔を振り向いた瞬間、ウィルヘルミナの蕩けきった嬌声に、彼の視線は再び変貌が止まらない彼女に引き込まれる。
 「ああああああっ!?あああああああああああっっっ!!!!!」
 びくり、びくりと全身を震わせながら、鉤爪の生えた両手、指の数が減りイヌ科の動物のようになった両足、激しくのたうち回る白い尻尾が、ざわざわと体毛に覆われていく。ヒトのような硬い弾力のあるものではなく、それこそ獣毛のような柔らかさを持った、青みの強い白毛が彼女の肘までと膝まで、尻尾の先からお尻の付け根までを急速に覆っていく。
 「はぁぁぁぁぁぁぁっ!あんっ、あ、っああああああああああんんんんっっ!!!」
 時折震える全身に合わせて、形の良いウィルヘルミナの2つの大きな果実が揺れる。揺れながら、その肉感をさらに増して膨らみはじめる。
 口さがない下品な兵士達──懲罰大隊という性格上騎士団や正規軍よりも圧倒的にその手の兵士は多かった──が、「大隊長の胸ってでけえよな」「裏通りの娼婦よりでけえぞ」と陰口を叩く程度にはヴィルヘルミナの乳房はサイズが他の女性兵士と比べても明らかに大きく、部隊でもよく「話題」になっていること、兵士達が「揉みてえ」などと口走るのを聞くたびにそれを咎めてきた青年は、それをよく知っていたし、一度だけウィルヘルミナが「戦闘には不要な贅肉だ。疲れやすくなるしな」などとこぼしているのを直接耳にしたこともある。
 そんな彼女の「不要な贅肉」が、さらに内側から膨らんでいく。片手ではこぼれそうなものから、一回り、二回りほどさらにサイズを増し、片手どころか両手でも溢れそうな大きさと瑞々しい柔らかさを湛え、大きく揺れ跳ねる。その先端はぴんと立ち、乳房の肥大化という異常すらも快楽としてしか感じられなくなっている彼女の様子を知らしめる一助となっていた。
 「はぁ…、はぁ……んんっ、ん!ん!んうううううっ!!」
 快楽に惚け切ったウィルヘルミナの瞳が大きく見開かれる。半開きの唇から喘ぎとも言葉ともつかない音を漏らしながら、眼球の白が黒へ染まっていく。金の瞳が透き通る青へ染まっていく。
 そして──
 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 絶叫にも似た嬌声を響かせて。
 彼女の周囲に渦巻く青い炎が激しく夜の空へ立ち上がり、青年と魔物と周囲をいっそう明るく照らし出し。
 <人間>、ウィルへルミナ・シェーネルトはこの瞬間、消え去った。


 炎の柱が霧散したそのあとには、おぞましいほどに大きく赤い月を背にした、人と呼ぶには歪な姿が佇んでいた。
 滑らかな銀の長髪の間、頭の上にピンと立った獣の耳。大地を踏みしめる柔らかな獣毛に覆われた両の足。だらりと垂れ下がった両の手は大きく膨れて青みの強い白の毛に包まれ、人の体程度ならあっさり引き裂けそうな、足のものよりも黒い鉤爪が伸びている。肉付きの良い尻の上、後ろ腰には 同じ色の毛並みの尻尾が揺れる。肘と膝の先以外は薄い紫の艶かしい肌。胸の大きな果実は垂れ下がることもなく、形の良い美しさを保ったままで、先端はぴんと硬く張り詰めている。
 ──ああ、そんな。
 鎖に縛られ、地に伏せたまま、青年は眼前の全てが絶望に塗りつぶされていくよう錯覚に苛まれていた。
 あそこに立っていたのは、ウィルヘルミナ・シェーネルトというヒトの女性であったはずだった。綺麗な三つ編みの銀の髪。気の強そうで、しかし整った相貌で、色白というよりは健康的な肌色の、綺麗な女性であったはずだった。しかし、あそこに立っているのは明らかにヒトと呼べるものではなく。
 ──隊長が、魔物に…
 人類の敵。打ち倒すべき悪。
 魔物。
 敬愛していた上官であり、死神と恐れられた戦士であり暗殺者、ウィルヘルミナ・シェーネルトという人間はもう存在していないのだと脳がようやく理解した時には、体を起こす力すら失われていった。
 「はははははっ!!」
 一方の蛇の魔物は、心の底から愉快そうに笑った。
 「いい姿に生まれ変わったなぁ、ウィルヘルミナ!!」
 生まれたばかりの魔物は、ただ立ち尽くしているようだった。俯いているためその表情を窺い知る事はできないが、メルセは気にせず言葉を続けた。
 「ヒトという鎖を断ち切った気分はどうだ?今のお前を縛るものはなにもないぞ!だから…」
 メルセの口の端が釣り上がる。
 「お前の一番欲しいモノを、奪ってみろ」
 瞬間。
 青年の目にそれを捉えることはできなかった。立ち尽くしていたはずの魔物が、瞬きかそれよりも僅かな間に地を駆け、蛇の魔物の懐へ飛び込みその鉤爪で首を掻き切ろうとして、しかしメルセはそれを魔槍の柄でとっさに防いでいたのだ。
 すぐさま両者は飛び退って距離を取る。
 その傍らで、青年はようやくウィルヘルミナであった魔物の顔を見た。
 薄い紫の肌。黒い目と青い瞳。もはや人のものではないが、その顔立ちは人であったときのままで、いや、むしろ──人のときよりもさらに美しく見えた。そしてその美しい顔は、笑っていた。
 騎士団時代でも数えるほど、ヴェアウルフに入れられてからは皆無であった、彼女の笑顔を青年は本当に久しぶりに目の当たりにした。心の底から楽しんでいるような、そんな笑顔。
 「素晴らしいなぁ、ウィルヘルミナ!」
 一方のメルセも、その顔は笑っていた。
 「速さも、力も、人間だったときのお前とは比べるまでもない!!だが」
 メルセの視線がウィルヘルミナではなく、その傍らに倒れ臥したままの、鎖に縛られた青年へ向けられた。
 「本当に欲しいものは、アタシの命じゃないだろう?」
 突然、メルセの周囲を黒い風の渦が吹き荒れる。まるで嵐のように周囲の木々がざわめき、小枝や葉が舞うほどの風にもう一方の魔物は右腕で顔を守り、腕の自由が利かない青年は目を瞑り顔を背けた時、急に風が止まった。
 右腕を下げるウィルヘルミナと、恐る恐る目を開ける青年の前には、ただ静かな夜の森が広がっており、そこにいたはずの蛇の魔物は跡形もなかった。
 転移魔法か、と思い至ったのも束の間、ウィルヘルミナだった獣の魔物が傍らでこちらを見下ろしていることに気付いた青年だったが、動くことは出来なかった。
 鎖に縛られ、自由に動けないこともある。常に寄り添ってきた上官が、魔物に成り果ててしまった絶望もある。しかし一番は、彼女の姿が美しかったからだった。
 獣の耳と薄い紫の肌を持ち、獣毛に包まれた手足と禍々しい爪。およそ人間とは呼べない異形の姿。しかしそんな彼女を、青年はただ、美しいと感じていた。
 そうして二人は、ただ視線を交し合ったまま、どれだけの時間が過ぎたのか。ふいに魔物が口を開いた。
 「本当に欲しいもの、だと?」
 その声は、ウィルヘルミナのままだった。だがその表情は、冷酷、死神と言われた頃のものでも、騎士団時代にも見たことのないもの。
 獲物を前に悦ぶ捕食者の笑み。向けられた青年はそう思った。
 「聞かれるまでもないことだ。本当に欲しいのは──」
 次の瞬間、青年は自分が宙に浮いていることに気付き、そして自分が彼女に抱き上げられたことに 気付いた。成人男性一人とその体に巻きつく鎖の重さによろけることもなく、まるで薄い布を軽く抱き上げるように、ひょいと抱き上げる姿勢は、いわゆるお姫様抱っことよばれるものだった。
近くなる顔。轡を噛まされたままで呆ける青年は、ウィルヘルミナが向ける捕食者の笑みの中に、心の底から喜んでいる様な、そんな雰囲気を見ていた。
 「──お前ただ一人、なのだからな」
 ウィルヘルミナは、青年を抱き上げたまま、森の中を駆け出した。


 そして魔物と化した彼女に、性的に頂かれるのはまた別の話である。



18/01/20 11:58更新 / tjsnpi

■作者メッセージ
イラストは我慢(@g_a_man2)さんから頂きました。感謝感激の極みです。
後本番シーンに関してはいろいろ勘案しながら…

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