前略、母上様。

この私、好意雪虎は只今−−−

−−−この先何度も訪れるであろう人生の危機に陥っております。

「おいそこの怪しい格好をした貴様！大人しくこちらの言うことを聞け！！」

「そればかりはどうとも出来ないねぇ！喧嘩すらしない普通の大学生が武器を持った大人に向かってこれ程までに無理無理って言ってんだ！大人なら譲歩する器の大きさぐらいあるでしょうに！」

「悪いがそう易々とチャンスを逃す訳には行かないのだよ。……ふん、その蛮勇に免じて名前ぐらいは聞いておいてやろう。報告書に書く時に必要だからな！」

「俺の名前かい？通りすがりの楽天家さぁ！」

−−−
時は少し前に遡る……
−−−

城下町で話しかけられた所までは皆も知っているだろう。この一言でこの世界での私の生き方は大きく、とても大きく変わってしまったのだ。

「ようこそ。私達は貴方がこの世界へ来るのを待っていたのよ！」

「待たれていたわぁ……じゃあ無くてだな、ええと、貴女は？」

「私はエタナ。ここの城の技師よ！」

私に話しかけてきたのはどえらく小柄な身体をした女性……女の子？だった。

「あ、そうですか……そうなんですか……ほーん……」

「何か文句でもあるのかしら！？」

「いや、世界はこうにも広かったんだなぁって」

「そ、そう……それじゃ、早速だけど城まで案内するわ！」

「(断るわけにも行かないし、従うのが大吉だなぁ。)と、とりあえずついて行けば良いんですね？」

「あったりまえよ！羽の生えてる子達は飛んでいけるけど……アタシじゃ無理なの見てわかんないかしら？」

そりゃそうだ。

というわけで彼女(どうやら城勤めの技師らしいが……)の後を着いて城までの道を眺めつつ歩く事になった。香ばしくて胃にダイレクトアタックしてくる様な屋台からの香りや衣料品の出店、ゲームで良く見るような武器防具の店(なんとゲームで見たのと大差ない見た目だった)等の景色を堪能していると、後ろの方から何やら騒ぎ声が聞こえた。

「怪しい格好をした男がこの街に入り込むのを目撃したとの情報が入った！その男の身柄は我々教団が確保させてもらうぞ！」

「オラ！今回のミッションは男の身柄だけだから貴様らには手を出さんが……もし少しでも庇い立てたら……」

私が言うのも何だが、その謎の男達(3人)のうちの1人が売り物の果物(ピンク色でハート型をしている)を掴むと、目の前でぐしゃりと握り潰した。

「ねえエタナさん、ちょっと何か適当な武器を買ってきてくれないかな？」

「なっ……アンタ……ついて行く気なの？」

「こう見えても食べ物を大切にしないやつはトコトン嫌いなもんでね……！」

私は逃げ出しても良かった。隠れても良かった。でもそのせいで平和に暮らしている人達と愛すべき魔物娘達を傷付けさせたくは無い。食べ物を粗末にするやつは更に嫌いだ。

「ちょぉぉぉっとすいませぇん、もしかしてそれ俺の事ですかね？」

「報告書に書いてあった特徴通りだな、貴様がターゲットで間違いない様だ」

「俺をお探しな様で？そりゃまたご苦労さまですわぁ……ところで貴方がたは目的の為なら手段を選ばないタイプの大人ですかね？」

「突然なんだ貴様は……ああそうだ。貴様を"丁重にお迎えしろ"と上からの命令でな！悪いが従ってもらう！」

そのリーダー格の男は細身の剣を抜くと、ニヤニヤと微笑みながら私の方へと駆け出してきた。

「おおっと！ヒュ〜、あっぶないなぁ……(間一髪じゃないか……)」

私は横方向へと飛び込み、寸前の所で避けることに成功した。柔道の授業で受け身を習っていて良かったと初めて思った。

「へっ！まぐれで避けたみたいだな！ほらほらどうした？貴様も1人の男だろう！俺は器が広いからなぁ！1発ぐらい殴られてやるよ！」

嫌な大人もいるもんだ。殴り返したいのは山々だがこっちにあるのはカバンぐらいしかない。泣いて許されるのであれば泣いているさ。

「悲しい事に俺は喧嘩すらした事無い普通の大学生だ！善良さならお前に勝てるだろうが悲しい事に筋力では完敗だろう！！」

そして悲しいかな、話術で巧みに人を操るスキルも持っていないのだ。……と、啖呵を切ったがその先の着地点が見つからずに困っている時に、後ろからエタナの声が響いた。関係無いがこの世界に来て2回目のやりとりだ。

「おーーい！持ってきたわよーっ！」

「おお……これは！……これは？」

私に渡されたのは、何か神秘的な雰囲気を持った茶色く輝く手斧だった。

「ゴメンね！ちょっと職人魂が刺激されて厳選しちゃった！大丈夫、品質に関してはアタシのお墨付きよ！」

文句のひとつも言いたくなったが、適当な武器と言ったのはこちらな為その選択肢は選べない。兎に角、私はその手斧を(なるべく強そうに)構えて叫んだ。

「武器を持ったからとはいっても多分俺は弱いぞ！安心して攻撃を受けて欲しいなー！！！」

「チィっ……なんか調子狂うぜ。まあトーシロの攻撃なんざ屁の河童だ！」

やるしかない。普段は絶対にしないであろう[人間へ刃物を使った攻撃]は出来れば"一度"とやりたくなかった。だがこの行動で少しでも良いからこの街を守る行動に繋がるならばやってみる価値はある。

「行くぞおおお！喰らええええええええ！！！」

予想通り。甲冑相手に良く分からない武器で殴りかかるのは弾かれに行ってるようなものだ。

「俺たちゃ[怪我をさせるな]とは言われてねぇのさ！オラよ！」

斧は弾かれて明後日の方向へ。相手の膝は無防備になった私の下腹へ。そして私の体は体中に鈍痛を響かせながら後ろの方へと飛ばされていった。

「ウ……ゲェッ………！」

「なァんだ、ゲロ吐いて倒れちまったぜぇ？さて、おめぇら！麻袋で包んでとっととこんな街からおサラバしようぜ！」

前が赤く染まって見えない。下腹は今にも千切れそうな痛みを訴えている。食道は胃液で焼けている。体がやけに重い。四肢が動かない。

ダメかもしれない。





ダメになって良いのか？





そんな訳無いだろう。




そうなっていい筈が無いだろう！



不思議と力が湧いてきた。火事場でも死に場でも何でもいい。馬鹿力に任せて……




今出来る、ちっぽけな全力で抵抗してやる！！！！


「な、なんだコイツ！！！急に立ち上がりやがった！！」

「あいつ……何で！？何で[こんなに沢山の魔力が溢れて]いるの！？」

後ろの方でエタナの声が聞こえる。周りからは心配そうに眺める人々の視線を感じる。何故か手斧は手元に戻ってきている(何故？)。こりゃあカッコ悪い結末なんて迎えられないよね！

「うぉぉぉぉおおおおお！！！」

まずは私を捕まえようとした2人の顔を全力で殴る。

「まだ終わらない！！！終わってたまるかーーっ！！！」

手斧で鳩尾を殴りつける。一点集中した衝撃を受けた甲冑は呆気なく割れ、心臓へと突き刺さる。

するとどうだろう、人間だと思い込んでいたその兵士はドロドロと溶けて土クズへと変貌を遂げた。

「なぁぁぁんだ、生身の人間じゃないって事か……！」

「へっ！バレたならしょうがない！そうさ、俺以外の2人はただの土人形さ！……で、後ろに気をつけてなくて良いのかぁぁぁぁ？？？」

煽る様に怒鳴り声を発するリーダー格。無論、後ろには気をつけているともさ。

「せりゃぁっ！！！そこっ！砕けろ！！」

脳天を斧でかち割ると同時にやたらと力の入る腕で右胸を殴りつけた。土人形は為す術もなく数メートル程吹き飛ばされ、散り散りになった。

「次は……ツギハ……お前だぁぁぁーーーっ！！！」

「な、何なんだよコイツは……！こんな奴とは聞いてない……聞いてないぞ！！！」

「うおおおお………オメガ……イン……パ……！」

斧を振りかぶって突進した所までは良かったのだが、急に電池が切れた様に体に力が入らなくなった。幾ら足掻こうと体が動かない。気付けば腕から足から血が流れている。皮膚の色も紫色だ。骨は逝っているだろう。

「動……け……！まだ………やって………や………る……」

その時の様子を見ていた行商の刑部狸は後にこう語る。

−−−
「ありゃあ人間と言うより妖怪、タチの悪いバケモンみたいな顔でしたわ。背中からは湯気みたいに魔力が漏れてたし表情は般若よりもタチの悪い感じや。あの時に城主様が来んかったら大変な事になってたと思うで。ところで、うちの商品の広告は出してもええんか？」
−−−

私が体を動かそうと血を吐いて足掻いていたその時、目の前に漆黒の美しい翼が舞い降りた。

「無理しちゃって……正義に燃えるのは良いけど、自分も大切にしなきゃダメよ？それにアナタは、私の客人なのだから……」

「な……に………。は……じめ……ま」

「そんな体で平気ぶろうなんて、だーめっ♥よ？」

私は挨拶だけでも……と声を振り絞ったが、だーめっ♥の声を聞いた瞬間


私の意識は途切れた。

「そしてそこの貴方。城主であるこのアイリスがお願いします。立ち去って下さい！」

「ちっ……分が悪い……畜生！始末書モンだぜ！覚えてな！！！」

「トリィ、教団の彼に記憶処理魔術を。そして客人には……」

「解っておるわ！治癒魔術と再生魔術の重ねがけをしつつ緊急手術じゃろ！魔女達！仕事じゃーっ！」



城主のリリムと魔術師のバフォメット、その部下の魔女達が私を助けた事を知るのはなんと２日後だった。

■作者メッセージ
蛮勇と呑気と少しの熱血を加えたら雪虎くんが完成します。

何故生身の人間である雪虎が魔力を持っていたのか！何故手斧は手元に戻ってきていたのか！！何故雪虎の身体能力が一時的に跳ね上がったのか！！！

恐らく次回辺りで解明します。感想やコメントはいつものように半裸待機してますので短くても！一言でも良いので！待ってます！！