あなたと私の、カルセオラリア

 上司が有能で朗らか人ならば、毎日の仕事はとても楽しいものになるだろう。
 逆に、上司が無能で嫌な奴ならば、毎日の仕事は拷問に近いものになるだろう。

 僕が勤める小さな小さな出版&編集社のボスは、とても有能で、美人で、博識な女性だ。
 だからまぁ、日々の仕事は楽しくてやりがいもあるのだけれど……少々、問題もアリで。

「早速、紹介するわね。この子が、リリー。見ての通り、誇り高いアマゾネスの女の子よ」
「リリーだ。しばらくの間、世話になる」
「あ……はじめまして。その……よろしくお願いします」

 取材旅行先から、アマゾネスの女の子を連れて帰って来るボスって、どうなんでしょう?

「あ、それと、リリーは今日からあなたの家にホームステイするから、よろしくね♪」
「は!? ホームステイ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ、ボス!」
「それが、なかなか待てないのよねぇ。また明日から、取材旅行に出かける予定だから」
「……今度はどちらへ、どの程度の期間?」
「今度は東へ、期間は未定よ♪」

 何を隠そう、この会社はボスと僕の二人で運営されている。
 つまり、ボスが長期の取材旅行に出ていくという事は、その間の雑務から重要な業務に至るまでの全てを僕が担当する事になる訳で。

「ほらほら、そんな顔しないの。心配しなくても、リリーがある程度の仕事を手伝ってくれるから」「え……?」 

 ボスの言葉が信じられず、思わず彼女……リリーの顔を凝視してしまう。
 美少女と呼んで差し支えない、整った顔立ち。強い意志を感じるこげ茶色の瞳と、日焼けした肌。それと同じ色の髪は短く切られ、そこからエルフを連想させるような尖った耳が飛び出している。
 さらに、右の側頭部から前頭部を覆うように生え出した独特の形状の角が、彼女の内側に宿る『人間とは異なる何か』を明確に表現していた。

「問題は無い。私は父から、語学や数学に関する教育を受けている。業務の手伝いは、出来る」

 僕の視線に、リリーはハッキリと答えた。
 「そうそう」と頷きながら、ボスがそれに続く。

「彼女のお父さんは、学者さんだったのよ。だから、彼女の教養レベルはバッチリって訳。もちろん、アマゾネスらしく武術の腕も一流よ。ね?」

 リリーの肩に手を置き、何だか嬉しそうな様子のボス。
 そんなボスときちんと視線を合わせ、深く静かに頷くリリー。
 その様子から、二人の間に明確な信頼関係が出来上がっている事はわかったけれど……。

「すいません、ボス。もう少し詳しく、事の経緯を説明してくれませんか? 例えば、その……どうしてアマゾネスのリリーさんが、住処を離れてここにいるのか、とか」
「敬称は要らない。私の事は、呼び捨てで良い」
「あ、はい……すいません」

 堂々とした態度でそう告げるリリーに、思わずぺこりと頭を下げてしまう。
 そんな僕達二人のやり取りを愉快そうに見ていたボスが、笑いながら口を開いた。

「ふふふ、あなた達なかなか良いコンビになりそうね。それじゃあ、簡単に説明しましょうか」


古い友人が長を務めるアマゾネスの集落に長期滞在をして、体当たり取材を敢行。

その中で、学者だった父と武芸百般の母を持つリリーと出会い、色々な話をするようになる。

集落の長は、かねてからより効率的な狩り、物資の調達、集落の運営方法を模索していた。

「どうだろう。街へ戻るのなら、一緒にリリーを連れて行ってくれないか? 彼女は若いに似合わず冷静で、頭もキれる。未来の長候補と言っても過言ではない。外の世界を知る事によって、後々の世代交代にも何かしらの好影響を及ぼせるかも知れんしな」 という提案を長から受ける。

その提案に対して、(何だか面白そう!)という気になった。

だから、連れて帰って来てみました。

もちろん、彼女の帰郷までの日々は『アマゾネス美少女滞在記』として本にする予定です♪


「という感じね」
「……すいません、ボス。一体どこからツッコめばいいのかわかりません」

 ニコニコ顔のボスと、鈍い頭痛を感じてうつむく僕。
 我が社では、非常にしばしば発生するおなじみの構図である。

「そんな深刻に考えなくても良いのよ。例えば、ほら。前からあなたが進めてたあの企画の編集。あれなんか、リリーの勉強に打って付けの仕事だと思わない? それに、手伝ってもらえばあなたも助かるでしょう? ほら、一石二鳥じゃないの」
「あぁ……まぁ、確かにそうかも知れませんね」

 この国において、【人間と魔物の夫婦】は、今やそれほど珍しい存在ではなくなった。
 種族の違いや立場の違いを乗り越え、時に粘り強く、時に劇的に愛を育んだ人々は、それぞれにとっての幸せで暖かな日々を送っている。
 とはいえ、全ての物事が円滑に進む訳ではないし、人と魔物の違いから生まれるドタバタもあるはずだ。
 そこで、そんな日常の悲喜劇についてのアンケートを広く募り、回収したデータから人と魔物の関係を見つめつつ、愉快な質問&回答本を編んで行こう……というのが、ボスの言った『あの企画』の内容である。

「なるほど、それは実に興味深い」
「でしょ? この子の企画にしては、なかなかにクールだと思うわ」
「僕にしては、ってレベルで悪かったですね。あと、『この子』呼ばわりしないでください」

 僕の説明に興味を示したりリーへ、ボスが茶々を入れてくる。
 入社した時から、本当に僕はず〜っと子供扱いをされてるんだよなぁ……。

「それじゃあ、そろそろ話をまとめましょうか。そうね……午前中は、街を歩いて社会勉強。午後になったら、このオフィスに戻って彼の仕事を手伝うっていうのは、どうかしら?」
「私は、それで問題無い」
「……えっ!? リリーを一人で街に出すんですか!?」

 さすがにそれはマズいんじゃないだろうか。
 アマゾネスと言えば、気に入った男を捕まえて強引に伴侶にしてしまう種族だったはずだ。田舎街に毛が生えた程度とはいえ、そんな性質を持つ彼女を自由に出歩かせるのは……。

「心配は要らない。この街で男狩りをするつもりは無い。あくまでも私は、長の命を受けて様々な経験と学習を積むためにやって来たのだからな」
「あ……うん」
「それにこの国は、大陸でも一、二を争う対魔物:友好国なのだろう? ならば、私が一人で歩いていても騒ぎにはなるまい」
「うん……それもそうだね。ごめん」

 こちらの考えを完璧に見透かしたような一言に、再び頭を下げてしまう。
 すると、我慢の限界と言わんばかりの勢いで大笑いし始めたボスが、僕の背中をバシバシと叩きながら言った。

「うんうん。もうあなた達のコンビネーションは完成したも同然ね。オンもオフも同じ屋根の下で過ごしていれば、その関係もさらに確かなものになるわ。それじゃあ、パパっと今日の仕事を済ませて、三人で食事に行きましょうか。バッチリおごってあげるわよ!」

 いつもなら嬉しいはずのご馳走宣言も、何だか今日は素直に喜べない。
 とはいえ、ボスの提案と命令に逆らうという選択肢も存在しない。

 う〜ん、明日から本当にどうなっちゃうんだろう……。



 ……前言撤回。
 明日が来る前に、既にちょっとピンチです。

「り、リリー! 何て格好してんのさ!」
「……む? 何か問題があるか?」
「あるよ! 大ありだよ! 何で素っ裸なのさ!?」
「……風呂上りで、暑いからだが?」

 豊かでありながらも、重力に逆らってツンと上向きであり続ける乳房。アマゾネス特有の文様を刺青のように走らせているにもかかわらず、気味の悪さを感じさせる事無くこちらの視線を奪うくびれ。そして、無駄無く引き締まりつつも、女性らしい妖艶なカーブに包まれたお尻……。
 そんな、男であれば劣情を抱かざるを得ないような肉体が、今、僕の目の前に立っている。要するに、風呂上りのリリーが真っ裸のまま、居間でくつろいでいた僕の真正面にやって来たのだ。

「ボ、ボスから下着や服を貰ったでしょ!? な、何でそれを着てないの!?」

 動揺で声を裏返しながら、僕はリリーに背を向けた。
 「はい、これが明日からリリーが着る服や下着よ。私のお古で申し訳ないけど、さすがにアマゾネスの里にいる時と同じ格好で……って訳にはいかないからね」と、ボスから渡された大きな箱。その中には、確かに色とりどりの衣類が詰め込まれていたはずなのに……。

「もちろん、彼女の服は着る。だが、今は風呂上りだ。暑い」
「いや、その気持ちはわかるけどさ……」
「見られた所で、別に減るものではない。私は気にしないから、大丈夫だ」

 そう言って音も無く忍び寄ったリリーが、背後から僕の顔をひょいと覗き込んで来る。すると、僕の視界には彼女の顔と、その動きにあわせて『プルリン♪』と揺れる大きな胸が入る訳で。

「う、わぁぁぁ……り、リリー。見えてるから。見えちゃうから。胸とか、おっぱいとか、乳房とか」
「全部同じものだろう、それは」

 完全に僕の前で仁王立ちになったリリーが、クスっと笑いながら言う。
 その様子に、(あ、初めて笑った)と一瞬思ったものの、事態は何ら変化しておらず……。

「と、とにかく、服か、せめて下着を着てください。お願いだから。ご、『郷に入っては郷に従う』って奴で。ね?」
「ゴウに……何だ? 何と言った? どういう意味の言葉だ?」

 咄嗟に口をついて出たジパング地方の言い回しが、彼女の知的好奇心を刺激してしまったようだ。スッと僕の懐に入り込んだリリーが、不思議そうな口調で問いかけて来る。

「初めて聞く表現だ。どこの国の、どういう意味の言葉なんだ?」
「と、東方の、ジパング地方の言葉だよ。その……『新しい土地に来たら、その土地の風俗や習慣に従うのが処世法だ』っていう、そ、そういう意味の」
「ほぅ……興味深い言葉だ。教えてくれて、感謝する」

 そう言うとリリーは、僕の右手を取り、何を思ったのかそれを自分の胸にムギュっと押し当てた。

「うわあぁぁぁっ!? り、リリーっ!?」
「お前は、胸の大きな女が好きらしいな。これは、教授に対するせめてもの礼だ」
「ちょっ、い、一体誰がそんな事を!?」
「お前がボスと呼んでいる、あの彼女からの情報だが?」

 ボス……間違ってないけど、間違ってます。
 あなたは一体、部下の事を何だと思っているのですか。そして、リリーに何という事を教えてくれたのですか。本当にもう、柔らかくて、大きくて、超素敵じゃないですか。
 ……ハっ!? い、いけない!!

「とっ、とにかく、リリー!」

 お腹に力を込め、気合の入った大きな声と共に、僕はリリーの手を振り払った。そして覚悟を決め、その肩に手を置いてこう告げた。

「一緒に暮らす以上は、この国のやり方とか常識に、最低限で良いから従って欲しいんだ。例えば、その……今みたいに、暑いからと言って裸で家の中をウロつくような事はしないで欲しいんだ。一応、ほら、僕も男だし、リリーも嫁入り前の女の子な、訳だ、し……うぅ」

 勢い良く喋り出したのは良いものの、じっとこちらを見つめて来るリリーの視線に気圧され、最後はゴニョゴニョと言葉が濁ってしまう。あぁ、我ながら本当に情けない。
 すると、リリーはクスっと今日二回目の笑顔を見せながら言った。

「なるほど、了解した。以後、気をつけるようにしよう。確かにお前は、婿入り前の純真な男だものな」
「うん、わかってくれればそれで良いんだ……ん?」

 何か今、リリーの言葉に妙な部分があったような。

「無闇に男を困らせるのは、私としても本意ではない……が、お前の反応はなかなかに面白い。女の下半身を刺激するものがあるな」

 そう言ってリリーは、今日三回目の、しかし、それまでの二回とは全く異なる種類の笑顔を見せた。そう、それはまるで獲物を見つめる猫科の猛獣のように、しなやかで冷酷な……。

「ふふふ……明日からの生活が、色んな意味で楽しみだ」

 しかしその視線と緊張感は、リリーのそんな言葉と共に消え去った。

「では、おやすみ。混乱させて、悪かった」

 そう言ってひょいと手を挙げつつ、彼女は自分の寝室へ向けて歩み出した。その動きに合わせて、魅力的なお尻が『プリリン♪』と揺れる。
 そして、ドアがパタンと閉まるのと同時に、僕はその場にヘナヘナと座り込んだ。いつの間にか、背中がびっしょりと汗で濡れている。果たしてこれは、彼女の全裸を見たからなのか。それとも、最後に見せたあの視線に射抜かれたからなのか。

「あぁ……本当に、明日からどうなっちゃうんだろう?」

 脱力した僕の問いかけは、居間の空気にただ静かに溶けていくだけだった。


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≪ 質問 : 3
  ここだけの話、奥さんに
  『ちょっと止めてもらいたいなぁ』と思っている事は何ですか? ≫

・ワーラビットを妻に持つ男性
「中途半端な脚力ではないため、貧乏ゆすれをされると家全体が揺れまくって怖いです」

・マーメイドを妻に持つ男性
「最近、釣りに凝り始めました。何か間違っているような気がします」

・デュラハンを妻に持つ男性。
「『タネも仕掛けもありません』と言いながら、首を外すのが持ちネタです。そりゃ、タネも仕掛けもある訳が無いですよね」

・ゆきおんなを妻に持つ男性
「極度の猫舌ですが、鍋物が大好きです。なので、一回の食事時間が四時間を越えたりします」

・メドゥーサを妻に持つ男性
「『あぁんもう! 今日は寝癖が酷いわ!』と言われても、どれが寝癖なのかわかりません」

・河童を妻に持つ男性
「煮物にも、焼き物にも、揚げ物にも、キュウリを混入するのは、お願いだから止めて……」

・クイーンスライムを妻に持つ男性
「【赤ワインを呑むと、レッドスライムっぽくなるか?】という実験に凝っています。たぶんならないと思いますし、なれたらそれはそれでミラクルです」

・ホルスタウロスを妻に持つ男性
「彼女はトマトが好物なのですが、うっかりそれを見つめ過ぎて興奮状態に陥る事がしばしば……」

・アラクネを妻に持つ男性
「時々、くしゃみと同時に糸を放出する事があります。食事中にこれをやられると、食卓も私も、色んな意味で酷い状態になってしまいます」

・ヘルゼブブを妻に持つ男性
「『肉は腐りかけが一番美味いのじゃ』と言いながら、完全に腐っている肉を食わそうとするのは止めてください。どうも『腐りかけ』の定義が根本的にズレてるみたいなんですよねぇ……」


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「ふむ……好きで一緒になった者同士でも、色々と問題はあるものだな」

 原稿の校正作業を行いながら、リリーがしみじみと呟いた。

「まぁね。でも、いかにしてそれを乗り越えていくのかっていう所が、夫婦の愛の見せ所でもあるんじゃないかな」
「うむ。確かにそうだな」

 リリーがやって来て、三日目。
 初めて顔を合わせた時の言葉通り、彼女はしっかりと日常の業務を手伝ってくれていた。
 一つ一つの作業に対する理解度の高さ、内容の正確さ、要領の掴み具合、色々なアレンジやアイデアの提案技術……そのどれをとっても、彼女の能力は一級品だった。正直、編集者としての素質は、僕の遥か上を行っている。悔しいけれど、白旗だ。

「ところで、今日の午前中は何処に行ってたの?」
「色々な商店を見て回っていた。市場と同じで、実に興味深い」
「へぇ……それは、物流とか売買とか、そういう仕組みの部分に関して?」

 僕の問いにリリーは頷き、右手を顎にやりながら答えた。

「うむ。人里に下りてごく普通に物資を購入するべきか、『狩り』として奪うべきか。そういった効率に関する考察にもつながるしな」
「……サラっと恐ろしい事を言ってるね」

 ボスから貰った白いシャツと、黒いズボン。
 それに身を包んだリリーの雰囲気は、まるで若き女性実業家のようだ。
 しかし、いざ会話を進めていくと、アマゾネスとしての彼女が顔を出して来る訳で……。
 この三日の間、その落差に一体何度混乱した事だろうか。

「え〜っと……リリーのお父さんは、首都大学の教授さんだったんだよね?」

 少しこんがらがった思考を整理するために、リリーのご両親に関する質問を投げかけてみる。これまでにリリーから聞いた話と総合すれば、彼女が持つギャップに少しは慣れる事が出来るかもしれない。

「うむ。数学と歴史学を修め、学生達に教えていたそうだ」
「で、遺跡発掘のための旅行先で、お母さんに出会った、と」
「うむ。母の目に、父の姿は輝いて映ったそうだ。『この男を娶りたい。いや、娶らねばならないと強く感じた』、と。母はそう言っていた」


 持っていたペンを置き、軽く目を閉じてイメージしてみる。

 古い遺跡がある、のどかな村。
 そこで発掘作業を行っている、穏やかな雰囲気の大学教授。
 そこに突然現れる、アマゾネスの戦士達。その目的は、ズバリ『男狩り』。
 彼女らは自身のメガネにかなう男を探し、発見次第有無を言わさず連れ去って行く。のどかな村は、一瞬にして大混乱に陥った事だろう。

 そんな騒ぎの中、見つめ合う一人のアマゾネスと、一人の男。

 リリーの説明によれば、お母さんは当時十五歳。お父さんは、四十四歳。何だろう……若干犯罪の匂いがする年齢差だ。まぁ、村を襲撃したアマゾネスの方が、犯罪者寄りではあるのだけれど。
 とにかく、リリーのお母さんは、後に夫となるその男性に、剣を突きつけてこう言ったという。

「私は、誇り高きアマゾネスの戦士、アマリ。今日この時より、お前は我が夫となる。私はお前に、永久の幸福を与えよう。そしてお前は、私に永久の愛を捧げるのだ。異存、異論があるならば、武器を持って私に挑むが良い!」

 ……そんな、めちゃくちゃな。
 リリーの話を聞いた時、僕の脳裏に真っ先に浮かんだ言葉がそれだった。
 そんな、めちゃくちゃな。あんた、いきなり現れて剣を突きつけて結婚を要求した挙句に、文句があるならかかって来いって、そんな。

 しかし、リリーのお父さん……ケビンさんは、何と言うか、器の違う人だった。

「良いでしょう。あなたの求愛を、私は受け入れましょう。しかし、こちらにも条件が二つあります。一つは、結婚後も学問に触れる機会をいただきたい。本を読んだり、あなたの住処で暮らす子供達に勉強を教えたり、そんな小さな事で構わないのですが……よろしいですか?」

 その静かな言葉に、リリーのお母さん……アマリさんは、突きつけていた剣を下ろしながら頷いた。

「うむ、良いだろう。では、もう一つの条件とは何だ?」

 アマリさんが示した承諾の意思に微笑みつつ、ケビンさんは言葉を続けた。

「はい。見た所、あなたは随分とお若い。しかし、ご覧の通り私は既に歳を取っている。恐らく私は、あなたを愛し、尽くし、子を成すために努力するでしょう。そして、幸せな日々を送った後……ほぼ間違いなく、最愛のあなたを残して先に死にます。その覚悟をしておいていただきたいのですが、よろしいですか?」

 その瞬間、アマリさんの心と体に、電流が走ったという。
 それは、自分が最高の男と出会ったという歓喜であり、今日から始まる未来に向けての覚悟であり、その先に存在する大きな運命に対する恐怖であり……。

 そして次に気がついた時には、二人とも生まれたままの姿になっていた。
 発掘現場の柔らかな土の上で、一心不乱に愛し合っていたというのだ。
 実は、後々に判明する事なのだが、ケビンさんもまた、一目アマリさんを見た瞬間に「自分はこの少女と一生を共にするのだろう」という、啓示にも似た感覚を抱いていたのだそうで……。


「ありがちな言葉になっちゃうけど、リリーのご両親は『運命で結ばれた二人』だったのかな」
「うむ。私もそう思う。父も母も、私にとっては永遠の目標であり、憧れなのだ」

 そう言ってリリーは、うっとりとした表情で遠くを見つめた。その姿はまるで、素敵な恋物語に思いを馳せる乙女のように可憐だった。

「いつかリリーにも、そんな素敵な瞬間が訪れると良いね」
「うむ……だが、そう言うお前はどうなんだ? 好いた女や抱いた女はいないのか?」

 そんな遠慮の無い問いかけに、僕は思わず笑ってしまう。そして、首を振りながらこう答えた。

「まぁ、いなかった訳じゃないけど……もう僕は、そういうのはいいよ。色恋事からは降りたし、懲りたんだ」

 そして僕は再びペンを握り、原稿と向き合った。
 何かしら問いかけたそうにしているリリーの視線に気づきつつも、「もう話しかけないで」という気配を振りまきながら。


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≪ 質問 : 9
  単刀直入にお聞きします。浮気をした事が、ありますか? ≫

・ラミアを妻に持つ男性
「ありません……と言いますか、『今日は○○人の女とすれ違ったようね』とか正確に言い当てる妻を相手に、嘘や隠し事を出来る訳がありません。ラミアって、すごいんですよ」

・アルラウネを妻に持つ男性
「ありません。物理的に不可能です。何せこのアンケートも、妻に包まれながら書いてますから」

・アカオニを妻に持つ男性
「『ムラムラしたなら、外に女を作っても良いぜ』と言われてはいますが、別に……。私は、この愛すべき酔っ払いとの関係を大切にしたいので」

・エンジェルを妻に持つ男性
「そんな気は、全く起こらないですね。『天使のような微笑み』という言葉がありますが、うちの奥さんはリアル天使ですから。この笑顔を曇らせたくないんですよ」

・つぼまじんを妻に持つ男性
「実は一度、飲み屋のお姉ちゃんと良い雰囲気になった事があるのですが……。ふと見ると、店の酒壷から奥さんが顔を出してこちらをジ〜っと見てまして。あの涙目には、参りましたねぇ」

・エルフを妻に持つ男性
「『浮気をしたら、その瞬間にお前は生きた的だ。私の弓のな』と言われているので……」

・ブラックハーピーを妻に持つ男性
「そんな事をしたら、彼女自身はもちろん、親族、友人知人も総出で惨殺されるでしょうね。何せ横のつながりが強い種族なので、外出先でも下手な事は出来ないんですよ。誰が何処で見てるやら」

・アヌビスを妻に持つ男性
「ありえません。僕の抜け毛まで管理してるんですから。うちの奥さんは」

・アリスを妻に持つ男性
「どこまでも自分の事を慕ってくれる『永遠の処女』が家にいるのに、どうして浮気をしなればいけないのですか?」

・サイクロプスを妻に持つ男性
「『私ににらめっこで勝てたら、浮気しても良い』と言われていますが、どうしても勝てません。まぁ、それ以前にそんな酷い事をするつもりもないんですけどね」


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 以前、僕には好きな人がいた。
 くりくりとした愛らしい瞳と茶色の短髪が印象的な、二歳年上の女性。

 一目見た時から心を惹かれ、あの手この手と策を練り、何とか会話が出来る所までこぎつけた。
 何事に対しても不器用な自分としては、相当に頑張ったものだと今でも思う。

 彼女は、とても朗らかな女性だった。
 いつも笑顔を絶やさず、誰に対しても訳隔てなく接する事が出来る、素晴らしい人だった。

 そんな彼女に、僕はますます恋をした。
 言葉を交わし、手紙を交わし、彼女に問いを投げかけ、また彼女からの問いかけに答えた。
 僕達は、ゆっくりと、けれど確実に、お互いの事を知っていった。
 友人知人にばれないように、二人きりでこっそりと遊びに行ったりもした。

 そして僕は、決意した。
 彼女に、自分の思いを告げると。告白すると。

 そうして勇気を振り絞って行動した僕に……彼女は、なかなか返事をくれなかった。
 言葉で問いかけても、手紙で問いかけても、彼女はのらりくらりと結論を先延ばしにした。

 そんな状態が二ヶ月ほど続いたある日、僕は再びの決意を固めた。
 彼女に、答えを出してもらおうと。その結果、たとえこの恋が終わってしまおうと、彼女に嫌われてしまおうと、全ての結末を受け入れる覚悟を決めた。

「明後日の夜、二人で会えないかな?」
 僕は、そう言った。
「明後日は……ごめんなさい。大切な仕事があるの。夜遅くまでかかっちゃいそうな」
 彼女は、そう言った。

 仕事ならば仕方がないか。僕は、そう思った。
 だからその言葉を受け入れ、「ではまた別の日に」と話を切った。

 そして、二日後。
 通りでばったりと出くわした友人と連れ立って、僕は食事に出かけた。
 美味しい料理と愉快な会話をたっぷりと楽しみ、会計を済ませて店の外に出ると……数軒離れた酒場から、彼女が男女数人の仲間とゲラゲラ笑いながら出て来た。

 (……どういう事だ?)と思った。
 今日は、夜遅くまでかかりそうな、大事な仕事があるはずではなかったのか。
 いや、あれは職場の同僚達で、仕事が予想外に早く片付いたから呑みに出かけたのでは……と思ったが、その面々の中には、僕と彼女、共通の友人達の顔がいくつもあった。

 嫌な予感がした。
 背中に冷たい汗が流れた。

 その翌日、僕はその集団の中の一人……付き合いの長い、話のわかる奴を呼び出し、事情を説明して問いかけた。「……という訳なんだけど、一体どういう事なんだろう」と。
 すると彼は、しばらく辛そうな顔で考え込んだ後、僕に真実を打ち明けてくれた。

 事の真相は、こうだ。

 彼女は、僕に嘘をついていた。
 僕を引っ掛けて、遊んでいた。
 会話の内容、手紙の内容、その全てを友人達に曝して嘲笑していた。
 次にどんな言葉をかければ、どんな反応が返ってくるのかと嘲っていた。
 その内容をいくつか予測し、賭けの対象にすらしていた。

 昨日は、僕が『いつになったら本格的に焦れて来るか』という賭けが成立し、その勝者へ敗者が酒をおごった日。
 結果は、二ヶ月と予測した彼女の一人勝ち。
 友人は、タダ飯タダ酒のお裾分けだと輪の中に初めて呼ばれ、そこで交わされる会話の内容に戦慄していたと言う。


 この後の記憶には、ぼんやりとした霧がかかっている。

 とにかく僕は、友人知人との関係を絶ち、彼女とも会わず、仕事も辞め、荷物をまとめて街を出た。どこまでも悲しく、どこまでも腹立たしく、どこまでも無気力に、心が折れた。

 そうしていくつかの街や村をさまよい歩き、僕は今のこの街へとたどり着いた。
 日雇いの仕事で小銭を稼ぎ、酒場でチビチビと酒を呑んでいると、不意に誰かが声をかけてきた。

「どうも、こんばんは。あなた、なかなか劇的な面構えで酒を呑んでるわね」

 腰まである、緩くウェーブした髪。右目の下の泣きぼくろ。ラフな服装越しにもわかる、女性らしい豊満な体つき。ある角度から見れば十代の女の子のようで、また別の角度から見れば思慮分別が身についた大人の女性のようで……。
 美人である事は間違いない、しかし正体不明の妙な女性。

 誰とも話をしたくない気分だったけれど、何故かその人は僕にしつこく話しかけて来た。

 何かあったの? 年齢不詳の顔つきになってるわよ? 私が一杯おごってあげましょうか? 何があったのか話してくれない? 今日寝る所はあるの? 働き口はあるの? 明日からどうするの? これからもその調子で生きていくつもりなの?

 正直、最初は何て鬱陶しい人なんだろうと思った。
 だけど不思議な事に、問いかけが五、十、十五と重なるうち、僕は彼女に洗いざらい全ての出来事を話していた。自分でも(あれ? どうして自分は、この人にこんな事を?)と疑問に感じるほどに。

 そして話の最後に、彼女はこう言った。

「なるほどね。大体の事情はわかったわ。あなた、明日から私の会社で働きなさいな。家の面倒も見てあげるわ。ちょうど使っていない、良い感じの小さな一軒家があるのよ。家と会社の地図を描いてあげるから、ちょっと待ってなさいね……うん、これで良し。はい、これがその鍵よ。それじゃ、明日ね。十時過ぎに来てくれればいいから。おやすみ♪」

 こちらに疑問や反論を発する間を与える事無く、彼女は一気に喋り、マスターから貰った紙に地図を描き、その上に鍵を置いて去って行った。

 何だ? 一体何が起こったんだ? あの人は誰だ? この状況は何だ?

 そんな眩暈にも似た感覚を覚えていると、僕らのやり取りを静かに見つめていたマスターがボソリと呟いた。

「何にも心配はいらねぇさ。あんたは運が良い。何せ、すげぇ女と知り合いになったんだからな」

 それが、三年前の出来事。
 僕が恋と人に絶望し、彷徨い、この街に流れ着き……今、『ボス』と呼んでいるあの人と出会うまでの顛末。

 ボスのおかげで、僕の心は死なずに済んだのかもしれない。
 だけど、あの時の恋と、嘘と、嘲りの傷跡は、未だに塞がる事無くじわじわと出血を続けている。



 「……あ、あれ? リリー?」

 一日の仕事を終え、家に戻り、夕食を済ませた後のひと時。
 「昼間に言った『色恋事からは降りたし、懲りた』とは、どういう意味だ? お前に何があったのだ?」と、繰り返し問いかけ続けて来たリリーに根負けし、事の流れを説明し終えた直後。
 彼女は深くうつむき、ふるふると肩を振るわせ始めた。

「え、あのぉ〜……どうしたの? 笑いたいんだったら、笑っても良いよ? こんな格好悪い話、長々と語るほどのものでもない訳だ……」
「誰が笑っているというんだっ!!」

 居間の窓が壊れて飛んでいくんじゃないかと思うほどの、大きな声。
 僕の体をびくりと震わせ、硬直化させてしまうほどの凄まじい怒気。

 リリーが、怒っている。ものすごく、怒っている。

 これが、本気で感情を爆発させたアマゾネスの力なのだろうか。それとも、僕の目がおかしくなってしまったのだろうか。
 彼女の体から、紫色をしたオーラらしきものが立ち昇っているような……。

「何だ!? 何なんだ、その女はっ!? お前の純真な恋心を踏みにじり、嘲り、挙句の果てに賭けの対象にして酒を喰らっていただとっ!? 分け前を友人に与えていただとっ!? そんなっ、そんな馬鹿な話があるものかっ!!」

 そして部屋に響く、形容しがたい破壊の音。
 リリーが、分厚い木製のテーブルに両の拳を叩きつけ……それを見事に割ってしまったその証。

「女には、守らねばならぬ心がある! 示さねばならぬ姿がある! 女は、男に嘘をついてはいけない! その心を辱めてはいけない! その体を抱いてやらなければいけない! そんな当然の矜持を忘れた女など、私がくびり殺してやるっ!!」

 そう宣言し、今にも部屋を飛び出そうとしているリリーに、僕は決死の覚悟でしがみついた。

「ちょ、ちょっと待ってよリリー! 落ち着いて!」
「これが落ち着いていられるかっ! その女はどこにいるんだ! さぁ、答えろっ!!」
「ここからずっと離れた街だよ! すぐにはたどり着けない所だから、無理だって!」

 中央部分から綺麗に二つに割れたテーブル。その前で仁王立ちになっている怒りのアマゾネスと、その腰に情けなくしがみついている人間の男。
 もしも今この部屋に誰かが入って来たら、その人はこの光景にさぞかし混乱、困惑する事だろう。

 この状況を、一体どうすれば良いんだ……と、泣きたい気持ちになりかけたその時、僕の額に何かがポトリと落ちて来た。

「え……リリー?」
「…………」

 見上げた僕の目に飛び込んで来たのは、こちらをじっと見つめながら涙を流す、リリーの切なげな表情だった。

「お前は……お前は、悲しくないのか? 悔しくないのか? 無防備なお前の心を後ろから斬りつけるような事をしたその女が、憎くは無いのか?」
「リリー……」
「私は、悔しい。憎い。種族は違えど、同じ女として許せない。だから、だから……」

 そう言ってリリーは、流れる涙を拭おうともせず、彼女の腰に腕を回して膝立ちになっていた僕を、ギュッと力強く抱きしめた。

「お前は、泣いても良いんだ。怒っても良いんだ。だから私は、この胸を貸してやる。そんな女の事など、忘れてしまえ!」
「リリー、僕は……」
「男は、女に甘えるものだ。くだらない女につけられた傷は、良い女によって癒されるべきだ。さぁ、泣け。一晩でも二晩でも付き合ってやる。私を信じろ。私に委ねろ。全て受け止めてやる!」
「り、り……僕、は……うっ、ぐ……」

 そこからは、もう何も考えられなくなった。
 リリーの言葉と優しさ。抱きしめてくれる力と柔らかさ。そして、流してくれた涙の暖かさ。
 その全てが、考えないようにしていた、触れないようにしていた、心の中のあの傷口に沁みた。
 だけどそれは、嫌な痛みではなかった。中途半端な現実逃避でもなかった。

 その夜、リリーは言葉通り、ずっと僕を抱きしめ続けてくれた。
 僕の涙を見つめ、拭い続けてくれた。

「駄目だね、僕は。職場でも家でも、リリーの方が遥かに強くて、優しくて、優秀なんだから」
「気にするな。それが女の甲斐性というものだ。傷ついた男一人も守れずに、女を名乗ってはいけない。私は、アマゾネスとしての生き方をただ全うしているだけだ」

 一つのベッドで共に眠りにつきながらつぶやいた言葉に、リリーは穏やかにそう応えてくれた。
 あの激しい怒りのオーラを放っていた時の面影は、もうどこにも無かった。

「リリーは、すごいなぁ……」
「ふふ、惚れたか?」
「出会ってから、まだ三日しか経ってないけど……?」
「そんな事は些細な問題だ。大切な事は、自分の心で相手の事をどう思うか。それだけだ」
「……リリーには、敵わないなぁ」

 そうして僕は、深い眠りの中に落ちていった。
 長年の疑問が解決したような、厄介な古傷が消え去ったような、そんな心地良い疲労感に包まれながら。あぁ、今夜は本当に良く眠れそうだ……。

「……まったくお前という男は、本当に女の下半身を刺激する奴だ。私が濡れた体を持て余しながら、今どれほどの我慢をしているのか、わかっているのか?」

 夢と現の向こうの方で、誰かがそんな事を言っているような気がした。


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≪ 質問 : 17
  夫婦喧嘩に関する思い出を教えてください ≫

・スフィンクスを妻に持つ男性
「彼女からの【問いかけ】に六問連続正解をしたら、何故か逆ギレをされまして。『少しは空気を読みなさいよ!』とか怒られて、そこから結構な口喧嘩になってしまいました」

・マンドラゴラを妻に持つ男性
「引き抜かれた時の彼女の悲鳴をしつこく真似していたら、思い切りビンタされました。明らかに自分の方が悪いので、その後は平謝りでした」

・アントアラクネを妻に持つ男性
「食っちゃ寝、食っちゃ寝を繰り返していた彼女を叱りつけたら、『結婚すりゃこっちのモンよ』とか言われまして。実家に帰らせていただきます……と宣言しました。もちろん、僕が」

・スキュラを妻に持つ男性
「ジパング地方の食べ物である【タコヤキ】を口にした事がバレた時は、盛大に怒られましたね。
『デリカシーの欠片も無いわね!』とか言われて、わりと長い間もめました」

・リザードマンを妻に持つ男性
「練習試合の最中、試しに剣を捨ててタックル→押さえ込み→キスという流れで技を繰り出したら、二ヶ月ほど口を利いてくれなくなりました。色んな意味で許せなかったみたいです」

・ゴブリンを妻に持つ男性
「どうもうちの奥さんは、自分の胸にコンプレックスがあるようで……。巨乳関連の話題は、全面的に禁句です。うっかりその手の話をすると、そりゃもう大変な事に」

・ケンタウロスを妻に持つ男性
「以前、『今日から俺の事を「ダーリン」と呼んでくれ』と言ったら、ゴミを見るような冷たい視線を投げかけられました。さらに『男のロマンなんだよ』と言ったら、蹴り倒されました」

・稲荷を妻に持つ男性
「【稲荷寿司と握り寿司、どちらが美味いか論争】が勃発した時は、ちょっと大変でしたね。最終的には彼女の妖術で押さえ込まれた挙句、七日七晩稲荷寿司を食わされましたが」

・ナイトメアを妻に持つ男性
「彼女に足蹴にされる夢を見せられたのですが、自分にとってそれは割りとご褒美的な、快感を呼ぶものでして。えぇ。性癖的な意味で。どん引きされた上に、泣かれてしまって大変でしたね」

・ラージマウスを妻に持つ男性
「カビが生えまくった謎の物体を捨てたら、実はそれが彼女とって置きの高級チーズで……。夫婦喧嘩になる以前に、『あんまりだよぉ! 酷いよぉ!』と泣き喚く彼女を慰めるのに必死でした」


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「あの、今さらなんだけどさ。うちのボスとリリーの里の長さんて、一体どこで知り合ったの?」

 リリーがやって来て二週間が過ぎた昼下がり。
 近所のお食事処で一緒に昼食をとりながら、僕は彼女にかねがね疑問に思っていた事を訊いてみた。

「む? 話していなかったか?」
「うん、何となく聞き忘れていたというか、聞きそびれていたというか……。まぁ、うちのボスは常識の枠で括れないタイプの人だから、ついつい確認を後回しにしちゃったんだよね」

 コンソメ味のスープを飲みながら、僕は少し苦笑いしてそう言った。
 そして、以前にボスと共に出かけた、幾度かの取材旅行中の出来事を思い出す。

 例えば、百戦錬磨のデュラハンと旧交を温め合っている姿を。
 例えば、リャナンシーから「最近は絵を描いてないの?」と訊かれている姿を。
 例えば、ホーネットの大群から「姐さん、お久しぶりです!」と頭を下げられている姿を。
 例えば、ジャイアントアントの女王から地下別荘をプレゼントされていた姿を。
 例えば、強そうなゴーレムが無言でスリスリと体を擦り付けていた姿を。

 ……とにかく、うちのボスは只者ではないのだ。
 あの光景の数々に比べれば、酒場で鬱々とした雰囲気を放っていた僕を拾った事など、本当に取るに足りない些細な事だと言えるだろう。
 だから、ボスがアマゾネスの長と長年の友人関係にあるというのも、「なるほどね。もういちいち驚きませんよ」という感じではあったのだけれど……。

「男狩りに出かけた若き日の長は、偶然その村にいた彼女と出会い、睨み合い、激しい激しい殴り合いの戦いをしたそうだ」
「……は?」
「長曰く、『私が連れて行こうとした男に、彼女もツバをつけていた。だから、その男をかけて決闘に及んだのだ』、と。共に武器に頼らぬ、それはそれは女らしい戦いであったらしい」

 リリーから返って来た答えは、こちらの予想を少々飛び越えるものだった。

「言っておくが、我らの長は今も昔も最強の女だ。当時の長に、今の私と母が二人がかりで挑んだとしても……果たして、勝てるかどうか」
「そ、そんなアマゾネスの戦士と、うちのボスは戦って……ど、どうなったの?」
「引き分けだったそうだ。最後は共に渾身の拳を顔面に叩き込み合い、そのまま倒れたらしい」

 あぁ、頭が痛い。そして、少し前言を撤回。
 『うちのボスは只者ではない』のではなく、『うちのボスは人間ではない』ような気がする。

「二人が殴り合っている間に、目当てだった男は逃げてしまった。だが、長はそれに落胆する以上に、素晴らしき友と出会えた事を喜んだそうだ。曰く、『自分と対等に戦える者がこの世に居た事が嬉しかった』、と」
「で……その後の二人は?」

 話の続きを求める僕の言葉にリリーは頷き、パンをちぎりながらこう言った。

「長は彼女に、自分達の仲間にならないかと誘った。しかし彼女は、自分にはまだやりたい事があるからと、その誘いを断った。だから二人は、それぞれが一番大切にしていた宝石を交換し合った後に別れたそうだ。『この輝きに、永久の友情を誓う』と宣言してな」

 僕の脳内に描かれるイメージ。
 それは、燦々と太陽が降り注ぐ自然豊かな村の真ん中で、共に鼻血にまみれ、顔を腫らした一人の人間と一人のアマゾネスが、(女だけど)雄々しく宝石を空に掲げて微笑み合う姿。
 うわぁ、何だか無駄にものすごく格好良いぞ。

「では、今度は私が一つ訊いてもいいか?」

 熱すぎるイメージを打ち消すように水を飲んでいた僕へ、今度はリリーが問いを投げかけて来た。

「うん、なに?」
「彼女は……今、何歳なんだ? 我々の長と同い年だとしたら、恐らくは、」
「ねぇ、リリー」

 言葉を続けようとしていた彼女に、僕は自分でも驚くほどの低い声で言った。

「世の中には、触れてはいけないモノがあるんだ。例えばそれを確認しようとしたり、本人に訊いたりすれば、明日の太陽を拝めなくなるようなものがね……」
「ぬ、む……」
「リリーがそれを知りたいと思うなら、僕は止めないよ。ただ、今までボスにそれを訊ねて、無事だった者はいない……という事だけは、ハッキリと伝えておくよ」

 北の国の自意識過剰で厭味な貴族は、自室に篭ったきり出て来なくなった。
 西の国の生意気な子供は、以後恐ろしく聞き分けの良い素直な子になった。
 南の国のうるさい酔っ払いは、その日から酒を一滴も呑まなくなった。
 東の国の傲慢な騎士は、翌日から剣を捨てて神仏に祈りを捧げる道へと進んだ。

 その全員に共通していること。
 それは、皆、ボスに、年齢を、訊ねたと、い、うこ、と……。

「悪い事は言わないから、やめておこうよ。ね?」
「う、うむ……そうだな」

 そうして僕達は、黙々と昼食をとった。
 「ん? どうした? 急に静かになったな?」と、陽気なミノタウロスの女将さんに訊かれても、それに返す言葉を見つけられなくなりながら。


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≪ 質問 : 28
  プロポーズの日、結婚式の日、一緒に暮らし始めた日
  ……などの思い出を教えてください ≫

・コカトリスを妻に持つ男性
「うちの奥さんは、コカトリスの中でもとびきり臆病&恥ずかしがり屋でして。私がプロポーズした途端にパニックを起こして逃げ出して、三日ほど戻って来ませんでしたね……」

・ワーウルフを妻に持つ男性
「結婚しようと告げた時は、そりゃ喜んでくれましたよ。ただ、一晩中歓喜の遠吠えをされたので、一体どうすりゃいいんだろうとは思いましたが」

・おおなめくじを妻に持つ男性
「プロポーズの意味を理解してくれるまでに、二日かかりました。何事に対してもゆっくりな彼女ですけど、まさかあれほどだとは思ってませんでした」

・シー・スライムを妻に持つ男性
「僕の言葉に静かに頷き、体をウエディングドレス風に変化させてくれた時は嬉しすぎて涙が出ました。何があっても、この子を幸せにしようと思いましたね」

・ミミックを妻に持つ男性
「わざわざ寝室などを作らなくても良いので、非常に楽ですね。何せ、家の中にいくつか箱を用意しておけば、後は彼女にお任せなので。家賃が安くて助かってます」

・カラステングを妻に持つ男性
「彼女との結婚に関して、ご両親や上司の方の許可をいただくのがものすごく大変でした。『生きた心地がしない』というのは、あの面々の前に座らされた、あの時間の事を言うんだと思います」

・ワーキャットを妻に持つ男性
「ワーキットと交際している人がいるのなら、警告したい。≪結婚式にマタタビ、ダメ、絶対≫。知人が冗談半分に持ち込んだら、見事に彼女が酔っ払っちゃって、もう大変なことに……」

・マミーを妻に持つ男性
「【夫婦の初めての共同作業です】という事で、ケーキカットの代わりに包帯の巻き直しセレモニーを行いました。それなりに、感動的なシーンになったと思います」

・ダークエルフを妻に持つ男性
「私の場合は、彼女の方からプロポーズを受けました。ただその言葉は、『さぁ、いよいよ本格的に私の奴隷になりなさい!』でしたけど。何だ、本格的な奴隷って……」

・妖狐を妻に持つ男性
「『これからもずっと、私のためにキツネウドンを作って欲しいの。その分私は、あなたのお稲荷さんの面倒を見てあげるから』って言われました。下ネタじゃねぇかって思いました」


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 リリーがやって来て、一月と少しが経った日の夕方……ボスから、手紙が届いた。

「……なるほど」

 その内容に目を通して納得した後、僕は経理伝票を整理していたリリーに声をかけた。

「リリー、ちょっと良いかな」
「あぁ、どうした?」

 今日までの日々の中で、リリーと僕のコンビネーションはすっかり完成していた。
 家では僕が炊事洗濯を行い、職場では複雑な計算を要する作業をリリーが担当する。
 「お前の煮物は、どの店のものよりも美味いな」と、リリーが僕の料理を誉める。
 「リリーの頭の回転の速さには、どうしたって勝てないよ」と、僕がリリーの能力に降参する。

 最初はどうなる事かと心配していた毎日の生活は、今や自然にお互いを支え会う事が出来る、無理のない心地良い積み重ねになっていた。

「ボスから、手紙が届いたんだけど……明後日、戻って来るらしいんだ」
「そうか。思ったよりも早い帰還だな」
「うん。で……リリーに、里へ戻る準備をしておいて欲しいって」
「ふむ……」

 これは、最初からわかっていた事であり、決められていた事でもある。
 リリーは、里の外の世界を学びに来たアマゾネスであり、その期間が終了すれば、元の場所へと戻らなければいけない。それは悲しい事でも何でもなく、ごくごく当たり前に決まっていた事なのだ。

「寂しいな……」

 だけど、ふと無意識に、僕の口からはそんな言葉が転がり出てしまい……。

「む?」
「あ、いや、その……せ、せっかくリリーとも上手く役割分担が出来るようになったのに、それが終わっちゃうのは寂しいなぁ、残念だなぁって。そう思って。うん」
「ふむ……」

 リリーはそう呟いて頷き、僕の目を見据えながら静かに口を開いた。

「確かに、残念だな。だが、この街で得られる見聞は全て得たという確信がある。だから私は、長の命と自身に課せられた責任に従って帰らなければいけない」
「うん……そうだよね。色々と報告する義務もあるよね」

 僕の言葉にリリーは「あぁ」と答えつつ、デスクの上に広げていた伝票や帳簿を片付け始めた。

「ところで、今日の夕飯は何だ?」
「へ?」

 予想外の質問に、思わず間抜けな声を出してしまう。
 するとリリーは、小さく微笑みながら口を開いた。

「へ、じゃない。仕事を終えて帰宅した後の楽しみといえば、食事と風呂だろう? それはお前の担当なのだから、しっかりしてくれないと困るのだがな」
「あ、あぁ、うん。そうだね。何にしようかな」

 男でも一人暮らしを長く続けていれば、それ相応の家事力が身について来る。もともと台所に立つ事に抵抗がなかった僕の場合は、それが料理のレパートリーとなって表れていた。
 ちなみにリリーは、そんな僕が作る物を「美味い、美味い」と言いながら食べてくれる。毎日そうやって喜んでくれる人がいれば、包丁を握る手に力が入るのも自然な事だと思う。

「そうだなぁ……羊の肉の香草焼きとか、どうかな?」
「うむ、それは楽しみだ。よろしく頼む」

 そう言ってリリーは、ニコリと笑った。
 いつの間にか見せてくれるようになったこの笑顔も、僕が家事を頑張る大きな原動力になっていた。何事も、喜んでくれる相手がいるというのは、良いものだ。

(だけど、それも今日と明日まで……なのかな)

 手紙に記されていたボスの帰還日は、明後日。
 だけど、あの人の事だ。その持ち前の行動力を活かして、きっと荷物を下ろす事もなく、リリーと共に再出発して行くだろう。「それじゃ、彼女を里まで送り届けてくるわね♪」とか言いながら。

 落ち着いて考えれば、何と言う事はないのだ。
 リリーは、本来の場所へ戻る。僕は、本来の日常へ戻る。
 もともと、アマゾネスと公私を共有し、一緒に過ごし続けている事の方が異常なのだから。

 だけど、やっぱり……何とも言えず、寂しい。

“ ふふ、惚れたか? ”

 頭の中に、三日目のあの夜の言葉がよみがえる。
 僕が負った心の傷に涙を流し、傷を負わせたあの人に激怒してくれたあの夜。
 一緒にベッドに入り、抱き合いながら眠りにつこうとした時間の中で、リリーがいたずらっぽく放った、あの言葉。

 もしかすると、その通りなのかもしれない。
 僕は、リリーに惚れてしまったのかもしれない。

 だけど、そうだからと言って、一体どうすればいいのだろう。
 思いを告げた所で、どうにかなるような話ではない。むしろ、彼女を困らせてしまうかもしれない。
 彼女は里へ戻らなければいけないアマゾネスで、僕はこの街で日々を過ごす人間なのだから。

 そもそもそれ以前の問題として、彼女は僕の事をどう思っているのだろう。
 アマゾネスは、自分が気に入った男を半ば強引に連れ去り、犯し、我がものにする種族だという。ならば、一ヶ月以上も生活を共にしていながら、襲われも抱かれもしていない僕は……一体、何だと言うのだろう。
 そこに存在している答えは、残念ながら一つしかない。

 僕は、リリーのメガネに適う男ではないのだ。
 本当に、残念ながら。

「はぁ……」

 一日の仕事を終え、帰宅の準備を整えながら、僕はため息をこぼした。
 窓からは夕方と夜の間の頼りない光が、静かにぼんやりと差し込んで来ていた。


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「それじゃ、準備はいいかしら?」

 案の定、だった。
 昼前に戻って来たボスは笑顔で会社の扉を開け放ち、「ただいまー!」と宣言して僕のデスクに土産の品をドーンと積み、荷物を下ろす事も椅子に座る事も無く、こう言ったのだ。

「さぁ、リリー、準備は出来てる? 里に帰りましょうか」

 今日ほど、そんなボスの明るさと行動力を恨めしく思った事は無かった。
 それが単なる逆恨みに近い種類の感情だとわかっていても、心の中で「うぅ!」と唸らずにはいられなかった。

 だけど僕には、何も出来ない。
 だから、せめて最後は明るく別れを告げようと、お腹に力を入れて椅子から立ち上がろうとした……その時だった。

「すまない。一つ、準備が出来ていないモノがある」
「あら、リリーにしては珍しい。何か忘れ物?」
「あぁ。これを置き去りにしては、恐らく一生悔やむであろうモノだ」

 そんな二人のやり取りをぼんやりと見ていた僕のもとへ、リリーがつかつかと歩み寄って来た。
 そして僕の手を取り、椅子から立たせ、じっと視線を合わせて来る。

「え、り、リリー? どうしたの?」
「心して聞け、人間の男よ」

 喉が渇く。掌が汗で濡れる。心臓が早鐘を打つ。
 何か今から、とてつもない事が起こりそうな予感がする。
 それは、これまで僕が経験した事の無いような衝撃。
 一生の行方が変化しそうな出来事。

 凛とした雰囲気を漂わせつつ、ハッキリとした良く通る声で、リリーが言った。


「私は、誇り高きアマゾネスの戦士、リリー。今日この時より、お前は我が夫となる。私はお前に、永久の幸福を与えよう。そしてお前は、私に永久の愛を捧げるのだ。異存、異論があるならば、武器を持って私に挑むが良い!」


 肺から抜け出た空気が、僕に「あぁ……」という声を発させる。
 ワクワクを抑え切れないという様子で僕達二人を見ていたボスが、「あら、素敵っ!」と大きな声を上げる。
 そして……リリーは、ただ静かに僕の手を握り、じっとこちらの瞳を見つめ続けている。
 その色はどこまでも深く、どこまでも美しく。一点の曇りも無く、一点の迷いも無く。

「武器なんて、要らない。僕が……リリーに勝てる訳がない」
「では、どうする?」

 リリーの手に、ギュッと力が込められる。
 僕の手が、ミシリと音を立てる。
 痛い。痛い……けれど、それが今ここに彼女がいるという、確かな実感をもたらしてくれる。

「僕には、惚れた女の子に武器を向けるような真似は出来ない。同じ刃物を持つのなら、リリーに『美味い』と言ってもらうために、包丁を握りたい。今までも、これからも」
「ふふふ……あぁ、期待している。今までも、これからも、お前の料理は最高だ。材料はいくらでも獲って来てやる。私の胃袋は、お前が責任を持って管理してくれ」
「まかせておいてよ。頑張るから」

 そして、僕達は抱きしめ合う。強く強く、抱きしめ合う。
 お互いのぬくもりを、存在を、愛情を伝え合うために。
 いつの間にか僕の目から流れ出した涙が、ポタポタと落ちていく。その中の何粒かがリリーの首筋に当たり、「ん!」と彼女に首をすくめさせた。

「一つ頼みがあるのだが、聞いてくれるか?」

 抱擁を解いたリリーが、ボスに向かって言う。

「もちろん。どんなリクエストにだって応えてあげるわよ」
「そうか、ありがたい」

 満面の笑顔でそう応えたボスへ、リリーが小さく頭を下げる。

「では、見てくれ。私達が初めて愛し合う様を」
「あらあら、ちょっと照れちゃうわねぇ……でも、承知したわ! 遠慮なくヤっちゃいなさい!」
「は……え、ちょっ、リリー、何を言って、ええぇぇぇっ!?」

 そこから起こった出来事については、細かく書けない。書く勇気が無い。
 ただ、見出し風に書くとするならば、こうなる。


・リリー、ケダモノと化して僕の衣服を破り捨てる!
・僕、男の性ゆえ、リリーの裸体を見て不覚にも反応、興奮す!
・リリーのキスと愛撫と騎乗位は、まさにアマゾネスっ!!

・ボス、そんな僕達の様子を近づいたり離れたりしながら、何故か詳細にスケッチ!
・リリー、「さぁ、見てくれ! どうだっ!」と何故かボスにアピール!
・「良いわ! 実に良いわっ! 私も興奮してきちゃったわ!」と、ボスまさかの脱衣!
・僕、男の性ゆえ、ボスの裸体とこの状況に不覚にも反応、興奮す!

・その後、リリーまさかの抜かずの六連戦敢行! 僕、干物と化すっ!
・しかし、再びまさかのボスの行動! 謎の精力剤が入った瓶を僕の口に突っ込む!
・三度のまさか! そこから狂乱の第二ラウンド開始! 一体何を飲ませたっ!?


 ……もう僕は、お婿に行けません。
 もとい、お婿に行く先が決まって、本当に良かったと思います。
 だって、何と言うか……汚されたというか、ヤられたというか、喰われたというか。

 いやぁ……すごい子と一緒になっちゃったなぁ……。


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 《 アマゾネス美少女滞在期 〜 終章より抜粋 》

 かくして、僕はアマゾネスの乙女であり、戦士であるリリーと結ばれる事になった。

 彼女の里へと向かう馬車の中で、僕は彼女にこう問いかけた。

 「どうしてあの時まで、僕に手を出さなかったの?」、と。
 「だから僕は、君に魅力の無い男と結論付けられたのだと思っていたよ」、と。

 すると彼女は、眉間にしわを寄せ、やれやれという仕草をしながらこう言った。

「最初に言ったはずだぞ。『この街で男狩りをするつもりは無い』と。確かに最初は、経験と学習を積むための滞在だと、ただそれだけの事だと思っていた。だが、お前と出会い、言葉を交わし、生活を共にする中で気づき、決めたのだ。“この男を……心に傷を負い、女に愛され守られる事を知らぬこの男を、私のものにしよう”とな」

 その言葉を聞き、「そ、そうだったのか……」と驚いていた僕へ、彼女はこうも言った。

「それに、お前には得体の知れない魅力があったからな。表情、言葉、態度、仕草、過去の傷……それらにいちいち女の下半身を刺激するものがあった。正直、仕事中や料理中のお前を何度襲ってやろうかと思ったか、わからないくらいだ」

 そして彼女は、出会ったあの日の夜に見せたあの視線……猫科の猛獣のような、しなやかで冷酷な視線を向けるのだった。

「日々、一人の部屋で濡れた自分自身を慰めながら、私は決意したのだ。“この街で男狩りはしない。しかし、全てが終わった日に、あの男を狩る”とな。そして……一生幸せにしてやろう、とな」

 その時、馬車がガタンと大きく揺れた。
 ついバランスを失ってしまった僕は、彼女の胸にぐらりと倒れこんだ。
 ……すると彼女はスッと僕の手を取り、それを自らの秘所に引き込んだ。
 何もしていない、ただ会話をしていただけなのに、そこは既にぐっしょりと濡れていた。

「私は、お前の心と体を捕らえる事に成功した。アマゾネスとして、ついに一人前の戦士になったのだ。私は今、これまで感じた事が無いほどの歓喜に包まれている。さぁ、覚悟をしておけよ。里に着き、長に報告が済み次第、婚礼の宴を始めるぞ」
「こ、婚礼の宴って……ど、どんな?」

 その燃え滾る瞳の色に気圧されながらそう訊ねた僕へ、彼女はこう告げた。

「そうだな……彼女に見守られながら行ったあの契りの、五十倍強とでも考えておいてくれれば、それで良いだろう」
「ご、五十倍……っ!?」

 一瞬にして、僕の目の前は真っ暗になった。
 そして、「あ、ヤってヤられて死ぬんだな」と、そう思った。
 この本があなたの手元に届いているという事は、幸いな事に死なずに済んだという事を意味している……とは言え、「あれは本当にヤバかったです」と、それは明確に伝えておきたいと思う。
 交わりが交わりを呼び、一つの官能の声が重奏の叫びと化す、あの宴のことを……。

 アマゾネスが広く知られ、恐れられている理由。
 それは、ただ彼女らの戦闘能力にのみ起因するものではないのである。


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 ≪ 魔物と結婚した皆さんへ、50の質問 〜 あとがきより抜粋 ≫

 この本を企画、編集した私の部下は、同じくこの本の編集に加わったアマゾネスの乙女と結ばれ、その里へと旅立っていきました。
 しっかりしているようで間が抜けていて、要領が良い様で実は不器用な彼ですが、清く強く正しい心を持った彼女と結ばれた事によって、後悔のない素晴らしい人生を歩み出したと言えるでしょう。
 その詳細は、この本と同時に発売された《アマゾネス美少女滞在期》に詳しく記されておりますので、お買い上げの程、なにとぞよろしくお願いいたします♪

 彼の後を引き継ぎ、この本の編集を行う中で感じたこと。
 それは、人生の不思議であり、縁というものの無限性であり、愛というものの普遍性であり……。
 恥ずかしながら、私はいまだ独り身の女ではありますが、皆さんが色とりどりに描いた愛の軌跡に触れ、改めて『生きる事と、愛し愛される事の意味』について考える日々を重ねています。
 しかし、いいえ……もしかするとそれは、理屈として考えるものではなく、あるがままの心で感じる事によって、はじめて理解出来るものなのかもしれませんね。
 いやはや、私もまだまだ未熟者でございます。

 それでは最後に、この本をこの世に生み出した彼への質問とその答えを記し、全ての作業を終えたいと思います。

 皆様の日々に、無限の愛と平和が共にありますように。

 ナドキエ編集&出版社 社長 カタリーナ・ナドキエ


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≪ 最後の質問です
  あなたは今、幸せですか? ≫


・アマゾネスを妻に持つ男性
はい。
言葉では表現しきれないほどに、両手では抱えきれないほどに、幸せです!

09/10/30 06:58 蓮華


例えば、朝食を作るトントン、コトコトな音で目が覚めるとか。
例えば、裸エプロンでお出迎えとか。
例えば、YES-NO枕(YES-YES枕でも可)を設置とか。

そういうベタな新妻的攻撃をアマゾネスに加えたら……
一体、何がどうなってしまうんでしょうね。

干からびるまで求められるなら、
それはそれで幸せであるような気もしますが……ね?
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33