読切小説
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あの子は可愛い後輩
「ありがとうございましたー」

ふぅ、やっと一息つける。
俺は山木コウタ、とある親魔物都市の、しかし親魔物都市では珍しい【普通の】ファミレスでバイトするしがないフリーターだ。

魔物娘が当然のものとして受け入れられて久しい今日だが、なんでもかんでも魔物娘のエッチなサービスが付随するというのでは疲れるという層が一定数いるのも事実。
そんなわけでここのスタッフは人間、もしくは性に積極的でない魔物娘……というか、きちんとスイッチを切り替えられる魔物娘だけで構成されている比較的健全な空間となっている。

今日は学生たちにとっては春休みの平日、時刻は昼過ぎ。
ご飯を食べるには遅く、おやつの時間には早い微妙な時間で、その証拠というわけでもないが店内は今帰ったお客さんで最後のスカスカ状態。
客席を片付けながらも窓から差し込む暖かな陽光になんだか暇具合も相まって少々眠気さえ覚えてしまう。

くぁ、と小さくあくびをかみ殺すと、レジの置いてあるカウンター付近で備品の補充をしていた女の子がこらえきれなかったとばかりにえへ、と笑う。

「えへへ、眠そうですね?」

「あー……まあ、ははは」

微笑ましいような目線を向けてくるその女の子は清宮藍(しみやあい)ちゃん、直接は聞いていないけどおそらくは人間の、自分よりちょっと遅れてこの職場に入ってきた学生バイトさんだ。
艶のある肩までの黒髪を今は後ろでまとめて、ちょっと短めのポニーテールみたいにしているのが特徴といえば特徴だが、そんなことよりももっと大きく単純な特徴としては、とにかく可愛いのだ。
厳密にいえば自分の好み、となるのだが、すらっとした全体のシルエットに小さなお顔、くりくりとよく動く黒目がちな大きな目に、桜色に色づく頬、艶やかなピンク色の唇、小さくもツンと程よく高い鼻、照れたようなはにかみ笑顔に、ちょっとしたことでよく赤くなる耳、すべてがどストライクに愛らしい。

そんな子だから同じ職場に入ったときは内心狂喜乱舞と言っていいほど喜んだ。
誰だって数時間同じ場所で頻繁に顔を合わせるのなら可愛い子のほうが嬉しいだろう。

そしてその可愛さにまだまだ慣れずに居たりする自分もちょっと情けない。
隙を見事に目撃されて今のように笑いかけられたりなんてすると、年上ながらどぎまぎしてしまい、空笑いしながらそっぽを向いて誤魔化すぐらいしかできない。

客席を拭き終えてカウンターに戻ると、ちょうど補充を終えた清宮ちゃんと目が合う。

「こうも暇だとつい、ねぇ、最近夜更かししがちってこともあるんだけどさ」
「あはは、夜はちゃんと寝ないと、健康に悪いですよー?もう。
……でも、確かに今日はちょっとお客さん少なくて暇ですねー、さっき店長さんもシフト調整してくるって奥に行っちゃいましたし……」

ゆっくりと肩が触れるくらい近くに彼女が寄ってきて、同時に彼女の髪からふわりと香る薄く甘いようないい香りに脳を揺らされる。
ずっと嗅いでいたくなるような、今まで嗅いだことのないくらいにいい香りなのに、不思議と嗅ぎ慣れていて心が落ち着くような、そんな香りだ。

ころころと笑いながらこちらの顔を見上げてくる彼女は、人好きのする笑顔のまま薄く目を開き、一呼吸開けて。

「今なんてもう、二人っきりになっちゃいましたもんね?」
「そだねー、今のうちにお土産コーナーとかも出た分足しちゃおっか。」

こうやって、たまにものすごく思わせぶりなセリフを突っ込んできたりする。
しかしモテない歴生まれてからの百戦錬磨のこのコウタくん、もしやこんなかわいい子が自分に好意があるかもなんて勘違いは致しません。

……そう、可愛い子にはどうせ彼氏が居るのだ、今日日フリーの、しかも人間の美少女なんて絶滅危惧種なのだから、勘違いはしてはいけないのだ。

物理的に一歩下がり、自己を一瞬で戒めつつ華麗に今自分がバイトとはいえ企業人としてやるべきことなすべきことをピックアップすれば。

「……そうですね、さっきのうちに出たものメモしておいたのでお願いできますか?」
「うん、ありがと、ちょっとじゃあ今のうちに見てきちゃうよ。」

このように、当然としてスムーズに業務が進む。
一瞬間があったような気もするけれど、きっとほかに頼むことがなかったか頭の中で確認したのだろう、と自己完結し、彼女に手渡されたメモを見ると、販売された商品がわかりやすくきれいな字でまとめられている。

「相変わらず字がきれいでいいねー、俺へたっぴだからうらやましいくらいだよ」
「いえいえそんな、先輩の字、わたし好きですよ?」
「はは、ありがとー」

あんまりにも分かり易いお世辞だが褒められて悪い気はしない。
軽く礼を言って店の裏へ向かう……まったく、あんなふうに言われるとほんとに好かれてるんじゃないかと勘違いしちゃうじゃないか、あの子の将来が心配だよ。






(手強い……余りにも手強すぎますよ先輩)

私は清宮藍、見習いエンジェルの三期生です。

人の世に順応するために神界学校卒業前の現場実習として派遣されながらも、その地で私は運命の人を見つけてしまいました。
キラキラと輝き、何度も折れそうになりながらも立ち上がったことを示すプリズムのような光を放つ魂を持ったあの先輩に。

コウタ先輩に私はどうしようもなく惹かれてしまいました。

会った当日にはしたなくも我を忘れて告白してしまった今思えば頭を抱えて転がりたくなるようなあの体験も、先輩の中で何か勘違いされてなかったことにされてしまっているようなのです。

何をどう勘違いしたら「好きです!私と一緒に生きてくれませんか!?」というドストレートに振り切った告白に対して「……んえ?あ、なんだっけ?清宮さん、だよね?今日から同僚だしよろしくねー」なんてとぼけた返事ができるのですか。
あとあとさりげなく聞き出したり別の先輩にそれとなく聞いてみたりしたところ、他のお客さんの呼びかけで半分以上聞いてなかったようですが、あんまりです、朴念仁極まります。

そして出鼻を挫かれた私ですが、めげずに出退勤時の積極的な挨拶、空いた時間の世間話に織り交ぜた情報収集、レジで隣り合った時の偶然を装ったボディタッチに、バイトの制服の胸元から無防備にちょっぴり見えるようなチラ見せなど次々と好感度アップ作戦を繰り広げています、効果は微々たるもののようですが。
なんせ先輩の顔からは役得だなーとかラッキー、だとか、その程度の感触は得ますがすぐに他の仕事をしなくてはと逃げてしまうのです。
それは私だってその勤勉な性質は好ましく思いますが、女の子が勇気を振り絞っているのに……もう、もう!

今在庫を抱えて戻ってきた先輩にまた「暖房今日ちょっと強いですよねー、外朝寒かったから着こんできちゃったから暑くてー」とかいいつつ首元をパタパタ動かしたりするも、「はは、確かにそうだねぇ、エアコンだと空気乾くし接客で喉からからになっちゃうよねー、今のうちに水分補給しときなよー」とかいいつつ平然と脇をスルーして屈み込んで補充を始めてしまいます。

(ぐぅ……、やはり、強敵です)

こっそり嘆息し、そうですねーなんて言いつつ気づかれないように私は先輩の後ろに回り、そっと彼の首元に顔を近づけ。

すぅぅ……。

そっと匂いを嗅いでみた。

うん、ナイススメルです。
(……えへ、5点追加です。)

先輩にアプローチをスルーされ続け、いつしか私は彼に気づかれないようにそっと変態的な行動を始めるに至ってしまいました。

最初は今のように直接ではなく居た場所の残り香を嗅いだり(1点です)、彼が休憩中使ったコップを【偶然】洗ってないのに気づかず使ったり(10点です)といった遠回しなものでしたが、いずれ休憩室に置いてある彼の上着の首元に顔を押し当てたり(すごい満足感と充足感でした、50点です)、彼の使い終わった割り箸やストローをそっと持ち帰ったりなど……(持ち帰って以来毎日愛用、とても日々が輝いています、200点です)。

いえ、もちろん倫理的に考えてどう言い繕ったところでアウトです、わかってますよ?
だけど彼が悪いのです、こんなにも私の奥を刺激する匂いを、笑顔を、気遣いを、遠慮なく振りまいてくるのですから。

補充を終え、立ち上がるそぶりを見せた彼が勘付く前に、私はそっと離れて素知らぬ顔で紙コップに入れた水を飲みます。
彼が使った紙コップと、彼が使ったストローと、【彼の家の水道で汲んできた水で】。

……えへ。

また暇そうにしている彼のかみ殺す欠伸を愛しさを込めた眼差しで見つめながら、いつ私は彼の家を既に突き止めていることを、定期的に彼の家の床やトイレ、お風呂場を気づかれないようにお掃除していることを打ち明けようか、考えます。

そしてやはり同じ結論に達します、この彼への愛が一万点を超えたら、この思いを、この想いを、この愛を受け取ってもらおうと。

……えへへ。

「……ん?はは、また欠伸みられちゃったか、恥ずかしいなぁ」
「いえいえ、他の先輩方もお客さんも居ませんし、私だけなんだから気にしなくていいんですよ」

恥ずかし気に笑う先輩に、私の胸の奥がうずく。

ああ、もう少しで一万点、もう少しで。

今日も先輩が寝た後、お家にお邪魔しちゃいますね?

寝入ったあなたの寝顔を誰よりも近くで見つめて、あなたの寝息を一晩中取り込むために、あなたの全てを可能な限り受け止めるために。

そしたらいつか、きっと、きっと。

この愛、今度こそ受け取ってくれますよね?先輩。
16/03/26 03:12更新 / ぷー

■作者メッセージ
ちょっと強引な締め方になっちゃったのでそのうち修正するかも。
でもこういう愛の強すぎる子って愛しいですよね?

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