読切小説
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ゼロの心
※このSSには群馬の豆腐屋は登場せず、一切関係ありません!

 渓谷の頂上で、俺はグリフォンと戦っていた。俺の手には剣の姿をしたカースドソード。グリフォンは天高く飛び立った。
 俺は動じることなく、心を閉じ、剣に身を任せる。全身の感覚を研ぎ澄ませ、力強く飛び上がり、剣を縦に一閃。
 俺の剣はグリフォンの額をとらえ、切り傷は浅かったものの、戦意を失わせるには十分だった。

「勝負ありだな・・・」
 グリフォンは膝を地につけ、頭を下げた。
「トドメを差すがいい・・・!」
「俺の目的は後ろにある物だ。だからトドメを差す必要もない。」
 そう言い残して俺は宝の中の宝石を手に取り、立ち去った。

 俺は剣士だ。いや、魔剣士というべきかな。カースドソードを手に剣と魔法を武器に戦う。もっとも、剣はともかく、魔法は苦手なのだが・・・。
 俺の戦いに対する考えは独特だ。だが、俺はそれが最強の理論だと信じている。

 街に戻ると、俺はギルドの依頼所へ報告に行った。
「お疲れ様です! 今回の依頼は非常に厳しい物で、他に誰も受けてくださる方が居なかったので、助かりました!」
「だろうな。グリフォンが相手となれば、並みの戦士では歯が立たないだろう。」
「それで、宝石は見つかりましたか?」
「ああ。あったよ。グリフォンの巣の宝箱に。これだ。」
 俺は宝石をギルドの受付嬢に渡す。
「まぁ! ありがとうございます! この宝石にはとても多くの魔素が含まれているんです。これで魔術や魔導の研究が大きく進むと思います! それでは、こちらが報酬となります。」
「どうも。・・・いつもこれぐらいの報酬が貰える依頼があるといいんだけどな。」
「そ、それは難しいですね・・・。」
「何なら、隣の反魔物国の軍の大隊一つを潰してくる・・・でも構わないぞ?」
「それはダメですよ! ギルドは市民の依頼を解決するもの・・・戦争のためではありません!」
「そうだったな。じゃあ、また来るよ。」
「はい! お待ちしています!」

 俺は魔剣士だが、この街では特に魔剣士が必要とされるような戦いやいざこざは起きていない。街の場所はある親魔物国領の端にあり、橋の先には反魔物国家がある。
 たまに小規模の衝突は起きているが、この俺が呼ばれるほどのことはないようだ。

 他に副業をやろうと思ったけどどれも長続きせず、今の自分の収入源はギルドの依頼解決だ。と言っても、大半がしょぼい任務ばかりで、材料を取ってきて欲しいとか、悪さをする魔物を倒して欲しい(厳密には命を奪うことはなく、カースドソードが適当に加減して、一時的に眠らせるか、もう悪いことはしないと反省文を書かせてギルドへ持っていくだけ)という依頼ならまだいい方、中には村の雑用で機械の修理、庭の掃除、物資の配達など、これじゃあまるで便利屋だ。
 それでも、背に腹は代えられない。

 俺は魔物娘に戻ったカースドソードと共に酒場へ向かった。
「いっそのこと便利屋でも開業するかなぁ・・・」
「そんなお金ないでしょ。さ、折角大仕事をしたんだから、今日はパーッとやろう!」
「ああ。マスター。いつもの。」
 サテュロスのマスターがお気に入りの特性カクテルを作ってくれる。

 ここの酒場はサテュロスがやっていて、ワインが一押しらしいが、ビールやカクテルなど様々な酒を取り扱っている。
 自分とカースドソードはよく青いカクテルを飲んでいる。中身はよく分からないし、成分なんかも不明だが、危険で害のある物は使われていないらしい。この青いカクテルが、2人にとって「いつもの」だ。
 また、料理も美味しく、洋食も出しているが、いかんせん値段が高い。ここのハンバーグは美味しく、できれば毎日でも食べたいのだが・・・。

「今日は大仕事をされたそうですね。零の剣士?」
 サテュロスが愛想よく話しかけてくる。
「大仕事ってほどでもない。渓谷へ魔素の含まれた宝石を取りに行っただけさ。」
「グリフォンはどうでしたか?」
「強かったよ。でも、あの手の気性が荒い魔物はやりやすい。心をゼロにしてしまえば、相手の動きが手に取るように分かる。あとは、彼女に任せればいい。」
「出ました! 零の剣士のゼロ理論!」

 俺は心を無にすること、ゼロの状態にすることが、究極の剣を生み出すと考えている。ある程度熟練され、高度な材料が使われた優れた剣は、剣そのものが意志を持つ。
 それを操るのではなく、むしろ剣に身を任せることで剣の声を聞く。そうすればおのずと鋭くそして破壊力のある強力な剣術が完成する。
 心をゼロにする必要は攻撃面だけではない。敵の攻撃も、心をゼロにして、敵の剣の流れを読むことによって、簡単に防ぐことができるようになる。
 俺はこれを「ゼロ理論」と呼んでいる。このことから俺は「零の剣士」「零の魔剣士」「零」などと呼ばれている。

 だが、このゼロ理論を極めるのは非常に困難だ。まず、優れた武器、そして優れた防具がなければならない。そんじょそこらの店に売っている安物では駄目だ。
 そして何よりも、人間とは本来もろく、よわく、愚かなものだ。邪念や雑念、怒り、悲しみ、不安、恐怖、闘争心。これらは全て剣を鈍らせる。到底剣の声など聞くことなどできないだろう。
 人間と剣の一体化。それがゼロ理論の究極の理想、そしてゼロの境地である。

 このゼロ理論を実現するためには、カースドソードは非常に理想的な魔物娘だった。そしてこれも運命なのか、傭兵時代、遠い国の戦争に参加していて、ある城を制圧したあと、戦利品をいただこうと思って金になりそうなものを探していたところ、古びた剣を見つけた。この剣こそがカースドソードだったのだ。
 初めは戸惑ったが、意志を持つ剣というものに惹かれ、俺は彼女を手に取ることにした。
 その後完全に扱いこなせるようになるまでは苦労したが、今ではすっかり自分の体の一部となっている。

「ありがとうございました。またおこしください。」
「美味しかったよ。ありがとう。マスター。」
「また来るね〜」

 こうして俺とカースドソードは、家に向かった。

 俺の家は街はずれのスラム街にある。スラム街と言っても、別に治安が悪いわけではなく、単に古い家が密集しているだけなのだが・・・。収入が不安定な自分には、この古い家しか借りることはできなかった。
 部屋は二部屋だけで、台所とテーブルのある少し広めの部屋と、狭い寝室しかない。そして何よりもトイレが外にあって、ぼっとん便所なのが辛い。浴槽はシャワーがついておらず、お湯も薪で沸かしている。
 いつの日か大きくて広い家に住みたいというのが今の自分の些細な願いだが、カースドソードはこの家をかなり気に入っている。逆にそんな広い家に住んだら掃除が大変そうで嫌だと言っている。

 それからしばらくは雑用程度の依頼しかなく、報酬も少なかった。幸い、自分は大食いではないし、カースドソードは食事をしなくても平気(食べようと思えば食べれるが必ずしも食べる必要はない)ので定食屋へ行って安い定食を食べるぐらいのことはできる。だが、やはり酒場のサテュロスが作るカクテルとハンバーグが恋しい。
 自炊? 自分は自炊ができないのである・・・。カースドソードも料理は下手で、前に一度カースドソードの作った紫色の鍋を食べさせられて、その後倒れて病院に運ばれた。
 カースドソードの名誉のために言うと、実はこの鍋は魔物娘にとっては美味しいものであるらしい。

 そんな中、この街に勇者とヴァルキリーが向かっているという噂が流れ始めた。
「おいおい、知ってるか? この街に勇者が向かって来ているらしいぜ?」
「みたいだな。恐らく首都のリリム女王が狙いだろうけど・・・」
「今までリリム様に挑んで、勝った勇者何て居ないんだよな・・・」

 その噂は俺の耳にも入った。俺は知り合いのハーピーに本当かどうか空から確かめて欲しいと依頼した。
「じゃあ、頼むぞ。くれぐれも噂を確かめるだけでいい。間違っても戦いを挑もうなんて気を起こすなよ?」
「大丈夫です。あたし、そういう暴力的なこと嫌いですから。でも零さんもなんでそんなに勇者と戦いたいんですか?」
「それは、俺は魔剣士だからな。目の前に勇者が居るとすれば、黙って見過ごすわけにもいかないだろ?」
「そういうものなんですかねぇ・・・それでは、行ってきます!」
「あまり低空からだと反魔物国に見つかるぞ! 必ず高く飛ぶんだぞー!」

 勇者にヴァルキリーか・・・久々に魔剣士としての血が騒ぐ。俺が勇者を見過ごせない理由はいくつかある。一つは親魔物国に勇者が来たらトラブルが起こる恐れがあること。もう一つは教国の勇者だった場合、魔物領で布教などされたら大変だということ、そして、これは俺自身が魔剣士として、対になる存在である勇者に対して、戦わなければならないという使命感があることだ。

「とりあえず、彼女の帰りを待つか。それまで丘の上で瞑想して魔力と、そして心を整えておくか・・・。」

 数時間後、ハーピーが戻って来た。
「お〜い! 戻ってきたよー!」
「ありがとう。で、勇者は本当に居たのか?」
「居たよ。凛々しい顔でいかにも勇者って感じだった。あと、ヴァルキリーも一緒に居た!」
「やっぱり噂は本当だったのか・・・それもヴァルキリーも一緒とはな・・・こいつは厄介だな。」
 ヴァルキリー。中位クラスの天使だ。そしてヴァルキリーの属性は「聖」、俺の属性は「闇」。「聖」と「闇」。この2つの関係は単純そうで単純ではない。対極の2つの属性は、必ずしもどちらが有利というものはない。となると、使い手の力が強く反映される。

「奴らは今どこに居る?」
「反魔物国の王国から少し離れた村の宿に泊まってるよ。」
「そうか。ありがとう。」
 報告を終えたあと、ハーピーは飛び去って行った。

 カースドソードは魔物娘の姿に戻っている。
「で、どうする? 寝ているところを一気にやっちゃう?」
「そんなアサシンみたいなことはしない。俺は零の魔剣士。小細工は不要だ。」
「で、何か作戦はあるの?」
「作戦も何も、国境の平原で迎え撃つだけだ。広い場所で戦った方が都合がいい。」
「でも、あたしは剣になっちゃうし、実質ゼロは一人だよ? 勇者はヴァルキリーと2人。いくらゼロでも2体1は不利じゃない? だれか助っ人でも呼んだら?」
「おいおい。魔剣士と勇者の聖魔対決にそれは野暮だろう? 大丈夫さ。今まで通り、ゼロの心で戦う。そうすれば勝てる。必ずな。」

 こうして俺とカースドソードは街に戻り、回復薬とその他必要な物を買い揃え、国境付近の平原で野宿した。

 そして次の日。恐らく今日には勇者とヴァルキリーはここへ来る。

 ・・・来たか。俺はカースドソードを剣の姿に変えた。

「ん? 誰だい? 君は?」
 ついに勇者、ヴァルキリーを顔を合わせるときが来た。勇者は凛々しくも顔立ちの良い、典型的な正義の勇者という感じの印象だ。

「・・・気をつけて! こいつっ・・・!」
「どうも。俺は零。魔剣士だ。」
「魔剣士・・・魔王の手先か!」
「俺は誰の手先でもない。自分の生き方は自分で決めて来た。」
「魔王の手先でもないなら、僕たちが戦う必要もないんじゃないかな?」
「いや、それは違う。俺は魔剣士。魔を操る闇の剣士。ここから先は魔物国の領土。勇者であるおまえを入れるわけにはいかないのさ。」
「僕たちは別に全ての魔物を倒そうなんて考えていないよ? ただ悪さをする魔物と、魔王を倒すために戦っているだけだ。だから君の国で問題を起こそうなんて思ってないよ?」
「フンッ・・・どの道、魔剣士である俺と勇者であるおまえは相容れない存在。戦いは避けられない。さぁ、どうする? ここで引き返すというならば追いはしない。だが、ここを通るというのならば・・・」
 俺はオーラをまといカースドソードと心を一つにして戦闘態勢に入る。
「・・・駄目よ。こいつには何を言っても無駄だわ。中二病は死ななきゃ治らないし。」
「中二病か・・・ハハハッ そう言い続けられてもう何年かな! だが、俺にとっては最高の誉め言葉だ。」
「・・・戦うしか、無いみたいだね。」

 勇者、そしてヴァルキリーも剣を抜き、魔剣士と勇者の聖魔対決が始まった。

(剣の腕は悪くない。魔力は明らかにこっちが上だ。だが、ヴァルキリーが居る分、魔力のアドバンテージは活かせない。だが、そんなことは百も承知。敵が聖の魔法を使うのなら、俺はカースドソードを信じて闇の魔法で応じるのみ!)

「気をつけて! あの剣、カースドソードよ!」
「剣の姿をした魔物か! 魔剣士は呪いの剣も扱えるのか!?」
「まぁ! 呪いの剣だなんて! 失礼しちゃう!」
「奴の言葉に耳を貸すな。俺の心だけを意識しろ」

(クッ! 強い! 剣の腕は今まで戦った敵の中では最高かもしれない! それにスキが全くない! 非常にやりにくい相手だ・・・攻めは全く無駄がない! かと言って守りを固めているわけでもない。攻防一体とはこのことか・・・)

(ここまで来るだけあって、剣の腕も、そして剣自体もかなりの物を使っている。だが、その闘争心むき出しの戦い方では、剣の声など聞こえまい。闘争心全開の戦い方は、本人が意図せずとも必ずスキを作る。そのときがお前の最後だ!)

(強い・・・勇者様とここまで互角に渡り合うなんて! それにしてもあのカースドソードもだけど、魔剣士は不気味だわ・・・。まるで人と剣が一体になっているみたい。剣が互角なら、魔法は・・・!)

「無駄だ・・・」
 死角からヴァルキリーが火球を飛ばしたが、俺は全てを斬り落とす。

(ゼロの境地に入った俺に死角はない。剣の届く範囲に飛び道具のようなものがあれど、斬り落とすも避けるもたやすいことだ)

「そんな! 私の魔法が・・・」

(それにしても、この勇者の眼は本当に濁りがないな。燃えるような正義の炎が見て取れる。それに嘘偽りのない愚直でまっすぐな心。俺はそういう奴が大嫌いでね・・・必ずその首を落とす!)

 戦いの序盤は明らかに魔剣士が優勢だった。しかし、勇者とヴァルキリーがコンビネーション攻撃を取り始めた辺りから、徐々に展開が怪しくなって来た。

(コンビネーション攻撃か。勿論、それをやることは予想していた。息もぴったり、相性抜群とはこのことだな。まるで俺とカースドソードみたいだな・・・いや、違う? なんだ? これは・・・? 前に3匹1体のカマイタチを相手にしたときはこんな感じはなかった・・・それになんだ? この気持ちは・・・)

(残念だけど、あの魔剣士の腕は勇者様と互角。互角な戦士同士が全力を尽くして戦った場合、よくてどちらかが重傷、どちらかが死ぬ。悪くすれば、相打ち。ならば、私が少しでも勇者様を支えるしかない! 長く厳しい旅を今日この日まで続けてきた! 私と勇者様の相性は完璧だ。コンビネーション攻撃なら、突破口はあるかもしれない!)

(なんだ・・・? この苛立ちは・・・? こいつらのコンビネーション攻撃を受けてから変だ。確かにこのコンビネーション攻撃は強力だ。だが余裕で見切れるし、かわすこともできる。この勇者を見たときから気に食わないやつだとは思っていたが、苛立ちを覚えるほどでもなかった。)

(まずい・・・零の心が・・・これは、怒り? それとも苛立ち? 今までどんな相手にも、臆することも怒りを覚えることはなかったゼロが・・・一体どうして?)

「ゼロ! 集中して!」
「大丈夫だ!問題ない!」

(敵の剣がわずかだけど、鈍っているように見える。流れるような剣裁きが、少し乱れて、乱暴っぽくなっている。よし! 行ける!)

(クッ! 攻撃が激しくなってきた。敵のコンビネーションを見るたびにゼロの心に怒りと焦りが感じ取れる。まずい・・・このままじゃ・・・!)

(チッ・・・奴らを見れば見るだけ、心が乱れていいく。もう短期決戦で終わらせるしかない。大丈夫だ。ここで怯えないことが大事なんだ。ゼロの心を保ちさえすれば俺の勝ちだ!)

 俺は短期決戦を狙い、敵との距離を詰めていく。そして必殺奥義を繰り出す。

 俺は勇者とヴァルキリーとの距離が離れた一瞬のスキを狙い、勇者の懐に飛び込み剣を振るう。咄嗟に勇者は後ろへ飛んだ。

「うわあ!」
(チッ! 浅かったか・・・)

 俺の剣は確かに勇者をとらえたが、わずかに左肩をかすっただけだった。

「勇者様! よくも!」

 その直後、物凄い勢いでヴァルキリーが突っ込んでくる。
 俺はそれに対してカウンターを合わせるかのように、羽を狙って一振りした。

「グッ・・・は、羽が・・・!」
(ヴァルキリーの羽は聖素の塊。それを傷つけられれば当然魔力は落ちる。それに機動力も落ちるだろう)。
「よくも! お前だけは・・・絶対に許さない!」
 さっきまでとは打って変わって、怒りをむき出しにしてこちらに向かって来る。あれは捨て身の構えだ。恐らく必殺奥義だろう。ならばこちらも必殺奥義で応じるのみ!

「でりゃああああああ!!」
「勇者様! ダメです!」

 二人の剣が同時に交わる。
「ぐわあああああああ!!」
「うわあああああああ!!」

 俺はついに勇者の腹に深手の傷を負わせることに成功した。恐らく、致命傷にはならないだろうが、傷は内臓にまで達しているだろう。
 だが、その代償は俺も大きかった。俺も勇者の剣を体から斜めにくらい、深手の傷を負った。

「勇者様! 一度体勢を立て直しましょう!」
 勇者とヴァルキリーはアイテムで反魔物国の国境近くの村へとワープした。

「ゼロ! 大丈夫!?」
「クッ・・・まさか最後の最後で不覚を取るとはな・・・零の魔剣士の名が泣くぜ・・・」
「待って! すぐ病院に連れて行ってあげるから!」
 カースドソードはアイテムを取り出し、魔物国の病院へワープした。

 病院のベッドで治療を受けて3日目、ようやく傷が回復した。幸いにも、偵察を依頼したハーピーによると勇者とヴァルキリーはまだこちらの領土に入って来てはいないらしい。恐らく国境付近の村で療養でもしているのだろう。
 当然だ。あれだけの傷はすぐには回復しない。ヴァルキリーの羽は回復するのに時間がかかるだろう。
 
 俺は国境付近の平原で、再び勇者達を待ち続けた。
「来ないな・・・。」
「案外、前の傷で死んじゃったとか?」
「いや。あいつはそんなにヤワじゃない。それにあの程度のダメージなら、ヴァルキリーなら白魔法で簡単に治療できる。」
「なら、迂回してるとか?」
「それもない。奴は必ず来るはずだ。・・・今日も野宿になりそうだな。」
「じゃあ、あたし森に行って薪でも集めてくるね。」
「ああ。頼む。」
 カースドソードは近くの森へ向かい、俺は荷物からアウトドア用の食料を取り出して夕食の準備をする。
 しばらくしてカースドソードが薪を集めて戻って来た。薪に火をともす。
「今日は冷えるな・・・。火の管理は俺がやる。おまえはゆっくり寝ていいぞ」
「いいの? 零は寝なくて?」
「心をゼロにして寝るから大丈夫だ。火の消え具合も分かる」
「万能ね〜ゼロ理論って」
「最強の理論だからな。じゃあ、おやすみ。魔力をしっかりと蓄えてくれよ。」
「うん。おやすみ。」

 カースドソードは魔物娘の姿のまま、寝袋に入って目を閉じる。こうして見ると、女の子みたいだな・・・でも、俺にとっては・・・あれ、何だろう? 前の俺なら彼女を剣としてしか見ていなかったが・・・まぁいい。余計な事は考えないで、俺も寝よう。ゼロの心になるには、余計なことを考えない方がいい・・。

 それから数日が経ったが、一向に勇者は現れなかった。
「もう諦めたか死んだんじゃないの〜」
「どうかな・・・。奴はそんな弱者の眼じゃなかった。」
「ねぇ、このままここで野宿し続けるより、いっそのことこっちから攻め込まない?」
 確かに、持ってきた食料も底を尽きている。

 カースドソードの言うように、こちらから勇者の療養している村まで行くのもいいかもしれない。回復していれば決着をつける。まだ療養しているならトドメを差すなんて野暮なことはしない。諦めて帰ったのなら、俺の見込み違いの半端者の勇者だったということになる。
 だが、この先は反魔物国の領土。魔剣士の俺が動けば背後の王国も黙ってはいまい。

「よし。行くぞ。だが、この先は反魔物国の領土だ。つまり、敵地になるわけだ。これから先、目に映る者は全員敵だということを忘れるなよ?」
「大丈夫。不審な奴が居たら斬るわ!」
「・・・問題ごとも、起こさないようにな。なるべく、穏健に行くぞ」

 俺はカースドソードを剣の姿に戻して鞘に納め、反魔物国領の国境付近にある村へ向かった。

 国境付近の村へ着いた。村は緑豊かな田舎という感じだった。人々ものんびりと暮らしているように見える。そして小さな教会がある。くれぐれもあそこへは近づかないでおこう。
 勇者は恐らく宿屋だろう。俺は宿屋へ向かった。

「あの、すみません。私は王国から派遣された魔術師です。勇者様が深手を負ったという知らせを受けたので、治療にやって来たのですが・・・(大嘘)」
(うわ〜 なんて大嘘〜 剣士が泣いて飽きれそうね〜)
(シッ 黙ってろ! 気配を悟られたらマズイ。嘘も方便だ!)
「ああ! これは王国の魔術師様! 残念ながら、勇者様とヴァルキリー様は旅立たれました。」
「そうですか。どちらへ?」
「さぁ〜・・・そこまでは聞いていませんでしたが、恐らくまた国境へ向かったのではないかと。」
「わかりました。ありがとうございます。できれば、勇者様が泊まっていた部屋を見せてもらってもよろしいですか?」
「どうぞ。」

 俺は宿主から勇者とヴァルキリーが泊まっていた部屋を調べることにした。
「微妙に、魔力の後が感じられる。恐らく、ここで白魔法を使って治療していたみたいだな。だが、わずかだが、それ以外の魔力も感じる・・・。このような質の魔力を感じるのは初めてだ。白魔法に似ているが、違う。おまえは何か分かるか?」
「・・・これは性魔術ね。」
「”性”魔術? ”聖”魔術じゃないのか?」
 カースドソードは少し顔を赤らめながら、性魔術について説明を始めた。

「性魔術は性交。つまりセックスによって行われる魔法。その用途や種類はいろいろあるけど、ここでは恐らくセックスによって勇者の治療を行っていたのよ。その証拠に、わずかだけど精気を感じるわ」
「そうなのか(精気を感じることは俺にはできないな)」

 俺は部屋に手掛かりがないか調べてみた。部屋はやや狭いが小綺麗にまとまった泊まり心地の良さそうな部屋だった。
 ベッドを調べたとき、いくつかの手掛かりを発見した。
「これは・・・羽だな。ヴァルキリーの。その証拠に、聖素を感じる。」
「こっちにもあったわ。ここに泊まっていたのは間違いなさそうね。今はどこに居るかわからないけど・・・。」
「ん? ちょっと待て。これはなんだ?」

 部屋には1枚だけ、黒い羽が落ちていた。この羽はわずかに聖素を残しているが、同時に魔素も感じられる。
 こんな物は俺は今まで見たことがなかった。ヴァルキリーの羽から魔素を含んだ羽が生えることなど有り得るのか? 俺は黒い羽をポケットにしまった。
 他に手掛かりは何もなかったため、宿屋を後にした。

 手掛かりはわずかに掴めたが、肝心な勇者の居場所は分からない。仕方ない・・・リスクは高いが、村人に聞いてみるか。村長なら何か知っているかもしれない。
 俺は村人に村長の家を聞き、村長の家を訪れた。

「どうも。私は勇者様の治療をしにやって来た王国魔術師です。勇者様は?」
「数日前、ここを旅立たれましたよ。そのときは既に、勇者様もヴァルキリー様も完全に回復されていたようで。」
「そうですか(やはり傷は完全に癒えているらしいな)。それで、その後はどちらへ?」
「さぁ・・・それは言っていませんでしたねぇ・・・。ただ、気になる点と言えば・・・ヴァルキリー様の表情が、何というか、少し微笑んだような表情でした。ヴァルキリー様は真面目で、あまり笑わないものだと聞いたことがあったので・・・」
「なるほど。分かりました。ありがとうございます。」

 村長と会話したが結局手掛かりは得られなかった。これ以上この村に居る意味はなさそうだ。俺は村をあとにしようとした。

「あなた! 待ちなさい!」
「何か、ご用ですか?」
 見るからに旅の魔導士という感じの恰好をした女性に呼び止められた。まずい・・・感づかれたか?
「あなた何者?」
「王国から派遣された魔術師です。ちょっとした依頼で・・・」
「ふ〜ん・・・じゃあ、何で剣何て持ってるの?」
「ああ、これは・・・私の趣味ですよ。剣のコレクションが趣味なんです。昔から剣士に憧れていたもので・・・ハハハッ」
「もうとぼけなくていいわ。あたし分かってるから。正体を見せなさい! 邪悪なる魔剣士」
(チッ! やはり感づかれていたか! 戦士ならともかく、魔導士に出くわしたのは不運だったな!)

「やはり隠し通せないか・・・。だが、邪悪なる魔剣士なんて呼び名は聞き捨てならないな。俺には零の魔剣士という立派な通り名があるからな」
「零の魔剣士!? この先の魔物国最強と言われている魔剣士なのね!? なら、尚のことここであなたを見過ごすわけには行かないわ!」
「やめておけ。今は戦う気分じゃない。それに、おまえでは俺の相手にならない。命が惜しかったら、見逃してやるから黙って目の前から消えろ」
(もう・・・零ったらどうも女絡みになると鈍いのかしら? そんな言い方じゃあかえって火に油を注ぐだけよ!)
「なんですって! 女だからったナメないでちょうだい!」
(こりゃあ、何を言っても無駄そうだな)

「もう正体隠さないでもいいよね〜 は〜い! 剣の魔物のカースドソードちゃんで〜す!」
(別に正体を出すのはこの際構わないけど、何でノリノリなんだ?)
「か、カースドソード! 呪いの剣を武器に使う何て・・・魔物まで居るなら尚更見過ごせないわね!」
 魔導士の女は戦闘態勢に入る。
(仕方ない。やるしかないか。おい、絶対に殺すんじゃないぞ? 軽く肉を切るだけだ)。
(分かってる。大丈夫よ)

 女の魔導士との勝負はすぐに着いた。俺は彼女の魔法攻撃をかいくぐり、彼女の腹に剣の柄で打撃を加えた。その一撃は女の魔導士の戦意を喪失させるのに十分だった。

「ああっ!」
「話にならないな。その杖も、おまえの魔力も。」
 戦闘を終えて立ち去ろうとしたが、村人がクワや鎌、包丁などを持って集まってきた。

「魔導士様! 大丈夫ですか!?」
「魔導士様! 私たちも戦います! あんな魔剣士、このままにしておけませんよ!」
「おい!魔王の手先! ここから先へは行かせないぞ!」

(やれやれ・・・面倒なことになって来たな・・・)
(ねぇ、どうする?)
(とりあえず、軽く肉を切り裂く程度にしておこう。追われたり王国へ通報されたら面倒だしな。少しでも時間稼ぎして、その間に魔物軍へ知らせよう)
「やめておけ・・・。無謀と勇敢は違うぞ?」
「う、うるさい! 我々には神の加護がついている! 恐れるな!」
「素人を斬るには剣士として気が進まないが・・・死ななきゃ分からんようだな」
「やっちまえー!」

 村人が一斉に俺に向かって突撃してきた。殺すつもりなど毛頭なかった。戦意を喪失させるだけで十分だ。
 大勢で突撃した村人達だったが、ほんの数秒で全員が地面に這いつくばった。
「ぎゃああああああ!!」
「いてぇ〜 いてぇよ〜」
「死ぬのはいやだあああああ!!」

 ま、一応急所は外してあるし、少し腹や腕の肉を切り裂いただけだから、村の医者に手当してもらえば問題ないだろう。最悪、包帯を巻いて止血しておけば問題ない。ばい菌が傷口に入らなければ問題ないだろう。
 アクシデントは覚悟していたが、予想外に大きかった。俺はわずかな手掛かりを手に、村を後にして街に戻った。

 後日、街の魔物軍に先日の件を報告しておいた。敵対している反魔物国家の国民とは言え、一般人を傷つけたことに関しては注意を受けたが、殺傷者を出さなかったため罪のお咎めはなしとなった。今後、国境付近に警備隊を配置して警戒しておくとのことだ。街の住民は呑気なもので、たとえ反魔物国の軍が攻め込んできても、魔物軍にかなうわけがないと考えているし、街中にもたくさんの魔物娘が住んでいるのだから問題ないと思っているのだろう。まぁ、俺が居るから俺が奴らを倒してしまえば済む話だが・・・俺にはお呼びはかからないだろう。

 俺は馬車で(魔剣士優遇制度で魔物王国へは無料)親魔物王国の首都へ向かった。そして知り合いの魔導研究所を訪れた。
「あら、珍しいわね。あなたがここへ来るなんて。」
「ちょっと、調べてもらいたい物があってな。」
「へぇ〜 さらに珍しい。何を調べて欲しいの?」
「これなんだが・・・。ヴァルキリーの居た部屋に落ちていたんだ。おかしいと思わないか? ヴァルキリーからこんなに魔素を含んだ羽が生えるわけがない」
「ああ、これはダークヴァルキリーの羽よ。」
「ダークヴァルキリー?」
「ええ。まぁ、堕天したヴァルキリーのことね。そんなに珍しいことじゃないわ。最近はちょくちょく報告例が出て居るし、首都なら居住している者も居るわ」
「へぇ・・・そいつは知らなかったな。ん? 待てよ? 実は・・・」
 俺は今までの経緯を話した。

「ふ〜ん。相変わらず勇者を見ると熱くなっちゃうのね。」
「熱くなんてなってない。勇者が王国首都へ来たら大変だろ?」
「全然問題と思うけど・・・まぁ、そのヴァルキリー、勇者とセックスしたことで処女を失って堕天したのね。恐らく今頃は完全にダークヴァルキリーになっているわ。その勇者ももう恐らく勇者じゃないでしょうね。インキュバス化しているはずよ。」
「そうか。なら、もう追う必要もないな。ありがとう。」
「あ、零!」
「なんだ?」
「そのカースドソードだけど、ちゃんと大切にしてる?」
「え? ああ。そりゃあ、、武器のメンテナンスは大事だから、油を使って磨いたり砥石で研いだりしているよ。それにご飯もちゃんと食べさせてる。」
「そういう意味じゃなくて・・・もう! そんなんだと、そのうち怒りが爆発してひねくれちゃうわよ!その子!」
「ど、どういうことだ?」
「自分で考えなさい! じゃあ、あたしは戻るわね。」
「ああ。今日はありがとう。」
 どうもこいつは時々掴みどころのないというか、理解に苦しむことを言うんだよな。研究者ってみんなこうなのか?
 とりあえず、勇者の件はこれで片付いたみたいだ。・・・またしばらく、ギルドの依頼で雑用と素材集めかな・・・。

 数日後、異変が起きた。
「おかしい。おい、調子でも悪いのか?」
「別に。」
「そうか・・・じゃあ、俺が調子悪いのかな・・・少し休むか。」
 剣が鈍っている。それに剣の声が聞こえない。今まであった一体感が薄れている。俺が自分の心をゼロにできていないのか・・・? どうなっている?
 それにカースドソードも何か変だ。どうも最近冷たいというか、怒っているというか、話をしようとしても不機嫌そうな態度を取る。何か悪いことをしてしまったのだろうか・・・。

 それからというもの、日に日にカースドソードは機嫌が悪くなり、今ではすっかり拗ねて剣の姿になり、ベッドから出なくなってしまった。持ち運ぼうとしても重くて運べない。これは頑なに拒否している合図だ。
 ギルドの依頼も最近は自分一人で行っている。素材探しや掃除、機械の修理を一人でやるのは大変だ。特に素材探しは自分は苦手で、カースドソードは素材探しが上手かったので、彼女がどれだけ助けになっていたかが分かる。

「悪い。今日も素材集めの依頼で。」
「いいのですか? 今日は盗賊団の討伐が依頼されていて、報酬もそこそこですが・・・」
「今、ちょっと不調でな。カースドソードが不機嫌なんだ。」
「喧嘩でもしたのですか?」
「いや。急に不機嫌になって、気づいたらベッドから出て来ない。」
「あらら・・・それはきっと・・・」
「なんだ?」
「ふふっ まぁ、とりあえずカースドソードちゃんを大切にしてあげればいいんですよ。一緒にベッドで寝てあげたらどうですか?」
「一緒にベッドでって行っても、俺の家ベッド一つしかないから、ずっと一緒に寝てたんだが・・・」
「ふふっ じゃあ、手続きを行ったので、依頼をお願いします。」
「ああ。行ってくるよ。」
「行ってらっしゃ〜い!(零の魔剣士さんも鈍いですが、カースドソードちゃんも案外女の子らしいところありますね!)」

 その日の夜、俺は酒場で飲んでいた。カウンターではサテュロスがシェイカーを振っている。
「なんでかなぁ・・・」
「どうかなされましたか?」
「カースドソードが完全に引きこもり。これじゃあ魔剣士じゃなくてただの便利屋か街のお悩み解決屋だぜ・・・」
 俺は安物のビールを飲む。本来なら高難易度の依頼をカースドソードとこなして、カクテルかワインを飲みたいんだがな・・・。

「なるほど。まぁ、彼女の気持ちも分かりますよ。」
「なんか、いろんな人に、カースドソードを大切にしろって言われてるんだよ・・・マスターもかい?」
「ええ。私もそう思っています。」
「俺は今までカースドソードを雑に扱ったことなんてないぞ? ちゃんと砥石もオイルもいいやつを使っているし・・・」
「ふふっ。そういう意味じゃあないですよ。魔剣士さん。カースドソードも魔物娘で、女の子なんですよ?」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味です。」
「分からないなぁ・・・」
 俺はビールを飲みながら、マスターに言われた意味を考える。


「いらっしゃいませ。」
 マスターが新しく来店した客に愛想よく挨拶する。その客は俺に近づいた。
「隣、空いてるかい?」
「ああ。どうぞ。」
「どうも。マスター。ピザ!あと、コーラ!」
「かしこまりました。」
(ピザにコーラか。ピザはともかく、酒場に来てまでわざわざジュースとはな。レストランにでも行けよって感じだな。ま、どうでもいいけど)。
 サテュロスのマスターは酒なしの注文にも愛想よく応え、ピザとコーラを用意する。
 そういえば厨房の奥には料理人が居るんだっけかな。何でも、西欧のどこだったか、その国ではパスタとピザや、トマトを使った料理が栄えている国出身の人間だったらしい。今はインキュバスと化しているところを見ると、サテュロスの夫なのだろうか?
「美味いな。俺の国のピザとは比べ物にならねぇ。マスターが作ってるのかい?」
「いえ。料理人の夫が。私はサテュロスなので、酒以外の知識はありません。」
「そうなのか。じゃあ料理人に挨拶したいな。悪いが、呼んできてもらってもいいか?」
「申し訳ございません。夫は接客が苦手で、恥ずかしがりなのです。」
「そうか・・・それじゃあ、このピザとても美味かったと伝えておいてくれ。」
「はい。伝えておきます。」
「できればうちの店に毎日配達して欲しいぐらいだな。」
「何かご商売されているのですか?」
「な〜に。しがない小さな便利屋さ。」
「そうですか。便利屋も、立派な仕事だと思いますよ。」
 
 何か馴れ馴れしいなこの客。でもさすがマスター。愛想よく応対してる。俺ならイラついて殴ってしまいそうだ。

「よぉ。あんたはこの街の人かい?」
 俺に話しかけて来やがった。めんどくせぇ・・・だけど、酒場の楽しい空気を壊すのは野暮だな。

「ああ。この街のしがないお悩み相談屋さ。」
 俺は前を向いたまま答えた。
「おい、話すときぐらい、こっち向いて話すのが礼儀だぜ」
 俺は男に肩を掴まれ、対面させられてしまった。

 そこには銀髪で赤いコート。背中には剣。だが、剣はむき出しで鞘はない。まるで男の背中に固定されているみたいだ。
 この男と眼を合わせたとき、俺は一瞬でこの男がただものではないことを感じ取った。

「・・・あんた。この辺じゃあ見かけない顔だな。何者だ? 魔剣士に似てはいるが・・・わずかに人間に見える。だがまともな人間じゃないな?」
「おいおい、初対面で随分な言い様だな!」
「あんたからはとてつもない魔力を感じる。それに、あんたの中にいる存在。そいつは何者だ? 魔物ではないし、かと言って精霊でもない。悪魔か?」
「そうだな・・・ピザをおごりな! そしたら全て答えてやる。」
「チッ・・・足元見やがって・・・」
「別にそんなつもりじゃなかったんだけどな。俺はピザが好きでね。」
 普通だったらここで軽くあしらって終わりだろう。だが、なぜか俺はこの男が気になってしょうがない。
 俺は少ない手持ちの金でマスターへピザをオーダーした。

「おう! ありがとよ! じゃあさっきの質問に答えてやるぜ。俺は確かに半分は人間じゃない。半分は悪魔なのさ。俺は生まれたときから体に悪魔が宿っていた。そのわけは・・・まぁ、これは身の上話だから野暮だな。まぁ、それで俺は普通の人間じゃあないってことさ。」
「なるほどな。もう一つ聞いていいか?」
「ああ。いいぜ。」
「あんた、さっき職業は便利屋だって言っていたな。それは本当か?」
「なんだい? 依頼したいことでもあるのかい?」
「いや。ただ、あんたは魔剣士か、それに近い物を感じる。さっきの説明を聞く限りな。そんなあんたが、何で便利屋なんてやっているんだ?」
「別に大した意味はないぜ。単に簡単に店を持てるからやっただけさ。便利屋なんて一軒家か、最悪無店舗でもできるだろ?」
「・・・本当のことを言ってくれないか?」
「まいったなーこりゃ。まぁ、アンタなら簡単に見抜いちまうと思ったけどな」
 男はコーラを少し飲む。
「便利屋ってのはただの飾りさ。本業は魔物退治。デビルハンターさ。」
「デビルハンター?」
「そうさ。特定の合言葉を、特定の顧客にだけ教えている。その依頼は、悪魔退治なのさ。」
「・・・見ての通り、この街は親魔物国家だ。人間と魔物が共存している。あんたは魔物娘を退治するのか?」
「ハハハッ それは野暮ってモンだぜ! さっきも言っただろ? 俺は依頼があった悪魔を退治してるんだ。最も、この辺の地域じゃあ悪魔や魔物の退治の依頼なんてまずないだろうがな。俺の地域には悪魔は居ても、魔物娘は居ないんだ。俺の国でもこうだといいんだけどな。それに・・・」

 男はコーラを一気に飲み干した。
「かわいこちゃんに手を上げるなんてみっともない真似、ファザーとマザーが聞いたら泣いちまうぜ。」
(めんどくせーな・・・こいつ)
 俺は立ち上がって店を出ようとしたが、男に引き留められた。

「おいおい、もう帰っちまうのかい? もっと語り合おうぜ!」
「俺の酒は飲み終えた。何も頼まないのに長居したら迷惑だろ?」
「いえ、どうぞ。せっかくいい雰囲気ですし、客席も余って居ますので。遠慮せず、ごゆっくりどうぞ。」
 サテュロスめ・・・どこがいい雰囲気なんだ・・・?
「それじゃあこっちもアンタのことを聞かせてもらおうか? いいかい?」
「いいぞ。そんなに面白いもんでもないがな・・・」
「いやいや! 俺はアンタに興味津々だ! で、早速聞くが、アンタは魔剣士なのかい?」
「そうだ。この街じゃあ零の魔剣士って呼ばれている。」
「へぇ〜 零の魔剣士か。興味深いな。何でそう呼ばれているんだい?」
「ゼロ理論さ。俺はゼロ理論を実践している魔剣士だ。だからそう呼ばれる。」
 俺はゼロ理論を男に一通り説明した。

「なるほど。こいつは興味深い。アンタ想像以上に面白いぜ!」
「おちょっくてるのか?」
「いや、そんなつもりはない。クールだぜアンタ。でもな。俺はその理論が腑に落ちないな。」
「どうしてだ?」
「確かにアプローチとしては間違っていないと思うぜ。だが、意志を持った生き物である以上、完全に心をゼロにすることなんて不可能さ。人間も、魔物娘もな」
「確かに、心をゼロにするのは容易なことじゃあない。長年の鍛錬が必要だ。だが、それを乗り越えてこそ、ゼロの境地へ入れる」
「それに、あんたのゼロ理論は闘争心も、愛も性欲も否定するんだろ?」
「そうだ。余計な感情は剣を鈍らせるだけだからな。」
「そいつは違うな。」
「なに!?」
 俺は自分の信じて来た理論を否定され、わずかだが怒りがこみ上げる。
「人間の心ってのはあんたが思っているほどヤワじゃない。確かにもろく、弱い者も居るだろう。だが、人間の心は、人間にだけ与えられた最高にして、最強の武器なんだぜ!」
「どういう意味だ?」
「闘争心や愛、性欲まで否定しちゃあ、人間の心の本当の強さを引き出せないってことさ。」
「何ともロマンチックな話だな。」
「それに、愛情や性欲を否定するんじゃ・・・あんたが使う剣はかわいそうだな」
「なんだと!? 何が言いたい!」
 俺は立ち上がり、男を見下ろした。

「まぁ、落ち着けって。別に俺はあんたと喧嘩しに来たわけじゃないんだ。」
「お客様。他のお客様の迷惑になるので、大声は出さないようにお願いします」
「ああ。すまなかった。」
 クソッ なんだかハメられた気分だ。
「気を悪くしたなら悪かったな。だが悪意があったワケじゃないんだ。俺は愛の尊さを複雑な生い立ちから知っているんだ。そして、今も父の正義、母の優しさを常に心に刻んである。」
 そう言って、男はペンダントの宝石を俺に見せた。
「俺も職業柄、意志が宿った武器を扱ったことはある。まぁ、残念ながら曲者ばかりでとてもあんたのいう武器との一体化には程遠かった。で、本題を話すが・・・」

「もしも、あんたの持つ剣が意志を持った、かわいこちゃんな女の子だったらどうする?」
 一瞬、背筋がゾッとした! こいつ・・・まさか・・・?」
「なぁ、あんた。俺のことどこまで知っているんだ?」
「おいおい、質問に質問で答えるなよ。あんたとは初対面だろ?」
「そ、そうだな・・・。まぁ、仮に・・・だ、その可愛い女の子が宿った剣があるとしたら、俺はそれをゼロ理論の実践に最も最適な剣だと思うが?」
「そうだな。でもあんた。さっき愛も否定していたよな?」
「ああ。戦闘に余計な感情なんて要らないしな。」
「まぁ、この際愛や闘争心が心を強くするということは置いておく。問題は、だ。その剣の女の子が、愛されずに扱われて来たらどう思う? 俺なら泣きたくなるね。心を通わせているなら尚更だ。」
「そ、それは・・・」
「たとえ姿形が剣であれ何であれ、心が宿っているなら、その武器に宿った心だって求めるはずだ。使い手と共に強くなりたい。一つになりたい。そして、愛されたいともな。」
 俺は気づいた。俺は最も大切なことを見失っていたことを。
「もちろん、あんたのゼロ理論は一理はあると思うぜ。闘争心や愛、性欲を否定しないならな。人間と武器の心が一つになれば、そりゃあ最高だろうな。俺はまだそんな経験はないけど・・・あんたなら腐るほど経験しているんだろ? だったら、そんなにいい剣を持っているなら、大切に可愛がってやらないと、泣いちまうぜっ?」

「・・・今日はありがとう。あんた、名前は?」
「おっと。こればっかりはこの場で答えるわけにはいかないな。でも・・・そうだな。もしまたどこかで会えたら、そのときには教えてやるぜ!」
「そうか。あんたとは・・・何故か根拠はないが、またどこかで会えそうな気がするな。そのときにはまた一緒に飲んでくれるかい?」
「もちろんさ! そのときは、あんたも本当の名を教えてくれよ?」
「ああ。 じゃあ、またどこかで会おうな! あ、一つおごっておくぜ。感謝の気持ちだ。マスター! ワイン!」
 俺は会計を済ませ、最後になけなしの金をはたいてワインを男へオーダーした。

「じゃあな!」
「グッドラック!」
 俺は店を後にした。
「・・・俺、酒は嫌いなんだがな・・・でも、感謝の気持ちと言われちゃ、受け取らなくちゃな。」
 男はワインを口に含んだ瞬間、苦みで顔を歪ませた。

 俺は家に戻ると鎧と荷物をそこら辺に置き、ベッドに向かった! 彼女は相変わらず、剣の姿のままである。

「・・・カースドソード・・・今までごめん。」
「・・・・」
「俺は、おまえを武器としか見ていなかった。何で今まで気づかなかったんだろうな。おまえは魔物娘だ。俺の、最愛のパートナーだったんだ。それに気づかないなんて、俺も魔剣士失格だな・・・」
「・・・・」
 話しかけても、彼女は剣の姿のままだ。しかし、わずかだが不穏な気が和らいでいる気がする。
 俺はベッドに入り、カースドソードを後ろから抱きしめた。剣の姿をしているが、刃は決して俺を傷つけない。そんなことは分かり切っている。
「ごめんな・・・おまえを武器としか見ていなくて・・・。」
 カースドソードが魔物娘の姿に戻った。
「・・・バカ・・・! 遅すぎるのよ・・・気づくのが。鈍すぎなのよ・・・あんた。」
「ああ。そうだな。」
「あたしたち魔物娘は人間の精が大好きなのよ? なのにあんたは一度もエッチしてくれないし・・・それにあたしに名前すらつけてくれなかった!」
「ごめん・・・。」
「それに、あんたの本当の名前すら教えてもらってない!」
「そ、それは・・・事情があって・・・」
 自分の本当の名前を教えなかったのには事情がある。
「ねぇ、聞かせて。あなたはあたしのことを何だと思っているの?」
「おまえは、俺の剣。そして、俺の最高の相棒。」
「それだけ?」
「う、うん・・・足りないか?」
「全く・・・あとさらに恋人、とか彼女、とか、お嫁さんって言って欲しかったわね!」
「・・・ごめん。」
「ふふっ でもいいわ。じゃあ、単刀直入に聞くね。あたしのこと、愛してる?」
「ああ。愛してるよ。今からそれを証明する。」
 俺は部屋のロウソクを全て消し、カースドソードを抱きしめたまま、2人で布団を覆いかぶせた・・・。

 その後夜から朝までぶっ通しでカースドソードとセックスしていた。俺は初めてで、早漏だった。一方、カースドソードはとても上手だった。
 気づいたら朝になっていた。

「ふぅ・・・今までの人生分の精子を出したような気がする。」
「ふふっ 緊張しちゃってとても可愛かったわよ。さすがにエッチのときはゼロになれないよね?」
「そ、そうだな・・・」
「まぁ、エッチのときは心をゼロにしたら楽しめないでしょ? だから、今後あたしとエッチするときは煩悩むき出しですること!」
「あ、ああ。努力する・・・。」
「あと、上の剣は一流でも、下の剣は三流ね。」
「ご、ごめん・・・早くて・・・」
「大丈夫よ。下の剣も、あたしが一流にしてあげるから! それと・・・名前。決めて欲しいな。零に。」
「そうだな・・・。う〜ん・・・」
 俺はしばらく考えた。

「リリー。どうかな?」
「うん! いい名前ね!」
「そうか。嬉しいよ。リリー!」
「うん! あ、あと教えて? あなたの本当の名前。」
「あ、ああ・・・笑うなよ・・・ヌルだ。」
「ふふっ・・・ふふふっ・・・」
「あ、やっぱり笑ったな! 昔からよく濡れ男とか濡れ剣士とか言われてからかわれて来たんだ! だからこの名前は墓まで持って行きたかったのに・・・」
「そうじゃないわ! ヌルって、ゲルマン語でゼロって意味よ。そしてあなたは零の剣士。それにゼロ理論。とことんゼロに縁のあるのね。」
「そうだったのか。・・・俺がゼロ理論を突き詰めて来たのも、運命だったのかもな。まぁ、少し理論の修正が必要だけど。とりあえず、本名はかっこ悪いから外では呼ぶなよ?」
「分かったわ。でも、家の中でなら・・・いいわよね?」
「もちろんさ! リリー!」
「愛してるわ! ヌル!」

 その後、零の魔剣士は2冊の本を出版した。一つは普通の剣、及び反魔物国家や魔法が使えない普通の戦士向けの本「ゼロ理論」。これは従来のゼロ理論だ。
 そしてもう一つは魔剣士、そしてそれを志す者、親魔物国家向けに執筆した「ゼロ理論・絆」だ。この本は従来のゼロ理論に、カースドソードを武器として扱うことの重要性と扱い方、そしてカースドソードと使い手の相性、そして愛の大切さを追記し、より洗練されたものとなっている。
 この本は後にベストセラーとなった。

 現在も零の魔剣士はリリーと共に戦い続けている。近年は反魔物国家からの侵攻や盗賊の出没など、国境付近は治安が少し悪くなって来ている。そのため、ギルドの依頼も戦闘が求められる高額な報酬の依頼が増えて来た。

「反魔物国軍の奴らがこっちへ向かってきているらしいな。」
「まぁ、恐らく人間の兵士だけでしょうね。数は100人ぐらい居るってハーピーが言ってたわ。」
「フッ 数だけのこけおどしの人海戦術か。まぁいい。さっさと終わらせて酒場で一杯やるぞ。」
「そうね。それと、夜は・・・」
「分かってる。夜は最高に熱くなるぞ。そのためにも、こんなところでへばってられないな。」
「そうね。」
「5分で手早く終わらせるぞ。」
「いいえ。1分よ。」
「おいおい・・・せっかちだな・・・ま、いいか。じゃあ、頼むぞ。リリー!」
「ええ! 零!」

 二人の心はより一層強く結ばれ、ゼロの境地に入りながらも、二人の心は強い愛と絆で結ばれ、その状態から繰り出される剣はより鋭さと威力を増していた。この二人を超える魔剣士は、今後数十年、あるいは数百年は現れないかもしれない。



 
18/01/15 20:02更新 / 風間愁

■作者メッセージ
カースドソードは武器の姿にもなれると図鑑に書いてあったので、カースドソードを武器に使う剣士が居てもいいかな?と思い書いたSSです。
元々のネタは掲示板に書いたリビングアーマーとカースドソードの2つを装備した魔剣士でしたが、複数の魔物娘を登場させてしまうと話を作るのが難しくなると思ったので、今回はカースドソードのみとなりました。
ゼロ理論にも元ネタがあります。箱根山にでも旅行に行ってみるといいかもしれませんね。

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