読切小説
[TOP]
ラミアの妻と4月1日
4月1日


桜の花が咲き、春の息吹を感じられる今日。



「そんなことはどうでもいい。今日はなんと言ってもエイプリルフールだ!」


エイプリルフール。そう、今日だけは嘘をついても笑って済ませることができる、素敵な日なのである。


「この日のために一ヶ月前からいろいろ考えてきたが…いよいよ今日が本番だ。」



主人は今日のためにとっておきの嘘を考えている。


「いざやるとなるとかなり罪悪感があるが、これくらいの刺激がないとな。早速、家に帰ったら実行だ。」


そう意気込んで、主人は家路を急いだ。






「ただいま…」


自宅のドアを開け、できるだけテンションを下げて中に入る。嘘のためのシチュエーション作りは既に始まっている。



「あらお帰りなさい。どうしたの、なんだか元気がないわね?」


出迎えてくれたのはラミアであり彼の妻である女性だ。美しく長いブロンドの髪、すらりと伸びた蛇の下半身が特徴的だ。


「うん。まぁ、ちょっとな。」

「なによ歯切れの悪い。まぁいいわ、とりあえずご飯ができているから、冷めないうちに食べましょう。」


玄関での会話もそこそこに、二人は食卓についた。






「それで、何かあったの?」


不安そうに主人の顔を覗き込む妻。

主人は一層の罪悪感を感じながらも、これから自分がやろうとしていることに胸を躍らせている。



「うん…実は、君に言わなければいけないことがあるんだ。」

「私に言わなければいけないこと?」



「うん、実は…」




ふぅ、と深呼吸をひとつ。そして












「俺、実は浮気してたんだ」

言ってしまった…


















がしゃん



「うわ…き?」

予想通りの反応だ。妻は持っていたガラスのコップを床に落とした。ガラスの破片と中に入っていた水が無残にぶちまけられる。


「ああ…黙っていようと思っていたんだが、もう隠し通すのも疲れたんだ。」


考えていた通り、冷静に言葉を述べる。


「浮気…なん…で?」


うつむいたままの主人、そして突然のことに動揺してしまい、放心状態の妻。


「…ゴメンな。」


主人は一言、謝罪の言葉だけを声に出す。


「そんな…私だけを大切にしてくれるって…」


妻はもう信じられないというような、恐怖や絶望、まるで世界の終わりでも見ているような表情を浮かべている。


「はじめはほんの出来心だったんだ…」


顔は冷静ながらも、内心ガッツポーズの主人。どのタイミングで嘘だとばらすか伺っている。





「出来心…そう、ふっ…ふふっ…」


突然、それまで状況を飲み込めていないようだった妻の様子が変わった。


「私が間違っていたのね…貴方を信頼した私が…」


それは主人が今までに見たことのないような姿。先ほどまでの表情とは打って変わって、不気味な薄い笑みを浮かべている。急に状況が変わり、少しあせりだす主人。


「浮気なんてしない。あなたはそう言ってくれたわ。そう、あれは嘘だったのね?」



主人、さすがにただならぬ危機感を覚える。そろそろネタばらしをしないと大変なことになりそうである。





「…妻よ、実は…ドッキリでした〜!」




主人はあらかじめ作っておいた『エイプリルフール♥』と書いてあるボードを取り出した。しかし





ガッ




「痛っ!」




妻はその長い胴体でボードを手から叩き落とした。おそらく怒りで周りが見えていないのだろう。



「あの…えっと…マイハニ〜?」


「ふっ…ふふふ…もう、終わりよ。私以外の女の臭いのついたあなたなんて…」



じりじりと彼女の胴体が主人の体に詰め寄る。ここは狭い室内、主人に逃げ場はない。


「なあ、嘘なんだって!おい、聞いてくれよ!」


「ねぇ、私の何がいけなかったの?料理おいしくなかったかしら?愛情が足りなかったかしら?私の体じゃ満足できなかったかしら?」


主人の体に巻きついた彼女は、うつろな目で主人を見つめている。


「だから冗談なんだって!…くっ…あっ…」


徐々に徐々に、彼女の体がきつくしまってくる。


「苦しいかしら?でも、私も苦しいわ。信じていた人に裏切られる気持ち、あなたに分かるかしら?」


主人は呼吸をするのも困難になっていた。
このまま死ぬのだろうか?そんなことさえ考えてしまう。しかし、現に今、士というものが目の目に迫っている。



「がっ…まずい…息がっ…」



主人は覚悟した、自分はこのまま絞め殺されるのだろうと。なんと惨めな最期だろうか。

いや、こんなひどい嘘をついてしまった愚かな人間には、ふさわしい最期なのかもしれない。そんなことを考えながら、主人は目を閉じた















「…おっ!?」

急に、今まで主人を締め上げていた体の力が抜けた。

主人は地面に倒れこみ、まずは大きく息を吸い込んだ。

「はぁっ…はあっ…はあ…」



何が起きたのかまったく理解できないまま、主人は妻のほうに目を向けた。








『エイプリルフール♥』









妻の手には、先ほど主人が叩き落とされたボードが握られていた。




「…えっ、なに、どういうこと??」




あたふたしている主人。先ほどと立場が完全に変わっている。

すると妻は




「ぜーんぶ分かってたわよ。今日はエイプリルフールですもの。」



得意げにこういった。主人の嘘ははじめから見破られていたのだ。



「ぜーんぶって…じゃあ、今までのは…」


「もちろん、あなたの得意げな嘘に付き合って演技していただけよ。」


「演技って…死にそうになったじゃないか!」


「私だって傷ついたんだから。浮気だなんて、嘘とはいえ、少しやりすぎなんじゃない?」


「うっ…ごめん、さすがにやりすぎたよ。」


「はぁ。エイプリルフールだからどんな嘘ついてくるかと思ったら、浮気だなんて。」


さすがに洒落にならない嘘だったな。と、主人は深く反省した。


「ほんとにごめん…あのさ」


どうにかしてこの恥ずかしいやら申し訳ないやら、ふわふわした気持ちを紛らわしたい主人。



「何よ?」


「もし、今日がエイプリルフールじゃなかったとして、同じ嘘をついたとしたら、どう?」

また怒られるかな?そう思った主人だが



「この期に及んで!でも、そうね…」





それは主人の予想とは大きく違っていた







「私は、あなたを信じてるから」







彼女のその言葉は、何よりも強く主人の心を締め付けた。

こんなに信頼を寄せられているのに、なんてことをしてしまったのだろう。
もう一生彼女を悲しませるようなことはしない。


主人は、堅く心に誓った。



13/04/01 23:45更新 / 早苗月まつろ

■作者メッセージ
間に合いました…

エイプリルフール、私は三回ほど騙されました!!

…はぁ、皆さん嘘はほどほどに

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33