連載小説
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二人、出会う。

 商売とはいわゆる信用が第一であり、約束を違えない事が成功の秘訣で礼儀でもある。もし、商売の途中で販売主が客に嘘をついてしまったら、悪評が世間を駆け巡り、その者は、客からも商売仲間からも信用を失い、それを取り戻すために、多大な苦労をすることになるだろう。
「とまぁそういう事なので、あちしの商品は誰々さんから盗ってきたとか、奪ったとかそういう事は一切ありやせんので、あしからず」
「いや、別に疑っていないけど」
「ゴブリンは悪戯好きだと思われてるけど、商売に関しては不正はしないんで、旦那も安心して見ていって下せぇな」
 熱弁する自分の背丈の胸元しか及ばないゴブリンに、男はそっけなく答える。
 これまで何度も同じ説明するのに慣れているのであろうゴブリンは、いたるところの服が破れている男を見ながら、自身の背丈の倍以上もある背中の荷を下ろした。
「その汗にまみれたくたびれた服、丈夫だけど糸のほつれも気になりつつある靴、ところどころひっかけたりして破れてる外套。 もちろん旅人用の衣装も十分に揃えておりますぜ」
「冒険者だった叔父さんが長年使っていた物を貰ったお古だしなぁ。 そろそろ買い替え時かもしれないけど、あまり持ち合わせがないんだ。」
「こうやって出会えたのも何かの縁。 もともと安い商品を、さらに格安でご提供いたしやすぜ!」
 少女が手早く商品を並べる。 男は開かれた荷を見てみると、へぇっと溜息をついた。 ジパングの手の込んだ着物から、砂漠で着られるようなフード付きの衣装、頑丈そうな鎧まで様々なものが、ところ狭しと並んでいた。 興味深そうにそれらを眺める男に、ゴブリンはにんまりと笑う。
 この旅人の男と会ったのは、つい先ほど。 痩せた木が申し訳程度にまばらに生えた荒野で、腰に短い剣をさしてぼんやり歩いているところを捕まえたのだ。性的な意味ではなく商売的な意味で。 あまり金を持ってなさそうなので少し気を落としたが、そこは商売人としての矜持で表には出さない。
聞けば、この痩せた男が旅に出たのはひと月前。 鍬を持って地面を掘る探せばどこにでもいる農民をしていたが、先月の地震で家と畑が崩壊。 生活が立ち行かなくなったので近所で仕事を探したが、他も同じような被害状況だったので、旅に出る事にしたらしい。
「へぇへぇ、よく無事でしたね」
「まったくだよ。 幸い俺の村は魔物娘が多くいてね。 ミノタウロスの奥さんが瓦礫の撤去作業をしてくれたり、エンジェルが看護をしてくれたりと、彼女たちのおかげで随分村人が救われたよ」
彼女は「そんな軽装で旅に出て、よく今まで野良魔物娘に襲われなかったな」という意味で言ったのだが、男は別の解釈をしてしまったらしい。
 何も出来ないと思っていたゾンビやスケルトンも、夜間中ずっと見回りをしてくれたと聞いたときは、本当に感謝したと嬉しそうに言う男を見て、ゴブリンの少女は、同じ魔物娘としての嬉しさと、埒な事を考えた自分を恥じた。
「それじゃ、このウェスト用のポーチはいくらになるかな?」
「ひゃい! え、えーと、これですかい?」
 衣服から雑貨に興味を変えていたようで、補強された少し大きめのベルトポーチを男は指差していた。
申し訳なさから意識が目の前に向いていなかったらしい。 彼女は奇妙な声を上げるが、男は気にした様子もなかった。 商売人失格だと自身を責めつつ、ポーチを見ると、無骨なデザインで、まだ旅慣れてなく、優男とも言えそうな男には余り似合いそうではない。 口に出して言えるはずもないが。
「失礼ですが、旦那のご予算はどれぐらいで・・・?」
 震災直後で金も十分ではないだろう。 商売なのでタダで上げる事は出来ないが、元値に近い金額まで安くしてあげようと少女は思っていた。
「だいたい、これぐらいまでなら出せるけど……」
「あー。 す、少し足りないかな、ハハハ……」
「さすがに無理だよなぁ。 気をつかわせたようで、えーと、ごめんな」
 男が提示した金額は、少女の考えていた値段の半分よりちょっと上程度の金額でしかなかった。 ポーチ自体はそれほど高くないはずなのだが、思った以上に男の経済事情は厳しかったらしい。
 子供のような体格の彼女に申し訳なさを感じ、肩を落とす男を見て、ゴブリンの少女が受ける必要のない罪悪感が胸を刺す。 他にも値段の安い商品はいくらでもあるが、それでも男の財布に大きなダメージを負うレベルだ。
携行品のアクセサリーを買うとは思わないし、置物を買っても本人がそれの扱いに困るだろう。 力自慢で、商売道具とあらばいくらでも持てる自分とは違い、旅慣れてない男には邪魔な物でしかない。
「それじゃ、食糧とか売ってる? ここ最近街によってなくてさ」
 気を利かせてくれたのか、男は話題を変えた。
「えぇ、保存食から旬の果物、虜の果実まで、十分すぎる程にありますぜ。 あちしは一昨日街に出てかなりたくさん仕入れたんでさぁ!」
「それじゃ、それも見せてくれるかな」
 へいっとゴブリンは愛想よく返事をして、大きなカバンの中に頭を突っ込んだ。


「旦那はどちらまで行くんですかい?」
「トワラトの方を抜けて、ベルテン地区に向かおうと思ってるよ。 君は?」
「あちしはクエントロの方に行こうと思ってやす。 久しぶりに故郷に顔を出そうかと」
 商売も無事に終わり、二人は小高い丘で仲良く食事をとっていた。 日は高く上っているが、この付近一帯は穏やかな風がよく吹いていて、非常に過ごしやすい。
 少女から買ったパンを頬張りながら、外套を脱いだ男は、日差し避けの木に背を付ける。 少女もまた同じように、痩せた木に背を預けていた。
「旦那の話し方は丁寧でやんすねぇ。 魔物に対しての嫌味もないし」
「魔物娘たちと育ったからだよ。 君の喋り方も結構独特だね」
「昔ジパングの人たちに行商を教わってて、いつの間にかこんな口調になってたんでさぁ」
 話し相手に飢えていた二人は、ゆっくりと流れる雲を眺めながら、ぽつぽつとりとめのない話を続ける。
「ゴブリンは集落で暮らすって聞いたことあるんだけど?」
「あー、あちしはこの通り変わり者でやんして。 どうも集団生活が馴染まくて、一人で旅をしながら行商を続けてるんでさぁ。 いや、そんな顔しなくとも友人はそれなりにいやすぜ? ただ洞窟で暮らすよりも、広い空の下でのんびり歩きながら過ごす方が好きなだけで」
「あぁ、それはよくわかるよ。 俺も今まで外で野良仕事ばかりしてたけど、旅に出るようになって初めて気づいたから」
 二人の前には、透けるような青空が広がっていた。
「こんな良い天気だと眠くなるなぁ」
「まったくでやんす。 眠ったら悪戯しやすけど」
少女は悪戯っぽく笑い、すぐ傍で少女に向けて、驚いたように目を見開く男を見た。
「あちしはゴブリンでやんすから」
「こんなところだけゴブリンっぽいなぁ。 まぁ害にならん程度に留めてくれよ。 あと性的には勘弁してくれ」
 魔物娘は総じて淫乱であるのは、この世界の常識であるゆえの発言だった。
「考えときやす」
 今度こそ声を上げ笑う少女に苦笑しながら、男は夏の陽気に敗北を感じつつ、目を閉じた。


 変化は急激だった。
 大きな揺れが辺りを襲い、地面を大きく揺らす。 僅かな振動で目を覚ました男は、それが何であるかを鋭敏に知覚する。 男にとって、それはつい最近その身をもって体験したばかりだ。 すぐさま、同じように陽気に負け、隣で眠っている少女に声をかけ、状況を伝える。
「起きろ、地震だ!」
「ふぇ、じ、地震!?」
 二人は慌てて傍に置いていた荷物を引っ掴み、木の傍を離れる。
 転びそうになる足を叱咤しながら丘を下り、木も岩も何もない開けた場所で足をとめた。
 揺れは未だ収まらず、二人は身をかがめ地震をやり過ごす。
 恐怖心からお互いの両手を握り合うが、二人は気にした様子もない。
 何かが倒れる音がするたびに、少女と男は小さく悲鳴を漏らす。
「酷い揺れでやんすね」
「俺の村を襲ったあの時の地震よりも酷いかもしれない」
 巨大な岩が大きく揺れ、木が何本も倒れていく様子を見ながら、二人は理由もなく小声で話す。 まるで意志を持った地震から、自分たちはここにいないと目を逸らさせるように。
「こないだはどれぐらいで収まったんでやんすか?」
「正直覚えてないんだ。 ほんのわずかの間だったかもしれないし、もしかしたらすごく長かったのかもしれない。 すぐに窓から家を飛びだして、獣対策用の柵にしがみついていたから。 揺れが収まっても、しばらく周りが揺れてるように見えたよ」
「揺れるのは姉御の胸だけで十分でやんす……」
 昔住んでいた集落で生活する姉御と称するホブゴブリンの胸を思い出し、ゴブリンの少女は溜息をついた。
「え?」
「うおわっ」
 その時ひと際大きな揺れが二人を襲った。 伏せた状態では反応する事も出来ず、大きく地面が裂け、二人は手を握り合ったまま暗闇に落ちていった。


「旦那、起きてくだせぇ! 旦那!」
「う、うぅ……?」
「旦那!」
 目をあけると、いたるところに擦り傷をつけた少女が、涙を流して男を揺さぶっていた。 そして、意識を取り戻したと見るや、その小さな身体で男を力いっぱい抱擁する。
「よかったよぉ、旦那。 生きてて良かった……」
「お互いにな。 君も無事で良かった」
「魔物は基本的に頑丈でやんすから。 でも人間はそうじゃないから、心配で心配で」
 そう言って少女は、愚図りながら男の胸元に顔を埋めた。 涙目で鼻水を流しながら男を安否を心配する少女の顔は、お世辞にもかわいいとは言えなかったが、男は言い知れない嬉しさに胸を詰まらせる。
 そして男は横たわった状態で、顔を上げる。 男の顔が驚愕に染まった。
 そして急いで身体を起こし、少女と自分の身体を確認する。
「よくあの高さから落ちて無事だったな」
 岩壁の高さはおよそ15メートルはあった。 普通なら身体のどこかの骨を折るか、最悪首の骨を折って即死していてもおかしくない。 それなのに男は自分の体を見渡してみても、節々は痛く、擦過傷はあれども、目立った大きな傷はどこにもない。
「へへっ、これがあちしたちを守ってくれたみたいでやんす」
 指差したのはひしゃげたカバン。 少女が背負っていた成人男性よりも巨大なカバンが、自分たちの身を守ってくれたのであろう。 中に入っていた衣服や食料もクッションの代わりをしてくれたのだと男は納得した。
「君には助けられたな」
「や、やめてくだせぇ。 旦那!」
 そう言って男は少女を下げた。 頭を下げることはあっても、下げられるのに慣れていないのか、少女は慌てて言う。
「もとはと言えばあちしが引きとめなければ、旦那は穴に落っこちたりする事はなかったんですし。 悪いのはこっちで……」
「そんな事はないよ。 地震は天災だし、予知できるのはノームぐらいだと思う。 君は何も悪くないさ。 それよりも」
 薬を塗らないと。 そう呟いた男は自分の背負っていたカバンから塗り薬を取り出した。 そして少女の擦り傷だらけの腕に揉み込むように塗っていく。 
 少女は顔をほんのりと赤く染めながら、黙って男のなすがままにされていた。


「旦那といると調子が狂っちまうなぁ」
 ゴブリンの少女はそう呟いた。
「ん、なんか言った?」
「いえいえ、なーんも言ってやせんぜ」
 そうかーと返事をして、男は火をおこす作業を再開する。 亀裂の幅は12メートルぐらいで、ちょっとした呟きもすぐ聞こえてしまう。 少女は内心危ない危ないと思いつつ、テントを作っていく。
 二人がまず話し合ったのが、いかに救助の要請をするかという事と寝床の確保をすることだった。
 ここの亀裂は、縦と横の幅はそう広くはないが、中から見た奥行きがどこまであるのかわからないし、行き止まりの可能性が高い。 また、絶壁となっており、自力で脱出は不可能と思われる。 ならば救助が来るまで、ここにいて負担を減らそうと言うのが二人の出した答えであった。
 雨はテントでやり過ごそう。 一緒に落ちてきた木を燃やして狼煙を上げて、救助を待とう。 なんとかなるさ、と二人はお互いに今できる事を始めた。
「旦那、ちょっと支えてくだせぇ」
「わかった。 少し待ってくれ」
 男は立ち上がり、少女のテントに手をかける。
 少女は男がしっかりとテントを支えているのを確認し、釘にハンマーを打ち付ける。 何度かハンマーの音が鳴り響き、小さなテントは完成した。
 その後、火を焚いた後、二人は簡単な夕食を取り、雨が降った時用の溜め池を作ったりしている間に、夜も更けていった。


「えーと」
「言わないでくだせぇ。 これ一人用なんですから」
 初日から汗まみれ、泥まみれとなった二人は、貴重な水で軽く身体を洗った後、テントに入った。 寝る時間としてはまだ早いが、狭い岩壁の間から見る空は、太陽を早々に隠し、火がなければ、目の前に立つ少女の顔をうかがい知ることすら出来ない。
「悪い、まさかテントが壊れているとは」
「はぁ、気にしないでくだせぇ。 仕方ねぇ事なんすから」
 軸を立てたはいいが、男の持っていたテントは紐が千切れており、寝床としては使い物にならなかったため、簡易テントとして屋根を4本の支柱で支えただけの物となっていた。日除けをする分にはいいが、風や雨がまったく防げないので、どうしたものかと困っていたが、ゴブリンの少女は特に気にする事もなく、自分のテントに招いてくれた。
 狭いテントの中に二人分の寝袋を押し込み、身体を横たえる。 そして低い天井を見上げながら、二人は深い溜息をついた。
「大変な一日でやんしたねぇ」
「まったくだ」
 これからの事に関しての不安は溢れるほどある。
「あちしたち、これからどうなるんでやんすかねぇ」
「きっと見回りのハーピーとか、通りがかりのシルフに見つけてもらえるさ。 この辺りは魔物と友好的だったはずだし、救助は必ず来るさ」
 恐らく2週間は耐えないといけない、という言葉を男は飲み込んだ。 ここから最寄りの街までは徒歩で半日程度だが、辺りに民家は無く、自警団も被災者の救助は、地震の影響を強く受けている街を優先するだろう。 自由奔放なシルフは、そもそも出会うこと自体が稀だ。
 不安は山ほどあるが、この少女の前でだけは、それを隠さないといけない。
 黙りこくった男を見て、少女は何かに気付いたように言った。
「心配しなくても食糧は分けてあげますのでご心配なく。 後で代金は請求するでやんすけど」
「申し訳ない。 次の街に着いたら、どこかで働く場所を探さないと」
「利子は月ごとに5パーセント。 娯楽用品も多少は。 あとは、衣服の貸し出しや、タオル、石鹸、ジパング産のうちわ等も揃えてるでやんす」
「さすがに商売人のゴブリンだな。 全部金とるのか……」
「まあ、無料にする手段もなくもないでやんすけど」
「なんとなく想像がつくけど、一応教えてくれ」
 少女が男に顔を向けた。 釣られて男も少女の方を見た。
「同衾。 性的な意味で」
「やっぱりか」
「そろそろあちしも旦那さんが欲しいんでやんすよ。 旦那が旦那さんになってもらうのも、あちし的には全然オーケーなんでやんすが」
 艶っぽさが欠片も無い状態で言われても、返答に困る。 男は困ったように頬を掻いた。
「……まぁそっち方面は無しの方向で」
「了解。 とりあえず今は二人で力を合わせて、生きて帰る事を目標にしとくでやんす」
 少女も本気ではないのだろう。 話は終わりとばかりに寝袋に顔を突っ込んだ。
 外は強い風が吹いている。 一人用のテントが軋む音を聞きながら、男も黙って目を閉じ、いくらかも経たないうちに寝息をたてはじめる。
「気長に待つでやんす」
 布団の中で呟かれた少女の小さな声は、男には届かなかった。


11/07/23 16:55更新 / 松月
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