連載小説
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酒よりも淫らに
 この近隣では最大の魔界である魔物たちの街にドラゴンが飛来した。
 夫もいないのに、ほとんど自分の住処から外に出ないので、魔物たちの間では密かにドラゴンのことを「ひきこも竜さん」など呼んでいた。
 そんなドラゴンが街にやってくる用事といえば、大きな戦争か財宝関連がほとんどであった。
 特に戦争となれば、人間の男を獲得するチャンスと独身の魔物たちの関心が寄せられるので、ドラゴンの来訪がすぐに街の話題になるのはいつものことだった。
 しかし、注目されていようが、されまいが、ドラゴンはそんなことは眼中になかった。そして、脇目もふらずに街にあるサバト支部に飛び込んでいった。
 サバトは、本来は魔王軍魔術部隊なのであるが、その長を務めるバフォメット――山羊の角を持つ幼い女の子の容姿をした魔物が「幼い体型をしたロリっ娘の素晴らしさを世界に知らしめる」という個人的な教義を広く世間に説くための宗教団体として大いに私用――もとい、活用していた。今ではもはや、魔術部隊であることの方がちょっとしたトリビアになっているぐらいである。
 魔界のちょっとした街であれば、必ずと言っていいほど、このサバトの支部があり、その支部長には必ずバフォメットが一人赴任している。そして、そこを拠点にロリっ娘とその愛好者の勢力拡大を、肉体的にも精神的にも嗜好的にも、精力的に活動している組織、それがサバトであった。
 もちろん、そのサバトを構成するメンバーはロリっ娘である。一般的には魔女と呼ばれる幼い姿をした魔物たちで、彼女たちがバフォメットの指揮のもと、布教活動を手伝っていた。あと、「おにいちゃん」と呼ばれている、ロリっ娘を愛するロリコンの男たちもサバトのメンバーで、ロリっ娘たちの活力源である愛と精と、なでなでを供給している。
 しかも、その前身が魔術部隊――いや、現在も魔術部隊だけに、魔術の扱いのノウハウは豊富で、その構成員の魔女たちも魔術に長けている。なので、魔術部隊らしく、魔法道具や薬などを製作する活動も活発に行っている。ただし、その大半はサバトの活動に有益であるから作られたのだが、魔物たちにとってはどちらでもよかった。
 ともあれ、そういった理由からサバトには、サンプルとして珍しい魔法道具が集まったり、新しいアイテムが作り出される場所であることは間違いなかった。
 そのため、ドラゴンが街の官庁街ではなく、サバトに向かったという話は、ドラゴンの飛来理由が、サバトが新しい魔法アイテム開発したのだという噂になり、今度は既婚の魔物たちも興味を持って噂に加わった。
 それというのも、財宝に次いで魔法道具はドラゴンの収集対象で有名である。引きこもりのドラゴンも、サバトで作られる魔法道具には興味があり、好奇心に負けて、重たい翼を羽ばたかせてやってくるのである。
 魔王軍の大規模召集に、ドラゴンが嫌々ながらも参加しているのは、バフォメットの仲介のおかげとも言われていた。
 しかし、今回、ルシア・ドラゴンがサバト支部に突撃をしたのは、魔物たちが誰一人予想しない理由であった。
「きぃは……バフォメットはどこ!」
 ドラゴンは支部に入るなり、咆哮に近い怒鳴り声をあげた。
 取り次ぎに出てきた幼い姿をしている魔女は、その場で腰を抜かしてへたりこみ、涙目になっていた。
 幼い容姿になってメンタルも若干幼児化しているためといいたいが、大の大人でもドラゴンの咆哮に怯まないでいろというのは、勇敢のスキルが付与した装備でもしていなければ無理難題だろう。
 むしろ、腰を抜かして半泣き状態で耐えただけでも、たいしたものである。あとでお兄ちゃんにいっぱい褒めてもらえるレベルだ。
 だが、それ以上は望めるわけもなく、腰を抜かしつつ、支部長のバフォメットがいる部屋の方を指差しするのが精一杯であった。
 ドラゴンは結局、何人かの魔女を大泣きさせたり、腰を抜かさせてお漏らしまでさせたりして、阿鼻叫喚の幼稚園図を描きながらバフォメットのいる部屋へとたどり着いた。
 扉をノックなどするはずもなく、ぶち破る勢いで開けると、バフォメットは古参の副官をしている魔女相手に休憩のティータイムを楽しんでいた。
 バフォメットは、伽羅色の落ち着いた茶色の髪にカールした山羊の角を生やし、獣の頭蓋骨をリアルにかたどった髪飾りをつけていた。そのおどろおどろしい髪飾りが生意気そうでもあどけなさのある顔つきにアンバランスな印象を与え、彼女の幼さを強調するものになっていた。
 そして、その幼い体つきをこれ見よがしに魅せつけるかのように、露出の高い服をつけていた。ただ、肘から先と、膝から先は幼い肢体ではなく、獣に毛におおわれてかなりのボリュームと逞しさがあった。もっとも、小さな子供が仮装でそういう手袋とブーツをつけているように見えて、まったく凶悪さが伝わってこなかったが。
 彼女の藤色の瞳が礼儀知らずの訪問客をとらえて、あどけない顔と生意気に口元に苦笑を浮かべた。
「なんの騒ぎかと思えば、お主か。私のかわいい魔女たちは繊細なのだから、もっと優しく――」
 バフォメットはそこまでしか言うことができず、ドラゴンに胸ぐらを掴まれて、前後に大きく揺さぶられた。
「あんたの、あんたのせいで! どうしてくれるのよ! 私の春を返せ。この馬鹿ぁ!」
 ドラゴンは涙目でバフォメットをシェイクした。攻撃としてはしょぼいが、魔物屈指の怪力を誇るドラゴンがパワー全開でのシェイクである。魔王軍屈指の実力者で、魔術部隊を統べるバフォメットの一族といえども、これはさすがに目を回して、なす術なくシェイクされていた。
 同席していた副官の魔女は後にこう語った。
「バフォメット様に長く仕えているけど、本気でバフォメット様が死んじゃうんじゃないかって思ったのは、あの時が初めてだった。名のある勇者が討伐に来たときなんかよりも、ずっと恐かったです」
 自分の主の死を初めて最大級に予感した副官の魔女は、決死の覚悟で泣きながら主を解放するようにドラゴンにしがみついて訴えたのであった。
 そうして、ようやくドラゴンの乱心が静まって、バフォメットは必殺ドラゴンシェイクから解放された。さすがのバフォメットも、開放されてもしばらくは三半規管が時化の海になっており、静まるまで時間が必要となった。
 やっと回復して落ち着いたバフォメットに、ドラゴンは誠心誠意、頭を下げて謝った。
「まったく、バターにでもされるのかと思ったぞ。あれは虎でやってくれ。バフォメットがバターにされて殺されたなど、いい笑い物だ」
 首の筋を押さえながら頭を回した。バフォメットでなければ、首から上が遠心力で飛んでいっていたかもしれない。
「悪い。本当にすまない」
 珍しく素直に本気で謝っているドラゴンを見て、バフォメットはくすりと笑った。そして、副官の魔女に、席をはずすように言い、しばらくここに誰も近づけないようにと命令した。
「まあ、せっかく来たのだ。何の用かは知らんが、少しはゆっくりできるのだろ?」
 そういうと、バフォメットは壁の戸棚をずらし、そんなものがどうやって収まっていたのか問い詰めたくなるほど大きなミズナラの木でできた樽をテーブルの上に乗せて、戸棚に置いていた大きなジョッキを二つ持ってテーブルに着いた。
「私の魔女たちは皆かわいいのだが、酒の相手となると少々物足りんからの」
 樽にコックを取り付け、それを開いてジョッキに飴色の液体を注いだ。注いだものをドラゴンの方に押しやり、もう一つのジョッキにも同じように注いだ。
 飴色の液体から発せあられる芳醇な香りが部屋の中に満ちて、その香りだけでも身体を熱くする効果があった。
 ドラゴンがジョッキを黙って手に持つと、バフォメットもジョッキを持ち上げた。
「では、久々にあの世を垣間見た、思い出になる再会を祝して」
 にこやかなバフォメットに対して、少し苦い顔のドラゴンが掲げたジョッキを軽くぶつけて、中の液体をお互いに一気に飲み干した。かなり度数の高いお酒なのであるが、彼女らにとってはおいしい水か、せいぜいジュース程度でしかない。
 飲み干して、ジョッキから口を離したドラゴンが軽く感嘆の表情を浮かべた。
「相変わらず、酒の趣味はいいわね」
「陶酔の果実の一番下の実だけを集めて乙女のユニコーンが踏んで潰し、アルラウネの蜜を加えて醗酵させたのを二段醸造し、樽に入れて百年ほど寝かした。オリジナルだが、なかなかの出来であろう?」
 バフォメットは自分の作った酒を褒められて、嬉しそうに笑顔を見せた。
 今度はドラゴンがバフォメットのジョッキに酒を注ぎ、自分のジョッキにも注いだ。
「失いかけた友人の帰還を祝して」
 今度はドラゴンが乾杯の音頭をとって、これもまた一気に飲み干した。その後は、お互いに自分の酒は自分で注いでいた。
「酒造りの才能まであったとはね。本当はバフォメットじゃなくて、サテュロスじゃないの?」
 ドラゴンは芳醇な香りが口の中だけでなく、血液にのって、全身に広がるような感覚にうっとりしながら友人の才能を褒めた。
「勝手に種族を変えるな。だがしかし、多分、酒の神バッカスはロリコンじゃからな。人間の世界でも、初積みの葡萄は乙女に踏ませて新酒を作るんじゃ。ならば、私が愛されるのも当然ということじゃ」
 酔っ払うことなどないが、気分を高揚させる効果はあるため、バフォメットは陽気にドラゴンに返した。
「ロリコン……まったく……どいつもこいつも……」
 しかし、ドラゴンの方はその返しに気分を落ち込ませて、何杯か立て続けに飲み干した。バフォメットはドラゴンのその様子に少し怪訝なものを浮かべた。
「で、何があったのか話してくれるかの? 殺されかけたんじゃ。その理由を聞くのは贅沢な話じゃないと思うがの」
 バフォメットが静かにドラゴンに本題を切り出した。悠久の時間に生きる魔物にしてはせっかちかもしれないが、樽の中身が空になる時間はその寿命ほど長くはない。
 ドラゴンは少ししゃべりづらそうにジョッキに口をつけて目を閉じた。バフォメットもそれ以上急かすことなく、じっくりとジョッキを傾け、飴色の酒より立ち上る香りを楽しみながら待った。
「……きぃ」
 ドラゴンはポツリとつぶやいた。
「名前で呼ばれるのは久しぶりじゃの」
 バフォメットは少し感慨深げにつぶやいた。バフォメットは各支部に一人なので支部では「バフォメット」と呼べば、一人しかいない。名前など支部長が集まっての会合の時ぐらいしか使われないし、下手すると、その時でさえ支部の名前――都市名で呼ばれる方が多い。
「で、なんじゃ、ラシア?」
 バフォメットもドラゴンの名前で応じた。
「私たちって、男運がないのかな?」
 ドラゴンのこの一言は、先ほどのドラゴンシェイクと同等の精神的ダメージをバフォメットに与え、彼女をテーブルに突っ伏させた。
「……よ、よ、よりによって、それか!」
 なんとか復活したバフォメットが立ち上がって雄叫びを上げた。
「上級魔物とか言われているけど、並の男じゃ満足できなくて駄目とか、罰ゲームとしか思えないわよ」
 ドラゴンはバフォメットの絶叫にむすっとした表情で言い返した。
「まあ、確かにそれは言えるな。旦那のいる上級種の魔物はサキュバス以外あまりおらんからの」
 ロリコンであるならば、サバトの長であるバフォメットは魅力溢れる存在で、彼女の夫になろうとするものは数多くいた。実際、サバトの定期集会である黒ミサで、入信したばかりのフリーのロリコン男がバフォメットに求愛するのは、珍しくない光景であった。
 ただ、バフォメットぐらいの魔物になると並の男で満足するわけもなく、対戦して勝ったら「お兄ちゃん」に認めるという無理ゲームを仕掛けられる。結果は言うまでもなく、挑戦者の男が瞬殺されて、対戦料として、その精をおいしくいただかれるのである。
 こうして、ロリコン男は幼き身体の魅力と快楽を魂に刻まれ、ロリコンから抜け出ることができなくなるのである。
 そして、敗北した傷心のロリコン男をかいがいしく介抱する魔女に出会い、「ボクの幸せの青い鳥はこんな近くにいたんだ!」と、その魔女のお兄ちゃんになるのが定番であった。
「かわいい魔女たちの恋の橋渡しをしていると思えば、喜ばしいことだが、私も私自身の幸せをつかみたいの」
 配下の魔女たちの前はもちろん、他のどんな魔物たちの前でも吐かない弱音とため息を吐いた。
「わ、私は、人間なんてどうでもいいのよ。いいんだけど、ほら、やっぱり、一人でいると、ちょーっと寂しいなって思うときってあるじゃない。そういう時に誰かいたら、うれしいかななんて思うだけよ」
 自分で話題を振っておきながらドラゴンは気恥ずかしくなったのか、ごまかすように答えた。もっとも、ごまかしているとは思えない返答だが。
「損な性分だな、お互い」
 ドラゴンの返答を追求せずに微笑みで流した。
「で、乗り込んできた理由がまだだが?」
 しかし、理由の追求まで笑って流すつもりはなかった。ちなみに、彼女が追及する理由は、恨みに思っているわけでなく、面白そうだからである。
「うっ……憶えていたか?」
 ドラゴンは、話が上手く逸れたと内心喜んでいたが、そうでないとわかって、少しだけ顔をしかめた。
「ボケるほど暇はしておらんからの」
「どうせ、ドラゴンは暇人で引きこもりのニートですよ」
 子供っぽく二股の舌を突き出して、嫌味を言い返すと、軽くため息をついた。そして、観念するかのように語りだした。
「確か、五年前だった。名前もちゃんと憶えるのも面倒なぐらい小さい、人間の城に寄り道したの。宝物庫をのぞいてみたけど、案の定、ちゃちなものしかなかった。でも、その中に一つだけ、私のコレクションに隅にでも入れていいかなっていう宝石があったの」
 ドラゴンはぽつぽつと、ジョッキを傾けながら語り出した。
「そなたの眼鏡にかなうなら、そこそこのものだろうな」
「こんな小さい城の倉庫にゴミと一緒に置いておくのもかわいそうと思って、持ってかえってやったの」
「まあ、いつものことだな」
 人間の世間一般では、それは窃盗か強盗なのだが、そのあたりのモラルは人間とちょっと異なる魔物らしいものだった。
「小さい城だったし、いつも通り宝石は諦めて奪い返しには来ないだろうって思っていたら、来たのよ。これが」
「ほほう。おぬしに奪われて諦めぬとは、その宝石はよほど大切なものだったのだな」
 バフォメットは軽く身を乗り出した。ラシアの強さは今では近隣諸国に知れ渡っていた。そのため、ここ数十年ほどは彼女に財宝を奪われたら、ほとんどが諦めて泣き寝入りしていた。
「取り返しに来たのだけど、軍隊じゃなくて、騎士が一人、従者を数人連れて来ただけだったのよ」
 ドラゴンは当時のことを思い出して、こめかみに指を当てて、理解に苦しむと眉をしかめた。
「は? 一人じゃと? ドラゴンの住処にか?」
 バフォメットは、目を丸くした。
 ドラゴンは魔物にとってもとっつきにくい魔物の代表例なのだが、その住処の周辺にたむろする魔物は結構いたりする。
 というのも、ドラゴンを倒して名を上げようとする無謀な冒険者や、ドラゴンの財宝目当てに忍び込むチャレンジャーな盗賊がコンスタントにやってくるので、フリーの魔物たちにはちょっとした出会いの場所、ナンパの名所として、ドラゴンの尻尾を踏まない距離で結構な数たむろしていることが多かった。
 さらに、ドラゴンが人間たちと悶着を起こして、人間の軍隊が攻め込んでくるとなれば、ドラゴンの元にフリーの魔物たちが集まって臨時混成部隊を組織して婚活パーティーで盛り上がるのであった。
 ちなみに、そんなドラゴン側の軍勢なので統率はほとんどないが、ドラゴンの棲家は洞窟など大軍が展開できないことが多いため、個々の能力が高い魔物側が不利になることは稀であった。
「馬鹿にしているとしか言いようがないでしょ? 私のところまでやってこれもしないって思うでしょ?」
「まあ、普通、そうだな」
 バフォメットは頷いた。隠行術を駆使して忍び込むならまだしも、正面から単騎で乗り込むとは狂っているとしか言いようがない。
「でも、その騎士、従者はほとんど失ったけど、私の部屋までたどり着いたのよ」
 ドラゴンは眉間のしわを深くした。
「ほぉ、それはなかなかのつわものだな。名のある勇者だったわけか」
 祝福を受けた勇者であれば、単騎で魔物側が油断したところを電撃戦を仕掛けて、突破するのも不可能ではない。
 ただ、そこまで武勇のある勇者を使い捨てのように派兵すること自体、妙な話だとバフォメットは感じていた。おそらくは教団などの制止を振り切っての勇者単独の暴挙だろうと推測していた。
「ぜんぜん無名。それどころか、勇者でもないわよ。神の祝福は受けているけど、闘いの神のよ。防御はそこそこ強化されても攻撃はほとんど強化されてないわ」
 ドラゴンがバフォメットの想像を否定するように肩をすくめた。
「なんと。そんな奴がいるとは、驚きじゃな」
 言葉だけでなく、本気で驚き、興味をますますそそられたのか、身を乗り出していた。
「本当に。まあ、だけど、私のところまで来るのに疲労困憊していたから、私と戦う余力はなかったわ。ちょっと戦ったら、勝ち目がないと思ってか、すぐに撤退したわ」
「しかも、猪武者でないというのか。これは面白い」
 最初の目的を忘れて、ドラゴンの話に完全に食いついていた。もともと、目的が面白い話を聞きたいのであるから、バフォメットが納得しているなら、本末転倒ではない。
「まあ、引き際の良さに免じて、退路は開けてあげたわ。でも、これで懲りてもう来ないと思っていたら、それから二年半ぐらいして、また来たのよ、その騎士が。今度は従者も連れずに、本当に一人で」
 ドラゴンはため息をつきながら話を続けた。
「ほうほう。それで?」
「今度はたどり着くまでの戦闘で疲労したからなんて言わせないように、襲うのを禁止したわ。まあ、前回で負けていたから、言わなくても手出しする子はいなかったけど」
「そうか、殺されたものもおったのだな」
 バフォメットが、はたと、最初の戦いで戦死者が出ていたかも知れないことに気づき、寂しそうに目を伏せた。
 戦いで犠牲になるのは、まだ若い魔物が多い。良き夫を夢見て、それが叶わないのは、なんとも悲しいことであった。
「ううん。最初に来たときは、誰も殺さず、それどころか大怪我もさせずに私のところまで来たのよ、あの馬鹿騎士」
 大きく首を振って間違いを正した。
「は? なんじゃそれは?」
 バフォメットは意味が分からずに聞き返した。
 人間と魔物では基本、基礎能力は魔物の方が高い。それを相手に勝とうとすれば、人間側は手加減などできる状態でないはずである。それを怪我もさせずに気絶させるだけに止めるなど、よほどの達人でなければ無理な話であった。
「その騎士、魔物が人間を殺さないなら、自分も魔物は殺さないっていう信念らしいわよ。従者たちもそれに従っていたわ。ほんと、馬鹿みたい。弱いくせに。それで従者もすべて失ってたんじゃ意味ないじゃない」
 ドラゴンが苦々しく言い放った。
「それでよく、これまで魔物につかまらずにこれたものだな」
 バフォメットは今まで聞いたこともない人種の騎士に、純粋に驚嘆の感情しか出てこなかった。
「まったくね。それで二回目の対戦だけど、当然、私が有利に戦いを進めたわ。でも、向こうも修練を積んできているみたいで、久々にポイントを取られたのよ」
「そなたが? まさか?」
 彼女が一騎打ちで失点するのは、ここ数十年ほどはなかった。それに、これまで彼女を失点させたのは、そこそこ歴史に名を残している勇者ぐらいである。バフォメットが驚くのは無理もない話であった。
「悔しいことに、うまく虚をついてきたのよね。あいつのは刃の潰している槍だから、そのまま受けてもダメージないけど、そんなんで勝っても悔しいから。刃があるということにして、後ろに下がって避けたのよ」
「そなたも律儀じゃな」
 意外と真面目な親友の気質に微笑みを浮かべた。
「でも、奇襲のような攻撃がそうそう通じるほど私はお人よしじゃないわよ」
「人でなく魔物じゃからな」
 バフォメットは楽しそうに茶々を入れた。だが、ドラゴンはその茶々に応じずにまじめな顔で続けた。
「騎士の力量が一流と認めて、油断を消せば負けはない。ちゃんと遊び抜きの本気で相手をしてあげた。そうしたら、すぐに騎士を追い詰めることができた。でも……」
「騎士が何か隠し玉でも出したか?」
 バフォメットは何かそれまで隠しておいた魔法でも使ったのかというふうに想像し、ドラゴンに続きを促した。
「違うわよ。魔王から呼び出されたのよ。勝負の最中に! それで勝負はお預け。途中で勝負を止めたお詫びに、馬鹿騎士に取り戻しに来た宝玉を返してあげたのよ」
 ドラゴンが種明かしして、ジョッキを一気にあおって、酒を飲み干した。バフォメットもそれを聞いて、「なんだ」とばかりに乗り出していた身体を引っ込めた。
「まあ、そりゃあ、災難だったな。しかし、私のところを経由せずに直接とは、ずいぶん火急の用だったのだな」
 ラシア・ドラゴンに用があるときは、大抵の場合、きぃ・バフォメットに用件を伝えて繋ぎをつけてもらうのがいつものやり方で、彼女を飛び越して直接使者を送るのは滅多にないことだった。
「ええ、火急も火急。旦那へのプレゼントする鎧の性能テストのために呼び出されたのよ」
 新たにジョッキに注いだ酒をまた一気にあおった。
「……まあ、なんというか……ご愁傷様だな」
 さすがにバフォメットも苦笑を浮かべて、ドラゴンのジョッキに新たに酒を注いでやった。
「ドラゴンが踏んでも壊れない。とか、銘を打ちたいからって、呼び出す、普通?」
 机をバンバンと、叩きながら訴えた。かなり丈夫な机であるが、手加減してもドラゴンの力で悲鳴を上げていた。
「あー、確かに元の姿で思いっきり踏んでも壊れないとなると、すごい宣伝ではあるな」
 想像するとなかなかシュールな絵になるとバフォメットは脳裏に鎧を踏みつけるドラゴンの姿を想像した。しかし、そんなことは想像の中だけの姿と苦笑いを浮かべた。
「思いっきり踏んできたわよ! 試作品のほとんどをぺしゃんこにしてやったわ」
 何の自慢か、ドラゴンは鼻息を荒くして胸を張って言った。バフォメットはさすがに断ったのだろうと思っていただけに、少し驚きあきれた顔になった。
「やったのか……。真面目な奴じゃな」
「呼び出し料に、何領か踏んでも潰れなかった鎧と盾のセットの中から一つもらってきてやったわ。なかなかの逸品だったから、魔王のやつも、それを持っていくかという顔してたけどね」
 ふんぞり返らんばかりに胸を張って自慢した。それに対して、彼女の親友は苦笑を強めた。
「怖いもの知らずよの。相変わらず」
 ドラゴンは知能が高く、魔物の中でも最高峰の実力者ではあったが、やや感情や本能を優先させる傾向があり、プライドの高さもあいまって、魔王軍の中枢にほとんどいなかった。その意味では、ほとんどが魔王軍の中枢にいるバフォメットとは対極の存在といえる。
「大事な人もいない身だもの。怖いものなんてありはしないわよ」
 言外に、魔王の不興を買って殺されても、ただでは殺されないという自信をにじませていた。
「大事な人には、私は入っておらんのか?」
 危なっかしい親友の言葉に寂しさを含みつつ冗談ぽく返した。
「何? 他人事みたいに言うわね。その時はきぃも一緒に道連れよ? 当たり前でしょ?」
 寂しそうに言うバフォメットにドラゴンは不思議そうに言い返した。
「人を勝手に謀反に加えるな」
 ドラゴンの言葉に笑いながら苦情を言った。
「いいじゃない。親友でしょ?」
「そなたと違って、色々と責任のある身なんだぞ、これでも」
「友情と仕事、どっちが大事なの?」
 ドラゴンは悪戯っぽく笑ってみせた。
「そういうセリフは旦那を見つけてからにしておけ」
 バフォメットは冗談で返した。彼女が謀反など起こさないこともわかっていたが、もしもの時はどうするか、考えそうになって頭を振った。起こりもしないことを考えるだけ無駄だと。
「で、宝玉を奪い返されて、それで黙っているそなたではあるまい」
 バフォメットは話を元に戻した。
「よくわかっているわね。その通りよ」
 ドラゴンもバフォメットの誘導に乗って、軌道修正をした。
「さしずめ、再び、宝玉を奪いにでも行ったのだろう?」
「でも、それが大変だったのよ。なにせ、宝玉を奪った国の名前を憶えていなかったから、探すのに大変だったわ」
 しみじみとその時のことを思い出してドラゴンは一人で納得して頷いていた。バフォメットは、ドラゴンは知能が高いと言われているが、本当は結構抜けているところが多いかも知れないと改めて思った。
「探しても見つからないし、滅ぼされたかと思ったんだけど、灯台もと暗し。最初にその騎士が来たときに一緒についてきた従者の一人が、私を慕ってくれているサキュバスの夫になっていて、そこから名前と正確な場所を聞き出せたの」
 私の人徳がなせる業だと一人大きく頷いた。バフォメットはあえてツッコミを入れずにスルーしておくことにした。
「そんなわけで、無事に宝玉は奪還できたの。あの騎士がもう懲りたと来ないのなら、それはそれでいいけど、あの馬鹿が来ない訳ないわよね」
 ドラゴンは琥珀色の瞳をうれしそうに細めた。その表情が艶っぽくて、親友のバフォメットですら、初めて見る表情に少し魅了されかけた。
「条件は前回と同じ。私のところまで、誰にも邪魔させずにやってこさせたわ。それぐらい、ハンディあげて、こてんぱんにして、人間と魔物の実力差を思い知らせてあげるつもりだったのよ」
「そうじゃな。そなたが相手なら、それぐらいはハンディには入らんからな」
 バフォメットはドラゴンの実力をよく知っていた。前回の失点で相手の実力を認めて油断をしなくなった彼女に死角はないと頷いた。
「……のはずだったのだけどね」
 ドラゴンは軽くため息をついた。
「ん? なにがあったのだ? まさか、卑怯な手でも使ってきたのか?」
 人間の狡猾さは時として悪魔以上のことがある。かなわないとわかったら、なりふり構わずに卑怯な手でも使ってくる。毒ぐらいであるならかわいいもの。対戦している間に伏兵に砦の魔物を殺させて、対戦している場所に一気に乱入するなど。
 もちろん、そんな手で倒せるほどドラゴンは弱くない。しかし、勝ったとしても後味が悪いものとなる。バフォメット自身も若かりし頃、そういうことを戦場で何度か味わった経験があった。
「違うわよ。だいたい、砦の魔物たちには、対戦している間は油断しないように言い含めているし、さっき言ってたサキュバスがそのあたりは、ちゃんとしてくれるわ」
 ドラゴンが苦笑しつつ否定した。他のドラゴンの住処は知らないが、彼女のところは例のメイドサキュバスが砦の魔物たちを取りまとめていてくれていた。なので、そういった死角はなかった。
「それなら、何があったのだ?」
 バフォメットは幼い子供のように愛らしく首を傾げた。
「あの馬鹿騎士は、中断した二度目の対戦で、短い時間とは言え、私の本気と戦ったのよ」
「話が見えんのだが?」
 更に疑問が深まったとばかりに、眉をしかめた。
「私の本気を基準に想定して修行をしてきたのよ。いったい、どれだけ厳しい修行をしてきたのと言うぐらい強くなっていて、私も面食らったわ」
 思い出しただけで腹立たしいと机を叩いた。バフォメットの方は目を丸くして、間抜けな表情で固まっていた。それもそうだろう。このドラゴンにこれだけ言わせるのは、人間どころか、魔物の中でもなかなかいないのである。
「単純な攻撃や防御だけじゃなくて、体力や精神力の底上げ、回復の魔法薬の使い方とか、使用するタイミングとか、地味な部分も鍛え上げて、攻撃も虚実を織り交ぜるパターンも変幻自在で、攻め込むときの思いっきりの良さは元から良かったのを磨きをかけてきていたわ」
「べた褒めじゃな」
 バフォメットは硬直から立ち直って相槌を挟んだ。そして、少し落ち着こうと、思い出したかのようにジョッキの酒を口に含んだ。
「当たり前でしょ。その勝負、私が負けたんだもの」
 ドラゴンの何気ない一言にバフォメットは口の中のお酒を吹き出した。
「うわっ! いきなり、なによ!」
 さすがに酔ってもドラゴン。バフォメットの霧吹き攻撃を受ける前にその場から飛び退いて、被害は受けずに済んだ。
「す、すまん! しかし、そなたのせいでもあるのだぞ! 本当か? そなたが負けるなど信じられん!」
 バフォメットは吹き出して、口から垂れるお酒を腕で拭い、魔法で霧吹き攻撃の犠牲になった机を綺麗にしながら、怒鳴るように確認した。
「何度も言わせないでよ。確かに負けたわよ。正々堂々と一騎打ちルールで。二回後ろに下がらされて、攻撃を避けるのに一回羽根を使った。合計三失点で、私の負け。日の出から日没近くまでかかったけどね」
「それでも、信じられん。体調でも悪かったのか?」
 失点の内訳を説明されても信じられんとばかりにバフォメットは訊いた。
「失礼ね。体調は万全よ。手も抜いてないわよ」
 バフォメットの言葉に少しむっとしながらドラゴンは答えた。
「なお、信じられん」
 歴戦のデュラハンが彼女に一騎打ちルールで挑戦したとしても、勝てるものは少ないだろうと思うだけに、疑うわけではなかったが、にわかに信じることができなかった。
「事実よ。だから、今度は文句なしに宝玉を返してあげたわ」
 ドラゴンはバフォメットの反応を仕方ないと思いつつ、もう一度、はっきりと負けを宣言した。
「ふむ。だが、それで終わる話ではないのだろ?」
「まあね……。私が一勝二敗のままだと、こっちも収まりが悪いから、もう一度、宝玉を奪ってやったのよ」
 もはや、宝玉は財宝的な価値から挑戦状に成り下がっていた。だが、それよりもバフォメットは他のことが気にかかり、首をひねった。
「一勝二敗? 中断は引き分けじゃろう?」
「きぃもあの馬鹿騎士と同じことを言うのね。私が私の都合で中断した勝負なんだから、私の負けでしょ」
 やれやれと肩をすくめてため息をついた。その様子に逆にバフォメットが苦笑を浮かべた。
「そなたは少し生真面目すぎるぞ。おおかた、それで騎士殿と言い争いになったのであろう?」
「うっ、うるさいわね! 私が納得しない勝負を引き分けって言われて、うれしいはずないでしょ!」
 バフォメットに図星を突かれて顔を真っ赤にしながら怒鳴った。しかし、そんな怒鳴り声など何の迫力もないと、バフォメットは平然とジョッキを傾けて酒を飲み続けた。
「やれやれ。ドラゴンはもっと感情に正直な魔物だというのに」
「十把ひとからげにされてたまりますかって」
 バフォメットの嘆きの言葉にドラゴンは舌を出して反抗して、ジョッキの酒を喉に流し込んだ。
「その意地を捨てれば、楽に生きれると思うんじゃがな?」
「それはお互い様よ」
 お互いに顔を見合わせてため息をついた。サキュバスのように恋に愛に素直になれたらどれだけ楽かと。
「やれやれ。で、その勝負はどうなったのだ?」
 これ以上ため息をつくと、酒が酢に変わってしまうと話題を戻した。
「……馬鹿騎士の奴、私に勝って慢心するどころか、更に修行を積んで強くなってたのよ。祝福を受けることなく、こんなに強くなれる人間がいるのは、正直驚いたわ。それに、魔物にも理解がある。だから……、その……、私たちの側に来ないかって、誘ったのよ」
 ドラゴンは自分で喋りながら顔を真っ赤になっていき、最後の方は大きな鈎爪のある指をもじもじさせながら喋っていた。ちなみに、尻尾はせわしなく動いて、床を叩いていたのは言うまでもない。
「ふむ、プロポーズじゃな」
 その様子を楽しみながら、バフォメットはニヤニヤしながらからかうように言った。
「ち! 違うことないけど……なんていうか、そういうことだけど……」
 椅子から立ち上がって否定しようとしたが、それが無意味と竜頭蛇尾でへなへなと椅子に座りなおした。
「照れるな。照れるな。そなたを負かすことのできる人間など、この先はでないであろう。これを逃せば、死ぬまで独り身じゃぞ。賭けてもいい。そうか、ついに伴侶を見つけたか」
 バフォメットは嬉しそうにドラゴンを祝福しつつも、少し寂しそうに笑顔を浮かべて、改めて祝杯をあげようとジョッキを高く掲げた。
「……」
 しかし、それに乗ってこないドラゴンにバフォメットは怪訝な表情を浮かべた。
「ん? どうしたのじゃ、ラシア?」
「そうよ! その通りよ! だから、恥ずかしいけど、頑張ったのに。必死だったのに……」
 ドラゴンはいつもの強気をどこかへ置いてきたのか、顔を俯かせ、目から大粒の涙をこぼした。
「お、おい、どうしたというのじゃ?」
 初めて見る親友の涙にバフォメットはいつもの悠然とした態度を忘れ、オロオロとうろたえた。
「断られたのよ! きっぱりと!」
「な……」
 顔を上げて、泣き顔で言うドラゴンの言葉にバフォメットが絶句した。話を聞いただけだが、騎士もドラゴンのことをまんざらでないのは感じていただけに、その意外な結末は言葉を失わせるのに十分だった。
「その、断る理由が、ロリコンだから無理だって、言うのよ」
 ドラゴンは机に突っ伏して声を上げてみっともなく泣き始めた。バフォメットも、なんと声をかければいいのか頭の整理がつかなかった。
「私の春を返せ!」
 ドラゴンは泣きながら、いきなり、沈黙していたバフォメットの肩をがっしりと掴んだ。虚をつかれて、捕まったバフォメットはこの酒宴の始まる前の地獄の記憶が蘇り、血の気が引いた。
「お、おちつけ! 落ち着くのじゃ! 私のせいではない!」
「サバトの活動に洗脳されたのよ。きっとそうに決まってる! 私とあんなに熱い真剣勝負しておきながら、私のことは遊びだったのよー!」
 泣きながらドラゴンは、バフォメットをゆすぶり始めた。
「お、落ち着けと言っておろうが!」
 バフォメットは、あの地獄のシェイクが本格化する、その前にこちらも本気の攻撃魔法を使ってでも脱出しなければならない。そんな命の危険を感じながらも、まだ攻撃魔法を使うことをためらい、必死で親友を落ち着かせようとした。
「だって、だって、だって! 二度とはないのよ、こんなチャンス。それが、それが相手がロリコンで振られましたなんて」
 サバトの主催者として、逆の泣き言は千回以上聞いた。その時は、「時間を掛けてでも幼ない子の魅力を思い知らせてやるがよい」と励ましたが、逆の場合はそういうわけにはいかない。誰も聞いていないとはいえ、彼女はサバトの幹部なのだ。
 だが、ドラゴンはバフォメットの葛藤など知らずに、泣きながらシェイクのスピードをアップさせていっていた。
「こんなの、引きこもって、ニートになるぐらいの衝撃よ!」
「今もあまり変わらぬ生活をしておるように思えるが……」
 付き合いが長いせいか、おもわず反射でツッコミを入れてしまった。
「なんか言った?」
「い、いや、何も」
 さすがに意中の男性とエッチしている時よりも理性が失われている状態のドラゴンにさらに言い返すほど怖いもの知らずではない。
「だから、きぃをシェイクしても許されるの。わかった?」
 強引に決め付けて、泣きすぎて腫れてしまった上に据わった目でバフォメットを見つめた。
「そんな、無茶苦茶な話が――」
「無茶でも苦茶でもない!」
 ドラゴンはもはや理屈の通じる相手ではなかった。
 こうなっては、魔法攻撃もしかたないと覚悟を決めかけた。魔王の魔力にも一時的に抗える魔術耐性も持つドラゴンを大人しくさせるほどの魔法となると、かなりの高位魔法となるが、バフォメットはそれを使えなくはない。
「ふむ……しかし、ロリコンか……」
 覚悟を決めて魔法を使えば脱出できるという余裕があったのだろう。バフォメットはぼそりと呟いてしまった。
「がぁー! きぃ!」
「お、落ち着け! ラシア! 取らぬ。そなたの男を取ったりせぬ! だから、落ち着け!」
 ドラゴンに揺さぶられながら、これ以上揺さぶられないようにと必死で宥めた。その甲斐あって、揺さぶりが少し落ち着いた。
「ぐぐぐぅ……」
「睨むな。興味がないというと嘘になるが」
 昔から彼女の琥珀色の瞳でにらまれるとバフォメットは嘘が言いにくかった。
「がうっ!」
 ドラゴンの高度な知能はどこに行ったのか、言語中枢はお休み中らしかった。
「だから! 私らにも仁義ぐらいはある。友人の想い人を奪うなどせぬ。そなたとの仲を壊してまで手に入れても喜びなどないわ」
 気恥ずかしくはあったが、心の中にしまいこんでいた本心の声を口にした。
「……きぃ……」
 琥珀色の瞳から狂気の色が薄れ、少し正気を取り戻したように見え、バフォメットは少し安堵の息を漏らした。
「やっとわかってくれたか。やれやれじゃな」
「そういうこと言ってると、余計に行き遅れるわよ」
 正気には戻ったが、その琥珀色の瞳に憐憫の色を浮かべていた。それを見とったバフォメットは彼女の口端に指をつっこんで左右に引っ張った。
「がぁっ! そのような事いう口はこの口かぁ!」
「あがっ、あがぁ〜!」
 世にも珍しいドラゴンとバフォメットのじゃれつきあいは樽の中の酒がなくなる夜中まで続いて、周辺住人の睡眠不足に貢献したのだった。
16/09/16 21:44更新 / 南文堂
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■作者メッセージ
女子会で2話を使い切ってしまいました。バトルばかりだと息が詰まるので、大物の魔物二人での女子会がオアシスになればよいのですが。
でも、ちゃんと次の3話で終わりますのでご安心ください。
それでは、あと一話。お付き合いいただければ幸いです。

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