読切小説
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魔物娘昔ばなし〜雷さまと稲妻〜





むかしむかし、あるところに、豊かな里があったと。

そこはひろびろとした田んぼに囲まれておった。

田んぼは秋にはいちめん金色のじゅうたんになって、

何百俵という米を里にめぐんでくれたという。



だけれど、ある年の梅雨のころ。



「やめれ、やめれ! 雷さまがお怒りになるぞ!」

「バチかぶっちまう! そこから出るだ!」

「おらあ、もう勘弁できねえだ!!」



その年はなんでか、まるっきりのから梅雨。

雷さまへの雨ごいもとんと効き目無し。

とうとう血気盛んな百姓の若者長太が、

雷さまをどなりつけたんだと。



「毎年毎年、お祭りだってしとる! お供えもんだってあげとる!

それなのにこんな梅雨時に雨ひとつふらさんなんて何をやっとるんじゃ!」

「なに言うとるか! 相手は神さまだぞ!」

「うんにゃ、もう勘弁ならね! 雷神様を呼びつけてやる!

事によっちゃ退治してやるぞ!」



怒り心頭の長太は雷神様をおびき出すために、わざと禁をやぶった。

田んぼの真ん中に槍を持って入り、豚の丸焼きと魚の丸蒸しをむしゃむしゃ一緒に食った。

これをやると雷神様を怒らせ祟られると言われたことを、わざわざやりおったんじゃと。



するとどうしたもんか、にわかに空がかき曇る。

青かった空にまっ黒い雲が、たちまちもくもくとわいて出た。



ゴロ ゴロ ゴロ ゴロ ・・・



遠くから雷の音が聞こえてきおった。

雷さまがお怒りじゃと、村のみんなは大騒ぎ。

じゃが長太は天をにらみ槍を振るって、大声で黒雲をどなりつけた。



「音だけ鳴らしてどうすっか! 雨を降らせ、雨を!」



その声に合わせて風がとび、たちまち雷雲がやってきた。

あたりいちめん、ざんざんぶりの大雨。



「雨じゃ、雨じゃ!」 「ありがたや、ありがたや・・・」



じゃが雷さまの怒りはおさまらぬ。

田んぼの真ん中で仁王立ちの長太向かって、どすんびしゃんと雷を落とす。



ドゴン! ドドォン!



負けじと長太も、手の槍をぶんまわして、雷に負けんと大声で怒鳴り返した。



「なんぼのもんじゃ、この恩知らず! いまさらやってきて偉そうに!

みろ、せっかく植えた苗が半分近く・・・」



ど っ す ん !!



「・・・はあ?」



そんとき長太の目の前に、雷のかわりにへんなものが落ちてきたんだと。




「あ、あいたたた・・・」



それは妙な格好のおなごじゃった。

からだのあちこちに、狼じゃか狐じゃかわからん毛やら爪やら耳やらを生やしとる。



「お、おまえさん、なにもんじゃ・・・」



そこまで言おうとした、長太は妙なものを見つけた。

妙なおなごの着た妙な服の、めくれた裾のあいだ。

まっしろな太もものあいだから。

赤いものが、つ、つーっ、と・・・



「なに見てんのよ、もうっ!!」



バ チ ー ー ン ! !




「・・・月のもの、じゃったのか」

「そうよ。 文句あるの!?」



腰をしたたかに打ったおなごは、長太の家で手当てを受けておった。

どうやらこのおなごが、正真正銘雷さまであったようじゃった。



「神さまにも月のものがあるんじゃのう」

「・・・赤ちゃん産むんだから当然でしょう。 休んでたのは悪かったわよ。

でもちゃんと雨降らせてあげたのに、あそこまですることないでしょ?!」



雷さまの話では、ほんとうはあの禁は自分を怒らせるためのものではないのだという。

あれは天帝様にさだめられた、自分を呼ぶためのお決まりなんだそうな。

あれをされたらなにがあろうと、すっとんでいかなくてはならんのだという。



「そうじゃったのか。 なんで禁ということになっとったんじゃ?」

「そうでなかったら、あたしを面白半分で呼ぶやつが出てくるじゃない。

槍はあたしへの目印。 槍が立ってるところのまわりに雨を降らせる」

「そういうことじゃったか」

「そして豚と魚は、わたしへのごほうび」

「ごほうびじゃと?」



雷さまは、からっぽの皿をにらみつけて、うらみがましくそう言ったと。

長太はおおあわて。



「急に呼び出されてただ働きじゃ身が持たないでしょ!

なんで骨一本も残ってないのよ、ひとりでこれ全部食べたの?!」

「い、いや〜・・・ 腹へっとったから・・・ わ、悪かったの」

「悪かったじゃすまないわよ! まだ、つづいてるのに・・・

ふらふらになってここまで来たのにぃ〜〜〜っ!!」



雷さまはわんわんわんわん、大声を上げて泣いてしもうた。

長太はすっかりおろおろして、伏せて拝みこんであやまった。



「い、いやー、すまん。 ほんとに、悪かった。 堪忍してくれ・・・」

「すまんじゃすまないわよ! あんた、こっちにきなさいっ!!」

「わ、わああーっ?!」



雷さまは長太をむんずとひっつかんで、乗ってきた黒雲へとひとっとび。

にわかに風がふきおこり、黒雲はたちまち空のかなたへ飛んでいったと。



「こ、ここは、どこなんじゃ・・・」
へきれき
「霹靂山。あたしのすみか」



連れてこられたのは、とんでもなく高い山のてっぺん。

目の下は一面の雲の海、あちこちに島のように山が突き出しておる。

そのなかのいちばん高い山のいちばんてっぺんに、雷さまはすんでおった。



「こ、こんなところまで連れてきて、どうする気じゃ」

「あたしの世話をしてちょうだい」

「せ、せわあ?」

「あたしのあれ、あと一か月は続くの。

そのあいだ、あたしの身の回りの世話をしなさい」

「お、おらあがか?」

「あたりまえでしょ! あたしにただ働きさせたうえに乱暴して、はずかしいところまで見て!

きっちり働いて返してもらうからっ!!」

「へ、へへえっ!」



ぷんぷん怒った雷さまの前で、長太は土下座してかしこまった。

次の日から、長太のたいへんな毎日がはじまったと。



「お風呂沸かしてー」

「み、水はどこじゃ」

「ふもとの泉からくんできて。 山の水はいや」

「へ、へええっ?!」


えっちらおっちら・・・


「いつまでかかってんのよ! もう夕方よ!」

「す、すんまへんっ!」




「おなかすいたー」

「豚と、魚でいいだか」

「どっちも山の中にいるから、捕まえてきてー」

「はあ、こんどは下まで降りんでもええのか」


ぶごおおおおっ!

ぎしゃああああっ!!


「な、なんじゃあこの化けもんはぁぁっ?!」


ぎょげえええええ! ぐぼあああああ!!


「・・・捕まえてこれたの?」

「は、はあ、ぜは・・・ い、いま、料理してやるからの」

「いらないー。 あんたが食っちゃって」



長太はばったとひっくり返った。



「おなかすいたー」

「ま、また、豚と魚だか・・・」

「今日は天宝山の桃がいい。 いっぱい食べたいなー」

「あ、あっちの山だかあ? 雲に乗っけてっては・・・」

「早く行けっ! 日が暮れる前に取ってこいっ!」



ど ご ん !



「・・・と、とってきたぞ。 しょえるだけ・・・」

「ありがとー。 一個でいい」

「へ、へえ・・・?!」

「のこりはあんたが食べて。悪くなっちゃうから今日中にね。

残したらおしおきだからね」

「は、はあああ・・・」



ずーっと毎日、こんな調子じゃったと。

気に入らんとすぐに雷を落とされ、気の休まるひまもなかった。

そうしてひと月がたったころ。



「からだ洗ってー」

「へいへい・・・ へいっ?!」



今日は山のてっぺんに湧いた泉で、雷さまは水浴びをするんじゃそうな。

そんなとこがあるなら最初っからそこに入ってくれろと思いながら、

長太はおっかなびっくり雷さまのあとについて歩いていった。


「はい、おねがい」

「お、おおっ・・・」


着物からはだけられたからだは、白魚のようになめらかにのびて、

うっすらと青い毛並みがはしって、そりゃあきれいじゃったと。


「か、観音様のようじゃ・・・」

「お上手ね。 さ、背中流して」

「あ、あかすりか布巾はないだか?」

「そんなの使ったら毛にひっかかっちゃうでしょ。手でやってよ。」

「へ、へええ・・・」


長太は拝みながら、雷さまの背中をさすった。

青い毛並みはさらさらして、下の肌が透けて見えるようじゃった。

下の肌はなお白く透けて、山のまわりの雲のようにふわふわしておった。



「へへえ、あ、ありがてえ・・・」

「長太。いつも、ありがとね」

「は、はあ?」



はじめて名前を呼ばれた長太は、びっくりして雷さまにたずねた。


「な、なんだか? ありがとって・・・」

「おふろも、ごはんも、おやつも、あっというまに用意できるようになったでしょ」

「そ、そういえば、そうだったなや」


いつのまにか長太は、高い山もひといきにのぼりくだり、

でっかい豚も魚もやすやすとれるようになっておった。



「あたしもだいぶ、具合が良くなってきた。 もうすぐ、おうちに返してあげる」

「・・・へっ?」

「ずっとやらせちゃって悪かったね」

「い、いや・・・」


ようやく家に帰れる。 そのはずなのに、長太はなぜか浮かぬ顔じゃった。

雷さまも、なんだか、さびしそうじゃった。





「着いたよ。 あんたの里」

「おお・・・」



それから五日あと、雷さまは黒雲に長太を乗せて、里へと戻ってきた。

まっ黒い雲間の下の田んぼは、青々と稲の穂が実っとった。


「お世話になったね。 ほんとに、ありがとう。」

「・・・ ・・・ ・・・ ・・・」

「わたしのあれ、次に来るのは、あんたの孫が産まれるころ。

あんたたちには、もう、迷惑はかけないから」

「・・・ ・・・ ・・・ ・・・」

「それじゃ、雷落とすよ。乗っておいき・・・」

「みんなあああああっ!!」


長太は黒雲の端から頭を突き出し、里に向かって大声でよびかけた。



「おらあ、里には、帰らねえっ!! 雷さまのとこで暮らすだ!

たっしゃでなああああああっ」



あっけにとられた雷さまのあしもとに、長太はがばっとひれふした。



「雷さま、すんません! でも、おら、あんたんそばから離れたくねえ!」

「・・・ ・・・ ・・・」

「下男としておいといてくんろ! 金もなんもいらね! おねげえしますだ!」

「・・・はっきり言いなさいよ」

「は、はあ?」

「はっきりしなさいよ! あなた、わたしをどうしたいの?!

わたしを雲から叩き落としたときの気合いはどこいっちゃったのよ!!」

「か、かみなり、さま・・・」



長太はひれふしたまま、真っ赤になって、あせをだくだくたらしてこう言ったと。



「お、おらあの、よめごにさ、なってくんねだか・・・」



言い終わらんうちに雷さまはがばと、長太にだきついた。



「かみなり、さま」

「・・・そう言ってくれると思ってた。 きっと、きっと長太はそう言ってくれるって」

「かみなりさまあ!」



雷さまは、ずーっと、探しておったんじゃと。

自分を恐れず、禁を破るだけの勇気を持ったおとこを。

山をはしり湖にとびこみえものを捕まえてくる、たくましいおとこを。


そしてなにより、おのれでもままならんおのれのことを、

しんぼう強くささえてくれる、やさしいおとこを。


「長太、きて! あたし、ずっとずっと、がまんしてたの!

帰るまで待てない、待てないよう! いますぐ・・・」

「かみなりさまあ、かみなりさまっ!」

「ああっ・・・」


雷さまのそばで暮らし、雷さまがすむ山をはしり、

雷さまの食べものをたんと食った長太のからだは、

もうすっかり雷さまとおなじになっておった。


長太のからだは岩山のようで、雷雲をどっかとつらぬき天へと顔を出した。

雷さまは大喜びで雷を落としたが、長太のからだはこゆるぎもせんかった。

岩山はどんどんどんどん高くなり、ついにお天道様まで届いてしもうた。

その日長太の里には、めぐみの雨が雷とともに、一晩中振っていたんじゃと。



「ね、はやく。長太あ・・・ あれのあとって、がまんできなくなっちゃうの・・・」

「おう。 雷さま、ひとりで頑張ってたから大変だったんだ。

いっぱい雷さまこさえて、らくにさせてやっぞ!」

「もう、雷さまっての、やめてよう・・・ あたしの名前は・・・」



ふたりが帰ってきてから、霹靂山にはずーっと雷と雨がふりそそぎ、

ふもとの国々はたいへんうるおったんだと。

それからずっと、雷さまがこらん月はなくなった。

いつでも雷が雨を乗せてやってきて、川をあふれさせることもなくなった。



特に稲の穂が実るころには、かならず雨が降るようになったという。

里のみんなは雷さまのことを稲の妻、稲妻と呼んで、たいそうあがめた。

だからいまでも、雷のことを稲妻と言うんだとさ。

どっとはらい。



17/10/08 21:31更新 / 一太郎

■作者メッセージ
テーマは「めんどくさい女」
そばにいてほしくはないけどやっぱり可愛い。

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