連載小説
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影の男 ACT1

・・・・・・虚しい。ただただ虚しい。何を考えても虚無感しか得られない。
なにをすれば良かった?
どうすれば良かった?
分からない、なら・・・また無限の思考の海に沈もう・・・










私は、レスカティエ教国に産まれた。ごくありふれた家庭の一人息子だった。
父は教国の兵士として戦功を挙げて、兵士長になった古強者。
母は家事が上手く、美味しい夕飯を作りいつも父を待っていた良妻だった。
そんな二人にの間に産まれ、愛されながら育ったのだ。
暖かい家庭だった。
絵本の勇者に憧れ、野山を駆け、剣に見たてた棒切れを振るった。友と絵本の世界を模して遊んだ。
想像の魔物と戦い、冒険をした。
そうして遊び疲れて帰ってきた後に、母の焼いてくれたクッキーはとても美味しかった。
父の話してくれる武勇伝が、いつしか子守唄になった。そしていつか、父の様に強くなりたいと思い始めた。勇者に成れなくても、強くありたいと。
時が流れ、私も成人しレスカティエの軍人の一人となった。
本当の戦に初めて参加した時は、戦場の空気に慣れず気分を害し十分な戦果を挙げられなかった。
情けなくて、その日は自分に割り当てられた部屋に篭った。そうして情けない気持ちを振り払った後は、次の戦では必ず戦功を、と自分の剣を握れなくなるまで振るった。
そうして迎えた二度目の戦。私は敵の大将首を上げた。その日は本当に嬉しかった。祝宴の酒を浴びる様に飲んで、吐いた。そして笑い合った。
その後も、幾つもの戦場に参加し腕を磨いた。到底片手では数え切れない数の戦場を。
そんな時だった。彼女に出会ったのは。
その時は、戦で大勝利し、久々に大酒を飲んでいたのだ。
その後、酔いを覚ましに外に出たのだが、そこで奇妙な少女に出会った。
まるで聖女のような美しい少女。だが、己を押し込めるかのような表情をしていた。こんな小さな少女が、もっと腐った大人がやるような仕草をしていたのだ。
何故か、その様子が嫌にも目に焼き付いた。




数々の戦を渡り歩いて、将軍になった頃、私はまたあの少女に遭遇することになる。
あの時から成長した少女は、勇者になっていた。名をウィルマリナと言う。教国の勇者の中でも期待の新人だった。
しかし、その姿を見た私は以前にも増して彼女の様子に疑問を持った。さらに己を殺している。そんな感じがした。
さらに、気になる者は増えて行った。
天才的な魔法のセンスを持つ少女や、訓練所にて夜遅くまでハルバードを振るっていた女戦士。敬虔な徒であり、孤児院を守る優しきシスター。弓を扱い、鋭い視線を人間に向けるハーフエルフに、大人しく、病弱なレスカティエの第三王女。
全員、何か引っ掛かった。何か、しがらみに囚われている様な、しこりを抱えている様な。
昔から勘は良かった。だから分かったのだろう。
そうして、気になった者たちに何かしら理由をつけ話しかけて見ることにした。幸い私は位も其れなりに高い。彼女らと話すタイミングもあるだろう。もしかしたら何かしら話してくれるかもしれない。そんな期待があった。
だが、そう上手くは行かない。そうそう暇はできないし、会ったとしても私は口下手で、上手く会話をすることもできず、さらに魔法少女からは皮肉を、ハーフエルフからは弓矢をお見舞いされる事すらあった。第三王女に至ってはもはやストーカーに近いやり方で話をする機会を得た。死にたかった。それでもめげずに頑張り、1週間で聞き出せたのは、少しの情報と名前くらいだった。
魔法少女がミミル・ミルティエ。
女戦士がメルセ・ダスカロス。
シスターがサーシャ・フォルムーン。
ハーフエルフがプリメーラ・コンチェルト。
第三王女はフランツィスカ・ミステル・レスカティエ。
彼女らは、それぞれそう名乗った。




名前を聞いてからは、色々なタイミングで声を掛けた。(フランツィスカさまは流石に厳しかったが。タイミングなどなかったのだ。)まあ、他愛ない会話ぐらいしかしなかったが。
そうすると、ある時ウィルマリナが思い出話をしてくれた。珍しい事だった。
その話の中には、ある少年がよく登場した。その少年と過ごした事がとても楽しかったと。
その時の彼女の表情は、ただの少女の顔だった。
何だか嬉しかった。彼女がそんな表情をしたのだ。己を殺さない、素直な表情を。
その少年が少し羨ましかった。何故だかは解らなかった。




その後、さらに昇進し軍団長まで登りつめた私は、彼女らとの交友を続けていた。
ウィルマリナとは戦友として、ミミルやメルセなどとは友達として交友をする様になった。プリメーラは会話をまともにしてくれるようになった。
まだ彼女らのしがらみが何かは解らなかったが、いずれ話してくれる。そう思って会話をしていた。
その頃に一番印象に残ったのは、彼女らから聞いた教国の印象だった。ウィルマリナは教国についてよく言っていたが、ミミルなどは正反対で、自分におべっかばかり吐き、そのくせ自分を道具の様に使う泥溜のような場所だと詰っていた。
私は、この国の上層部に位置する身。ミミルの言う事はよく分かった。他の上層部の奴らは自分の身分と保身にしか興味のない奴らだから。
はっきり言って掃き溜め同然と言ってもいいほどこの国の裏は濁っている。こんな幼い子供を利用しようと考えたり、少女から幼馴染を奪う様なやり方をしたりと。
私は、皆が日々の営みを過ごすこの国が好きだ。だが、同時に腐り切った面を隠すこの国が嫌いだ。
私は彼女らと話をして、彼女たちが持つしがらみは、この国や、今の常識や、人の業から生まれたものではないかと気づいた。
なら、それから解き放つにはまず周りから変えなければならない。そう思う様になった。
私は、いつしか彼女たちの幸せを願うようになった。レスカティエと言う暗い闇の、人の常識と言う鋼の檻の、人の業と言う深い影の中で、懸命に生きる彼女らにせめて幸せを、しがらみなど忘れるほどの幸せをつかんで欲しかった。
だから、変えねばならない。まずはこの国を、ここの常識を。消さねばならない。この国の生む業を。
私は、いつしかこの国の影を消し去り、国を裏から操る為に行動し始めた。この国を、民を、常識を変える為に。
先ずさらに昇進する必要があった。より上の人間に接触し、叩く為には高い位が必要だった。
戦場で先んじて剣を振るった。敵を打ち倒し、退けた。だが、殺しはしなかった。私の身勝手な野望の犠牲になる必要はない。それに、いかに魔物と言えど我々と同じこの世界を生きるものだ。それをわざわざ殺すなど愚かしい行為だ。
政治にも手を出した。様々なツテを作り他の者を失脚させんと動いた。
そうした間にも、彼女らへの気配りもできる限りした。ミミルにぬいぐるみを匿名で送って見たり、メルセに酒を匿名で送って見たり、プリメーラに髪飾りを匿名で送って見たり、サーシャの孤児院にお菓子を匿名で、定期的に送って見たりした。フランツィスカさまには将軍になれたのでお声をかけやすくなった。なので暇を見つけては話し相手になった。
ウィルマリナとは何度も戦場で会った。その度にお互い背中を預けて戦った。彼女に任せっきりではダメなのだ。彼女と共に戦わねば。そうして、前より慌ただしい日々を、私は送るようになった。




ある日の事だった。私は久しぶりに新兵の様子を見にきていた。将軍になったからには才能溢れる若者の発掘もせねばならない。
しかし、才能溢れる若者なぞそう見つかるものではない。これはあくまで私が将軍であるがゆえの義務消費に過ぎないのだ。
中庭で訓練に励む新兵たち。それを横目に眺めつつ、一応品定めをする。
(ふむ、なかなかの士気のようだが・・・それだけだな・・ん?)
すると、その中に気になる若者を見つけた。
特に目立つところもない兵士。だが、私は直感的に悟った。彼が、ウィルマリナの言っていた少年だと。
確証などないただの勘だ。だが、不思議と自信が持てた。
調べて見れば、大当たり。まさに彼女が言っていた少年に間違い無かった。これは僥倖だった。
何とかして、ウィルマリナを彼と引き合わせ、話をさせる事ができれば・・・彼女も少女時代を思い出し、少しは息抜きになるかもしれない。いや、ひょっとすればこれがきっかけで彼女に少女の心が帰ってくるやもしれない。
考えれば考える程素晴らしい考えに思えた。そして、フランツィスカさまも彼女らと幼少期を過ごされたと言っていた事を思い出した。
なら彼と会えるのはきっと嬉しいに違いないと考えた私は、何とか二人と会える機会を彼に作ってみようと計画を練り始めた。




彼を見つけてから暫くして、ミミルやメルセから「彼」の話を聞く様になった。どうやら彼が気に入ったらしい。ミミルは否定していたが、微笑ましいものだった。彼の話をする様子は見ていて楽しそうにしか見えなかったからだ。そんな様子を見て私も嬉しかった。彼女達の幸せが第一なのだ、当たり前だった。
それと同時、ウィルマリナの顔に影を見る事も増えた。彼に会った事で彼女の心が揺れ始めたのだろう。いい傾向だ。
このまま勇者として活躍させてもろくな事がない。彼女に不幸があるだけだ。それは許し難い。
今は苦しいだろうが、我慢して欲しい。彼とあって話すことができれば、考える事もあるだろう。そうすれば、きっと彼女なりの良い答えを見つけ出せるに違いない。彼女が笑って終われる、素晴らしいハッピーエンド案を。
私は彼女を信じている。人として彼女個人を信頼している。『勇者ウィルマリナ』ではなく、『ウィルマリナ・ノースクリム』を。




プリメーラから、自分に分け隔てなく接する知り合いの兵士の。サーシャから、孤児院で昔から弟のように接してきた青年の話を聞くようになった。二人とも楽しそうだった。それを言ってやるとプリメーラからは弓矢が30本程、サーシャからは魔法をプレゼントされた。照れ屋さんな二人だった。
フランツィスカさまは彼に会えずじまいで、残念そうにしていたが私が何とか一目あって話す機会を作った時は、とても嬉しそうだった。少し嫉妬してしまう位に。
でも、それすらもかき消えてしまう程に嬉しかった。何時も顔に影がさしていたフランツィスカさまが、あんなに明るい表情を浮かべている。それだけで嬉しかった。少し泣いてしまった。
・・・ウィルマリナにも、必ず話す機会を作らねば。そう決意するきっかけにもなった。
軍団長としての責務をこなしながら様々な方面のツテを頼り、二人が密かに会う為の場所を探した。時間も確保できるように動いた。幸い、他のものは私の動きには気づいていなかった。




そうして何とか場所と時間の確保に成功し、ウィルマリナに伝えに行く時、






ーそれは起こったー






始めに感じたのは凶暴なまでの濃い魔力と、多数の敵の気配。
すぐさまきた道をとって返し、城門の方へ向かった。




ついた時には、もう一部の女性は魔物化し始め、沢山の兵士たちが魔物に貪られていた。
あたりに満ちる濃厚な魔力と、性の匂い。私はそれを感じて、ここはもうダメだと悟った。こぼれ落ちた水を救うより、まだ手の中にある水を守らねば。
急いでまだ無事な居住地区に向かうことにしたが、そこに
「あー‼まだ無事な男の人いたー‼」
「あら本当⁉早い者勝ちね‼」
「素敵な旦那様になってくれるかしら?」
魔物の集団、おおよそ10匹ほどが立ちはだかった。オークに、ホーネット。デュラハンやサキュバス、ラミア。ハーピー他などバラエティに富んでいる。随分と男に飢えているようだ。
しかし私の体をくれてやる訳にはいかない。私は、走りつつ腰にさしてあるやや大ぶりの両刃の剣を抜きはなった。
私の剣は、切った者から体力を根こそぎ奪い、自身の魔力に変換するという機能を持ち合わせ、さらに切っても相手を傷つけない。
非殺を絶対とする私にはうってつけの剣だ。
「・・・参る‼」
襲い来る魔物達。ある者に対してはその体に触れつつ自然に軌道を逸らし、ある者に対しては体を傾けて、最小限の動きで躱して行く。
躱しきられた事に驚く魔物達。それだけではないのだが。次の瞬間私が触れた魔物達が倒れた。目を見張る魔物達。
一体何をしたかといえば、触った魔物から体力を奪う特殊な魔法を使っていたのだ。掌から発生させて、纏うタイプの魔法で前時代に絶えたとされる相手の体力を奪う魔法。「ドレイン」と言う。さらに私が改良を加え、その体力をそのまま自分の体力か魔力に変換できるようになっているので、自分の強化にも繋がる。それだけではない。
「ア・・・うん・・んあぁ///」
「ひぁあ・・いぃよぉ・・・///」
「な、なにこれ⁉」
「みんな気持ち良さそう・・・」
この呪文の餌食になったものにはもれなく私が砂漠にて開発した、「マミーの呪い」(私仕様)がかけられる様に術式を組み込んであるのだ。
体力ゼロ、快感上昇。これで動ける魔物はいないのだ。
驚いている魔物達を尻目に、抜きはなった剣を薙ぎ、
「なっ⁉うわぁ‼」
近くにいたデュラハンを一人倒した。
「えっ⁉」
続いて慌てているオークに瞬時に肉薄。袈裟斬りに剣を振るうと、
そのまま体を回し後ろにいたホーネットを一閃。
「プギぃ⁉」
「やんっ⁉」
さらに、近くに突き立っていた剣を足場に
「うわあっ⁉」
上空に逃げようとしていたハーピーを叩き落す。
残るラミアに剣を突きつけ、
「退いてもらおうか」
決着となった。
これまでに1分30秒程かかった。時間をかけ過ぎたと思った私はラミアが下がって行くのを尻目に急いで駆け出した。
一路、居住区へ。

13/07/26 01:10更新 / ベルフェゴール
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■作者メッセージ
影の剣士。絶望までは、あとわずか。

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