読切小説
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チャットの書き込みに御用心
僕が此処のサイトに着いたのは何時からだっただろうか、
ふと、馴染みのサイトに覗きに来たときにそんなことを思った。
何時からか怪談や都市伝説といった世間では心霊などと呼ばれるものに気を惹かれたのも、
今となっては覚えてないくらい昔に感じる。
心霊好き、とは言うものの、
経験談、創作、眉唾物の噂でも、なんでも楽しめればいいという程度の軽いものだ。
その証拠に僕の部屋の本棚にも碌にその手の本など入っていない、
何故なら今の世の中。本など買い漁らなくても僕のような軽い心霊好きならばネットで事足りるからだ。
背筋も凍る実体験と語られるものや、曖昧すぎて怪談かも疑わしい話、
子供の作り話のような物まで少し調べるだけでネット社会の中にはそのような話が溢れかえっていた。
そんな心霊サイトの中で、僕は一つのサイトに定期的に訪れていた。
個人サイトで掲示板などで得た情報を掲載するだけのひっそりとした怪談サイトだ。
別に此処だけでしか見れない情報なども無いため、アクセス数も多くなく時折数名訪れるだけのサイト。
しかし、このサイトには一つだけ僕にとって大切な楽しみと言えるものがあった。
それは数日おきに決まった時間にサイトの管理人さんが主催しているチャットだ、
心霊や怪談を主題にこそしているが、大抵は脱線して雑談に収束することが多いような気軽さが好きだった、
そして今日はそのチャットの開催日なのでいつものよう僕はチャットに入室した。

沈丁花:こんばんは
瑞香:沈丁花さんこんばんは
紫陽花:こんばんは、今回も何時もの面子だね
Daphne:こんばんは、御新規さんが増えることが稀だし

僕が何時もどおりの挨拶と共に入室すると
サイト管理人の瑞香さんを含めた三名が何時ものように挨拶を返した
ちなみに僕のハンドルネームが沈丁花で、
紫陽花とDaphneという名前の彼らもこのチャットに長いこと参加している常連だ。
瑞香さんのことは何故か、名前で呼ぶことは殆ど無く、皆で管理人さんと呼ぶ方が馴染んでいるが。
参加してるのが見慣れた面子のみだが、その分遠慮なども無く話せるだけに安心できるメンバーだった。
何時ものように最近話題になった怪談等を話してるうちに、また何時ものように雑談へと流れていった。
夜が更けてくるにつれ。誰とも無く話題が猥談混じりになり、それに他のメンバーも悪ノリしていた。
そんな話の最中に管理人さんが「そういえば」とある話題を切り出した。

瑞香:最近になって不思議な夢の話が増えましたよね。
沈丁花:あ〜、なんだか連日同じ夢の続きを見るって言う。アレです?
瑞香:そうそう、その話です

管理人さんが振った話題は最近一部で流行っている都市伝説だった。
なんでも被害者の男性が毎晩、寝ると夢で綺麗な女性に迫られる夢を見て
それが段々と夢以外でも常に男性を苛んでいき、最後には謎の失踪を遂げるという有り触れたものだ。

紫陽花:でも、あの話って、怪談というよりは猥談だよね
Daphne:確かに、だって夢の内容がエロい奴でしょ
瑞香:皆さんが猥談好きなようなので、敢えて議題に据えてみました。
紫陽花:でも、実際のところ。どんなに綺麗な幽霊でも死人にはときめかないでしょ。
Daphne:だよな、なんだか一昔前にあった話の焼き増しって感じで新鮮味も無かったし。
沈丁花:それは怪談では言ってはいけないお約束ですよ。
Daphne:そうだね、すいませんでした。

Daphneが言うことはもっともだ、しかし。以前に似ている話があれば駄目ならば
大半の怪談は該当してしまうので一応突っ込みは入れておく。

瑞香:沈丁花さんは案外そういう相手でもいけそうですよね。
沈丁花:何故そのような認識なのか疑問ですが、興味はありますよね。
紫陽花:貞●みたいなのでも?w
沈丁花:さすがに貞●に迫られるのはちょっと・・
Daphne:でも、見た目がストライクゾーンなら良いんでしょ?凄いな。
紫陽花:だよな、俺は流石に幽霊は勘弁。
Daphne:俺も流石に躊躇うかな。
沈丁花:あくまで嫌いじゃないだけですよ!?
瑞香:でも、嫌いじゃないってことは脈はあるんですね
沈丁花:なんだか意味深な反応ですね?
瑞香:いえいえ、あくまでその反応に興味が沸いただけですよ?

そんなやり取りのうちにすっかり遅くなってしまい、その日は解散という運びになった。
パソコンの電源を切り、何時ものようにベッドに入ったのだが、
最後に聞いた噂が妙に頭の中に残り、暫し何故気になるのか考えていたが。
そのうち睡魔に負けて意識を手放した。


気がつくと、僕は夢の中にいた。
偶にあるという自覚のある夢という奴なのだろう、不思議なくらい落ち着いていた。
場所は自宅への道を歩いている途中だったが、傍らに違和感を感じた。
そちらに意識を向けてみると一人の女性がいた。
薄緑色の長い綺麗な髪で額の辺りにリボンを結んだ頭部、
瞳は赤く、肌は病的なまで薄紫色だった。
服は所謂ワンピースのような上下一体型の服を着ているようだ、
「ようだ」と曖昧な認識なのは彼女が密着していることもあり下半身は良く見えていないからだ。
そんな日本人離れ、というよりは人間離れしたような目の醒めるような美人、というのが。第一印象だった。
そんな彼女は僕の左腕に身を寄せるような状態で並んで歩いている。
こちらの視線に気付いたのか、
整った顔立ちのその彼女は此方と目が合うと恥ずかしげに微笑んだ
「やっと、一緒に歩けましたね。こうしてて並んで語り合いながら歩けるなんて夢のようです」
実際これは夢なんだけど、と。自分の夢の中で突っ込むのは流石に無粋か、と僕は言葉を飲み込んだ。
暫くすると彼女は一層こちらに身を寄せてきた。
しかし、僕は一つ、ずっと気になることがあったのだ。
「君は、誰?」
そう、僕の人生をどう振り返っても、何処にも彼女に該当する、いや。
目の前の彼女を連想させる人物さえ記憶に無いのだ。
幾ら夢とはいえ、全く見覚えの無い女性とデートする夢などあるだろうか
そうすると少々不機嫌そうに唇を尖らせながら、彼女は一度唇を舐めてから言葉を紡いだ
何故か些細な動作の筈のその唇に僕の意識は吸い寄せられていた。
「酷いですね、分らないんですか?私は・・」


聞き慣れた電子音が鳴り響く、どうやら起床時間になり何時ものように目覚ましが鳴っているようだ。
僕は目覚ましを止めると非常に残念な気持ちになった。
彼女の名前をあと少しで聞けたのに、
そして同時に自分のそんな考えに違和感を感じた。
起きれば終わる夢と分っていた筈なのに、何故自分は夢で見た彼女に此処まで惹かれているのだろうと、
それと同時に脳内で彼女の艶やかな唇が鮮明に思い描かれた、柔らかくハリの有りそうな、あの唇。
そして不機嫌そうな表情でもなお目立つ、何故か強い劣情を煽る赤く綺麗な瞳。
そこまで考えて僕は慌てて脳内に浮かんだ妄想を振り切った。
現実に居もしない相手への恋慕など無駄な事だ、と煩悩を振り払い、仕事に向かうことにした。

その日の通勤時の道で奇妙な経験をした。
路上に一匹の黒い野良猫がいたのだ、
それだけならごく有り触れた光景なのだが、違和感の正体に気づいた時、
僕はなんともいえない気味悪さにかられた。
黒猫はこちらを見ていた、それだけなら良かったのだが、問題はその視線の先だ。
その猫は僕の左腕、厳密には左腕から一人分ほどのスペースを凝視していたのだ、
そこには誰もいないし。周囲にも人は誰も居ない。
しかし、その猫は微動だにせず、僕の左腕周辺を変わらず凝視しているのだ。
僕はその猫の行動に背筋が寒くなった。
生憎と僕は霊感などが無い、
もしあったら、そもそも心霊趣味になどならなかったと思っている。
つまり、僕自身何かに憑かれてたとして確認する術なんて無かったわけだが、
今、此処で僕をいや。僕の左腕側を見ているこの猫が見ている場所に『何か』が居るとしたら。
その先を極力考えないようにして、僕は足早に猫の前を通り過ぎ逃げるように過ぎ去った。
僕の左腕側を目で追い続けるその猫を極力意識しないようにしながら。

仕事を終え、自宅のパソコンの前に腰掛けた時には疲れ果てていた。
激務だったわけではない。むしろ今日の仕事は普段よりも暇だったほどだ、
しかし、いっそのこと激務に追われていたかったと思うのは今日くらいだと思う。
なぜなら、仕事の合間などの少し手が空く度に頭の中に夢で見た彼女の姿が何度も浮かんでたからだ。
名前も知らない、ただの夢の中の人物が扇情的な笑みを浮かべ誘惑する。
夢で見たとき以上に艶やかな仕草が急に脳内に度々浮かんできたのだ、
そんな思春期の青年のような妄想が仕事中に付き纏うのだから、たまったものではなかった。
自宅に戻り、部屋でくつろいでいてもそれは変わらなかった。
気を紛らわせる為にパソコンを起動してこそいるものの、
今日は何時ものサイトでチャットが行われる日でもなかったので
サイトの更新確認もせずに、疲労感も相まって、今日は早々に寝てしまうことにしたのだった。

また、気が付くと、僕は夢の中にいた。
連日夢の中だと言う自覚のある夢を見ていることなど無かった僕は、
この現状をなんだか奇妙な気分になった。
周囲の景色を見ると昨日よりも自宅に近い、ちょうど今朝あの黒猫を見た通りを歩いていた。
そしてやはり。自分の左側に寄り添う彼女の姿が合った。
彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべながら相変わらず此方に寄り添っている、
「あと少し、そうすればずっと一緒に居られますね」
そう言いながら僕の腕に彼女は自らの胸を押し付けていた。
大きすぎず、されど小さくも無いそれは確かな柔らかさをもって、僕の腕に主張していた。
その夢の筈なのにずいぶんとリアルに感じるその感触を心地よくも思いながら、
何故かこの感触に身を委ねてはいけないという本能的な直感も感じていた。
そのため、僕は腕にあたる感触から気を逸らすために咄嗟に疑問を投げ掛けていた、
「ずっと、一緒に居られるって、いったいどういうこと?」
此方の問い掛けの何が面白かったのか、彼女はクスクスと笑っていた、
そして耳元で囁いた。
その声はなんだか隠し事を楽しんでるような様子にも感じられた。
「明日の夜になれば、全部わかりますからそれまではお楽しみに。ね?」
そんな言葉を聞きながら、気が付けば僕と彼女は自宅の前まで来ていた。


聞きなれた電子音、その音に僕は飛び起きていた。
薄々と感じていた嫌な予感、しかし今はほぼ確信をしている状態で、
数日前チャットで聞いた、最近話題になっているという都市伝説。
それが、現在僕の身に降りかかっており、夢の中での彼女の台詞からして恐らく今夜何かが起こるということ、
それを理解した瞬間、僕は全身から吹き出るような嫌な汗を感じた。
確かに心霊趣味はある、しかし。
自身が遭遇するとそれはただの恐怖でしかないことを現在実感しているからだ。
そして彼女の誘惑を次に夢の中で見たら我慢出来ないだろうと言うことも、
おそらく、彼女と一線を越えたらあの噂のように僕は失踪するのだろう、
なんとか、彼女の誘惑を打破するための手段を考えないといけないと、僕は直感していた。
とりあえず、職場に体調不良で休ませて欲しいとの連絡を入れた。
幸か不幸か、昨日の仕事中に様子がおかしかったのを上司も気付いていたようで。あっさりと了承された。
そして、パソコンの電源を入れ、何時ものサイトを見てみることにした。
今日もあのサイトでチャットの予定は無いのだが、とりあえず、あの噂の詳細を知りたかったからだ。
しかし、僕はそこで想定外の事態に思わず声を漏らした。
「嘘だろ?どういうことだよ」
一人暮らしの僕が部屋でそう呟いた事で誰が返事をするわけでも無いが、言わずに入られなかった。
何時ものサイトのトップページには簡易的な報告のみが残されて、他は閉鎖されていたからだ。
(管理人の諸事情により、当サイトは閉鎖させていただきます。
この告知も1ヶ月ほどしたら完全に消去する予定です)
それだけ、簡潔に表示されていたことに、僕は早くも挫折感を味わっていた。
普段からメールなど他のやり取りを一切してしなかったため、
他のメンバーにも管理人さんにも連絡をする術を持ってなかったからだ、
いきなりの予想外の困難に心が折れそうになったが、
それでも時間の余裕も無いので他のサイトや掲示板を巡りどこかに対処法が無いか、僕は調べてみることにした。


調べ始めたのは昼前だった筈なのに、気付けば外は日が沈み始めていた。
結局、対処法など見つからず、わかったことは大して役に立ちそうもなかった、
一つ目に、被害者は失踪するまでに数日間同じ夢の続きを見続けるということ。
二つ目に御払いなどに縁がある被害者が駆け込んだ例もあるらしいが、効果は無かった模様。
これに関してはそもそもお払いなどを受ける人脈も場所の知識も無い僕にはさして影響はなかった。
三つ目、被害者の男性は皆あくまで「失踪」であり、死体が出てないので死亡はしてないと思われること。
この情報に希望が持てるかといえば、正直なところ現在進行形で体験してる身としてはあまり気休めにもならなかった。
失踪した後に被害者がどのような結果を迎えているのかはわからないわけだし、
後は大半の意見は、ただのガセ、作り話だと言う、ありふれた見解だった。
結局のところ僕は、たいした収穫も対策も得られないまま、夜を迎えてしまったわけだ、
調べ物にも疲れた僕はそのままベッドに身を投げ出していた。
有効な打開手段は見つからず、全身を襲う疲労感と、
もしかしたら今までの全てを偶然だと思いたい希望的観測。
そして、もし彼女と一緒に居続けられるなら、
それも幸せかもしれないと言う内心の諦めも、
もし誰かに指摘されれば否定できなくなっていた。
それらが頭の中で混濁しながら深い眠りについてしまった。


そして気が付いた時には、ここ数日でもう慣れた夢の中にいるという感覚だった。
僕は自室のベットで仰向けに寝ており、そこで違和感に気付いた、
何時も夢の中で傍に居た彼女が居ないのだ。
上半身だけ身を起して見渡すと彼女はベッドの足元のほうに立っていた。
いや、立っていたと言うのも間違いかもしれない、
連日の夢の中でいつも密着しており気付かなかったが、彼女には足が無かったのだ。
腰から下はまるでデフォルメされたお化けのようになっており、そのまま浮いていた。
以前まで着ていたワンピースのような服は胸元が大胆に開いた格好になっておりより扇情的な出で立ちだった、
そんな此方の感想を気付いているのか、それとも気付いていないのか。
彼女は此方へ漂いつつ近づいて来た、そして顔を間近に寄せながら嬉しそうに口を開いた。
「ようやく、貴方と一緒になれる日が来ましたね」
感慨深げにそういう彼女は現状に疑問に感じてる僕に気付かずに言葉を続けた。
「ねぇ、今度は夢じゃなくて、起きて私と話しましょ?」
それだけ告げられると霧が晴れるように夢から意識が離れていった


(あれ、僕は、起きてる?)
目を開くと、何時もの自分の部屋にいた。
夢の中とは違う、確かに現実の部屋だ。
室内は暗く、窓から差し込む街の明かりだけが辛うじて部屋のなかを見渡す明かりになっていた
「なんだったんだろう?あの夢」
そう呟きながら身を起した時に、僕は言葉を失った。
寝ている体勢では気づかなかったが足元の方に居たのだ、彼女が。
夢の中と寸分違わぬその姿、そして現実の筈なのに今こうして目の前に居る恐怖。
それらの混乱で声を出すことも身動きも出来ない無いこちらに、彼女は抱きついてきた。
「あぁ、ようやく実際の貴方にこうして触れられるときが来るなんて、本当に待ち遠しかった」
まるで数年振りに恋人に会ったかのような、
夢見心地といった様子で彼女は僕を抱きしめ全身を摺り寄せてくる。
その度にやや低めの、されど決して冷たいだけではない明確な体温も感じられた、
その様子に先程まで感じていた恐怖感と未だに頭の中満ちていた混乱が共に薄れていった。
そこには噂で感じられるような恐ろしさを感じさせる存在ではなく、
むしろ、愛情とも親愛とも取れる感情が強く感じられたからだ。
「と、とりあえず、君は誰で。これはどういう訳か質問してもいいかな?」
未だに僕に抱きつきその身を摺り寄せてるいる彼女に戸惑いつつも、
どう見ても人には見えない彼女に問いかけた。
「あ、ごめんなさい。つい感極まってしまって」
平静を取り戻したのか、彼女が一度離れ。事情を説明してくれた。
「でも、私のことにまだ感づいてくれてないのは少し寂しいかな、あんなに長い間
互いにやりとりをしてきたのに」
この発言に僕は疑問を感じた、彼女を初めて見たのは数日前の夢の中が最初の筈、
決して長い間やり取りした記憶など無いからだ。
「じゃあ、瑞香って名乗ればわかります?」
「瑞香って。つまり管理人さん!?」
「はい、でも出来ればもっと早く気付いて欲しかったのですけれど、
あ、ちなみに最近この姿になった訳ではないですよ、初対面の時から私はこの姿のままです♪」
彼女にしてみれば此方の驚きは予想通りだったようで上機嫌にそう告げる彼女。
それを聞いた僕は暫く理解が追い付かなかった。
長い間チャット言う画面越しとはいえ、人間ではない相手と談笑していたことになるのだから。


その後、ようやく僕は落ち着きを取り戻して、彼女から色々説明を受けた。
間に彼女の主観的な部分に多々脚色が入っていたものの、要点を纏めてみると
彼女は異世界のゴーストと言う魔物だと言うこと、
そしてあちらの世界のサバトという団体の助けを得てサイトを作り、自身の旦那となる男性を探していたこと、
例の都市伝説の元になった人物は同じようにネット界隈で旦那探しをしていた他のゴースト達の話ということ。
そして、今まで使ってたサイトの閉鎖理由が僕に狙いを定めた為に不要となり閉鎖したこと。
そこまで聞いて僕は気になった点を更に聞いてみることにした。
「あのチャットのメンバーの中で、どうして僕を旦那に迎えたいと思ったの?」
「それは勿論、あの話を振った反応の中で、貴方だけが好意的な反応を返してくれましたもの」
そういうと恋する乙女といった表情で溜息をついた、
どうやら彼女は当時のやり取りを思い出しているようだ。
「いや、あれはあくまで嫌いじゃないと言っただけで・・」
「好意を素直に表さない慎ましさと、可愛さに思わずこの人が運命の方と画面越しに衝撃を受けたものです」
そういうと両頬に手を当てて身悶えしだした、
チャット時は余り気付かなかったが、素の彼女はなんというか、
中々に想像力に逞しい女性だったんだな、と僕は現実逃避気味に思いを馳せた。
「でも、そうだとしたら。なんで取り憑いた時にすぐに話しかけずにこんな遠回しな行動を?」
「私たちゴーストは実体化するまで、物や人に触れられなくて、言葉も交わせなかったのですぐにお話できなかったんです」
ちなみに画面越しのやり取りはサバトの特注品だったので触れられましたが、と補足をしながら彼女は説明を続けた。
「それなので、まずは貴方に取り憑いた状態で少しずつ、実体化に必要な精を戴いてたんです、
その際に夢の中でかろうじて言葉を交わしながら、今日と言う日を待っていたんです!」
なんとも信じ難い自身の現状を整理しながら最後の疑問を聞いてみた、
「それで、なんであの噂の最後は謎の失踪を遂げてるの?彼らは何処へ?」
そう、今までの説明を聞いている限り噂の元になった彼らはこの後失踪した理由が思いつかなかったのだ、
もし本当は失踪などしてないならば、彼女たちの旦那に選ばれた僕もあんなに怯えなかったはずだ。
「それは簡単なことです」
そう返答した彼女は何故か此方を熱の籠った、そしてなんとも艶やかな視線を送りながら続けた。
「こちらの世界での生活をしたままでは私達魔物と過ごすうえでは困難も多いと思い、
私達の世界へと御招待したんです。」
ゴーストである彼女たちの世界、それを聞いて思い浮かんだイメージを、僕はそのまま質問していた。
「つまり、彼らは死んで君達の世界に行ったということ?」
「とんでもない!大切な旦那様が命を落とすようなことは絶対にありません!」
その質問はどうやら彼女には大変不本意だったようで、強い口調で即座に否定されてしまった。
「あくまで、二人で気持ちよく、そして気兼ねなく交わることの出来る素敵な場所への移住を提案しただけですよ」
そういって彼女は僕にしなだれかかり、誘惑するような、いや。明確に誘惑する意図を感じさせる声で囁いた。
「旦那様の此処も苦しそうですし、魔界とは言っても過ごし易く良い世界ですよ?
一緒にあちらで交わり、愛を囁き合いながら過ごしませんか?」
そう囁きながら僕の股間を撫でる彼女の仕草と声を感じながら僕は何処か遠い出来事のように理解した。
(あぁ、噂の元になった彼らも、このような誘惑の言葉を受け、そして受け入れたのか)
今に至るまで脳内に浮かんだ彼女の艶姿、そして現在目の前に居る彼女と交わり、愛し合う日々。
それらが既に僕の脳内の他の事柄を全て思考の外に追いやっており、答えは既に決まっていた。
彼女と共にいられるなら、今までの生活や環境を捨て去ることに微塵も未練は無いからだ。


そして、この晩。僕もまた失踪者の一人となった。
14/06/27 23:14更新 / 鍔広帽

■作者メッセージ
ホラーな雰囲気を目指して、極力一人称視点を試みたら思いの外、難航してしまいました。
誤字、間違い等お気づきの点がありましたら、御指摘頂けると幸いです。

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