連載小説
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山羊娘と夜色
──自分は己の夢の為に強くなれているのだろうか。

迷いがあることそのものが未熟者の証であることは解しているものの、時折レイリはそれについて考えを巡らしてしまう。
守りたい存在がいる。故に武の道を極める。
この上なく単純明快な願望でこそあるが、同時に道を違えた時の危うさが恐ろしい。

昔、大好きな家族らに見送られて独り立ちをした時、母が話してくれた教えがある。自分よりほんの少しだけ大きな身体で抱きしめられ、涙声で託された我が子を想う願いだ。

──あなたが自分の求めるを突き進むことを私は喜ばしく思う。バフォメットとは生まれながらの求道者だと私の恩人は言っていたが、そうなのだろう。
ただ強くなるのもいい。だが、その力を何が為に奮う? 悪戯に他人を傷つけるだけならそれは弱者となんの変わりもない、と私は考える。無論レイリにも考えがあるだろう。探究の中でレイリがその答えを見つけ、好い伴侶と手を取り幸せな生を歩んでくれれば、母としてこれ以上の幸せはない。どうか達者で暮らしてほしい。私もお兄様もずっとここにいるからな。

今日に至るまであの言葉を忘れたことはない。むしろ自らがサバトの長になった今、以前よりずっとずっと深く染み込んでくる。一緒になってサバトを立ち上げた気の知れた仲間だけでなく、自分の実力を認めて魔女になることを望んでくれた新人ができれば余計にだ。

「オレの我儘で始めたことさ。オレが信じてやらなきゃ、信じてついてきてくれたあいつらに対してそれ以上の裏切りはねえよな」

だから先陣を切って精進しよう。自分自身が道しるべになってみせよう。ひとを不幸になんてしたくない。傲慢だと罵られようがなんとしても幸せにしたい。だからオレは強くなる。これこそ父のように素敵な兄と出会う近道だと信じて。
あと、ついでに魔王様の創られた世に報いることだと信じて。

────────

最近、夜の散歩が半分趣味になっている気がしないでもない。この頃街にきな臭い風が吹いているなと感じて始めた見廻りだけど、夜のちょっと冷たい風が気持ちよくて苦にならないのだ。夜の街をかっこよく飄々と歩いてみせる。この感覚、眠くなったらすぐ寝るあいつらには味わえないから得な気分になるな。
ソラウに出会えたのも見廻りの最中。だから逆に機会を頂けて感謝しなければならない立場かもしれない。

とは言いつつ、ぴりぴりした空気がよろしくない輩を呼び込み始めているのも確かだ。最悪の事態が起こってしまった時オレひとり、他五人で完璧に対処できるという断言もできない。それは驕りだ。優れた軍師や戦場で最後に生き残る者は臆病者なのだから、オレは幾らでも臆病になる。

誰かに協力を求めるにしてもこの街で魔物は黙認されている存在だ。表立って何かを画策するとお偉いさんに睨まれちまう。そもそも旦那さんと幸せにやってる魔物を無闇に剣呑な場に連れていくなんてオレの主義に反するからな。絶対にやらねえよ。

……って、本気でどうしような。アイルを呼び戻すか? いや、あいつ今結構遠くにいるみたいだし、オレが認めた手練だからって大きな足しにはならないだろう。
仲間たちを信用していないなんてことはない。信用しているからこそあの時のゴロツキどもみたいな愚かな目に遭わせたくないのだ。何しろ、オレたちをゴロツキどもになぞらえても遜色ないお相手さんなんだから。

「こんな夜中に小娘が何をしている」
「ああ? オレは今考え事の最中なんだ」

いっそ過激派の連中を呼び込んで……それもなんだかな。人も魔物もいろんな奴がいて、それぞれに好きな生き方をしているこの街の雰囲気でこそオレたちのサバトが輝くと思ってるし。
過激派の主義を否定はしない。行く行くはここが故郷みたいに魔界になってくれたらいいなとも思っている。でも、その過程に感じられる情趣も大事にしたい。

ここはレスカティエ程酷くはないしな。今のところは。

「おい!」
「なんだよ!」

肩を掴もうとする手をひゅっと避ける。見上げると、厳つい男がこっちを睨んでいた。
左胸のバッジからして自警団か。教団の息はかかっていないから最悪正体がバレても酷いようにはされないな。

……性的な意味で酷いようにされるのは大歓迎だけど。

何しろこのおっさん、オレのタイプどんぴしゃなんだ。

「ったく。おい、家出娘。どっから来たのか知らねえが、最近は物騒な奴らがうろついてるからさっさと家に帰った方が身のためだ」

──何も持たず、かといって服装もそれなりの物でボロボロではないから家出娘か。どうやら頭は切れるみたいだな。それにこの匂いは。

「え〜。オレ帰りたくない〜!」

ちょっとからかってみたくなった。白状するとムラムラきた。服の上からでもわかる、みっしりと逞しい筋肉に覆われた身体。年季の入った鋭いながらも厭世的な眼差し。清潔にしていても隠せない雄臭い体臭。

それに、嫁さんがいるどころか雌の匂いひとつ無く、長らく"ご無沙汰"であることが魔物であるオレには手に取るようにわかってしまう。

じわり。
下の口が涎を垂らした。子宮がズクズク熱くなる。この男が欲しいと雌の本能が叫ぶ。舌舐めずりを堪えるのがやっとだった。
なあおっさん、どれだけ溜めてんだ。この体格ならちんぽもでっかいだろ。タマにたっぷり詰まった子種が出たい出たいって苦しがってるぞ。ほら、オレが解放してやろうか。

ひとしきり困らせて家に連れて行ってもらおうか、はたまた魔物と知らず実力行使に出たのを返り討ちにしようか。どうしよう。早くしねえと、下着なんて窮屈で着ていないからこのままだと垂れてきちまう。

「いいから帰れ。それでも嫌だっつうなら首根っこ引っ掴んで連れてくからな」

引っかかった!

「へっ、掴めるもんなら掴んでみろよ!」
「この……!」

ひょいと飛び上がって気持ち大袈裟に距離を置く。
頭の中でスイッチが入ってしまえば小難しい思考はそれまでだった。魔力の流れがいつもと比にならないぐらいに活発化する。流れる魔力が脳髄を焦がし、子宮を蕩かしてオレは一匹の雌になる。
鋭い角度で地を蹴り、まっすぐ股間を狙いに行く。
コンマ何秒で指先が布地に触れる──と思っていた。

「ふんっ!」
「うわ!!」

──嘘だろ、人の目には捉えきれない筈だぞ?
瞬間でしゃがみ込まれ、無防備だった腹を両手ですくわれた。脇腹をぎゅうっと掴まれ、じたじたと両手脚をばたつかせて振りほどこうとするが不思議なことにがっちり固定されたように離れない。なんで、なんで?
……てか、大きな手だなあ。あったかい。どうせならこの手で頭を撫でてほしかった。

じゃなくてな! なんでいち人間ごときがオレの動きを止められるんだよ! これじゃあたっぷりこってり搾り取れないだろ! 離せよ!

「成程。魔物がよりによって俺とヤりに来たか」
「バレちゃあ仕方ねえ。ああそうだよ。おっさんが大事に溜め込んでるご馳走が勿体ないもんで食いに来てやったんだ」
「こんなガキが、いっちょまえにやることやってんのな」
「馬鹿にすんな!」

油断したか拘束が甘くなる。それを見計らって全力で振りほどいた。

「っ、はぁ……オレはまだ処女だっての……」

おっさんみたような男の人に捧げる大事なものだ。
比喩じゃないな。一筋縄ではいかない展開は、オレに余計このおっさんに抱かれたいと思わせた。
本気で仕留めるつもりで獣魔法を使ったから身体が熱くてたまらない。あそこの豆がぷくって膨らんでじんじんするのが分かるし、お汁が溢れすぎて動く度にぴちゃぴちゃ音を立てる。今すぐにでもこの雄に屈服して雌を見せつけてしまいたい。でも長としてのプライドがそれを妨げる。それがもどかしい。

「ほお。まあ、こんな寂しい喪男を相手にしたいと言われちまえば断わる道理はないがね」
「……ほんとか!?」
「ただし、魔物ならそれなりの誘いをしてみろ。男おんなもガキも抱く気にはなれん」

そう突き放し、おっさんは口角を吊り上げた。自分がそういう表情をすれば他人がどんな気持ちになるか、理解している顔だった。

「いいぜ。オレにちんぽおったてたらおっさんの家に連れてけよ。あんたは約束を反故にするような男じゃないだろ」
「どうだろうな」
「オレが一目惚れする男だ、保証してやる」

ついでに、うんと気持ちよくさせてやる保証もな。

人化の術を解き、持てる全ての魔力を爪に込める。並の男なら掠っただけでも射精が止まらなくなるような威力だ。
こいつでざっくりいってやるよ。

「覚悟しな!!」






18/09/07 18:54更新 / へびねおじむ
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■作者メッセージ
学業専念のためにだいぶ間が空いてしまいました。次回えっちします。

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