連載小説
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『悪魔の契約』

 「この資料には、メッセージ性が足りません…ここは悪戯に数字と実績を主張するのではなく……」
それから一週間後、日が高く上がった晴れた日の午後、厳しい目つきで沙也加が広報担当の女性と対話を繰り広げていた。
相手の女性は、沙也加の迫力にたじたじになりながらも、指摘の妥当性にこくこくと頷いている。
「……………」
それを傍目に貴紀はもどかしげな様子で手をこまねいていた。
沙也加は、貴紀が担当するプロジェクトの打ち合わせに頻繁に顔を出すようになった。
いわく、プロジェクトの重要度が増したため、優先度を上げたとのことだ。
貴紀は沙也加の現場時代の実力を眼前でまざまざと思い知ることとなった。
沙也加は、目上だろうが取引先だろうがなんだろうが、あっという間に場の力関係を手中に収めてしまう。
面倒な調整なども、管理職としての権限を発揮し鶴の一声で片付けてしまう。
まさに向かうところ敵なしといったところだ。
貴紀の半分の時間で倍以上の成果を出してしまう。担当者である貴紀もかたなしだ。
もちろん味方としてこれ以上頼りになるものはなかった。
だが、貴紀のがむしゃらに働いた汗と涙の三週間が、沙也加の打ちたてた成果にみるみる内に塗り替えられてしまった。
手元には、沙也加が始末した後の残りかすのような、大したことのない仕事ばかりだ。
(……やっぱり俺が頼りないからっ………)
貴紀は自分の不甲斐なさにがっくりと肩を落とし、再び自信を喪失していた。







 もうすっかり日は暮れ、薄闇の中にネオンライトが幻想のようにぼんやり街に灯る。
そんな中、沙也加と貴紀が二人並んで歩いている。
仕事の後、沙也加が貴紀を夕食に誘ったのだ。
上機嫌な沙也加を横目に、貴紀は若干浮かない顔をしていた。
「ねえねえどうした貴紀君、こんな美人と歩いてるのにつまらなそうにして、一体全体なにがあったのさ?」
沙也加が問いかけながら、貴紀の腰に手を回して、すりすりとさすりながら歩いている。
「それ、自分で言うんですか?」
「あんだとー言って悪いかこらぁー」
言って沙也加は貴紀の頬をぷにぷにとつついた。
「ね、貴紀君も私のこと美人って思う?キレイ系?カワイイ系?そこんとこどぉよ?」
腕をぐいぐいと引っ張った。
「あーはいきれいですねー」
貴紀は素直に褒めるのも癪なので抑揚をつけずに言った。
「心がこもってないぞぉー」
言いながら口元を綻ばせてクスクス笑う。素面でこれなんだから質の悪い上司だ。
「はいはい悪かったっすね」
「なぁに?本当にご機嫌斜め?」
沙也加は首を傾げて怪訝そうにしている。
貴紀はその顔を見て、少しだけカチンと来た。一言言ってやろうと思った。
「俺って、そんなにお役に立てませんかね」
「お、またお仕事の話かね君は?」
沙也加はうっすら目を細めた。業務時間外で仕事の話題となると途端に不機嫌になるようだ。
「だって、俺に任せてくれた仕事、ほとんど沙也加さんが持ってっちゃうし……!」
「そうともさ、貴紀君は私の役に立ってくれればそれでヨシ、万事解決っ」
ひとりでうんうんと頷く。
「でも……でもそれじゃ、」
言葉に詰まった。情けなさに拳をギリギリと握りしめる。
「それじゃ、好きな人にだっていつまでも認めてもらえないじゃないですか……!」
「それって…」
「沙也加さんのことですよ!!」
はっ、と口に出してから焦る。つい平静を失ってしまった。
場の雰囲気で最高にカッコ悪い告白をしてしまった。貴紀はうかつな自分を猛烈に悔やんだ。
おしまいだ。この麗しく悪戯好きな上司との親密な関係も、今日までのことになる。貴紀は確信した。
一方の沙也加は、これまでの行動を反省すると同時にゾクゾクと感情を昂ぶらせていた。
(かわいらしい、この人間はなんてかわいらしいんだろう……!カワイイカワイイカワイイ!!!)
貴紀のことが、意地らしくて可愛らしくてたまらない。
子宮が収縮しキュンキュンと震え、愛液がじゅくりと溢れだす。
沙也加は貴紀から仕事を奪いながらも誘惑を仕掛けて、いずれ自分の所有物にする作戦だった。
だが、そもそも貴紀は仕事が欲しいと言いながらも、それによって沙也加の気を引こうとしていたのだ。
オスがメスに自らの能力をアピールするための本能。沙也加はゴクリと唾を飲み込む。
(今すぐ食べてしまいたい……この愛しいオスを…私の物に……)
沙也加は今日ここで獲物を狩りとる決心をした。すると、魔物に淫魔の素養が発現するより以前より太古の悪魔の記憶が沙也加に語りかけ始める。

(この者の自立を、断じて許してはならない……)
(この者の髪の毛一本から血の一滴に至るまで、永遠に我が支配下におかなくてはならない……)
(この者を直ちに堕落させ、二度と手放してはならない……)

人間を地の底まで堕落せしめんとする、どす黒い純粋なる悪意だ。
沙也加は記憶の奥底から、まるで蜘蛛が生まれた時から巣の作り方を知っているかのように、魔術が達者な魔物バフォメットにさえ行使の難しい大規模な術式を呼び覚ました。
肌に刻まれたルーンに滾る情欲を込めると、全身の脛脈が開きごうごうと魔力が流れ始める。
『悪魔の契約』である。
契約が交わされると、対象は魔術的結合により術者に永続的に隷属する。
沙也加の人生における最大の魔術を行使すべき時が近づいていた。

「貴紀君、勘違いしてる」

諭すように言った。

「私は貴紀君にそばにいて欲しかったの…他の人じゃだめ……
私もずっと好きだったから、どこかに行っちゃったら寂しいと思ったから…」

(造作も無い事だ、ただ彼の「認められたい」という欲求を満たせばいいのだから……)

「ねぇ、私の物になってよ?」
「………え?」

「ずっとそばにいて欲しい、恋人になって欲しい……
その代わり、あなたが望むものは全てあげるから…」

貴紀は意外な展開に目を見開いた。まさか既に彼女に必要とされていたとは。
憧れの女性の口から紡がれる愛の告白に、喜びで飛び上がりそうな気分になる。
答えなんて、決まっていた。

「…もちろん、俺でよければ」
即答だった。
「よかったっ……!」
沙也加は感極まって貴紀にひしとしがみついた、一方で、理性はあくまで冷徹に、狡猾に、目的を完遂しようとする。
(これで近づけた、隙だらけだ……。貴紀は油断している、今ここで仕留めよう……。)
貴紀は今まさに人生が支配下に置かれる水際とも知らず、沙也加の背中に手を回しぎゅうと抱きしめている。
「ねぇ、キスして…?」
沙也加は耳元に口を寄せ、ねだるようにそっと囁いた。あと一歩。
「キスするとき、「永遠に私のものになる」って誓って…」
「オーケー、これから俺は沙也加さんのものだ」
ちゅむっ………
貴紀は沙也加の艶やかな唇に、そっと啄むように口付けた。
すると沙也加は貴紀の頭に手を回し、がっしり固定する形で組み付く。
沙也加から立ち昇る女性特有の甘やかな体臭を感じる。
だが、極上のキスに夢中になっている内に貴紀は違和感に気がついた。
(唾液を飲まされてる……いや、唾液って感じじゃない…?)
貴紀は沙也加の唇から、なにやら沙也加の匂いがする、不思議なクセのないサラサラとした液体を飲まされているように感じた。
実はそれこそが沙也加の契約の魔力である。

ちゅぅー……ちゅむっ……ちゅむっ……
魔力を流し込まれる内に、貴紀は意識がくらくらしてきていた。
世界がぐるぐると回転する、自分が自分でないように思える。まるで沙也加とひとつの生き物になったかのような……。
(気持ちいい……でも……力が入らない……立っていられない……)
やがて沙也加の魔力は鼻腔を通り抜け、貴紀の扁桃体――――脳の情動を司るクルミ状の器官に定着した。

ちゅぅー……ちゅっぽん

沙也加は今後の二人の関係を決定づける運命的な口付けから貴紀を解放した。
口元からたらり、と唾液が糸を引いている。
恍惚とした表情で唾液を拭うと沙也加はぐったりともたれかかる貴紀の愛おしい体重を支えた。
契約完了である。この契約魔術により、もう貴紀は沙也加の命令に逆らうことはできない。
スマホを取り出すと夕食の予定をキャンセルし、沙也加は貴紀を自宅に連れ帰ることを決めた。







 沙也加の部屋は、会社から二駅程離れた住宅街に位置していた。
エントランスは石造りっぽい洋風な外観で、高級そうなプラチナ色のプレートが立てかけられている。
門前には、上半身が美しい女性、下半身が蛇の、いわゆるラミアを象った石像が置かれている。
山吹色のダウンライトが演出する絢爛なエントランスは、貴紀のうさぎ小屋のような六畳間アパートとは住む世界が違うことを思わせた。
そんな中を貴紀は急ぎ足の沙也加にぐいぐい腕を引っ張られて歩く。
恋人になったから自宅にお呼ばれ、しかも高級そうな高層マンション、という急展開に、貴紀はたじたじだ。
そのままエレベータに乗り込む。

17……18……19……

液晶パネルが、無機質に現在の階数を数え上げる。
「…………」
「…………」
二人は無言だった。いつも茶化してくる沙也加も今日ばかりは静かだ。緊張のせいかもしれない。
ちーん、と電子音が響くと、エレベータは24階で止まった。
その時、こちらを見た沙也加と一瞬だけちら、と目があった。
なんだろう、予想と反して恥ずかしいとか緊張とかいう初々しい雰囲気ではない。
まるで獲物を付け狙う肉食獣のような、ねっとりした流し目だった。貴紀はなぜだか少し冷や汗をかいた。
沙也加の後をついていくと、どうやら沙也加の自室に到着したようだ。
カードキーを通すと、緑色のランプがチカチカ点滅する。
沙也加はドアを開いた。
……ドンッ
「……っはァぁ……やっと捕まえた……!」
玄関を跨いで三秒もしない内に、沙也加は貴紀を壁に肘をつけて追い詰め、顔を鼻の先同士が触れそうなほど近づけた。
俗にいう壁ドンの体勢である。この場合男女が逆ではあるが。
「ふぅ゛うぅぅ……ねぇ……貴紀くぅん……?」
「はい…?」
様子がおかしい。
「私たち、もう恋人同士なんだよね…?」
「そうですよ…?」
「じゃあ、もうなにしてもいいんだよね…?」
「お、お俺でよければ……」
沙也加は息遣いを荒くしながら、貴紀の額に額をぴたりとくっつけた。
ねっとりと生温かい息が顔にあたる。
食べられてしまう。貴紀はそう思った。
「……はぁむっ………むちゅっ………ちゅうぅぅぅ」
沙也加は貪るように貴紀の唇にむしゃぶりついた。
「むちゅう……むちゅうぅぅ……!」
整った鼻が潰れてしまいそうなまでに猛烈に唇を重ねディープキスをする。
「じゅるるるぅる、ちじゅぅううう……」
キスの経験のない貴紀はあまりの勢いに口からよだれが垂れそうだったが、それすらも沙也加が舌まるごと吸い込んでみるみる内に唾液を吸い取ってしまう。
「つじゅぅ、じゅうぅぅぅ……んぽッ……ひはぁ……貴紀君おいし……おいしいよ……!」
「……はぁッ………はぁッ……」
夢見るようにとろけた表情で言う。貴紀は荒い息を整えるのに必死だ。
「……もう、わかるよね……」
「でも、まだ俺たち、今日付き合い出したばか……」
言い終わる前に沙也加は手をぐいと引っ張り、貴紀を別室に導いた。
扉を通り抜けると、電気もつけずに部屋に入ったので真っ暗だ。なにも見えない。

ぱちんっ

傘型のルームライトにぼんやりとした明かりが灯った。
寝室だ。寝るのにちょうど良さそうな薄暗さの照明だが、状況がそれをやけに性的に感じさせる。
広々とした空間の壁際にふかふかそうなダブルサイズのベッドが配置されている。
気づくと、一刻も早く目の前のご馳走にありつこうとジリジリ詰め寄る沙也加。
だが貴紀は、あまりの唐突な展開に躊躇が捨てきれない。
「あのぉ……沙也加、サン?」
「なぁー、に?」
濁った目で笑いペロリ、と舌舐めずりをした。なんだか逆らうことのできない雰囲気を醸し出している。
「いいお部屋に住んでますねっ!…家賃おいくら万円でしょうか……?」
現実に対応しきれていない頭が、貴紀に訳のわからない質問をさせた。日常的な空気を取り戻そうとしていたのかもしれない。
「………♪」
沙也加は答えなかった。
代わりに貴紀の目をじっと見つめたまま、プチリ、と胸元のボタンを外した。
「………ッ…!?」
目が釘付けになってしまう。
憧れの上司が、自分の前で女の姿を晒していく。
ワイシャツを脱ぎ捨てると、大きく実った乳房がまろび出た。
ジジーッ……パサッ……
スカートを脱ぎ下ろす。細脚と対照的な、むっちりした肉付きの良い太腿が晒された。
貴紀はあの太腿に挟み込まれた時の柔らかな感触を思い出し、びきびきと陰茎が強張っていく。
続いてするんとブラを脱ぎ、両手で親指を引っ掛けるようにして前屈みになりパンツを降ろす。
その間も一度も貴紀に向けた肉食獣のような視線を外さない。
生まれたままの裸になると、沙也加は口を開いた。
「…どうしたの?」
「………あの………」
「命令、『早く服を脱ぎなさい…』」
「………ッ……!!」
ぐらり、と視界が揺らいだ。
今まで何を考えていたのか、急に頭が真っ白になって訳がわからなくなる。
沙也加の契約魔術の成せる業である。
(服を……服を脱がなくては……)
ただ一つ、それだけはわかった。
貴紀は急いで服を脱ぎ始める。
「あれっ……くそっ…」
パンツを脱ぐのにカチコチに硬度を増した剛直が引っかかって苦労する。
下着を降ろすと、ビィン、と剛直が反り返った。それを見て、沙也加は辛抱たまらずに貴紀に覆いかぶさりベッドに押し倒した。
貴紀の腹の上に股をぱかっと観音開きにしてまたがり、頬を赤くしてじとぉ、と情欲で濁った目で貴紀を見下ろす。
「んっ……」
ゆっくりと腰を上げると、秘部からぐっちょりと白く泡だった粘液が糸を引いた。
貴紀の剛直を掴み、位置合わせをする。
沙也加の股間は粘液で内腿までびちゃびちゃに溢れかえっており、位置を合わせをしている内に亀頭にまぶされてヌルヌルだ。
ぐにゅうぅぅぅぅ……ぬろろろおぉぉぉぉぉ
「んっんう゛う゛う゛う゛う゛ぅん!!」
ぴっちりと閉じた割れ目が、陰茎をどんどん中に飲み込んでいった。
ぬるぬるとした壁に囲まれた陰茎が、亀頭から順に沙也加の体温と肉襞の一枚一枚との擦れ合いを過剰なまでに神経に伝えてくる。
そこから伝わってくる快楽により、腰全体まで性感帯になったかのようにびりりと痺れが広がる。
まだ最後まで入っていないにも関わらず、貴紀は限界を感じた。
だが、ぬるぬるの壁は亀頭が奥に進んでいる間にもきゅぅきゅぅと狭まって貴紀を愛し、追い詰める。
避妊だってしてない、なのに上に乗られ、身体を太腿にぎっちり挟み込まれて、腰を引くこともできない。
絶体絶命だ。

どびゅっ!! どびゅっ!! どびゅっ!! 

下半身全体に電流が流れたかのようにびくんびくんと震え、腰がひとりでにかくかくと動いて陰茎から夥しい量の白濁が吐き出されていく。
どれだけ出しても収まる様子がない、明らかに睾丸の体積を超えているんじゃないかというくらいに出てしまう、なのにまだ出る。
「んぐっ、ぐぎいぃっ」
貴紀は度を過ぎた快楽に歯を食いしばって耐える他ない。
沙也加は始めての搾精の甘美な味にうっとりと酔いしれていた。美味だ、美味すぎる、もうこれ無しでは生きていけない。
そしてこれはもう、他でもない自分のものなのだ。

いつだって搾っていい。
搾り放題。

「ほらもっと射精してっ」
自覚すると嬉しすぎて、また女性器をぎゅうと締め搾り上げてしまう。貴紀の悶える表情が可愛らしくて、見てるだけでももう幸せ過ぎてどろどろに溶けてしまいそうだ。
ようやく射精が収まってきた頃には、貴紀はぜえはあと息も絶え絶えだった。
正常な意識を取り戻し落ち着いてみると、貴紀にまたがる沙也加の背後に黒いひものようなものがひゅんひゅんと左右に舞っているのが見える。
黒い尻尾だ。沙也加の尻から生えている。
いや、それだけではない。
まるで最初からそこにあったかのような、禍々しく夜闇のように真っ黒い翼、真っ黒い角、真っ黒い尻尾。
横長の三角形に尖った耳。
青みがかって透き通った肌。
そして瞳はルビーのような紅色に染まり、うっとりと貴紀を見つめていた。
どこかで見たことがある。これは……。
「悪魔………?」
「どう?キレイ?」
さして気にする風でもなくさらりと言う。
「………」
端的に言えば綺麗だった、こんなに美しい生き物が存在するのか、と思った。
悪魔の角や翼は禍々しくありながらも美しい肢体と調和がとれている。捕食者、支配者を思わせる威圧的な風格と艶やかさが相乗効果を生み、現実離れした色香だ。
今まで角や翼がなかった方が不自然だったんじゃないかとさえ思えた。
「…貴紀君、悪魔と契約しちゃったの、もう私の物だから、命令に逆らえないの」
「そう……だったんですか…」
「…ヤだった?」
紅い瞳が覗き込む。
「契約ってどんな……?」
「最初に言った通り、貴紀君は永遠に私の所有物、その代わり、貴紀君が望むものはすべて与える」
「それって、沙也加さんと恋人として過ごしたいとか、そういう望みでも…?」
「もちろんオーケー」
「じゃあ納得です」
「ならよし」
「沙也加さんが俺にひどいことしないことくらい分かります」
貴紀は、自分の念願が叶うことさえ聞き届けられたのでほっと胸を撫で下ろした。
むしろ、こんな美しい悪魔に魅了され、恋人になれるなんて最高じゃないか、とポジティブに捉えていた。
「それより沙也加さんは俺にどうして欲しいんですか」
悪魔の所有物という聞き慣れない単語に、とりあえずこの美しい悪魔に不安をぶつけた。
「悪魔は堕落を好むの……とりあえず今日は、なんにも考えらんなくなるくらい、気持ちよくなって欲しいかな♪」
「でも俺、セックスも沙也加さんに引っ張られっ放しで……」
「私の所有物は、頑張りとか不要、気持ちよくさえなればよし」
「でも、俺、もう出しちゃいましたし」
「なにぃ?」
そう言うとニヤけながらぐりっ、ぐりっと腰をひねる。
「あ゛ぐぅっ、あ゛ぐっ」
陰茎が生温かい粘膜ににゅるにゅるとツイストされ、刺激に耐えられず情けない声を上げてしまう。
「ん〜?もう射精しちゃったから気持ちよくなれない〜?くふふっ………本当かなぁ……?ほらぁ……」
ずちゅっ…ずちゅっ…
ゆっくりと腰を上下させながら問いただす。
「あ゛、がっ、無理ですって!」
「わかってるよ、まだいっぱい出せるって」
「わかるわけない、そんなもん……!」
「わかるよ、だって私悪魔だもん…悪魔と交わると一回射精するくらいじゃ満足できなくなるんだよぉ?」
指をペロリと舐めた。
「でも、ゴムだってしてないし」
「私の所有物は、ゴム禁止」
「そんなあ」
「大事な貴紀君の精液、ゴミ箱に捨てちゃうなんてことは断じてNG!……あ、そおだ♪」
頬に人差し指をあて、沙也加は悪巧みのアイディアににんまりとほくそ笑んだ。
『命令、今後貴紀君のザーメンは、全部私に出すコト♪』
「なッ……あがッ……!」
沙也加の契約魔術は、喉に魔力を集め、特殊な振動成分を混ぜて命令することで発動する。
貴紀を除く人間には基本的に聞こえない、ほんの少し声が震えたように感じるかどうかといった所だ。
しかし、その声が貴紀まで届き、貴紀の脳に刻まれた刻印が音声を復調すると、一時的に脳内の報酬系より脳内麻薬が分泌される。
それにより、沙也加の命令に従うことに抗うことのできない肯定感を感じるようになってしまう。
結構えげつない術であった。
「もうひとりエッチじゃイけなくなっちゃたねー♪かわいそーだね〜♪」
貴紀にかけたひとり射精禁止の呪いに、ニヤニヤとご満悦の様子だ。
「でもご安心〜……そんなときはご主人様がぜーんぶ飲んであげます、よかったね〜」
からかっているかのようにぱちぱちと手を叩いた。
「ぐ……ずるいですよそんなの……!」
「所有物なんだから当たり前でしょおー?」
貴紀の頬に手を寄せ、愛おしげにすりすりとなでてニコリと笑った。
そしてまたずちゅずちゅと腰を上下運動させる。
「あ……貴紀君イキそだ……ほら出せ、出しちゃえ、びゅー、びゅー」
複雑な変化を加えた腰の動きによりカリ首がコリコリこすられて、気持ち良すぎて泣きそうになるような刺激だ。
貴紀が身悶えすると、沙也加は鋭くそれを見ぬいて腰の動きで快楽をコントロールする。
この美しい悪魔は、セックスに関してさえ支配者だというのだろうか。
射精の近ささえ看破されているようだ。
貴紀が耐えられなくなると、だんだんと上下運動のスピードを上げて種を搾り取るのに特化した動きにシフトしていく。
「もう我慢しなくていいよ、『出せ、いっぱい出しちゃえ…』」
刺激だけでももう耐えられない貴紀に、追い打ちで耳元で大量射精を強制する命令を囁いた。
身体だけでなく意識まで射精に集中させられてしまう。
ドグドグドグドグ
「ぐうううううぅうぅ」
搾精と命令の相乗効果により完全に自制の効かない射精が開始される。
『堕ちちゃえー♪堕ちちゃえー♪』
沙也加は射精の反射にタイミングをあわせて更に腰を上下させる、どこまでも射精快楽を増幅し堕落させようとするつもりである。
こんな悪魔的快楽が癖になったら、本当に駄目になってしまいそうだ。







 長い夜はまだ終らない。
悪魔との交わりは一回じゃ終わらないというのも本当らしく、5回6回と射精しているのに二人はまだまぐわっていた。
一度射精して、射精感は収まっても腰の痺れやムラムラが収まらず、そうこうして身体を重ねているうちにすぐまた次の射精感がやってくる。
嵐の海の荒れ狂う波のような怒涛の快楽の中でも、貴紀は少しずつ腰を振れるようになってきていた。
「んァ……私ももうすぐイキそうだ……」
沙也加がぽつりと呟いた内容に、思わずどきりとした。
「ほら、貴紀君、ここ、ここだよ、私の弱点……」
ちょうどへそから拳ひとつふたつ程度下の場所をとんとんと指差す。
「ここ……一生懸命ずんずんってして……?一緒にオカシクなるくらいイッちゃって堕落しちゃお……?」
魅力的な誘いにごくりと唾を飲み込んだ。言われた通りの場所を狙って軽く体重を掛けてみる。
「ぅひんっ」
沙也加が哀れな声を上げた。
「演技じゃないですよね…?」
「試してみればいいじゃない♪」
挑発的だ。
今までやられっぱなしで歯がゆい思いをしていた貴紀は、その安い挑発に乗ってやることにした。
ズンっ ズンっ ズンっ
「ぅひっ、う゛ひぃい゛、気持ちい゛ひよ、上手上手……ん゛う゛ぅう」
膣がびくびくと収縮し、締め付けが強まる。
声は演技かもわからないが、痙攣の方は間違いない。本当に性感を感じている。
貴紀は胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
自分が憧れの人に認められている、沙也加を満足させられている、それはずっと貴紀が焦がれていたことだった。
調子に乗ってガンガン腰を振ってピストンを加速させていく。
「ひっ…ひう゛ンっ……イック……んンーーーーーーッ!!」
沙也加はガクガクと腰を震わせて絶頂した。膣がぎゅうぅと収縮し剛直を締め上げる。
それに耐えられず貴紀もどくどくと膣内に白濁を放った。
沙也加の切れ長の目はとろけるように垂れ下がり、至福に満ちたイキ顔を晒している。
貴紀は、これに一方的に搾られるのとは違う、雄の本能を満たすような征服感を覚えた。
だから、つい口に出してしまった。
「沙也加さん……?」
「はぇ……?」
「……俺、もっと沙也加さんをイカせたいです」
「えっ……え゛はぁっ!?」
「…!? どうしたんですか!?」
沙也加の青肌に刻まれたハートを象ったルーンが淡く桃色に発光する。
すると沙也加は、なにかに耐えるように貴紀の腕を痛いくらいにぎゅっと掴んだ。
ズクン、ズクンと沙也加の下腹部に激しい血流が流れる。
失念してはならないのが、『悪魔の契約』は貴紀にのみ効力を及ぼすものではない―――沙也加の方も、貴紀の要求には必ず応じる効果を持つ永続魔術である。
つまり、貴紀の性的要求を、沙也加は拒むことができない。
ルーンが反応して、沙也加の精神を、肉体を、要求に応えるべく淫猥に造り変えてしまうのだ。例え『もっとイカせたい』という要求に対してさえも。
ルーンが輝きを収めると、沙也加はぼそりと口を開いた。
「いいよ……」
「…? なにがです?」
「いいよ、私のこといくらでもイカせても……」
ぐぬぬ、と下を向いて赤面している。
なにがあろうと契約には従うのが悪魔の掟である。
だが、自分の女々しい部分はあまり貴紀には見せたことがなかったので、羞恥で青肌の美貌が火が付きそうなくらい赤面していた。
そんなしおらしげな沙也加の様子を見て、貴紀はたまらず沙也加の肩を掴みとり汗やら粘液やらでぐちゃぐちゃになったベッドに押し倒す。
「じゃあもう、挿れちゃいますから……!」
「ひんっ………!」
沙也加は恐怖と期待で、ヒクヒクと頬を引き攣らせる。
ぐにゅるるる
挿入すると、前までの交わりより幾分か浅いところでコツン、と奥にぶつかる。
「んひィぃっ!」
子宮口だ。貴紀の要求に応えるべく、子宮が降りてきて、どうぞいくらでも突いてくださいと言わんばかりの状態になっているのだ。
それだけではなく膣の感覚も、かすめるだけで悲鳴を上げてしまうほどに敏感になっている。
今の沙也加は貴紀の望み通り、貴紀が軽く突いただけで即イキしてしまうような堪えがきかない身体になってしまっている。
ぱんっ ぱんっ ぱんっ ぱんっ 
「ひんっ!ひんっ!ひィんっ!………んっぎぃィィィィィ!」
数回突き込んだだけでいとも容易くアクメに達した。沙也加は足の指をぎゅうっと握りこんで失神しそうな程の快楽を耐え忍ぶ。
だが、貴紀の要求に応えようとする身体は失神すら許さず、貴紀が飽きるまで快楽地獄から解放されることはない。
「沙也加さん、どうですかっ…!気持ちいいですかっ!」
膣の激しい収縮に耐えられず白濁を放ちつつも、雄の存在を刻みつけるかのようにズンズンと体重をかけて沙也加を責め続ける。
ごちゅんっ ごちゅんっ ごちゅんっ ごちゅんっ
「しゅごいぃ、貴紀君しゅごいから゛ぁ゛っ……あ゛あ゛ぁぁああぁぁあ」
射精の最中さえ腰をぐりぐり押し付けて最奥部を刺激し、沙也加を絶頂から降りてこさせない。
見ていて心配になるほど下半身がビクンビクンと大きく痙攣し、止まらない。
「お゛ほお゛おぉぉぉぉぉお」
沙也加は獣のような声を上げ、紅い瞳から涙をぽろぽろと流す。
そのまま日が昇り空が薄明るくなるまで、沙也加は貴紀にずっと即イキモードで弄ばれたのだった。







 「貴紀君、ほら、あーん」
「あ、あーん…」
雲ひとつ見つけるのも難しいほど空が青く澄んだ秋晴れの日のお昼休み。
沙也加のデスクで、貴紀は手作りの弁当をご馳走になっていた。
沙也加は箸で掴んだハンバーグの一切れに落とさないよう手を添え、ニッコリと微笑んでいる。
広げられた弁当箱の中身は貴紀の好物であるからあげやハンバーグの他に、サラダやプチトマトで鮮やかに彩りを加えられている。
まさにそれは誰がどう見ても愛妻弁当であった。
沙也加のこだわりとして、弁当に冷凍食品や加工食品の類は入っていない、一切の例外なくひと工夫加えられた手作りの逸品である。
悪魔にとって、所有物を堕落させるための努力は全く苦にならない、とのことだった。
「あむっ」
「おいしい?」
「めっちゃおいしいです」
「んふふー」
ハンバーグを口にすると、じゅわっと肉汁が溢れ出てきて思わずほっぺたが落ちそうになるほどうまい。
しかし残念ながら貴紀の分の箸は没収されており、沙也加に「あーん」されることを余儀なくされている。
貴紀は職場で、しかも上司と部下の関係で、これってどうなのか?と思わないでもなかった。
だが後で聞いた話、そもそも魔物だらけだったらしい「Raccoon Holdings」では福利厚生の一環としてカップルのイチャイチャには滅茶苦茶寛容らしい。
二人が繰り広げるハートを撒き散らさんばかりの光景に、周りのまだつがいのいない魔物達はため息をついて指を加えて眺めているのだった。
16/01/17 23:06更新 / 些細
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■作者メッセージ
「バッチこい、服は脱いだぞ」と感想くれた方、
寒い中待たせてすまんな…。

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