連載小説
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山奥の料理屋
ジパングのとある山。
高さについてはそれほどではないのだが、険しい山である。
背の高い木が生い茂っている。しかしながら、森は針葉樹林がほとんどを占めるため、夏場を含む日中には緑色の木漏れ日が降り注ぎとても過ごし易くなっている。
逆に秋に近いこの時期は紅葉というには寂しいものだ。

そんな秋の山。
その奥に佇む一件の古びた料理屋。
「ただいまです」
帰りの挨拶をしながら扉を開ける男。男の名前は阿麓井 蒐(あろくい あつ)。この料理屋の店主である。 
「おう、お帰り」 
返事をしてくれるのは 黔 津鶴葉(くろ つずは)。蒐の妻である。同じくこの料理屋の女将だ。
「今日の魚はなんだい?」
津鶴葉は問いかける。この料理屋では蒐が魚を始め山では手には入らない物を仕入れに行く役を担っている。
「今日は大きな鱒と山女です」
荷車から蒐が両手で魚の入った桶を持ってくる。桶の大きさは二尺弱。そこには桶からはみ出ている一尺と八寸近い鱒が三尾。さらに七寸を超える山女も四尾入っている。なるべく鮮度を保つための氷が溶けて水になっており、かなりの重さだ。
しかし、その桶を毛が生えた緑色の手で持って中を覗く津鶴葉。
「どれどれ〜?おう、いい具合に肥えた鱒じゃんか。」
ニカッと笑い、白い歯が薄い緑の肌ととマッチしていた。
「津鶴葉さん方は採れましたか?」
「もちろん。」
いつものごとく自慢げに話し出す。
「まずは零余子(むかご)だな。また飯に入れよう。山芋はおろして、鮑茸はやっぱり焼きかな。猿梨もいっぱい採ってきたからまた酒盛ろうな♪」
この様に山育ちの津鶴葉は山菜採りが上手く、その途中で見つけた獣なども狩ってくる。
嬉しそうに話す津鶴葉を見て蒐もまた頬がゆるむ。
ここで気が付いた。
「津鶴葉さん、また無茶しましたね?ほらここに」
そう言って津鶴葉の皮膚に刺さっている木の破片を取り除く。
「悪いな。気づかなかった」
特に驚くこともなく、お礼を言う津鶴葉。
「いくら痛くなくても気をつけて下さいね。僕は津鶴葉さんが傷つくのは嫌です。」
「分かったよ!」
そう言って蒐の頭をグシャグシャに撫で回しつつ、一番重い荷物である八升の水を片手で下ろす津鶴葉。
破片が刺さっていた箇所の傷は既に塞がりかけている。
そう、津鶴葉は人間ではなく、魔物娘だ。

『ウシオニ』 

このジパングにおいて恐れられる魔物娘の一人である。上半身は美しい人間体。頭には二本の角。肌は薄い緑色。手は男性の頭を包むほどの大きさであり、黒い毛に覆われている。
そして、一番の特徴は下半身が蜘蛛であるという事。左右に足が四本ずつ、計八本。こちらも毛に覆われており色は濃い緑色だ。
力も強く、体は頑丈で下手な刃物なら切り傷すらつかない。先ほどの木の破片も刺さっていたのだが、その程度では痛みを感じないのだ。
魔物娘の中でも特に性欲が強く、時には人攫いもする事があるため多くの村ではウシオニへの警戒体制が存在するとも言われている。しかし気に入った男性が見つかればそのような事も落ち着くというは、やはり魔物娘たる証拠であろう。
この津鶴葉はもまた蒐という夫を見つけ一途になっているのだ。




「蒐…大丈夫かい?」
「よいしょっと、何がですか?」
二人で魚以外に仕入れた物を荷車から降ろしている途中、津鶴葉が訪ねる。
「村の人間と暮らさなくていいかってことだよ。」
いつも楽観的な津鶴葉もこの話題の時は至極真面目である。
人間がふらふらと来れるような所ではない。そんな山奥に人間ではない種族と二人きりの生活。
この冬に出会い、春から料理屋を初めたが未だに気にかけている津鶴葉。本人は平気そうにしているが、それでも心配であった。
「もちろんですよ。元々身寄りという身寄りもいませんし、それに」 
じっと津鶴葉の顔見て呟く。
「こんなに愛してくれる家族が、妻が居てくれますから」
照れながらも微笑む。
「な、何言ってんだ!誘ってんのか?ん?」
津鶴葉も照れ隠しに蒐を小突く。
「もちろん、今日の夜も。でも、まずはお店です!」
「分かってらぁ♪」
津鶴葉も旦那が愛してくれている、その事に喜びを隠せないのであった。







夕刻。暗くなりつつある空で月が輝き始めている。
「今日はもうお客来ないかねぇ…」
小さな窓から外を見て呟くのは津鶴葉だ。
「そうですねぇ」
この料理屋では山上りに来た村人、旅人、僧侶などが訪れる。それなりに格式が高い山であるため、毎日平均3人程度はお客が来るのだ。
しかし、それほど安全な山でも無いため季節を問わず日が沈んでから客が来ることは少なかった。
それでも山で暮らすことになれている津鶴葉がおり、少量の収入があれば十分に生きていけるのである。
「そうしたら、ご飯食べてお風呂に行きますか」
「賛成だよ。腹も減ったしな」
「お腹って言って下さい。」
「気にすんなって♪」
津鶴葉は戸棚から自分達の食器を出す。緑と桃の夫婦茶碗。蒐も津鶴葉もこの茶碗がお気に入りだった。
するとそこに。
ザッザッザッ。
何か生き物が近づいてくる音。
「お客さんですかね?」
「ちょいと見てくるよ」
ガチャ、津鶴葉がドアを開けてあたりを見渡す。
「!?」
そこには年老いた男性が倒れていた。
「おい!おっさん!」
あわてて駆け寄る津鶴葉。続いて蒐も店から出てくる。
「大丈夫ですか?」
二人で呼びかけるが返事がない。
「しょーがない!運び入れるぞ!お湯を沸かすんだ、蒐」
「分かりました!」




………
……

「悪かったの、若人達よ」
「ホントに驚いたぜ」 
「でも、大事なくて良かったです。」
老人は津鶴葉が運ぶ途中で目を覚ました。
店の中。ドアから入るとカウンターが目の前にあり、席は四席ほど。奥は広くない座敷で囲炉裏がパチパチ音を立てていた。
「いや、本当に助かった。しかし、これ以上迷惑もかけられまい。何の礼もできないが感謝する」
そう言って立ち上がろうとする老人。
しかし、これを許すような夫婦ではない。
「まぁ、待て待て。おっさんの年では今から山を下るのも辛いのもがあるだろう。今日は泊まると良い。な、蒐?」
「もちろんです。僕も同じ事を言おうと。」
ニッコリと微笑む蒐。
なっ!と言ってニカッと笑う津鶴葉。
「そ、そうか。なら、お言葉に甘えようかの…」
「そうしろそうしろ♪さて、飯にするか。腹減ったなぁ」
「お腹って言って下さい!」
「気にすんなって♪」
いつのもやりとり。老人は唖然としていた。
蒐がご飯を盛り、津鶴葉は老人の分の食器を出し戸棚へ向かう。
「おっさ…そーいや、名前を聞いていなかったな」
「あ、あぁ。甚六と言う。」
「甚六か。手は動くか?箸は使える程度に」
「問題ない」
「甚六さん、わさびは大丈夫ですか?」
漬け物石を持ち上げながら蒐が問う。
「大丈夫だ」
「なら、今日はわさびの茎漬けにしようかな」
「良いねぇ。甚六…すまん、おっさんの方がいいや。おっさんは山女は焼くか?」
「津鶴葉さん、失礼ですよ」
「いや、構わん。それより、そんなにもてなさんでくれ…」
「別にもてなしてねぇよ!こっちこそ悪かったな、飯が残りもんで」
津鶴葉ほ豪快に笑いながら囲炉裏の方へ向かう。
また呆然としている甚六へ蒐が話しかける。
「津鶴葉さんは言葉遣いは乱暴かもしれませんが、とても優しい人です。僕も気にしません。馴れ馴れしいかもしれませんが良ければつき合って下さい。」
甚六にお猪口を渡し、猿梨の酒を注ぐ蒐。
「…本当に申し訳ない」
蒐は微笑みかける。
「いえいえ、ご飯は大勢の方が良いですから」
そう言って食事の支度は進んでいった。





「「いただきます」」
「い、いただきます」
囲炉裏を囲んでの食事。
零余子入りのご飯。鱒のあら汁にわさびの茎漬け。焼いた山女とおろした山芋、そして猿梨の酒。
「いやぁ、やっぱり良い鱒だ。実に良いダシが出てる。」 
今日の来客は四名で鱒自体は無くなってしまっていたが、その頭や骨で作ったアラ汁は何とも言えないダシが出ている。
「山芋とわさび合いますね。あっ、いてて…」
辛みが鼻にきて涙目になる蒐。
「おいおい、旦那様。お客がいるのにそんな事じゃ嫁が困るぞ♪」
そう言って笑う津鶴葉。
「…うまいな」
甚六も口を開く。
「久々にまともな飯を食ったが、それを差し引いても長い人生の中で一番上手いかもしれん」
「そりゃ、ここは寂れてはいるがれっきとした料理屋だからな!飯が不味きゃどーしようもないわな!」
笑う津鶴葉。
「そうか、夫婦で料理屋か。良いな」
少し遠くを見る目。
ここで津鶴葉の声が真面目な物になる。
「所でおっさん、何で死のうとしてたんだ?」
急な言葉。
「…」
無言の甚六。申し訳無さそうに下を向いている。
「えっ?」
蒐はまだ状況が飲み込めていないようだ。
「そりゃ、この先、生きていこうとする人間はこんな所に手ぶらでは来ない。挙げ句あたしを見ても驚くそぶりが皆無ってのは年だけでは成せない技だぜ」
「…」
「別に怒ってたり、ましてとって食おうとも考えてない。ただ、話を聞かせてくれないか?なぁに、そんなに思い詰めなくても独り言を他人に聞かれたと思えば良い♪」
何時もより柔らかい笑顔な津鶴葉。
黙っていた蒐も口を開く。
「ほ、本当ならお話聞かせて下さい。力になれる保証はないし、どうして今日会ったばかりの奴らにと思うからしれませんが、それでも目の前で死のうとしている人を見過ごすわけにはいきません。」
瞳には力強さが籠もっている。
「…はぁ。もちろん、おまえさん達には飯の恩義がある。話す位は良いが、おもしろい話ではないぞ」
甚六はゆっくりと語り始めた。
甚六は長年連れ添った妻に去年先立たれた。大工だった甚六はその時も現役であったが、妻の死をきっかけに仕事が全く身に入らなくなってしまった。
息子夫婦からも厄介者扱いを受け、どうせなら最後まで迷惑はかけるまいと山でのたれ死のうということだった。






「と、言うことだ。しかし、少し前まで大工をして丈夫だからか中々死ねない。そこをおまえさん達に拾われたという事さ。」
乾いた笑い。蒐は震えている。
泣いているのでない。他人の感情なんて極論理解は出来ないし、まして、今さっき出会ったかなり年が離れている老人のものなど分かり得なかった。そう、泣いているのでない。
怒っているのだ。
「甚六さん、僕は…僕は孤児でした。」
「それは…」
津鶴葉が心配するが蒐を止めようとする。
しかし、話は止まらない。
「なぜ僕は捨てられたのか?今、両親はどこにいて何をしているのか?僕がこんなに辛い思いをしなければないらないのか。ずっと考えてました。」
甚六は黙って聞いている。
「それでも、僕を本当の孫のように可愛がってくれた祖母の様な人がいました。その人も三年前に亡くなってしまい、また独りぼっちになりました…。」
話しているうちに冷静になっていく蒐。
「祖母は村の人達とも関わりが薄く、身よりもいなくなったので僕も死のうと考えたこともありました。そこに」
蒐は津鶴葉をみる。
「また、家族ができました」
ニッコリと笑顔を見せる蒐。
「そこで思ったんです。人間死ななければどうにかなるんだって。だから、甚六さんも」
ここで津鶴葉が入る。
「言っとくと、蒐はあんたとは比にならないくらい死にそうな顔してたぞ。絶望だな。それもあたしが笑顔にしてやったけどな!」
自慢気に胸を叩く津鶴葉。
再び蒐。
「年端も行かない若造が、と思うかもしれません。でも、僕は誰にも死んでほしくありません。せっかくですからもう一回、お家に帰ってあげて下さい。きっと心配してる人が居ます。」
箸、茶碗を置いて頭を下げる蒐。
津鶴葉は山女をほぐして食べながら言う。
「まぁ、嫌でもここには居座ってくれるなよ!何せここはあたし等の愛の巣だからな♪帰れ帰れ!」
グッと蒐の肩を抱き、引き寄せる。
「つ、津鶴葉さん!」
「いや、その通りだ。蒐、と言ったな。それに津鶴葉殿。すまなかった!」
甚六も頭を下げる。
「わしは若い頃から家族に恵まれ、仲間に恵まれ、なに不自由ない人生を送ってきた。それにも関わらず…」
少し泣き声である。
「でも、おまえさん達を見て思い出したよ。ワシには帰るところがある。帰るべきところがの。どんな風になろうとも、そこで一生を過ごすとする」
顔を上げ
「こんな事ではばぁさんに叱られちまうしな!」
そう言って零余子入りご飯をかき込む。
「そーしろ!そーしろ!いや、今日は止まってけよ。危険だからな」
猿梨の酒を煽りながら素っ気なく言う津鶴葉。
「よ、良かったです!」
再び箸を持ち夕食を食べる蒐。
この日の夕食は何時もより賑やかなものとなった。







その次の日。甚六は朝早くに津鶴葉には別れを告げ朝市に向かう蒐とともに山を下りた。
村に着き、
「本当にありがとう。…蒐、良いのか?村で過ごさんでも。」
昨日の夕食時分かったことだが、甚六は村の役人に顔が利いた。
「仕事も紹介してやるし、生活には不自由せんことは保証するが。それともほかに礼を」
しかし、即座にいいえと首を振る蒐。
「津鶴葉さんが山が好きなんですよ。それに僕も。お礼なんて、昨日は楽しかった、それで十分ですよ。」
「そうか…ならば仕様がない。今のおまえさんには必要なかったか。なにせ、愛する奥方だしの」
「そうです!」
何時もならばならば恥ずかしくなる場面も今日は力強い返事。
「では、あの料理を目当てには行っても良いかの?えー…あの店名前はなんと言った?」
問いかけに戸惑う蒐。
「特には。別に一度きりの料理屋。二度来る人はそう居ませんし。」
なるほど…と言って甚六は少し考える。
「?」
「分かった。兎にも角にもおまえさんと津鶴葉殿には世話になった。改めてありがとう。何か困ったことがあれば、ワシのとこに来な。津鶴葉殿によろしくとも」
「ありがとうございます。」
そこで二人は別れた。

数日後。とある日の昼過ぎ。今日は一組の客が朝頃来てから料理屋は静かであった。そこに
コンコン、扉を叩く音。
「誰かな?」
クッと身を引き締める津鶴葉。
ウシオニは人間に恐れられているため、退治という物騒な手を取ろうとする輩もいる。
「誰ですか〜?」
扉を開ける。そこには捻り鉢巻きをした筋骨隆々の2人組。
「ど、どなたですか?」
「蒐、離れておけ。」
威嚇をしながら蒐に言いかける。
「いえいえ、敵ではありません!」
「怖がらせてしまってすみません。」
頭を下げる二人。
「頭領、鴨岳甚六の使いで参りました。」
それを聞いた瞬間、フッと力抜く津鶴葉。
「流石に我々でもウシオニ相手には歯が立ちませんよ。」
そう言って、一人が懐から手紙を取り出す。
「頭領がこれを」
津鶴葉が受け取り読み始める。
『拝啓 蒐、津鶴葉夫婦殿
と書いてみた物の大工だから手紙の書き方も分からん、ワシを許してくれ。
あの後、息子に心配をさせるなと叱られてしまった。が、それがワシには嬉しいものだった。おまえさん達のおかげだ。
さて、ワシはどうしてもおまえさん方に礼がしたかった。だからこれを送る。
しかし、これは礼ではないし、これで恩を返したとも思ってない。何かワシを頼りたいと思ったらワシのところに来てくれ。
また大工の仕事が忙しくなって手紙になってしまったことも許してくれ。
それではまた飯をご馳走になりにいきたい。敬具』
あまり上手い文字ではないが、賢明に書いたことがわかる。そんな文字。
「良かったですね!」
「そうだな!」
無邪気な笑顔を見せる蒐に津鶴葉も微笑みかける。
「でも、この送るってかいてある物ってなんでしょう?」
蒐が疑問を口にした瞬間。
「蒐殿!」
「津鶴葉殿!」
いつの間にか外にでていた二人から呼ばれる。
料理屋から表に出てくるとそこには。

“夫婦屋”

店に立派な看板が掛かっていた。
「わぁ、凄いですね!“めおとや”ですって!」
蒐は声を上げる。
「中々粋だな。」
津鶴葉もニカッといつもの笑顔である。
「頭領が御両人の店にと三日三晩をかけて作りました。」
「気に入らないと言われたら持って帰ってこいとも言われております。如何でしょうか?」
この大工の二人も緊張している。
もちろん、この“夫婦”の答えは決まっていた。
「素敵です!ぜひ、お礼を伝えて下さい!」
「もう一回くらいはただ飯を食わしてやる!」
ホッとした大工の二人。
それでは仕事があるのでとすぐに帰ってしまった。




看板を見て、蒐は言う。
「津鶴葉さん。僕とても幸せです!これからも末永くよろしくお願いします!」
「そんな事、当たり前だろ!よし、今日はもう店を閉めて酒盛るか!な?旦那様♪」
「まだ早いですよぉ」
二人は笑い、寄り添いながら店に入っていくのであった。
16/12/05 00:15更新 / J DER
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■作者メッセージ
〈あいさつ〉
一話目です。
やっと書きたかった物が形になってきました。誤字脱字はこれからなおしていきたいと思います。よろしくお願いします。
〈本編について〉
このシリーズはエロパートと非エロパートを分けて書いていきたいと考えております。
一話目は導入となりますので非エロです。
またニ話目からはほのぼのを増して行こうと考えております。
どのくらい書けるかは分かりませんが頑張ります!
〈終わりに〉
最後に皆様の余暇のお供に成れることを願いましてー。

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