連載小説
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第二話 共生 ホルスタウロス 二章
 牢屋を改修し、割と住み心地の良い部屋にした精神病棟の一室に、その青年、レナードは立っていた。赤い髪を短く切りそろえ、精悍な体つきで、部屋に入ってきた国王とグランツに敬礼を返す様子は、特に異常があるようには見受けられなかった。ただ一点、目隠しをするように薄い布を顔に巻きつけているのが気になった。前は問題なく見えているようだが…。
 任務を了承した彼と、エルンストは今、ターナのいる高原…今回の件で正式に名前がつけられ、リンドロン高原という名前になるらしい…に向かう道中の、森の中を歩いている。周囲に魔物の気配は無いが、一応警戒は解かないまま、エルンストはレナードに話しかけた。
「そうですね…まぁ、なにはともあれ行ってみましょう。実際に会ってみないと始まらないでしょう、何事も。」
「はっ、了解いたしました!」
「一週間ほどは、お互いにお試し期間となるでしょうかね。…あまり長く居ついてから離れるのも、何かと悲しいでしょうから期間は区切りましょう。」
「はっ、了解いたしました!」
 鋭く、礼儀正しく、返事をするレナード。さっきからずっとこの調子で、文句は一つも言ってこず、質問も一切返さない。真面目、忠実という点では確かに問題無いが、どうも話していて面白くない。
「…ところで、レナード君。」エルは一つ咳払いをして言った。「…魔物と一緒に暮らす。こう聞いて、抵抗はありませんか?」
「は…その、自分は…。」
 こういうタイプと会話するときは、できるだけこちらから質問するようにしたほうが話が進みやすい。レナードはこれまでの律儀な態度を少し崩し、やや考え込んで、答えた。
「…正直に申し上げて、わかりません。…自分は、旧魔族と…あとは人間との戦争しかしたことがありませんので。…新魔族は、危険ではないのですよね。」
「それは保証します。人を傷つけることはまず無いでしょうね。…特に、あのターナは。…新魔族と戦争をしたことがないのは、それまでにその目を患ったからですか?」
「眼…ですか?」レナードは少しキョトンとしたような表情を見せ、すぐに合点がいったように頷いた。「いえ、自分の病気は…眼ではないのです。…昔、隣国との戦争で…お話したほうが宜しいですか?」
「…そこは君の意志に任せましょう、と言いたいところですが、長い話になるなら今はよしましょう。どこから魔物がくるかわからない。」
 レナードが目に巻いている布から目の病気を連想したが、本人曰くそうではないらしい。
「はっ、了解いたしました。」
 そこで話をとぎり、しばらく歩く。と、少し開けた、安全そうな場所に出た。ここならば魔物は出ないだろう。
「…そういえば、少しお腹がすきましたね。…レナード君、どうです?街で買ってきたホットドッグがありますよ。」
「はっ、ありがとうございます。」
 少し打ち解けた様子でレナードが答え、エルは手持ちの袋から、明らかにその容積に収まりきらないバスケットを取り出した。内部の空間を魔術でいじって要領を増やした袋は、今や一般にも広まっている。魔術による妨害で異常をきたしやすいため、戦争等では敬遠されるが。広場の中央辺りに腰を降ろす。バスケットにはホットドッグが二つ、さらに何種類かの飲み物が入った紙コップがあった。
「…では、ホットドッグを一つと、ストレートティーを一杯。…レナード君はどうしますか?」
「自分は…では、オレンジジュースを一杯お願いします。」
 そこで口をつぐんだレナードを、エルが怪訝な眼で見ているのに気づいたのだろう、彼はすぐに、
「いえ、お腹は空いていませんので。」と付け加えた。
 それで会話は終わり、エルはホットドッグを二口かじり、ふと隣を見るともうレナードは頼んだ飲み物を飲み終え、紙製のコップを持て余していた。
「…お腹は空いていなくても、喉はかわいていたのですか?」
 問いかけると、レナードは少し恥ずかしそうに、頷いた。
「水で良ければいつでも用意出来ます、良かったら言ってください。」
 レナードは、目に巻いた布がずり落ちないようにこめかみを抑えながらお辞儀を一つした。それを見たエルンストが、口を開く。
「…ふぅむ…レナード君、どうも…君の病状、想像が付いてきましたよ。」
 レナードは何も言わず、こちらに顔を向けた。布のせいでこちらからは目が見えず、表情が分かりにくいが、エルは構わず続ける。
「…恐らく…」
 そこで言葉を切る。レナードも敏感に反応していた。木々が、嘆くようにざわめく。風すらどこか不吉なものを孕んでいる。明らかに、雑魚とは違う、嫌な気配がする。
「…やれやれ。この広場が何故出来たのか、そこを考えておけば良かった、という話ですね。」
 杖を地面に突き立てて立ち上がる。レナードは、音源とエルンストの間に立ち、自分の武器を構えた。トンファ、と言うのだろうか。両手にひとつずつ持っている。まだ見えぬ敵に神経を尖らせる。気配や音の大きさからして、敵は体長5メートルを越す、いわゆる大型。
「…レナード君。敵を私に近づけさせないでください。詠唱の時間さえ稼いで下されば…」
「結構です、エルンスト殿。」鋭い声でエルの言葉を遮ったレナードが、グッと腰を落とす。「敵は、自分が、潰、します。」
 切れ切れの言葉、叩きつけるような息遣い、何よりも、あまりに剥き出しの、闘争心。エルンストは冷静に、その姿を観察する。やはり、自分の想像した、レナードの病状は、間違ってはいなかったらしい。
 ひときわ葉擦れが大きく鳴る。結構、とは言われたが、エルは杖を構え、詠唱する魔術を決めるべく、相手の認識に全ての集中力を注ぐ。
 鶏が異常に大きく、凶悪になったような怪鳥が姿を現す。ソレより早く、最初に現れた嘴を見た瞬間に、エルンストは『アイスコフィン』の詠唱を始める。そして、ソレよりなお早く。
「…カァアアアアアアアアッ!」
 奇声を挙げ、レナードが飛び出す。信じがたい反応と速度だ、いや、冷静に考えれば普通の人間にもその程度は出せる…なら何故、その速さが『信じられない』のか…?
 エルンストの思考がそこまで達した時には、レナードのトンファーが、怪鳥に、助走の乗った重い一撃を加えていた。けたたましい声で喚く怪鳥、それをかき消すように吼えるレナード。間髪入れずに、一対のトンファが踊る。
 怪鳥の全身を余す所無く打撃し、暴れるような反撃を紙一重で避けるレナードは、まるで身軽な肉食獣だ。否、獣と言うならその動きではなく、咆哮と表情と…つまりは、印象をそう呼ぶべきだろう。
 勝負はついた。そう判断し、辛うじて必要な集中力を保って唱えていた術を途中で止める。あの怪鳥は、もう数発の致命傷を受けている。
 横殴りに大きく振り抜いたトンファーの一撃で、怪鳥が地面に倒れ伏す。大した腕だ、とエルは素直に感心した。小隊長くらいなら張れるだろう。
 倒れた魔物とレナードのいるところに駆け寄ると、魔物との戦いで外れたのだろう、目隠しを頭の後ろで結びなおそうとしていた。エルに気づき、背中を向ける。
「…話を戻しましょうか。君の病状…恐らく、交感神経の異常な亢進…ですね?」
 布を結び合わせる手が、止まる。そこから何も反応しないレナードに、エルンストはさらに言葉を続けた。
「体と心の、スイッチがオンになりっぱなしになっている。…最初から最高速なのだ、速いわけです。」
 反応速度も、攻撃力も、常に全開なのだ。弱いわけがない。
 そして、この異常は、生活リズムに大きな影響を与える。そもそもリラックスや休息とは無縁だろう。食欲は沸かないはずだ。恐らく…眠ることは出来ないだろう。そして…目を隠している理由も…。
「…グランツ将軍から聞いてはおりましたが、エルンスト殿は本当に頭の良い御方なのですね。」
 結びかけの布をほどき、レナードはエルに向き直った。
 その向こうにあるものは想像していたが、一瞬息が詰まるのを抑えられなかった。特に傷があったりするわけではない。
「…隣国との戦争で、ジャングルに三ヶ月程取り残されまして。それ以来、ずっとこうなのです。」
「…まぁ、見せなければ問題ないでしょう。」
 レナードの黄色い目は、瞳孔が開きっぱなしになっていて、カッと見開かれており…本人の意志とは無関係に、殺意じみた威圧を放っているのだった。

 結論から言って。見せなければ、問題なかった。
「わ〜…かっこいい〜…です〜!」
 目をうるうるさせ、手を組んでキラキラした視線をレナードに送るターナ。エルンストは口元を抑えてクスクスと笑い、レナードは頭を掻いてエルの方を見ている。
「その、目の布とか、なんかすっごいイカします〜!」
 確かに最後に煽ったのは自分だが、ターナは今や、見ていて面白いくらいに、恋する乙女であった。
「良かったですね、レナード。気に入られたみたいですよ。」
「む…ええと、あの…宮廷魔術師殿?これは…自分…その、どうすれば…。」
「レナードさんっておっしゃるんですか〜?あ、私ターナって言います〜。」
 レナードの足元に、ターナが膝をついて、嬉しそうな満面の笑みで見上げていた。ますますうろたえるレナード。
「え、いや、あの、レ、レナード・ドイスと申します…。」
「え、れれなーどどさん…ですか〜?」
「レナード、です。」
「あ、あってた〜。良かったです〜。」
 ニコニコと嬉しそうに笑うターナに、レナードは口を辛うじて笑みの形に保っている。目が隠れていて見えないが、間違いなくこちらにチラチラと目線を送っているだろう。
「さっきの質問の答えですがね、レナード。…これから君がどうすればいいかを決めるのは、私ではありません。…といって君でもありませんよ、そんな真面目な顔をしなくても。」
「う…それは、やはり…。」
「はい。君のするべきことは…彼女の言うことを聞くことです。…まぁ、奴隷になれというワケではありませんよ、心配しなくても。」
 それを聞いて、彼はますます困ったように口元を歪める。逐一命令される方がまだ楽なのだろう。エルンストは少し苦笑して、手を二つ叩く。ターナがこちらに向き、レナードはその隙に半歩距離を取った。
「さて、話を進めてしまいましょう。そうですね、まずは現状の説明から…。」
 そう切り出し、エルンストは、レナードにはターナからの要望と、このリンドロン高原の現状を改めて解説し、ターナにはとりあえずレナードとの相性が合うかどうか、一週間ないし二週間ほどは試してみることを説明した。二人はこれを了承し、とりあえず、レナードとターナの同棲が決定する。
「それでは、レナードがここで暮らすのに必要なものを、明日辺りから適宜運びはじめましょう。…食料や飲み水は?」
「水は〜問題ないですよ〜。」ターナがそう言って、明後日の方向を指差す。「あっちに〜、川があります〜。」
「食料ですが。自分の見た限り、あの森に生息する魔物は狩れば食べられそうですし、そうでなくても食べられる果物などもいくつかありました。サバイバル道具は持ってきましたし、なんだかんだと言って、密林で百日生き延びた経験もあります。まず、問題ないでしょう。」
「あ〜、そうそう。私は〜、牧草があれば大丈夫ですよ〜。」
「では、その問題は解決、と。…雨風はどうしましょうか?テントか何か…そういえばターナ、貴方は雨が降ったらどうしているのですか?」
「あ〜、雨ですか〜。雨は〜…」
 そのまま空を見上げて口を開け、ぼーっとすること数秒。
「雨は〜…冷たいですよね〜。」
「…テントか木材か、至急届けさせましょう。」エルは一つため息をつき、「まぁ、後は暮らすうちに足りないものも分かってくるでしょう。」
 そこで一端三人での会議を打ち切り、レナードを手招きする。ターナから少し離れたところで、エルンストはレナードに問いかけた。
「他に何か思いつきますか?君の病気から、特別に生じる問題点は…。」
「…いえ、特には。普通に生活する分には問題ないかと…。」
「そうですか。それはそうと…先程言い含めた事を覚えていますか、レナードくん?出来れば復唱してみてください。」
「はっ。保護対象のミルクには強い回復効果があります。原因はこのリンドロン高原に特異的に生息する草の影響だと考えられます。この利権を必要以上に行使せず、またフリーの冒険者や盗賊、許可を得ていない研究者など、他の人間がこの高原やターナ殿に危害を加えることも防ぐことが、当任務に置ける注意事項であります。」
「結構。」エルンストはメガネを直し、笑った。「それこそが、わざわざローエンハルト直属の人間を選んだ理由です。…とはいえ、あまり気負う必要はありませんよ。しばらくは気楽に、ターナといちゃつくのがいいでしょう。向こうもそれをお望みのようですから。」
「い、いちゃ…です…か…。」
「ああ、そういえば…勃起は副交感神経の働きでしたっけ。」
 臆面も無く言い放ったエルンストに、かなりたじろぎながらも、レナードは答える。
「え、ええ…その、この体になってからは…確かに、一度も…。」
「それは由々しき事態ですね。…女性に興味は?ターナはどうですか、好みではないですか?」
「そ、それはもちろん…あの、ターナさんは…すごく、魅力的で…その…。」
「まぁ問題点はそんなところですか。」
 そこでエルンストは口ごもるレナードを放置してターナに向き直り、大声でこう呼ばわった。
「えー、ターナさん?残念ながら、レナード君はですね、不能のようです。」
「ちょ、ちょっと、エルンスト殿!?」
 掴みかからんばかりの勢いでエルに詰め寄るレナード。だが当然の反応である。
 それを聞いたターナはと言えば、首を傾げて、
「…ふのー、って何ですか〜?」
 なんて聞いてくる。新魔族とは思えないピュアさに、男二人は思わず返答に詰まるのだった。

 初日、夜。
 のんびりと日を過ごすターナと、それに従って特に何もせずに一日を終えたレナード。
 ターナが寝付いてしばらくして、レナードは、自分がもう全く眠れない体質であることを、初めて幸運に思った。
「がぉごおおおおおおお…ぐぅごおおおおおおお…」
 地響きかと思うほどの大音響攻撃。その正体は、ターナのいびきであった。一度、ちゃんと息できているのか確かめたが、問題ないようだ。眠る必要がないので、特に鬱陶しくは思わない。
 座り込んだまま、月明かりを頼りに、ターナの寝顔を眺める。幸せそうだ。時々むにゃむにゃと何かを呟いたかと思うと、またいびきをかきだす。
 見上げると、星空が綺麗だった。夜風は心地良い程度に少し冷たい。
 ふと、ローエンハルトの精神治療室を思い出す。住みやすいいい場所だったが、閉じ込められているという印象はどうしても拭えないものがあった。夜は眠れず、最初のうちはひどく長いものに感じた。もう慣れてしまったが。
 かといって、ここまで広い空の下に急に放り出されても落ち着かないものだ。明かり一つない夜はあまりにも暗く…ともすれば、密林で、一人、敵に怯えた闇夜を思い出しそうになる。
「ん…ごごごっごごごっごおおおおおおおおお…」
(ああ…そうか…)
 一人では無いのだな。当然の事に、ターナのいびきを聞いて思い当たった。
 意外と一定ではない、大いびきに耳を傾けて面白がるうち、気づけば東の空が赤く染まりだした。
「…ああ、もう朝か…。」
 驚いて声を出す。人が一人隣にいるだけで、こんなにも夜の長さは変わるものか…。
 隣でターナがもぞもぞと動く。起こしたかな、と自分の口を押さえて悔いると、彼女は一つ寝返りをうっただけで、またいびきをかき出した。
 今のうちに食べるものや飲み水を取りに行ってこようか、と思い、立ち上がった。このターナと、上手くやれるだろうか、案外やれそうだ、なんて考えながら。

 二日目、昼。
 予告通り、物資を魔法の手提げ袋に入れてエルンストがやってきた。
「まぁ、こんなに短期間で来るのは今回限りだと思ってください。ローエンハルトには戻らず、近くの街で揃えてきましたから。」
 言いながらエルンストが袋に手を突っ込むと、タオルや砥石などの小さいものだけでなく、物干し竿など、明らかに入るはずのない大きさのものがポンポンと出てくる。隣のターナはそれを見て、最初は目を丸くして驚き、次第に身を乗り出して見入り、最後に彼が折りたたみテントを取り出したときには、嬉しそうに拍手などしていた。
「すごいです〜!さすが魔法使いさんです〜!」
「これはどうも。…ターナさんもやってみますか?」
 微笑みながら応じ、エルンストが袋と、適当な物干し竿をターナに与える。竿を袋に出し入れして喜ぶターナを尻目に、またエルンストがレナードを手招きした。
「ところで…こんなものを買ってきたのですが。」
 そう言って彼が懐から取り出したのは、黒いレンズの入ったメガネだった。
「サングラス、と言うそうです。多分その布よりは目を隠すのにいいと思いますよ。」
「あ、ありがとうございます。」
 受け取り、目隠しを解いて、かけてみる。若干視界が暗いが、前を見るのは問題ない。周囲を少し見回してみると、こちらを見ているターナと目があった。彼女はこちらに近づいてきて、また目を輝かせた。
「わ〜…なんかもう、カッコいいです〜!クールです〜!」
「や…そ、そうですか…?それは…その、ありがとうございます…。」
 絶賛が照れくさく、口ごもりながら応じると、エルンストが呆れたような口調で、
「やれやれ…グランツを見ているようで、何とも言えませんね…。」
 腕を組みながら、そんな事を言っていた。さすがにあの将軍よりはましだと思いたい。

 三日目、昼。
「ん〜…このへんですか〜、レナードさん?」
「もう少し左へ…そう、そのあたりです。それで…完成、ですね。」
 少し雲行きが怪しくなってきたので、昨日から放置していたテントを二人がかりで組み立ててみた。ターナはこの作業も楽しんでくれたようで、テントを張ったあとも嬉しそうに周りを歩きまわっている。その様子が微笑ましくて、眺めていると、肩に冷たいものがあたったのを感じた。
「ぅ…わ、降ってきた!ターナさん、入りましょう。」
 ひどい加速度で強まる雨脚に少し慌て、レナードはターナの手をとってテントに引っ張り込む。急場で仕入れてきたためだろう、テントは中が異常に広かったりはしない一般的なものだった。立っていると窮屈なので、二人で寝転ぶ。
 雨粒はかなり大きく、テントの屋根をバシバシと叩いている。
「やー…テントがあって良かったですね。こんなの外で浴びたら…」
 隣のターナに笑いながら声をかけると、ターナは顔を赤くしていた。気づけば、手がつながったままで、レナードも顔を赤くして、パッと離す。
「…その…ごめん…なさい。」
「あ…い…いえ〜…」
 照れてしまって、二人とも話さなくなる。雨が屋根に当たる音だけが、全方位から二人を包む。しばらくその音に耳を傾けたり、テントから透けて見える雨を眺めたりする時間が過ぎて。
「あ…あの〜…ちょっと、提案…なんですけど〜…。」
 ターナが遠慮がちに口を開いた。レナードは何も言わずに耳を傾ける。
「…その…や、大したことじゃなくて〜…ただ、でも、ちょ〜っ…と、気になってて〜…。」
 煮え切らない様子。数日前の自分なら少し苛立ったかもしれないが、ずいぶんこのリズムにも慣れてきた。
 レナードが辛抱強く待っていると、ターナは深呼吸を一つして、真っ赤になりながらもにっこり笑って、
「敬語…やめません〜?」
「…ああ。…それは…。」
 言われてみれば、そのほうがいい気がしてきた。何が、何故、ではなく…漠然と。
 が、口ごもったレナードに慌てたのか、ターナは紅潮した顔のまま、誤魔化すような笑いを浮かべて、
「あ、あ〜…嫌…だったら、そっちからは〜…いい…よ〜?…えっと…レナード〜…。」
 と、やや早口に言う。それに対し、優しい笑顔で…出来ているだろうか?それこそ表情の浮かべ方を良く思い出せないのだが…ともかく、精一杯に優しく見えそうな笑顔で。
「うん…俺は、構わないよ。…タ…ターナ。」
 名前を呼び捨てるのは、少し勇気がいった。口をきゅっと真一文字にして、さっきよりさらに赤くなっているターナの顔を見続けるのは、さらに勇気が必要だった。
 しばらくして、ターナが口を開く。少しそのまま固まって、それから言った。
「レナード…自分の事、俺って言うんだ〜…。」
「ん…へ、変かな?…これまでは何て言ってたっけ、俺…?」
「自分、自分って〜。ずっと、それが…なんか、真面目だな〜って思ってた〜。」
「ああ、ターナにもそういう言葉遣いだったんだ…俺…。ん…でもそっか、もう何年もそんな感じでしか生活して無かったからさ…。」
「あ〜…。…え、それってどういう状況〜?…雨、止まなそうだし〜…良かったらその辺聞かせて〜?」
「や…多分、面白いもんじゃないよ?…それなら俺、ターナの昔の話も…その、聞きたいな。」
 そんな調子で話は進む。ここ二日、晴れの日は、ターナは日向ぼっこしたり眠ったりして毎日過ごしていて、レナードはそれに従って何もせずにいるだけだったので、こんなに長く会話したことはなかった。
 結局、聞かれたら答えようとは思っていたが、目を隠す事情だとかには全く話が及ばず、その日はテントの中で過ごした。

 四日目、朝。
 密かに恐れていた…本当に怖がっていたわけではないが…事態が現実になってしまった。
「ん〜…ふぅ…レナードぉ〜…はやくぅ〜…」
正直言って、昨日タメ口で話し始めたばかり、それも結構照れながらの間柄からの、この跳躍は、レナードという男の想像を遥かに上回っていた。
彼の目の前には、四つん這いになって乳房を露出したターナと、その下に置かれた牛乳瓶があった。
「い、いや…待、待ってくれ、ターナ…。その、さすがに、それは…!」
 12歳で軍に入ったレナードに、女性経験など全くない。母親以外では初めて見る女性の胸、それが数ある魔物の中でも随一の質を誇るホルスタウロスのそれなのだ。圧倒的なまでのボリューム、白磁のような艶やかさ、上質な果実を思わせる瑞々しさ。ターナの呼吸か鼓動か、そういう細かな動きに合わせて震えるのが刺激的である。神経系が正常なら、まず間違いなく股間が反応しているだろう。そして、いくら勃起はしないとはいえ、女性に対して何の感情も抱かないわけでは全くない。
「張っちゃって…痛いんだよ〜…。ね、早く絞ってよ〜。」
 いわゆるところの、牛の乳しぼりのお時間です。レナードはゴクリと生唾を飲み込み、意を決してターナの右胸に手を伸ばす。顔を見ないように、と背中に目をやると、はだけた背中の、扇情的なラインの上に、しっとりと汗が見える。
(あ…これ、ターナも…)
 恥ずかしかったり、興奮したりしてるのか…そんな事を考えると、ますます体温が上がるような錯覚にとらわれてしまう。震える手が、その指先が、バストの表面に、触れる。ターナが、かすかな喘ぎ声を上げる。レナードも思わず声を出していた。
「う…わ…凄い…。」
 指がどこまでも沈み込んでいきそうなくらい柔らかい。なのに、ある程度押しこんでみると、瑞々しい弾力がそれを押し返してくる。その感触に戸惑いながらも魅了され、自然ともう片方の手も伸びていた。
「レ、レナードぉ〜…ふぁ、はぁん…」甘い声を出しながら、ターナがこちらに流し目を送っている。「もっと…強くしてくれないと〜…んぅ…出ないよぉ〜…。」
 向こうにそんな気はないのだろうが、こちらを振り返っているその表情は、紅潮し、瞳は切なげに潤み、吐息はほのかに熱く…一撃で理性が飛ぶほどの色気だった。この体質でなければ、我を失っていただろうと思いながら、レナードは言われたとおり、強く胸を揉みしだく。
「んぅ…ぁ、はぁ…あ、出そう〜…んっ!」
 ターナの体が一瞬痙攣して、右の乳首から白いミルクがビンの中に流れだしてゆく。大体いっぱいになるくらいで、雫をぽたぽたと垂らしながらも噴出は止まった。
「ぅあ…あ、だ、大丈夫?」
 震える声で問いかけるレナード。彼がターナの姿から受けた印象は、『痛そう』だった。それを察したのだろう、ターナはにっこりと笑う。
「大丈夫だよ〜?別に痛くは無いから〜。…ただ…。」顔を赤らめて、「ホントは…直接吸ってくれたりした方が〜…楽なんだよ〜?」
「う…も、もう片方も…絞るよ…。」
 それは最初に言われたことだったが、あまりに気恥ずかしくて手で絞る方を選んだのだ。
 同様に、自分の鼓動を感じながら、ターナの左胸を触る手からは彼女の鼓動を感じながら、そしてそのどちらもが激しくて速い事に頭をくらくらさせながら、もう一本のビンも満タンにすると、ターナは赤い顔のまま服を着て、その場に座り込んだ。レナードも何度か深呼吸して、どうにか心を落ち着ける。これを定期的にやらなければならないと考えると…早めに免疫をつけたほうがいいのだろうか。一応この量は、最低限定期的に出さなければならない量というだけのようだが。
 ある程度落ち着きを取り戻した二人の前に残ったのは、満タンになった二本のビンだった。
「ターナ、これは…」
 どうするの、と聞くと、ターナは少し考えて、
「…売りに行くほどの量でもないし〜…飲んじゃおうか〜。」
「の、飲む…!?」
 それを聞いてまた動悸が激しくなるのを感じるレナード。見た目はただの牛乳なのだが、その出所を考えると、とても平静を保てそうにない。
(いや…それじゃ、駄目だろう…。少しは、慣れないと…。)
 また一つ深呼吸して、ビンを手に取り、逆さに向けて一気に飲み干す。
 すごく、濃厚で、甘い。それなのに、どこか爽やかで…とても、美味しい。牛乳だ、牛乳だ…そう自分に言い聞かせて飲んでみたが、ただの牛乳とは比べ物にならないほど美味しい。
 飲み干し、ぷはーっと息をついてターナを見ると、向こうも空になったビンを両手で持ちながら、少し驚いたような顔でこちらを見ていた。
「わ、私が…両方飲んでも、良かったのに〜…。」
「あ…そ、それは…。」二人とも真っ赤になりながら、目をそらす。しばらくそのまま黙りこくった跡、レナードは言った。「あの…お、美味し…かった。」
 それは違うんじゃないのか、この場で言う言葉として…そう自分で思いながらターナの表情を見ると、彼女は目を丸くしてこちらを見た後…すごく、嬉しそうに、笑った。

 5日目、昼。
 さすがに、そろそろ話しておかないわけにもいかないだろう。そう思いレナードは、ターナに、自分の病状のことを語っていた。
「こ〜かん…しんけ〜?」
「ああいや…どう言おうか…?」
 頭の上にはてなマークを浮かべているターナに苦笑しながら、レナードは言葉を選ぶ。
「リラックスしたり、そういうのが出来ない体質…って言って分かるかな…。」
「えっと〜…例えば〜?」
 例えば、と聞かれて少し考えこむ。あまりきつい影響のことを言うと、気を使わせてしまいはしないかと…。
 首を振って、その思いを頭から振り払った。一緒に暮らしていくであろう相手だ、隠し事は無しにしよう。それに、もしそれを嫌がるようであれば…残念だけど、この一週間は『お試し期間』だったということだ。
「…まず、眠れない。これはもう、全く…ね。」
「え〜っ…眠くないの〜?疲れないの〜?」
「うん、不思議と全然大丈夫。他には…あんまり、物を食べる気分にならない、とか。」
「そういえば〜、レナード、あんまり食べないね。…お腹、すかないの〜?」
「んー…どうしても空くときはある。ただ、俺は人より、お腹が減るのを感じにくい…ってところかな?…そもそも消化も遅いんだよな。」
 ターナは頷きながら、なるほどなるほどと唸っている。と、レナードのサングラスを指さしてきた。
「あ、もしかして〜、それもその何とか神経が関係あるの〜?」
 取ろうとして伸ばしてきたターナの手に、反射的に身をのけぞらせる。ターナは少し驚いてこちらを見ている。
「…ああ、違うんだ、これは…。」
 サングラスを直しながら、弁解する。
「その…そうだよ、ずっと興奮してるから、瞳孔が散大してる。…違うな、それじゃわかんないか…まぁ、人に見せるとさ、良く怖がられるから…隠してるんだ。」
 ターナは特に気を悪くしたふうもなく手を引っ込めた。そこで彼女は何かに気づいたのか、考えこみ始める。
「…ずっと興奮してるの〜?私もね〜、赤いものみると興奮しちゃうよ〜。」
「赤いもの?」
 そこでふと気づいて自分の体を見回してみるが、特に赤いものはない。
「うん。見るとね〜、もうすっごいの〜。もおおおおおってなって〜すごい暴れる〜。」
「それは…凄い…な。」
 赤いものを全く身につけていなかったのは幸運なのだろう。あの宮廷魔術師殿は何も言っていなかったが、それは今にして思えば不手際だったのでは?そういやグランツ隊長、『あいつは実は抜けてる』って言ってたしな…。
「レナードも、暴れる〜?」
「…昔はさ、全然抑えられなかったけど…今は、大丈夫。スイッチ入りっぱなしとはいえ、ある程度の制御はできる。」
 抑えられなかった頃は、酷かった。牢屋を4つ使い物にならなくしたあたりで落ち着いてきたので、快適な部屋に移り住んだが、そこでも窓には格子をかけたり、尖ったものは極力部屋から出したり。そういう事を自分でヒーラーに予め頼んでおく必要があった。。
「じゃあ〜…ねぇ…」ターナの言葉に、意識を戻す。「その、抑える方法?…コツを、教えてほしいな〜。私も、あんまり、暴れたりしないようにしないと〜。」
「ああ…それなら、いいよ。…そうだな、まずは…。」
 なるほど、暴走を抑えることに関して自分ほど詳しく、また長けている人間は他にはいないだろう。ホルスタウロスが赤いものを見て暴走する種族だと言うならば、わざわざ自分がこの役目に選ばれた理由も納得が行く。
 …しかし、本当にそうか?レナードは考え直す。エルンストは確かに抜けたところがあるが、そういう重要なことを言い忘れるような人間ではない。可能性としては、『知らなかった』という方が遥かにありそうな話だ。そうすると、また、ここしばらく心の片隅にくすぶる疑問が首をもたげてくる。
 何故、自分なのか?それは純粋な疑問であり、好奇心とも取れるものだった。言い換えれば。
「…まぁ、どうでもいいか。」
 そう笑って割り切れる程度のものだった、ということだ。

 6日目、夕方。
 レナードは、愛用のトンファーを取り出す。袋の中を確認すると、昨日複数の魔物に囲まれて思わぬ不覚を取り、左足の膝から先が溶解されて無くなり、回復薬をがぶ飲みして治療したためストックがやや心もとなくなっていた。ふと思い出し、結局飲まずに取っておいた、今朝絞ったターナのミルクを袋に入れておくことにした。
 先述の通り、昨日の食料調達は失敗に終わったので、今日はそのリベンジだ。…とはいえ、肉類はまだ備蓄があるので、今日は果物や山菜を主に集めてみようか、とも思う。だが、もちろん魔物に対する備えは怠れない。
 少しウォーミングアップをしていると、トンファーを装備しているときは近寄ってこないターナが、珍しく歩み寄ってきた。
「あ、狩りにいくの〜?」
 間延びした声で聞いてくる。黙って頷くと、
「ねぇ、私も付いて行ってい〜い?」
「…それは…。」
 口ごもる。ターナはそれを見て、しゅんとする。幾分縮んだようにすら見える。
「…そうだよね〜。足手まといだよね〜、私〜。」
 それは、違う。少なくともあの程度の魔物を相手に、守る対象が増えること程度は大した苦ではない。ただ…。
「あの…ほら、俺、戦うとき…あれだ、暴走、するから。」
 その姿を、なんとなく…ターナには、見せたくない。そんな思いで口にすると、ターナはにっこり笑って答えた。
「それは〜、気にしないよ〜?私たちホルスタウロスも暴走するし〜、私たちはそれを『仕方ないこと』って分かってるから〜。」
「…それなら、まぁ…いいけど。」
 そう答え、もう一度手持ちを確認する。起こりうる状況を考え、逐一イメージし、恐らく問題ないだろうと判断し、袋を閉じた。
「よし、それじゃ…行こうか、ターナ。暗くなりそうだし、早めに、ね。」
 頷くターナを連れ、向かった先は、森の中でも、比較的魔物の住処や通り道から離れ、それでいて食べられる果物が集まったエリアである。
山リンゴの木があり、熟したものやまだ緑色のもの、まちまちな中から食べられそうな色のものを二つ三つもぎ取って袋に入れる。ターナはその様子を物珍しそうに見ていた。
「へ〜…いつもレナードが食べてるものって、こうやって木についてるんだ〜。」
「知らなかったのか?…木になってるものだけじゃないよ、その足元、見てご覧。アカワラビがあるから。」
 そう言うと、ターナはしゃがみ込み、赤い山菜を見てまた興味深そうにしている。と、隣に咲いている花に視線を移した。
「わ〜、可愛い花〜。初めて見るよ〜。」
「ターナって、本当に森には全然入らなかったんだな。」
「うん〜、魔物怖いし〜。でも、初めて見るものばっかりで〜、すごい楽しいよ〜?」
 立ち上がり、にこにこと笑うターナ。木々の間から漏れて照る夕日が、とても綺麗で、淡くターナの姿を映し出す。のんきそうなその姿は、見ていて頬が緩んでしまって…。
「楽しいなら、それは…よかったよ。」
 そう言いかけた瞬間。自分の頬がひきつるのが分かった。
彼女の肩の後ろで、茂みが揺れる。ターナはまだ気づいていない。意識するより早く、トンファーを構える。彼女が目を丸くする。後ろだ、と伝えるほど、理性は早く回ってはくれない。意識は、別のところに、何故か遠い過去に飛ぶのを感じていた。
 ああ、そういえば。こんなことがあった。いつだったろう。そこに立っていたのは、子供の頃からの親友だった気がする。揺れた茂みから姿を見せたのは、ナイフを振りかぶった、敵の兵士で、数瞬後には、確か…。
「う…わ…ァアアアアアアアアアアッ!」
 気がつくと、トンファーが、巨大な山猫を思わせる魔物の頭部を、深く刺し貫いていた。ターナは隣で頭を押さえて丸まっている。無事のようだ。
 しかし…止まらない。記憶が、止まらない。蘇る。例えば戦友の死骸。夜襲に怯えて一睡もできない日々。トカゲやカエルすら手に入らなかった数日間。かじった木の根の味。たまに眠ることがあっても、悪夢しか待ってはいなかった。歩き歩いてたどり着いたのは、十日も前に親友を埋葬したところで、ショックを受けたのはその白骨化した姿よりも自分が道に迷っているという事実でその事実が伝えるのは自分が変貌してしまった、人間の心が麻痺して失われていくという…。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ…!」
 頭を抱えて、うずくまる。嵐のようなフラッシュバックに、自分の内側から襲いかかる記憶という刃に、どうしようもない。日がまだ空にあるのに悪夢に苛まれたくはないのに、封じ込めたはずのトラウマは言うことを聞いてくれない。嫌だ、思い出したくない、辛い、怖い、誰か、誰か、誰か助けて…!
 ふと、自分を助け起こす腕を感じた。そのまま、ターナが、レナードをぎゅっと抱きしめる。彼女の大きな胸が、信じられないくらい優しく、レナードを、包みこむ。
「…うん。大丈夫だよ〜、レナード。」
 何が、大丈夫なのか。いったい何が、わかって、そんな事が言えるのか。
 数日前の自分なら、そう言って突き放していただろう。事実、彼女には、こういう事は話していないのだから、何もわかってはいないはずだ。
 けれど。そう振り払うには。この腕の、この温もりの、そして、愛する人の、『大丈夫』の一言の、なんと優しいことだろう。
「…大丈夫、大丈夫だよ〜?」
 繰り返し、言い聞かせる。他にかける言葉など知らないのだろう。言いながら、頭を手がなでるのを感じる。柔らかい胸。母性と言う言葉の意味が、分かる気がする。
 心が、溶けていく。こんなに、誰かに、心を許したことが、今まであっただろうか。多分無かっただろう。こんなに幸せなことがあったなら、それを忘れてしまうはずがない。
 自然と、目が閉じていた。赤ん坊に戻ったように、何も考えられなくなる。悪夢も消えていく。このまま、眠ってしまえるだろうか。それは、幸せな選択だ、けれど…。
 溶けた心の、奥から湧き上がった、新しい何かに衝き動かされて、両手の武器を放り捨て、その腕を、彼女の背中に回した。一瞬、彼女が息を飲むのが分かり、その後、お互いの抱擁は、強く激しい物へと変わっていた。その強さが、心地良い。自分の腕が抱きしめる彼女の体が、とてもとても愛しい。
 夕日が沈み始める頃、どちらともなく立ち上がり、高原への帰り道を、二人手をつないで、歩き始めた。

 高原の、テントのある場所へと歩いてきた時には、すでにすっかり夜の帳が落ちていた。
「…ターナ?」
「…うん。」
 隣合わせに座りながら、言葉をかわす。サングラスは、脇に置いていた。暗いからだ。
「…俺、ターナに会えて…良かった。なんか、さっきも…すごく…何ていうのか…救われてた、と思う。こんな風に思ったの…本当に、いつ以来だろう。あったかくて、優しくて…。」
 ターナは、何も言わずに、形をなさない独白に、相槌を打ってくれている。ああ、けれど、やっぱり自分は口下手だ。こういう時は…率直に、言ったほうがいいのだろう。
 一つ、深呼吸をする。ターナが不思議そうな表情をするのが、暗い中辛うじて見えて、それをできるだけ見ないように、一息に言い切った。
「…好きだ、ターナ。俺…俺、君のことが、好きだ。」
「…うん、私も〜。」
 何気ない調子の返答に聞こえて、今度は彼女の表情を、月明かりを頼りに見ようとする。
「私も…レナードが、大好き〜、だよ〜。」
 確かに月が照らしたその表情は、泣きそうなくらいに笑っていて、それが、たまらなく愛しくて。
 どちらからともなく、唇が、重なっていた。重ねあわせるだけのキス。彼女の瞳に映る自分の眼は、優しいものだった。それで、お互いの想いを全て伝え合って終わる、そのつもりだった。
「…ぁ…レナード…」
 さすが魔物の本性というべきか、顔を離し、最初に気づいたのはターナだった。もうずいぶん役目を果たしていなかったレナードの男性器が、頭をもたげていた。
 久しぶりに味わう性衝動に、レナードは少し笑いながら、ターナに語りかける。
「…いいかな、ターナ。俺、今…君のこと、抱きたい。」
「私も〜…レナードが、欲しい…よ。」
 たどたどしくて拙い、ひねりのかけらもないやりとり。お互い、口下手は相当だ。だからせめて、これから先は、行動と衝動に身を任せてしまおう。
 もう一度二人で唇を合わせる。今度はお互いに、舌を使ってお互いを求めた。舌を絡めながら、ターナの服を脱がせる。胸がはだけられ、豊満なバストが弾けるように開放される。
「…言ったこと、なかったっけ。…ターナの胸、すごく綺麗だ…。」
 ミルクを搾り出すためではなく、ターナの胸に手を添える。少し汗ばんだ肌は吸いつくようで、手から伝わる感触はどうしようもないくらいに蠱惑的だ。どこまでも指が沈んでいきそうなくらい柔らかい乳房は、興奮の熱を帯びていた。
「ぁ、ぁん…レ、ナードぉ〜…。」
 嬌声を上げるターナがかわいくて、胸を愛撫する手が止まらなくなる。加減していた力が、抑えられなくなる。少しきついぐらいにもみ込むと、ターナの声がひときわ熱いものになった。さらに、硬くなり始めた乳首を口に含み、舌で転がすと、声がますます激しくなる。
「ん、やぁ、ダメぇ、それ…いいよぉ…!」
 レナード自身、もうミルクの仄かな甘い香りと、もちもちとした感触、何よりもターナが自分の行為で快感を覚えているという事実と、それを伝える鼓動に、自制がきかなくなっていた。ほとんど顔を胸に埋めるように、片手は背中に回して、胸への愛撫に集中する。
「ふぅん、ひぁ…やだ、出る…出ちゃう…ッ!」
 いつしか、ターナの腕も、レナードの頭を抱きしめるようにして胸に押し付けていた。出る、との訴えに、レナードは、まるで赤ちゃんがそうするように、乳首に吸いつく。一息、二息と吸い込んだ後、歯を唇に包むようにして、弱い甘噛みを送ると、ターナの体が、一度大きく震えた。
「ん、ぅううううううっ!」
 胸への刺激で絶頂に達すると同時に、レナードの咥えていた乳首から、白いミルクが吹き出した。口内の味覚器官に吹き付けられる甘い味は、口の中から体を染めていくようで、吸えば吸うほど溢れ出してくる。しばらくそうしていると、ミルクは収まり、それに伴ってレナードもターナの腕をやんわりとほどいて、顔を離した。
「…イッた?」
 短く問いかけると、ターナは燃えそうに真っ赤な顔を羞恥に歪ませ、潤んだ目をかすかに伏せた。その姿もたまらなくて、レナードの男根は膨張しきり、それだけでしびれるような衝動を脊髄に送り込んでくる。
「…ターナ、それじゃ…」彼女の履いている、ショートパンツに手をかける。「ぬ…脱がす、よ…。」
「ぁ、や、待って、レナード…」
 ターナがその手を、掴んで制止する。恥ずかしいのだろう、と考え、もう少し前戯を続けようかと思った矢先、彼女は予想もしない事を言い出した。
「私が〜…一回イッたんだから〜…レナードも一回ぃ〜…!」
 そのまま、手を掴んだまま、ターナがレナードを押し倒す。柔らかい草のベッドに背中が当たる頃、ホルスタウロスの巨乳が目の前にあった。
「ちょ…タ、ターナ…?」
 彼女が腕を離してくれたと思った矢先、もうその手は腰帯をほどき、男性自身や胸板を露出させていた。この辺りの手際はさすが魔物と言うべきか…。ターナが体をやや起こす。一見すればいつもどおりの無垢な笑顔なのだが、目や吐息からは淫らな嗜虐心が伺える。
「えへへ〜…いつか好きな人ができたら、こういう事してあげようと思ってたんだ〜…。」
 言いながら、さっきレナードがミルクを吸った乳房とは反対側、右のおっぱいを持ち上げる。そのまま自分で、指がめり込むくらい激しくそれをこねまわす。その痴態にレナードが完全に目を奪われていると。
「…ん、ぁ…出、たぁ〜♪」
 ターナの右乳首から、白いミルクがシャワーのように吹き出す。そしてターナは、なんとその白濁したミルクを、レナードに向けてかけはじめた。驚き、あっけに取られているうちに、生温かく、ぬめった液体がペニスを弾く。たちまちのうちに、ピンク色の男性器は白く飾り付けられてしまった。
「んふふ〜、準備完了〜!…それじゃ、いくよ〜?」
 そう言うとターナは、自身の爆乳を両手でそれぞれ支えて、レナードの股間に近寄せる。そのまま、左右から、ペニスをバストで挟みこんできた。
「ぅ…あああっ!?」
 ただそれだけでも、あまりに甘美な感触が脳髄をしびれさせる。吸いつくようなもち肌が柔らかくペニスを包みこみ、それでありながら先程のミルクが潤滑油になっている。
「ぁ…レナードの、熱いね〜…。声も、可愛い〜…。」
 ターナがうっとりした声を出すと、その吐息がかかって、無意識に男性器が脈打ってしまう。そしてターナは、そのまま胸を上下に、まるでペニスを絞り上げるように動かし始めた。
 意志とは無関係に、レナードの口から喘ぎ声が漏れる。極上の感触が、あまりにも滑らかに、性器全体を刺激する。快楽の絨毯爆撃とも言うべきパイズリ攻撃が、性感の神経を全て緩ませて、胸の谷間に出来た白いミルクの泉に蕩かしてゆく。
「ゃん…レナード、腰動いてるよ〜?や〜らし〜んだ〜…♪」
 いつになく小悪魔じみたターナの言葉。しかしレナードは、そう言われるまで自分がさらなる刺激を求めて腰を振っていた事に気づいていなかった。最初は、流される恥ずかしさを感じていたはずなのに、もう何も考えられない。もう、体が、止まってくれない。
「ふふ…それじゃ…イッちゃえ〜♪」
 ターナが、胸を左右からぎゅっと押し付ける。急に強まった圧力の中、さらに上下動を自分で激しくしてしまう。重力の感覚すら失せそうな至福の圧迫感の中で、絶頂は高め続けられた快感の延長線上に突然訪れた。
「ぁ、くぅ、う、うううっ!?」
 その瞬間まで、自分が射精する、というイメージが無かったと言わざるをえない。自分でしたことだってもう数年無かったのだ。目の前が弾けるような快感に、声が抑えられない。噴きだした精は、牡性器にまとわりついていたミルクを巻き込みながら、大きな白濁の塊としてターナの顔を汚した。
「ぁ、やん♪…えへへ〜、いっぱい出たね〜、レナード〜…。」
 それを嬉しそうに浴びて、ターナが笑う。淫らというよりは、どちらかというといつもの能天気な笑顔に近い表情に、レナードも幾分我を取り戻し、彼女の頭を撫でた。
「…すごく…気持ちよかったからさ、ターナの…。」
 まとまった文章にはならなかったが、そう伝えると、ターナの顔は赤くなった。
「ん〜…そう言われると〜…」
「…恥ずかしい、の?」
「ちょっとだけ〜…ほんの、ね?」
 あれだけのことをしておいて何を…と、思いながら、レナードはやんわりと体を起こす。最初と同じ。レナードの股間では、今なお男性自身が硬く熱く、その存在を主張している。まだ、まだ終わらないと。
 今度は何も言わず、ターナの下を脱がす。そういえば普段、彼女の下半身は毛に覆われていたはずだが、今はそれがなくなっていた。見れば、陰毛すら無い。不思議そうに泳ぐレナードの視線をどう取ったか、
「じ、じろじろ見たら〜…恥ずかしいよ〜…?」
「あ、ああ、ごめん…。」
 実際にはあまりそちらを見ていなかったので、そう言いながらもレナードはターナの陰裂に目をやり、そして濡れそぼったその美しさに息を呑む。
「…それじゃ…あ、初めて…だったりするのか…?」
 ターナは目を伏せながら、かすかに頷く。
「…でも、私は魔物だし〜…あんまり、痛いって事は〜…無いと思う〜…。」
「え…ああ、それは…そう、分かった…。」
 初めてで、嬉しい。そう言葉にするのは無粋だろうと考え、飲み込む。亀頭を陰唇にあてがうと、濡れた感触がそれを迎える。それだけでも強い快感が走り、二人の動きが一瞬止まる。目が合う。ターナの潤んだ瞳が、言葉にならない何かを伝え、レナードが言葉に出来ない何かを、読み取るようにこちらを見つめている。
 何も言わず、一息に、雫を垂らしながらわずかに開閉するアソコに、熱く猛った肉棒を突き入れた。きつい締め付けはあったが、前に進むに当たっての抵抗感はほとんど無かった。
「あ…はぁ、ぁああああああん!?」
 ターナが体をのけぞらせ、ひときわ大きな声を上げる。一瞬、やはり痛いのだろうかと考えたが、すぐに彼女の体が動き出した。ただでさえ絡みつくような柔襞が、その動きによってレナードのペニスを舐める。
「ぁん、いい、いいよぉ〜…腰、動いちゃう…ぅ〜…!」
(う…わ…これ、やばい…!?)
 精を吸い取る魔物の膣は、男を感じさせる能力において、人間の女性のそれを遥かに上回る。その人間の物すら経験したことがないのに、魔物の感触に止まったままで慣れる間もなく、ピストン運動が開始されたのだ。
 すぐに、強烈な射精感がせり上がってくるが、それを必死に堪える。もっと、彼女を感じていたい。もっと、彼女と、つながっていたくて。
 自然に腕がターナの腰を掴み、自分の腰を叩きつけていた。お互いに技巧も何も無い動きだが、それでも二人はどんどん高まっていく。動くたび、ターナが剥き出しにしている胸が大きく揺れて汗を飛ばす。
「ぁ、ふぁ、んんぅ…レ、レナードぉ〜…!私、変なのぉ〜…!」
 彼女も限界に近いくらい感じているらしく、膣の痙攣で絶頂が近いのがなんとなく分かる。その事実もたまらなくレナードを興奮させ、抽送はますますヒートアップしていく。
「ターナ…ターナぁッ!」
「はぁん、やぁっ…レナードぉ…!」
 お互いの名前を、狂ったように呼び合う。そのたびに胸の奥で何かが弾け、心が昂ぶっていく。結合部の焼け付くような熱さが、際限なく高まっていく。相手との境界すら分からなくなるような感覚がずっと続いている。
 二人が、相手の名前を呼ぶ声が丁度重なったとき、不意に限界は訪れた。ターナはかすれた、声にならない叫びを挙げる。マグマのように熱い精液が、ターナの体全部を刺し貫いてしまう勢いで体内に注ぐ。
 魂ごと焼き切れると思えるほどの、十数秒にも及ぶ壮絶なエクスタシーが通りすぎると、星空がとても綺麗だった。息を荒らげたまま、もう一度お互いに、唇をそっと合わせる。彼女の、涙とも汗ともわからない雫が自分の頬に触れるのを最後に感じて。
 今度こそ、数年ぶりに、全てを忘れて、レナードは眠りに落ちた。

 七日目、朝。
 エルンストは、少数の護衛を連れて、リンドロン高原に訪れていた。はるか遠くに二人のテントが見え、手を上げて護衛をそこで待たせる。一人、近づいていくと、ターナが座っているのが見えた。彼女はこちらに気づくと、穏やかな笑顔を見せる。そして…。
「…おや、これは微笑ましい。」
 その胸に顔を抱かれ、レナードが眠っていた。寝息を立てるその顔は、まるで子供のように無垢で無防備なものだった。こうして眠っているということは、彼の症状が幾許かの改善を見せた、と考えていいのだろう。それこそが、わざわざレナードをこの仕事につけた国王の意図でもあったのだが。
 エルはターナに話しかける。
「…七日目、です。…要件は、分かると…」
 すると、彼女は、指を一本立てて、「シーッ」とやってから、またレナードを掻き抱く。腕に込める力が少し強くなったように…まるで、もう離さないと言っているように…見えた。レナードが何事か寝言をつぶやき、ターナの胸に顔を埋めるように寝返りをうつ。その様子に、エルンストも晴れやかに笑った。
「…なるほど。…では、私はこれで。」
 踵を返す。まぁしかし…そうなると、ずいぶんな無駄足を踏まされた上に、羨ましい様子を見せつけられたものだ。帰ったら、女性と遊ぶよりは、グランツやカリンで遊んで気晴らしでもしたい、なんて思う。
 未来の話をすると、リンドロン印のミルクはその後、レナードとターナの頑張りにより、ローエンハルト名物の一つとなるわけだが…それは、また別の話だ。
10/07/28 10:11更新 / T=フランロンガ
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■作者メッセージ
 交感神経の異常亢進ってどんな病気だよw…まぁファンタジーだしね、見逃して下さい。
 つーか主人公何もしてなくね?それも踏まえて今回の言い訳は『舞台が狭くて孤立していた』ですね。
 そして定着しつつある月刊ペース。まぁ今回予想以上に長引いた上にエロシーンで筆が進まず…。つーか両方合わせると三万四千文字越えんのか…。こんな冗長なもん読んでくださってありがとうございます。

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