連載小説
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「希望」
 9キロ程離れた場所からでも城の被害状況は確認することはできた。
 半分ほど城は焼け崩れ、修練場などや、天守も兼ねた宿舎なども殆ど無事なこところはない、石造りで高さ10間(約18メートル程)の城壁がしっかりと残っているが、途中途中土台部分まで崩れている、一応砦として機能することは可能だが、殆ど廃墟に近い

 いや、何も手を施さなければ、あと半年もすれば本当の廃墟になるだろうな…

 無論生存者などは絶望的だ、堀にはまだ魔王軍も回収できなかった魔物の死体も何十体も浮かんでいるはず
 あと数日もすれば腐乱が始まり、腹にガスがたまってしばらくは浮かんでいる、だが、そのあとは沈み、死体は回収しない限り浮かんでこないのだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 昨夜の戦闘でリザードマンの首を取った後、朝になるのを待って、普段ならば親魔派の領地に行く行商人などが通っているダイレガ街道にでた。


 よく、親魔派の領地と反魔派の領地は他国のように思われているが、領地政策が異なるだけで同じ国家領土であり、国全体の税率や国として発布する法などは基本的に同じだ。反魔派と親魔派だからといって道が断絶しているわけでない

 しかし、何度も俺たちが魔王軍と戦っているのは有名だから、わざわざそんなルートを通る行商人はなかなかいない。

 途中途中でローグスロー騎士団に所属している騎士の武器を見つけると、ル・ガンツテァの文字が書かれた柄や石突きなどを剥がして回収した。

 ローグスロー騎士団の団員が使う武器には、使い手が魔物に精神が近くなればなるほど、刀や剣であれば刀身が赤く染まり、弓や銃などであれば放った矢や弾などが赤く染まる。
 赤くなればなるだけ、武器の威力が上がるが、魔物化してしまうことを防ぐため、魔物化すれば持ち主を殺す術式が強制発動するような仕組みがある、それと、もう一つ武器に仕掛けられている術式がある。

 それは、俺が回収した武器を見ればわかる。
 
 どの武器もボロボロに錆びており、何十年も屋外に放置されたかのようであるが、柄や石突きなどのル・ガンツテァが施された装飾品の部分は朽ちてはおらず、新品同様である。
 
 これは、敵に回収され、敵が使用することを防ぐためであり、また、このル・ガンツテァの名を刻んだその武器の使い手の生死を確認するためである。
 つまり、武器の持ち主が死ねば、真の名が刻まれている部分を除き、錆ついて朽ち果ててしまう術式が施されている。

 この武器を見つけたら、その真の名が刻まれた装備品を回収する。そして、その装備品を城の近くにある見晴らしがよい丘の共同墓地に埋めるのが習わしだ。

 ちなみに、共同墓地と名であるがその場所には人間の遺体は埋葬されていない。
 埋まっているのはこの装備品だ。

 本来ならば、教団の教えに従っての葬儀ならば土葬であるが、領内地で土葬は禁止、一般人でも火葬して、遺骨を墓に埋葬するのだ。
 なぜなら、アンデッド型やゾンビなどの魔物は死体から生まれてしまうために死後の人間の魔物化を防ぐことが狙いだ。理由はそれだけではないのだが。

 魔王が魔物を生み出す、としているが、一部の魔物にそれは当てはまらない。
 たとえば、上記のように発生するアンデッド型の魔物に関して問題があるのは教団だ。

 アンデット型の魔物などは人間の死体が魔力を吸収して誕生する、しかし、遺体を残さない火葬にすればある程度は防げるのだ。(人骨からスケルトンが生まれると反論できるかもしれないが、その類の魔物は魔王の魔力などでしか発生せず、反魔派の領地ではとても珍しく、殆どないといってよい)
 なのに、教団が説く葬儀法は土葬、死体と骨では反魔派であろうと魔物になる確率が全く違う。

 というか、教団は魔物を敵視しているのにその教えの一部は魔物の発生を助長している。全く理にかなっていない。
 魔物を敵とするならするで多少教えを捻じ曲げてもいいだろうし、どうとでもすることができるはずなのに教団の連中はそれをしないのだ。
 …まぁ、最も降りかかる火の粉は全力で消す、といのが俺の信条なわけで、教団は魔物ごときには本気にはならない、という余裕か、それとも強がりなのだろう。生娘が思い描くような、全く非現実的なことだ。
 俺は教団を敵視しているからかも知れないが、教団の連中の考えていることは分からない。

 ま、俺が教団の評価に厳しいのは、この領地が教団の影響力が少ないことが影響にはあるだろう。


 かつて、教団は人間界の頂点に君臨していた。国政権も事実上、教団のものであった。
 各国の王の権威すらも教団よりも地位は低かった。

 なぜなら、教団の教えは絶対、教団は神の代弁者にして執行者、自らを救済したければ従え、といった風であったらしい。
 つまり教団そのものが神であり、王は神に従うべき、王は教団に従うべき、といった風であった。まぁ、神様のやることに間違いはないと思えるからね

 しかし、教団の地位を揺るがす事件が三世紀前に起きる。

 それは、第6次カルゲルデンソロス(対魔物反攻運動)の勃発と失敗であった。
 カルゲルデンソロスとは、人間界にある程度魔物が増えた際、人間界の魔物を一斉に排除し、各国の傭兵や騎士団を用いて魔界に侵攻、魔物に奪われた土地を奪還する、というものであり、それまで5回行われたが、どれも多大な戦果をあげ、そのことも教団が持つ求心力の一つとなっていたわけで、それを三世紀前に行った。

 しかし、それは事前に魔王軍に察知され、情報も筒抜けであった。そのため、初戦から惨敗をきし、それどころか魔王軍に攻め込まれるという事態に陥ってしまった。

 その危機を、教団は軍を再編するどころか前線で戦う兵士たちを捨て駒にし、自分たちと、教団のお抱えの騎士団を連れて逃げてしまったのだ。
 孤立無援の状態、烏合の衆となった人間軍を救ったのは従軍していた王たちであった。

 初戦の惨敗が厳しく、その後もカルゲルデンソロス開始前よりも少し人間界の土地を奪われたが、王たちは軍を再編し、終盤では反撃にも転じた、その後、教団が指揮していた時ではありえなかった、各国の王たちによる同盟―現在の『王衆連盟』が魔王と停戦条約を締結し、泥沼の戦争は回避された。

 停戦後、王たちは事実上、騎士団などの軍事を掌握、そのままの勢いで教団から国政権を奪還し、再び国の中心となった。

 王たちに人民がつき従い始め、逆に教団から一気に人民の心は離れていった。

 そのうち、今の教団は間違いを犯した、彼らは神の代弁者を語り、人民を操る道具として神を利用し、真の教えを歪めた、とかいう理由で、教団内からも新しい派閥なども発生し、最初のうちは教団も抑えられたが、だんだんとその一派がどっかの大国の後ろ盾を得て独立、今ではいくつもの教団の派閥が発生しており、事実上教団は崩壊。

 最初の教団を運営していた一派を『ロウドナス』(原始)と呼んで、それ以外の派閥を『ジメリオ・セード』(新しき教え)と呼ぶ。

 …………教団の派閥に共通していることは魔物を敵視していることぐらいだが、そのうち魔物と共存しよう、なんて一番歪めちゃいけない部分を曲げてくる連中も出てきそうで怖い。
 
 魔物どもは皆殺し、うん、なんか語呂がいいな

 ちなみにうちの領地は(国教が定められておらず、領地によって異なるのだ)形式上ロウドナスだが、領民は本気で信仰しているわけじゃない。
一応反魔派の領地の道を歩み始めた時、ちゃんとしたジメリオ・セードはほかの国の国教となってしまった教団が多く、邪教に近いジメリオ・セードしか残っていなかった。元々ロウドナスと疎遠ではあったため、親魔派であった時、正式な破門状を受け取っておらずそのために復帰できたらしい。
 ちなみに、今の国政のあり方は、政治は政治、宗教は宗教という考え方だから、ロウドナスの連中が絡んでくることはない。


 そういえば、国政と宗教といえば、上記のような理由から、各国の王たちは3世紀近く経た現在でも交流は活発で、各国の構えとして相互援助が基本となっており、各国は教団が国政を治めてることが再びないように、王たちが教団の監視と親睦を兼ねて、一年に一度王たちの同盟『王衆連盟』を開いて、様々な問題を話し合う『王族会議』が開催されるまで、各国の連携も強くなった。なので、魔王軍もうかつに各国に侵攻できないらしい。
 下手すりゃ、人間対魔物の全面戦争だ。
 人間が結束し、魔物に圧力を加えるまでになったのだ。



 かなり脱線してしまった。話を元に戻そう
 なぜ、遺体が埋まっていないかであるが、魔物化するからでは完全な答えではない。

 正式にいえば、遺体がないからだ。
俺たち、ローグスロー騎士団の騎士は死ぬと遺体は残さない。年の所為で引退するなら話は別だが、戦場で死んだらまず確実に遺体はない。

 なぜなら、戦闘中に死亡すると左胸に刻まれた術印が死亡と判断し、肉体と、かすかに残った精を燃料とし発火して遺体が完全な灰となるまで焼きつくすから

 中にはもう助からない致命傷を受け、自らの意思で胸の術印を発動する騎士もいる。
 その場合は、残った精が遺体の時と比べ物にならないほどあるため、爆発を起こし、敵を巻き込んで死ぬのだ。

 これが、ローグスロー騎士団に所属している騎士の覚悟と誇りと、異端者にふさわしい最期

 例え、自分の身が滅んでも、これから異端者という自分と同じ境遇を背負ったものを生まれることがないよう、俺たちは死ぬのだ。

 教団(ロウドナス、ジメリオ・セードを問わず)に所属している勇者や聖騎士どもは魔物に敗れると魔物の夫となることが多いと聞くが、なんとも情けない連中だ。連中は覚悟をもった者が少なすぎる。

 …まぁ、教団に所属している連中全てが全て覚悟も勇気も持っていない連中ではない。
 例えば、認めたくはないがロウドナスの『魔族審問』部隊のように、覚悟をもって戦う連中も、いや、あいつ等は特殊だ、そういえば、ヴィルマ、あの銃撃馬鹿は元気だろうか?
 ま、あいつが簡単に死ぬわけないか…………

 しかし、勇者や聖騎士の大多数は覚悟も生き残るための腕前も、知恵も持ち合わせていない。
 持ってるのは勇気という言葉を勘違いしてる馬鹿どもだけ

 なかには魔物につかまり、魔物の夫となった勇者が人間に反旗を翻し、魔王軍として参戦してくることもあるが、そういった連中には、許容もなく、一片の慈悲もない。
 奴らの最期の状況を一言で表すなら、血の海。
 ちなみに、元勇者どもが魔王軍として侵攻してきたことを示す合図の言葉は、

   「血の制裁」


 神に祝福され、無事に人間として生まれたくせに
 教会の連中に持て囃され、一体でも魔物を打ち取って帰れば英雄の凱旋だ

 嫉妬であることは分かっている。だが、その功績が霞むほどローグスロー騎士団は、なんども名のある魔王軍の将兵の首を打ち取り、いくつもの部隊を壊滅させる戦果をあげた。


 名将と名高かった『千戦の魔鐘』デュハンのパルテノ・バルクホルン

 上級魔族で構成され、無敵の強さを誇った『戦慄たる戦闘狂団』

 人間界まで残虐非道の行いで知られ、いくつもの人間の砦が血の海となった魔界の大領主でありながら自ら第一線で戦った『魔界神』ヴァンパイアのフォン・ド・バウンゼル

 他にも様々な武将を打ち取りながらも、全て表には発表されていない。
 なぜなら、打ち取ったのが異端者の騎士団だからだ。

 魔物でありながら人間に味方する魔物部隊がもしあったとして、魔物部隊が魔物を打ち取ったら、それはそれで人々に希望を与える象徴として、使える。

 しかし、異端者という人間でありながらも、人の力をはるかに超えた存在、魔物ではなく、異端者のことを化け物と呼ぶ理由もそこにある。化け物が魔物を打ち取っても、人々は恐怖しか抱かないのだろう

 異端者は法律の範囲外、何の権利も与えられず、人らしく生まれることも、生きることもできない、戦場で戦えるだけでも幸せだ。最後は戦場で襤褸雑巾のように死ぬことが定め、そういう人間なのだ。


 だが、一つだけ言っておく、
 俺たち異端者は何もしてない、否、何もできない、

 異端者として生まれたくて生まれたわけじゃない
 
 迫害されたくて迫害される身分になったわけじゃない
 
 ただ、生まれたときから、異端者と呼ばれただけだ。

 故に、俺たちは戦う、これ以上魔物を増やさないために、
 俺たちのような異端者と迫害される者たちの未来のために、否、これ以上の不幸を起こさないために、

 戦って、死んで行くのだ


 しかし、ローグスロー騎士団員全員が異端者というわけではない。最近では捨て子などの身寄りのない者など、異端者ではない普通の人間も騎士団の中にはいる。

 騎士団結成当時から、ご領主様が領民のために作った騎士団を孤児院と勘違いして子供を捨てていく者もいた。
 無論、捨てられた子供は普通の人間であり(中には異端者の赤子も混じっていたが)、ほかの生き方や人生もできた。

 しかし、こんなご時世だ、奉公人などの募集を行っている富裕層や商人は少ない。
 この領地は魔界に近い分、魔力などの影響でほかの領地の倍、作物などの手がかかり、何倍もの畑を耕しながら、他の領地と同じくらいしか収穫ができない。
 そんな状況の中、子供を養っていくにはつらいものがある。なので、ちゃんとした領主様のつくる領地の孤児院、教団のつくる教会で運営する孤児院(ここでは加護院)でも飽和状態にあるらしい。

 それに元々、騎士団の騎士は殆ど捨て子で両親の顔も知らない。
 なので、ローグスロー騎士団員にとって、捨てられた子供は他人には見えないのだろう、かくいう俺もその一人だ。

 だから、といってもいいのだろうか?騎士団の砦では、だいたい8歳ほどまで捨てられた子供を育てるのだ。元々、普通の孤児院では異端者の子供などは引き取ってもらえない。そのため、蛇の道は蛇という理屈で、城で異端者の子供を育て、騎士にするための養育施設もある。

 異端者の子供はローグスロー騎士団の一員となり、普通の人間の子供は里親のもとに出される。里親に出されず、中には商人の元で奉公人になって出世した者いる、鍛冶師の弟子になった者もいる。
 だが、そんな生き方を選ばずに、中には騎士団に入る者もいるのだ。

 そういう普通の人間も立派に活躍する者もいるし、彼らにも紋章が刻まれる。
 最期も異端者の騎士と同じく、灰となって死ぬ。

 彼らは人間だ、そんな死に方でいいのか?とある一人に聞いたところ、自分たちもそんな死に方ができて幸せだ。と笑っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 今から数刻ほど前、
 俺は城の近くの町に立ち寄った。
 
 城はあきらかな攻撃対象であるから、その周辺が戦場となるのは当たり前だろう、だが、町に戦力はなく攻撃対象ではない。しかし、嫌な胸騒ぎがする。そのため、町は無事かどうかの確認も含めて、町の様子を見ておきたかったのだ。

 案の定、町は戦闘に巻き込まれ、ひどい状態だった。

 全ての家屋が焼け、金品などは全て魔王軍の者たちによって略奪されたのだろう
 家の中には城に逃げ出す時に持ち出せなかった家財道具が焼けのこっていた場所もあったが、中身は全て物色され、家畜などはその場で食い散らかされた跡もあった。

 何度もこの町の連中には世話になった。
 俺たちが異端者であるのに、町の連中は普通の人間と変わらない扱いをしてくれた。いや、それ以上だ。

 何度も魔王軍から町を守ってくれた、と言って、団員達の個人的な買いだしで町に来るたびに、よく食事をした食事処の親父はテンレンザ(野菜を油で揚げたもの)をサービスしてくれた。

 孫夫婦が魔物の一団にさらわれた、根っからの魔物嫌いの爺さん。無愛想で結局しゃべったことはなかったが、俺たちの城に食料を配達する時には時々、酒樽を一つ持ってきてくれたらしい。

 娼館の女たちは金にがめつく、みんな不美人だったが、みんな不幸な境遇なのに自分たちの境遇を明るく笑って話の種にし、つらいことがあると厳しく励ましてくれて、仲間が死んだときには本気で泣いてくれた。

 いつも仲間と行く酒場のマスターはなかなかのやり手で、賭け事に一回も仲間で勝った奴はいなかったが、騎士団で祝い事があると朝まで飲ませてくれた。
 
 町のガキたちに剣を教えたのも、収穫の時期に騎士団総出で農夫たちの手伝いをしたのもいい思い出だ。

 町の連中の中には、戦闘が終わってから回収できない騎士の形見を拾って届けてくれた者や、負傷がひどく動けない騎士の手当てをしてくれる者もいた。

 一度、若様(時期領主様)がいらした際、若様の警護で領主様が治めるこの領地の中心地、ラヴェ・カイエンまでいったことがあるが、そこの人々はどこかよそよそしく、店でお釣りはごまかされるは、頼んだ料理はこないは、子供は石を投げてくるは、城に戻る際関所で一日待たされるといった手厚い歓迎を受けた。

 もう二度と任務以外行きたくない。


 この町だけだろう、異端者を受け入れてくれる町は。
 たとえ、親魔派の領地や魔界であろうと異端者の子供は殺される、親魔派の領地や魔界からこの騎士団に異端者の我が子を捨てに来る魔物もいるのだ。無論、赤子を捨てに来た魔物は殺すのだが
 親魔派の領地も異端者を受け入れてくれないことは確かだ。

 だが、全てがなくなった。世界でもここだけだろう、異端者を受け入れてくれる町は、なくなった。

 なくしたときにその大きさに気がつくというが、真理だ………これ以上ないほどの真理だ…………

 もしかしたら、町の連中は城が陥落する寸前で城から脱出し、ほかの町か砦に逃げたかもしれない………………魔王軍の追撃から逃げられるとは思えないが、

 そう自分に言い聞かせる、町の連中は、陥落前に他の砦か町に逃げた、と

 しかし、焼けただれ、見る影もない、かつての賑やかだった町が静まり返り、だれも住めない町となってしまった、その町を通っている間、あふれ出る涙をこらえていたが、ついに我慢できず、その場に、道の真ん中で膝をついて泣いた。

失うことに慣れてはいけない、悲しまないことに慣れてはいけない
失った時、悲しかった時、大声で泣け

 その言葉が頭の中で響く。

 泣き声が廃墟となった町に響いた。



 その後、腰のベルトに奴らの髪で縛ってぶら下げていたリザードマンの首を一つ、道の真ん中に置く。
 
 騎士団の鎮魂を願う際の一つで、ローグスロー騎士団の墓には墓標も墓石もないただの丘だ。
 しかし、戦場で魔物を倒して、その魔物の首を取って持ち帰り、丘―墓前に置くことが習わしとなっている。
 なんでも、ジパングのある名将が憎き宿敵を打つ前に自らの死を悟り、墓はいらないから宿敵の首を墓前に持ってこい、といって死んだのが起源になっているらしい。

 だから、本来ならば城のすぐそばにある墓に捧げるはずだった首の一つを、町に捧げた。少しでも、この地で死んだ者が救われるように、と願いを込めた。

 泣いたら少し気分がよくなった。それまで、足取りも重かったが、幾分軽くなった。

 ゆこう、俺は北に、城に向かっていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
 
 そして、現在に至るわけだ。
 
 城を、遠くからでは一番よく見える丘から、城を見ていた。

 この丘が騎士団の墓だ。

 丘には先ほど俺が倒れていた草原と違い、短い草が生えているのだが、まばらにしか生えておらず、どちらかといえば地面の土が目立つ。
 目の前には荒野が広がり、西南の方角に広がる草原−俺が倒れていた草原が荒野と戦っているかのようにくっきりと分かれ、その境界線が西にうねりながら伸びている。
 城よりも西に向こう側には草すら生えていない、まるで城が扇の要のように扇状に不毛の地が広がっている。
その不毛な地を主戦場として、いつも戦いが繰り広げられている。
 荒野のはるか向こうに、ここからでは晴れた日に糸くずのようにしか見えない物は親魔派と反魔派の領地との境目であるゲンドーシ川。
 
 いつも町から帰ってくるときにここから見る城が一番好きだった。
 
 なぜなら、この丘からだと北を見れば仲間たちがいる城が、後ろにふりかえると自分たちを受け入れてくれる町が見えたからだ。
 
 
 城と町、今はどちらもシルエットが変わってしまった。

 もう、どちらも元には戻らない。
少し探しただけで、仲間の武器がそこら中に転がっている。騎士団は壊滅したとしか考えられない。
 町は廃墟同然でなにもない、復興には何年とかかってしまうだろうし、もはや人も帰っては来ない。


 そんなことを思いながら、穴を掘る。敵の死体からはぎ取った剣で掘るのも手だが、敵の武器で掘った墓穴に埋葬されたくはないだろう、自分の手で掘るしかない。

 回収できた柄などは、全部で79個、79人分の魂だ
 
 埋葬する墓穴は一つだが、それでいい。
 墓石も墓標もない、ここに埋葬されている遺品などはいくつあるか誰も知らないし、場所も分からない。それに一人一つ埋まってしまってではあまりにさみしい、という意見から、一つの墓穴に回収できた装飾品を埋葬することとなっている。

 墓穴を掘り終える。何度か爪が剥がれてしまったが、こんな時俺の能力は便利だ。すぐに再生してくれる。

 全員の柄や石突きなどの遺品を埋葬すると、土をかけ、ほんの少しだけ土を盛る。
 腰にくくりつけていたリザードマンの首を盛った土の前に置き、それから、座り込み、墓に手を合わせた。
 

 戦いが終わった時、俺たちにとって仲間の誰かが死んでいることは当たり前の出来事だ。いや、犠牲が出なかったことの方が珍しい。
 
 その仲間の形見を墓地に埋める時や、葬儀を行う時だけ、大声をあげて泣いてもいいこととなっている。
 俺たちは、誰も実の家族の顔をしらない、双子や三つ子などの連中は別だが、それでも殆ど家族の顔を知らない。
 騎士団は血のつながりのない家族、俺たちは一つの騎士団にして一つの家族
 故に家族が死んだ時は泣いてもいい、うんと悲しめ、ということになっているが、不思議と涙は出で来ない、なぜだろうと考えていたが、町の様子を見た時に泣いてしまった、だから、今涙が出てこないのかもしれない、つまりあの町は俺たちの第二の家族だったのか、そう思うと納得できた。

 胡坐をかきながら土を盛っただけの墓を眺めた。
 
この後に何をすべきか、という疑問を考える。

 本来ならば、ご領主さまのところまで出向いてご報告するべきなのだろうが、自分が知らせたところで、常時の連絡がなければ魔王軍が侵攻した判断し、近くの砦から援軍がくる。ご領主様が知るのが一刻か二刻早くなるだけだが、城に行って、ご報告すべきだ。
 
 報告すべき、というのは理性的な答えで、本来ならばそちらを優先すべきでありこれ以上の答えはない。

 しかし、
 しかし、もう一つの考えが墓を眺めているうちにでてきてしまった。感情に支配された、非論理的であり、領主様の利益にならない、自己勝手な意思の答えが


 しばらくの逡巡のあと、答えをだした。


 こんな時こそ、ご領主様の力にならなければいけないのに、自らの意思と感情に支配された答えを通すことを恥じた。
 それからご領主様の治める町の方角に正座になおって、地に頭と両手をついて謝罪をした。
 
 先代、そして今のご領主様は俺たちを普通の人間として扱ってくれる。無論、そこに優秀な戦力となることも含まれているのだろうが、それでも他の領主と比べても驚くほど優遇してくれる。ご領主様は俺たちにとっての太陽であり、俺たちの救いの神だ。

 だが、俺の行動は、今から行う行動は少しもご領主様に利益にならない。だが、やらなくてはいけないと、自分の中の魂と呼ぶべきものが言っている。やれ、と


 死のう、敵を一体でも多く巻き込んで死のう
 
 この位置からでも城の天守の中程から爆発が起こり、白煙が伸びていくのがわかる、しかし、なにかに誘爆したことによる火事の煙ではない、戦いの火は昨日の雨が全てを消してしまったから

 あの爆発と煙は魔王軍が城に在留している証拠の煙だろう、仲間が生き残っているならば堀の死体を片づけているはずだ、それがないことも併せて、魔王軍が城を占拠している証拠だ。
 それだけではない、さきほどの爆発は、大方城に仕掛けられた罠にでも引っ掛かったのだろう、城が落城すればすぐに城中に仕掛けられたトラップが発動することになっている、魔物が持つ特殊な魔力にしか反応しない特殊上位術式の罠が

 優秀な兵士というのは負けた時のことも考え、準備を備えておくことも一つの条件だ。ローグスロー騎士団は勝った時のことのみではなく、最悪のケース、敵に城を占拠されるか敵が城を落として前線基地とする時に備えていた。
 
 城そのものを爆破すれば話は早いが、城は古城であるため、今の城よりも倍近くの大きさがあり、爆破するにしても相当の火薬がいる。
 それに、もし火事でも起こして誘爆でもすれば自滅だ。

 そのため、考えだされたのが城中に特殊な罠式の術式を仕掛け、落城とともに発動し、魔王軍が占拠してもとても城としては機能できないようにしたのだ。
 その間に、援軍が来て再び城を奪取する予定だったが、思ったよりも魔王軍の部隊が多いらしく、至る所で煙が上がっている。このままでは城に仕掛けられた術式が尽きる方が早い、と判断した。
 


 よって、俺が取るべき行動は、魔王軍が占拠しているローグスロー騎士団の砦に向かい、援軍が来るまで魔王軍を殲滅する。

 無論、殲滅などできるわけがないことはわかっている。武器も、昨夜のリザードマンとの戦闘で刀と、『魔法紙』が二枚となってしまった。転がっている魔物の死体から武器を調達してもいいが、気分が乗らない。
 つまり、武器はほとんどない。

 だが、殺す、憎き魔物を一体でも巻き込んで死のう

 あまりに絶望的だ、昨日の戦いと違い、この選択肢を取るということは、今の状況や手持ちの武器、敵の状況なども考え、どんな作戦を立てても、死しかない。

 あぁ、まさに絶望的だ、絶望そのものだ、そう思ったが、自分自身あまり絶望もしていないことに驚いた。いや、まだ人間の意識、精神、感情なのに、あちら側に行ってしまった時のような高揚感すらある。

 いや、この高揚感は死に行く者の気分ではない、
 そうだ、こんな希望にあふれて死んでいく馬鹿はいない、

 そう、死に行くのではない、


 俺は、逆襲しに行くのだ。

 
 深呼吸を三回、そして覚悟を決め、走る。
 
 俺は戦場に戻るべく、走る。

いや、

 帰るべきローグスロー騎士団の砦へと、走った。




なぜ殺すか?なぜ戦うのか?
しかし、その問いに男は問う
その問いに見合った答えなどあるのか?と
次回「逆襲」
求めるものは、修羅か地獄か
11/09/10 14:34更新 / ソバ
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■作者メッセージ
 すいませんでした。だいぶ長くなってしまったために、予定よりもだいぶカットせざるをえませんでした。
 というか、またやってしまいました。
 今回も魔物、出てきませんでした。
 
 首だけではだめですものね

 その分、次回は今までで一番多く魔物が出てきますので、どうかお願いします。
 
 ご意見ご感想をお待ちしております。

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