連載小説
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中立の都 2
翌日。日の出と共に彼女たちはやってきた。
初めに気づいたのは当然、見張りの者たちだ。
視界を埋め尽くす魔物の団体。
軍のような統率はなく、各々が好き勝手に飛び回っている。
その全てが夫を持たない未婚の魔物。
魔女、サキュバス、デビル。
とりわけ多く見かけられるのはこの三種族。

ただ、その規模は今までの侵略とは桁違いである。





――――――――――





街中はざわついている。
パニックになっていないのは彼らが魔物を正しく認識しているからだろう。
どんなことがあっても、命が奪われることはない。
ただ、漠然とした不安はある。
これからの暮らしはどうなるのか、自分は魔物になっていくのだろうか。
未知の恐怖が大なり小なり存在した。



その中でも、城壁へと向かう人物がいる。
エルゼムの警備兵団。
国内の警備、治安維持に貢献する“結界内での荒事”に特化した集団だ。
彼ら以外にも、城壁へ向かう者がいる。
セーヤもまた、魔王軍をこの目で確認しようと行動を起こしていた。



城壁の一部、塔となっている部分。
その屋根にセーヤは立っていた。
彼はこの国の住人、軍人ではない。
無論、この緊急時に城壁へは入れない。
そのため、無断でこの位置にいるわけである。

(この国の強力な結界、“彼女”もそれは分かっているはずだ。“彼女”はこの結界をどう攻略するつもりなんだ?)

結界へと迫る魔物。
だが、上空では結界に阻まれる。
少しでも入ればすぐさま地上に真っ逆さま。
それを事前に知っていたがゆえに入ることはできない
地上の者たちも、結界内に入る。
が、中に入れば非力な人間となり、強固な城壁は破れない。
先日のリリムも隠密であり、かつ人間となっても失われない技術と後天的に身につけた体力を駆使しての芸当だ。
本来、スペック頼りであることが多い魔物では突破できない。

やはりこの国の結界は完璧だ。

そう思う心が、警備兵たちに蔓延していた。
そう思うのも無理はない。
彼らはこの結界しか頼れる術がないのだ。
さらに言えば防壁しかなく、攻勢には出ることはない。
完全な篭城。しかもまるごと自給自足が可能なこの国において、籠城は最も得意とする分野でもある。



ドオォォン!!



体へと響くような轟音。
それは次第に連発した爆撃音となる。

結界への魔力、魔術による直接攻撃が始まったのだ。

その規模は凄まじく、横殴りの雨のように降り注ぐ。
爆炎、雷撃、ハートの魅了(チャーム)。
一撃一撃が通常の人間が出せる魔術のレベルを大きく超えている。
止むことのない魔術の連鎖。



しかし、彼女たちの力を持ってしても、結界には響かない。
絶対的とも言えるその防御力に、人々は期待する。



「美しい……」

ふと、誰かが声をこぼす。
その視線の先。
そこに、美しい魔物が現れていた。
結界内に魅了の魔力は通らない。
しかし遠目にもかかわらず、ただその美貌だけで人々は見とれてしまう。
白い髪に紅い瞳。
魔王の娘、リリム。
彼女に追従するように居るのはサバトの主、高位の魔物であるバフォメット。
今回の作戦の総司令と作戦参謀。
彼女たちがついに、表へと出てきた。

「あなたたち、そこをどいて」

「巻き込めれぬようにな」

道が割れる。
それどころか一人たりとも彼女たちの前から後ろへと下がる。
過剰とも思える退避に、値するだけの実力を二人は持つ。
リリムとバフォメット。共に魔物の中では最高峰の力を持つ種族。
こと魔術において、彼女たちを超えるものは多くない。



『この国に魔王の祝福を与えましょう』

『さあ、新たな宴を始めようぞ』



紡がれる詠唱に魔術的な意味はない。
彼女たちのクラスになると無言詠唱による大規模魔術など労するに値しない。
彼女たちの詠唱は、一種の宣誓だ。
この街を魔界にするための。
平和ではあるが堕落することのないこの国を“解き放つため”の。



『生と精と性。忌むべき死はなくあるのは快楽と幸福のみ』

『絶望という概念はなく、意味を失う狂乱の宴』



膨れ上がる魔力。
文字通り人間離れしたその二つの力は混ざり合う。




『全ての負は反転し、哀は愛へと変わる』

『宴の世界は番だけ、そこに他者が入る余地はない』



ただでさえ強力な力を繋ぎ、膨大な魔力へと。
もはやその力を想像するのも馬鹿らしい。



『その身を焦がす愛をここに』

『終わる事なき嬌宴をここに』



二人の高位の魔物が限界以上の力を振るうための大魔術。
その砲身はこちらを向き。



『全ての愛を解き放て!』

『恋情の宴の始まりを!』



その力の奔流が、エルゼムへと放たれた。





――――――――――





「チッ、なんて魔力だ」

莫大な魔力の衝撃は結界内まで届く。
城壁で待機していた警備兵たちもその衝撃に身を震わせる。
あの魔術はもはや爆発だ。
威力を収束することすらなく、ただひたすら力を放出するためでしかない。
その衝撃は間違いなく結界内に届いた。



「は、ははっ。すげぇ、………………これが“結界”」



そう、結界内には衝撃しか届かなかった。
結界“外”の空気、地面を震わせ、その揺れを伝えることまでしかできなかった。
結界自体にはヒビどころか僅かな異常すら見当たらない。
警備兵たちは、これで安心していた。
リリムとバフォメットの限界すら超越した魔術。
その威力に匹敵、いや、凌駕するものはもはや存在しないと。
これで『過激派』たちはこれ以上は無駄な努力だと知り、引き返すほかないだろうと。



ニタァ



失敗したはずなのになお、笑顔を浮かべる彼女たち二人を見るまでは。



「攻撃再開!」



リリムの号令。
それにより、彼女たち『過激派』の軍勢が再び攻撃を開始した。



ドドドドドドドドッ



連続する魔力の流出。
しかしそれは一つたりとて“結界に放たれていない”。



「何、を………………っ!?」



兵たちは気づいた、気づいてしまった。
もとより、彼女たちには“結界を攻略する気がない”。
それはある意味当然だ。
現状、エルゼム内は平和なのだから。
命の危険がある人間がいない以上、急いで侵略する必要はない。
ゆっくりと、長いスパンで攻略すればいい。



「まさ、かっ!?」



エルゼム“外”を魔界化し、飲み込んでしまえばいい。



エルゼムは小国だ。
王都と城下町しかなく、人口密度が高いとは言えそれも諸外国と比べて比較的でしかない。
また、結界外は草原が広がっており平野が多い。
“建築するにはうってつけ”だ。
結界は今すぐ攻略しなくていい。
魔界化して呑み込み、“実質的な魔界”にしてしまえば十分。
先ほどの大魔術も、魔力を放出し垂れ流すだけのものだ。
もちろん、結界が破れればそれに越したことはない。
だが、それ以上に垂れ流した魔力によって魔界化を促進させるのが真の目的。
この大人数の魔物もそれを助長する。



彼女たちが行うのは夫を確保するための『戦闘』ではない。
未来の旦那を迎えるためのベッドタウンを作る『開拓』だ。





――――――――――





「順調ね。このままなら今日中、……お昼までには完了するかしら。」

「そんなところじゃな。ただもとよりここは土地柄“魔力を貯めにくい”。多少の誤差は想定しておくべきじゃろう」

草原が広いがため野生動物、木々の類が少ない。
そのため魔力を貯めれるものが少なく、草や空気にまで蔓延させるのは時間がかかる。
多少の魔力ではすぐさま霧散してしまうためである。
しかも、結界に触れた部分は魔力を不活性化させてしまう。
だからこそ、この大人数で押し寄せ、かつ大魔術でこの土地に魔力を与えた。
次第に地面の草も魔界植物と化し、空も薄暗い暗黒魔界へとなるだろう。





それを許さないものが、この国には存在していたのだが。





「あ〜男の人だ〜」

「やったー!早い者勝ち!」

「ずるい!私が先!」

われ先へと一点へ向かう『過激派』たち。
だが、この状況に疑問を覚える者がいる。
なぜ、こんなところに男性がいるのか。
閉ざされた城壁から、出るものなどいるのだろうか。





逆に考えよう、この状況で“出てこれるようなものは”。






『告げる』





溢れ出るは身を刺すような聖なる光。
ただ男性へと考えて向かっていった魔物たちでさえ、すぐさま後退する。





『我は神の従僕なり』
『光を纏いし聖なる加護』
『翼となって顕現する』





エルゼムに勇者はいない。
ならばこの聖の魔力。
出せるものなど一人しかリリムは知らない。





『我が身に力を』
『我はこの世全てに光を与える』
『我はこの世全ての闇を裁かん』





ならば選択肢など一つしかなく。





『我が身に宿すは聖なる翼』





これからきっと、ひとつの“神話”が語られる。





『オーバーライド』!!





――――――――――





どう、形容すればいいだろう。
その出で立ちはまさに勇者。
身に纏うは黄金の光。
振るうであろう剣もまた黄金。

そしてなにより、“背中から生えた幾何学的な黄金の翼”。
羽のような柔らかさは微塵もなく。
刃のような鋭さが魔物たちを威嚇する。

これがおそらくあの勇者の力。
神の加護を完全に振るう真の姿。



「黒髪の勇者。そしてこれだけの力。やっぱりあなたがそうだったのね」



その前に現れるのはリリム。
それに続いてバフォメット。
一触即発の空気。
戦闘前の空気である。



「こちらとしてもやはりだな。予想はしていたが、こうしてリリムを目前とするのは“久しぶり”だ」

「でしょうね。まさかエルゼムにいるとは思わなかったけど」

「そうじゃな。いやはや数奇な運命よの」





「お会いできて光栄よ、『生還者(サバイバー)』“セーヤ・オージュ”」





「……黒髪の勇者だけで予想されていたとはな。そちらは名乗ってくれないのかな?」

そう言って剣を構えるセーヤ。
おそらく、名乗りの口上が戦闘開始の合図。
1対2の不利な状況下で、一切の怯みは存在しない。
テコでも動かないような彼の覚悟をたたえ、彼女たちは名乗りを交わす。





「魔王が娘、リリムのティオよ。よろしくね」

「バフォメットのフランシア・アルカード。呼びにくかったらフランで結構じゃ」

「勇者、セーヤ・オージュ。この身をもってお前たちを止めてみせる」





勇者とリリムとバフォメット。
彼らが交わす戦いは。
後に人々に語られる。
歴史的な決戦になるだろう。





――――――――――





勇者と魔物の戦いは、比較的地上で行われることが多い。
勇者に飛行能力を持つ者が少ないからである。
しかし翼を持ったセーヤによって、その縛りはなくなっていた。

ギィン!

交わるは剣と鎌。

キィン!

あるいは黄金の剣と真紅の剣。
戦場は空中。目にも止まらぬ高速戦闘となっていた。

ガイィン!

この戦闘において、セーヤはやや回避に重点を置いていた。
それも当然だろう。もとより手数に差があるのだ。
すべての攻撃を受けきるわけにはいかない。

「くっ」

それでもなお、セーヤの剣術は揺るがない。
エルゼムを前にして、ある意味ふさわしい剣の結界。
回避と結界で捌ききれないはずの攻撃は防がれる。

「近づけない」
「あんなの無理だよぅ」
「姫様頑張って!」
「フランさま〜、ファイトですよ〜」

ほかの魔物は近寄れない。
近づくことすらできない。
自身がやられるだけならまだマシだ。
今助けに入ったら確実に二人の足を引っ張る。
次元の違う戦いを、彼女たちは正しく認識していた。

「はぁっ!」

その次元が違う戦いで、セーヤは拮抗していた。
以前のような自身が観察するための拮抗ではない。
流石のセーヤであっても、リリムとバフォメットを同時に相手取るのは楽ではない。

『炎を纏え大鎌よ!その身を熱く、もっと熱く!』

『我が力を写せ、紅く染まりし愛の剣!』

魔法と体術の同時並行攻撃。
オールマイティなリリム、鎌の技と魔術に秀でたバフォメットによる高等技術。
ただでさえ高い魔力に高純度の魔界銀。
それに加えて本人たちの技術も一級品。

キィッ、キイィン!

「ちっ」

それらを捌くセーヤ。
技術であればティオとフランが上。
その身に頼りきらないよう鍛え続けてきた年月が違う。
単純なスペックであればセーヤが上。
もともと差はあるのだが、大魔術を行使したあとの二人の方が圧倒的に魔力を消費している。
技術とスペックを合わせた総合力なら、通常時でもおそらくセーヤの方が上だろう。
しかし、この状況の不利は否めない。
このレベルの戦いでも、数の利はそう揺らがない。



『力を放て、命ずるは我が身!』

ギイイィィン!

「ぐっ!」

黄金の剣が落ちる。
身体強化による剛の鎌。
その一撃が作った決定的な隙を前に。

「もらったわ」

入れ替わったリリムが逃す訳もなく。



『十字の剣よ、我が手の中に』



セーヤもまた、当然のように反撃する。



「うっ!」



パラリと舞う数本の白髪。
トドメと思われた一撃に対して、決定的な一撃を返す。
あと少し気づくのが遅かったら、自分はやられていただろう。

「あぶ、な…」

ティオがそう思うの無理はない。
セーヤ本人とて、今のはギリギリの迎撃だ。
だがしかし、それをもってしても“虚空から現れた黄金の剣”は何か。
よく見ると先ほどの剣とは意向が違う。
象られた十字架の装飾。
より神々しさを増したそれは剣だけではない。
同時に有るは聖なる盾。
先ほどより刀身が短いのは片手剣だからだろう。
剣と盾。互いに繋がりを持つ夫婦装備。



「ハァッ!」



戦闘のリズムが変わる。
リーチが短い代わりに手数と鋭さを増す剣技。
現状、戦闘の指揮者はセーヤ。
打って変わって攻撃的となった剣技に二人は対応しづらくなっていた。

「うわっと!」

「なんのっ!」

繰り出す攻撃は盾に阻まれる。
攻防のリズムが変わり、徐々に二人は押されていく。

『光よ』!

より増していく攻撃性。
光は強く、剣に宿る。



「終わりだ!」



振るわれる最後の一撃。
それは逃さないための一閃。





「貴方がね」





“セーヤを逃さないため”の反撃。

もとより、二人の経験値は甘くない。
数多の戦闘を経験した二人にとって、突然変わった戦闘リズム“程度”で一気に不利になるような事などありえない。
これがセーヤを嵌めるための罠。

シィッ!

当然のように見切る。
目前に迫るティオ。
振るう一閃は最速。
この一撃で彼は仲間(インキュバス)へと堕ちるだろう。





『付き従え、我が分身』!





盾が消える。
現れたのは落としたはずの最初の剣。





「カッ――ハッーー」





ティオの剣と同じように“真紅に染まった黄金の剣”が、ティオの体を両断した。





――――――――――





「姫さまああぁぁ!」

フランの叫び虚しく落ちるティオ。
全速力でその身を受け止めに行く。
その様子を、セーヤが邪魔することはなかった。

「姫さま!――ティオちゃん!しっかりして!」

普段の威厳はいまフランにはなく、ただ友達を心配する女の子でしかなかった。



祈りは届く。
もともと、ティオには“傷一つありはしない”。

「……フラン、ちゃん?」

「ティオちゃん!だいじょうぶなの!?」

「……うん、少し……力が入らないだけ」

「これは、魔界銀!?いや、でもあれは違うはず」

魔界銀は魔物たちに正式配備されている不殺の鉱物。
魔物たちが使用する“全力で殺さないため”の武器。
当然、魔界製のものである以上“神の加護とは両立しない”。
もしあったとしても、それは『両立』ではなく『汚染』だ。
あれだけ純度の高い神の加護では魔界銀は使用できない。
ならば、この状況にはどう説明をつけるのか。



「もういいか?」



真紅であったはずの剣は黄金色へと戻っている。
それを彼は鞘に収める。
今の確認はおそらく侵攻への確認。
大将と副将が敗れた今、いかに大量の魔物といえど攻められない。
魔物は人死にを嫌う。
人間魔物問わず。
今の“峰打ち”は温情だ。
もしこれ以上攻め入れば、犠牲を出さないわけには行かないという彼の警告。

“それだけの殺気を彼は持っている”。

既にこの戦い、『過激派』が負けている。
やむ負えないならともかく、無駄な犠牲は一人でも出したらそれは『過激派』の負けである。

「ひとつだけ聞かせて」

ティオは尋ねる。
これは敗走のための確認。

「あなたは何故、私たちを止めたの?」

たとえセーヤがいなくても、エルゼムの人が脅かされることなどない。
もとより魔物だろうが自由に行き来できた国だ。
結界外が魔界に変わろうと、出入りしてところで国内の安全、通商に被害は出ない。
当然、その下準備ぐらいは済ませてある。
では何故、“やさしい”彼はこれを止めたのか。



「この国の食品で飢えをしのげている人たちのためだ」



エルゼムは中立国家だ。
教会には圧力こそかけられているが粛清はされていない。
それはこの国が“魔力汚染のない作物を多く輸出”しているためだ。
教会所属の国で、飢える人は多くいる。
そんな彼らは魔界の食品は禁忌指定されているがために食べられないことが多い。
そんな彼らへと食料を輸出しているエルゼム。
もし実質的であったとしてもエルゼムが魔界化した場合、そういう人々が飢え死にすることになりかねない。

彼女たちの方が見通しが甘かった。
エルゼム“内”は無事であったとしても、エルゼム“外”で被害が出る。
それを考慮すべきであったのだ。



「そう、……ありがとう。私たちは見るべき相手を間違えていたのね」



エルゼムを攻める理由は消えた。
もはやここを魔界化することすら勝利条件から外れてしまった。
一人の勇者を前に、『過激派』の軍勢が敗北した瞬間でもあった。



「じゃあね。また会えることを願っているわ」

「……ああ、この次は戦うことがないことを願ってるよ」





――――――――――





引き上げる『過激派』。
多少魔力が溜まっているが、ギリギリ魔界にはならないだろう。
通常の土地であればアウトだが、結界前であるため少しだけ自浄作用がある。
エルゼムに魔物が迫ることはこれでないだろう。
おそらく、あの魔物たちも教会所属の救われない人々を救いに奔走するだろう。



「さて、戻るとするかな」





黄金の輝きは閉じる。
そこにあるのはいつものセーヤ。
身を翻し街へと戻る。
街の人々に対してどう対応しよう。
街から聞こえる喝采を前に、セーヤはそう思っていた。
16/03/18 02:19更新 / チーズ
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