連載小説
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馴れ初め
悲しい瞳をした殿方でした。
やけに寒かった覚えのある秋の夜。人気のない公園で、雨に打たれている孤独な人。
年の頃にして二十代後半といった所でしょうか。
傘も差さないで佇むその方は、ひどく疲れた様子で虚空を見下ろしています。
何か、大事なものを失ってしまったかのように。うつむいて、時折目を瞑る横顔はとても痛々しくて……。
偶然そこを通りかかったわたくしは、寂し気な姿に心臓を強く締め付けられました。
そして気付けば、声をかけていました。同時に、持っていた傘も彼の頭上に掲げます。
『もし。風邪を引いてしまいますよ?』
『……心遣い、感謝します。ですが無用です。しばらくこうしていたい……。頭を冷やしたい気分なんです』
目線も合わせずに、拒絶の意思を突き付けてくる貴方。落ち着いた雰囲気に誠実な顔つきが印象的でした。
高い背丈を包むのは瞳の色と同じダークグレーのスーツ。スーツの上から羽織っている紺のコートは彼の成熟した居住まいをより一層引き立てています。
繁華街を歩けば若い女性が放っておかないでしょう。そんな、大人の魅力を漂わせる御方です。
しかしその声には、生気も覇気もありません。
耐えがたい悲痛があったことは容易に想像できました。
『そうは言っても貴方の身体は既に雨で冷え切っています。ほら、手だってこんなに冷たい。体調に障りますよ』
彼の手を握り締めると、ひんやりした感触が伝わってきました。
どのくらいここに立っていたのでしょう。
掌には温度というものが一切なく、手と手が繋がった箇所には温もりではなく冷気を感じる程です。
『……ほっといて、下さい』
『いいえ、いけません。素知らぬふりして立ち去るなんて、どうしてできましょうか』
その冷たさを少しでも暖めてあげたくて。わたくしは繋げた彼の手を自分の肩にそっと押し当てました。自分のしたことですが、心拍が幾分上昇します。
『ッ! な、何を!』
いきなりの行動に驚いた彼は、びっくりして手を引っ込めようとします。ですがわたくしは伸ばした手を振りほどかれぬよう、彼との距離を自分から詰めました。
吐息がかかるくらいに近い間合い。交錯する視線。一つ傘の下、わたくしと彼の息遣いが夜雨にかき消されていきます。
『貴女は……何故見ず知らずの自分に……?』
『さぁどうしてでしょう。それより、やっと目線を合わせてくれましたね』
今思えば。
この時点で、運命を感じていたのかもしれません。
『貴方の事情は存じ上げません。けど、まずは冷え切った身体を暖めませんこと? お風呂の用意くらいならすぐにできますよ』
『い、いけません! 見ず知らずの方に世話になるだけでなく、貴女のような美しい人の部屋に邪魔するなんて!』
『あら、美しいなんてお上手。舞い上がってしまいそうですわ』
『茶化さないで頂きたい!』
『貴方こそこんな事はおやめになって。雨の中ずっと立ち続けるなんて、それこそ悪い冗談です。それともまだ凍てつきたいのですか?』
『っ』
少し凄んだ言い方になってしまいましたが、声を詰まらせた様子から思う所があったのでしょう。程なくして、絞り出すように貴方は心境を語ってくれました。
『……やるせなくて、感傷的な気分になっていたのは認めます。ですが自分にとって貴女は今初めて会ったばかりの、無関係な通行人。助けは……いりません……』
『そうですね、確かにわたくし達は今日会ったばかりの間柄です』
残念ながら事実です。事実は訂正のしようがありませんし、反論の糸口にもなりません。けれど、この時のわたくしには説得を諦めるという選択肢はありませんでした。
『ええ。だからこのままでいいんです。助けてもらった所で返せる利益や、お金なんて……』
『やっぱり思い違いをしていますね』
『はい?』
『わたくしは見返りなんて求めていませんし、貴方の事情を詮索しようという考えも持ち合わせていません。ただ力になりたいと思った。それだけのことです』
予期しなかった返答に、貴方の目がパチクリと瞬きます。少し可愛らしいと思ったのは今でも内緒です。
『…………』
『それが理由じゃ、いけませんか?』
『……。変わっていますね』
ようやく見せてくれた笑顔は、寂しげで、乾いていて、痛そうで、けど少しだけ人間味がありました。
『褒め言葉として受け取っておきます』
これが。
わたくしと貴方の初邂逅となった、秋のお話です。
20/03/05 23:50更新 / 風車小屋
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■作者メッセージ
話し方が少し古風な美人っていいよね。なんていうか、大和魂が、くすぐられるじゃん。
それと導入とはいえ、短くてすいませぬ。
さて。今回の連載は、ヒロイン視点、主人公視点、俯瞰視点という複数の人称から成り立っています。これも話の節目や章ごとに切り替えていきます。
最後までお付き合いしてくれると大変嬉しいです。

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