連載小説
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私を見つめる貴方
「今は仕事中ですので…閉館後、少しだけ話す時間をいただけますか」


僕の告白を受けた司書さんはそう言うと、魔物娘図鑑を仕舞いに行ってそのまま仕事に戻ってしまった。
図書館の閉館時間まで待っていることにした僕は、司書さんのいるカウンターから少し離れたテーブルにつくとぼんやりと司書さんのことを眺めていた。
別に観察しようとかそういう意図はなく、ただ何となく意識や視線が自然と司書さんを追いかけていたんだと思う。

いつものようにパソコンに向かって仕事をしている司書さん。
たまに顔の横に垂れてきた髪を耳にかけてよけたり、疲れからか目頭を押さえてみたり。
手を止めて何か、考えごとをしている素振りをしたり。

何てことはない仕草なのに見惚れてしまうというか…そう、絵になる。
今までも見かけることはあったはずなのに、「好き」という自分の感情を自覚するとこうも見え方が変わるものなんだぁと思うと少し可笑しくなってしまった。

利用者や図書館の他のスタッフと会話を交わす司書さん。
小さな子どもと話す時は身を屈めて、できるだけ目の高さを下げて話しているし、いつもより5割増しでにこにこしている気がする。
もしかして司書さんは子ども好きなのかな?
お年寄りには手を引いて一緒に歩いてあげたり、高い棚の本をとって手渡してあげたり。
司書として当たり前のことで、それが仕事と言ってしまえばそこまでかもしれないけど、司書さんの行動の一つひとつから優しさや丁寧さを感じることができた。


あ、目が合った。

僕からの視線を感じたのか、それとも視界の端に僕が映ったからなのか司書さんもこちらを見てきた。
見てきたけどすぐに目線を外されてしまった。

何というかその分かりやすい振る舞いに、「くくく」っと笑いが込み上げてくる。
一度、意識してしまうとあとは同じことの繰り返し。
チラリと僕を見ては目が合い、慌ててそらすを繰り返す司書さん。

背中を向けるなりして僕の方を見なければいいのに、それでもやっぱり司書さんは僕の方をチラリと見てくる。
あまりのかわいらしさに自分の顔がどんどん緩んでいくのを感じる。
僕の大好きな人は何てかわいいんだろう。
もっともっと見ていたいし、色んなことを知りたい。

いつまでも飽きることなく司書さんを眺めていると、図書館の閉館を告げる音楽が流れてきた。
驚くことにかれこれ2時間近くも司書さんのことを見つめていたらしい。
音楽に気付いた司書さんはぱたぱたと動き回り、閉館に向けて片づけを始めたようだ。
その後、10分くらい忙しなく動き回っていたが、他のスタッフや図書館の館長さんに礼をすませると足早に僕に近づき「黙って付いて来てください」と言うと先に行ってしまった。


司書さんの言葉に従い、あとを付いて図書館の門を出る。
図書館を出ると先を行く司書さんは立ち止まり、「はぁぁぁ」と盛大なため息を一つ吐くと僕の方へ振り返った。

『き、きみ!私のことを見すぎです!』

そう言う司書さんの顔はやっぱり赤くなっていて、僕よりも大人で背も高いのにどこか子どものように見えた。
今日だけでずいぶんと司書さんに対する印象が変わった。
変わったというよりも、これが本来の素の性格なんだろう。
いつもの少し素っ気なく感じる態度は司書さんなりに、利用者と司書という立場を鑑みての対応だったのかもしれない。

『まったく私の気も知らないで…』

そう零す司書さんの言葉をきっかけに本来の目的を思い出した。

『そうだった!司書さん、返事!司書さんからはまだ返事をもらってません!』

ほんの数時間前、突然だったかもしれないが僕から司書さんに告げた告白。
確かに僕は司書さんに対して「好きです」と告げた。
司書さんの反応から察するに憎からず思われていることは分かるが、明確な答えをもらったわけじゃない。

『返事...返事、ですか
それは、もちろん、私もきみのことが好きに決まっています』

『今日気付いたきみと違って、私はずっと前から、ずっとずっと前から、
きみのことが好きで好きで、本当に心から大切で、
もっと一緒にいたい、たくさん話をして、手を繋いで、一緒に歩きたい』

『そう、思っています。
今までも、これからも、私はきみのことが心から愛おしい』


司書さんはゆっくりと、これ以上ないくらいの想いを込めて、僕の告白に答えをくれた。


『ですが、私はきみよりもずっと年上で、人ではなく魔物です。
それに加えて、姿も、こんな...
性格だって明るく陽気とは言えません。
きみのことは好きなのについイジワルをしたくなったり、困った顔をみたくなるのです』

『今ならまだ、仲の良い図書館の利用者と司書の関係に戻れます。
もしいつか、きみを失うようなことがあれば、私はどうしたらいいか分かりません』

司書さんはそこまで言い切ると口をつぐみ僕のことを正面から見つめてくる。
その表情はいつもの司書さんとは思えないくらい、今にも走っていなくなってしまいそうに見えた。
きっと僕には想像もできないくらい長い時間、僕のことを想って見てくれていたんだ。
だからこそ、僕もちゃんと答えたい。

『司書さん、僕は司書さんのことが好きです。
正直なところ、これまで司書さんが魔物の女性ってことを意識したことはありませんでした。
だって司書さんは出会ったときから今の司書さんだったし、たまにイジワルだけど面白い本を教えてくれたり、
僕の話し相手になってくれたり。
魔物とか、その姿のこととか気にしたことがなかったから。
だから今までもこれからも司書さんは司書さんです。
僕が大好きな一人の女性です』


恋愛経験はおろか、告白した経験もない僕の口から出るのは頭にある考えそのままの言葉だったけれど、それでも司書さんに伝えたかった。

「僕は司書さんが大好きです」

伝わったかな。伝わっていたらいいな。
司書さんの不安そうな顔は見たくないし、できればいつものようにすました顔で笑っていてほしい。

『本当に、本当にきみは、私のことが好きですか?
こんな、虫の体をした私を、いつか嫌いにならないですか?
これからもずっと、一緒にいてくれますか?』

『はい、僕は貴女のことが好きです。
嫌いになることなんてありません。
これからもずっと一緒です』


『...てを、つないでください』


司書さんはハンカチで涙を拭うと顔を伏せながら小さな声でそう言った。
それを聞いた僕は「はい、喜んで」と答えると、司書さんの手を取り優しく繋ぐ。
僕の手の感触を確かめるように繋いだ手の指で甲や掌を撫でるように触る。

『ふふ、温かい。きみとこうして手を繋いだのはいつ振りでしょうか』

司書さんがそう言うのはきっと、僕がまだ小さい頃に司書さんと手を繋いだことがあるからだろう。
きっとあの図書館を司書さんと手を繋いで本を探したのかもしれない。

『その顔は憶えていませんね?まったく薄情な恋人です』

『ははは、ごめんなさい。良かったらその時の話を聞かせてくれませんか?』

手を繋いでからの司書さんはもういつもの司書さんに戻っていた。
ただ、僕に対して少し甘えた態度をとってくれている。
そのことが嬉しい。
僕の気持ちは司書さんに届いたし、司書さんの気持ちも僕にたくさん届いている。
まだお互いの知らないことはたくさんあるだろう。
でもそれはこれから少しずつ一緒に知っていこう。
手を繋いで隣を歩く司書さんはさっきまでが嘘のように楽しそうに、幸せそうに笑ってくれているんだから。
19/07/19 19:46更新 / みな犬
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