連載小説
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序章:結末の夜
 ここは、人々の行き交うとある大都市。ある者は新たなビジネスを求め、ある者は心に刻んだ夢を追い、ある者は小さな恋に情熱の炎を燃やし……群衆は無限の物語を内包しつつ、それを抱く都市は眠ることなく、今日も語り尽せぬ夜が過ぎていく。
 そして……位置にして群衆の歩みより地下15m。ここにも一つの物語を背負う男が一人。今まさに、運命と誇りを賭けた結末の夜に臨んでいた。

☆☆☆

 立ち込める煙草の煙が、雲のように天井を這う。マフィアが運営する違法な地下酒場の片隅で、二人の男がテーブル越しに向かい合っていた。
 互いの手には5枚のカード。そして手元に積み重なる大量のチップ。
 対面する二人の一方、目付きの鋭い痩せ型の若者、ギャリー・トランプマンは、アンダーグラウンドから噴き出す特有の瘴気を敢えて肺いっぱいに吸い込み、自らの集中力を高めていた。
「どうしたんだい。さっきから口数が少ねぇぜ、魔術師(ウィザード)」
 額から左の首筋に掛けて大きな縫い後のある、明らかに堅気でない中年男が、ギャリーに言葉を投げかける。彼の襟元から指先までを飾る様々な金のアクセサリーが、ランプの頼りない光を受けて、趣味悪く煌めいていた。
 ギャリーは手札から視線を上げ、生まれ持った刺すような眼差しで中年を射抜く。
「何度も言うが……魔術師はやめてくれ。俺はただの勝負師(ギャンブラー)さ」
「よく言うぜ」
 中年男は葉巻の煙を纏わせつつ、ゲッゲッゲとガマガエルのように喉を鳴らした。
「俺達のシマ……大事な賭場の数々を潰して回ってくれた厄介な男……。敬意をこめて呼ばせてもらうぜ。ギャリー・ザ・ウォーロック」
 周囲のギャラリーから、鈍い笑いが漏れた。いや、ギャラリーという呼び方は正確ではない。今この酒場にいる連中は、全員が中年男の部下なのだ。
 ギャリーは手札に目線を落としたまま、微動だとしない。そしてようやく口を開いたかと思うと、「フォールド」とだけ言って手札を裏向きのままテーブルに置いた。
 中年男は大きな舌打ちをして、溜息と共に大量の煙を吐いた。隣に控える大男の差し出す灰皿に、葉巻の灰を落とす。
「おいおい、冗談だろ。これで三回連続だぜ。……連続で降りるのは三回まで。次のゲームでは降りられない。分かってんだろうな?」
 ギャリーは無言で、こくりと頷いた。
 中年男は、口角を上げてニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「なら、いいぜ。お前が本物の魔術師(ウィザード)なのか、それともただの詐欺師(ウォーロック)なのか、見せて貰うとしよう」
 中年男がパチンと指を鳴らすと、控えていた細身のディーラが進み出て、再度カードを配り始める。
 中年男はニタニタ笑いを隠しもせずに、愉悦を含む声で宣言した。
「さあ、ラストゲームの幕開けだ」

☆☆☆

(ラストゲームか。ワンゲームに辿り着くためだけに、随分と手間を掛けるな)
 ギャリー・トランプマンは、カードを配るディーラーの手捌きを眺めつつ、ポーカー・フェイスの下で思考を巡らせていた。
(完全に、俺を射るためだけに仕組まれたゲーム……)
 地下酒場一つを使い作られた会場。客もディーラーも全て手駒で固め、さらに身体検査やら着替えやらでこちらのイカサマを封殺。使用しているカードさえ、イカサマ防止の特注品。
 そんな中でのヘッズアップ(一対一)。しかも今時ドロー・ポーカー。何も仕組まれていないわけがない。事実、先ほどのディーラのバレバレなセカンドディール(※トップから二枚目のカードを配るイカサマ)。いちいち指摘していても意味がないので黙っていたが、なかなか手間も金も掛けてくれている。
(俺の命一つに、そんな価値があるとは思えんがね)
 配られた5枚のカードを確認する。役は……8のハイカード。ありていにいえばブタ。役無しだ。
「魔術師、テメェも早くブラインドを出しな」
 中年男が、嬉々としてチップの山を前に出す。もはや異常な額になった参加費。それをギャリーも差し出す。
(事実、これが俺の人生のラストゲームだろうな。こんなつまらないゲームが……)
 仮に、真正面から「命を懸けた勝負をしろ」と言われたとしても、ギャリーは嬉々として応じていただろう。このつまらなく退屈な世界に飽き飽きしている彼にとって、ギャンブルこそが最後の楽しみだったのだ。
 だのに、最後の最後がこんな結果の分かりきったギャンブルだとは。
「俺はチェンジ無しだ」
 中年男が、不敵に笑い宣言する。そりゃそうだろう、イカサマで作った手札なんだから。
(いや……待てよ)
 ここで、ギャリーにある閃きが到来した。
(ここでのチェンジは意味がない。そのぐらい、向こうも対策している)
 だが、もしも奇跡が起きれば。
 もし、仮に例えば、仕込まれたカードの内容が書き換わってしまったりしたなら。魔法か奇跡か、もっと科学的に考えれば原子の結合が入れ替わったりして偶然にも別の絵札の柄そっくりの模様が浮かび上がったりしていたなら。
(そんな奇跡に、自分の命を賭けるなら、少しは面白い賭けになるかもしれない)
 俄然、やる気が湧いてきた。そんなこと今まで考えたこともなかったので、どのくらいの確率で起こりうる現象なのか全く想像もつかないが、それでこそ人生最後の賭けに相応しい! ギャリーの心が高揚する。
「ディーラー。5枚チェンジだ」
 ディーラは中年男に目配せした後、五枚のカードを裏向きのまま、ギャリーに差し出した。
 ギャリーはその裏向きのカードに手を当て、念じる。
(ギャンブルで祈る奴は腐るほど見てきたが、自分でやるのは初めてだな。なるほど、こういう賭け方も良いもんだ)
 そしてギャリーは心の底から押し寄せる高揚の波に身を任せ、カードをめくった。






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「ようこそお待ちしておりました。ギャリー・トランプマン様」
 次の瞬間、ギャリーの目前には全く異なる世界が広がっていた。煙が充満した、陰気な地下酒場ではない。鏡で出来た正多角形の部屋。四方八方にそれぞれ明後日の方を向いた自分の姿あり、それはギャリー自身の動きを真似て困惑するように左右を見渡していた。
 だが、目の前にはもっと不思議なモノがあった。自分に対し深々と頭を下げる、猫の意匠が施された服を着た女性。カジノやバーでこういう格好の女性スタッフ(普通はウサギの格好だが)を見ることはよくあるが、彼女には一つ、大きな異常が見て取れた。
(……鏡に姿が映っていない)
 鏡の中に何人ものギャリーがいるのに対し、彼女は目の前の一人だけ。ギャリーはその不思議な女性に強く興味を抱き、話してみたい衝動にかられた。
「いや、これはお出迎えどうも……。酒場でポーカーしてたより後の記憶がないんだが……俺は死んだってことでいいのかな? まさかあの世がミラーハウスで、死神がアンタみたいなセクシー美女だったとは、驚きだぜ」
 柄にもなく、口から言葉が溢れ出す。
 猫の格好をした女性はクスリと笑い、言葉を紡ぐ。
「ここはあの世ではありませんよ。ギャリー様は今もポーカーの真っ最中。手札を捲り、認識するその一瞬をお借りして、『不思議の国』のゲストルームにお通ししたのです」
「不思議の国?」
「あなた方人間が知覚するよりも、世界はもっと複雑で多岐に渡るとだけお考え下さい」
 要領を得ないギャリーだったが、女性の説明に「成程なんと分かり易い」と甚く感心した。
「この世界はハートの女王様の寵愛の元、正しく支配されております。我々にとっては女王様の退屈を晴らし、あらゆる望みを叶えることが、唯一にして最高の使命であるのです」
「はぁ……。よく分からんが、セクシーさんも苦労人なんだな。で、そんなところに俺は何のために呼ばれたんだ?」
「わたくしのことは、ジョーカーとお呼びください。チェシャ猫のジョーカー。女王様より賜った、名誉ある階位でございます。……ギャリー様をお呼びした理由。それは、ギャリー様が類稀なる勝負師の才をお持ちであるからです」
 ジョーカーが、パチンと指を鳴らす。
 すると、虚空に四つの扉が現れる。それぞれ、ハート、ダイヤ、スペード、クローバー。トランプにおける四つのスートがあしらわれた扉だ。
「ハートの女王様は、只今大変退屈しておいでです。そこで、あなたには不思議の国が誇る四人の精鋭とゲームで勝負をして頂きたい。人間界よりやってきた一流勝負師と、我らが精鋭の一騎打ち……。女王様もさぞお喜びになるでしょう」
 そして、ジョーカーは抜け目ない薄い笑みを浮かべる。
「勿論、タダとは言いません。貴方、カードをめくる瞬間にある祈りを捧げましたね? 四人の精鋭達全員に勝利したならば、その願い、叶えて差し上げましょう」
「成程な」
 うんうんと頷くギャリーは、そのままジョーカーの横を素通りし、スペードの扉に向かっていった。
「負けた場合についてお聞きにならないのですか?」
「いいよ、俺は負けない」
 ギャリーの心の中は今、期待と充実感で満ち満ちていた。
 これまでの人生で、ここまで心が満たされたことはない。未知の世界で、その世界の精鋭たちとの闘い! 何と素晴らしい! もはや負けた時のことなど考える時間さえ惜しかった。兎に角、最も最初に目についたこの扉に飛び込めと、魂が叫び尽くしていた。
「俺は負けない……。ふふ、不敵な男性は素敵ですね」
 そういってジョーカーが振り返った時、既にギャリーの姿は消えていた。スペードの扉の表面が、水面のように波打っている。
「あら、つれないお方……。まあ、よいでしょう。四枚札は、いずれも賭け勝負においては並々ならぬ強豪揃い。彼女らを前にして、どこまでやれるか。しかと見させて頂きますね……」
 ジョーカーはクスリと笑い、パチンと指を鳴らす。
 途端に彼女の姿は霞のように立ち消える。
 誰も居なくなった鏡の部屋には、ただ彼女クスクス笑いだけが残響のように響き渡っていた。
17/02/07 01:54更新 / 万事休ス
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■作者メッセージ
お久しぶりです。万事休スです。
カジノ法案は果たしてどうなるのか……。賭け事は大嫌いですが、テーブルゲームは大大大好きなので、国内にも正規のカジノが出来てくれると個人的には嬉しいです。

白状いたしますと、魔物娘図鑑U、購入しておりません。そのため?トランパートにおけるジョーカーまわりの設定に理解不足があります。多分、最強の二人みたいな感じで女王の側近みたいな立場かと思うのですが、図鑑Uには載ってたりするのかな……。
本作品では、ジョーカーはあくまで階級のひとつとして扱いました(エージェント的な?)。あくまで「チェシャ猫のジョーカー」なので、トランパートの札番としてのジョーカーは別にいるのでしょう。下手したらチェシャ猫の自称なんじゃないのかコレ……。

結構な長編になると思いますが、良ければご感想、ご意見、ご指摘等いただけますと幸いです。
何卒、よろしくお願いいたします。



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