読切小説
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おちていた日記
派遣一日目:
ようやくこの辺境の地に到着した。僕が教会から魔物狩人としての資格を受けて、今回で二回目の依頼だ。といっても、狙う魔物は前回、つまり初仕事の相手と同じ。それも種族だけじゃない、恐らくは個体まで全く同一の魔物・・・いや、婉曲な表現はやめて素直に記そう。僕は初仕事で逃げられた相手を追いかけてここまで来た。
一応、前回の依頼では魔物を追い払うことには成功したということで、規定よりもやや少ないが報酬を受け取ることができた。教会としても新人が完璧に仕事をこなせるとも思っていなかったようで、特にお咎めを受けることもなく、むしろ"成功"の報告と共に帰還したことを喜んでさえくれた。
それでも、魔物を仕留められずに逃がしておしまいなんて、新人とはいえ教会に認められた狩人のすることじゃない。飛び去っていく相手の後姿(鳥型の魔物だった)を見て、僕は心からそう感じた。そして、僕が逃がしたと思われる魔物がこの地で目撃されたという報告が教会にあがったとき、事情を説明してその担当にしてもらった。報酬の二重取りを避けるために最低限の必要経費を教会から受け取り、それ以外は一切無報酬という条件だったが、あの魔物を追い詰められるなら安すぎるとさえ感じた。それは到着した今も変わらないし、なんなら強くなってすらいる。
今すぐにでも武器を持って飛び出していきたいが、移動に時間がかかりすぎたせいでもすっかり夜も更けている。今日はもう休んで、明日から情報収集や偵察を始めていくことにしよう。

派遣二日目:
標的となる魔物の情報を集める。目撃情報や被害報告などだ。意外なことに、人的被害はまだないらしい。そういえば、前回も死者や行方不明者の報告はなかった。人を襲うつもりはないということだろうか?だとすれば討伐を急ぐ必要も・・・いや、何を考えているんだ、たまたま襲う前だっただけかもしれない。とにかく、被害が出てないならなによりだ。
目撃情報は森に集中している。というより、森以外では一切目撃されていない。それに目撃される時間帯は決まって夜。特徴は鳥に近い姿、不気味に光る目・・・そして目撃者は決まって道を見失い、あちらこちらと迷った挙句いつのまにか村にたどり着いている。これらも前回と同じだ。もう間違いない、ここにいるのはあのとき逃げられた魔物だ。僕はついにたどり着いた!あの失敗からたった数十日のことなのに、数年にも感じられる。不思議なものだ。
小さな村だが、それなりに人はいるため調査は一日がかりとなってしまった。森の偵察は明日以降にするしかない。

派遣三日目:
情報を一通り頭に入れ、日が暮れないうちに森へ入る。万が一魔物と遭遇してもいいように武器は持ったが、残念ながら例の魔物と出会うことはなかった。
所々で木に印をつけつつ、人や獣が分け入ったわずかな道を辿っていく。森の中はとにかく暗い。一瞬とはいえ昼であることを疑ってしまうほどだった。ここの住民が「常夜の森」と呼んでいるのも頷ける。魔物が夜行性である以上、討伐は当然夜に行うわけだが、真昼でこの様子なら月明かりは当てにできないだろう。日のある内に道を覚えておくしかない。本番では方向感覚だけが頼りだ。
村に戻ると、装備を念入りに確認する。剣、弓矢、ランタン。その他狩りに必要なものは全て揃っている、不足はない。
いよいよこれから夜の森に入る。住民にはあらかじめ一歩も家の外に出ないようにお願いしておいた。これであの魔物にとって狙うべき相手は僕以外にいない。僕が森に入った瞬間、一直線にこちらへ向かってくるはずだ。
僕はこの日誌を勝利の記録で終えることが出来るだろうか、それともまた逃げられてしまうのだろうか。はたまた何を書き込むこともなく・・・いやこれ以上考えるのはよそう。とにかく勝負は今夜決まる、それだけは確かだ。



素晴らしき日:
彼女に出会えたことを神に感謝しよう。僕はまさしく生涯を共にすべき相手と結ばれた!彼女の名前はアネリアといった。種族の言葉で智に長ける者という意味を持つらしい。聡明な彼女らしい魅力に溢れた名前だ。僕は今ここにアネリアと出会った記念すべき日の全てを書き記す。
僕は教会からの依頼であの常夜の森を彷徨っていた。夜のあの森はまさに暗黒と呼ぶに相応しい。ランタンの光で見えるのは足元の心もとない獣道だけ。これを外れるか、あるいはランタンの燃料が尽きてしまえば、永遠に戻れなくなるに違いなかった。僕の心は次第に不安で一杯になっていく。
不意に何者かの視線を感じたのは、ちょうどそんな時だった。僕の体は緊張で凍りついたように動けなくなった。目だけを動かして辺りを探ると、すぐにその視線の主を見付けることができた。暗闇の中に、話に聞いていた不気味に光る目が二つ。僕を真っ直ぐに見据えている。ついに追い詰めたと、僕が素早くそちらに向き直ると・・・不安も緊張も、僕の中から消えてなくなった。それくらい、アネリアの瞳は綺麗だった。
目を合わせた瞬間彼女は音もなく飛び掛かり、全身の力が抜けた僕を地面に押し倒した。僕の目には改めて彼女の全容が映る。頭からはまるで耳のように一対の羽が飛び出ており、腕は鳶色の大きな翼となっている。腰から下は同じく鳶色のふっくらとした羽毛に包まれ、両足の羽毛からちょこんと飛び出した鉤爪で僕の体をしっかりと押さえつけていた。アネリアは僕に顔を近づけて、僕の目を間近で覗き込む。僕は瞬きも忘れてその瞳に見入っていた。あと少しでもその状態が続いていたら、僕は意識まで手放していたに違いない。
だがそうはならなかった。アネリアの顔がさらに近付き、小さく荒い息遣いが聞こえたかと思うと、彼女は唇を僕に重ねた。二、三回優しく、しかし強く食むと、そのまま舌を割り入れる。僕は口の中をめちゃくちゃに蹂躙され、音一つ無い森の中でアネリアの舌が立てる水音だけが僕の頭の中に響く。
彼女はその間もずっと僕の目を見つめていた。不思議なことに、その瞳を見ていると僕の体にゆっくりと力が戻っていった。動けなくなったのは紛れも無くこれを見たからだというのに。
アネリアを押しのけることはできなくとも、両腕はなんとか動かせるかというぐらいになった頃、彼女は見計らったかのように唇を離す。二人の間に名残惜しそうに糸が橋渡しされているのが暗闇の中でも見えた。彼女にもそれが見えた(このとき初めて一瞬僕から目をそらした)ようで、少しだけ顔を赤くしていた。
僕はほぼ反射的にアネリアを抱きしめ、同時に彼女も翼で僕を包み込んだ。いつの間にか彼女は身に着けていた衣服を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿と化してており、僕も同じように丸裸に剥かれ・・・そのまま日が上るまで時間を掛けて愛し合った。
今、僕は常夜の森でアネリアと共に暮らしている。彼女は初めて会ったあのときと変わらず夜型で、僕の生活も引きずられるようにそうなっていった。なにしろアネリアは明け方、眠りに付く際に必ず僕を羽で包み込むのだから、一緒に寝ないということが出来ない。そのふかふかの感触はまさに筆舌に尽し難く、彼女の安らかな寝顔も相俟って眠気に打ち勝てた試しがない。
そして、日が暮れる頃に僕たち夫婦は目を覚ます。アネリアは決まって起きぬけで元気になっている僕を自分の中に迎え入れる。その間も彼女はずっと僕を見つめている。動いているときはもちろん・・・果てるときもだ。
この点についてのアネリアのこだわりは半端なものではない。以前に一度だけ、彼女より早起きして後ろから責め立てたことがある。彼女の羽毛に全身で覆いかぶさり、翼ごと抱きしめたときは何ともいえない征服感を感じたが、後で頬を膨らませた彼女に散々に怒られてしまった。流石にいたずらが過ぎたかと謝ったが、そうではなく、僕が見えないのが嫌だと顔を赤くしながら言っていた(なぜかこのときも目を逸らしていた)
夜中になると、アネリアが狩りで手に入れた獲物を僕が料理する。僕の料理は狩人の訓練で覚えた非常に簡素なものだが、彼女はそれを満面の笑顔で頬張る。そして彼女自身も料理の知識は豊富であり、色々と教わったりもしている。
そして今日、アネリアが信じられないほど嬉しい知らせを教えてくれた。彼女のお腹に子供がいるというのだ!アネリアが言うには、数日後には卵を産み、そこからさらに一月ほどで孵るようだ。その日が待ち遠しくて仕方ない。
今日は一日中二人で笑いあった。こんなにも幸せなのに、また次の幸せが控えている。そしてその幸せは今よりもっと大きいものとなる。アネリア、あのとき君を追いかけてきてよかった。面と向かってじゃどうしても言えないから、せめてこの日記には書いておこう。
アネリア、愛しているよ。





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*別の日記、だれかの落し物*


あのとき私を退治しようとした狩人さんが、この森にやってきた。きっと私を追いかけてきたに違いない。

どうしよう、こうなることは分かってたのに、まだ心の準備が全然できてない。

えっと・・・森で出会ったら、まず魔法をかけて逃げないようにして・・・それから捕まえて、キスして、私の羽で包んであげて、そのあと・・・*ぐちゃぐちゃに線が引かれている*

狩人さん、待ってるね。私があなたに一目惚れしちゃったあの日、ほんの一瞬だったけど、あなたも私の目を見てたよね・・・?

魔法はちゃんとかかったはず、彼はきっと来てくれる。
18/09/16 14:32更新 / fvo

■作者メッセージ
ジト目もふもふかわいい

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