読切小説
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伝説の時代の終わり
 男は、暗い森を走り回っていた。追っ手がすぐ後ろに迫っている。既に息は切れ、胸と足に激しい痛みが走っている。
 森は鬱蒼としており、日がさす場所が少ない。ドラゴンが住むと言われる森にふさわしい暗さだ。男も、こんな森になど入り込みたくは無い。だが、追っ手から逃げるために仕方が無く入り込んだのだ。
 目の前に洞窟が見えてきた。ここに隠れようかと思ったが、即座に否定する。追っ手は、獲物が洞窟に隠れていると考えるだろう。別の所に逃げようとするが、追っ手に既に回りこまれている。仕方が無く男は洞窟に入る。隠れ潜む事は無理だが、洞窟の陰に隠れて追っ手に襲い掛かるつもりだ。
 洞窟の中は暗く、中は良く見えない。必死になって目を慣らそうとし、待ち伏せするのにふさわしい場所を探す。奥を見ると、黒い影が立ち現れている。影には二つの金の光がある。
 男は立ち止まり、影を凝視する。影は膨れ上がり、金の光が男を見下ろす。圧倒的な存在感が、男に叩きつけられる。闇に慣れてきた男の目に、巨大な生物の姿が見えてくる。絵画などで描かれているドラゴンの姿だ。
 男は恐怖で錯乱し、自分が何をしているのか分からなくなる。男は持っていた剣を振りかざし、喚き声を上げながらドラゴンに襲い掛かる。
 ドラゴンは無造作に前足をふり、男を洞窟の壁に叩きつける。男は呻き声と共に地に倒れ、そのまま動かなくなった。
 洞窟の入り口から、複数の足音が聞こえてきた。男達が洞窟の中になだれ込んでくる。ドラゴンが一瞥すると、男達はそろって硬直した。ドラゴンは、男達の足元に炎を吹きかける。男達は弾き飛ばされ、床や壁、洞窟の外に叩きつけられる。男達は、転げまわりながら自分の服に付いた火を叩き落そうとする。
 男達が悲鳴を上げながら逃げて行くのを見届けると、ドラゴンは床に伸びている最初の男を見下ろした。

 男は、呻き声を上げながら目を覚ました。男は頭を振り、辺りを見回す。場所は洞窟の中であり、すぐ目の前でドラゴンが男を見下ろしている。巨大な黒い影が圧し掛かるように迫り、目から強い光を放っている。ふらついた頭でも、逃げ出せそうに無い事は分かる。
「さて、話を聞かせてもらおうか」
 ドラゴンは、低音で男を詰問する。
 男はひときわ高いうめき声を上げると、続いてため息を付く。男は観念したように、ドラゴンの詰問に対して答え始めた。

 男の名はジョージと言い、騎士の称号を持つ。騎士とは言えども名ばかりで、実際の所はろくな職に有りつけていない。
 ジョージは森から少し離れた所にある町で職探しをしていたが、その町で騎士を時代遅れの者として嘲り笑う劇を見てしまう。激怒したジョージは舞台に駆け上がり、役者達を剣でぶった切った。
 役人から追われる身となったジョージは、逃げ回るうちにこの森へ入り込んだ。ドラゴンが住むという言い伝えは知っていたが、所詮は言い伝えだと考えて森に入り込んだ。役人に追い詰められてこの洞窟に入り込んだら、本当にドラゴンがいた。ジョージは錯乱して、ドラゴンに切りかかってしまったのだ。

 話を聞いているドラゴンは、呆れたように首を振る。
「馬鹿としか言いようが無いな。そんな事で私の昼寝を邪魔したわけだ」
 ドラゴンは、前足でジョージを小突く。
「悪かったな。ドラゴンが本当にいるとは思わなかったんだ」
 不貞腐れたように言うジョージを、ドラゴンは再び小突く。
「それでお前はどうするつもりだ?役人は取り合えず追い払ったが、お前が追われる身である事は変わらないだろ?」
「お前が見逃してくれるのならば、この際に気に食わない連中をぶった切るつもりさ。落ち目の騎士を笑う奴は多いからな。最後は役人どもと殺し合うさ」
 ジョージは、笑いながら思い出したように言う。
「役者もぶっ殺せばよかった。手加減して、怪我を負わせただけにしてしまった」
 ドラゴンは、少し考え込むように首をかしげる。首を戻すと、ジョージを正面から見据えて言った。
「ならば私が手伝ってやろう。ドラゴンが本当にいると人間どもに思い知らせてやるのも、おもしろい」
「手伝ってくれるのは、ありがたいな。これからよろしく頼むよ」
「ただし条件がある。殺しは止めろ、不愉快だ」
「殺さずに戦う事ができるのか?」
「やり方次第で出来る。ドラゴンにはドラゴンの戦い方がある」
 ドラゴンならば、人を殺すことに喜びを感じるのではないのか?ジョージは少し考え込んだが、顔を上げて答える。
「分かった。殺さずに奴らに思い知らせる事ができるのならば、それで良い」
「よし、それで決まりだ。私の名はアンドリアだ。よろしく頼むぞ」
 アンドリアと名乗るドラゴンは、牙を見せながら笑った。

 二人は、洞窟から出る事にした。本当にドラゴンがいると分かれば、今度は軍がやって来るかもしれない。
「結構気に入っていたねぐらなのに、お前が飛び込んでくるから手放す羽目になった」
「悪かったと言っているだろ」
 アンドリアは人化の法を使い、人間の姿になっている。人間の姿のアンドリアは、美女と言って良い姿だ。彫りの深い整った顔は、背が高く筋肉質の体に似合っている。引き締まった体にもかかわらず大きな胸を持っており、官能的な魅力もある。艶やかな黒髪と健康的な白い肌の対象も、肉体の魅力を増している。
 本来の姿は、この人間の格好に角と翼、尻尾が付いている。かつ手足には鱗が付いている。洞窟で見せたドラゴンの姿は、魔王が代替わりする前の姿だ。
 アンドリアは人間の姿でも生活しており、時折薬師として働いている。人間としての住処も持っており、その住処へ移るのだ。
 アンドリアは背に袋を担いでいる。その中に宝を入れていた。
「ドラゴンの宝にしては少ないな。ドラゴンは、莫大な金銀宝石を持っていると聞いたが」
「私の親は持っていたのだがな、親がすってしまった」
「すった?」
「私の親はひと儲けをたくらんでな、香辛料を仕入れる商人に出資したのだ。母は人間に化ける事ができるし、父は人間だから投資が出来たんだ。だが、その商人の仕入れた香辛料を運ぶ船が沈んでしまってな」
「………」
「海上貿易をする商人同士で金を出し合い、損害を補填する仕組みもある。だが、その商人は金をケチって出さなかったのだ。おかげで損害は補填されず、その商人は破産した。出資していた私の親も、財産をほとんど失った」
「………………」
「私は金を奪おうと一度町を襲ったが、大砲と銃の弾をたっぷりともらった。それ以来、襲撃は止めた。おかげで清貧な生活を送っている」
「親を恨むんだな。あと、そういうのを清貧とは言わない」
 ジョージは、呆れてため息を付く。アンドリア親子が馬鹿なのだろうか?商業はドラゴンより強いのだろうか?ジョージの中で、ドラゴンに対する観念が崩れそうだ。

 アンドリアの家に移った後、まずは武器と防具を入手する事にした。必要な武器と防具は、槍、弓、鎧、鞍だ。二人はこの地方にある、国の第二都市を襲撃する事にした。旧時代のドラゴン姿のアンドリアに、ジョージが跨って襲撃するのだ。
 槍は騎士が騎乗で使う物を使用し、鎧も騎乗用の物を使う。両方ともドラゴンに乗って使うのにも役に立つ。弓は、機械仕掛けであるクロスボウを使うことにした。空を飛ぶドラゴンの上で普通の弓を引くのは難しいが、機械仕掛けのクロスボウなら使用可能だ。銃は、空を飛びながら火薬をつめて火をつける事は出来ない為、使わないことにした。ドラゴンに乗るための特注の鞍も必要だ。空を飛ぶ際にジョージが落ちないように、ジョージをベルトで鞍に固定し、かつ鞍そのものをアンドリアにベルトで固定する必要がある。
 それぞれの武器、防具は、アンドリアと付き合いがある職人に頼む事にした。金は、二人が折半する事になる。
「お前は金を持っているのか?それなりに必要となるが」
 アンドリアの質問に対して、ジョージは懐の袋を出す。中には金貨が詰まっている。怪訝そうな顔をするアンドリアに、ジョージは説明する。
「騎士を馬鹿にする役者をぶった切った後、劇団を後援している商人の家に殴りこんだんだ。商人をぶった切る際に、この金を奪ってきたんだ」
「………」
「心配するな、商人は死んではいないさ。……多分」
「お前の行動は、やたらと問題が多いな」
 アンドリアは、ため息混じりに言う。
 二人は、襲撃するのは霧の日の日中だと決めた。第二都市には軍が駐屯しており、そんな所を日中に飛べば数十門の大砲と数千丁の銃の標的にされる。いくらドラゴンでも、晴れた日中に単体で飛び込めば自殺行為だ。かと言って新月の夜だと、自分達の正体を現す事は出来ない。ドラゴンが襲撃したと知らしめる必要が有るのだ。霧の日の日中ならば、ある程度近寄ればドラゴンの影が映り、霧に隠れる事も出来る。
 幸いな事に、この地方は霧の日が多い。二人は必要な物資を買い集め、都市とその周辺の地図を見ながら戦術を立てる。ジョージと人間の姿になったアンドリアは、直接都市に行き軍やその詰め所を確認していく。
 こうして、二人は着々と決行に備えた。

 部屋の中は濃密な臭いで充満していた。汗、精液、愛液、濡れた肉の出す体臭が篭っている。 ベットの上では、臭いの元である二人の男女が絡み合っている。二人とも体中を汚しながら、お互いを貪り合っている。
 ジョージとアンドリアは、毎日のように繰り返し体を交えあっていた。襲撃の準備を共に整える内に、お互いに相手へ欲望を持つようになった。ジョージは、ドラゴンである女に普通の人間の女に無い魅力を感じて欲情した。アンドリアは、魔物として人間の男に欲情した。
 アンドリアは、現在のドラゴンの姿になっている。人間の女の姿に角と翼と尻尾が生え、手足に鱗が生えている。鱗は青みがかった緑色であり、人の肌と奇妙な調和を保っている。ジョージは、その人間と旧時代のドラゴンが合わさった姿に強い欲望を感じている。繰り返し精をアンドリアの浴びせて汚した。アンドリアのりりしく整った顔は、精液で汚れて光っている。豊かな胸も、汚液を塗りたくられてランプの明かりを反射している。繰り返しぶちまけられた子種汁が愛液と共に膣から逆流して溢れ、股を滑らせている。濡れそぼった陰毛が、ランプの光に鈍く輝いている。
 ジョージは、アンドリアの右腋に顔を埋めて唾液を塗りこんでいる。しつこいくらい舐め回し、唾液を塗り重ねている。アンドリアの左腋は、既に唾液で光っている。
 アンドリアは、ジョージの首筋に舌を這わせている。耳から肩にかけて、舌を伸ばして唾液を塗りこんでいる。アンドリアが垂らした唾液が、ジョージの首筋から肩、背中へと流れていく。
 アンドリアは、ジョージの顔をつかんで上向きにする。ジョージの顔は、一面にアンドリアの生渇きの唾液で汚れている。先ほど顔の隅々までアンドリアが舐め回したのだ。アンドリアは、ジョージの顔に覆いかぶさり口を強く吸う。ジョージの口の中に舌を潜り込ませて蹂躙する。
 ジョージは、アンドリアの顔に染み付いている汚精の臭いにむせ返る。アンドリアの口の中には、まだ精の味が残っている。ジョージは、濁った声を上げながらアンドリアの舌に自分の舌を絡ませる。アンドリアの唾液を吸いながら、自分の唾液を流し込む。
 ジョージは顔を離すと、アンドリアの前に立ち上がる。繰り返し精を放ったジョージのペニスは、回復して凶暴な姿を現している。そそり立つ赤黒い肉の棒は精液と愛液に塗れて光り、突き刺すような臭いを辺りに放っている。ジョージはアンドリアの頭を掴み、怒張したペニスでアンドリアの顔を嬲る。アンドリアの額、頬、鼻、口を、汚液で濡れ光る肉棒で蹂躙する。
「私の顔を、そんな穢れた物で汚す気か、痴れ者め」
 アンドリアは、罵りながらも自分からペニスに顔を擦り付ける。
「汚してやるよ、お前の顔を、お前の体全てを汚しきってやる」
 ジョージは、悦楽に染まった顔でアンドリアを嬲り続ける。
 アンドリアはジョージの腰を抑えると、ジョージをベットへと押し倒す。アンドリアはジョージの上へ跨り、ヴァギナをペニスに擦り付ける。ヴァギナは、ひくひく蠢きながら愛液を湧き上らせている。ヴァギナはペニスを飲み込み、奥へと引きずり込む。
 アンドリアは、ジョージのペニスを飲み込むと腰をゆすり動かし始める。始めはゆっくりと、すぐに激しく腰を動かす。ヴァギナはペニスを渦を巻くように締め上げる。アンドリアは、ジョージを貪りながら哄笑を上げる。
 ジョージも、腰を付き動かしてアンドリアを貪る。二人の腰からは、濡れた肉が激しく擦り合う音が響く。二人の体から汗が飛び散り、混ざり合う。
 性の臭気が充満した部屋に、男と女の哄笑と嬌声が響き渡った。

 ジョージは、性の交わりの後の気だるさに身を任せていた。これ以上出なくなるまで精を放ち、ジョージの体は心地よい疲れと眠気に犯されている。左腕には、アンドリアの柔らかい肌と硬い鱗の感触がある。アンドリアの体からは、汗と精の濃厚な臭いが漂ってくる。アンドリアを汚しきった証のような気がして、ジョージにはアンドリアの臭気に喜びすら感じた。
 ジョージは、女を抱いてこれほど喜びを感じた事は無かった。ジョージは数多くの娼婦を抱いてきたが、アンドリアほど満足させてくれる女はいなかった。娼婦を抱く以外に気晴らしが無かったジョージには、アンドリアと一緒にいる日々は生涯で最高の日々だと言える。
 ジョージは没落した騎士だ。魔物との戦いと王の勢力の拡大により、騎士は没落しつつある。要領の良い騎士だったら、王の官僚となる事が出来ただろう。だが、ジョージは人より要領が悪い男だ。王の官僚にも、大貴族の部下にもなれなかった。
 結局ジョージは傭兵となり、戦場を転々としながら生活してきた。戦場で、騎士道など時代遅れである事を体で教えられた。「戦争の犬」に徹しなければ生き残れなかった。そんな生き方が無様で情けない事だとは、ジョージには分かっている。だからと言って、どうにも出来なかった。
 ジョージは鬱々とした日々の中、娼婦を抱く事にのめり込んだ。戦場で稼いだ金で、女を買い続けた。金がなくなると戦場で戦い、金を手に入れると女を抱く。その繰り返しだ。戦場で果てるまで女を買い続けようとした。
 そんな自分にもうんざりして、少しはましな仕事を得てまともに生きようと考えた。それで町で職探しをしていたところ、騎士を嘲り笑う劇を見てしまった。積もった鬱屈が爆発し、舞台に駆け上がり役者達を剣で切った。辛うじて理性が働き、致命傷は与えなかった。それでも劇を後援している商人を切った時は、理性は消し飛んでいた。おそらく商人は死んだだろう。
 洞窟に飛び込んで旧時代のドラゴンの姿のアンドリアを見た時、ジョージは恐怖と同時に喜びを感じた。ドラゴンと戦って死ぬ、騎士の最後にふさわしいものだ。せめて最後くらい騎士らしく出来る。アンドリアは、その望みをあっさりと砕いてくれた。
 もう騎士の時代は終わってしまったんだなと、改めてジョージは思う。騎士だけではない、ドラゴンだって時代遅れだ。ジョージは、寝息を立てるアンドリアを見ながら思う。
 ドラゴンが、地上最強だと誇らしげに生きていたのは昔の話だ。一対一の戦いならば、ドラゴンは今でも最強かもしれない。だが、戦争は集団でやるものだ。ドラゴンに対しては、人間はおびただしい数の大砲や銃を向ける。ドラゴンは肉の塊となってしまう。だからこそ魔王軍や親魔物国では、ドラゴンは編隊を組んで戦う。つまりドラゴンは一兵卒扱いだ。反魔物国に住むドラゴンにいたっては、アンドリアの様にひっそりと生きている。
 アンドリアは、身じろぎしながら声を上げる。ジョージは、アンドリアの肩を撫でてやる。アンドリアは、微笑みながら寝息を立て始める。
 俺もお前も旧時代の者だ。このまま静かに滅びるべきかもしれない。だが俺は、今の時代に少しばかり反抗してみたい。少しばかり俺に付き合ってくれ。
 アンドリアの寝顔を見ながら、ジョージは声に出さずに語りかけた。

 霧が立ち込める中、ジョージは旧時代のドラゴンの姿で飛行するアンドリアの背に乗っていた。ドラゴン姿のアンドリアは、青みがかった緑色の鱗が巨体の大半を覆い、いかなる鳥とも比べる事のできない猛々しい翼を広げている。今は日中だが、この霧で都市からはアンドリア達の姿は見えない。
 ジョージ達も、都市をはっきりと見る事は出来ない。以前夜間に飛んで大体の位置を把握しており、それに基づいて目標を目指している。事前に霧の日中に飛んで把握する事も考えたが、敵に見つかり都市の警備が厳重になる恐れがある。
 ジョージは、強い風に当たっている。繰り返しアンドリアの背に乗り、空中からの戦いの訓練は行った。だがそれでも慣れる事は難しく、ジョージはアンドリアの背で歯を噛み締めている。
「そろそろ都市に入る。攻撃用意を」
 アンドリアの声に、クロスボウを装填して構える。
 アンドリアは高度を下げて、都市内の目標を探す。目標は政庁と離宮であり、共に都市中心部にある。現在この都市には将軍と王女がおり、彼らを攻撃するのが目的だ。二人は、政庁か離宮にいるだろう。
 霧の下に、都市の建物の影が見え隠れする。その中から目的の物を見出そうとする。ジョージは、霧に見え隠れする建物の影を見ている内に幻想を見ている様な気がしてきた。ジョージは、頭を振って意識を明確にしようとする。
 政庁の影が見えてきた。アンドリアは口を開けると、咆哮と共に火を吐く。政庁の前庭に炎の柱が立ち、霧に包まれた政庁を照らし出す。アンドリアは、立て続けに建物やその周辺に炎を放つ。人々の上げる叫喚の中、炎の柱は無数に立ち上がる。
 ジョージは苦笑を抑えられない。アンドリアは、人を殺さないように炎を放っている。建物を攻撃しながら人を殺さない様にするなど至難の業だ。ご苦労な事に、アンドリアはそれを実行している。
 騒ぎで政庁から出て来た人々を見ると、豪奢な服を着た男と美麗な鎧姿の男がいる。
「あれは市長に将軍だな」
アンドリアの言葉に、ジョージは華美な服を着た男へクロスボウを放つ。矢は市長の股の間に刺さり、市長は悲鳴を上げながら尻をつく。
「将軍閣下の前に下りてくれ、ご挨拶申し上げる」
「殺すなよ」
 ああ、とジョージは答えて槍を構える。アンドリアは、翼を広げながら将軍の前に降りる。降りた瞬間にジョージは槍を一閃して、将軍の兜を跳ね飛ばす。将軍の禿頭が露わとなる。愕然とする将軍の隣では、市長が腰を抜かしたまま失禁していた。
 ジョージとアンドリアは、二人に笑い声を浴びせて空へと上がる。去ろうとする二人の後ろから、乾いた音が無数に起こる。やっと兵達が銃を撃ち始めたのだ。アンドリアは、素早く霧の中に隠れる。
「撃たれたか?」
「大丈夫だ、当たっていない。奴らは慌てて、まともに撃てなかったらしい」
 アンドリアの余裕のある物言いに、ジョージは胸を撫で下ろす。
「離宮を攻めるか?このまま引き上げるか?」
「離宮を攻めよう。お前はお姫様にも挨拶したいんだろ?」
「ああ、丁重にご挨拶したい」
「今度は私にやらせろ。ドラゴンとしてお姫様には興味がある」
「分かった、お姫様をかわいがってやれ」
 ジョージの言葉に、アンドリアは笑い出す。
「騎士は、ドラゴンを倒してお姫様を手に入れるのが物語の決まりだろ?」
「時代が変われば物語の決まりも変わるさ」
 ジョージは、苦笑いしながら言う。あんな姫を手に入れたくは無いな。考えただけで鳥肌が立つ。ジョージは、心の中ではき捨てる。
 この都市に来ている王女は、既に梟雄としての才能を見せていた。王女は、自分にとって邪魔な者、邪魔になる可能性のある者を次々と的確に始末していた。王女は、王が死んだら女王になると目されている。王女が女王になれば、即座に効率よく国中で粛清が行われるだろう。
 残酷で狡猾な者が、有能な君主になる事はある。梟雄が必要とされる場合もある。だが、その様な者のそば仕えになるなど、ジョージにはおぞましい事だ。
 霧の中から離宮の影が見えてきた。アンドリアは微笑を浮かべると、炎を浴びせる。離宮の周りを旋回しながら、立て続けに炎を叩きつける。離宮の各所で火柱が上がる。瀟洒な離宮の建物の各所が火柱で吹き飛ばされ、華麗な庭園が燃え上がる。離宮の各所で、耳障りな悲鳴と喚き声が上がった。
 離宮の噴水の側で、豪奢なドレスを着た一人の女が立っていた。整った顔をしているが、表情に狷介さがある。転んだらしくドレスは汚れ、髪は振り乱れている。女は、ジョージとアンドリアに憎悪の眼差しを突き立てている。
「あれがお姫様らしいな、挨拶しよう」
 アンドリアは、王女の前の地面に炎を浴びせる。王女の目の前で炎は爆発し、王女は吹き飛ばされる。王女のドレスの裾は捲くれ上がり、ひっくり返った王女は下着姿の下半身を剥き出しにした。
 ジョージとアンドリアは、股を広げて倒れている王女に哄笑を浴びせる。王女の無様な姿を見下ろした後、離宮を離れようとした。
 無数の銃声が離宮の各所から起こる。アンドリアは、翼を力強く動かし離宮から離れようとする。離宮の兵は既に政庁での騒ぎを聞いており、政庁の兵よりは対応が早い。霧の中のドラゴンの影に銃弾を浴びせた。
 アンドリアは霧の中に隠れ、そのまま上空へと上がって行く。アンドリアの口から呻き声が漏れる。
「そろそろ引き上げよう。何発か当たってしまった」
「ああ」
 アンドリアの苦痛を堪える声に、ジョージは短く答える。これ以上暴れるのは危険だと二人には分かる。
 二人の背後から轟音が聞こえてきた。銃の音ではなく、大砲の音だ。
「呆れたものだな。こんな霧の中で大砲を撃ったら、市街地に弾が落ちる。大方、あのお姫様の命令だろう。あのような者が女王になるとは、この国の先が思いやられるな」
 アンドリアの話に、ジョージは答えない。訝しく思いアンドリアが背後のジョージを振り返ると、ジョージは右胸を抑えてうずくまっていた。
「お前、弾が当たったんだな!」
 アンドリアは呻き声を上げる。急いで都市から離れて医者の所に行きたいが、銃で撃たれたジョージをあまり揺する事はできない。アンドリアは、舌打ちをしながら素早く考える。
 アンドリアは、飛ぶ速度を上げた。戦場である都市から離れることが優先だ。都市から離れるまでは速度を落とす事はできない。ジョージの身を案じながらも、高速で飛ばざるを得なかった。

 ジョージは、薬草がいくつも吊るされた部屋のベットに横たわっていた。アンドリアの人間としての住処の近くにある医者の住居だ。医者はアンドリアとなじみであり、アンドリアの正体も分かっている。この医者に、ジョージの手術をしてもらう事にしたのだ。
 ジョージの右胸に銃弾が当たり、貫通せずに体内に弾が残っている。この弾を手術で取り除くのだ。
 ジョージは、ベットに縄で手足を縛り付けられていた。ジョージには眠気と痺れを体にもたらす薬草を煎じて飲ませているが、それでも手術中の苦痛は襲って来る。ジョージが暴れないように縛る必要がある。舌を噛まないように口には布が詰め込まれていた。
 医者は、火で炙った小刀をジョージの胸に刺し込む。その瞬間に、ジョージは苦悶の声を上げて体を震わせる。
 医者が手を動かすたびに、ジョージは声を上げて体を痙攣させる。布を詰め込まれた口からは、濁った不明瞭な声が絶え間なく上がる。
 ジョージの股間からは、水が吹き出す音と共に液体が溢れて来る。苦痛のあまり、ジョージは小便を漏らしたのだ。医者は、かまわずに手術を続ける。ジョージの顔からは、脂汗が垂れ流れ続ける。
 部屋の中には、ジョージの苦悶の呻き声が響き続けた。

 ベットに横たわっているジョージの所に、アンドリアが入って来た。ジョージは、身を起こしてアンドリアに笑いかける。
 ジョージの手術は成功し、ジョージの体は快方へと向かっている。ベットから出るのもあと少しだ。
 ジョージの手術の後に、アンドリアの手術も行った。アンドリアの鱗が弾き飛ばした弾もあるが、三発体内に抉り込んだ。ドラゴンの体は人間よりもはるかに丈夫であり、大事は無かった。
 ただ、手術そのものはジョージよりも難しかった。人間に近い姿に戻ると損傷が酷くなる為、ドラゴンの姿で手術を受けたのだ。しかも体が大きい為、眠りと痺れをもたらす薬は効き辛い。そこでアンドリアは、薬を飲んだ後に葡萄酒を飲みながら手術を受けた。
「俺も、酒を飲みながら手術を受けたかったよ」
「お前は普段から酒びたりだろう。飲ませるだけ無駄だ」
 ジョージは、アンドリアに小突かれる。
 アンドリアは、ドラゴンだけあって回復が早い。既にほとんど回復しており、生活に支障は無い。
「早くこの国から旅立てる様にしなくてはならんな」
「そうだな。だが、無理をすることは禁物だ。きちんと回復しなくては旅をする事は出来んぞ」
 分かっているさと、ジョージは答える。
 二人は、この国を去る事にした。二人は王女から憎まれており、王女は草の根を分けても探し出そうとするだろう。
 それに二人は、この国にいても仕方が無い存在だ。騎士もドラゴンも過去の存在だ。どちらも舞台を去るべきなのだ。伝説の時代は終わった。
 二人は、世界中を回ってみる事にした。様々な場所を見て回り、自分達の居場所がないか探して見るつもりだ。まだ見ぬ場所を見たいという好奇心もある。
「色々と見たい所がある。俺には見ていない所が多い」 
「それは私も同じさ。だが、焦るなよ」
 分かっているさと答えるジョージに、アンドリアは悪戯っぽい表情で笑いかける。アンドリアは、ジョージの股間を愛撫する。たちまちジョージのペニスはそそり立ち始めた。
「こちらのほうはすっかり元気になったな。呆れた奴だ」
 アンドリアはジョージのズボンを脱がし、ペニスを露出させる。屹立したペニスにりりしく整った顔を寄せて、笑いながら頬ずりを始める。
「熱くて硬いな、生命力が溢れている。おまけに相変わらずすごい臭いだ」
 アンドリアは、血管の浮き出た肉の棒に舌を這わせ始める。唾液を刷り込む様に丁寧に舌を這わせる。
 ジョージは、呻き声を上げながら快楽を味わっていた。

 晴れ渡った空の下に、かつての伝説の地が広がっている。ジョージは、ドラゴンの姿で飛ぶアンドリアの背の上から見渡していた。眼下には、町や村、畑や草原が見える。その先を見渡すと、青みを帯びた山々が見える。
 体を回復したジョージとアンドリアは、この地に別れを告げることにした。始めは魔王領に行くつもりだったが、そこは最後にする事にした。まず南へと向かい、その地を見て歩く。その後は東に進路を変えて進む。南の地も近くならば情報は入るが、南の大陸の事となると情報は不正確となる。東の大陸となれば、最早伝説に彩られた世界だ。それらの地を見て回るのだ。
 ジョージは、風を浴びながら自分の生きて来た地を見渡す。その地は伝説の舞台となった地だ。騎士とドラゴン、姫君が物語の登場人物となって活躍する舞台だった。それは既に過去の事だ。騎士とドラゴンは去り、姫君は梟雄として君臨する事になる。そして、猥雑だが生命力のある新しい人々が活躍する事になる。
 ドラゴンは一声上げ、この地に別れを告げる。騎士を乗せたドラゴンは遠ざかって行き、やがて彼方へと消えて行った。
14/09/04 19:05更新 / 鬼畜軍曹

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