読切小説
[TOP]
図鑑世界童話全集「はなさかじいさん」
 昔々、ある所に1人のおじいさんがおりました。このおじいさんはお人好しな性格をしておりましたが、嫁さんどころか身寄りは無く、独りで寂しく暮らしておりました。ある時、おじいさんが川へ洗濯に行きますと、川上から大きなつづらが流れてきました。おじいさんが慌ててそのつづらを拾い、ふたを開けてみますと、中から真っ白な毛並みをした子犬が勢いよく飛び出してきました。
 それからおじいさんが洗濯を終えて家に帰ろうとすると、白い子犬もパタパタと尻尾を振りながら付いてきます。
「お前も帰る所があるじゃろ。さっさとお行き」
 おじいさんがそう言っても子犬は「ワン!」と元気に吠えてまた付いてきます。それを見たおじいさんは子犬に言いました。
「もしかして、お前もわしと同じように独りぼっちなのか?」
 こうしておじいさんは子犬と一緒に暮らす事になり、この子犬を洗ってみると白くて美しい毛並みをしていたのでシロと名付けて可愛がっておりました。



 そして何年か経ち、シロもすっかり大きくなったある春の日、おじいさんがシロを連れて山へ柴刈りに出かけますと、突然シロがおじいさんを山道から外れたところへと引っ張っていきました。そしてワンワンと吠えながら、地面を盛んにひっかいています。
「もしかして、ここを掘れと言っておるのか」
 おじいさんがシロのひっかいている所を掘り起こしてみると、なんと地面の中から大判小判がたっぷりはいった木箱が出ていました。
「こりゃあもしかして、この前殿様の城から盗まれたという千両箱じゃなかろうか」
 実は少し前、この辺りを治めるお殿様のお城の倉に泥棒が入り、中に収められていた宝を盗み出していったという事で大変な騒ぎになっていたのです。優しいおじいさんは木箱を見て言いました。
「お殿様もさぞお困りじゃろう。早く持って行って届けんと」
 おじいさんが早速千両箱を届けると、お殿様は大層お喜びになっておじいさんにたくさんの褒美を与えようと言いました。
「殿。褒美は私めよりも、どうかシロにお与えください。千両箱を見つけたのはあの犬の手柄でございます」
 そう言っておじいさんが頭を下げると、お殿様は愉快そうに笑って言いました。
「はっはっは。下の者の働きに報いようという姿勢、わしも見習うべきかもしれんな。よし解った。ちょうど最近西の国から、珍しい獣が送られてきたところだ。その肉をそなたに分けてやろう。犬と仲良く分けて食すが良い」
 お殿様はそう言って、おじいさんに与える褒美に魔界豚という獣の肉を上乗せしてくれました。その日の夕方、おじいさんは早速家のそばで火を焚き、貰った肉を焼いてシロと一緒に食べてみます。それはおじいさんが今まで味わった事が無いような、まさにほっぺたが落ちるうまさでした。
「こんなにうまい物を分けてくださるなんて、本当にありがたいことじゃ。なあ、シロ」
「ワン!」
 その時、隣に住むおじいさんがやってきて言いました。
「あんた変わった物食っとるなあ。いったいどこで手に入れたんじゃ?」
「おう。実は今日、シロが大手柄を立ててくれたんじゃ」
 優しいおじいさんが山での事を話すと、欲張りな隣のおじいさんは自分もシロを連れて山に行くと言い出し、次の日にシロを貸してくれるように強引に約束させてしまいました。

「わしは千両箱を見つけても届けるなんて馬鹿正直な事はせん。黙って全部わしの物にしてやる」
 翌朝、欲張りな隣のおじいさんはシロを連れて山に登りました。すると、シロが昨日と同じように山道を外れ、川のそばに出たかと思うと盛んに地面をひっかいています。
「ここにお宝があるんじゃな。ようし」
 そう言って隣のおじいさんが地面を掘っていきますと、突然隣のおじいさんの足元が崩れ、大きな穴の中に落っこちてしまいました。
「あいたたた。もしかして、この穴の中にお宝があるのか?」
 隣のおじいさんが暗い穴の中で目を凝らしますと、暗がりの中から大きな影がにゅっと姿を現しました。それを見た隣のおじいさんは腰を抜かしてしまいます。相手はなんと大きな尻尾を持つ白蛇だったのです。
「まさか私の巣穴を掘り返してまで遭いに来て下さるような方がいらっしゃるなんて」
「ひいっ! たたた助けて!」
 白蛇といえば水神様の遣いとして確かにありがたい存在ではありますが、太い尻尾をくねらせて迫ってくる蛇の妖の姿を目の当たりにした隣のおじいさんに、そこまで考えている余裕はありません。
「く、来るなあっ!」
「あぁん、お待ちになって」
 隣のおじいさんは顔を真っ青にして穴の底から這いだし、白蛇はそれを追いかけていきます。そして穴の底では、取り残されたシロが寂しそうにキャンキャンと吠える声がいつまでも響いているのでした。

「ずいぶん遅いなあ」
 その日の夕方。優しいおじいさんはシロと隣のおじいさんの帰りを今か今かと待っておりました。すると、隣のおじいさんが顔を真っ青にしながら山の上から走ってきます。
「おう。やっと帰ってきたか。うちのシロはどうした?」
 おじいさんが声をかけると、隣のおじいさんはいきなり怒鳴りつけてきました。
「どうしたもこうしたもない! あの犬が掘れと言うから掘ってみたら、何が出たと思う? でかい蛇の化け物じゃ。おかげでわしはずっと蛇の化け物に追い回されておったんじゃぞ」
「蛇の化け物じゃと? それで、シロはどうしたんじゃ」
「ふん。わしは蛇から逃げる事で手いっぱいだったんじゃ。あいつの事なんか知るもんか。だいたい、あいつが掘れと言いださなければこんな事にはならなかったと言うのに」
 それだけ言うと、隣のおじいさんは優しいおじいさんが何か言うのも無視して帰っていきました。




 それから、優しいおじいさんは来る日も来る日もシロの帰りを待ち続けましたが、数日たっても帰ってきませんでした。そしてある日の夕方、おじいさんの家に目明し(編注:こちらの国で言う憲兵のようなお仕事です)がやってきました。何やら白い布で包まれた物を台車で運んできています。目明しがおじいさんの目の前でその布を取り払うと、なんと中からは血まみれで息も絶え絶えになったシロが現れました。
「シロ! そんな。どうしてこんな事に」
 目明しは気の毒そうに言いました。
「殿様の城から千両箱を盗んだ盗賊の隠れ家を見つけて奴らを捕えてみれば、あいつら自分達が隠した宝を犬に掘り返されたのを逆恨みして、犬を見つけてはいじめ殺しておったようだ」
「そんな。シロ、シロ。わしの事が解るか?」
「クゥーン……」
 おじいさんが必死に呼びかけると、今まで力なくぐったりとしていたシロがかすかに反応しました。
「俺達の所でもできる限りの手当てはしたが、明日の朝まで持てばいい方かもしれん。爺さん、せめてあんたがこいつの死に水を取ってやってくれ」

 それからというもの、おじいさんはシロを布団に寝かせると、ご飯を食べる事も火を焚くことも忘れ、傷ついたシロを寝かせた布団の前でずっと泣いておりました。
「シロ。シロぉ。わしを置いていかないでくれ。またわしを独りにしないでくれぇ」
「クゥーン……」
 シロもおじいさんに心配をかけまいとするように必死に声を上げようとしますが、それもだんだん弱々しくなっていきます。そうするうちに夜も更けて家の中は真っ暗になり、おじいさんの泣き声もシロの鳴き声も小さくなっていきました。




 いつの間にか泣き疲れて眠っていたおじいさんは、窓から入ってくる朝日の光と鳥の鳴き声、そして米の炊けるうまそうな匂いで目を覚ました。
「シロ!」
 おじいさんは飛び起きるが早いかそう叫び、シロを寝かせていた布団の方を見ます。そこには血の跡が付いた布団の上に同じく血で赤くなった包帯が落ちていましたが、不思議な事にシロの姿はかき消すようにいなくなっていました。
「シロ、どこに行った」
 おじいさんが慌てて家の中を探すと、更に不思議な事に台所では獣の妖が朝飯を作っておりました。
「あ、ご主人様。おはようございます」
 妖はおじいさんに気が付くとそう言って尻尾をパタパタと振ります。おじいさんは妖の白く輝く姿を見て言いました。
「その毛並み、もしかしてお前がシロなのか?」
 すると、獣の妖は嬉しそうに頬を赤く染め、尻尾をいっそう激しく振って答えます。
「やっぱり解ってくださいましたか、ご主人様」
 そしてシロはおじいさんに抱き着き、真っ白な毛で覆われたふわふわした身体を擦り付けてくるのでした。

「まさかシロが妖になるとは、不思議なこともあるもんじゃのう」
 シロがようやく落ち着いてくると、おじいさんはそう呟きました。
「はい。正直、私にも何が起きたのか解りません。昨夜ご主人様の声を聞き、ご主人様の匂いを感じた私は薄れゆく意識の中で、もっとご主人様の傍にいたい、もっとご主人様のお役に立ちたいと一心に祈っておりました。そして気が付くとこの姿に変わっていて、体中の傷も治っていたのです」
 おじいさんもシロも知らない事でしたが、2人が食べた魔界豚の肉にはわずかですが西の国の妖の力が宿っておりました。その力がシロの気持ちに応え、彼女を犬の妖として蘇らせたのです。西の国の言葉でクー・シーと呼ばれている妖に。
「まあ、提灯や傘が妖になることもあるらしいし、何年も飼っていた猫がいきなり妖になって襲ってきたなんて話も聞いたことがある。だったら犬が妖になるのもおかしな話ではないのかもしれん」
「襲うなんてそんな! 私がご主人様を傷つけるなんて!」
 シロはそう言いながらピンと尻尾を立てます。おじいさんは苦笑いしながらシロを宥めました。
「解っておる解っておる。お前が誰かを傷つけたりしない優しい奴だということは」
「ご主人様」
 おじいさんはシロが妖になる前と同じようにシロの頭を優しく撫で、シロもそれに嬉しそうに目を細めて応えます。おじいさんはこれを見て、いくら見た目が変わっても確かにこいつはシロだと実感するのでした。
「どんな姿形になろうとも、お前がまた元気になってくれただけで嬉しいよ。さて、快気祝いをしてやらんといかんな。シロ、何か欲しい物は無いか」
 すると、シロは顔を真っ赤にして、尻尾を不安そうに水平に振りながら、白い毛に覆われてふっくらとした太ももをもじもじさせて言いました。
「その、さっきから1つだけ欲しい物があるのです」
「そうかそうか。何でも遠慮なく言ってくれ」
 シロはしばらくの間ためらうように黙っていましたが、やがて意を決して口にします。
「ご主人様を襲わないと申し上げたばかりで恐縮なのですが……ご主人様のややこが欲しいのです」
 おじいさんもこの答えには、大きく目を見開いてしまいます。
「わしの子供、とな」
「はい。昨夜ご主人様の寂しそうな声を聞いて、人間と子を成せる妖の姿で目を覚ましてから、ずっとその事を考えていたのです。ご主人様の子を産みたい、私がご主人様の家族を増やして差し上げたいと」
 それを聞いておじいさんはしばしの間嬉しそうな顔をしましたが、その顔もすぐに暗くなり、申し訳なさそうに答えました。
「シロ。お前の気持ちは嬉しいよ。もしわしがまだ若い時だったら、迷わず二つ返事で返していたと思う。だが、見ての通りわしももうずいぶん歳だ。木で言えば乾ききった枯れ木のような物。すまんがお前の期待には応えられそうもない」
「いいえ、ご主人様。例え子を成せなくとも、ご主人様の傍に置いて頂けるだけで私は幸せです。ただひとりだけでも、私がご主人様の家族になります」
 シロはおじいさんを優しく抱きしめ、甘い香りがおじいさんを包み込みました。




 その時、奇跡が起こりました。おじいさんの服の下ですっかり乾ききって何年もしなびていた枝が蘇り、袴を押し上げたのです。シロの鼻がその匂いをすぐさま捉えてひくつき、うっとりとした声で言います。
「ご主人様!」
 おじいさんも呆然とした声で呟きます。
「まさかすっかり枯れた木に、再び花が咲こうとは」
 シロは興奮して荒い息を吐き、四つん這いで床を這いながら言いました。
「ご主人様。花は種を付けるもの。そして畑は種を植えるためにあります」
 這って行くシロの後におじいさんが付いていくと、シロは寝室に入って布団の上でおじいさんに尻を向け、真っ白な毛で覆われた尻尾を振りながら、同じく白い毛で覆われた柔らかそうな尻を両手で開きました。そして、毛の下に隠れているそそをおじいさんに見せつけながらシロは言いました。
「ご主人様。どうか私の、シロの畑を耕して、ご主人様の大事なややこの種を植えてください」
 犬は仲間と互いに尻の匂いを嗅がせあう事で、性別から身体の調子まで伝え合います。同じように妖になったシロの尻は、子を孕む準備が整った雌がここにいると匂いでおじいさんの身体に訴えかけてきました。おじいさんの鼻がその匂いを捉えると、おじいさんの身体の中で何年も眠ったままになっていた雄の獣(けだもの)の部分が目を覚まします。おじいさんは袴を勢いよく脱ぎ捨て、久方ぶりに硬くそそり立ったまらの先をシロのほとに添えました。シロも今か今かと待ちわびるようにトロトロとした愛液を垂れ流してほとをひくつかせ、口から熱く湿ったため息を吐き出します。
「前言撤回じゃ。わしの子を産んでくれ、シロぉ!」
「わうううぅぅん!」
 おじいさんが意を決して腰を突き出すと、シロも悦びの鳴き声を上げます。彼女のほとの中の畑は、早く種を植えてくれと言わんばかりにその畝をまらに絡みつかせてきました。おじいさんは自分でも年老いた身体のどこに残っていたのかと思うほどの力で、勢いよく腰を振ってシロの胎の畑を耕していきます。
「凄いぞ、シロ。耕す、前から、トロトロで、締め付けてくる」
「はいぃ。私の、畑は、ご主人様の、種を、植えてほしくて、待っていたんですぅ」
 シロは熱く湿った荒い息を吐きながら、布団をぎゅっと握りしめます。
「いいんだな、シロ。わしの、嫁に、なって、くれるな」
「はいぃ。私を、ご主人様の、妻にぃ、ご主人様だけの、雌犬にいっ、してくだしゃいぃ」
 シロは大きく口を開け、舌をだらしなく垂らしながら叫びました。ひと言ひと言叫ぶたびに、シロのほとはおじいさんのまらを愛おしそうにきゅっきゅっと締め付けてきます。おじいさんの身体も限界が近づき、枯れ枝に咲いた花が種を付け、それを地に落とす瞬間が迫りました。
「出すぞ、シロ! 受け止めろおっ!」
 そう叫んでおじいさんが腰をシロの尻に押し付けた時、おじいさんの頭の中が真っ白になるような快感が弾け、シロの胎の中の畑に子種が勢いよくぶちまけられました。
「きゅううぅん……」
 シロは布団に顔を押し付け、切なそうな声を漏らします。おじいさんがまらをほとから抜き出すとまだ出し終わっていなかったのか、まらの先から真っ白な子種汁の残りが飛び出し、同じように真っ白な毛で覆われたシロの尻に降りかかりました。おじいさんはシロを満足そうに見下ろすと、それ以上動くこともままならなくなり、疲れ切った身体をシロの白くてふかふかした背中の上に横たえました。

「そういえばせっかく飯を作ってくれたのに、食べずじまいになってすまんな」
 おじいさんは布団の上でシロと抱き合いながら言いました。
「そんな。いいんです。また温めなおせばいいですから」
 そう言って、シロはおじいさんの胸板に顔をうずめます。おじいさんはそれを見て苦笑いしました。
「おいおい。しわしわになったじじいの胸なんぞに顔をうずめても、何も面白く無かろう」
「いいえ。こうすると、ご主人様の匂いと鼓動を感じて安心します。ご主人様が初めて私をこの家に連れて帰ってくださった日、初めてご主人様の布団で眠った夜みたいに」
「シロ……」
 おじいさんは穏やかな微笑みを浮かべ、シロの頭の後ろを撫でながら言いました。
「わしは嫁を貰ったりする事無くこの歳になり、気付けば他の身寄りも皆いなくなって、このまま独りで死んでいくものだと諦めておった。じゃが、川でお前を拾って、いつの間にかまた独りは寂しいと思うようになっていた。そのお前が山に連れていかれて何日も戻ってこなかったり、傷だらけの姿で戻ってきたのを見て、それにようやく気付けたよ。それだけじゃなく、よもやこの歳になってこれから家族が増えるかもしれないなんて事になるとはなあ」

 その時、おじいさんの家の戸が勢いよく開き、村の若い男の声が聞こえてきました。
「じいさん、大丈夫か!」
 おじいさんが慌てて袴を履きなおし、シロに支えられてよろめきながら玄関の方へ行くと、村の人達が心配そうな顔で集まっておりました。
「シロがゆうべボロボロになって帰ってきたと聞いて、朝になってみればいつまで経ってもじいさんの顔が見えないから心配していたんだ」
「毎年収穫の時期にはじいさんに助けられているからな。じいさんも困った事があったら遠慮なく言ってくれ」
「これ、うちの畑で採れた大根だ。すぐには無理かもしれんが、これ食って元気出してくれ」
 おじいさんには家族はおりませんでしたが、村の人達は気立てのいいおじいさんを家族のように大切に思っていたのです。おじいさんはそんな彼らの姿を見て涙ぐみます。
「シロがいなくなってしまうと思って、これでまた独りぼっちになると嘆いておったが、わしはずっと独りでは無かったんだな。なあ、シロ」
「良かったですね、ご主人様。本当に良かった」
 おじいさんとシロはうれし涙を流しながらしっかりと抱き合います。そんな2人の姿を交互に見比べながら、村人の1人がいいました。
「おい、爺さん。シロと言っておったが、まさかその妖って」
「ああ。シロはこうして死の淵から帰ってきてくれた。わしはシロを嫁にする」
「本当かじいさん。よかったな。早速祝言を挙げないと」
 村の人達もおじいさんとシロの結婚を自分の事のように喜び、盛大なお祝いの準備を始めました。しかし、そんな村の中で、1人だけ面白くなさそうな顔をしている者がいます。隣の欲張りなおじいさんです。
「なんであいつばっかり良い思いをするんだ」
 そう呟きながら欲張りなおじいさんが自分の家の方へと歩いていきますと、誰もいないはずの家の中から声が聞こえてきます。
「気を落とさないでください。私がご主人様の嫁になって、ご主人様の望む食事を毎日作ってさしあげます。そして、ご主人様が望むなら私が何人でもややこを産みましょう」
「まさかこの声は……」
 欲張りなおじいさんが顔を真っ青にしながら恐る恐る家の戸を開けると、この前の白蛇が台所で夕飯の支度をしておりました。




 それからというもの、妖になって両手で農具を持つことができるようになったシロは、おじいさんを手伝って一緒にせっせと畑を耕すようになりました。しかも賢く物覚えのいい妖になったシロは、ただ畑仕事を手伝うだけでなく、作物の事や天候の事、水の引き方など畑仕事に必要な知識を積極的に学び、おじいさんだけでなく村の人達がより大きな作物をたくさん育てられるように手助けしていきます。
 同時に毎日夜になるとシロは発情した雌犬の尻をおじいさんに向けてここ掘れわんわんとせがみ、おじいさんはシロにせがまれるままに彼女の胎の中の畑を耕して種を蒔いていきました。そうするうちにおじいさんはシロの妖力で妖人(インキュバス)に近づいて若い頃と同じくらいかそれ以上の力と若々しさを取り戻します。最初はひと晩に1回種まきをするのが精いっぱいだったのが終いには朝日が昇るまでに何度も種まきを続けることができるまでになっていきました。
 そして秋になるとおじいさんと村の人達は今までにない豊作を祝い、おじいさんは同じ頃にシロの胎の畑でも千両箱より嬉しい宝を掘り当てました。
 こうしておじいさんの周りでは白く美しい毛並みの奥さんや可愛い子犬たちに、村の人達も集まって楽しく笑うようになり、おじいさんの周りではいつでも花が咲いているようだということで村の人達はおじいさんを「はなさかじいさん」と呼んで慕ったそうです。

 一方、隣の欲張りなおじいさんはと言いますと、白蛇に青白い妖術の炎を流し込まれた事で心が牢獄に捕らわれたようになり、白蛇の愛情を求める事しか考えられなくなりました。そして、他人の境遇を自分と比べて妬んだりするような事も無くなったそうです。




・編者あとがき
 このお話しは別の地域に伝わる物では、「シロが魔物娘にならずに死んでしまい、それを墓に埋めて木を植えると木があっというまに成長する。そしてその木で臼を作って餅をつくとおいしい餅ができたので村の人達に配ると、これを独り占めしたくなった隣の欲張り爺さんが臼を借りてきて餅をつくがうまくできずに怒って臼を燃やしてしまう」という筋書きの物も多く存在します。
 その後の展開については「おじいさんが灰を畑に蒔こうとすると風で飛んで殿様の息子の目に入ってしまうが、殿様の息子を介抱しようとした魔物娘が息子と結婚したため殿様から再び褒美をもらう」「灰が空を飛ぶカラステングの目に入ってカラステングが落っこちてしまうが、謝ってきたおじいさんの人の好さを知っておじいさんと結婚する」といった物になっています。いずれの話でも隣の欲張りなおじいさんは灰を盗んで真似しようとしますが、自分の目に灰が入ってのたうち回っていた所を白蛇に見つかるという結末になっています。
18/07/07 00:31更新 / bean

■作者メッセージ
ちなみになぜ白蛇が欲張りじいさんに炎を流し込んだかというと、欲張りじいさんがはなさかじいさんを羨む様子を見て「白い毛並みなら私だって負けていないじゃないですか!」と怒ったのだとか。

また、元ネタに近い話として中国などに伝わる「狗耕田」という民話では親の形見分けで弟が役に立ちそうもない犬を押し付けられるが、犬は畑をよく耕して弟は富を得る。それを知った兄は弟の犬を借りるが畑を耕そうとせず、怒った兄は犬を…みたいな筋書きになっているそうです。
クー・シーになったシロが畑を耕して豊作になるという終わり方はそれを元にしてみました。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33