読切小説
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囚人作家と妖精
 部屋の中には悪臭が充満している。汚物壷に入っている糞尿と、囚人達の体から放たれる汗と垢の臭いだ。部屋の中の囚人達は、既に嗅ぎなれた臭いだ。
 囚人達は、悪臭よりも疲れを取る事のほうが気にかかる。今日も激しい労働を強要されたのだ。城造りのために駆り出され、鞭打たれながら働いたのだ。蚤と虱の巣になっている藁の上でも、寝なくてはならない。石の床の上で寝ようとしても、寝られるものではない。
 つくづく糞みたいな人生だな、ジャンは心の中ではき捨てる。物乞いやコソ泥して食いつないできた挙句、監獄暮らしかよ。笑うしかねえ。
 ジャンは、虱でいっぱいの髪を掻き毟った。指を見ると、血で染まったフケがびっしりこびりついている。
 この先ろくな事は無いだろうな。監獄を出られても糞みたいな生き方しか出来ねえ。ジャンは、再び頭を掻き毟った。

 ジャンは孤児であり、教会で育てられた。神父の紹介してくれた奉公先で働いていたが、揉め事に巻き込まれて逃げ出した。その後は軍に入った。戦争が迫っており、男なら誰でも兵隊として雇うといった状態だったのだ。ジャンは、いざ戦争になると怖気づいて軍から逃げ出した。
 その後は、社会の下層をさ迷い歩く事になる。物乞い、コソ泥、詐欺、女衒、闇商人の使い走りなどをして生きて来た。
 ジャンは、闇商人の所で働いていた時に、売り上げの金を盗んだ疑いをかけられた。私刑にかけられそうになり、ジャンは命からがら逃げ出す事になる。本当に金を盗んだのならば良かったが、盗んでなどいないジャンはパンを買う金すらなかった。結局ジャンは、ある商人の家に盗みに忍び込んだ。
 そこでどじを踏み、家人に騒がれてほうほうの体で逃げ出した。逃げ出してすぐに自警団に遭遇し、袋叩きにされた。その後は役所に突き出され、監獄に十年もぶち込まれる羽目となったのだ。

「かゆくて仕方ねえなあ。たまには体を洗いてえよ」
 ルイは、体を掻き毟りながらぼやいた。ルイの体は、掻き毟った痕が層になっている。
 囚人は、体を月に一度しか洗えない。服を変える事が出来るのは、半月に1度だ。当然蚤や虱にたかられる事になる。
「体中の掻いた痕から血が出やがる。手はいつも血で濡れてやがる」
 ルイは、うんざりした表情でぼやき続ける。ルイは元は鍛冶屋の徒弟だったが、贋金造りをやって監獄にぶち込まれた。
「藁の上では蚤と虱が踊ってやがる。たまったもんじゃねえ」
 フェルディナンも、ルイと同様に体を掻き毟りながらはき捨てる。フェルディナンは肉屋の主人だったが、鼠の肉や腐った肉を普通の肉に混ぜて売っていた。夏場にフェルディナンの店で肉を買った客の中に、激しい嘔吐を催す者が続出した。それでフェルディナンは、監獄にぶち込まれた。
 ロバンソンは、一人で誰かを相手に話しながらゲラゲラ笑っている。ロバンソンは薬屋だったが、「気持ちの良くなる薬」を密かに売っていた。ロバンソンの密売はばれて、監獄へ放り込まれる事になった。ロバンソンは自分も「気持ちが良くなる薬」をきめていて、今では幻覚幻聴が日常茶飯事だ。
 ジャンを合わせてこの四人が、同じ房に収容されている。四人そろってケチな犯罪を犯した者同士だ。
 もっとも似た者同士とは言えど、仲は悪い。互いに足を引っ張り合っており、殴り合いになった事もある。互いに相手の弱点を探り合っている。
「ジャン、出ろ。シスターが来ている」
 足音高くやってきた看守がジャンに命令する。教会のシスターは、定期的に囚人の聴聞に来るのだ。
 へいへいとジャンは答えながら部屋から出て、看守に小突かれながらシスターの待つ部屋へと向かった。

「あなたは、お話を書いてみる気は無いかな?」
 シスターの唐突な話に、ジャンは顔をしかめる。
「あなたは読み書きができるんでしょ。それに物語に興味あるみたいだし」
 シスターのいう事は確かだ。ジャンは、育っててくれた神父により字の読み書きを教わっている。物語には子供の頃から惹かれていて、吟遊詩人の物語る話を聞いたり庶民向けの演劇を良く見ていた。その為に、なけなしの金を費やした事もある。
「ですけど俺は、お話しなんて書いた事はありませんよ」
「ここに戯曲があるから、これを参考にして書いてみたら?芝居を色々と見たようだから、これを見れば大体分かるはずよ」
 ジャンは、シスターから渡された戯曲と紙と羽ペンを見る。俺に出来ると思っているのかね、このシスターは?
 ジャンは、シスターの姿を見る。小柄な上に童顔で、まるで少女のような外見のシスターだ。柔らかそうな赤い髪に、よく動く紺色の目をしている。およそ囚人の聴聞をする聖職者には見えない。名はアマンディーヌという。
 お話を書く、か。さて、どうしたものかね?ジャンは、伸び放題の髭をひねりながら考える。ジャンは物語を書く事に興味は有るし、書いてみたい気も有る。ただ、初めての事で戸惑っているのだ。
「使えそうなら、知り合いの劇団に売り込んであげるよ」
 俺を売り込むと来たか、つくづくおかしなシスターだ。髭を撫でながら笑いを隠す。仕切りで隔てられているとは言え、俺の悪臭は嗅いでいるはずだ。よくこんなきたない男を売り出す気になるものだ。
 おもしろい、売り込めるものなら売り込んでみろ。どうせ下らない事しかやっていないんだ。一つや二つくらい下らない事が増えても、かまいやしない。
「じゃあ、やってみましょうか。この戯曲に紙にペン、あとインクはありがたく頂きますよ」
「それで決まりだね。なるべく早く書き上げてね」
 シスターは、子供のような開けっ広げな笑みを浮かべた。

 ジャンは戯曲とのにらめっこを終えると、紙とのにらめっこを始めている。同房の囚人達は、ジャンを変な物でも見る目で見ている。
 昼間の労働を終えると、夜にはいくらか時間が有る。その時間を利用して、ジャンは戯曲を熟読し、こうして何も書かれていない紙と向き合っているのだ。部屋の外のかがり火の明かりにより、物の読み書きはなんとか出来る。
 戯曲がどう書かれているかは、なんとか少しは分かった。こいつを真似すればいいんだろう。今までいろいろ芝居を見て、どんな話の展開があるかは分かっているつもりだ。さて、では何を書くか?
 ジャンは頭をかきむしり、フケと一緒に虱が飛び散る。俺が書くべき物は何だ?いや、それ以前に俺の書きたい物は何だ?
 ジャンは、今まで見たり聞いたりしてきた物語を思い返す。王子様にお姫様の物語か?そんな物を俺が書いてもどうにもならん。騎士のドラゴン退治の話か?ガキは喜ぶかもしれないが、俺は書く気にはなれない。勇者が魔物を倒す話か?教団好みの話など書いてられねえな。貧乏な男が、運と度胸と知恵で宝物を手に入れる話か?まあ、実際にはありえない話だが、だからこそ求められるかもしれない。ただ、俺の書きたい物だろうか?
 ジャンはいっそう激しく髪を掻き毟り、血で染まったフケと虱を飛ばす。
「いい加減にしろ!きたねえんだよ!」
 フェルディナンが、たまりかねて罵りだす。
 ジャンは舌打ちをしながらも、髪を掻き毟るのをやめる。うるせえ糞どもだ!こいつらと一秒たりとも同じ所にいたくはねえ。大体、今まで俺と一緒になった連中は、揃いも揃って糞どもだ。ジャンは、歯軋りをしながら心の中で罵る。
 糞どもか、案外こいつらについて書けば面白い話になるかも知れねえ。笑劇には使えるかもな。こういう糞どもの事は良く知っているから、いくらでも話が書けそうだ。
 ジャンの中で、物語が組み立てられ始めた。

「このような物が出来るとはねえ」
 シスター・アマンディーヌは、唸りながらジャンの書いた物を読んでいた。二人が前に会ってから、一月経っている。ジャンは、やっと出来た物をシスター・アマンディーヌに見せているのだ。
 ジャンは、笑いながらシスター・アマンディーヌを見ている。ど素人の俺に、話なんか書かせるからだ。あんたにとって期待外れでも、俺の責任ではないぞ。
「あなたは、私の予想していた以上の才能があるかもしれないね」
 シスター・アマンディーヌの言葉に、ジャンは思わず間抜けづらを晒す。
「ここに描かれている事は、卑小な人間のつまらない犯罪だね。だけど何故かすばらしいものに見える。誤解を恐れずに言えば、聖なるものとさえ言えるね。この盗人、詐欺師、闇商人達は、聖職者が聖なる務めを行うように犯罪を犯しているわね。価値が転倒されていると言えばいいのかな?」
 ジャンは、シスター・アマンディーヌの言う事がよく分からない。シスターの言う通り、ジャンは卑小な人間のつまらない罪を描いたのだ。「聖なるもの」なんか書いていない。
「いいよ、これは使えるよ。早速知り合いの劇団に売り込むよ。売り込んでもかまわないよね?」
「売り込めるものなら売り込んでください。俺はかまいません」
 ジャンは、呆れながら了承する。この物好き女の好きなようにやらせた所で、別に俺の害になる事は無いだろう。
「ただ、誤字は私が直しておくね。結構、目に付くからね。あと」
 シスター・アマンディーヌは、いたずらっぽく微笑む。
「暇を見て技術を教えてあげる。技術さえ覚えれば、あなたの話は格段に良くなるからね。今のままだと、ちょっとひどいね」

 ジャンは、調子よくペンを紙に走らせている。ジャンは、物語を書く事に喜びを感じているのだ。
 シスター・アマンディーヌの話によると、劇団はジャンの戯曲を買い上げて演じた。結果は、なかなかの人気らしい。その劇団は、二作目を依頼してきた。
 ジャンにとっては、予想しなかった良い結果だ。自分には才能があるのではないかとつい思ってしまう。ジャンはやる気を出して、今こうして次作に取り掛かっている。シスター・アマンディーヌから技術を教わる事にも喜びを感じる。
 ジャンが自分の書くべきものを見つけた事も、執筆に勢いを出させている。ジャンは、卑小な人間の卑小な罪を書く事にした。それがジャンの書きたい事だ。
 ジャンの人生には、矮小な人間がまとわり続けた。盗んだ金を独り占めして逃げ出す奴、詐欺の片棒を担がせた挙句に全ての責任を押し付ける奴、後ろ暗い商売をやらせて上がりのほとんどを吸い上げる奴。いずれも糞か糞虫どもだ。
 ジャンにとってはいまいましい事に、この糞どもはジャンの人生の大きな部分を占めている。ジャンの人生から外す事の出来ない物だ。ジャン自身が、この糞どもと同類だ。だからこそ糞どもを書く事が、ジャンにとっては必要なのだ。
 書き方次第では、糞を書いた物は読めた物ではないだろう。だがジャンは、どういう訳か糞を聖なるものとして書く事が出来た。何故書けるのかは、ジャン自身よく分からない。ただ、この書き方は武器になるとシスター・アマンディーヌは言っている。ジャンは、武器になるのならば使うつもりだ。
 書く材料は事欠かない。それはジャンの人生に数多くあったし、今いる監獄にも溢れている。すぐ側に糞どもがいるのだ。ルイやフェルディナン、ロバンソンといった連中だ。
 監獄には、おかしな連中もいる。例えば、ある変態貴族がこの監獄の独房に入れられている。その変態貴族は、娼婦に毒入りの菓子を食わせた事で監獄に入れられた。その変態貴族が言うには、毒入りの菓子を食わせると良い臭いの屁が出るそうだ。幸い、娼婦は腹を壊しただけだった。
 また、ある百姓の囚人は、羊を犯した事で監獄にぶち込まれた。その男によると、羊はかわいい上に締りが良いそうだ。
 これらの連中は愉快な者達だが、中には笑えない凶悪な者もいる。ある男は、少女を強姦した罪で監獄に入れられていた。その男は、夜に畑を通りかかった少女を後ろから飛び蹴りを食らわせて、畑の中で犯したそうだ。三件しかばれなかったが二十人は犯したと、男は仕事の合間にジャンに話した。
 このような事は、ジャンの書く物語の大きな要素となった。ジャンはこれらの事を次々と戯曲に書いて、シスター・アマンディーヌの手を借りて発表していった。発表された物は、いずれも好評だ。
 ジャンは、今までの人生に無い有意義な活動を楽しんでいた。

 この監獄の所長は、評判の悪い男だ。囚人達を虐待する事が、自分の神聖な義務だと考えている男だ。監獄法を恣意的に解釈し、口実を設けて囚人をいたぶっている。囚人からは魔物よりも忌み嫌われているが、所長はその評価を誇りに思っている。
 この加虐趣味をひけらかす男が所長をしていられるのは、囚人を酷使する事により囚人労働の成績を上げているからだ。鞭で打てば打つほど労働能率は上がるという信念を持ち、実行している。所長自らが、毎日囚人達を鞭打っている。
 ジャンは、この所長に目を付けられた。ジャンが戯曲を書いている事を耳にしたからだ。所長は詩人を気取り、詩作に励んでいる。詩や戯曲を書いたり絵を描いたりするのは、自分のような「芸術を愛し、解する者」であると所長は信じている。間違っても下賎な囚人がすべき事ではないと盲信している。ジャンのような下劣な囚人が戯曲を書くなど、所長にとっては芸術に対する冒涜だ。
 所長は、ジャンの創作を潰しにかかった。看守に命じて、紙とペンとインクを奪い取り、参考のために読んでいる戯曲を奪い取った。シスター・アマンディーヌを監獄担当のシスターから外し、後任として冷酷で狭量な神父を付けた。
 さらに看守に命じて、ジャンの労働量を多くし鞭で打つ回数を多くした。心身ともに疲れ果てさせれば、戯曲を創る気はなくなるだろうと考えたのだ。ジャンの体は垢と汗だけではなく、血と泥に塗れる事となった。
 
 ジャンは、城の土台となる石を運んでいた。二人がかりで道具を使って運ぶ作業であり、囚人労働の中でも特にきつい仕事だ。炎天下の中で水をろくに飲む事も出来ずに、ジャンは重積を運んでいる。ジャンは看守に目を付けられ、頻繁に鞭打たれている。ジャンの背は鞭の痕で埋め尽くされている。
 ジャンの頭の中は、苦痛が渦巻いている。その渦の中に、時折戯曲の場面や台詞、話の組み合わせが浮かび上がる。その浮かび上がる創作物の欠片が、ジャンの苦痛をわずかに和らげている。
 一人の男が、ジャンに刺すような視線を突き立てている。男は黒絹に銀糸を刺繍した服を纏い、紅玉をはめ込んだ銀製の装身具を首や手に付けている。右手で鞭を持ち、左手で蝋で固めた髭をいじっている。
 男はこの監獄の所長だ。ジャンを敵視して虐待している男だ。所長は、鋭いと言うよりは険しい目つきでジャンを監視している。ジャンの様子を見ているうちに、所長の頬は引き攣っていく。所長は鞭を構えてジャンの所に大股で歩いて来ると、鞭を振りかざしてジャンの顔に叩き付けた。
 石を落としてうずくまるジャンを、所長は執拗に鞭で打ち据える。乾いた音と共に、血と肉片が弾け飛ぶ。激しく息を付きながら鞭を振るうのを止めると、所長は憎悪をむき出しにした表情でジャンを見下ろす。
「これで終わりだとは思うなよ。お前のような虱たかりの犬は、調教出来なければ屠殺するしかないんだ。お前は、私と監獄に反抗した。何よりも物語を犯し、芸術を汚した!その罪は万死に値する」
 所長はひび割れた声で罵ると、地に倒れているジャンの顔を力任せに蹴り上げた。

 ジャンは、列間鞭刑にかけられる事になった。監獄の守秘義務を破り、監獄の管理者を侮辱した罪でだ。
 同房にいるルイ、フェルディナン、ロバンソンは、ジャンが所長に目を付けられている事を知ると、ジャンが監獄と所長を侮辱していると看守に告げ口をした。ジャンが書いている戯曲には、所長と看守を嘲り笑う内容が書かれていると言い立てた。
 実際には、三人とも字の読み書きは出来ないから、戯曲に何が書かれているかはわからない。もちろん、ジャンの書いた劇を見た事も無い。監獄や下層社会では、根拠などどうでもよい。根拠などいくらでもでっち上げ出来るし、いくらでも好きなように解釈できる。強者に媚び諂い弱者を虐げれば、何も問題にはならないのだ。せいぜい、ジャンが戯曲を書きながら所長を罵っていたとでも言って置けば「根拠」になる。
 所長は、嬉々としてこれに飛びついた。ジャンを嬲り殺しに出来るのだ。監獄法を恣意的に解釈すれば、いくらでも囚人に罰を与える事が出来る。囚人を殺しても問題になる事はあまり無い。
 ジャンは、監獄の中庭に引き出された。中庭には、看守達が鞭を持って二列に並んでいる。ジャンは、恐怖で痴呆の様な表情をしている。時折痙攣するように、ジャンの体に震えが走る。
 列間鞭刑とは、囚人が鞭を持った二列の刑吏の間を駆け抜けながら鞭打たれる刑だ。罪の重さによって、並ぶ刑吏の数や鞭の太さ変わる。やり方次第では、残虐な死刑となる。中庭には、片側三十人合計六十人が鞭を持って並んでいる。持っている鞭は、棍棒に近い太い物だ。ジャンを殺すための刑だとしか考えられない。
 鞭を持っている者達は、皆わざとらしく冷笑を浮かべている。ジャンを嬲り殺しにする機会を堪能しようというのだ。鞭を持っている者の中には、囚人の中から取立てられた者もいる。この連中は、看守以上に囚人に対して残虐だ。
 ジャンは看守に突き飛ばされ、鞭の列の間に放り込まれる。即座に、鞭がジャンに襲い掛かる。ジャンの全身を激痛が走りぬける。ジャンの体の至る所から、血と肉片が飛び散る。
 ジャンは鞭が降り注ぐ中、列を走りぬけようとする。だが、真ん中を少し過ぎた所で倒れる。頑健な男でも、この列を走り抜ける事は難かしい。ましてジャンは、囚人としていたぶられて来た為に体が弱っている。うずくまるジャンの体に、痛みを与えるために計算した打ち方で鞭が叩き込まれる。ジャンの体からは、赤い小片がひっきりなしに飛び散る。
 指揮を取っている所長は、優しげな微笑を浮かべてジャンを見つめている。あたかも慈父が我が子を見るかの様に。
 地面に倒れたジャンは、既に赤黒い物体となっている。所長は、ゆっくりと優雅な態度で鞭打ちを止めさせる命令をした。所長は、軽やかな足取りで辛うじて息があるジャンに近づく。
「かくして詩神は、涜神の徒に仮借なき罰を与えたまう」
 所長は、歌うように言い放った。

 ジャンは、監獄の房の中で呻いている。全身の至る所の肉が弾けて、ひどい処は骨が見えている。既にジャンは歩く事も出来ずに、血の小便を垂れ流している。鞭打ちに参加した囚人の一人は、うつ伏せのジャンを引っくり返して股間を繰り返し鞭打ったのだ。
 同房の囚人であるルイ、フェルディナン、ロバンソンは悪意をこめてジャンを見下ろしている。ジャンが苦しげに呻くと、わざとらしく平静な表情を作って無視をする。ジャンが呻き続けると、「同情してもらいたいのかよ、乞食根性が染み付いてやがる」と嘲り笑う。
 ジャンは、列間鞭刑を受けてから食事も水も取っていない。食事はルイ達に奪い取られている。「働かざる者は食うべからず」ルイは、食事を奪い取るごとにまじめな表情を作って言い放った。もちろん、列間鞭刑を受けたジャンが働けるはずが無い。
「一日中寝ていられていい御身分だな。こんなに楽が出来るのは乞食をやっていた時以来だろ」
 フェルディナンは、ジャンに顔を寄せて臭い息を吐きながら嘲り笑った。
「お前は乞食なんだよ。いい年をして小便を漏らしているゴミ漁りなんだよ。それなのに身の程を弁えずに訳の分からない物を書きやがって」
 フェルディナンは、ジャンにつばを吐きかける。
 ジャンが口を動かし始め、フェルディナンは思わず聞き取ろうと顔を寄せる。
「看守の皮被りチンポのチンカスをしゃぶっていろよ、カマ野郎」
 ジャンは、一言一言区切るように言う。フェルディナンは、看守に媚びて擦り寄った時に「気色悪いんだよ、このカマ野郎!」と看守に罵られた事がある。
 フェルディナンの顔が赤黒く染まり、頬が痙攣するように震える。フェルディナンはゆっくりと腕を振り上げると、骨が露出しているジャンの背中に叩き込む。繰り返し繰り返し、渾身の力を込めて叩き込む。
 ジャンの濁った喚き声が、監獄の中に響き渡る。口から血の泡を吐きながら、ジャンは喚き続ける。
「うるせえぞ!何をやってやがる!」
 看守が怒号を上げながら、房を覗き込む。
「何でもありません。いきなりジャンが喚き出したんです」
 フェルディナンは血で汚れた手を素早く藁で拭き、済ました顔で答える。
「死にぞこないの乞食野郎が!とっととくたばりやがれ!」
 看守はジャンを罵ると、舌打ちをしながら去っていく。
 ジャンは薄れる意識の中で、手の平位の大きさの少女が房の隅から自分を見ている様な気がした。

 ジャンは意識を回復すると、血で濡れた指で床に文字を書き始めた。ミミズが走るような字で書き連ねていく。ジャンは、自分の血で詩を書いているのだ。所長をはじめとする看守、そして虐待に参加した囚人達を嘲り笑う詩を書いていた。
 書き終えると、ジャンの意識は再び薄れていく。俺は死ぬんだな、これから地獄へ行くのか?ジャンは、子供の頃に神父から聞いた地獄の話を思い出す。かまいやしねえ、どうせこの世は地獄だ。地獄から別の地獄へ移るだけの事だ。
 くだらねえ人生だったな。ろくな事は無かったし、ろくな事はしなかった。俺は、生まれて来た事が間違いだったんだ。
 ジャンの中に、様々な物語の断片が浮かび上がる。苦痛に全身を蝕まれたジャンだが、物語の事を考えれば少しばかり楽になる。
 俺は、お話が好きなんだな。お話は、俺の人生に少しばかりいい物を与えてくれたんだ。俺も、もっと書きたかったな。
 ジャンは目をつぶる。意識が薄れつつあり、何処か遠くへ連れて行かれる気がする。決して戻る事は出来ない何処かへと。
 不意に体に力が湧きあがる気がした。連れて行かれる所を、引き止められた気がする。次第に体から苦痛が引いていく。
「ジャン、しっかりして!もう大丈夫だよ!」
 目を開くと、赤毛の少女が自分を覗き込んでいる。緊張を隠せない顔で自分を見ている。
「シスターなのか?」
 ジャンの言葉に、シスター・アマンディーヌは泣きそうな微笑を浮かべた。

 監獄は、魔王軍の支配下にある。監獄のある地方を、魔王軍が侵攻して支配したのだ。何年も前からこの侵攻計画は練られており、準備が整えられていた。占領は速やかに行われた。
 シスター・アマンディーヌの正体は、リャナンシーと言う芸術にまつわる妖精だ。アマンディーヌは、反魔物国にも物語の書き手がいると考えて、人間に化けて潜入した。監獄の中に意外と良い書き手がいると考え、シスターの肩書きを手に入れて監獄にも潜入した。過去に優れた詩人や劇作家が、監獄から出現した事があるのだ。そうして探しているうちに、アマンディーヌはジャンを見出した。
 彼女は、監獄で行われている虐待について魔王軍に訴えた。だからと言って、魔王軍の進撃を早める事は難かしい。ジャンが命を失うぎりぎりの所で間に合った。
 ジャンの傷は人間の医術では助からない傷だが、魔物の医術ならば助ける事が出来る。癒しの力を持つユニコーンの手によって、ジャンは回復する事ができた。
「お前のおかげで助かったんだ。感謝しているよ」
 ジャンの言葉に、アマンディーヌは照れたような笑いを浮かべる。
「お前達のおかげで、監獄もずいぶん変わった」
 ジャンは感慨深げに言う。
 ジャンの言う通り、監獄の環境は激変した。監獄法は改正され、虐待を禁じる規定が定められた。恣意的な裁量を許さない様に規定が改正され、看守の虐待を監視する事を義務付ける規定も定められた。
 監獄の生活環境も変えられた。食事は栄養が行き渡る物に変えられ、衛生について様々な改善が行われた。以前はジャンは小さなパンをめぐって鼠と争っていたが、魔物管理下ではその様な事は無い。便所が造られたために、汚物壷に排泄する必要は無くなり悪臭から解放された。体を毎日洗い、服を毎日変えて洗う事が義務付けられたため、蚤や虱に悩まされる事も無くなった。
 他には、刑の増減という大変化がなされた。魔物達は人間の定めた量刑を不適当と考えて、刑の増減を行った。例えばある盗みを行った少年は、十年から二年に減刑された。少年は貧民屈で育ち、餓死を避けるために盗みを犯した。彼は、刑期終了と言う事で獄から出ている。ジャンも、十年から三年に刑期が減らされた。
 逆に刑期が増やされた者もいる。ルイ、フェルディナン、ロバンソンは、ジャンを虐待した罪で五年から十年刑期が加算された。ジャンの列間鞭刑に参加した囚人達も、刑が増やされた。
 ある意味で最大の変化は、かつての看守達が囚人の立場に転落した事だろう。所長を始めとする看守達は、囚人虐待の罪で監獄にぶち込まれた。彼らは、自分が虐げた囚人達と共に囚人労働に従事している。
 いかにも魔物娘らしい改変は、一人の囚人に付き一人の看守が付けられた事だろう。看守は皆魔物娘だ。囚人は看守の指導の下で労働をする。労働が終ると、一部屋で看守と共に二人で過ごす。看守は、それぞれの囚人に合った者が付けられる。
 変態貴族の囚人には、雌豚魔物娘のオークが看守として付けられた。オークは夜な夜な変態貴族に縛られ、鞭打たれ、蝋を垂らされ、糞をさせられている。オークは変態貴族に対して「ご主人様、私は幸せです!」と言っている。
 羊を犯した囚人に対しては、羊の魔物娘ワーシープの看守が付けられた。「もう、他の羊は犯さないでくださいね」とワーシープは、後ろから攻められながら言っている。
 少女を蹴倒して犯していた囚人に対しては、鬼の魔物娘オーガが付けられた。「もっと腰を動かせよ、粗チン野郎!」などと罵りながら、オーガは囚人を犯している。オーガと囚人の交わりは、あたかも格闘のような有様だ。
 ルイには、怪力を誇る牛の魔物娘ミノタウロスが付けられている。フェルディナンには、サソリの魔物娘であるギルタブリルが付けられた。ロバンソンには、電撃を放つ魔物娘サンダーバードが付けられる事となった。三人の房からは、苦悶と喜悦の呻き声が夜な夜な聞こえている。
 前所長に対しては、ダークエルフの看守が付けられた。ダークエルフは、毎日欠かさず前所長を鞭で打っている。白昼に公衆の面前で四つん這いになった前所長が鞭打たれる姿は、町の名物となっている。前所長は、「被虐の詩」なる作品を現在制作中だ。
 ジャンには、アマンディーヌが看守として付けられている。ジャンの囚人労働である戯曲の製作を、日夜指導している。アマンディーヌの指導の下、ジャンの戯曲は水準が上がって来ている。もちろん二人は、夜の楽しみも欠かしていない。

 ジャンとアマンディーヌは、口付けを交わしている。始めは啄ばむ様に、次第に舌を絡ませながら口付けを交わす。
 二人は裸になり。お互いの体を愛撫している。アマンディーヌは人間の姿になっており、ジャンと交わる事ができる状態だ。ただ、人間姿のアマンディーヌも小柄であり、初めのころはジャンは要領が掴めなかった。何度も体を重ねる事により、やっと要領が掴めてきた。
 ジャンは顔を下げて、アマンディーヌの胸に舌を這わせる。ゆっくりと撫でる様に舌を這わせる。桃色の乳首を舌で弾くと、アマンディーヌは小さな悲鳴を上げる。
「もう、私の胸は小さいからつまらないでしょ」
「そんな事はないさ。小さくても楽しみ方がある」
 ジャンは、舌で乳首をくすぐり続ける。ジャンは舌を右に移して、腋をくすぐるように舐め始める。身をよじらせるアマンディーヌを攻め立てる。
 アマンディーヌはジャンの頭を抑えて、ジャンを引き離す。アマンディーヌはジャンの前にうずくまり、ジャンのペニスに口付けと頬ずりを繰り返す。
「きちんと洗っているね。やっぱり清潔なほうがいいね」
 ジャンは苦笑するしかない。初めてアマンディーヌと会った時のジャンは、不潔きわまりない姿だった。
 アマンディーヌは、ジャンのペニスをくすぐるように舌を這わせる。ジャンのペニスの先端からは透明な液が溢れ、アマンディーヌの顔を汚す。
 ジャンはアマンディーヌの顔を抑えて止めさせると、アマンディーヌをベットに仰向けに寝かせる。アマンディーヌの無毛のヴァギナは液で濡れており、房内に置かれたランプの明かりを反射している。
 ジャンはアマンディーヌのヴァギナに口付け、舌を丁寧に這わせる。アマンディーヌの液はさらさらしており、わずかに甘酔っぱい臭いがする。ジャンは、犬のような舌使いで舐め取っていく。
 ジャンは顔を上げて、ペニスをヴァギナに当てる。アマンディーヌが無言でうなずくのを確認して、ゆっくりとペニスを中へと埋め込んでいく。アマンディーヌの中は何度やってもきつく、慎重に入れなくてはいけない。ジャンは浅く出し入れしながら、アマンディーヌの反応をうかがう。アマンディーヌは喜悦に顔を歪めながら、ジャンの物を熱くきつく締め付ける。
 ジャンは限界を迎えて、アマンディーヌに告げる。アマンディーヌが答え代わりに締め付けると、ジャンは欲望の塊をアマンディーヌの中に放つ。ジャンの射精は長く、激しい。アマンディーヌの中に納まり切れず、二人の間から白濁液が漏れ出る。
 やっと射精が終わると、アマンディーヌは震えながらジャンを抱きしめてくる。ジャンも、負担をかけないように抱きしめ返した。

 ジャンは、紙を前に唸り声を上げている。新作の締め切りが近づいているのに、うまく進まない。書きたい事は決まっているし、材料も大体揃った。だが、うまく進まない。
「だから言ったでしょ、話の筋をきちんと創ってから書かないと苦労するって」
 アマンディーヌは、ジャンの側を飛び回りながら言う。アマンディーヌは妖精の姿になり、薄い羽根を羽ばたかせている。アマンディーヌの大きさは、ジャンの手の平程度だ。
「すぐにでも書き始めたかったんだよ。頭の中で話が溢れそうだったんだから」
「それでも話の筋は重要なの。筋がうまく出来たか出来ないかによって、お話しの出来栄えは決まるんだから」
 アマンディーヌの説教に、ジャンはへいへいと答える。ジャンの態度に、アマンディーヌは頬を膨らませる。
 二人は、こうして創作をしている。ジャンは、これまでの人生の内で最も充実した日々を過ごしている。これならば一生監獄の中にいても良いとさえ思ってしまう。
 この先いつまで書けるか分からねえ。だが、書ける内は書き続けよう。
 ジャンはペンを取ると、紙に物語を綴り始めた。
14/08/30 00:30更新 / 鬼畜軍曹

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