連載小説
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「人間リリィの一生・または勇者と呼ばれた彼女がどのようにしてこの世を去り、また息を吹き返してもう一つの世界に進出したのか」
 リリィ・トレロンに勇者の素質があることを認められたのは、彼女が十歳の誕生日を迎えた時のことだった。いつものように母親と二人で教会に礼拝へ行ったその日、偶然そこに立ち寄っていた主神教団の神官団が彼女の存在に気づき、そして彼女を見るなり叫んだのである。
 
「おお、なんということだ! かような地にこれほどの力を秘めた者が眠っていようとは! その者こそ、まさに勇者となるべき逸材である! 」

 この時、主神教団は魔物達との戦いにおいて劣勢に立たされていた。彼らは何としてもこの状況を打破せんと躍起になっており、そしてその反攻作戦の一環として、類稀なる素質を持った者――魔を討つ勇者を世界各地から探し求めていたのである。この教会に訪れていた神官団も、そんな勇者捜索の命を受けてここに来ていたのであった。
 一方で、神官団から唐突にそんなことを告げられたリリィは、ただ目を白黒させるだけだった。彼女とその家族は共に教団を信奉していたが、だからと言って魔物娘そのものを憎悪するほど狂信的でも無かった。彼女達が住んでいたこの町もまた教団の庇護下に置かれていたものの、町ぐるみで魔物を根絶しようと団結しているわけでも無かった。
 正直言って、教団のピンチなどどうでも良かった。リリィを含む町の住人達にとって、魔物と言う存在はまさに「対岸の火事」でしか無かったのだ。

「あなた様こそ、まさに人の世に光をもたらす救世主。どうか、我々にお力をお貸しいただきたい! 何卒、何卒我らに救いの手を!」
「どうか、お願いします!」
「あなた様のお力を!」

 そんなわけで、いきなり目の前まで詰め寄ってそんなことを吐いてくる神官団を、リリィはまず迷惑に感じた。彼らの言う「勇者の素質」だの「救世主」だのという言葉は、彼女の心に全く響かなかった。隣にいた母親も同様で、この母娘は二人揃って神官団に困惑の眼差しを向けていた。
 
「いきなりそんなこと言われても困ります。それに私、戦うなんて出来ません」
「あなた達が誰かは知りませんが、リリィに変なこと吹き込むのはやめてください。ほらリリィ、行きましょう」
「ま、待ってください。せめて話だけでも――」
 
 それに何より、母親の方は大事な娘を魔物との戦いに巻き込むわけにはいかないとも考えていた。神官団の洗脳じみた勧誘活動に寒気を覚えたのもある。
 
「いい加減にしてください! 娘を戦争にやれるわけ無いでしょう!? 私達のことは放っておいてください!」
「危急存亡の秋なのです! 我々は是が非でも勇者を手に入れたいのです! こうなったら実力行使で」
「リリィ、帰るわよ! こんな話聞かなくてもいいからね!」
 
 なのでその二人は神官団に背を向け、追いすがる彼らを無視して足早に教会を去っていった。神官団はそれ以上追いかけることもせず、リリィとその母親は二人して安堵のため息を吐いた。
 しかし神官団、もとい教団は、リリィを諦めようとはしなかった。彼女とその母親が教会で神官団を振り切ったその翌日、教団の使者を名乗る者達がトレロン一家の住む家を訪れたのだ。
 
「失礼、リリィ・トレロンのご自宅はここですか?」
「あなたたちは?」
「主神教団からの遣いです。勇者リリィをお迎えに上がりました」

 この時、家には一家全員が揃っていた。妹リリィと兄ユーリス、そして二人の両親。時刻は夕暮れ時で、彼ら一家は夕飯の支度を行っていた。
 そんな平凡な四人家族の元を訪れた「教団の使者」達五人は、父からの呼びかけにそう答えるや否や、家主の許可も得ずにずかずかと家の中へ入り込んだ。不躾な連中だったが、トレロン一家はそれに関して誰も何も言えなかった。この時やってきた「教団の使者」は全員が鎧と剣で完全武装しており、全身から有無を言わさぬ威圧感を放っていたからである。

「あなた方に取れる選択肢は二つ。勇者リリィをこちらに差し出すか、もしくはそれを断って、神に逆らうかです」

 そして案の定、使者達は穏便に話を進めるつもりも、対等の交渉を行うつもりも無かった。彼らはそう言うなり一斉に剣を引き抜き、丸腰のトレロン一家にその鋭い切っ先を突き付けた。
 もはやそれは脅迫であった。
 
「なにを!?」
「我々は質問は受け付けてはおりません。聞きたいのはイエスかノーか、それだけです」
「そんな滅茶苦茶な……!」
「お早く。今この場で返事をいただきたい」
 
 剣を構えたまま、冷たい気配を纏った使者達が一歩詰め寄る。対して父とユーリスは咄嗟に母と妹の前に立ち、自ら壁となって使者達と相対する。前に出た二人の目には恐怖と、それ以上の怒りが灯っていた。
 
「こんなの、横暴だぞ! 教団なら何でもやっていいと思っているのか!」

 額から汗を流しながら、父が真っ向反論する。兄と妹は何も言えず、小刻みに体を震わせながら父を見つめるだけだった。その中にあって、母は一人首を横に振りながら「お父さん、だめよ」と小声で訴えていた。
 次の瞬間、使者の一人が更に一歩前に進み、無言で父の足を切りつけた。
 
「……!」

 太腿が横一文字に切り裂かれる。裂かれたズボンの中から血が滲み出す。父も家族も、何が起きたのが即座に理解することが出来なかった。
 そして一拍置いて何をされたのか理解した瞬間、父は己の足に激痛が走るのを感じた。反射的に傷口を両手で押さえ、悲痛な叫びをあげながらその場に崩れ落ちた。残りの三人もまた同じタイミングで状況を理解し、理解すると同時にパニックになった。
 
「いやあ! お父さん!」

 リリィが叫ぶ。父が苦悶の顔を浮かべる。父の足元に広がる血だまりを見てユーリスは顔面蒼白になり、母は両手を口で塞いで目玉が飛び出さんほどに両目を見開いた。ショックのあまり声すら出なかった。
 数分前まで平和だったトレロン家の居間は、一瞬で修羅場と化した。
 
「お兄ちゃん、傷口おさえるの手伝って! このままじゃヤバいよ!」
「わ、わかった!」
 
 なおも止まらない足の出血を抑えようと、兄と妹が必死になって父の傷口を押さえる。父は苦痛のあまり声も出せず、大きく口を開けたまま顔面からだらだらと汗を垂れ流す。母は両目から涙を流しながら、それでも止血しようと救急箱を探しに部屋から出ようとする。
 その母の動きを見た使者の一人が咄嗟に足を動かす。そして一瞬で母と距離を詰め、その首筋に剣先を突き付ける。
 
「動かないでください。まだ返事を聞いておりません」

 無慈悲な言葉が母の胸を抉る。父の傷を押さえる兄妹もまた、その言葉を聞いて愕然とする。
 まるで感情のこもっていない、機械のように冷たい言葉。これが本当に人間の出す声なのか? リリィとユーリスは二つの意味で言葉を失った。
 そんな中、首筋に剣先を向けられ、顔から脂汗を流しながら、それでも母が努めて冷静に反論する。
 
「このままじゃ父が危ないんです。早く傷を治さないと」
「それよりも早く返答してください。答えてくだされば、動いても構いませんので」
「それが人間のやることですか……!」
「回答をいただいておりません。イエスか、ノーか」

 使者の顔を隠すフルフェイスタイプの兜は、どこまでも冷たく無機質だった。そして彼らの放つ言葉もまた、慈悲や折衝とは無縁のものだった。
 
「あなた達、本当に人間なの……?」
「返答を。お早く」
「……!」
 
 徹底的に拒絶された母は、それ以上何も言えなかった。こいつらは自分達がどうこう出来る存在ではないこと、自分達は違う思考の領域に住んでいる存在であることを無意識に悟ったのである。譲歩も交渉も、端から無理だったのだ。それ故に彼女は怯えた表情で使者を睨みながら、すごすごと後ろに下がるしか出来なかった。
 沈黙が場を包む。使者達は一斉にその視線をリリィに向けていた。彼らはリリィに期待していた。
 自分に与えられた返事は、元より一つしか無い。そのことを、リリィはここでようやく理解した。
 
「……わかりました」

 父の足の傷から手を離し、リリィがゆっくりと立ち上がる。そして呆然と見つめる兄と父と母の前で、彼女は精一杯背筋を伸ばして胸を張りながら、震える声で使者達に言った。
 
「私、勇者になります。あなた達の望み通り、悪魔と戦いますから」




 そうして、リリィは使者達と共にトレロン家の元から去っていった。残された家族はただ己の無力を呪い、体を抱き寄せて泣くことしか出来なかった。
 その後リリィがどうなったのか、兄ユーリスとその両親は全く知ることが出来なかった。勇者リリィはどこで何をしているのか、何の音沙汰も無かった。町の教会にも全く情報は届いておらず、一家は先の見えない、悶々とした日々を送るしかなかった。
 団欒からは笑顔が消え、家族三人は滅多に笑わなくなった。それでも彼らは、世の中に絶望しきったわけでは無かった。きっとリリィは帰って来てくれる。それだけを唯一の希望にして、彼らは針の筵に座らされるような地獄の日々を懸命に生き続けた。
 リリィ・トレロンが戦死した報が彼らに齎されたのは、それから一年後のことであった。
 
 
 
 
「この話にはまだ続きがありますの」
「まだ続くんですか」

 ユーリスが足を踏み入れた店のすぐ外、その壁沿いに置かれたベンチに腰掛けながら、遠藤正臣はあからさまにその顔を歪めてみせた。彼はその表情を通して、「その話はこれ以上聞きたくない」と隣に座っていたケルヴィンに訴えていたが、それはこのとある一家の残酷な話をもう聞きたくないという心の痛みから来ていた。彼の膝の上に座っていたゾンビもまた、ケルヴィンに対して青ざめた顔――元から青ざめていただろう、という突っ込みは、この際野暮である――を向けていた。
 ケルヴィンはそんな従業員の訴えを無視した。彼女は彼の悲痛な申し出を理解した上で、彼に全てを打ち明けるつもりでいた。
 
「先程は戦死と申しましたが、これはあくまで教団側の言い分。正確に言いますと、勇者リリィと彼女を含めた魔物討伐隊は、魔物娘と戦った果てに死んだ訳ではないのです」
「どういう意味ですか?」
「彼女達は戦ってはいない、ということですわ。最初から戦って勝つことなど期待されていなかったのです」




 勇者リリィと、彼女と同じ理由で集められた勇者候補達――全員が女性であり、年齢はバラバラであった――は、郊外にある大きな砦で一通りの戦闘訓練を積んだ。ここで彼女達の訓練を担当した神官は、常に笑顔を絶やさない柔和な人物であり、好々爺とも言うべき老翁であった。そして老翁の配下であり、実質的にリリィ達の訓練の面倒を見た若い神官たちも、彼と同じように優しく人当たりの良い好人物達であった。
 
「あなた達が不当な手段でここに連れてこられたことは、私達も重々承知しております。まずは彼らに代わって、この場で謝らせてください。我らの悲願のためとはいえ、このような非道なことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
 
 少なくとも顔を合わせた初日に深々と頭を下げてきた者達に対して、露骨に悪感情を抱く者はここにはいなかった。そして彼らと共同生活を送るにつれて、勇者候補達はこの神官団がとても親しみやすく優しい人たちであることを理解していった。教団の教えを強制せず、洗脳や拷問も行わず、あくまで一人の人間として当たり前のように接してきたこともまた、勇者候補達の神官団への心象をプラスに持っていった要因の一つであった――何かにつけて「君達は勇者である」と持ち上げてくるのが若干迷惑であったが、それにもすぐに慣れた。中には自分は本当の勇者なのであると思い込む者まで現れる始末だった。
 彼女達が警戒心を解き、神官団の言う事を素直に聞くようになるまで、さして時間はかからなかった。
 
「さて、そろそろいいでしょう。皆さんにこれをお与えします」
 
 そんな神官団の指導の下、彼女達は一週間みっちりと訓練を積んだ。神官団の訓練は的確で、彼らはリリィ達勇者候補の力をメキメキと上達させていった。リリィ達もまた自分達が強くなっていることを実感し、ますます神官団を信頼するようになっていった。
 そして一通り訓練を終えた後、そこで彼女達は初めて鎧と剣を与えられた。そのどちらもが銀色に輝き、綺麗に磨かれた新品であり、目立つ部分に教団のシンボルが刻まれていた。
 またそれと同時に、教団のシンボルマークがぶら下がった首飾りも全員に配られた。件の老神官の言うには、これは神の加護の備わった神聖な首飾りであるとのことだった。

「これは悪魔の誘惑からあなた達を守ってくれる、神秘のお守りです。悪魔と戦う際の必需品です。いいですか、いついかなる時も、絶対にこれを手放してはいけませんよ」

 勇者の教育係たちは、そう念を押すように言った。リリィ達も請われるがまま、全員それを身に着けた。
 ここまでくると、誰もがこの神官団のことを信じるようになっていた。教団は嫌いだが、この人達は信用できる。そう思うようになった者までいた。何よりリリィが、そう考える者の一人であった。
 
「さて、それではあなた方にはさっそく作戦に取り掛かってもらいます。目標は、ここより遥か遠方にあるとされる不死者の国。生身では到底辿り着くことの出来ない、死の都です」

 そして装備と首飾りを貰い、彼女達はそれを使っての訓練を淡々とこなしていった。そんな鍛錬の日々が十か月ほど続いたある日、唐突に件の老神官がそんなことを言ってきた。
 それはその日の訓練を終え、勇者候補と神官団の全員で夕食にありついていた時のことであった。当然「どうやって不死者の国に行くのか」という質問が飛んできたが、それに対しても神官は狼狽せず、黙々と説明を続けた。
 
「不死者の国には、我々が直接転移させます。自分の足で向かう必要はありません。転移先は、不死者の国の主が住まう居城。その玉座の間です。あなた方には全員でそこに向かい、そこの主を征伐してもらいたいのです」

 そして討伐成功と同時に再び転移門を開き、こちらに帰ってくる。特攻紛いの電撃作戦であった。
 なぜこのようなこ作戦を立案したかについては、神官たちは噛んで含めるように丁寧に説明した。曰く、どれだけ力を高めようとも、今の勇者候補達で不死者の国の全てを敵に回すことは不可能である。ならば敵の首魁に狙いを定め、そこにのみ全力を投入して速攻で討ち果たす。これが今回の電撃作戦を立案した経緯であると、神官団は言ってのけた。
 あなた達ならやれる。神官団は力強くそう言った。そして「彼らがそう言うのなら、きっとそうに違いない」と、勇者候補達も自信を強めていった。彼らはすっかり神官団を信頼しきっていた。他に頼るものが無い今、それに縋りついているとも言えた。
 
「それにこの作戦が成功すれば、あなた達は皆家族の元に帰れるのです。約束します。これを終えれば、あなた達は故郷に戻れるのですよ」

 さらにそこから、念を押すように老神官が口を開いた。これが最後の一押しとなった。勇者候補達はここでの生活も悪くないと思い始めていたが、やはりその心の底には、拭いきれない故郷への憧憬と帰郷の念が渦巻いていたのだ。
 神官団はそこを突いた。手練手管に疎い少年少女たちは、あっさりそれに引っかかった。
 全員がそれに志願した。自分から名乗り出てきた彼らを、神官団は真の勇者であると讃えた。
 
「では、作戦決行は今から二日後とします。皆さん、準備を怠らないようにお願いしますね」

 老神官がそう締めくくり、この日の会議はお開きとなった。そして二日後、予定通り作戦は実行に移された。
 満月の浮かぶ夜空の下、神官団が総出で転移門を作り上げる。ここを通れば不死者の国である。老神官は鎧に身を包んだ勇者たちにそう告げた。勇者たちは全員が鎧の下に首飾りを身に着け、その顔には決意と覚悟が漲っていた。
 
「さあ、突撃です!」

 そんな彼らに、老神官が命を下す。リリィを含む勇者たちは一斉に転移門へ突撃し、その青く光る渦の中へ消えていった。
 渦を越えた先には、薄暗い玉座の間が広がっていた。そこは鎧のように冷たく、そして静謐であった。奥に見える玉座に一人の女性が腰かけている以外には、人の姿は見えなかった。
 
「何が転移してくるかと思えば、教団の人達ですか。しもべを全員下がらせておいて正解でしたわね」

 優雅な素振りで玉座に腰かけていたその女――青ざめた肌を持つ絶世の美女は、いきなり出てきた勇者たちを前にしてそう嘯いた。敵襲を受けても全く動じない、王者の風格を漂わせる余裕に満ちた姿であった。
 
「それで、今日はいったいどのようなご用件でしょうか? わたくしの首が目当てというのならば、こちらも手加減はいたしませんわよ?」

 青ざめた肌の女が、そう言いながら玉座から立ち上がる。勇者たちは咄嗟に剣を抜き、じりじりと女との距離を詰めていく。そして女の方もまた不敵に微笑み、優雅に腰をくねらせ、わざとらしく大股で歩きながら、彼らの方へ自ら近づいていく。
 勇者たちは声が出せなかった。そうして近づいてくる魔物の漂わせる、気品と迫力に満ちたオーラに圧倒され、何も言い出せずにいたのだ。
 
「不死者の国の主よ。今日はお前の首をもらいに来た!」

 そんな中、リリィが勇気を振り絞って声を張り上げる。
 声のする方へ、青ざめた女がリリィの方を向く。
 
「わたくしの首を? わざわざ討ち取りに参ったと?」
「そ、そうよ! 私達全員で、お前を倒しに来たのよ!」
「教団の命で、ということかしら?」
「その通りよ。さあ、大人しく倒されなさい!」

 リリィが声高に告げる。それを聞いた勇者達も勇気を取り戻し、兜の奥の表情を引き締めて女と向かい合う。
 全身に殺気が突き刺さる。青ざめた女は思わず顔をしかめた。彼女達の殺気に嫌悪を感じたからではない。
 何か変だ。違和感が心を刺激する。普段襲ってくる暗殺者には無い気配を彼女達から感じる。
 なんだ? 彼女達から放たれる、この不釣り合いなほどに強大な魔力の気配は?
 リリィが叫ぶ。
 
「不死者の主、覚悟!」

 勇者が武器を振り上げる。
 一斉に青ざめた主めがけて走り出す。リリィが最初の一歩を踏み出す。
 直後、勇者達が爆発した。
 
 
 
 
「彼女達の身に着けていた首飾り。あれは全て爆弾だったのです」

 当時のことを思い返しながら、ケルヴィンが淡々と告げる。正臣と、彼の膝の上にいたゾンビは、共に言葉を失った。
 ケルヴィンが言葉を続ける。
 
「大量の魔力を飽和限界量まで詰め込み、タイミングを見計らって起爆する。その瞬間、込められた魔力が一気に解放され、周囲の物を無差別に破壊する。身に着けた人間共々」
「なんでそんなこと……」
「確実にわたくしを討伐するため、ですわね。一匹の魔物を殺すために、教団は勇者候補を残らず捨て駒にしたのです」

 血の気を失った顔で問いかける正臣に対し、ケルヴィンはそう答えた。正臣は再度絶句したが、すぐさま別の疑問が頭の中に浮かび上がる。
 好奇心のままにそれをぶつけていく。
 
「でもそれって、かなり無駄なことじゃないですか? だって、魔物に対抗できる力を持った勇者たちを、その場で使い捨てたわけでしょ? いくら負けが込んでたからってそんな」
「それに関しては問題ありませんわ。少なくとも教団にとっては、全くなんの問題もありません」
「どういう意味です?」
「リリィ達には最初から、勇者の素質なんて無かったからです」

 意味が分からなかった。もっと言うと、わかりたくも無かった。正臣と彼の伴侶と化したゾンビは、揃って渋い顔を見せた。
 そんな二人に、ケルヴィンが容赦なく説明を加えていく。
 
「適当に見繕った人間を口八丁で連れていき、その後でそれらしい訓練を適当に積ませて、自分達は勇者なのだと思い込ませる……いえ、ひょっとしたらその必要もありませんわね。とにかくそうして勇者の自覚を持たせたところで討伐作戦を作り、爆弾を持たせたまま勇者たちを現地に向かわせる」
「そして目的地で起爆させる?」
「そういうことですわ。そうして全て終えた後で、彼女達は聖戦の果てに散っていった雄々しき者達であると大々的に喧伝する。教団の結束はより強固なものとなり、殉教精神も育まれる」

 極論してしまえば、ターゲットが死のうが生き残ろうがどうでもいいのだ。
 
「もし成功すれば、凡人の群れで悪魔の長を討ち取れたということで大きなお釣りが来る。失敗したとしても、彼らの英雄的行為によって教団内の結束は固まる。どちらにしても、教団はさして致命傷を受けることは無いということですわ」
「腐ってるよ」

 正臣が唖然としながら吐き捨てる。それを聞いたケルヴィンも、頷きながら言葉を続ける。
 
「何より度し難いのは、彼らが同じ戦法を何回も繰り返し行っていたということです。空間転移を使って、どこから飛んで来るかわからないのをいいことに、ね。少なくともわたくしは、リリィ達が来る半年ほど前から、ずっと爆弾を送りつけられておりましたの」
「継続的に? 何回も?」
「それはもう、飽きる程たくさん。もちろんわたくしは、その程度で倒れるほど軟弱ではありませんわ。どれだけ爆弾を送りつけられようと、それがわたくしを傷つけたことは一度たりともございませんわ。さすがにお城の方は、襲撃を受ける度に修復する必要がありましたが」

 そうして何度も何度も同じ手を食らい続けていれば、嫌でも推論は立てられる。ケルヴィンは先に述べた教団の目論みをどのように思いついたのかについて、そう説明した。
 それを聞いた正臣は顔をしかめて声をかけた。

「やるだけ無駄だったってことですか」
「その通りですわ。ですがいくらわたくしが良くても、爆弾とされた者達は不憫極まりないですわ。何も真実を知らされず、適当に祭り上げられ、疑いも無く爆弾を首に巻いて戦いを挑む。それが無駄な努力と知らずに果敢に鬨の声を上げ、そして何も知らぬままに爆発していく。これが悲劇と言わずなんと言うのでしょう」

 そこまで言ってから、ケルヴィンは一旦口を閉じた。そして視線を正臣から外し、周りで愛の営みにふけるゾンビと人間達に目を向ける。
 彼らを見つめるケルヴィンの眼差しは、慈愛と哀愁に満ちていた。
 
「だからわたくしは、せめて彼女達にもう一度機会を与えたかった。教団の都合で振り回され、何も知らずに死んでいった娘達に、幸せを掴むきっかけを与えてやりたかった」
「まさか、ここにいるのって全員……」

 何かに気付いた正臣が、そこまで言ってこちらに視線を戻したケルヴィンと目を合わせる。そしてケルヴィンの悲しげな眼差しを直視し、それ以上何も言えずに黙り込む。
 唐突に自分が恥ずかしくなる。魔物娘と好きなだけ愛し合えるという話を聞いて狂喜乱舞し、意気揚々とこのプランに参加した数日前の自分を殴り飛ばしたくなった。
 
「気に病むことはありませんわ。むしろそれでいいのです。愛欲のままに交わり、乱れ合う。それが魔物娘にとって一番の幸せなのですから」

 唐突に顔を真っ赤にしながら俯く正臣に、ケルヴィンが優しく声をかける。それを肯定するかのように、彼の膝の上に座っていたゾンビもまた姿勢を変え、彼の首に両手を回して正面から抱きつく。
 
「わたし、今とってもシアワセ、だヨ……?」
「お前……」
「だって、こんなニ、あいしてくれタんだもの……だかラ、きにしないで、ネ……?」

 ゾンビがそう言って、一層強く正臣の体に抱きつく。同じタイミングで、店の奥から兄妹の喘ぎ声が聞こえてくる。
 
「彼らも自分が何をすべきか、気づいたようですわね」

 壁越しにでも聞こえてくるその嬌声を聞いて、ケルヴィンが安堵したように微笑みを浮かべる。実際のところ、ユーリスをこのプランに誘ったのはケルヴィンであった。ついでに言うと、今回の合コンの参加者の二割が、ケルヴィンが直接誘った「向こう側の世界」の住人であった――もっと言うと、残り八割を占める「こちら側の世界」からの参加者は、その「向こう側の世界」から来た面々を隠ぺいするためのカモフラージュであったのだ。教団がこちらの世界に進出していないという保証は、どこにも無かったからだ。
 彼女は「教団の干渉を受けずに、恋人と再会できる場所を用意できる」と言う話を、件の「爆弾」と化した者達と特別親密な関係にあった面々に持ち掛け、こちらの世界へと案内したのである。ユーリスにも同様の手段で勧誘し、このプランに参加させたのであった。なおユーリスが実の妹を愛していることをケルヴィンが知ったのは、魔力を注がれゾンビとして蘇ったリリィから直接それを聞きだしたからである。
 閑話休題。兄妹の愛らしい悲鳴を聞きながらケルヴィンはゆっくりと立ち上がり、それを目で追いながら正臣が問いかけた。
 
「どうしてそれを俺に打ち明けるんですか? 俺は普通の従業員なのに」
「こちらの世界の住人で、わたくしの素性を知っていて、且つこの計画に自分から参加し、何よりここでゾンビと友好的な関係を築けている。真実を知る者として、あなた以上に適役はおりませんわ」

 ケルヴィンは笑ってそう答えた。対して正臣は「それは確かにそうですね」と、彼女と同じように笑って答えた。実の所、正臣はケルヴィンの正体を知っていた。彼だけでなく、このモールの関係者全員が、このケルヴィンという女性の素性を把握していた。このショッピングモールを自分の計画に組み込もうと考えた際に、ケルヴィンは自分から従業員全員の前で己の正体を暴露したのである。
 この時彼女にとって嬉しい誤算だったのは、「こちら側の世界」の住人が、基本的に彼女を含む魔物娘に寛容なことだった。おかげで打算込みとは言え、話はとんとん拍子で進んでいき、ケルヴィンにとっても驚くほどスムーズに計画が纏まっていったのだ。まあもっとも、ここの従業員が実際にこのプランに参加してくるとは思いもしなかったが。
 
「つまり、俺にその話を広げて回れってことですか?」
「言いふらす必要はありませんわ。ただ、一人でも多くの方に、向こうの世界の真実を知っておいてほしいだけです。彼らが魔物を、そして自分達以外の人間をどう見ているのか、それを理解していただきたいのですわ」

 正臣からの問いかけに、ケルヴィンが答える。それを聞いた正臣は何も言わず、ただ神妙な面持ちで首を縦に振った。ケルヴィンもまたそれを見て、何かを頼み込むように目を伏せ無言で頭を下げた。
 しんみりとした空気が三人を包み込む。しかし湿っぽくなりすぎる直前に、ケルヴィンが勢いよく顔を上げて手を叩く。
 
「――さて、ジメジメした話はこれでおしまいですわ。正臣様、お見合いパーティーはまだまだ始まったばかりですわよ?」

 明るい声でケルヴィンが告げる。正臣も相手の意図を汲み、気持ちをすっぱり切り替えて嬉しさを爆発させる。
 
「わかりました。それじゃあ目一杯楽しみます」
「わたし、モ……!」

 正臣に惹かれたゾンビもまた、彼と同じように精一杯明るい声を出す。そんな二人を見たケルヴィンも一層笑みを浮かべ、満足したように彼らに背を向けて何処かへ歩き出す。
 そうして去っていくケルヴィンの後姿を、二人はその姿が見えなくなるまでじっと見つめ続けるのであった。そして見えなくなったと同時に、二人はその場でさっそく愛の営みを始めた。
 理性も倫理もかなぐり捨てて、獣のように交わりあう。それこそが魔物娘の望みであり、また幸福であったからだ。彼女達のことを想うのならば、説教も説得も必要ない。ただ愛する者の肉と精だけが、彼女達の乾いた心を癒してくれるのだ。
 故に彼らは四十八時間、この閉ざされた世界の中で存分に乱れ合った。ただひたすらに肉に溺れる快楽地獄を、人間とゾンビは共に心の底から堪能したのである。
 
 
 
 
 今回の計画は、結果から言えば大成功であった。参加したゾンビの九割が運命の相手を見つけることに成功し、出会った伴侶と共に新たな人生を歩み出していった。そしてここでパートナーに出会えたゾンビと人間は、その殆どがケルヴィンの治める不死者の国へと移っていった。無論こちらに残る者もいたが。
 
「今回は上々。でもまだまだ。これで終わりではありませんわ」

 お見合いパーティー終了後、自分の居城に戻ってきていたケルヴィンは、今回の成果に大変満足していた。しかしだからと言って、彼女はこれきりで終わらせるつもりも無かった。自分の元いた世界には、まだまだ報われない娘達が大勢いる。ケルヴィンはそんな彼女達を一人でも多く幸せにしてやりたかった。
 そしてそれを成すためには、こちら側の世界との連携――教団の影響力の及ばない、純真無垢な世界との連携が何より重要であったのだ。
 
「もっと多くの人間と関わって、もっと多くの場所でイベントを開かなければいけませんわね。ゴールは見えませんけれど、これはこれでやりがいのある仕事ですわ」

 そう言って不敵な笑みを見せるケルヴィンの頭の中では、既に次のプランが組まれ始めていた。既に彼女の行動に感銘を受けた他のアンデッド属の有力者達や、彼女に理解を示した「こちら側の世界」の人間達が、彼女に協力しようと多くの打診を入れ始めている。おそらく次にケルヴィンが行うであろうイベントは、これよりもずっと大規模なものとなるだろう。
 そして彼女はその計画の中で、あわよくば自分も理想の伴侶を得ようと狙ってもいた。その辺り、彼女はまったく抜け目のないワイトであった。なおケルヴィンが実際に永遠のパートナーを見つけ出すのは、ずっと未来の話である。
 
「さて、次の仕事に参りましょうか」

 そして今日もケルヴィンは、精力的に活動していた。全ては自分を含めたアンデッド属の幸福のため。
 
「ふふっ、今日もやることが山積みですわ♪」
 
 崇高なる使命の下、高貴なるワイトは、その足を決して止めようとはしなかった。
17/02/06 22:46更新 / 黒尻尾
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