読切小説
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Heartful,tigit,self-beat.
爪弾く弦は魅力的だ。それだけで一切の感情を表現できるのだから。弦の魅力はその存在が奏でるものの多様性だろう。単品で音階、微量の音程調整、音圧など、奏で聞かせる際の基本事項が全て詰まっている。
だからこそ、主に人は弦を選ぶ。歌唄いは特に、自らのピッチも調整するから、その選択は必然だろう。それを別段咎める必要もない。
――だからこそ残念なのが、他の楽器に対する意識が、何処か弦との比較、それも見下げる意味での比較を含んでいることだ。
音の種類の少なさ、奏法の限定性、そして……見た目。洗練されたものか、無骨なものか。端から見て誰でも出来そうな物が多いか。
――実際は違う。手の角度、振りの大きさ、楽器の向け方、後は張りの調整で、耳に当たる雰囲気がかなり変わってしまう。
奏でるのは何も変わらない。要はアプローチの問題なのだ。余りにも直線的で、だからこそ繊細で伝わりづらい。

そんな――カホン奏者、それが俺だ。

――――――――

この世界に於いて、カホンの奏者というものは珍しい。大凡吟遊詩人というものはマンドリンや竪琴といった弦を好む。節も付けやすく、メロディラインと歌声の調和もしやすい。だからこそ好まれる。丁度管楽器におけるフルートやトランペットのような感じだ。
一方打楽器は、良くも悪くも添え物……弦の演奏の流れを作るための背景作りのようなものだろう。現に俺が最も思い出したくない相手は堂々とそれを言い放った。風の噂ではそいつは今一人旅中らしい。仲間にも見捨てられたか。いい気味だ。打楽器を馬鹿にするものは打楽器に泣くぞ。
……そしてその打楽器の中にも、若干の貴賤はある。より難しく、より多様に演奏できる楽器が素晴らしいものだ、と。旅先のハーピィがそれを口にしたときは、はっきり言ってはり倒してやろうかと思った。流石に自制したが。兎も角、そんな認識が微かにあるのは明確な事実だったりする。
それを考えたら、今俺が演奏するカホンなぞ、わりと偉い部類に入るわけだが、如何せん……楽器の認知度が低い。

――そりゃ、外観が穴の開いた木の箱だしな。楽器だと言われても納得しがたいものがあるだろう。だが紛れもなく楽器だ。内部は反響するような作りになっているし……と、まぁ語っていてもしょうがない。

お、そういえばまだ紹介していなかったか。俺の名前は……アネス=スムルド。諸国漫遊中のカホン使いだ。

―――――――

「……久々の船だな」
前に乗ったのは、確かカホンの原料になる木を探しに隣の大陸に渡ったときだったか。尤も、その大陸は戦乱の最中、木材探しよりも骨探しの方が楽だという笑えない状況ではあったんだがな。
そん時に手に入れた木で作ったカホンは、今や唯の装飾品だ。メンテはしたが、流石に限界があった。と言うことで現在のコレは二代目……いや、三代目か。あの大陸で手に入れた奴が二代目だからな。
で……今回船で海を渡る理由……それは、たまたま知り合ったバンドのサポートメンバーとして誘われたからだ。バンド……と言うと語弊があるか。
何でも、高山地帯に住むデサン族が奏でるフォルクローレを中心に、民族楽器と呼ばれる様々な楽器を使いどこか懐かしいような曲を奏でているグループだ。前に路上パフォーマンスしていた時に耳にした、木の素朴な音が気に入ったらしい。
「Hey!『箱乗りアネス』、良い音してるじゃない。一曲や ら な い か ?」
――これが誘い文句、しかも女が言う誘い文句だとは誰も思うまい。確かに女は言ってない。だがそいつの外見が、あきらかに男であることを拒否しているとしか思えなかった。
聴いた当初、当然俺の脳は理解を放棄したりもしたわけだが……マジでその気がありそうな仕草を見せてきやがった(他のメンバーに制止されてなければ、まず間違いなく俺はそいつに押し倒されていたに違いない。危ねぇ)からな……そいつらの演奏を耳にしなけりゃ脱兎の勢いで逃げ出していたところだぜ。
因みに『箱乗りアネス』は俺の二つ名だ。捻りがないが、まぁ演奏方的に仕方ない。端から見たら箱に乗って叩いているようにしか見えないからな。だからこそこんな変わり者グループに好かれたんだろう。
で、その変わり者の中でも一際、普通という意味で変わり者である男の故郷が、周辺の島の一つにあるという。そこに里帰りついでに周辺の島を巻き込んでライブしようぜ、というのが今回の企画。わりと強行軍も良いところだが、その辺り高山で鍛えたこの男達には何ら関係もないらしい。――体力的に優れているんだろう。まぁ旅してる俺も体力はあるにはあるが。
で――船に揺られている間は暇になる。かと言って漁船のような巨大規模の船は、定期運行便では使われない。精々小か良くて中規模だ。当然、さした設備など望める筈もない。まぁ……中にベッドルームは各者用意されているが、夜にもならないうちに寝るのはどうかと思うだろう。
だからこそ……俺はカホンに乗り、手の具合を確かめるように軽く打つ。ポン、と柔らかい音が響く。中心を叩く。ズン、と重たい音がする。角近くを指で小突く。コッ、と軽い音がする。
ズンコッポンコズッズッッコポンコッ……。簡単なエイトビートのリズムから、発展系となるヒネたリズム、フォルクローレの特徴となるズッコズズッコッというリズムまで、風の向くまま気の向くままに叩いてみる。音の響き、うねり、そこから浮かぶ風景まで、掌に映るようになれば、今日のウォーミングアップ終了だ。
適当に、メロディの浮かぶままにカホンを歌わせる。その声が真に音を持って聞こえているのではないかと、思わず錯覚してしまいそうになる。大体そう言うときは、空気を読んだ周りのメンバーが弦なりスキャットなりで音を追加していたりもするが。
果たして今日もそうだ。
「di-dedudaddudi-didudaddu,ti-dedudaddoti-tiskadudit!」
出た、歩行と会話の出来る万能声楽器プレーヤー、オ・レが。
「Hey!オ・レ、打楽器に打楽器を合わせる気かい?」
俺の軽口にもオ・レは軽く返答する。一部で流行する軽いリリックの歌よりは重いが、それでもそのノリはケサランパサランより軽いだろう。空を眺めると、本当にごく偶に流れるからなアレは……。
「アネス、世の中には炭水化物に炭水化物と炭水化物を重ねて食べる料理もあるんだぜ?同じ物二つ重ねでも最早問題ねぇだろ」
「いやその理屈はおかしい」
そもそも炭水化物に炭水化物と炭水化物を重ねて食べる料理って何だよ。こいつ口から出任せ言ってんじゃねぇだろうな?
「聞いといてやるが、何だその料理は」
「そばめしパン。焼そばにご飯にパン。エネルギー補給にはバッチリだろ?」
エネルギー採りすぎで動けなくなりそうな料理だ。つか現実にあんのかよんな料理……。
「それによ、各所で聞かれる『歌う打楽器』ラップは打楽器とベースラインがメインだ。時にベースも無くなることすらある。現代音楽だってそんなもんだぜ?民族音楽の方がまだ多様性があらぁ。ミニマルからトランスまで様々だぜ」
ラップ信者からしたら頭が痛くなるどころか怒りの一撃を放たれそうな台詞である。……が、一面では真理だろう。言葉を叩きつけるアレを打楽器と言ったとして、何の問題もない。
それに民族音楽の方が多種多様あるのも事実だ。何しろ……そもそも音の捉え方が地域によって様々だからな。十二音だけじゃない。中間音まで含める多種多様なもの、逆に五音なもの、それ以上に大雑把なものまで様々だ。
これから演奏しに行く場所は、そうした観点から言えば、大陸と音の捉え方は近いらしい。特定の音こそ強調しているが、基本は十二音だからだ。手持ちのカホンもそれ用に音を調えている。……耳が慣れるまで若干大変だったがな。
「……確かにな」
同意の言葉を呟きつつ、俺は高らかにカホンを打った。それに合わせるように、オ・レは今度は情熱的に歌い始めた。性別男の癖にどうしてんな高い声が出んのか疑問だ。本当に。

――――――――

「……セイレーンの出没在り?こりゃまた随分と唐突だな」
目的地には人魚伝説があるから、セイレーンの存在もある程度は予想して然るべきとはいえ……事前連絡なしでそれはないぞ。
歌を好むハーピー種であるセイレーンは、人魚種と同じ海を住処するもの同士縄張り争いらしき物があるらしい……が、まさかその現場に居合わせるかもしれない状態になるとは。
「この辺りの人魚は基本、私達の知り合いだからNe。情報に間違いはないはずda」
そう呟くのは船に乗り慣れたらしい、ケーナを持つ女性――ティグモース。語尾がおかしいのは、どうやら訛らしい。随分特徴的な訛もあったもんだ。
「迂回する?……護衛するから大丈夫?……分かった、信じるよ」
船の向こう側では、船からやや身を乗り出しつつ、何人かのマーメイドに進路の相談をする、『普通』ルマーノと船長がいた。護衛っつっても何やるのやら、と思いつつも、魔物の習性から考えるに、おそらく男を連れ去るのを防ぐんだろう。
ルマーノの話では、問題となる海峡を通るのは三日目のライブの後、田舎で一泊した後らしい。成る程、丁度折り返しか。
マーメイドと交渉を終えたらしい船長達が持ち場に戻っていく。進路はこのままらしい。横でマーメイドが併泳するという珍しい光景が見られたりする。これが災害の役得か、などと親父臭いことを考えつつ、俺はメモ帳を取り出し、思い浮かぶままに言葉やフレーズを書き記していった……。

「……ちぇ……」

……遠くでそんな言葉が響いた気がしたが、それは記憶の縁底へと追いやられていった……。

――――――――

「おぉルマーノ!元気そうで安心したよ!」
「え、エトラモード母さん、苦しいって!」
「はっはっはっ、久々の帰郷だろうがルマーノ!ほれ、コレは出来たのか?」
「出来てるわけがないよ、マノチ父さん。そもそもバンドだからモテるなんて幻想は前魔王時代に置き去りにしてよ」

……あぁ、普通だ。この家庭、形容するなら普通としか言えねぇ。どこまでも普通だ。どこのヘタレゴルゴ13ってくらい普通だ。
「な、アイツを入れた理由が分かるだろ?」
オ・レが俺の横に来て、半分呆れたような、しかし面白さを明らかに感じているような声で俺に告げる。俺はそれに……素直に頷いた。や、当たり前だろ。彼処まで面白い素材を、ここのリーダーが逃す筈もないからな。
島に着いてからの俺達は、ひとまず島の人達との挨拶周りを行い、ライブ会場を確認した。コレは中々いい設備。まぁ魔力による音声拡大道具はないが、アコースティックを主体としている俺やこのグループには何ら関係がない。寧ろ目立てるような仕組みになっているだけ良好だ。音の響きも中々良いようになっている。

――ポゥン!

「……よし」
響きわたるカホンの音に、ライブの成功を予感し、微笑む俺。端から見たら最大に気持ち悪い顔になっているに違いない。
……やめろ。いきなり「やらないか?」と誘ってきたベィカーズ、熱視線を俺に向けるな髭生えるぞ。

「……マジであったのか」
そばめしパン。島の民が簡単につまめるものとして持ってきたものは、やや小さめなコッペパンの中央に切れ目を入れ、そこに焼そばとご飯を一緒に詰めた料理……。
「オ・レも初めて見たとき驚いてましたよ」
ルマーノはそう平然と俺に対して言ってきたわけだが……普通なのに普通じゃねぇ。何で炭水化物×炭水化物×炭水化物が料理として成立するんだ。あれか、B級グルメとかいうお貴族様か広報部が定めたジャンルだから手軽で美味ければ何でもいいのか?
美味い、と公言したが、確かにソースがいい感じに染みていて美味いのは確かだ。だがその美味いという感覚に、何か負けた気がするのは俺だけではないはず。
「私の田舎でも砂糖入りお握りがあるからne」
ティグモース、お前のそのジパングのスモウレスラー染みた体格はその握り飯のせいじゃないのか?寧ろ旅の途中何故痩せない。……まぁ現状そばめしパンを三個は平らげているからこれ以上は何も言わねぇが。
この島の気候はわりと多様でありながら安定して、季節によって穫れる作物がはっきりしているそうだ。穫れる作物が定まっており、なおかつ収穫量もそれなりに安定している。作物の可能性を調べるのにうってつけの環境だ。
だからこそ、こんな料理が出来るんだろう。……ちなみに、この島以外では味わえないそうだ。理由?食う側の抵抗が多いんだとさ。流石に炭水化物の三乗じゃなぁ……食うまでが大変だ。

―――――――

(Kajon)
dntpa.d.ttn.tn.ttdn
dntpa.d.ttn.tn.ttdn
dntpa.d.ttn.tn.ttdn
dntpa.d.t.

(Shout)
「SE!Hai!SE!!」

(Mandolin)
zzzZe.Ze.ZzzzZe.Ze.Z
zzzZe.Ze.ZzzzZe.Ze.Z
zzzZe.Ze.ZzzzZe.Ze.Z
zzzZe.Ze.Z.

(Shout)
「SE!Hai!YA!」

(Quena)
F#〜EF#GF〜EC#〜DE〜
F#〜E.F#

(Shout)
「「Hai!」」

(Quena)
F#〜EF#GA.F#E.F#G〜
F#〜EF#A

(Shout)
「「SE!Hai!YA!」」

(Quena)
F#〜EF#GABAG.F#.E
C#DEC#〜D〜EF#

(Shout)
「「YA!」」

(Quena)
F#〜EDEF#GAB.A.G
F#..A..B!

(Scat)
「Y-YA!
Konjae!Ja-nokonjae!Ja-nokonjaeko-noko-noko-noko-no
.Mahajae!..MahaJaetta!Kokaito-honoto-honosakuyaE!」

(Shout)
「「.Pad!Pad!」」

(Scat)
「.Mahajae!..Mahajae!」

(Shout)
「「Hi-Ha-!」」

(Scat)
「.Mahajae!..Mahajae!」

(Shout)
「「U-Ha-!」」

(Scat)
「.Mahajae!..Mahajae!.Tando!Ski-bi-Dapa.pa.paHi-Ha!」

(Cho)
「「Par〜Dei-la〜Dei-la〜Dei-la〜Dei-la〜
Par〜Dei-la〜Dei-la〜Dei-la〜Dei-la〜」」

(kajon)
dnpa.padndnd.papa.dn
dnpa.padndnttttndn
d.dnpap.d.dnpap.dnpa
pa.pa.pdnd.ttttpadn

(Mandolin)
zzzGat.Zin.Zin.Z-tZZ
Y〜Y〜Z.Z.ZZ.Ta!
.ZZZta!ZZZta!ZTa!
Zen〜Zen〜Ze.Ze.Ta!

(Quena)
(DF#)〜(EG)〜
(DF#)〜
.A↓A↓B.B.A.F#.E〜
(DF#)〜(C#F#)〜
(DF#)(DF#).(DF#)〜.(C#F).(DF#).(EG)...
(DF#)(DF#).(DF#)〜.(EG).(DF#).(C#E)...
(DF#)(DF#).(DF#)〜.(C#F)(DF#)(EG)

(Cho)
「「la〜……
Par〜Dei-la〜Dei-la〜Dei-la〜PaparaPa.PaViePaPa〜
Co-Mo-Si-Da-Par〜Dei-la〜Dei-la〜Dei-la〜PaparaPa.PaViePaPa〜」」

(All)
ddndnddndndnd.「「Hai!」」
ddndnddndndnd.「「Hai!」」
ddndnddndndnd.「「Hai!」」
「「Muzik!In-Da『Vezseina』!」」

―――――――

――『大陸』のとある高山にあるヴェセイナ地方……というか、ティグモースの出身地のお祭りの曲だ。それをこのグループ風にアレンジしているらしい。陽気にも程がある。コード進行マイナーの筈なのに、ぬぐい去れないこの陽気さは何なんだろうか。
ベース担当のリーダーは、兎に角タイミングの入りが巧すぎて文字化できなかったが、曲全体のムードを作り上げている。周りのハチャメチャを全て曲に集約させているのは、間違いなくベースを担当している彼の手腕だろう。打楽器担当としては叩きやすいことこの上ない。
「TaYa!ようこそ我ら『THE SARS POLICE』のライブへ!各地を巡る陽気にしてヘンテコな集団さ!」
オ・レの舞台挨拶は……どうにも明るいというか調子外れというかだが、客はもう慣れたものらしく手を叩いて笑っている。明るいな、この島も。
そのまま次の曲紹介に移りつつ、近況やマーメイドの別嬪さん情報を伝えたりと様々に忙しく立ち回るオ・レ。すり寄るコーラス担当ベィカーズを蹴飛ばしたりする辺りの気配りも上々だ。
その間に次の曲のためのチューニングを終え、奏でられるように構える俺達。それを目で確認したオ・レは、高らかに客席に向けて叫んだ。
「じゃっ、次はリクエストの多いこの曲だ!――『豊作祭』」
タイトルコール後、拍手の後静まりかえる会場。それを耳で確認すると、俺はカホンに手を振り下ろした。

――――――

『豊作祭』(訳文)

実りあれと
実りあれと願い
幾双月

イルガ(農の神)は今年も
我らに恵みを下さった
我らに恵みを下さった

感謝と共に捧げては
感謝と共に頂こう
全てのものに命は宿る
それはイルガの賜物なのだ

流したものは
汗と涙と血を
幾双月

イルガは今年も
我等に慈悲を下さった
我等に慈悲を下さった

感謝と共に捧げては
感謝と共に頂こう
全てのものに命は宿る
それはイルガの賜物なのだ

ヘイヨホ〜ロ〜ホ
ヘイヨホ〜
ヘイヨホ〜ロ〜ホ
ヘイヨホ〜

感謝と共に捧げては
感謝と共に頂こう
全てのものに命は宿る
それはイルガの賜物なのだ

―――――――

……一日目のライブは、大盛況の中無事に成功した。同時に、今年の神事も行ってしまう辺り、強かというか何というか……。
メンバーからのお疲れさまの一言が交わされていく中、俺はそのまま、あてがわれた部屋へと身を潜り込ませていった。
勿論……相棒となるカホンを忘れずに。

――あ、巻き込んで、と言ったが、演奏する島は二つでらしい。ここと、もう一つ。この島とは対極の場所にある島だ。周辺の島民は、この島へと船に乗って群がってくる。……通りで妙に船が多くなってやがったのか……。
さて、今日はもう寝ようか……。

「……うまく届かないんだ……。
……また次の不安か……。
……A disruption and blinder……。
……その先はないんだ……。

……何てな」
昔耳にしていた、打楽器を心の底から好きになった一曲を口ずさみながら、俺はゆっくりと瞳を閉じることにした……。

―――――――

「有り難う御座いましたっ!」
二日目、三日目のライブも無事成功させた俺達は、歓声の中を進み、荷物を纏めにかかった。既に帰りの客の警護も含めマーメイド部隊が港に集合している。ナイス警備体制。その行動力、お見事と言わざるを得ない。
「ヴィスタさん、ウチの息子を宜しくね〜♪」
「は〜い♪」
……一部では嫁入り相手に選んでいるらしい。何という。ルマーノ曰く、魔王が代替わりする前から、人魚と人間の間で数名の婚約協定は結ばれており、代替わりして以降も変わっていないらしい。後は人魚狙いの密猟者に対しては武器を持って戦う事も。
何だかんだ言って、居るのは海の男女だ。猛々しい本性がある……らしい。ルマーノに説得力という概念を教えた方がいいのではないかと一瞬思ったが、まぁ黙っておこう。
とりあえず今は、彼女たちを待たせるのも悪いので、早々に船に乗り込むことにした。そして……。
「――全員乗り込んだか?」
「「Ya-Ha!」」
リーダーに対するノリの良い歓声と共に、俺達は夜の海へと出航したのだった。

――――――――

「……警備って、こういう事かよ」
船内の隠し窓から、外の様子を伺う俺達。……明らかに何だあれ。マーメイド特製魔力障壁のお陰で、声の魔力が届くわけではないが……。

「むきー!ちょっとそこの半魚人!どうしてアタシ達のギグを邪魔するのさ〜!」
「誰が半魚人ですか!貴女こそその安価な偽宝石で過剰に飾り付けたような歌をこの辺りで歌うのを止めなさいと何度言えば分かるのですか!」
「あんたらの胡麻菓子のようなスッカスカの歌に比べれば遙かにマシよ!いい加減無駄な嫉妬を止めたらどうかしらぁ!?」
「音楽に対する侮辱も良いところの歌しか歌わない貴女達に言われたくはありません!せめて辞書くらいは習ってきたらどうですか!?」
「あ、アタシ達を馬鹿だって言うのかい!?この'蒼空を駆る歌姫'と呼ばれたアタシ達を!?そのエラ耳は飾りかい!?」
「失礼な!音の運びの基礎のなってない貴女達に言われる筋合いなど――」

「……仲悪いのな」
同じ海の魔物だから……と言うより完全に音楽性の違いでの争いをしている。……言い争い方が幼稚な気がするが。
「男獲得の争いにもなるわけだからne。この地域に昔から根付いているマーメイドと、最近大挙して押し寄せてきたセイレーン、って構図になるwa」
それが余計に争いの火種となるわけか。成る程。所謂パイの奪い合いとなるわけで。で……客となる俺達は外出禁止が出ている、と。まぁそうだよな。外に出ればまず間違いなくセイレーンの手……いや足で丁寧に空へと行く羽目になるだろう。楽器も持つ暇もなく。
本来ならば、恐らくセイレーンの歌で俺達はおびき寄せられてるだろうが、マーメイドの結界のお陰でそれはない。で、肝心のセイレーンの歌だが……。

――――――

『ハグ☆ほりっく』

♪迫って☆迫って
もっと☆もっと☆もっと
貴方の肌と熱と鼓動
もっと私に伝えて

回して☆囲って
ぎゅっと☆ギュッと☆ぎゅっと
すきま風通さないように
もう凍えることなど無いように♪

北風がまたやってくる
もうすぐ雪が降るかもね
イタズラな空気に当てるこの胸
よくある甘え方……実践中

手なんて繋げない私は
距離感だけをずっと気にして
でも駄目……まだ遠いよ
側にいても遠い遠い遠い

♪くりかえし♪

(以下略)

――――――

――脳が羞恥でとろけそうだぜ。コレは酷い。明確に酷い。特に歌詞が酷い。そりゃコーラス中心で古典曲を唄うマーメイドの皆さんが受け付けないはずだ。あぁ、周りの面々も耳栓をつけてるし。
そりゃ……魔力補整必要だわ。普通に考えてこっ恥ずかしすぎるわんな歌。
周りの奴も似たり寄ったりで……そんな目で俺はセイレーンの群れを眺めていた……。

……その時だった。

「……?」
群から、一人外れている?しかも視線がどこか興味なさそうな感じだぞ?……あ、溜め息吐いた。そして首を横に振ってどっか飛んでいった。
……つか、そもそもセイレーンって群れるものだったか?その疑問があるが……まぁいい。
……マーメイド達の必死の威嚇により、すごすごと戻っていくセイレーン。ひとまず懸念は解消されたらしい。『風囁(ウィンドウィスパー)』によってそれを確認した船長が、再び舵取りを始め、船を動かしていく。
『到着まで、あと一日ほどです。外に出ても大丈夫です。折角ですので、一緒に奏でませんか?』
お、どうやら俺達に対してもお誘いらしい。周りのメンバーは既に乗り気だ。各人思い思いの楽器を手に取ってやがる。
俺は――。
「……」
……当たり前だ。カホンを手にとって、甲板に上がり、早々に演奏を始める集団に混ざっていった……。

―――――――――

「……」
夜、既に眠りにつくマーメイドによる結界に船が包まれる中、俺達も当然眠りにつくことにした。だが……眠れん。偶にそういうことがある。演奏によって気分が高ぶってしまったらしい。解消するには叩くしかない。流石に寝床で叩くわけにはいかないので、甲板に出て、軽く叩くとするか……。俺はカホンを手に、木の床を軋ませつつ、再び甲板に上がるのだった……。

「……グッドイブニング♪」

「……船的にはバッドだな」
まさか甲板にセイレーンが留まっているとは誰も思うまい。船長はどうしたと言いたいところだ。
「随分つれないのね。こんな魅力的な女の子がわざわざ出向いているのよ?優しい言葉でもかけるのが甲斐性じゃないかしら?」
「残念ながら、折角のツアーの進路妨害をするような、マナーの悪いお客さんなら魅力も逆ベクトルだ。優しい言葉は他を当たってくれ」
あら残念、と手すりに腰掛けるセイレーン。その姿にはどこか余裕すら感じられる。何に対しての余裕かは知らないが。
「……昼間はあの子達が迷惑かけたわね」
「ああ」
まぁ予想できたことらしく、時間はそれほど掛からなかったが。
「あの子達もあの子達で必死なのよ。だって、一人でも多く『##』のファンを増やさなきゃって考えているし」
「ダブルシャープ?」
俺の質問に、セイレーンはアイドルグループよ、と答えた。成る程。ならあの歌詞も肯ける。いかにして魅せるかが重要である以上、歌詞は激甘でも構わないわけか。
だがあの歌詞だと胸焼けを起こすぞ?
「余所者の意見だが、あの歌詞は逆に聴衆を引かせるから考え直した方がいいぞ」
伝えておくわ、と一言、セイレーンは俺に微笑みかける。確かに蠱惑的で、どこか無邪気さも併せ持つ魅せられそうな瞳をしている。海の男がコロッと来てしまうのも無理はない事だろう。尤も俺達は、先程までマーメイドと楽しい一時を過ごしていた身、そこまでときめくことはなかったがね。
と……セイレーンは俺の手に持っている楽器――カホンが気になるらしく、ちらちらと視線をそちらにやっていた。
「……?気になるのか?」
俺はカホンを持ち上げ、左右に回していく。穴の中をしげしげと覗くセイレーン。流石に珍しいか。
「気になるわよ、勿論。私だって色んな人間と色んな楽器を羨ましく見てきたけど、貴方のそれは……楽器なの……よね?」
「楽器だ。見てくれはたしかに楽器には見えんだろうが……」
寧ろ持ち運び用の箱椅子にしか見えないだろう。袋には入れてあるとはいえ、外観は完全に箱だ。っとそれより……羨ましく?
俺の視線の意味を理解したらしく、セイレーンはその腕――鳥の羽で覆われた翼と、その先端を俺に見せてきた。
「……成る程な」
セイレーンの歌声に魔力が籠もるのは、彼女達には歌しかないからか。これがマーメイドなら人間の指がある分、まだ楽器の耐水性如何でどうにもなるが、鳥の鈎爪では弾ける楽器は無きに等しい。羨ましがるのも仕方ないし、マーメイドに敵対心を持つのも……嫉妬からのものだろうが仕方ないことだ。
月の光が、甲板の上の二人を照らす。満月ではないのが幸いだ。もし満月なら……問答無用で乗られるらしいからな。だが肉体的な騎乗は兎も角、俺達の間には既に、沈黙の空気がのし掛かっていた。
破るのは……海の歌姫のような、純白の糸で織られた露出性の低い服を身につけたセイレーンから。
「……ねぇ、その楽器、どんな音がするの?」
楽器を見たら、その音を知りたくなるのが音楽をやる存在の常というもの。例えそれが、現状ライバルの保護下にある相手であったとして。
「……聞くか?あとどうせ魔力が届かないなら、唄うのもどうだ?」
俺自身、この他とは違うセイレーンの歌は気になっている。普通であれば魔力が籠もり、色々と聞ける状態じゃ無くなるから、良い機会だろう。問題は周りに魔物が居ないかどうかだが……今、周りにいるのは、船の手伝いにいたミミックやつぼまじんくらいだな。
「唄っていいの?」
喜ばしそうに声のトーンが上がるセイレーン。大人びた雰囲気が一瞬にして子供っぽいそれに変わるが、特に俺はそれを気にしなかった。
「ああ。ただし、魔力はあまり込めないでくれよ?」
「分かってるわよ。それがこの海での掟だしね」
流し目からのウィンク。手慣れているという事は、このセイレーンも元々はアイドルグループ出身なのかもしれない。ま、それは歌唱方法で分かるか。
「……よし。君はジパングの『出航の時』は分かるかい?」
「ラーヴェル」
「ん?」
「私の名前はラーヴェルっていうの。君なんて呼ばれるの、私は余所余所しくて嫌なのよ」
そういや、互いに自己紹介をしてなかったか。
「そうか、悪かった。じゃあ俺も。アネス=スムルド。呼ぶならアネスと呼んでくれ」
「分かったわ、アネス。その曲なら知ってるわよ。お婆ちゃんがジパングの曲が好きで、これもよく唄ってたもの」
「そうか」
大した趣味をお持ちのお婆さんだこと。ジパング曲はこちらの肌に合わない曲が多いからな。まぁ……この曲は例外だ。それなりにノリが良く、打楽器とボーカルだけで構成されているからすぐ合わせやすかったりする。ただ……使われる言語がジパングの中でも特殊な言語を誇るタマノシマのものだがな……。
まぁ気にすることもあるまい。俺は月光とカンテラの光が投げ掛けられる中、カホンに向けて手を振り下ろした。

――――――――

『船出の時』(訳文)

鬨を挙げよ
帆を風に当て
広げよ

海(わだつみ)が呼ぶ
平穏を戻せと
叫ぶ

錨を上げよ!

海神(ウナマ)に祈りを
英霊(オダマ)に祈りを
守人(シーサ)に祈りを
家族(アミア)に祈りを

海(わだつみ)は
同胞(はらから)を抱えて
泣く

益荒男よ
風受けて進め
護するために

拳、振り上げよ!

海神(ウナマ)に祈りを
英霊(オダマ)に祈りを
守人(シーサ)に祈りを
家族(アミア)に祈りを

戻ることを
祈る心を
受けて

船よ往け
益荒男よ
そなたらは神の子ぞ

声を上げよ!

海神(ウナマ)に祈りを
英霊(オダマ)に祈りを
守人(シーサ)に祈りを
家族(アミア)に祈りを

海神(ウナマ)に祈りを
英霊(オダマ)に祈りを
守人(シーサ)に祈りを
家族(アミア)に祈りを……

―――――――

「……」
DtTDttDDttTtttTt……
カホンのパートは、本来多人数でやるべき打楽器パートを一人でやることになる。リズムが単調とはいえ、迫力に欠けるのが難点か。
とはいえ……魔力補正がないが、ラーヴェルの声は中々に質がいい。あのアイドルの声が表層チックなのに対して、彼女の声は……深い。だが確かに、これはアイドル向きではない声だ。
音程も、節回しも完全にジパングのそれだ。相当唄っていたに違いない。
「……っふぅ。ジパングの言葉って、発音が違うから難しいのよね」
「どの口が言うかどの口が」
どう聞いても完璧だったぞ。多分ジパングの言葉をそのまま普通に話しても通じるんじゃないのか?
俺の言葉に、ラーヴェルは自身の口を羽で指さした。器用な。
「この口〜」
「減る心配は永劫無さそうだな」
「私達は潰しが利かないもん。減るはず無いよ♪……っと」
話もそこそこに、彼女は空を眺める。いつの間にか……星の色がやや薄くなっている。
「流石にこれ以上この船にいるのは不味いわね。あの子達に『抜け駆けすんなぁっ!』て泣きつかれ引っかかれるのは勘弁だし」
引っかかれるのか。そりゃさぞかし痛そうだ。アイドル的にも傷は致命的だろうし。
「そりゃそうだな。じゃ、俺もそろそろ戻るわ」
俺は素直に同意しつつ、カホンを袋に仕舞い、船に戻る事にした。引き留めるような言葉を互いにかけることはない。まだライブの途中だ。野外ライブ、急遽参加メンバーとして引き入れるにしては、ラーヴェルは少々厄介だ。何せセイレーンだ。マーメイド協力の下でのライブ。流石にライバルを引き入れるわけには行くまい。
「そう……じゃあね。また、別の機会に、夜空の下で」
「出来れば、島でのライブ終了後にな」
俺の声に彼女は頷くと、そのまま布生地をはためかせ、空へと飛び立っていく。その様は、さながら東方の音に聞く天女のようであり……。
「……さて」
俺も寝るかな。明日もライブだしな……。

―――――――

「……客の取り合いか?」
というか、俺は聞いてねぇぞ。ライブ四日目、会場側まさかのダブルブッキング、しかも先行隊が既に準備済みとは。
「一体全体何なんdie-yO!予約の時には何も聞いてないsI!」
ティグモースが訛を強めつつステージ担当者に詰め寄る。その背後ではベィカーズが既に狙いを一点に定め……何やってんだ一体。
「……オ・レ?」
いつの間にか俺の側に寄ってきたオ・レが、俺の姿を見るにすぐに首を横に振った。
「……アネス。どうやら上の判断らしいぜ?俺達が来る前に、奴さんのファンが大挙として島に押し掛けてきたらしい。それこそ、俺らを意識の外にやるくらいの規模で、な」
……成る程。通りで会場から様々な性別や年齢の雄叫びが聞こえてくるわけか。で……そんな大挙してファンが押し掛けるようなグループは一体どこだ……?
俺は何の気なしに聞いて、

「……『##(ダブルシャープ)』だとよ」

危うくズッコケそうになった。理由?この世界における物好きの多さにだ。それを非難する気はないが……しかしアレになぁ……。
「ま、ファンとか客の動員に関しては明らかに奴さんの方が上手だ。現に土産屋とかで一定の収益は出ているそうだからな。損得で考えたら、上も選ぶのは無理ないことだろう……納得はいかんがな」
オ・レの言葉には、どこか苦渋がにじみ出ていた。裏切られたと感じてもいるのだろう。正直、セイレーンのリーダーが直に歌を聴かせて了承させたんじゃないかと邪推もしたくなる。
……が、邪推したところでしょうがない。俺達が今何を出来るか、しっかり考えるとするか。

「……前座役、しかも曲指定あり、か……」
ルマーノが普通にがっかりしている。俺もがっかりには同意だが、完全曲指定にならないだけマシか。あれはやる気が激減するからな……。
指定された曲は、『Laurentech』。『何でもないもの』と言う造語がタイトルの曲だ。無論こちら用にアレンジはするが……良かった……ハンドシンバル一式持ってきて。これが無きゃそもそもこの曲は出来ないからな……。
「まっ、これはこれでチャンスかもしれねぇぞ?何せ、俺達を知らねぇ層に俺達の演奏を聞かせられんだ。前座とはいえ、相手の記憶に残るのなら儲け物だろう」
オ・レは気楽に告げ、リーダーはそれに頷く。確かに、そうも考えられるが……相手はあの大量のセイレーンだ。そんな予測が通じるかは分からないがな。

「済みません……私からも言ってはおいたんですが……」
しょんぼりとするマーメイド達。まぁ仕方なかろう。自分達の場所だと思っていたところに、あぁも大挙として乗り込まれれば気を落とすのも無理はない。その辺り、このグループのメンバーも十分分かっているだろうし。
「まぁ過ぎてしまったことはしょうがないわけだけど……ねぇ」
ルマーノがマーメイド達と共に肩を落としている。あぁ、こいつは完全にマーメイド側の立場だよな、島的に。まぁあぁも明らかにセイレーンに場所を奪われちゃ気も落としたくなるか。
「まさか島の長に色目使ったり、大量のファンと一緒に雪崩込んで来たりするのは……流石に想定外にもいいところよ」
……強硬手段にも程があるだろ。寧ろ対策無しかよ。俺達に対する結界を張るとか……まぁ、相手に礼儀を期待してたのかもしれない。
「……でも、流石にマナーの悪いお客さんは居ない筈よ……ne?」
ティグモースの疑わしげな声に、俺達は何も返せなかった。流石に他者のファンの民度など知ったことではないわけで……?

「……流石に、帰れとか騒がれることはないはずよ?『##』ファンクラブ会則に載せているからね」

「「「――!!!!」」」
この空から聞こえてくる声は!つか、いや、タイミング的に良くないぞ今は!何せセイレーンの皆さんに良きイメージを抱くはずがない出来事だしな……!
「どうもー、セイレーンのラーヴェルです♪」
笑顔でひらひらと手羽を振るラーヴェルに、唖然とするメンバー。そして……。

「……どうしてここに来たのかしら?」

……あぁほら、マーメイドさん達怒り心頭だし。当然険悪なムード出してるし。そんな彼女達の様子にも、ラーヴェルは溜め息一つ見せない。言っちゃ悪いが、完全に勝者と敗者の構図だ。
「どうして?後輩達のライブを見て、今後の指針をアドバイスしに来たのよ。まぁ……まさかあんな強引な手段をとるとは思わなかったのだけどね」
ウインク一つ。それで馬鹿にされたと思ったマーメイドさん達がいよいよ声を荒げた。
「分かっているならば止めるべきではないですか!?道理の伴わない行為ならば、尚更貴女は制止する義務があるでしょう!」
「そうですよ!上役を籠絡して、既存の予定を強引に変更させ、ファンを大挙して連れ込み……静謐なる環境を強引に乱して騒音に包む、何が芸人でしょう!」
ふんふんふむふむと耳寄せるラーヴェル。ふざけの様子もなく耳を傾けて、彼女達マーメイドの意見を汲み取ろうとしている。
……やがて、マーメイド達が一頻り告げ終えたところで、ラーヴェルは一回深呼吸をし、彼女達に言い聞かせるように、ゆっくりと口を開いた。
「……貴女達の言い分はよく分かった。つまり貴女達は、正当な手段によって得る許可を、全く得る事なしにこの島一帯に入る私達が許せない、と。それで良いのかしら?」
しばし考え、頷くマーメイド達。それを受け、ラーヴェルは再び言葉を紡いだ。
「……で、その許可は貴女達マーメイドが出している、と」
再び頷くマーメイド。リーダーらしき、胸にアクアマリンを付けた人魚が口を挟んだ。
「私達とこの島々の人達は、それこそ家系図をかなりの所まで遡らなければ分からないほど昔からの付き合いなのです。それこそ、伝説にも幾度と記されるほどに。
彼等は私達から、安全に関して多大なる信頼を頂いております。ですから早々乱すわけにはいかないのです」
「……」
昔からの馴染み、そして契約的要素も混ざるその言葉に、ラーヴェルは一度沈黙した。それは、誓いという物の重さを重々承知しているかのような沈黙であった。
しばらく考えているかのように黙りこくるラーヴェル。やがて、彼女の中で結論が出たらしく、再び面を上げ、口を開いた。

「……それじゃ、あの子達が強硬手段をとったのも、已むなしか。
そうよねぇ。貴女達、私達に許可を渡すはず無いものねぇ。だって私達は貴女達にとって'脅威'なんだもの。そりゃ彼女達も貴女に対して許可を得るのを諦めるわよ。例え礼に欠いたとしても、ね」

「「――なっ!」」
いきり立つマーメイド達。そんな彼女達の様子を気にすることなく、ラーヴェルは続ける。まるで、その怒りすら当然だとして受け入れるかのように。
「勘違いしないで欲しいのは、少なくとも私は貴女達と敵対する気は更々無いし、非礼を正当化する気も皆無、ってこと。今回ここに来たのは、偶然見つけたのもあるけど、私達についての誤解をこの際だから解いておきたいと思ったこともあるの。流石に商売敵的な仲ではあるとはいえ、こうも憎まれたら私達もたまったものではない、ってわけ。分かる?
旧来の伝統?結構!幼なじみ?大いに結構!私が貴女なら当然、同じように守ろうともするでしょう。けどそればっかりしてたら敵も増やすわよ?当然。
せめて交渉なり意見交換なり、そうした空間を設けるべきだと思うわ。流石に取り付く島も無しなら乗り込むわよ。特に己の武器を分かってる魔物はね」
「「「……」」」
押し黙るマーメイド達。完全とは行かずとも、論理的には言い分は理解できるらしい。その論理自体に多少の破綻はあるとはいえ、発言の意図は明確だ。
「私達セイレーンは、無闇に他人の領土や伝統を荒らしたりはしない。それだけは知ってもらいたいわ。何なら許可の場で罰則を付けて誓約しても構わない。少なくとも私は遵守するし、大義名分の元に貴女達も違反者に罰を行えるでしょう?」
契約のメリットと、違反者に対する罰則の明確化。少なくともセイレーンにもメリットがあり、マーメイドが受けるデメリットを最小にする方法がこれだ。現状維持の結果が先の乱入なら……考える価値はある。
「……」
マーメイドのリーダーは、この口の回るセイレーンの提案をどうすべきか考えていた。無論、一朝一夕でどうこう結論が出るものではないだろうことはラーヴェルも重々承知のようだ。だからこそ、彼女は頃合いを見計らい、マーメイド達を見渡してこう告げたのだろう。

「――ひとまず、本日のライブ、それの成功具合から判断してはどうかしら?その方が決めやすいでしょうし……私の主張の是非も問えるでしょう?」

「……狙いはこれか」
まぁ縄張り争い云々もあるだろうが、それよりもまずは目の前のライブを何とか承諾させる。その動機として契約云々を持ち出す……。
承諾しなければまた同じことが起きる可能性があり、そのために厳戒態勢を敷くことになる。そうすると島民にとって自分達が不安材料となりかねない。
逆に承認すれば、少なくとも今後、また別の道を選ぶことが出来る可能性が出てくる。それはマーメイドが受ける損失を、幾分か減らすことが出来るはず……。
「……」
マーメイドのリーダーは、周りのメンバーやマーメイド達に視線を送り……頷き、口を開いた。

―――――――

「――本日はァ、我ら『THE SARS POLICE』と可愛い娘達が揃った『##』の合同ライブに来てくれてぇ――マジで有り難うだ!
これから二時間、俺らのビートと彼女達のヴォイス、存分に楽しんでハシャいでけよ!」

「「イェェェェェェェイ!」」

――オ・レの声に合わせ、声を張り上げる、入り交じったファン達と島民。今のところ目立った衝突は無し、と。
そばめしパン(この列島一帯の流行食なのかこれ)を頬張る客や、既にワイン片手に絡む客もいるが、気にしたら負けのスタンスだ。ファンも最初から島民に紛れすぎて見分けがつかんし……。
「アネス、Ready?」
ティグモースが俺に小声で囁く。俺はそれに頷き、オーバーモーションで客と向かい合うオ・レを見つめる。タイミングは……!

「オーケィ!じゃあ早速始めるぜ!アネス!Let's BEAT IT!」

――いつになくテンションの高いオ・レ。それに応えるように、俺も盛大に腕を振り上げ……カホンへと振り下ろした。

―――――

『Crow and Scat』

(Kajon)
dt.dTt.d.d.Tt.d.
dt.dTt.d.d.Tt.d.
dt.dTt.d.d.Tt.d.
dT.tT.tT.dd.TTd.

(Mandolin)
Ti〜〜.Ze.ZZe.
Ti〜〜.Ze.ZZe.
Ti-Ti-Ti-Ti.Ti-Ti

(Scat)
「Crow-la!Crow-la!Crow-la!CoCo〜Mi〜La〜〜」

(Quena)
.F#F#EF#.EF#.EA.EF#.
A.B〜.

(Shout)
「「Ban-Ja!Hey-Ya!」」

(Quena)
.AAF#.AAF#.AAF#E〜.
F#.EE.

(Shout)
「「Cha!Cha!Cha!」」

(Quena)
.F#F#EF#.EF#.EA.EF#.
A.B〜.

(Shout)
「「Ban-Ja!Hey-Ya!」」

(Quena)
.AAF#.AAF#.AAF#EF#.
F#.EE.E.EF#〜

(Scat)
「Hai!
Imacino..Himacino.Umacino.
Sanzentatata」

(Shout)
「Crow-la!Crow-la!」

(Scat)
「.HetaKare.Gomi-Ta-kare.Ta.
AtomiFu-se!AtoniKu-Ze!」

(Shout)
「Hai!」

(Scat)
「Soi!.Mikotokuro.Gindelo!Hoi!
Dos!Sirabalasa.Kindela!Sa!
Goi!Robenaasa.Heirena!Boi!
C!R!O!N!Harupui-Tenku!」

(Kajon)
DndTnTdnd.d.Tn.
dT.dntdddndnTn.

(Mandolin)
Ze.zZe.ZzzZZe.ZZe.
TrrrTrrrTrrrZe.

(Quena)
EDEF#AF#E.F#ABE↑C#↑AE.
F#.F#E.C#DEB↓-F#E-A-
D↑-BD↑E↑-D↑BABAF#E-..
D↑-E↑-D↑-B-A〜F#〜
E〜

(Scat)
「Crow-la!Crow-la!DonDi.sutabuYa!」

(Cho)
「「「Crow-la!Crow-la!DonDi.sutabuYa!」」」

(Scat)
「Crow-la!Crow-la!DonDi.sutabuYa!」

(Cho)
「「「Crow-la!Crow-la!DonDi.sutabuYa!」」」

(Scat)
「EngedeTa-TuenDe.doTange!
EngedeTa-TeEndE.DoTanZe!
Crow-la!Crow-la!DonDi.sutabuYa!」」

(All)
「「「Crow-la!Crow-la!DonDi.sutabuYa!
Hai!!」」」

―――――

そのまま『お早う』『星月』『森のヒルダの憂鬱』『マシーナリーへの疎外感』、リクエストされた『Laurentech』、『アマゾネスへ鳴らす警笛』『竜殺しと千の血』『道化師が国を建てた』と、連続でやったところで、さぁて、ここのメインイベントだ。ラーヴェルが、このためだけに面々を説き伏せたイベント――。
「――Ha!この後はお待ちかねの『##』だ!だが最後に――俺達のことも忘れんなよ!俺達は『THE SARS POLICE』!
絶対忘れさせねぇために、今日はとっておきのイベントを用意したぜ!どちらも覚えられるように――」

「「「――キャ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」」」

突如、空から舞い降りる沢山の巨大な鳥――ならぬセイレーン。格好が非常に扇情的だがそれはさておき、突然現れたアイドルの群れに、会場大興奮。男も……女も。アイドルってのはそういうもんなのね。
今回のイベントでラーヴェルは、俺達と『##』を一度かち合わせようと言うことを企画した。可能かどうかについて、俺達は兎も角『##』メンバーは紛糾していたが、それがマーメイドの言い分と酷似すること酷似すること。
それに堪えられなくなって……俺は叫んでいた。
「――お前等な、音楽に貴賤はないんだろ?境界はないんだろ?『アイドルは万物に対してアイドルたるべし』、それがアイドルだって聞いたぞ。
それが何だ?マーメイドがどうだかで決裂か?アイドルが選り好みしてどうすんだよ。お前等が選ぶんじゃなくて、お前等が選ばれるんだ。その下支えのために俺達がいる以上、俺達を使って選ばれるようにするのがアイドルじゃないのかよ!」
流石にかなりカチンと来た奴が数名いたらしい。ラーヴェルも俺を見て目を丸くしていたからな。
食ってかかりそうな目をしている数名は、そのまま他のメンバーに押さえられつつ、ラーヴェルの説得を受け、渋々とはいえ了承し――簡易のリハーサル後には怒りを忘れているようだった。演奏を聴いて、納得したらしい。意地を張るより、任せた方がいいと。
閑話休題。
「みなさ〜ん♪こんばんわ〜♪」
「「「こんばんわぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」
おぉ、身を震わす声。流石ファンは声の張りが違う。そして練習直前のあのやる気ない声とこうも違うとは、セイレーン達。
「ありがと〜♪ここから私達『##』が歌を担当します♪」
「「よろしく〜♪」」
瑞々しい声。元気の良い振る舞い。しっかりフォーメーションもとられている。……すげ。普通に完成度が高いぞこれは。
「と言うわけで、ボーカル『##』、演奏『THE SARS POLICE』による島歌『赤鉢巻』スペシャルバージョンで、俺達は今日はお別れだ!本当にありがとうな!」
客から惜しみない拍手を頂く俺達。それを背で受けるセイレーンは、俺と視線を合わせる。この歌の最初は、俺と彼女のデュオから始まる。歌詞のない、島特有の節回し、そのタイミング材料が俺だ。
心を込めて、しかし正確に、己を信じて――打つ!

始まる瞬間、二人の呼吸は完全にシンクロした。

―――――

『赤鉢巻』(訳文)

(ァア〜)
(ァア〜)

勇ましき日の
色染め鉢巻
海神(ウナメ)へと
我らは伝える
心変わりは
有りや無しやと

♪我らの心
変わりはせぬ
赤鉢巻が
色落ちぬように♪

♪繰り返し♪

おなごは誰に
鉢巻を縫う
幾度と
心に問うた
心変わりは
有りや無しやと

♪繰り返し二回♪

(ァア〜)
(ァア〜)

―――――

「――どうも有り難う!Thank U!この後も引き続きライブを楽しんでくれぇっ!」
曲の終わり際から鳴り止まぬ歓声を背に受けつつ、俺達はステージを後にした。声の中には、俺達の名前を覚えたのだろうか、名前を叫ぶ客も何名かいた。後は……何故か「やらないか〜!」と言う声が聞こえたが……ベィカーズ宛だと思っておこう。寧ろそうであって欲しい。間違ってもアイドルに言う言葉ではない以上、俺達に言っていることは間違いない。ともすれば……なぁ。

「みんなぁ〜っ♪初めての人もそうでない人も、私達の歌を聴いて、胸一杯心一杯に楽しんでいってね♪」
「「みぃぃぃすちぃぃぃぃっ♪」」

「……」
凄い声だ。アイドルとはこういう物なのか。いやはや何とも。
まぁ……これで本日のライブは成功だろう。ラーヴェルの話では、『##』のライブは一日限りであるそうだ。つまり、今日が終われば、明日の昼には帰るらしい。
……ただし翌日と翌々日は、俺達の客が少なくなるらしいが。……まぁ、耳栓渡された時点で理由は分かったがな。
島長と俺達はラーヴェルに、人のお持ち帰りは厳禁と伝えるように頼むと、彼女は快諾してくれた。……つか、何で俺達の事を聞いてくれるんだ?このセイレーンは。
……気になるな。

―――――――

「……っつっても気にしてもしょうがないか」
ライブ後、『THE SARS POLICE』の面々は演奏の感想を言い合い、それをメモると即刻寝てしまった。疲れは明日に残さない主義らしいが……まぁ、あんだけ暴れればな。
さて、俺も寝るとするか。今頃ステージでは『ファンサービス』が行われている頃だろう。マーメイドもやや強引に混ざりつつの『ファンサービス』……凄いアイドルだな、つくづく。

……コン

「……ん?」
窓の外……ラーヴェルが手羽を振って……こっち来いって事か。
「……」
躊躇いゼロで、俺はカホンを手に持ち、外に出たのだった……。

月夜、潮の香りに波の音。ステージでの極彩色の刺激は殆ど入らない場所に、俺とラーヴェルはいた。正確には、ラーヴェルに連れてかれた。
砂浜では蟹が戯れ、波がその跡をトンボを用いたように均していく。変わりある、変わりない風景。
ラーヴェルは、砂浜近くにある椅子に腰掛けつつ、俺に頭を下げた。
「――有り難うね、昼間の説得」
どうやら、礼を言いそびれたから呼び出したらしい。流石に『THE SARS POLICE』の前では言い辛かったか。
「礼を言うのはこっちだ。ラーヴェルが居なきゃここまでライブは盛り上がらなかっただろうしな」
それは紛れもない事実だ。結果として、両方のファンに対して俺達の曲を聴いてもらう事が出来たしな。結果オーライと言えば結果オーライか。
「私はあそこで出来ることをしたまでよ。誰だって後輩は可愛いものよ?」
ウィンク。時折魔力で星を出す辺り狙ってやっているのか?まぁ今の問題はここじゃない。
「出来ることの幅が広すぎだろ」
ライブ開催を認めさせつつ開国交渉だぞ?普通そこまでの行動を出来るか?俺は無理だ。
そんな俺の声にも、分かっていないのか平然と返す彼女。
「そうかしら?」
「そうだ。少なくとも俺の基準からしたらな」
「アイドルの道は説けたのに?」
……ちょっと待ってくれ。
「……比較対象、よりによってそれなのか?巻き込む人数の規模が違うだろ」
「あら、私達はアイドルよ?貴方だって言ったでしょ?『アイドルは万物に対してアイドルたるべし』ってね。
居るだけで、私達は巻き込んでいくものよ」
……思わず納得してしまった部分もあるが、政と歌をごっちゃにして大丈夫なのかそれは……。まぁ……セイレーンの価値観が価値観だから、っていうのもありそうだが……。

文化交流の難しさというものをひしひしと感じていた俺の側で、ラーヴェルは体を心なし俺に擦り寄せつつ、耳元ですっと、呟いていた。
「……ねぇ、アネス。貴方はあの言葉を『聞いた』って言っていたけど、誰が言っていたのかしら?普通の人なら、そんな表現を使わないと思うんだけど……」
ほんのり……も混ざらない吐息。割と真剣に尋ねているらしい。尤も、他人から見たらラーヴェルが甘えているようにしか見えないだろうが。
何故そんな事を聞いてくるのだろう、そう考えつつも俺は答えるのに支障がない質問である以上、答えない道理がなかった。
「――俺のカホンの師匠だな。その師匠も、師匠の師匠に同じ事を言われていたそうだぜ」
今でも忘れない、叩くときの心構えを伝えてくれた師匠の言葉がある。
『アイドル、っていうのは中々大変でな、好かれようと狙ったとしても、狙った層に好かれるとは限らない。最悪、ファンが一人も付かずに廃れることすらある。だからこそ彼・彼女らはあらゆる存在に対して、アイドルとして振る舞う必要がある。
アネス。そんな彼・彼女らの思いを無駄にするなよ。全力で――支えるのが役目だ』。
師匠の言う『いいか、全ての楽器は歌だ。打楽器すら歌なのだ。歌で大事なことは何か?調和、Harmoniumだ。心を込めて(Heartful)、正確に(tigit)、自ら唄う(self-beat)こと、それは楽器が唄う上で最低限必要な事だが、それだけでは足りない。アカペラのように一人で唄うのなら兎も角として、俺達がやるのは――合唱だ。それも一人一人の唄と唄が混ざり合って形成される、珠玉の空間だ。一人が出張ってはいけない。あくまでも、みんなでみんなを支えていくこと――それが音を奏でる上で大切な事だ』が大元にある上での発言だ。
前線に立つ奴が居るのならば、全力でそれを支えてバックアップすること。それを俺達は求められて居る以上、しがらみを意識して動けなくなるアイドルをどうにかしようと思うことは、ちょっとした自然現象だ。
「変わり者なのね、その師匠さん」
「否定はしねぇよ」
というか間違いなく変わり者だ。何せカホンなどという、今のところ極少数の使用者しかいない楽器を愛用し、さらに素晴らしさを伝えようと奮闘してるんだからよ。当然言うまでもなく、俺も変わり者だ。
愉快そうに笑うラーヴェル。その表情と仕草に裏はない。愉快な来歴をしているから、まぁ仕方はないだろう。……と思ったが、若干裏もあるか。
「ふふふ……大体の音楽家はね、アイドルってだけで拒否反応を示すからね。まぁ、それが私の今のスタイルを作り出したんだけど」
……やはりな。どうしても頭のお堅い奏者は、音楽に貴賤を付けたがるらしい。当人の歌唱力に依るなら兎も角、時に音楽全体まで否定するからな。
「私があそこから'卒業'して、しばらくソロ活動していたんだけど……その時に言われたのよ。アイドル音楽なんて音楽への冒涜だってね。しかも、面と向かって。
悔しくて、本当に悔しくてね。違うスタイルで歌おうと懸命に練習して……今のスタイルになったわけ。
そしたらファンも増えたわ。今まで私を含めアイドルを酷評してた人まで、私の唄の虜になったわ。偶々それが、彼らの好きなメロディだっただけなんだろうけどね。
――でも同時に悲しかったわ。こんな、ちょっと歌い方を変えるよう努力しただけで、掌を返したように応援を始める人が、知ったかぶったような口調で、私達の音楽の一切を否定していたという事が。
だから私は、彼らの前で歌うことを止めて、後輩の育成とサポートに回っていたのよ」
それなりの歌唱力と美貌があるのに、何故裏方なのかと幽かな疑問はあったが、成る程そんな理由があったのか。
俺は黙って聞きながら、ラーヴェルに続きを促した。受けて、彼女はさらに口を開く。
「あのマーメイド達もあの男達と同じだった。勿論旧来の領土にそうそう乗り込ませたくない気持ちも、私は十分分かる。けどね……あそこでセイレーンとマーメイドが音楽の違いで喧嘩しているのが、私には本当に堪えられなかった。だからこそ、私は下の子達の暴走が起こったとき、止めもしなかったわ。尤も、止めようとしたとして、彼女らは絶対止まらないでしょうけどね」
「……」
あの時、一人外れていたのはやはり彼女だったらしい。あまりにも周りと態度が違うからもしやとは思ったが……。
「……で、俺達のあの船に乗った理由は……俺達への興味か?」
「ええ。あのマーメイドと一緒に居るから、どんな人達なのか気になってね。けど流石にマーメイドが居るときは近付けないから、夜に来たんだけど……船長さんを説得してね」
何をどう説得したのやら。だが、まぁ……普通に論だろう。結界あるから歌は使えないし。
で……それを知らずに俺はのこのことカホンを持って現れ……と。
「ホント、貴方に出会えて良かったと思ってる。普通は魔物に対して礼を問わないわよ?歌詞に対するダメ出しもしないし、いくら魔力が通らないからって、歌おうなんて誘いかけもしないわ。そんなメンバーを引き入れるぐらいだから、このグループの事を信頼できたのよ」
変わり者だから、ってのが理由としてどうか……とも思うが、まぁ仕方ないだろう。現にあのメンバーは色々と癖が強い上に様々な慣れが凄い。リーダーは全てを受け入れるしな。
ラーヴェルはそこで一度話を切り、一度瞳を閉じて、深呼吸をしてから、瞳を閉じたまま柔らかな声で告げた。
「その上に……あの子達にアイドルの何たるかを説教して、さらに実力を認めさせた。あの子達が、さらにアイドルとして成長できる切っ掛けを作ってくれて……もう感謝してもしきれないわよ。
改めて言わせてもらうわ。本当に……有り難う」
「……むず痒いな……だが、まぁいいか」
自分自身ではそこまで礼を言われるようなことをした覚えはなかったりするが……ま。

「……礼は受け取らせてもらおうぜ。じゃ、明日明後日はちょいと趣向を変えたライブだ。もう遅いんで寝るわ。
――良ければ、聴いてくれや」

「……ええ♪」
ラーヴェルの声を背に、俺はそのまま帰路に就くことにしたのだった。幽かにラーヴェルがその後にごにょごにょ呟いてはいたけれど、特に俺は気にすることなくあてがわれた部屋への足取りを進めていったのだった……。

――翌日、翌々日のライブは少し趣向を変えて、路上、商店街の真ん中にてやることにした俺達。
やる曲も、心なし遅めの曲をチョイスし、商店街に長く留まるようにしていた。そこまで盛り上げなくても良い。ただ俺達の曲を聴いてくれればそれだけで嬉しいと、メッセージを楽器の音に乗せて。
このライブの日、商店街の売り上げが少し伸びたらしい。特にルマーノが持つマンドリンの売れ行きが好調、ついで周辺の惣菜屋に客がなだれ込んだという。全て、別れ際にルマーノから聞いた話だがな。

こうして、俺のここでのライブは終了した。ラーヴェルは……姿は見えなかったが、多分聴いてはいただろうさ。
何となくだが、そんな気がしていた。

―――――――

これはライブ終了後、大陸に帰る直前のことだが、ラーヴェル仲介の元で、セイレーン達の交渉が行われた。食ってかからん勢いの両者を宥めつつ、妥協点を探り、WinWinの解決策を導き出すその話術は、もしかしてこいつの前世はゴブリンじゃないのか?と思わせるほどに見事だったことを付け加えておく。
無論、今回の強制乱入の出来事に対するお咎めはある。発情期開始から五日間の歌唱禁止。それが『##』の面々全員に課せられることにはなった。たかが五日間と馬鹿にすること無かれ。セイレーンにとって歌えないことは泳げないマーメイドと同じくらい致命的なものだ。それに初期案では一週間だ。多少マシになったと言えよう。

「……さて、と」

『THE SARS POLICE』と『##』のメンバーに、今回のライブ映像を収録した絵巻を貰った俺は、大陸に戻りメンバーと別れた後、一人これから何処を目指そうか、地図を開いて考えていた。
因みにこの大陸地図、行った場所には須く丸を付けている。個人的に、教会領は好まない所為か殆ど手を付けていないが、それ以外は割と回っている事が地図から分かる。
「さって……今は南南東だ」
北西地方の『絡繰の地』周辺は開発があってあまり好みじゃねぇし、かと言って南方の『竜殺し』サウザンドブラッド領の周辺の山々は巡ったしな……。
――南西か。砂漠地方はまだ入ってなかったはずだし。地図を確認。カホンを確認。ついでに水を確認。現状持つ装備を一通り確認した俺は、方位磁針で位置を確認しつつ、町の関所に向かおうとして……。

「――何処まで飛べるかを
確かめに僕ら
旅に出る〜♪」

「……」
この歌声は……。
意識せず、ふらふらと進む路地裏。だが多分、意識しても進んでいただろう。
やや苔の生えた石畳を踏みしめ、人通りの少ない路地を進んでいく俺。勿論、荷物一式は持ったままだ。
まるでカンテラに誘われる蛾のように……と、古典的な表現が似合いそうな動きで、俺は声の元へと進んでいき……。

「――ここで見てた
淡い夢を
翼にして
いつか
誰かに届いてくれる?
ボクのヒコーキ〜♪

ハロー、アネス。私も旅にお供して良いかしら?」

「――やっぱりラーヴェルか」
聞き間違えるはずはない。あの他のセイレーンにはない深い声は、間違いなくラーヴェルだった。
「ええ。あの子達はもう大丈夫だと思ったから来ちゃった♪」
やはりウィンクで星を飛ばすのは忘れない辺りが何とも。しかもわざわざ歌で俺を誘うとは……。
「俺以外が来たらどうするつもりだったよ」
「あら、アネス。空に逃げるに決まってるじゃない♪」
「……世界はそれを外道と呼ぶ」
まさに外道。裏通りが大概デビルバグの集い場所になってる事知らないはずがないだろうに。その俺の一言にも、ラーヴェルはただ笑って返すだけだった。
「いいじゃない、結果としてアネス……貴方が来てくれたんだし……ね♪」
荷物に重ならないようにすり寄るラーヴェルは、そのまま俺の耳元で再び、ウインクをしつつ甘えるように囁くのだった。
「ねぇ……私も一緒について行って良いかしら?」
「理由は?」
「貴方が気に入ったから」
何とも分かり易い理由だ。そして幸か不幸か、俺に断る理由は全くない。
「……俺はこれから南西の町に向かう。砂がちの道を進むことになるが良いか?」
俺のその問いかけに、ラーヴェルは満面の笑みで、羽で親指を上に向けるような形を作り答えたのだった。

「――勿論よ♪」

いざ、南西へ。
Heartful(心を込めた)tigit(正確な)self-beat(俺達の音)を響かせに。

fin.
10/04/24 20:35更新 / 初ヶ瀬マキナ

■作者メッセージ
おまけ――元ネタ一部解説

『うまく届かないんだ〜』:toe『グッドバイ』
『THE SARS POLICE』・『Laurentech』:前者はSPECIAL OTHERSのアナグラム、後者は前者の曲
『どこまで飛べるかを〜』:pop'n music『僕の飛行機』
作品中の他の詩:元ネタ無し、一部色々小ネタ混ぜ。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33