読切小説
[TOP]
― 舞 ―
「死ね」

 その一言で、私と妹を苛めていたそいつは数日後に死んだ。小学生の頃の話だ。街中で、トラックに撥ねられてのことだった。その後、何かあったのか、そいつの両親は街を捨てるように消えた。
 私の父は

「仕方のないことだったのだ... だが、お前に一つ頼みがある。これから俺がお前を鍛えてやる。だから、むやみに人を恨まない様にしてくれ。ぐっと堪え、耐えてくれ。頼む...」

 と私に言った。その時初めて、私は私の一族がそういう『血筋』であることを知ったのだ。それ以降、私と妹は厳格に育てられた。禁欲的に、穏やかに。当たり前の豊かな生活をさせてもらえたが、おおよそ現代人らしくなかった。

「兄様...」

 私を呼ぶ声。あどけなく、無垢な瞳。いつも私の傍に居た。寝食を共にし、風呂にも共に入り、幾度となくその肌を間近で見ていた。
 時折ふいにこみ上げてくる劣情。二人の齢が増えるごとに、その想いは強まっていった。それを抑えるのに、どれほど苦労したことか。獣のような私の眼差しを、それでも彼女は嫌がることもなく、むしろ喜ばしそうに受け止めていた。
 我が愛する実の妹、都子。彼女と離ればなれになってから、かれこれ三年になる。

「あと三年で、都子は二十歳を迎える...」

 正座する私に、父は語り掛けるように話した。

「二十歳になれば、お前を欲し、交わろうと襲い掛かるだろう。もはやお前が最後の砦なのだ。理解しているな?」
「......はい」

 当時二十二歳だった私は、自分に課されていた宿命を理解していた。四国に住んでいた私は、父と母から島根に移るよう命じられた。代々護ってきた神社があると。そこで表向きは神主の役をやり、時が過ぎるのを待つのだ。都子には、その所在を伏せておく。

「このような時代に生まれてきたお前に、普通の子のような楽しい人生を歩ませてやれず、本当に申し訳ないと思っている... 赦してくれ...」

 私に頭を下げる父。齢四十にも関わらず、私と同じか少し上ぐらいにしか見えない彼が、深々と私に頭を下げたのだ。とんでもないことだと、私は父に言った。

「父上。私は感謝こそすれ、恨むことなどございません。父上は私をここまで鍛え上げて下さいました。与えられたお役目を、全身全霊をもって務めさせて頂きます...」

 それから三年が経った。夏の終わり。蝉も落ち、その声を聴くことも少なくなった。私は、夜の街へと来ていた。一軒のラブホテルがよく見える少し離れた場所、電柱の影に私はいた。
 今回の標的はある男の妻とその間男。信じていた妻から裏切られたのだと、泣きながら頼ってきた夫の願い。それを聞きうけてやるのだ。
 調べはついている。妻は夫をないがしろにし、蔑み、間男を立ててはその爛れた快楽に溺れきっていた。

「旦那のよりいいわ! あんな男、捨てられて当然なのよ!」

 心無い声。情状酌量の余地はなかった。
 仰いでいた扇を口元に当て、私はぼそぼそと呟いた。

『喰餓狗陰気』(ショクガクインキ)

『断調牙突』(ダンチョウガトツ)

 私の目の前、人も通れぬ狭さの路地。その闇の中に、生気のない金色の目玉が二つ、ぬっと浮かび上がった。

『請い願わくば、喰ろうてけじゃれ、喰ろうてけじゃれ...』

 私の声を聴き、二つの目玉は再び闇の中に沈んでいった。その瞬間、ラブホテルの方が騒がしくなる。件の男女がいるであろう四階の窓から、悲鳴と怒号が聞こえてきた。

『喰ろうてけじゃれ、喰ろうてけじゃれ...』

 絶えず繰り返す私。次第に声は大きくなり、窓から二人の男女が出てきた。なにやら揉めているようだが、内容はどうでもいい。私がその揉め事を引き起こしたということが大事なのだ。

『断気』(ダンキ)

 最後の一声と同時に、揉め合う男女は柵を越え、地面へと真っ逆さまに落ちてゆく。そして。

 ドグジャアッ!!

 肉の潰れ、血が滴る音と同時に、男女一組の遺体が出来上がった。私は暗い路地の中に魚を一匹放り込むと、罪人の死体をカメラに収め、野次馬どもがあふれ出てくる前に、その場を後にする。後日、私は依頼されていた夫から三百万の礼金を受け取った。これが現代における我々一族の務めであった。

 ...彼が去った後、死体を取り囲むように人だかりができたが、脳汁と血液がにじみ出た男女の潰れた頭蓋骨、その首元に、ぷすぷすと犬の歯形が現れたことに気付いた者は、誰一人としていなかった...



 私は今、ねぐらである神社に籠っていた。数日前、四国の両親から連絡があった。都子の姿が消えたらしい。ついにその時が来てしまったのだ。恐らく、都子がこの神社の場所を突き止め、私の前に現れた時に、ちょうど二十歳を迎えているはずだ。私は平安装束の礼装に着替え、家宝である脇差を腰に納めた...



 月光。きめ細かな海辺の砂を手のひらから一面に巻いたかのような淡い光が、障子を通り抜け、私の足元にまで及んでいる。それはまるで、大樹の陰に咲く月見草の花弁のような、柔らかな白の世界。障子の影が投影され、床に囲碁の盤のような五目格子を描いている。
 だが、その淡い美しさよりも、はるかに恐ろしい美しさを持つ者が、障子一枚隔てたその先、長廊下を歩き、私を求め探し迷っている。

「兄様... どちらにいらっしゃるのですか... 都子はここにおります... ここにおりますよ...」

 都子が、私への禁じられた愛をその身に宿し、彷徨っている。
 湧き出る艶紫の炎。狐の耳と八つの尾を形作っている。その紫炎が、彼女を狂わせ、揺さぶり、私の心をも焼き尽くそうとしている。
 私は腰の脇差に右手を添え、左手で二指を立て、下唇に当て、静かに唱えた。

『想うほど、遠ざかりし君の人... 心ばかり、持うて帰えれ...』

 だが、私の言葉は意味がなかったようだ。

「兄様... 姿をお見せ下さいませ... この想い、受け止めて下さいませ...」

 ピチャ... ピチャ...

 さめざめとした女の涙のように、その股から愛液を滴らせながら、徐々に私の方に近づいてきている。巫女姿の都子。さぞ美しきことであろう。だが、彼女を受け入れることは出来ぬ。私の代で最後なのだ。ここでくい止めることが出来なければ、『狐』は蘇ってしまう。
 これは我が一族の、一代につき百三十年をかけたその九代目... 今より千年を超えて語り継がれてきた忌わしの呪いなのだ...



 遡り、時は天暦(てんりゃく)。西暦にして952年。平安の都の北西、衣笠山。

 舞い落ちる竹の葉。七氏刀の切っ先のように、宙を裂いてゆく。その中で舞う十二単と平安装束。振り下ろされる太刀。女の首を切り落とそうと、男は追っていた。遂に背中を捉えた刀。転んだ女は袖をあて、顔を隠した。だが、男は容赦しない。

「諦めよ、玉藻姫。人を喰ろうて来たお前だ。今度は、お前の番なのだ」

 男の声を聴き、顔を露わにする女。その顔は人のものではなかった。醜くひきつった狐の顔。口元は血に濡れ、肉と皮が垂れ下がっている。

 ケーン! ケンケン!!

 吠える女。最後の悪あがきと男に飛びかかり、その爪で男を切り裂こうとする。袖で女をあしらう男。手の甲ではたき、地に伏させる。
 ぴたりと首筋に当てられた太刀。あとは、一思いに振りかぶるのみ。構える男に対し、玉藻姫はその恨みを唱えた。

「斬るが良い! この恨み、未来永劫燃え上がらせてみせようぞ!」

 男が太刀を下す瞬間、玉藻は唇を動かす。

『宿孕魂炎』(シュクヨウコンエン)

『絶苦永劫』(ゼックエイゴウ)

 ザシュッ!

(しまった!)

 もはや男が後悔しても遅かった。血の飛沫を上げ、息絶える狐。首筋から漆のような鮮血があふれ出て、大地を染めている。その血に火花が散ったかと思うと、屍体が紫炎に包まれ、瞬間、爆ぜた。

「うっ!?」

 男の体を突き抜け、東南の方向を目指す炎。男は慌てて立ち上がり、その行末を見つめた。都の方角。しかもそこから感じとったのは。
 燃え朽ちた妖の亡骸を後にし、男は竹林を駆け我が家を目指した。大きな屋敷。行燈が灯り、彼の妻が出迎えた。

「兼継様... 任を終えられたのですか...?」

 そう言う妻を退け、子供たちのいる部屋へと急いだ。兼継は寝所で眠っている兄妹を見た。そしてすぐに愕然とし、両手を床につく。妹の頭に、狐の耳が炎となって灯っていた。

「どうされたのですか、兼継様...?」

 心配する妻に、悔しがるように男は言った。

「すまぬ、律子... 我々は都を離れねばならぬようだ...」

 一目見ただけで分かった。娘に憑いた狐の呪いは、簡単に祓えるものではない。
 彼は宮廷に仕える身。そのような身分の家に、妖に取り憑かれた者が出たともなれば、宮廷の者たちは彼に娘を殺せと言うことだろう。だが、愛する我が娘を殺すことができるはずもない。選択肢は一つしかなかった。都落ちだ。
 急ぎ支度を整え、次の日の明け方、屋敷を出た。黙って従う妻。何も分からぬ子供たち。大きな稼ぎを失うことになったが、それでも彼は今後の生活が変わらず安泰であるだろうことを確信していた。その理由は彼らの血筋によるところがあった。その由縁が、彼らの姓にも表れている。目指すは隠岐の国。彼ら一族の出自が眠る場所である。
 日が昇り始めていた。急ぐ兼継。都を去ろうとする一家の前に、狐顔の男が立ちふさがった。白と紫の装束。同僚の中でもまだまだ若い方であるが、兼継は彼が自分よりも遥かにその素質と力を兼ね備えていることを良く知っている。逃れることさえも許されなかったか、と彼は恐怖を覚えた。だが、狐顔のその男は穏やかな笑みを崩さず、彼らに言葉を贈った。

「そなたたちに、幸が訪れんことを祈るばかりです...」

 その言葉を聞き、兼継は感謝の意を伝え、都を後にした。朝焼けに染まる一家の後姿を見つめた彼は、一言呟いた。

「都とは... 奇なるところにございまするなぁ...」



 そして舞台は現代へと戻る。今話したことが、私の先祖の物語なのだ。現代において、我々は別の姓を名乗ってはいるが、我々の一族には真の姓がある。
 本来、我が一族は滅びる運命にあるはずだった。呪術を使い、強大な力を得た先祖。その恩恵は、何が起ころうとも安泰の生活を送ることが出来ることと、他の一切の邪魔な存在を屠る力を得ること。だが、それと引き換えにその子孫らは呪われ、九つ先の代まで、その者たちは惨めな一生を送らねばならぬはずだった。
 しかし、先祖がかつて葬った玉藻姫の呪いにより、更に我が一族の様相は変わった。玉藻姫の力は凄まじかった。我らが内に秘めるものを、狐が喰らうようになったのだ。かの兄妹の頃から、その呪いは続いてきた。
 信じられない話だが、我々の直系の先祖は皆全て、兄妹の番として結ばれてきたのだ。私の両親も、その両親も、どこまで行っても皆全て兄妹。当然、世間から隔絶された生活を余儀なくされた。普通であればとうの昔に血が濃くなりすぎて滅んでいるはずだが、玉藻姫の呪いがそれを許さなかった。一族の力により絶えず生まれてくる兄たち。世代を重ねれば重ねるほど美しさを増すその代の妹たち。彼女らは二十歳を迎えると狐火が燃え盛るようになる。彼女らは唯一狐火が見えるその兄を誘惑し、交わり、新たな兄妹を孕むのだ。恐ろしいのはどういう訳か、いくら歳をとっても兄妹の見た目は変わらず、延々若々しく美しいことだった。そして代を重ねておよそ百三十年を境に、狐の尾が一本増えるようになった。
 一族の者は恐れた。この尾が九つになった時、つまり百三十年を八回重ねた時、この世に玉藻姫が蘇ってしまうのではないか。そしてその一家のみならず、一族の者を根絶やしにするのではないか、ということを。
 もうお分かりだろうか。そう、あれから百三十年を既に八回重ねたことになる。ときおり、私の目にも見えていた。都子の狐火の面影。尾は八本。もし私が彼女と交わってしまえば、その尾は九つになるだろう。そうなってしまえば私のみならず、両親、他の一族の者も滅んでしまうのではないだろうか... それだけは、何としても防がなければならなかった。一族を滅ぼさぬためにも。そして私自身が生きるためにも...



 私は不意に感じ取った。この神社の門をくぐり、境内に侵入してきた者がいることに。懐かしい薫り。そこにいるでもないのに、彼女の薫りに当てられるようで、眩暈がする。
 私は些細な動揺の一切を抑え込み、障子や戸を締め切った部屋の中央で、扇を仰いだ。月明かりに照らされながら、『彼ら』を呼んだ。

『慎みて慎みて願い申す...』

 すぐ傍の境内の砂利音が消え、廊下の床の軋む音が響いてきた。

「兄様... どちらにいらっしゃるのですか... 都子はここにおります... ここにおりますよ...」

 都子の声がする。衣擦れの音がする。床に置かれた犬の右腕。私の仰ぐ扇の風に乗り、その乾いた肉から、黒煙が湧き上がる。

『招致狗神』(ショウチコウジン) 

『降盛吠怒』(コウセイハイド)

『払陰都子』(ハツイントシ)

『急急如律令』(キュウキュウニョリツリョウ)

「そこですか、兄様」

 都子が戸に手を掛けた時だった。

 ガァッ!!

 私がいた部屋から犬が飛び出し、そこにいた都子に飛びかかった。

「きゃっ!」

 慌てて避ける都子。私も部屋から出て、都子と相対す。紫に燃え上がる八つの尾。その内の一本が犬に噛み切られ、七つになっていた。

「酷いですわ、兄様... 愛しい妹の尾を噛み切らせるなんて...」
「ここを去れ、都子。私とお前が結ばれれば、今度こそ『犬神』の一族は滅んでしまうのだぞ」
「構わないではありませんか、兄様...」

 淫らに笑う都子。胸を肌蹴させ、私の瞳を真っ直ぐに見つめてきた...

 我々は犬神の一族だったのだ。かつて狗毒の術を行い、絶対の人生を約束された先祖。代々その家の長男が成す業であったが、あの出来事を境に、犬神の血に狐が交わってきた。祓っても祓っても、決して消えなかった狐火。その炎を宿した女が、必ず生まれ、兄を喰ってきた。

「人を呪って生計を立てる一族など、滅んでも構わないではありませんか... 私はこの想いを止めることなどできません... 兄様と結ばれたくて結ばれたくてしょうがないのです... たとえそれでこの身が滅びようとも、兄様を諦めることなどできません。必ず手に入れて魅せます...」
「...ならば力づくで叩きのめすしかないようだな......」

 私の背後から、更に何匹もの犬が現れ、都子に迫った。
 舞い、犬たちを叩き落とす都子。ときおり、狐火が燃え上がり、犬を焼き殺す。狐の大顎が現れ、犬たちを噛み殺してゆく。だが、それでも捌ききれない。隙を見た一匹が尾に噛み付き、引きちぎる。私も犬たちに交わり、脇差をもって尾を斬り落とそうとする。狐の豊かな尾が、私を薙ぎ払う。
 このような状況にあってなお、都子は楽しそうに舞い踊っていた...



 狐顔の男は犬神兼継を見送った後、自分の屋敷で酒を楽しんでいた。昼ごろになると、彼の唯一の友人である源博雅が訪れ、談笑に華咲かせていた。
 彼はふいに思い出したかのように、ある話題を振った。

「のう博雅、狐火というものを知っているか?」
「あぁ、聞いたことがある。狐に呪われた女に宿る、艶紫の炎のことであろう。 だがなぜだ?」
「なんとなく、話してみたくなってな...」

 狐顔の男は、飄々と話しはじめた。



「うぅ...」
 
 境内にうちひしがれる都子。その尾は一本だけになり、辺りには犬の死体だけが転がっていた。私の髪も乱れ、礼装はボロボロになっている。だが、勝利の風は私の方に吹いていたようだった。

「終わりだ、都子。お前の動きを封じた後、二度と私には近づけないようにさせてもらう。狐の呪いもここで途切れる」
「やめて下さい、兄様... 兄様に二度と触れることができないなんて、考えたくもありません!」
「赦せ、都子」

 私は二指を唇にあて、呪を結んだ。

『オン・コウジン・モウジャクバク・ビシキュウ・ソワカ』

 都子の周りにある犬たちの死体から血の筋がほとばしる。円を描き、都子を縛る。

『オン・コウジン・モウジャクバク・ビシキュウ・ソワカ』

 悶え苦しむ都子。犬の亡霊が幾重にも連なって体を蝕んでゆく。私の脳裏に走馬灯が走った。
 小学生の頃。まだ何も分かっていなかった俺達は、夕焼けの中、家まで並んで帰っていった。中学の頃。他の女子学生と楽しそうに話す都子を見て、私以外の男と恋をしてほしいと幾度となく願った。私は高校にはいかず、宮司の務めを学んでいた。その手伝いをする都子。水を撒く彼女の仕草は、それだけで心を和ませた。

『オン・コウジン・モウジャクバク・ビシキュウ・ソワカ』

 私は最後の一声を掛けた。都子の背後から犬神が現れ、ぼろきれの様な袈裟で都子を包み込んだ。
 倒れる都子。都子は今、犬神の結界で身動きが取れずにいる。一本だけ残った狐の尾も、ただ頼りなく揺れている。私は最後の尾を斬り落とそうと近づき、脇差を逆手に構えた。

「止めだ、都子!」

 うなだれる都子。その残っていた尾に向け、私は脇差を振り下ろした。

 ドスッ!

「うっ!?」

 声を上げたのは、私の方だった。動けぬはずの都子が動き、左手で私の右手を抑え、右手で私の胸に手を当てていた。訳が分からない。術は上手くいったはずだ。なのになぜ動ける? 力がどんどんと抜けてゆく。上下が逆転し、私に覆いかぶさるように覗いてくる都子。その背後に、首筋を噛み殺されている犬神と狐の霊が見えた。

「兄様、諦めて下さいませ。これで兄様は、私のものです...」

 上着を肌蹴させ、まろび出る豊乳。月光に照らされ、白く輝く。
 都子が右手を私の胸から離すと、私の胸に狐火が宿っていることに気付いた。それと同時に、八本にまで増え蘇った都子の尾。私の胸から取り出した狐火と合わせて、尾が九つになった。

「兄様...♥」

 そうか。そうだったのか... 私はそこでやっと、狐火の正体について理解した気がした。しとどに濡れた都子の唇が、私の唇を吸った...



 博雅は驚いた。

「それでは、狐火と言うのは」
「そうだ。あれは女に宿った呪ではない。男に宿った呪。その男にだけ見える幻なのだ...」

 男は酒をくいと呑んだ。

「男が女を愛おしいと想う心。情欲。その燃え上がった炎こそが、狐火の正体なのだ」
「そうか。だからその男にしか見えぬのか」
「玉藻姫は犬神には勝てぬと悟っていた。ただ恨み殺そうという力では、到底犬神には敵わぬとな。だから狐火を一族の男達に宿らせることにしたのだ」
「どういうことだ?」
「この世で最も強い呪とは何か、知っているか?」
「それは一体、何なのだ?」
「相手を想う優しい心だ。人が愛しいと想う心ほど、強いものはない。それを打ち破る呪など、ありはせんのだ」
「では、玉藻姫は...」
「そう。人をいとも容易く喰い殺す犬神の上を行けるよう、その心に目を付けたわけだ。そうすれば、犬神の男たちは狐の憑いた女たちと交わるしかない。安全に生きながらえ、子を残すことが出来るからな」
「だが、いずれ力が完全に勝った時、狐は犬神の男たちを食い殺してしまうのではないか?」
「そのようなことはあるまい。都を滅ぼした早良親王の激しい怒りとて、百五十年しか持たなかったではないか。時を超えて恨みを持ち続けることなど、疲れ切って誰にも出来はせんのだ。まして呪の根底が子孫繁栄ではな。話にならん」
「晴明。犬神の一族は、この先どうなるのだろうか?」
「...いずれ狐の女しか生まれなくなるだろうな。そうなれば犬神の務めを果たす男はいなくなり、結果として一族は滅ぶだろう。果たして何年かかるかは分からぬが......」

 杯の中の白酒が、真っ赤に染まるのを見た晴明は、最後にぽつりと呟いた。

「時が過ぎれば...」



 蚊帳が揺れ、虫の音が響く。弾けた汗の玉が、目の前の背中、その曲線美をなぞってゆく。咲き乱れる九つの尾。孔雀のように広がり、陽炎のように揺らめいている。それが実体を持ち始め、金色に輝く。敷布団の上。尾が頬を撫でるのを感じながら、都子を後背位で責めていた。

「兄様ぁ♥」

 その瞳は、真っ直ぐに立つ金の剣。都子は子宮を疼かせ、止めどなく愛液を滴らせている。

「都子...」

 黄金の尾が俺の背を包む。見つめ合う。抗えない。淫靡の光。

「兄様、兄様...♥」

 都子は無自覚に誘惑の呪術をかけていることにさえ気付いていない。きゅうきゅうと締め付ける膣の快楽に溺れ、近親相姦の甘美な味を楽しむ。
 たわわに実り、揺れる乳房。子を孕んでもいないのに、桜色の乳輪から、乳液が滴っている。宝玉の輝きを持つ都子の肌。その肌に吸い付き、味わう。

「兄様... 都子のこと、好きですか?♥」

 既に禁忌を犯しているにも関わらず、私は素直に答えることが出来ない。

「兄様♥ 答えて下さい♥ さもないと射精させてあげませんよ?♥」

『俺』は堪らなくなって、心中を吐露した。

「好きだった。子供の頃から! ずっとそばに居てくれるお前のことが、俺はずっと好きだった!」
「...♥ よくできました♥」

 きゅうきゅう

「うっ!?」

 俺は果てる。力なく、都子の背中に身を任せる。

「やん♥ もうぅ、重いではありませんか兄様ぁ...♥ しょうがありませんね。さぁ、都子の胸にいらっしゃいませ♥」

 俺を支えつつ、都子は俺と向かい合うように布団に寝転ぶ。言われるがままに、俺は都子に覆いかぶさった。

 むにぃ

 顔を胸に埋め、その柔らかさに酔いしれる。かぷりと乳首に吸い付き、吸う。

 ちぅちぅ...

「ふふふ♥ 兄様ったら、まるで赤ん坊のようですね♥」

 当然だ。俺は務めを覚えるばかりで、子供らしい子供のような時代を送れなかったのだから。父は母に、溺れきっていた。だから俺も、妹に溺れきってみせるのだ。口に広がる乳液の味。また一つ、俺の中にある理性を溶かす。

「さぁ、兄様♥ 膣内にいらっしゃい♥ 兄様の子を、孕んで差し上げますわ♥ ですから精を漏らして下さいませ♥ この都子に、身も心も捧げて下さいませ♥」

 俺は痩せきった犬のように最後の力を振り絞り、都子の膣内へと入ってゆく。

「はぁぁ♥」

 都子の膣は愛おしげに濡れそぼり、俺のものを迎え入れる。九つの尾が、毛布のように俺の背中にかかり、温もりを逃さない。

「兄様...♥ 兄様...♥」

 俺を受け入れ、主導権を握っているのは彼女だというのに、よがっている。愛おしい。この世で最も自分と近しい存在。妹。彼女がゆったりと腰を振り、俺の子を欲している。ただただ、孕ませたい。俺もその想いに応えるように、僅かばかり、腰を振る。

「射精して下さい♥ 兄様♥ 都子はここにおりますよ♥」
「あぁ、都子。都子ぉ」

 俺の体が震える。狐に喰われる。その子宮に、俺は囚われる。

「射精るのですね、兄様?♥ さぁ射精して♥ 新しい稲荷の一族を、ここから始めましょう♥ 都子はずっと! 兄様のものです!♥」
「都子ぉ!!」

 体にしがみ付き、命の素を注ぎ込む。

「兄様ぁぁぁぁ♥ あああぁぁうぅぅぅ...♥」

 膣口からあふれ出る俺の精液。犬神と稲荷が結ばれた瞬間だった...



 気怠さと朝の森の香りが、全身を包み込む。目覚めと共に完全な狐となった都子が、俺の首筋に甘噛みをしてきた。俺の首筋に、狐の歯形が残る。

「兄様... これで犬神の家も、もう終わりですね...」

 悲しそうな、嬉しそうな。そういう顔をしている都子。その頭を、さはりと撫でる。

「良いんだ。都子...」

 裸の都子を抱きしめ、額に唇を当てる。もはやすべてが、どうでもよくなってしまっていた。この両腕の中にいる一人の女狐だけが、俺の心を癒してくれる。

「時が過ぎれば... 全ては幻...」



 その昔、平安の時代。人と鬼とが共に生きていた時代。
 あれから千年。時代が移ろい、科学が世を支配してからも、暗闇に潜みし鬼、魔物、妖はそれを恐れる人の心に忍び入り、しっかりと息づいていた。
 鬼たちは時にその姿を現し、牙を剥き、観る者の思いを揺さぶり、掻き乱す。これらの鬼、妖を、世の理をもって制する者たちがかつていた。
 宮廷に属し、様々な占術で吉凶を占い、加持祈祷、天体、宇宙の観測、暦の作成、時刻の測定を司り、森羅万象にあまねく通づる者たち... 彼らこそ、闇の時代に現世と異界を駆け巡った

 陰陽師

と呼ばれる者たちであった。

17/09/11 23:17更新 / コーヌスクローネ

■作者メッセージ
エンディングテーマ ― 陰陽師 “舞”―
http://embed.nicovideo.jp/watch/sm18610422

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33