連載小説
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選択と決意、あるいは別離

夢を見ていた。

もう、記憶も薄れているほど昔の夢。
父も母も健在だった頃の夢。
いつも優しく微笑んでいた母と、厳格で無口だった父。
二人は、軍隊に所属していた。
それでも私は、どこにでもある普通の家庭の、普通の娘。
まさか、将来今の様に剣を振るって戦う事になるなど思いもしなかった頃の話だ。
有り体だけど、幸せだったように思う。
仕事中の事故とやらで、二人が帰ってこなくなった時、私はずっと泣いていた。
多分、フラウ様の前で泣いた事を覗けば、あれが最後の涙だった。



夢を見ていた。

孤児院を出た私が、自警団に入団する時の夢。
理想に燃えていた。
私の様に、突然に親を失う子供たちを少しでも減らすのだと決意していた。
女だからと、何度も心無い事を言われた。
守るべき民衆に謗られる事も、本来仲間であるはずの同僚に詰られる事もあった。
しかし、その度に実績をあげて行ったのだ。
私を謗った民衆を守り、私を詰った同僚の背中を支えた。
必死だった。
必死で働き続けて、気づけば最年少で部隊長となったのだ。
だが、部隊長に上り詰めた今になって思う。
このままで、私の理想は成るのだろうかと。



夢を見ていた。

ウィルが、私に頭を下げて、弟子にしてくれと頼み込んできたときの夢。
驚くほど、澄んだ目をした少年だった。
活力に満ちていたが、手足は細く、とても剣を振るってきたようには見えない少年だった。
聞けば、彼も唯一の肉親だった兄が失踪したという。
彼は言った。
「僕が強くなって、他の人の家族を守りたい」と。
部隊長としての責務に追われ、とてもではないが弟子など採っている余裕はなかった。
それでも、結果的にウィルに剣を教える事になったのは何故だろうと、今でも考える事がある。

おそらく、彼の澄んだ目の中に、以前の理想に燃えていた自分自身の残滓を感じたからなのだろう。
彼は、ずっと、この澄んだ目のままでいて欲しいと思ったのだ。
そのためには、私が彼を支えなければならないと。



夢を見ていた。

何度も繰り返してきた、ウィルと稽古をしている時の夢。
彼の成長の早さには、舌を巻いたものだ。
へっぴり腰で剣を振っていた彼が、みるみる内に様になっていった。
センスもあるが、何よりも努力の賜物であったのだろう。
手にはいつもマメを作り、稽古の終わるころには血が滲んでいるのはよくある事。
そんな状態でも、稽古が終わった後も剣を振って自己練習に励んでいた。
出会った時に、ウィルが言い放った、彼の理想。
子供の言う事だと、最初は考える事もあった。
しかし、彼は本気だった。
本気で、理想を追いかけていた。
肉親を無くしたばかりの、私より背も低かった少年がだ。
父母を亡くした時の私は、ひたすら泣いてばかりだったというのに。

本当に、強い子だった。



夢を見ていた。

いつだったか、一人で暮らすウィルの生活の様子が気になって、彼の家へと尋ねた時の夢。
無論、未だ少年である彼には、生活のために働く事は出来ない。
私が金銭の援助を申し出た事もあるが、彼は頑なに断った。
彼が言うには、出所不明の資金援助が来ているらしい。
生活に困らぬほどの援助が、毎月届いているのだとか。
あまりにも怪しい話に、出所を調査したが、全く援助者の正体は掴めなかった。
しかし、金銭に困っていないとしても、あの年齢で一人暮らしは苦労も多いだろう。
不安になり、彼には黙って彼の生活の様子を伺う事に事にしたのだ。
質素な家の戸を叩くと、出てきたのは目赤くを腫らしたウィルだった。

ウィルは、バツが悪そうに私にポツポツと事情を説明した。
常に、気丈に振舞ってきたウィルは、毎夜一人で泣いていたという。
二つあるベッドの片方には埃が積もっていた。
あまりにも、寒々とした部屋の有様に、少し怖気がしたのをよく覚えている。
彼の独白は、衝撃的だった。
私は、心から後悔したものだ。
なにが強い子だと。
肉親を無くし、一人で生きる少年が、平気を装っているのも何故看破できなかったのか。
それでもウィルは、彼の言葉を唇を噛みながら聞く私に言った。

「先生が居るから大丈夫です。」

思えば、彼との時間が特別な意味を持ったのは、この時からだったのかもしれない。



夢を見ていた。

私の理想を、見失った時の夢。
郊外の大農園が、魔物の集団に襲われた。
経営者達は無事だったが、農園で大量に働かされていた奴隷達は一人残らず犠牲になった。
それでも、自警団の最上層部は「人的被害はなし」と結論付けたのだ。
憤りだとか、呆れを通り越して、哀しかった。
全ての人を守りたいと思っていたのに、そのために自警団に入ったのに。
奴隷にだって、肉親も居ただろう。
だが、彼らはこの組織の、あるいはこの国の認識において人ではなかったという。
こんな理不尽があるか。
これがまかり通る組織にも、それを諦めて受け入れるしかない自分にも失望した。

ウィルに、どんな顔をして逢えばいいのか、全く分からなかった。



夢を見ていた。

『彼女』の夢。
いっそ神秘的なまでの異能、冒涜的に美しい彼女の夢。
地の底に這いまわる悪魔のように底恐ろしく、
見つめるだけで人の身を溶かしつくさん程に艶めかしく、
昔、私に向け微笑んでいた母のように優しく暖かい異形の女。

彼女は、私を決定的に変えた。
剣を振るうための腕は、ウィルの体を触るための腕になり、
ひたすら理想に燃えていた思考は、ウィルを見るだけで容易く揺れる。

不思議と、怒りは覚えなかった。
彼女に変えられなければ、私は変われなかったと思うから。

彼女は、決定的に私を変えておきながら、最後は私に選べと言った。
私の変化の最後の一線。
ここだけは、私の脚で踏み越えて来いと。
踏み越えぬならば、そのままで生きろと。

彼女は恐ろしく、優しく、ひたすらに甘い異形だ。
私が剣を取り、あの夫婦を切り捨てる事も考えなかったのか。
邂逅では不覚を取ったが、次はない。
確実に仕留める事が出来る確信があった。

すでに、決意は固まっていた。


永遠に続く夢などなく、いずれ目は覚めるものなのだ。



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木刀が打ち合う音が広場に響く。


「踏み込みが浅い!
 攻めるならば、最も効果的な間合いに確実に入る!」
 
「ぐ……はい!」
 
木刀の先端をひっかけるようにして振るわれたウィルの袈裟の一撃を弾き、叱りあげる。
以前ならば、弾く必要もなく攻撃をいなせていたのだが、今のウィル相手ではそうもいかない。
強かに弾かれた木刀を素早く構えなおし、再度ウィルが踏み込んできた。
踏み込み切れない事を逆手に取ったのだろう。
あえて踏み込みの位置は変えず、中段に向けて突きが放たれる。
突きならば、単純に袈裟で斬りかかるよりは遠い相手にも当たると考えたらしい。
なかなかに早い。狙いも良い。
しかし、やはり挙動が分かりやすすぎる。
狙いが分かってしまえば、いかに早い突きでも対処するのは容易いのだ。
僅かに、身体の重心を右にずらす。
右にいなし、先ほどと同じように弾いてしまえばいい。
しかし、同時にウィルも身体を不自然に捻った。

「っ……!?」

思わず、緊迫した息が口から漏れる。
確かに中段に放たれていたウィルの突きが、彼の身体の捻りに合わせて左右にぶれる。
そのまま、彼はさらに一歩、半ば無理矢理に慣性を押さえつけて、私に向け踏み込んできた。
彼我の距離が肉迫する。
彼に何度も教えてきた間合い。
木刀の長さの刀剣ならば、最も効果的に、相手を斬りつけられる間合いだ。

一直線にこちらに伸びてきた木刀は、一瞬の停止の後に私の顎に向かい振り上げられた。
視界の端に捉えたウィルの顔は真剣そのもの。
私の一挙一動を見逃すまいと、澄んだ瞳が私を射抜く。
放った突きを無理矢理止めて、最適なタイミングで斬り上げるなど、相当の離れ業だ。
想像を超えたウィルの攻撃に、真っ先に防衛本能が反応する。
相手が離れ業をこなすならば、当然こちらもやってのけねば顎を打ち抜かれる。
ずらしていた重心を、無理矢理逆に動かし、上半身だけでスウェイする。
ウィルとの稽古では決して見せてこなかった、本気の動き。
彼の渾身の一撃は、私の軽鎧の胸のあたりもわずかに掠め、数本の前髪を断ち切ったのみ。
不安定な姿勢のままではあるが、なんとか木刀を振るい、振り切って隙の出来たウィルの腕に向けて叩きこんだ。

「いっ……!」

手甲の上からとはいえ、強かに腕を打たれ、ウィルが小さく声を上げる。
衝撃でウィルが手放した木刀が宙を舞う。
そのまま、二人の動きが停止した。
私は、今のウィルの動きを見て受けた衝撃を噛み締める様に。
彼は、渾身の一撃も躱された悔しさを噛み締める様に。

ようやく私が木刀を降ろすと、ウィルがドサリと尻もちをつくように座り込んだ。

「ふぅ……。やるじゃないか。ウィル。」

「ぜぇ、ぜぇ、あり、がとう、ございます……
 あー、頑張ったんだけどなぁ……」
 
息を派手に乱しつつ、ウィルが天を仰ぐ。
滝のように汗を流すウィルを片目に、私も軽く額を拭った。
……まさか、もう私に汗をかかせるまでになるとは。

「……七年早い。精進しなさい。」

「!え?先生、今、七年って……」

「……まあ、流石に驚いた。
 よく頑張ったな。ウィル。」
 
うっかり本気で立ち会ってしまった以上、もう十年早いとは言えなかったのだ。
七年と言ったのは、師匠としての意地のようなものである。
ウィルはと言えば、余程嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべている。
澄んだ瞳が、キラキラと輝く。

「へ、へへへっ!ありがとうございます!」

快活に礼を言うウィルを見て、少しだけ微笑む。
あれだけ強くなっても、彼の本質は何も変わっていない。

昨日の稽古で、私がウィルを傷つけてしまった事も、つい忘れてしまいそうになる。
どう顔を合わせればいいのかも分からなかったが、いざ稽古が始まってみれば、今までにない程にすっきりとした気持ちで打ち込む事が出来た。
これも、『彼女』の力によるものなのかは分からないが、充実した稽古であった。
相変わらず、彼を見ていると胸は高鳴るが、それすらも心地いい。
もしかしたら、これが最後の稽古になるかもしれないのだ。
彼の成長を実感できて、本当に良かった。
しかし、このまま昨日の事をなかった事にする訳にはいかない。
何よりも、彼には話さなければいけない事が沢山ある。

「……ウィル、話がある。
 とても大事な話だ。」

「はい?」

不思議そうにして私を見上げる彼の隣に、私も腰を降ろす。
火照った彼の体温すら感じられる距離。
きゅうっと下腹のあたりに甘い疼き。

「先生?」

「……ウィル。まずは、昨日の事だ。
 君を、傷つけるつもりはなかった。
 本当に、すまなかった。この通りだ。」

ウィルに向かいあうように座り直し、深々と頭を下げる。
頭を下げれば許されるものでもないだろうが、この位しか謝意を伝える方法もない。

「い、いや、ちょっと先生!?
 頭なんて下げないでください!」
 
私の肩を掴んで、頭を挙げさせようとウィルは力を込めるが、私は頑として動くつもりはなかった。

「本当に、すまなかった。
 抑えきれなく、なってしまったんだ。
 君が私に失望しても、仕方ないと思っている。
 君がもう嫌と言うなら、この関係も終わりに……」

「先生!!」

珍しく、ウィルが稽古以外で声を張り上げた。
少し驚き、目を見開く。
力が抜けて、彼に無理矢理に身体を起こされた。

「先生、あの、失望なんて、する訳がないです!」

「お、おい、ウィル?」

「昨日は、そりゃあ驚きましたけど!
 驚いただけです!
 先生みたいな綺麗な人にあんな事されたらそりゃあ驚きます!」

綺麗。
何故だか、その言葉だけで異様に顔が熱くなった。
驚きで気付いて居なかったが、ウィルの顔が非常に近い。

「あの、だから、別に嫌な訳じゃなかったっていうか……
 と、とにかく!もう、大丈夫ですから、謝らないで下さい。」
 
「あ、あぁ。そう、か……。
 ……ありがとう。
 君は、優しいな。」
 
そう言うと、ようやくウィルは私の肩から手を離す。
少し赤くなった顔を隠すようにして、彼は私の隣に座った。

「……あの、先生、今日はお仕事良いんですか?」

「ああ、今日は、休みを貰った。
 ……今日は、とても、大事な日だからな。」

「大事な日?」

何か聞きたげな彼の声には答えず、深く深呼吸する。
未だに高鳴っている鼓動も、だいぶ落ち着いてきた。

「……なあ、ウィル。
 君の夢は、なんだ?」

「え?えっと、強くなりたいです。
 それで、他の人達を守るんです。」

「あぁ、とても、いい夢だ。」

「えーと、ありがとうございます?」

稚気染みた夢と笑う者も居るだろう。
しかし、私には、彼の願いがとてもよく分かるのだ。
なにせ、私の夢もそれなのだから。

「だけどな、ウィル。
 どうやって、守ればいいんだろうな。」

「え?」

「私も、守りたいと思ったんだ。
 そのために自警団に入って、訓練も積んできた。
 沢山の人を、守れてきたと思う。」

実績は上げた。
自警団でも一目置かれる存在になり、私が守ってきた民衆は私を支持してくれた。
たくさん、守ってきたと思う。
それでも、

「……それでも、守り切れない。
 魔物から、人を守ることは出来るかもしれない。
 それでも、全員じゃない。
 そして、魔物から守っても、人が人を傷つける。
 今日もどこかで、確かな人間が、モノとして使い減らされている。
 私が守れていたものなんて、極々一部だ。
 守るために入った自警団も、上の人間は保身に走るばかり。
 人々を守るために結成されたはずの自警団で、人と人が争って、足の引っ張り合いだ。
 なあ、ウィル。
 私は、どうすれば皆を守れる?
 どうすれば、君のように一人になってしまう子供を無くせる?」

「先生……」

師としては、最悪の有様であろう。
彼は、自身の夢を果たすための規範として、私を慕ってくれていたのだ。
その私が、ひたすらに弱音を吐き出している。

「すまない。ウィル。
 こんなに、弱音を吐くつもりは無かったんだが……」
 
「あの!先生は、僕の憧れなんです。」

「……なに?」

「強いし、格好いいし、綺麗だし……
 そんな風に悩んでても、それでも、守ろうと頑張ってお仕事してるし!
 えっと、上手く言えないんですけど、本当に、凄いと思うんです。
 だから、その、元気、出して下さい。」

「ふ、ふふふっ……」

「わ、笑わないで下さいよっ!」

「ふふふ、いや、すまない。
 本当に、優しいな。」

ポンと、ウィルの頭に手を置く。
柔らかな髪の毛の感触が心地いい。
不服そうにウィルがこちらを横目で見るが、生憎可愛らしい印象しか受けなかった。

「……一つ、君に聞きたい事があるんだ。
 ウィル、魔物が、憎いか?」
 
「え?」

「確証はないが、君のお兄さんを連れ去ったであろう相手だ。
 憎いと、思うか?」

何故、私が、こんな質問をしたのか、自分でもよく分からない。
だけど、どうしても、言い止まる事は出来なかった。
返事など、分かりきっているのに。

「……多分、憎いんだと思います。
 兄ちゃんは、大事な家族でしたから。」

ウィルが、僅かに顔を伏せる。
彼が魔物を憎むのは、至極当然な事であろう。
詳細は分からないとはいえ、唯一の肉親の仇と目される相手を、容易く許せるわけもない。

「けど、よく分からないんです。
 なんで、魔物達は人を攫うんでしょう?
 魔物について知ってる事が、全部、人から聞いた話なんです。
 人間を食べるだけなら、わざわざ攫わなくてもいいですよね?
 本当に、よく分かりません。
 魔物達が、本当は何がしたいのかも。
 兄ちゃんが、今、生きているのかどうかも。
 先生は、何か知っていますか?」

「……正直に言えば、私も詳しくは知らない。
 知らずに、今まで戦ってきた。滑稽な話だよ。
 だけど、最近になって分かってきた。
 魔物は……彼女達は、我儘なんだ。」

「え?」

私の言葉の意味を分かりかねたのか、ウィルが首をかしげる。
なにせ、『彼女』自身が自分は我儘だと言っていたのだ。
疑いようもない事実であろう。

「組織や、国の意向で、守りたいモノを諦めた私とは違う。
 彼女達はただシンプルに、自分の守りたいモノを守っている。
 他の何にも優先してな。我儘だろう?」

「えっと、それはどういう……?」

「……ウィル。
 君のお兄さんに、必ずまた会わせてやる。
 君を一人にはしない。」

「え?」

「約束だ。
 これから先、私は君を沢山失望させるかもしれない。
 だけど、この約束だけは絶対に守ってみせるよ。
 私を、信じてくれ。」

「あの、先生?一体、何を……」

「……嫌だったら、言ってくれ。」

困惑するウィルを他所に、一言告げたあと、彼の片手を握る。
一瞬、彼の体が跳ねる。
そのまま、ゆっくりと彼に近づき、空いている方の手で彼の体を抱き寄せた。
彼の体は強張っているが、拒否するような動きは無い。
暖かい。
彼の鼓動を感じる。

「……あの、先生?」

身体を強張らせたまま、ウィルが不思議そうに言う。
返事をせずに、彼に回していた腕に力を込めた。
僅かに感じるウィルの汗の匂い。
じりじりと焼かれるような下腹の疼き。

「……ウィル。
 明日の夜、町はずれの広場に来てほしい。」

「え?あ、はい。」

「いいか?必ず、真剣を持ってくるんだ。
 なにがあっても良いように、準備をしてから来なさい。」

「真剣、ですか?」

「ああ、そうだ。絶対に忘れるな。
 ウィル、君に辛い思いをさせるかもしれない。
 だけど、君はもう十分強くなった。
 君が正しいと思った事をすればいい。私は、それを絶対に否定しない。」

「せ、先生!?一体、何を……」

「明日、来ればわかるさ。
 今は、それ以上聞くな。」

「分かり、ました……」

「うん、いい子だ。」

そう言った後、ゆっくりと彼の体を離していく。
返事はしてくれたものの、ウィルは全く要領を得ていない表情だ。
きょとんとしたままのウィルの頬に、指先で優しく触れた。
決して、この感触と温度を忘れないでいたい。

「ウィル。『また明日。』
 ……元気でな。」

言いながら、立ち上がる。
右手の指先に残った温度を離さぬよう、一度強く拳を握った。
振り返れば、名残惜しくなりそうだ。
立ち止まらぬよう、真っ直ぐに踵を返した。

「先生!どこへ、行くんですか?」

彼の声からは、隠しきれない不安の色。
顔を見なくとも、彼の表情がなんとなく分かるような気がした。
振り返らぬまま、返事を返す。


「決めたんだ。
 私は少し、我儘になろうと思う。
 私自身や、私の夢、そして君の事にも。」
 


16/07/10 19:01更新 / 小屋
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あと二話で完結となります。

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