連載小説
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人選・・・間違えたか・・・? byガルダ

ゴクリ・・・。

俺の喉は音を鳴らして唾を飲み込む。
張り詰めたように流れる緊張感のせいで口の中がカラッカラだ。
この世界にもゴブリンがいると聞いて来たのはいいが、もしも俺達の想像するゴブリンとは違う・・・、そう俺達の世界でオーガとかジャイアントの類だったらどうしようという不安が今になって襲ってくる。
この世界のゴブリンが俺達の世界にいたゴブリンと同じ、ずんぐりとしていてイボイボッとした外見のゴブリンである保証はどこにもない。
不思議なもので一度恐ろしい想像を頭に描くと、どんどん最悪な方向へと向かっていく。

「いい緊張感だ。たかがゴブリンと言えど気を抜かない、その姿勢はどんな状況でも重要だ。油断は一瞬の命取りになるからな。」

ガルダがうんうん頷きながらそう言う。
彼の言葉からすると、どうやらあっちの世界とこっちの世界のゴブリンの評価は『弱い』という点で同じなようだ。
とすると、結構ポピュラーな魔物なのかもしれない。
最悪の想像に歯止めがかかり、安堵する俺。
自分の背からハルバードを抜き、ゆっくりゆっくり慎重に岩穴に近づく。
岩穴の大きさは俺の背丈よりちょっとあるかなってぐらい。
最大でも俺の身長より少し大きい程度で、オーガやジャイアントなどではなさそうだ。

「おい。」

いきなり背後から声がして、飛び跳ねるように後ずさってしまう。
ハルバードを構えて振り返ると、そこには一人の首巻をした少女が立っていた。
背丈は俺より随分と小さく可愛らしい。
手には彼女の身長ぐらいあるいかつい棍棒を握っている。
結構力持ちなようだ。

「あたし達の家に何か用か?」

「いや、最近出没しているゴブリンの盗賊達のアジトなのかな、と思っただけさ。」

「ッ!!皆来てー!!緊急事態、緊急じたーいっ!!」

ワラワラとたくさんの少女が岩穴から出てくる。
8、9、10・・・、11。
11人もいたのか。
どうやらここはゴブリンの巣などではなく、この少女達の住居らしい。
全員力には自身があるらしく、似たような棍棒を持っていた。

「わー、可愛いーっ!!」

「あっと・・・、ゴメンな。ここは君達の家だったのか。」

返事はない。
というか少女達は俺達を無視して、顔を突き合わせながら何かを相談している。
コソコソ話のつもりなんだろうが声が大きいせいでこちらにも丸聞こえだ。

「こういう時なんて言うんだっけ、ポル姉?」

「ここに紙があるから読んでよ、ロッポ。」

「ええ!?何であたしが!?モーム姉が読めばいいでしょ!!」

「じゃ、リッパが読むよー。」

「お願いね、リッパ。ここに書いてあることを読むだけでいいからさー。」

少女の内の一人がくしゃくしゃになった紙を持ってこちらにやってくる。
鼻紙か、と疑いたくなるぐらい汚い紙にはミミズが這いずりまわったような字が書いてあった。

「よくみつけたなー。にんげんどもー。ここがわたしたち、ごぶりんのあじとだとどうしてわかったー。」

すげぇ棒読み。
抑揚など皆無で常に音が一定。
それでも本人はとても必死そうに読んでいて、若干の暖かい微笑みがこぼれてしまった。
キュアリスも同じなようでデレッとした締まりのない笑みを浮かべている。
幼学校で授業参観をする母親や父親もこんな気持ちなのだろう。
と、結婚どころか恋愛経験すらない俺が色々な事を抜かして、父親気分にひたる。

「こうなってはにがすわけにいかないぞー。かえりうちにしてくれるー。」

紙をまたぐちゃぐちゃと荒っぽく畳み、ズボンのポケットにいれた。
どうやらこれで終わりらしい。
俺はその読み上げた子の頭を撫でてやる。
いま筆記用具があればその紙にはなまるをつけてやりたい。
もちろんよくできましたという文字を横に添えて。

「よくできたな、すごいぞ。」

「・・・う。えへへ・・・。」

「でさ、ちょっと聞きたいんだけど、ここらへんにゴブリン達がいるって本当かい?」

「お兄さん、冒険者ー?」

「うん。町の人達に頼まれてゴブリン達が盗んだものを取り返しに来たんだけど、この近くに・・・のわぁっ!!??」

女の子はブゥンと大きく棍棒をフルスイングする。
一体、何だ!?
少女達は全員敵意の目を向ける。

「ダメ!!あれはぜーんぶ、あたし達のモノなの!!」

「・・・どういう事だ?」

「つまりお前達はあたし達のお宝を狙ってきたワルモノなんでしょ!!」

ん?そういえばさっきあの少女は『わたしたち、ゴブリンのアジトだとどうしてわかった』という事を言っていたな。
まさか・・・。
俺が振り向くと、キュアリスも目を丸くしている。
どうやらコイツも同じ事に気付いたらしい。
あまりの驚きに耐え切れなくなった俺達は絶妙なシンクロをみせる。

「コイツ等がゴブリンーっ!!??」
「この子達がゴブリンーっ!!??」

見事に『ゴブリンーっ』の部分がハモった。
なんか劇団員っぽいぞ俺達。
テノールが俺で、ソプラノがキュアリス。
いっそこのままどっかのオーディションでも受けてこようかな。
というか想像の斜め上すぎて、渇いた笑いしか出て来ない。

「何だ、ゴブリンを見たことがなかったのか?」

「俺達が知ってるゴブリンとは違いすぎてちょっと驚いた。」

つーか、この子達が魔物かと聞かれると俺達の世界ではNOだ。
魔物の概念として人間とは違い、邪悪な魔力から生まれた不浄の存在。
欲望のままにあらゆる生命を奪って、自分の私腹を満たす倫理の欠片もない生物のことである。
稀に人と共存を図ろうとするものもいるが、これほど人間に近しい魔物なんて見たことがない。
ちなみに俺達の世界のゴブリンは、徒党を組んで悪事を働く醜悪な生物、人間の言葉は通じず脳みそがあるのかと疑いたくなるほどの単細胞。
更に言えば全ての魔物に共通する事だが、自分の欲望を満たすためなら仲間だって殺しかねない卑劣な奴等だ。
帝国は魔物のそんな習性を使って、魔物を使役している。
そう考えるとこの世界の魔物は魔物らしくなかった。

「来るぞ!!」

ガルダの一声で俺は我に返る。
間一髪で振り下ろされた棍棒を回避。
棍棒を振り下ろした岩がボゴォッと砕け、破片を散らした。
あれ?もしかしてこの子達危険?

「やれやれ、小さい子に全力を出すのは好きじゃないんだけど・・・。」



―――――――――――――――――――――――――


くっ・・・。
ゴブリンといえどさすがに5、6体いっきに襲いかかってくるのは辛い。
意外にもスピードがあり、フットワークも軽い。
結構数が集まると厄介である。
だが全力を出してしまうと、剣で刺し殺してしまう可能性が・・・。
やはり私はまだ騎士団長として未熟なのか。
そうだ、クレスならば・・・。

「クレス!!!・・・って、え?」

思わず剣を構えるのも忘れて立ち止まる。
自分の目を本気で疑った。
そこに広がっているのは・・・。

「わーい!!たおしたー!!」

「ま、負けたぁ・・・。」

「えええええええええっ!!??」

ドラゴンを従える程の実力があるのに何で負けているんだ!?
しかもゴブリン無傷!!
キュアリスは「あははー」と当たり前のように笑う。

「クレスは君を倒したほどの実力を持っている・・・のだろ・・・?」

「ボクとクレスは戦った事ないよー。」

「へ?それなら何故・・・?」

「小っちゃい頃から一緒に育っただけだよー。」

「え・・・?」

「ちーなーみーにっ、クレスはこのままだと使い物にならないってぐらい弱いよー。」

「えーーー・・・。」

予想の範囲を逸脱しすぎて言葉がうまく出てこない。
ゴブリン達はそのままクレスのもとに集う。
私は言いようのない脱力感に包まれる。
勝手に期待しといて勝手に幻滅する自分が一番悪いのだが・・・。

「さてこのままヤっちゃうよー。」

「うん、久しぶりだなー。おいしそー。」

「殺る!?え、嘘でしょ!?あんな可愛い顔してクレスを食べるの!?」

「ヤツ等もああ見えて魔物だしな。」

顔を真っ青にして慌てふためくキュアリス。
魔物だから男を(性的に)食べるのは当たり前だろう。
・・・ああ、そういえばこの二人ゴブリンについて知らなかったんだっけ。
それならば、無理ないかもしれないな。
この時お互いが完璧にすれ違っている事に私もキュアリスもまったく気付かない。

「どうしよう!?このままだとクレスが殺られちゃう!!」

「ああ、犯られるな・・・。」

「何でそんなに落ち着いてられるの!?クレスが大変なことになるんだよ!!」

まあキュアリスとクレスの仲が良いのはよく知っている。
クレスを独占したいと思うキュアリスの気持ちもわからないわけではない。
でも、それだけ血相を変えるほどの事ではないだろう。
おそらく一回、交わってしまえば帰してくれるはず。
キュアリスにとってはたった一回でも重大な事なのかもしれないな。
これが乙女心というヤツか・・・。
何度も言うようだが、この時の私とキュアリスは会話が成立しているようで、まったく意志が疎通できていない。

「もう!!ガルダの役立たずッ!!!いいもん、ボクが行く!!」

キュアリスが痺れを切らしてゴブリン達に向かっていく。
あれだけの慌てようを見てまで、見捨てるような事は私にはとてもできない。
一度大きく息を吐いた私は剣を再度構えて、ゴブリン達に切りかかった。

「しつこいなぁ・・・。今大事なトコなんだからっ。えいっ!!!」

ゴブリンの一匹が私達目掛けて、少し大きめのボールを投げる。
ボールは私達の足元に落ちるとパァンという破裂音を立てて爆ぜた。
その瞬間、私達は黄色い煙に包まれる。
煙幕・・・?
クンクンとにおいを嗅いでみると、鼻がツンと痛くなる。
ッ!!??まさか!?

「鼻と口をふさげぇっ!!こいつは煙幕じゃない、麻痺霧だ!!」

「ふぇ?」

彼女の身体は力なく床に倒れる。
足が微弱に痙攣しているのを見ると、どうやら麻痺霧を多量に吸い込んでしまったらしい。
この即効性から効果時間はそれほど長いとは思えないが、あと30分ぐらいはあのままだろう。

「うぅ、何か足が痺れてきたよぉ・・・。」

「くっ・・・。」

私も少し吸い込んでしまったか・・・。
剣を杖代わりにして身体を支える。
この状態ではクレスを助けるどころか歩くのでさえ精一杯。
もう・・・、ダメなのか・・・。
ゴブリンはクレスの上に跨り、彼の首筋を指で触れる。

「ダメェェェェェェェェェェ!!!!」

キュアリスの吼えるような絶叫。
その瞬間、彼女の身体が変化し始めた。
空のように青い鱗が身体中をつつみ、四肢が巨大化していく。
獲物を切り裂く爪、肉をむしり取るための牙、最上位種にふさわしい威厳に満ちた鋭い瞳。
そこに先程までのキュアリスの面影はない。
いるのは全世界の戦士達の目標であり、魔物達の頂点に立つ存在、ドラゴン。

グオァアアアアアアッ!!!!!

天高く青い竜の咆哮が響き渡る。
その咆哮に乗せられた恐ろしい威圧感は、私達の身体をビリビリと刺激した。
キュアリスとこの竜が同じ生物なのか、本気で疑ってしまう。
これが・・・、ドラゴン・・・。
竜はギロリとゴブリン達のほうを睨んだ。
その鋭い爪を器用に使い、気を失っているクレスを拾い上げ背中に乗せる。

ズゥンッ!!!

その瞬間、また異質なプレッシャーを肌で感じる。
痺れるようなプレッシャーとは違う、重くのしかかるようなプレッシャー。
一歩でも動けばすぐにこの首と身体が別れてしまうような錯覚を覚えた。
これは・・・。
むくっと背中でクレスが起き上がる。
私が驚いたのは、クレスのその時の表情だ。
今までの温和な彼はどこにもいない。
いるのは・・・、そう、例えるとするならば武神。
目にはギラついた闘気が渦巻いており、見る者を威圧した。

「うぉああああああああああああああっ!!!!!!」

ギィンッ、キンッ、カァンッ!!

自分の身長ぐらいあるハルバードを片手で大きく振るクレス。
さっきまで両手で持っていたものを、今は軽々と片手で使いこなしている。
しかも、その一振りでゴブリン達の武器を吹き飛ばした。
バケモノじみている強さに私はただ見ている事しかできない。

「我が名はクレス=レンツゲルト!!アバラッズ竜騎士隊所属、人呼んで『灰燼のクレス』!!!死に急ぎたい者だけかかってこい、相手をしてやる!!」

性格まですっかり変貌している。
だがそれに違和感を覚えないほど、今のクレスには威厳と迫力があった。
ゴブリン達は怯えながら、首を横に振る。
もはやゴブリン達に戦闘の意志はないらしい。
中にはぺたりと座り込んでいる者もいる。
クレスはハルバードのかぎ爪の部分を使い、首巻を巻いた一体のゴブリンをヒョイと持ち上げる。
持ち上げられたゴブリンはクレスに睨まれた恐怖のあまり、泣き出してしまった。

「おい。」

「ふぁ、ふぁいっ!!??」

「お前等には幾度となく俺を殺すチャンスがあったはずだ。何故殺さなかった?」

「あ、あたりまえだよぉ。ぐすっ。あたし達は精液と金目のモノが欲しいだけで、殺すつもりなんかまったくないよぉ。」

「・・・精液?」

クレスは思ってもいなかった回答に思わず聞き返す。
ゴブリンは必死で首を縦に振った。

「あたし達の魔力の源だよぉっ。えぐっ、ふえぇぇぇんっ!!」

ついに会話も出来ないほど大泣きしてしまった。
クレスはやれやれとばかりにゴブリンを地面に下ろしてやる。
ハルバードをしまい彼自身もキュアリスから降りると、いつもの優しい表情に戻った。
キュアリスも竜の姿から、女の子の姿に戻る。

「ガルダの嘘つき!!この子達、ぜっんぜん殺る気ないじゃん!!」

どうやら『ヤ』る気違いだったようだ。
なるほどな、あの時の慌てようはそういう事だったのか。
私の緊張の糸が切れ、自然と笑みがこぼれる。
さっきまでのビンビンに張り詰めていた空気が嘘のようだ。

「あ、兄貴!!」

「へ?」

ゴブリンが三人、クレスに近づいていく。
先程クレスが持ち上げた首巻の子と最初にクレスに頭を撫でられた子。そして最後は麻痺霧玉を投げたゴブリンだった。
その三人はキラキラした瞳でクレスを見つめる。

「兄貴、どうかあたし達を一緒に連れていってくだせぇ!!」

「お願いだよー、リッパも連れて行ってー!!」

「ミーもミーもっ!!」

「ええええええええええええええっ!?」

クレスの声がいやに虚しく空へ響いた。
絶対にクレスには女難の相がある、私は密かに心の中でそう確信した。





10/10/20 23:54更新 / アカフネ
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