連載小説
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たとえ英雄になれなくても・・・
「・・・・・」

「・・・・・」

「ズズッ・・・」


厚生労働省 特殊事案対策課

薫とベルデッド、課長の朱鷺島が沈んだ表情でコーヒーを啜っていた。
時間は早朝と呼ぶには既に遅く、街はすでに夜明けを迎えている。

「薫ちゃん、奴さんの所持品に変なモノはあったの?」

薫が首を横に振る。

「あったのは個室マッサージのメンバーズカードとソープ嬢の名刺、アングラ系バーのマッチくらいさ。所持金もほとんどなかったぜ」

「僕の方は一応成果はあったよ。スライムのジュリちゃんが協力してくれてね」

「・・・課長、もしかして勝手にガサ入れしたんすか?」

薫が朱鷺島を怪訝な表情で見る。

「ははっ問題ないよ。僕は水道に詰まったスライムを助けに行っただけだし。それがたまたまヤツのヤサだっただけだし〜〜」

「収穫は?」

「例のデルエラパンツ爆弾だっけ?その設計図と日本に対するルサンチマンたっぷりの日記だけだよ。アイツこの国でテロを起こして貴族様になりたいんだってさ」

「ははっ!それは傑作だな。で、肝心の爆弾はどんなヤツだ?」

「見た目はただのアタッシュケースで、内部には例のパンツと医療用の精補給剤をそれぞれ円筒に入れたものが入っている。タイマー起爆式で時間になると円筒が割れて精補給剤とパンツの魔力が反応を起こして倍加した魔力が放出される仕組みさ」

「課長のことだから設置場所もわかってんだろ?」

「霞が関。偽装した運送会社のトラックで起爆する予定、だった」

「予定、だったってのは?」

「見つからないんだよ。トラックも押さえたしヤツの部下全員逮捕したんだけど、肝心の爆弾がサッパリ見つからないのよ薫ちゃん」

「つまり・・・・」

「ヤツは真犯人に精魂込めて製造した爆弾をまんまとかすめ取られたってことね。で、口封じされた」

「流石はベルデッドちゃん!うちの単細胞よりも頭がいいね」

「尋問の結果、デビルバグがその爆弾を運んだそうよ。報酬に男を一人差し出す約束でね」

「どうしてそれを早く言わない!関係省庁に連絡して・・・・」

「白い大きな丸いモノの上に置いてきたって言われても、薫さん貴方どこだかわかるの?」

「そうだよな・・・・デビルバグにそんなオツムがあるわけないか・・」

ビルの屋上は言うに及ばず、東京ドームを始め丸い巨大な建物は多い。それらをしらみつぶしに調べるのは骨だ。ヤツが黒幕に始末されたということは既に「下ごしらえ」は終えたと思っていい。
爆弾の行方もそうだが、薫にはどうしても気になったことがある。それはグランマがペイパームーンで指摘した爆弾の「影響圏」だ。東京都の半分しか影響がない魔力爆弾。テロリストは最小限のコストで最大の結果を望むものだ。これではあまりにもありきたりすぎる。

〜 考えろ薫!何か丸くて大きなもの・・・頭がパンパカパーンなデビルバグでもわかるもの・・・・ 〜

窓を見ると、朝日を浴びて飛行船が白銀の輝きを見せていた。
その雄姿を見る薫の中でピースが嵌まった。

「確か、転移門はリリムや高位の魔物が作った・・・魔力の塊・・・・そうか!」

日本を混乱させたいならヤツをわざわざ口封じする必要はない。
真犯人の目的は一国の魔界化じゃない、もっと大きい「テロ」だ。

「課長!飛行船の始発時間を教えてくれ!!」

「そりゃあいつも通り8時だけど・・・・」

壁に掛けられた時計は7時40分を指していた。もう時間はない。

「畜生!!ベルデッド行くぞ!!」

薫はベルデッドの手を引くと走り出す。

「課長は関係省庁と飛行船運行局に運航停止の連絡を!ヤツ、いや真犯人の狙いは日本じゃない!この世界全てを魔界へと変えることだったんだ!!」

薫が省の車止めに駐車されている全自動運転仕様のトヨタ・クラウンに乗り込む。慌ててベルデッドも乗り込んだ。
ベルデッドが乗り込んだのを確認すると、薫はセントラルAIに指示を飛ばす。

「目的地は門、飛行船発着場。公務員特権の行使を要請。安全走行無視の全速力で!!」

「ちょっと!薫さん説明して!!」

「真犯人の目的が分かったんだよ。真犯人は飛行船に爆弾をセットして門に突入させるつもりだ。門はいうなれば高濃度の魔力の塊、外地でもコチラでも安全装置は組み込まれているから暴走はない。でも転移する寸前で魔力爆弾を炸裂させたらどうだ?門は暴走して放たれた魔力は全世界を魔界化させてしまう」

「・・・車を止めて」

「え?」

「早く!!!!」

ベルデッドの迫力に薫がたじろぐ。

「停車せよ!」

薫がAIに停車を命じると、ベルデッドがドアを開ける。

「お・・・おい!今は急いで・・・」

「車じゃ遅いって言ってるの!!」

そう言うとベルデッドの身体が青い炎に包まれ、放たれたまばゆい光に思わず薫は目を覆う。光が収まるとそこに見慣れたベルデッドはいなかった。
背には蠅を思わせる薄紫色と石英のような透明な翅が生え、手は鋭い鉤爪のように鋭利なものへと変わり、彼女の小ぶりな尻にあたる部分からは昆虫のような腹と尻が突き出ている。
ツインテールにした青い髪に髑髏のデザインの髪飾りをつけ、翅には禍々しい髑髏のマークが浮かぶ。
・・・彼女が人化の術を解いたのだ。

― ベルゼブブ ―

蠅の王の異名で呼ばれる魔物だ。

「貴方、高いところは苦手じゃないわよね?」

「あぁ・・・・」

「じゃあ遠慮はいらないわね!」

そう言うや否や、ベルデッドの鉤爪が薫を掴む。
そして・・・・・

「ちょっ・・・ちょっとマテェェェェ!!」

あっという間に薫は空中に浮かんでいた。
蠅の翅が高速で動き、二人分の体重を支えている。

「急いでいるんじゃないの?何がしたいの?」

「なんで飛んでんだよ?!」

「私はベルゼブブよ?人一人掴んで飛ぶことなんて造作もないわ。言っとくけど車よりは早いわよ?」

確かに陸路を行くよりも空を飛んだほうが早い。
少女にしか見えないベルデッドに抱きしめられて空を飛ぶことに彼自身思うところもないわけではないが、今は考えないことにした。

「貴方のことだから探す当てはあるんでしょ?」

「まぁな。まずは飛行船のメインキャビンに向かってくれ」

「わかったわ!!!!」

既に飛行船は浮かび始めていた。もう一刻の余裕はない。

「こ・の・ま・ま突っ込むわよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

ベルデッドがキャビンの窓を突き破った。

バリィン!!!!!!

魔力でコーティングされたベルデッドが突っ込み、対物ライフルの一撃でも耐えうる強化ガラスが吹きガラスのように割れて飛び散っていく。

「こちら厚生労働省特殊事案対策課の岸間だ!船長を呼んで欲しい!!」

薫が砕けたガラスを払いながら、懐からバッチを取り出して見えるように掲げる。
人混みを割り、筋肉質な身体をスーツに押し込んだ燃える様な赤い髪をしたリザードマンの女性がその手にした両刃の剣を薫達に向けた。人間を傷つけない魔界銀製のクレイモアと知っていても気持ちの良いものではない。

「飛行船保安員のカリアだ。いくら公僕でも窓を割っての乗船は感心しないな」

「特殊事案だ。課長の朱鷺島名義で捜査協力と運航停止申請が出ているはずだが」

「今確認させてるが、確認ができなければ船内法規によって貴様を処分せざるを得んな?」

「望むところだ。俺が嘘言ってんなら犯すなり嬲るなり好きにしろ」

「フンッ!この地の男にしてはなかなかだな。よかろう、貴様らを拘束はしないがこのキャビンから出ることは許さない」

そう言うとカリアと名乗るリザードマンは剣を鞘に納めた。

「一体何の騒ぎです!」

仕立ての良い船長服を着た初老の男が慌ててキャビンにやってくる。
手には拳銃。飛行船船長の特権として与えられている魔界銀を込めたスミスアンドウェッソンのチーフススペシャルだ。

「厚生労働省特殊事案対策課の者だ。そちらには朱鷺島課長から連絡がきているはずだが?」

「確かに先程連絡は頂きましたが、キャビンの窓を割って乗船されるとは聞いておりませんでして・・・・」

「この船に爆弾が仕掛けられている。運行を停止して臨検の協力をお願いする」

「爆弾!そんな・・・・!」

「混乱するのはわかるが、時間がない。ベルデッド!例のヤツを頼むよ」

「わかっているわ!」

ベルデッドの鉤爪の中に黒い靄が立つ。靄、いやそれはよく見ると無数の蠅だった。

「さあ、行きなさい!!!」

主たるベルデッドの号令と共にその蠅は方方へと散っていった。

「保安員と船員は貨物室と船室を調べておいてくれ。船長、飛行船の外殻への入り口は何処にある?」

「それはメンテナンスハッチの奥・・・」

カリアが船長の前に出る

「私が案内しよう!船長は乗客に連絡を頼む」

「・・・・お願いする。ベルデッド、後を頼む!」

「ええ!」

薫はカリアに連れられて外殻へと続くメンテナンスハッチへと向かった。



カツ―ン・・カツ―ン・・・

不燃性の浮遊ガスの詰められた気嚢が犇めく中、二人は鉄のキャットウォークを進んでいた。

「外殻へはこのまま真っ直ぐでいいんだな?」

カリアに連れられて進む彼の目の前には外殻へと続く長い階段が見えていた。
目的地はもうすぐだ。

「ああ、そうだ・・・・!」

その刹那だった。先頭を歩くカリアが振り向いたと同時に銀色の閃光が閃いた。

ガギィ!

「アクション映画じゃよくあることさ!!!!!」

カリアの手には鋭い両刃の刀、それを薫は左手に握った黒く輝くスタームルガー・ニューモデルブラックホークで受け止めていた。

「シングルアクションリボルバーか、貴様もなかなか古風な人間だな?」

切れ長な瞳が愉悦に染まる。

「お褒めに頂き光栄だな!お礼にちょっと気持ち良くなってろ!!」

ガン!ガン!ガァン!

魔界銀製の45ロングコルトが立て続けに三発放たれる。

「笑止!」

カァン!!カァン!!カァァァァァァン!!!!

三発の魔界銀弾は彼女に届く前にカリアの剣によって全てはじかれてしまう。

「なぜ私が裏切り者だってわかった?」

「真犯人はこれだけのことをしでかすような奴だ。飛行船内部にも手下を忍ばせておくくらいは予想の範囲。後はホラー映画のテンプレートのように一人で行動するとでも言えば、裏切り者は勝手に名乗り出てくれると読んでいたのさ。爆弾を解除しようとする邪魔者を始末するためにね!!」

「自殺行為も甚だしいな。それとも私に犯されたかったのか?」

「残念ながらお前は俺の好みじゃない。もう少し熟したら改めて夜のお相手を頼むかもな」

「フフッ、その余裕がどれだけ続くかな?」

カリアが再び剣を構える。
対する薫は扱いなれたブラックホークのグリップをカリアに向けて左側のベルトに挟むと身体全体の力を抜いてカリアと正対する。

「ツイストドロウスタイルか。つくづく古風だな」

「ああ、マカロニウェスタンもよく見るもんでね。シェリフとならず者の決闘と洒落こもうかね?決闘場所はOK牧場じゃないがな」

「「さあ、始めようか!」」

薫が左手を捻りグリップを掴むと同時にブラックホークを引き抜いた。そしてコッキングしやすいように大型化されたハンマーを素早くコックする。トリガーを引いたままだ。
ブラックホークの銃口が前進するカリアを捉えると薫はハンマーから指を離した。

ガァン!

ブラックホークを抜き放ち撃つまで一秒もかかっていなかったが、リザードマンであるカリアに通用しない。すぐさま剣で弾丸を弾かれてしまう。
しかし、それこそが薫の狙いだった。

「正面ががら空きだぜ!!!」

ガガァン!!

まるで機関銃のような二連射がカリアを襲う。左手で銃を握り、右手の親指の付け根でハンマ―を弾き激発させた後今度は小指の付け根でハンマーを弾く速射法、薫の得意技である「ゲット・オフ・ツーショット」が決まる。
間髪入れず放たれた二つの弾丸は正確にカリアの頭と臍の下、魔物娘共通のウィークポイントである子宮を狙っていた。普通では一太刀では弾丸をはじき返すすべはないはずだ。

ヒュッン!カカァン!!

「味なマネをしてくれたな。だがそれもお終いだ!!」

見るとカリアの手には剣と鞘。鞘には彼が放った45ロングコルトがめり込んでいた。
彼女はこの変則的な二刀流ともいえる方法で彼の放った弾丸を捌き切ったのだ。

「やるねぇ!」

チャリン!チャリン!

薫がハンマー横のローディングゲートを開き、エジェクターロッドを押して素早く排莢を行う。近代のモダンリボルバーではシリンダーをスウィングアウトすることで排莢と装填を行うことができるが、シングルアクションリボルバーは強度と引き換えにシリンダーが固定されている。故にこうしてエジェクターロッドを使って一発一発排莢し新たな弾丸を装填することになるのだ。もう薫のブラックホークには一発も残っていない。それを武人たるカリアが見逃すはずがなかった。

「わが剣に溺れろ!!!」

カリアが間合いを詰め、薫の頭上に剣を振り下ろそうとする。彼女が自らの勝利を確信した、その瞬間。

ガン!

「ど・・どうして・・・?」

薫の手には青白い硝煙が立ち昇る、信頼性と精度に定評のあるボンドアームズ社製のダブルデリンジャーが握られていた。よく見るとデリンジャーのグリップにはゴム管が結わえ付けられており、それは薫のシャツの袖の中から伸びている。
彼が手を離すとデリンジャーはゴムに引かれ服の中に戻っていった。

「あんた、マーティン・スコセッシのタクシードライバーは見たことはあるかい?ロバート・デ・ニーロは最高だよな〜。主人公のトラビス・ビックルには一ミリも共感できないが」

そう言うと薫は次弾の装填を終えたブラックホークをカリアに向けた。

「さて・・・・。イク前に、お話ひとつしてあげますよ。リップ・ヴァン・ウィンクルの話って知ってます?」

ガン!ガン!ガン!ガァァァァァン!!!!!

「ちょっと薫!銃声が聞こえたけど大丈夫?」

「こっちは大丈夫さ。それよりもそちらはどうだ?」

「スカよ。爆弾なんてなかったわ」

「そこは船員たちに任せてメンテナンスハッチに来てくれ。途中、カリアが倒れているが問題はない。どうやらかなり欲求不満だったらしいな」

「・・・・・そういうことにしておくわ」

通信を終えると薫はメンテナンス用の階段を昇って行った。

「アへぇ・・・へ・・・へへ・・・」

45口径の魔界銀弾を全身に喰らい無様なアへ顔を晒したカリアを一人残して。



― フライング・プッシー・ドラゴン号 上部外殻 ―

ヒュォォォォォ・・・・・

メンテナンス用の階段を上り切り、最後のハッチを開けた先には白銀の大地が広がっていた。

「ここか・・・・」

外地と日本を繋ぐ飛行船「フライング・プッシー・ドラゴン号」。
その上部外殻に薫は立っていた。
ベルデッドの尋問によると、爆弾を運んだデビルバグは白いて丸く大きな物の上に件の爆弾を置いてきたと話していた。
デビルバグが爆弾を隠すような高等技術を持ち合わせているはずがない。よく目を凝らすと中ほどに白い外殻に不釣り合いなアタッシュケースが見えた。

「あれか!!」

薫はゆっくりと足を運ぶ。足場はあるにはあるが、薫が体重をかけた瞬間ミシリと音を立てた。
爆弾まであと数センチの所で急に彼の目の前が暗くなった。

〜 敵か! 〜

咄嗟にブラックホークをその人影に向ける。

「ちょっと!私よ!ベルデッドよ!!」

彼が視線をあげると、ベルゼブブの姿へと戻っていたベルデッドが立っていた。

「なんでお前がいるんだよ?」

「そりゃ飛んで来たに決まってんじゃない。だって翅があるんだから・・・」

「ま、確かにな」

「それが例の爆弾?」

薫がスマートフォンをかざす。

「おい課長見えるか?例の爆弾を見つけた。今から開けるぜ」

「ちょっと薫ちゃん!今から助けを呼ぶから!!」

「おいおい!コイツはタイマー式なんだろ?助けを待ってる時間ないと思うが」

薫が朱鷺島の制止を無視しアタッシュケースを開く。中には設計図通りに二つの円筒とデジタル式のタイマー。しかし見慣れない赤い光を放つ金属の粉末を詰めたナイロン袋が緩衝材のように詰められていた。

「おいベルデッド!コイツは一体なんだ!」

「レスカティエでしか採れない特殊な鉱石よ。詳細は省くけど、魔力を吸収して倍加させ放出する効果があるわ。犯人はつくづく意地が悪いわね」

残り時間は・・・

「あと10分だと・・・・!」

10分じゃ爆弾を解体することも問題のない場所で爆破処理することすら不可能だ。

「万事休すか」

世界の魔界化は阻止できるだろう。だが、日本に一つ魔界ができることには変わらない。黒幕の底意地の悪さに薫は辟易する。

ギシッギシッ!

ベルデッドが強引にアタッシュケースを外殻から引き剥がそうとしていた。

「おいベルデッド!!何してんだよ!!!」

「・・・・私が爆弾を抱えて飛べるところまで飛んで空中で爆発させる。魔物である私が死ぬことはないわ」

「死ぬことはなくとも魔界化させるくらいの魔力を浴びるんだろ?そんなことすれば・・・」

「貴方は公僕でしょ?一人の犠牲に目を瞑るだけで数万、いや数億の人間が助かるなら私は喜んで犠牲になるわ」

「諦めんな!!」

薫の怒声が響く。

「どうしてわからないの!」

「俺はなぁ・・・・英雄ってのが大っ嫌いなんだ!!!」

薫がベルデッドをその鳶色の瞳で見る。

「お前にも家族や友人がいんだろ!!!!そいつらに俺は何て言えばいい?ベルデッドは英雄になりましたってか?冗談じゃない!!残ったヤツの気持ちくらい考えやがれ!!!!」

「このわからず屋!!!」

「わからず屋で結構さ!!!」

チョンチョン

「ん?こっちはこの石頭を・・・ってお前!」

緑色の翼を広げたワイバーンのクーラが空中に浮かんでいた。

「ども〜〜ワイバーン便のクーラちゃんです〜〜」

ペイパームーンの店員をしていることもあるが、ワイバーンのクーラは個人で運送業を営んでいることは薫でも知っている。でもなんでこんな場所に?

「どうしているのって顔に書いてあるね薫くん?アンタんところの課長さんがグランマに連絡してね、急ぎの荷物があるってことでアタシが来たわけよ」

「急ぎの荷物って・・・・」

「それだよそれ!」

バリ!バリィィィィィ!!!!!

クーラがドラゴン種の筋力で外殻の一部ごとケースを引き剥がした。

「じゃあ行ってくるわ。送り先は成層圏と・・・・!」

「おい、待て・・・・待てよ!!!!」

薫とベルデッドが止める間もなく、彼女はケースを両手に抱えると翼を大きくはためかせ、一筋の雲を引きながら蒼穹の彼方へ飛んでいく。
その直後のことだ、空の彼方に禍々しい黒い光球が姿を現し、そして・・・・何事もなく消えていった・・・・。

「行っちまった。クーラ・・・・コーヒーは不味かったけどいい奴だったのに。コーヒーは不味かったけど」

薫がそう呟いた時だ。

「勝手に殺すなよ!!!」

「「へ?」」

二人が声のした方向を見ると、緑色の影がゆっくりとこちらへと降下していくところだった。

「クーラ!!」

「運び屋にとって出前迅速は基本だろ?爆弾は慣性の法則で勝手に成層圏へ到達したよ」

さも当然かのように言うと、クーラはいつもの勝気な顔に笑みを浮かべた。
なんてことない。クーラは急加速してその勢いで爆弾を投擲したのだ、それこそ砲丸投げの要領で。爆弾は空の彼方へとスッ飛んでいき爆発。これなら誰も犠牲になることはない。

「んじゃ、アタシはペイパームーンに戻るわ。グランマに報告しないとな」

まるでつむじ風のようにクーラは再び空に消えていった。

「ははっ!魔物娘にバッドエンドは似合わないってか!最高だな!!」

薫はその場に大の字になって笑う。

「薫さん・・・・」

ベルデッドが薫の傍らに立って彼を見下ろす。

「ん?どうしたんだベルデッド?」

薫が見るとベルデッドの顔が赤い。オマケに荒い息をしている。

「ねぇ・・・一杯奢る約束よね?」

「ああ、男に二言はねぇよ!何がいい?ロイヤルハウスホールドでもドンペリでもいいぜ」

「なら・・・・・私は搾り立てのミルクがいいわね」

彼の鼻が麝香にも似た匂いを感じる。これは発情した・・・・

「え?ちょっと!!ちょっと待てよ!!」

薫が身を起こそうとするが、その小さな体躯にどのような力を秘めているのだろうか、圧し掛かるベルデッドを引き剥がすことも逃げ出すために身を捩ることすらもできなかった。

「まさか・・・・!」

先刻、ベルデッドと薫は爆弾かどうかを確かめるためにケースを開けてしまった。爆弾のコアはリリムの魔力がシミになるまで染みついたパンツだ。「魔物」であるベルデッドがそれの影響を受けないはずがない。

「フフッ・・・ねぇ、ハーピー達みたいに殿方を抱えて空中ファックってのもいいわね?きっとすごく開放的になれるわ、そうでしょあ・な・た?」

今更ながらに薫は思い出した。ベルゼブブという種は「狂暴」で「我儘」、そして「好色」であることを・・・・・。

「クーラ!!頼むから戻ってきてくれぇぇぇぇぇ!!!」

「あら〜〜目の前に発情した女がいるのに別の女のこと?なら気を失うまでファックして調教しなきゃね」

「お願いだからクールなベルデッドに戻ってくれぇぇぇぇえぇぇぇぇ!!!」

薫の絶叫をよそに、空はいつものようにどこまでも青く澄んでいた。
人界は救われた、一人の男の犠牲により・・・・。



― Bar ペイパームーン ―

よく磨かれたスツールに腰掛けるのは特殊事案対策課課長である朱鷺島だ。

「グランマとクーラに無理を言ってすまなかったね」

「ええ。でも魔物が起こした不始末はあたし達魔物が解決しなければいけないわ」

グランマがその美麗な顔に決意を秘めて朱鷺島を見る。

「頼んでおいた例の件はどうだった?」

「キミの見立て通りレームの影があったよ。あのへっぽこテロリストに爆弾の製造を依頼したのはデーモンの女、それもかなりの美女だとヤツは言っていた。でも解せないことがあるんだ」

「何かしら?」

「例のデルエラパンツがこちらに持ち込まれたのが一週間前だ。爆弾の構造もそう難しいものじゃない。その気になれば三日前に起爆させることもできたはず。おまけにヤツがデビルバグの酋長になる前に確保したんだけど、そのきっかけも匿名のタレコミだった。まるで・・・・」

「ゲーム、みたいかしら?」

「ああ・・・」

「レームはいつもそうよ。前魔王時代からゲームが好きだった。一国を制御化において前魔王様とチェスゲームを楽しんでいたわ。王国の全ての人間を使ってね・・・」

「全くとんでもない女だな、レームは」

「ええ。でも貴方達はゲームでそのレームに勝った。それは誇っていいわ。ところで功労者の二人は?」

「薫ちゃんは長期の休暇中。ベルデッドとデキて一緒に外地へ行ったよ。まったく、薫ちゃんは色恋とは無縁だと思ってたんだけど」

「貴方も似たものでしょ?姉妹を養うため密入国したラージマウスに情が移って居候させていたじゃない」

「手を出した挙句に今の仕事に追いやられたけどさ」

「愛することに罪はないわ。魔物と人間でもそれは変わらない。お願いを聞いてくれたお礼に何か奢るわよ?」

「そうだね・・・・ブランデー・ジンジャー。熟成の若いカルヴァドスで頼もうかな」

「相変わらず酒の趣味がいいのね」

「最近はカミさんのおかげでチーズにも詳しくなっちゃったよ」

「それはそれはお熱いことで」

朱鷺島の前に瑞々しい香りを放つハイボールグラスが置かれた。

「若い二人の門出に祝福を」

そう言うと朱鷺島はグラスを傾けた。



あれから私は軍を除隊し「日本」に移住した。そして薫さんと結婚して・・・・私たちは正式に「パートナー」になった。
色々と親身になってくれたグランマの勧めもあり、こうして「ベルデ探偵社」を営んでいる。

ガチャ!

「ただいまベルデッド」

私のパートナーは今でも相も変わらず特殊事案対策課で働いている。

「う・・・何この臭い?」

「ベルデッド聞いてくれよ。下水にバブルスライムがコロニーを作ってて・・・・・」

マスコミやらSNSで「魔ガード」なんて呼ばれることもあるけど、私の薫さんは日々身を粉にして人界とそこに住む魔物達を守るために働いている。
それでも取りこぼしてしまうこともある。
私がこうして探偵事務所を構えたのはそのためだ。
この手で救える人達の数も高が知れている。
でも・・・・。
例え英雄になれなくとも、ちっぽけな私が悩み苦しむ人々の救いになると信じてこの地で日々生きている。
愛しき伴侶とともに・・・・。
















18/01/03 08:21更新 / 法螺男
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■作者メッセージ
これにて新春企画はおしまいです。
アクション作品というので、好きな映画ネタを絡めさせていただきました。
今回の黒幕、テロリストのレームは連載の方のメインキャラクターでグランマと同じように前魔王時代から生きているという設定です。彼女との関係は一筋縄ではいかないようで・・・・。もしよろしければ連載の方もご賞味ください。
次の投稿はフラグブレイカーの予定です。

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