連載小説
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悪魔と狸のあーくん包囲網っ!
僕が彼女と出会って、1ヶ月が経過した。
「あーくん。今から、真剣な話をするわね。」

デロ甘お姉ちゃんそのものの彼女には似つかない、凄く厳しい表情。
彼女がそんな顔になるには、それなりの訳があるはずだ。
僕は何も言わず、軽く頷いた。

「舟石さんから聞いたんだけど、あーくん、『ブラックバイト』に捕まってるんですって?」
確かに、洋介と長電話していたときの話題にはしょっちゅうそれが上がっていた。
アイツと彼女は同僚だから、耳に入ってもおかしくはないだろう。

「それは半分事実で、半分間違いです。それはあくまで1年以上前の話で、今は有給の就労支援プログラムを受けていますから。」

少し、ホッとした。
フェム姉ちゃん -今ではこの呼び方に落ち着いている- はそんな表情を浮かべていた。しかし。

「でも、これってあくまで繋ぎでしかないから、早く次の仕事を見つけないと・・・」
僕がこう言ってしまったが為に、またも硬い表情に戻ったのだった。

「焦る必要はありません。あなたは、私と共にあるのですから。
舟石さんから、経緯も聞いています。車検代を稼ぐ為だと、何とか働かなくてはならないから一抹の不安を抱えて再入社して、サビ残なんかさせないという言葉を信じたらそれは嘘で、偶発的なミスで2万円も弁償させられて(※労基法違反だそうです・・・)・・・だから・・・あーくんには、職場選びにもっと慎重になって欲しいんです!!
私は、あーくんと同居する準備を整えました!! あーくんが望むなら、すぐにでも引っ越して貰って構いません・・・むしろ引っ越して来てください!! 私は、心身が疲れ果てたあーくんなんて見たくないですから・・・」

彼女は何か、大きなことを言いそうだった。
僕はつい、押し黙ってしまう-----

「お金の為に焦って就職して心身を破壊するような行為は、今後一切謹んでください!!」
「は、はあっ!!?」
「契約にもありましたよね、一切の自殺・自傷行為を禁じるって。これは就労自体を否定するものではありませんが、あの再入社は「自殺・自傷行為」に該当します。
そもそも、堕落した生活を送るのがデーモンの『夫』の本分なんです! どうしても働くというのであれば、社長に相談させてもらいます!!」
「な、何か不穏な単語が二つ三つ聞こえたよ!? 堕落とか夫とか相談とか!?」
「もっとも、うちの社長なら堕落させる方向に持っていくでしょうけどね。」

数時間後。

「・・・と、いうわけなんだ。」
電話の相手は洋介。今の状況を、あらかた話したのだ。
堕落してるよな。ダメな奴だよな。そう思いながら話をしていたのだが・・・
「うちの会社、それが結構当たり前なんだわ。」
「ええっ!?」
「5件起こってない愛媛本店はまだライトで、佐世保支店や横浜支店はもう半分くらいの男が魔物娘に入れかわってるんで日常茶飯事。だいたい、もう上層部が狸とかリリムとかになっちゃってるんだよ・・・。」
「そうなんだ・・・」
「おまえ提督(※もちろん某これくしょんのプレイヤーの意味)の時も重巡とか戦艦とかばっかりに興味示したもんなぁ・・・うん、諦めましょう。」
「え!?」
「魔物娘・・・それもデーモンに狙われて、しかも勤務先は魔物娘が頭とってる会社ですぞ? その時点で逃げ道はないでしょー。諦めなさい、式には当然俺も出るから。」

・・・

そして、数日後。
今治の港湾地域にある一棟のビルに、僕はいた。
そう、ここが洋介やソニカお姉ちゃんの勤め先の海運会社「GDマリン・トランスポート」だ。
その門をくぐると、突然社長だと名乗る狸が現れ、僕を応接室へと連れて行った。

「それじゃ、さっそく昭人くんの将来についてお話ししましょう。」
そう言うと、情報ルートはどこなのか事細かに調べられた僕の情報に関して事実確認を求められた。そして、相違のないことを伝えると・・・
「はい、了解。これからの生活は、私達がちゃんと責任を持ちますね。」

洋介から聞くところ、ここの労務管理はしっかりしているらしい。
当然、サビ残なんてもってのほかである。
いったい、どんな仕事が待っているのか。期待と不安が入り交じる中、社長の話を聞いていた。

「・・・それじゃ、ここに署名捺印をお願いできるかしら。」
そして社長は、ある用紙にサインを求めた・・・のだが!!

「ってこれ、婚姻届じゃないですか!?」
「えぇ、そうよ。昭人くん、あなたはフェムエース家に永久就職なさい。」
「もうちょっとまじめに答えてくださいよ!!」
「私は大まじめに言ってるのよ。悪いけど、この程度のスペックじゃ会社では不採用。それに、ソニカちゃんにはもう家庭を養えるだけの収入があるわ。その一方で、彼女の夫としての適性は抜群よ。だから、働くくらいの余力があるならソニカちゃんを癒してあげること。ウチも待機室とヤリ部屋を用意してあるから、彼女が疲れを感じたら全身をいやらしくマッサージして、お○んこを突き上げて中出ししてあげなさい、ね。」
「ちょっと、何言ってるんですか!?」
「とにかく、生活で苦労はかけないからソニカちゃんの専業主夫になりなさい。以上。」

その後、僕は当然抗議した。
専業主夫、ヘタすりゃこのまま堕落してダメンズのヒモ男。
それはさすがにマズい、職が見つかるまで待ってくれと・・・
思えば、堕落しないための最後の悪足掻きだったのだろう。

しかし、社長がピシャリと言いきった。
優しすぎる上に個性の強すぎる僕は普通のサラリーマンには向いていないと。
このまま就活を続けても、かつてのようにブラック企業に捕まって死ぬまで使い潰されるだけだと。
・・・そして、そんなことで自らの社員の大切な人を殺すわけにはいかないと。

「私達がこっちに来てだいぶいい方向に動き始めてはいるけど、それでも今の世の中は到底人が幸せに暮らせる環境とはいえない。特にキミのような、優しすぎる人には。」
「だったら、狡猾になるにはどうすれば」
「だから、昭人くんには無理だし、そもそも狡猾にならないで欲しいのよ。変えるべきはむしろ、この理不尽な社会の方なんだから!!」
「でも、それでも現実は」
「現実は、変わり始めてる。実際、ソニカちゃんはあなたを養ってでも一緒に暮らしたいと思ってる。実はうち、過激派への支援を検討しているからこれを止めることはあり得ない。私もみんなが愛する人たちと、楽しく心豊かに暮らせる世界を作りたいからね。」

僕は、目の前にあるその現実をどう受け入れるべきか、悩んでいた。

「まだそれでも恥だと思うなら、あなたにわかりやすく言ってあげる。
ここに、速いF1マシンとドライバーがいたとする。でも、それだけじゃレースでは勝てない。優秀なマネージャーやピットクルー、さらには彼らを支えるケータリングや雑用係だって必要よね。だから、私はそのマシンが優勝したら、雑用係であっても「自分たちの勝利だ、俺は優勝チームのクルーだ」と胸を張るべきだと思う。そして。」

そして、僕の両肩に手を置いてきた。
「あなたは、彼女が指定したチームクルーなのよ。誇りを持ちなさい。じゃあね。」

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2時間後。
僕は気が付いたら近隣の大型スーパーの屋上駐車場にクルマを止め、サイダーをあおっていた。
空模様も、僕の気持ちを読みとったかのごとくモヤモヤと曇っていた。
何が「Stormy day is over〜 Blue sky is again~」だよと、意味もなく店内放送で流れるテーマソングの歌詞に突っ込んだりしてしまったが・・・

社長から突きつけられた、残酷な現実。
魔物娘の襲来によって、変わりつつある社会。
そして何より、僕がソニカ・フェムエースに求婚されているという事実。

「どうしたもんかなぁ・・・」

しばらくはそんなことを考えてたのだが、僕はその後そのまま眠ってしまっていた。

・・・

話は、1ヶ月前に遡る。

がらがらがらがら・・・

小屋の中では、空き缶がコンベアに乗せられてプレス機に投げ込まれる、そんな音が響き渡っている。

ここは、僕がいつもお世話になっている解体屋だ。
ここは「鉄・アルミ・銅にしか興味ねーよ」といわんばかりに中古パーツ販売に無関心と言うこともあって、自分で外せればかなりの破格でパーツを譲ってくれる。
結果、我が相棒と言うべき存在であるミニカに装着したパーツの70%以上はここで仕入れたモノとなっている。

「・・・そうそう。ほら、あのでっかいヤードはなんか殿様商売だよなー。」
「まぁ、あそこはNGP(※)に入ってますからねー。無理も無いっちゃ無いのかなー。」
※日本自動車リサイクル事業協同組合:解体屋同士で作るグループの一つで、中古パーツを全国で融通し合うシステムも確立されている。

どうやら、同じくここでパーツを漁るプロの方も同意見のようだ。
そうこうしながら、僕は「あるクルマ」のバンパーを取り外した。
それがスポーティーグレード故大型フォグランプを装備しており、既に取り付けたフォグとの相性も悪くなさそうだから純正バンパーとニコイチしてやろうと考えたのである。

ワゴンRやムーヴといった定番車種ではまず行き着かない、マイナー車(※)であるが故の非常識カスタムであったのだ。
※H42/47系ミニカのエアロはマジで1社しか出しているメーカーがないらしいです。

しかも、その「あるクルマ」というのも何とも非常識だった。
別に狙ったわけではないのだが、それは何とプレオ・・・そう、スバル車だったのだから。
純正バンパーをニコイチすると言うだけでも非常識なのに、よりによってその組み合わせがラリーで犬猿の仲である三菱とスバル・・・
・・・正直、スバリストやエボ&VR-4信者にぶっ殺されないかが心配である。

・・・とまぁ、ここまでは僕の日常の一コマに過ぎなかった。しかし。

フロントでバンパー代を支払って、帰ろうとしたその時。
ニブラ(※)を操作してるのはいつものおっちゃんだと、そう思っていた。
※ここではアーム先端が大きなペンチの刃先のようになった、各種解体作業用にカスタムされたショベルカーのこと。

ところが、そこにいたのはツナギに身を包んだ女性だった。
しかも・・・単眼。
ちょっと・・・いや、かなりギョッとしたが・・・そうか、最近は魔物娘が増えてるもんな。
解体屋にサイクロプスか。なんというか、お似合いなのか真逆なのかわからんな。

「あ、こんにちは。あなたがお話に聞いてた石墨さんですね。私、単(ひとえ)っていいます。」
単さんというその彼女は、どうやらあのおっちゃんから僕の近況をかなり耳にしていたらしい。
「確かに、『人間さんの』女性からはあまり好かれないタイプかもしれませんね・・・」
「まぁ、そりゃそうさ。このまま行けば『魔法使い』確定だからね。」
「ふふっ、確かに『人間さんの女性ばかりなら』そうかもしれませんね。でも・・・」
「でも?」
「魔物娘の中には、過激派って言う派閥があるんです。このあたりに過激派が現れたという話は聞いていませんが・・・もしかしたら、石墨さんは過激派に好かれるタイプかもしれません。」
「か、過激派!? 捕まったらどうなるの!? 捕まったらどうすればいいの!?」
「・・・彼女たちの求婚から、逃れるすべは実質上ありません。特にデーモンって言う種族に関しては、諦めて爛れた生活を送るのが唯一の対処法とさえ言われています。実際、あなたのような『優しすぎるマジメくん』がこの社会で疲れ果ててしまい、結局デーモンやデビルのお婿さんになってしまったという話は日常茶飯事ですから。」
「そうですか・・・」

「・・・でも石墨さんは、もしかしたら精神疲労で壊れてしまう前にデーモンのお婿さんになった方がいいのかもしれません・・・。」
16/03/10 16:01更新 / ぜろトラ!
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■作者メッセージ
長い間お待たせいたしました。
そして今回も挿絵なしで申し訳ございません。

さぁ、いよいよあーくんの逃げ道はなくなってきました。

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