痴人の毒
現代日本の、とある都市で。
若者たち、特に思春期の女性の間で、奇妙な噂が広がっていた。夜中に一人で、ある行動をとると、恋の悩みが解決するというのだ。
金曜の深夜、一人でボールに水を張り、絵の具なり墨汁なりで黒く染め、机の上に置く。
黒い水面を眺めながら、自分の悩み、特に恋の悩みを強く念じ、悩みを解決したいと、新たな自分と化して状況を打ち破りたいと強く念ずれば、そこに正体不明の何者かが現れ、解決策を授けてくれるというのだ。
おまじないとも魔術とも呼べないような曖昧な、要領を得ない感じのこの行動だが、しかしその胡散臭さに反して、恋に悩む女子たちの間で急速に広まりつつあった。
もともと若い女性がオカルトの類を好みやすいというのを加味しても、ちょっとありえない勢いであった。その「儀式」が、星座占いのような気休めの物ではなく、本当に効果があるとしか考えられない程に。
深夜、自室で、ボウルに張った墨汁をまんじりともせずに眺めている女子高生、本町 霧絵もその「儀式」を試してみた何番目かの女子高生であった。
やはり他の体験者と同じく、恋愛に関する悩みを抱えていた彼女は、中学の同級生、かつて親しくしていた女友達の一人からの強い勧めによってこれを試してみる気になったのだった。
理知的な双眸と、それによく似合った、細めのレンズに上半分のみのハーフフレーム眼鏡。綺麗に整えられたさらさらの黒髪と相まって、見るからに折り目正しい「正統派委員長」といった風貌である。
見た目の与える印象に違わず、現実的な思考を好みオカルトや占いの類は好まない霧絵であったが、奨めてきた友人のそのあまりに熱心な様子と、彼女が零した「来てくれる」という言葉にどこか引っかかるものを感じ、駄目もとで試してみる気になったのだった。
霧絵の周りでも、この「儀式」の話はしばしば聞かれたし、何も起こらなかったとしても食器が少し汚れるだけの話だ。
鬼が出るか蛇が出るか、はたまたジョーカー様でも現れるか、と好奇心半分で、黒い水を用意して五分ほど経った頃。
悩みを思い浮かべながらじっと見つめていた水面が、俄にぼこぼこと音を立てて泡立ち始めた。温めてもいないのにひとりでに沸騰し出したかのような異常に、思わず後ずさる霧絵。水面は更に激しく暴れだし、ついに溢れる、と見えた瞬間。
眼前に、怖いほどの美貌を備えた異形の女が出現していた。
雪の様に白い肌、血のように真っ赤な瞳。凄絶、とすら言えるほどの、穢れ無き真っ白な髪。この世のどんな生き物にも似ていない、角や尾や翼を生やした、悪魔とも天使ともつかぬその女は、謎の力によって浮遊する黒い球体に腰掛けていた。
「こんにちは。悩みがあるようね？」
優しい声で、女は霧絵に語りかけた。まさか本当に儀式が成功するとは、ましてこんな、この世のものとは思えぬ傑出した美女が現れるとは思わなかった彼女は、言葉を失いながらも、その問いに頷いた。
「うんうん、そうよね。だから、私を呼んだのだものね。私がその悩みを解決してあげられるということも、知っているのよね。 ……ふふ。話が早くて、何よりだわ」
「あの……あなたは、一体？ あんな、適当なので、本当によかったんですか……？」
「ああ、手順は何でもいいのよ。悩める女子が居るっていう、単なる目印なんだから、あれは」
まるで『人間が何処で何をしているのか常に把握している』かのような事を言って、女は球体から降りた。目線を合わせ、更に語りかける。
「さあ、私に話してごらんなさい。あなたの苦しみを」
「……はい」
異常なシチュエーションに疑問も抱かず、霧絵は言われるままに告白し始めた。
霧絵には、付き合っている男が居た。
名を、姉宮 礼司という。霧絵とは同級生で、彼女の方からの申出て、二人は恋人関係を始めた。
そこまではいい。どこにでもいる普通の高校生カップルが一組生まれたというだけの話なのだが、しかし霧絵の苦しみは此処から始まった。
晴れて恋人同士となったことで、礼司に対する欲情、独占欲が少しは収まるかと思っていたのに、狂おしい気持ちは収まるどころか日を追うごとに強まる一方なのだ。
自分以外の女を見ないで欲しい。自分以外の女に触れないで欲しい。恋人を持つ女なら多少なりとも持っているこの感情は、しかし霧絵の体験したことのない激しさで、純な心を苛んだ。
二人で歩いている時、礼司がちらりと別の女のほうを見た。
自分と話しているときに、別の女から声を掛けられ、振り向いた。
そんな些細な、取るに足らない事でさえ、心臓がきりきりと痛み眼輪筋が引き攣る。
あまり嫉妬深い女は嫌われると分かっていた彼女は、努めてその痛みを隠そうとしたが、忍べば忍ぶほど増大するのが感情というやつである。
礼司の部屋で、隠されていたエロ本やエロDVDを偶然発見してしまった時など、怒りと嫉妬の余りそれらを引き裂いてしまわなかったのが不思議なくらいであった。
付き合っている女がいてもそういうものを見たくなるのが男という物なのだ、などと知ったフウに言う女もいるが、到底彼女には納得出来るものではなかった。
そのまま家に帰って、しばらくエッチ停止してやろうかとまで思ったが、エッチを禁止したせいで礼司の性欲が高まり、一人で処理されたり、あまつさえ他の女に走られたりしたらと考えてしまったことで、却ってその日のセックスは激しく、搾り取るようなものになった。
まあ搾り取ると言っても、ついこの間まで処女だった真面目な女のやることだから、たかが知れている。普段より多めにねだってみたりだとか、フェラチオ奉仕を頑張ってみたりだとかいう程度のことである。
いつになく積極的な様子に礼司は喜んでくれていたようだったが、妖婦の如く、虜にするとか堕とすとか、そんなレベルにはまだまだ至らない。
彼の心を自分だけのものにしたい。彼には、自分だけを愛して欲しい。他の女なんか目に入らないくらい、盲目的に自分に焦がれて欲しい。それだけを、ひたすらに霧絵は願うようになっていた。
冷静であろうとする心と、衝動に狂う心。相立たぬ恋と愛に挟まれ、遂に訳の分からぬ呪いを試してしまうほど、彼女は追い詰められてしまったのだ。
告白を聞き終わり、謎の女は少しの間何も言わなかった。霧絵の頭が少し冷えるのを待ったか、一拍置いて返答する。
「その彼氏を、身も心も独占したいってわけなのね？ あなたのこと以外、何にも考えられなくしてあげたいのね？」
「はい……私本当は、礼司の童貞も欲しかった……私は、ちゃんと処女あげられたのに……」
如何なる魔力によってか、本来秘すべき事すらも喋ってしまう霧絵。あるいは、喋らされているのだろうか。
「いいわ。あなたに、その力をあげる。男を自分のものにする、美味しい毒を、あげる」
言うなり、女は霧絵にずんずん近づいてきた。長い両腕で身体を抱きすくめ、そのまま唇と唇を合わせてしまった。
「……！？」
「……ん、ふ」
いきなりの同性キスに、流され気味だった霧絵も正気に返る。が、舌が口の中に差し入れられ、唾液を啜られると、思考は快楽一色に染まってしまった。
同性愛のケはない筈の霧絵だったが、女にくちづけられて脳を揺さぶられるような衝撃を受けていた。口と口を合わせるだけのことでここまで気持ちよく、いやらしい気持ちになれたことなんて、礼司とのキスでも無かった。
ちゅる、じゅると音を立て、女が霧絵の口を犯す程に、頭がぼうっとなり、股間が熱くなり、何も考えられなくなっていく。
キスだけでこんなにすごいなら、この人とセックスした人は、どうなっちゃうんだろう。
そんなことを考えるでもなく考えていた霧絵は、自分の下半身の変質に気がつかなかった。 白くて柔らかいモモやフクラハギの肉が、褐色の硬い甲殻に変わっていく様を、女は至極楽しげに見ていた。
姉宮 礼司はごく普通の男子高校生である。
最近出来た、眼鏡の似合う可愛い彼女と過ごす毎日を存分に楽しんでいた彼は、その彼女が心に秘めた闇には全く気づいていなかった。
だから、土曜の午前、家に一人で居た時に霧絵が訪ねてきたのを、歓びこそすれ疑ったり恐れたりする気持ちは全く無く、薄笑いを浮かべた彼女のいつになく凶暴な佇まいに気を取られることも無かった。
霧絵を部屋に招き入れ、飲み物でも出すべきかと思い出口へ向かいかけた瞬間。首筋に、チクリと鋭い痛みを感じた。
不審に思う間もなく、痛みは掻き消え代わりに麻痺したような感覚が血管に沿って全身に広がる。四肢の力が抜け、横のベッドに倒れ込むと、満面の笑みを浮かべた霧絵がいた。
上半身は何も異常ない、いつもの霧絵なのに、下半身が全く違ってしまっていた。
茶褐色の、長い節足が六本。加えて短く太い、先端に鋏のようなものを備えた脚が一対。更に特徴的なのは、尻の方から伸びる、先端が針状に尖った太い一本の尾だった。
よく見知った彼女が突然蠍のような化物になってしまったことで、礼司はひどく動転した。が、手も脚も不思議に痺れ、全く機能を為さない。ベッドに倒れ、身動きの取れない男に、霧絵はふっと笑いかけた。
「ね、びっくりした？ すごいでしょ、私の毒。怖がらなくてもいいよ。すぐに良くなるからね」
「毒……？ 霧絵が、やったのか……？」
彼女の背でうねうねと動く尾の先、針の先からは透明な液体が微かに漏れ、雫を垂らしていた。毒、ということは、あの針に刺されて今自分は麻痺させられているのかということまで悟ると、礼司の全身が恐怖に硬直した。
「ひっ……お前、俺を……一体……」
「大丈夫。殺したり傷つけたり、酷い事なんてしないよ。気持ちよく、してあげるんだから」
言いながら、人外と化した霧絵は瞬く間に礼司を全裸に剥き、また自身も邪魔っ気な衣服をポンポンと脱ぎ捨ててしまった。
完全に肌を晒したことで、霧絵の肌の所々に呪術的な、怪しげな模様が浮かんでいることが分かった。両脚の付け根辺りから下が、作り物でも何でもない、純然たる化け物のそれであるということも。
変わり果てた彼女の、そのあまりの禍々しい姿は、つい先程まで魔物などとは無縁の生活を送ってきた礼司にとって恐怖の対象以外の何物でもなかった、筈なのだが、この危機的状況にあって彼の陰茎は屹立してしまっていた。
蠍女の肌に描かれた奇妙な模様は刺青のような艶めかしさを持っていたし、かなり着やせする方である霧絵の、服の上からはとてもその存在を推察できない規格外の巨乳もまた眼前にある。しかしそれらにアテられたとも思えない、何処か強制されているような、奇妙な感覚があった。
六本の節足で身体を跨ぎ、まさしく蠍のように上半身を思い切り倒し、霧絵は礼司の両脇の下に手を付いた。
動けずに、陸に釣り上げられた魚のようにびくんびくんと震えるほか無い愛しい恋人を押し倒す体勢で、優しく言う。
「礼司は、なんにもしなくていいからね。気持ちよくなって、私に中出しすることだけ考えててね」
優しい口調ながらも有無を言わせぬ感じで、霧絵は異常に硬くなった礼司のものをそっと自分の陰唇にあてがった。そのまま一気に腰を降ろし、恋人を犯す。ずぶぷっ、と膣を陰茎で満たすと、粘ついた淫らな液体が溢れ出て、礼司の陰嚢あたりまで垂れた。
「はァっ、はあ、ふふ、気持ちイィ……リリムさんのも凄かったけど……やっぱり礼司が一番ね」
睦言を吐き、霧絵は腰の上下運動を加え始めた。多くの節足で支えられているためか、ギルタブリルの騎乗位は人間の女が可能なそれよりも遥かに激しく、また素早い。
更なる快感を神経に注がれ、何かを考えることすら覚束無くなりつつある礼司は、この異常な快感も毒液とやらの影響なのか、とふと思った。
濃い、ぬめぬめする愛液が絶え間なく膣の奥から分泌され、膣粘膜と陰茎との摩擦係数を下げていく。その度ごとに、恋人の騎乗位逆レイプはますます気持ちよくなり、礼司もまた透明な快楽の証を漏らしてしまう。
目で見て確認したわけでもないのに、不思議と霧絵は、礼司がこの強姦を和姦として受け入れつつあることを知っているようだった。
「魔物のエッチ、凄いねぇ……礼司も、ちんちん気持ちいいでしょ？ 我慢汁漏らして、もうすぐにでも射精しちゃいそうでしょ？」
毒の痺れと搾精の甘みに浸された礼司の脳は、性的上位者の問い掛けに対して何らの反応も返さない。問うた霧絵の方も、元より答えを欲したわけではない。
問うまでもなく、分かるのだから。
蠍部と女体との境をグラインドさせ、勃起を強制された肉槍を責め立てる彼女は、近づいた絶頂にニンマリと笑った。長い尾をもたげ、毒針を礼司の首筋に近づけ、甘い声で囁く。
「ね、早く、射精して。我慢なんてしなくていいよ。……どうせ、出来ないんだから」
そう言って、皮下の総頚動脈に針を突き立てた。激しい痛みと共に、意識を揺るがすような凄まじ過ぎる性感が襲い、大量の白濁が放たれた。
大量生産された子種でどろどろに濁った濃い精液は、魔物の心と体を満たして行く。毒液を注入しつつ、胎内に精を注がれる至福の感覚で、霧絵は酔った。ふうふうと息を荒らげ、更なる快楽と愛を求め、半ば無意識的に尾を振るい毒針を刺す。
腕となく胸となく、表在血管に至る所に淫らな注射を受け、礼司の動脈に淫毒が満ち満ちる。四肢の隅々から大脳動脈まで、性感以外の感覚全てを奪い去る劇薬が巡る。運動覚すらも失い、礼司の精神には快楽と、それを与えてくれる霧絵への恋慕以外、何も残らなかった。
毒蠍の針は、射精直後であろうと関係なく、礼司の海綿体を充血させ続ける。針を突き刺しながら自らも快感を得ていた霧絵は、毒の効力に深く満足したようだった。礼司を組み伏せた体勢のまま、再び腰を上下させ、快感を得ようとし始める。
膣内射精されたザーメンは淫毒によってその量を増しており、膣に収まりきらない分が外へ溢れ出てきている。更に潤いを増し、ローション手コキよりも滑らかに蠢き礼司のものを啜る膣襞は、無数の指のように絡みつき、増産された精子を作られる端から搾り出そうとする。
「ね、え、礼司。私とのえっち、気持ちいい？ ギルタブリルに犯されるの、楽しい？」
「ああ、良い、良いよ……霧絵……愛してる……」
「……！！ 嬉しい……！！ 私も、好き……ずっとずっと、私のものなんだから……礼司……」
屈服の声に、感極まった霧絵はまたしても尾を振り回し、毒針を礼司の肌に突き立てた。立て続けの投薬に、礼司の性感は異常なまでに高められ、最早刺される痛みを感じることは無くなっていた。
どころか、鋭く細いものが自分の皮膚、角質や重層扁平上皮、真皮の肉を割り、裂き、血管まで至るその感覚すらも、快楽として受け取ってしまっていた。一瞬、皮膚の感覚が鋭くなり、次いでじんわりと毒液が染みこみ、肉体を侵す。神経毒は礼司の知覚を侵食し、機能を奪い、ギルタブリルの所有物となるに相応しい新たな感覚を与えるのだ。
全身を快楽に満たされ、完全に脱力した礼司は、ただ喘ぎ、愛の言葉を口にしながら与えられる絶頂を乞い願うだけの存在となっていた。自分の上でうねり、恋人を犯し堕落させる背徳に狂い続ける霧絵の美しい姿のみを瞳に映し、被食者はつぶやく。
「霧絵……、また、出そうに……」
「ん……！！」
心得た感じの霧絵は、男を射精させ、同時に自分も達するべく、本気の搾精を見せ始めた。上下の激烈なピストンに加え、前後、左右にも腰を振り、限界ギリギリの男性器に予想不可能な刺激を連続で与える。一番奥まで陰茎が突き込まれ、膣の奥、敏感な上壁に亀頭が思い切り擦れた瞬間、二人は同時に絶頂した。
「霧絵……！！」
「んああああっっ！！」
大量に投与された毒のせいで、一回目よりも量が遥かに増したザーメンが、霧絵の子宮に撒き散らされる。多すぎる白濁は、その粘り気ゆえに膣内に留まってなかなか溢れない。女性器が精で一杯にされる感覚は、アクメ直後の霧絵を狂わすに余りあった。
果て無い情欲に突き動かされ、性欲の奴隷となった霧絵はイきながらも体の動きを止めない。白っぽい本気汁をだらだらと漏らしながら、まだ射精中の肉棒を更に擦りたて、止めどなくイかせようとする。
許容量を遥か超える毒を受けた礼司もまた、高められすぎた精力ゆえ萎えることも出来ず、射精しながら犯され、またそれを悦んでしまう。頭上でゆらゆらと所在なさ気に揺れる尾、その先端の毒針から透明な毒液が雫となって垂れているのを見た礼司は、首をちょっと起こし、危険な針を口に含んだ。
「礼司……？ ん、ああっ、そ、んな……」
上下の唇で針を捉え、舌で先端を撫でさすってやると、刺激に反応した毒腺は神経毒を分泌した。その毒を、礼司は口内で受け止め、嚥下する。むき出しの口唇粘膜や、大量の血管と筋肉から成る舌に、人間性を侵す猛毒が染みこんでいく。
構わず舌を使って、繊細な愛撫で毒の分泌を促すと、まるでアクメ女の潮吹きのように、毒が舌上へ噴出した。零さぬように、出される端から毒液を飲み下すと、腹の奥、身体の中からも毒が染み、より早く霧絵のものになれるような気がした。
「礼司……こんな事までしてくれるなんて、嬉しい……！！ まだまだ、私の針で気持ちよくしてあげるんだから……！」
恍惚のギルタブリルは、遂に求めるものを得て、ただただ、満たされていた。
霧絵は、自分だけが礼司に依存しているのが、なんだか不公平だと思っていたのだ。礼司にも自分に依存してもらうことで、これからは心穏やかに過ごせることだろう。
若者たち、特に思春期の女性の間で、奇妙な噂が広がっていた。夜中に一人で、ある行動をとると、恋の悩みが解決するというのだ。
金曜の深夜、一人でボールに水を張り、絵の具なり墨汁なりで黒く染め、机の上に置く。
黒い水面を眺めながら、自分の悩み、特に恋の悩みを強く念じ、悩みを解決したいと、新たな自分と化して状況を打ち破りたいと強く念ずれば、そこに正体不明の何者かが現れ、解決策を授けてくれるというのだ。
おまじないとも魔術とも呼べないような曖昧な、要領を得ない感じのこの行動だが、しかしその胡散臭さに反して、恋に悩む女子たちの間で急速に広まりつつあった。
もともと若い女性がオカルトの類を好みやすいというのを加味しても、ちょっとありえない勢いであった。その「儀式」が、星座占いのような気休めの物ではなく、本当に効果があるとしか考えられない程に。
深夜、自室で、ボウルに張った墨汁をまんじりともせずに眺めている女子高生、本町 霧絵もその「儀式」を試してみた何番目かの女子高生であった。
やはり他の体験者と同じく、恋愛に関する悩みを抱えていた彼女は、中学の同級生、かつて親しくしていた女友達の一人からの強い勧めによってこれを試してみる気になったのだった。
理知的な双眸と、それによく似合った、細めのレンズに上半分のみのハーフフレーム眼鏡。綺麗に整えられたさらさらの黒髪と相まって、見るからに折り目正しい「正統派委員長」といった風貌である。
見た目の与える印象に違わず、現実的な思考を好みオカルトや占いの類は好まない霧絵であったが、奨めてきた友人のそのあまりに熱心な様子と、彼女が零した「来てくれる」という言葉にどこか引っかかるものを感じ、駄目もとで試してみる気になったのだった。
霧絵の周りでも、この「儀式」の話はしばしば聞かれたし、何も起こらなかったとしても食器が少し汚れるだけの話だ。
鬼が出るか蛇が出るか、はたまたジョーカー様でも現れるか、と好奇心半分で、黒い水を用意して五分ほど経った頃。
悩みを思い浮かべながらじっと見つめていた水面が、俄にぼこぼこと音を立てて泡立ち始めた。温めてもいないのにひとりでに沸騰し出したかのような異常に、思わず後ずさる霧絵。水面は更に激しく暴れだし、ついに溢れる、と見えた瞬間。
眼前に、怖いほどの美貌を備えた異形の女が出現していた。
雪の様に白い肌、血のように真っ赤な瞳。凄絶、とすら言えるほどの、穢れ無き真っ白な髪。この世のどんな生き物にも似ていない、角や尾や翼を生やした、悪魔とも天使ともつかぬその女は、謎の力によって浮遊する黒い球体に腰掛けていた。
「こんにちは。悩みがあるようね？」
優しい声で、女は霧絵に語りかけた。まさか本当に儀式が成功するとは、ましてこんな、この世のものとは思えぬ傑出した美女が現れるとは思わなかった彼女は、言葉を失いながらも、その問いに頷いた。
「うんうん、そうよね。だから、私を呼んだのだものね。私がその悩みを解決してあげられるということも、知っているのよね。 ……ふふ。話が早くて、何よりだわ」
「あの……あなたは、一体？ あんな、適当なので、本当によかったんですか……？」
「ああ、手順は何でもいいのよ。悩める女子が居るっていう、単なる目印なんだから、あれは」
まるで『人間が何処で何をしているのか常に把握している』かのような事を言って、女は球体から降りた。目線を合わせ、更に語りかける。
「さあ、私に話してごらんなさい。あなたの苦しみを」
「……はい」
異常なシチュエーションに疑問も抱かず、霧絵は言われるままに告白し始めた。
霧絵には、付き合っている男が居た。
名を、姉宮 礼司という。霧絵とは同級生で、彼女の方からの申出て、二人は恋人関係を始めた。
そこまではいい。どこにでもいる普通の高校生カップルが一組生まれたというだけの話なのだが、しかし霧絵の苦しみは此処から始まった。
晴れて恋人同士となったことで、礼司に対する欲情、独占欲が少しは収まるかと思っていたのに、狂おしい気持ちは収まるどころか日を追うごとに強まる一方なのだ。
自分以外の女を見ないで欲しい。自分以外の女に触れないで欲しい。恋人を持つ女なら多少なりとも持っているこの感情は、しかし霧絵の体験したことのない激しさで、純な心を苛んだ。
二人で歩いている時、礼司がちらりと別の女のほうを見た。
自分と話しているときに、別の女から声を掛けられ、振り向いた。
そんな些細な、取るに足らない事でさえ、心臓がきりきりと痛み眼輪筋が引き攣る。
あまり嫉妬深い女は嫌われると分かっていた彼女は、努めてその痛みを隠そうとしたが、忍べば忍ぶほど増大するのが感情というやつである。
礼司の部屋で、隠されていたエロ本やエロDVDを偶然発見してしまった時など、怒りと嫉妬の余りそれらを引き裂いてしまわなかったのが不思議なくらいであった。
付き合っている女がいてもそういうものを見たくなるのが男という物なのだ、などと知ったフウに言う女もいるが、到底彼女には納得出来るものではなかった。
そのまま家に帰って、しばらくエッチ停止してやろうかとまで思ったが、エッチを禁止したせいで礼司の性欲が高まり、一人で処理されたり、あまつさえ他の女に走られたりしたらと考えてしまったことで、却ってその日のセックスは激しく、搾り取るようなものになった。
まあ搾り取ると言っても、ついこの間まで処女だった真面目な女のやることだから、たかが知れている。普段より多めにねだってみたりだとか、フェラチオ奉仕を頑張ってみたりだとかいう程度のことである。
いつになく積極的な様子に礼司は喜んでくれていたようだったが、妖婦の如く、虜にするとか堕とすとか、そんなレベルにはまだまだ至らない。
彼の心を自分だけのものにしたい。彼には、自分だけを愛して欲しい。他の女なんか目に入らないくらい、盲目的に自分に焦がれて欲しい。それだけを、ひたすらに霧絵は願うようになっていた。
冷静であろうとする心と、衝動に狂う心。相立たぬ恋と愛に挟まれ、遂に訳の分からぬ呪いを試してしまうほど、彼女は追い詰められてしまったのだ。
告白を聞き終わり、謎の女は少しの間何も言わなかった。霧絵の頭が少し冷えるのを待ったか、一拍置いて返答する。
「その彼氏を、身も心も独占したいってわけなのね？ あなたのこと以外、何にも考えられなくしてあげたいのね？」
「はい……私本当は、礼司の童貞も欲しかった……私は、ちゃんと処女あげられたのに……」
如何なる魔力によってか、本来秘すべき事すらも喋ってしまう霧絵。あるいは、喋らされているのだろうか。
「いいわ。あなたに、その力をあげる。男を自分のものにする、美味しい毒を、あげる」
言うなり、女は霧絵にずんずん近づいてきた。長い両腕で身体を抱きすくめ、そのまま唇と唇を合わせてしまった。
「……！？」
「……ん、ふ」
いきなりの同性キスに、流され気味だった霧絵も正気に返る。が、舌が口の中に差し入れられ、唾液を啜られると、思考は快楽一色に染まってしまった。
同性愛のケはない筈の霧絵だったが、女にくちづけられて脳を揺さぶられるような衝撃を受けていた。口と口を合わせるだけのことでここまで気持ちよく、いやらしい気持ちになれたことなんて、礼司とのキスでも無かった。
ちゅる、じゅると音を立て、女が霧絵の口を犯す程に、頭がぼうっとなり、股間が熱くなり、何も考えられなくなっていく。
キスだけでこんなにすごいなら、この人とセックスした人は、どうなっちゃうんだろう。
そんなことを考えるでもなく考えていた霧絵は、自分の下半身の変質に気がつかなかった。 白くて柔らかいモモやフクラハギの肉が、褐色の硬い甲殻に変わっていく様を、女は至極楽しげに見ていた。
姉宮 礼司はごく普通の男子高校生である。
最近出来た、眼鏡の似合う可愛い彼女と過ごす毎日を存分に楽しんでいた彼は、その彼女が心に秘めた闇には全く気づいていなかった。
だから、土曜の午前、家に一人で居た時に霧絵が訪ねてきたのを、歓びこそすれ疑ったり恐れたりする気持ちは全く無く、薄笑いを浮かべた彼女のいつになく凶暴な佇まいに気を取られることも無かった。
霧絵を部屋に招き入れ、飲み物でも出すべきかと思い出口へ向かいかけた瞬間。首筋に、チクリと鋭い痛みを感じた。
不審に思う間もなく、痛みは掻き消え代わりに麻痺したような感覚が血管に沿って全身に広がる。四肢の力が抜け、横のベッドに倒れ込むと、満面の笑みを浮かべた霧絵がいた。
上半身は何も異常ない、いつもの霧絵なのに、下半身が全く違ってしまっていた。
茶褐色の、長い節足が六本。加えて短く太い、先端に鋏のようなものを備えた脚が一対。更に特徴的なのは、尻の方から伸びる、先端が針状に尖った太い一本の尾だった。
よく見知った彼女が突然蠍のような化物になってしまったことで、礼司はひどく動転した。が、手も脚も不思議に痺れ、全く機能を為さない。ベッドに倒れ、身動きの取れない男に、霧絵はふっと笑いかけた。
「ね、びっくりした？ すごいでしょ、私の毒。怖がらなくてもいいよ。すぐに良くなるからね」
「毒……？ 霧絵が、やったのか……？」
彼女の背でうねうねと動く尾の先、針の先からは透明な液体が微かに漏れ、雫を垂らしていた。毒、ということは、あの針に刺されて今自分は麻痺させられているのかということまで悟ると、礼司の全身が恐怖に硬直した。
「ひっ……お前、俺を……一体……」
「大丈夫。殺したり傷つけたり、酷い事なんてしないよ。気持ちよく、してあげるんだから」
言いながら、人外と化した霧絵は瞬く間に礼司を全裸に剥き、また自身も邪魔っ気な衣服をポンポンと脱ぎ捨ててしまった。
完全に肌を晒したことで、霧絵の肌の所々に呪術的な、怪しげな模様が浮かんでいることが分かった。両脚の付け根辺りから下が、作り物でも何でもない、純然たる化け物のそれであるということも。
変わり果てた彼女の、そのあまりの禍々しい姿は、つい先程まで魔物などとは無縁の生活を送ってきた礼司にとって恐怖の対象以外の何物でもなかった、筈なのだが、この危機的状況にあって彼の陰茎は屹立してしまっていた。
蠍女の肌に描かれた奇妙な模様は刺青のような艶めかしさを持っていたし、かなり着やせする方である霧絵の、服の上からはとてもその存在を推察できない規格外の巨乳もまた眼前にある。しかしそれらにアテられたとも思えない、何処か強制されているような、奇妙な感覚があった。
六本の節足で身体を跨ぎ、まさしく蠍のように上半身を思い切り倒し、霧絵は礼司の両脇の下に手を付いた。
動けずに、陸に釣り上げられた魚のようにびくんびくんと震えるほか無い愛しい恋人を押し倒す体勢で、優しく言う。
「礼司は、なんにもしなくていいからね。気持ちよくなって、私に中出しすることだけ考えててね」
優しい口調ながらも有無を言わせぬ感じで、霧絵は異常に硬くなった礼司のものをそっと自分の陰唇にあてがった。そのまま一気に腰を降ろし、恋人を犯す。ずぶぷっ、と膣を陰茎で満たすと、粘ついた淫らな液体が溢れ出て、礼司の陰嚢あたりまで垂れた。
「はァっ、はあ、ふふ、気持ちイィ……リリムさんのも凄かったけど……やっぱり礼司が一番ね」
睦言を吐き、霧絵は腰の上下運動を加え始めた。多くの節足で支えられているためか、ギルタブリルの騎乗位は人間の女が可能なそれよりも遥かに激しく、また素早い。
更なる快感を神経に注がれ、何かを考えることすら覚束無くなりつつある礼司は、この異常な快感も毒液とやらの影響なのか、とふと思った。
濃い、ぬめぬめする愛液が絶え間なく膣の奥から分泌され、膣粘膜と陰茎との摩擦係数を下げていく。その度ごとに、恋人の騎乗位逆レイプはますます気持ちよくなり、礼司もまた透明な快楽の証を漏らしてしまう。
目で見て確認したわけでもないのに、不思議と霧絵は、礼司がこの強姦を和姦として受け入れつつあることを知っているようだった。
「魔物のエッチ、凄いねぇ……礼司も、ちんちん気持ちいいでしょ？ 我慢汁漏らして、もうすぐにでも射精しちゃいそうでしょ？」
毒の痺れと搾精の甘みに浸された礼司の脳は、性的上位者の問い掛けに対して何らの反応も返さない。問うた霧絵の方も、元より答えを欲したわけではない。
問うまでもなく、分かるのだから。
蠍部と女体との境をグラインドさせ、勃起を強制された肉槍を責め立てる彼女は、近づいた絶頂にニンマリと笑った。長い尾をもたげ、毒針を礼司の首筋に近づけ、甘い声で囁く。
「ね、早く、射精して。我慢なんてしなくていいよ。……どうせ、出来ないんだから」
そう言って、皮下の総頚動脈に針を突き立てた。激しい痛みと共に、意識を揺るがすような凄まじ過ぎる性感が襲い、大量の白濁が放たれた。
大量生産された子種でどろどろに濁った濃い精液は、魔物の心と体を満たして行く。毒液を注入しつつ、胎内に精を注がれる至福の感覚で、霧絵は酔った。ふうふうと息を荒らげ、更なる快楽と愛を求め、半ば無意識的に尾を振るい毒針を刺す。
腕となく胸となく、表在血管に至る所に淫らな注射を受け、礼司の動脈に淫毒が満ち満ちる。四肢の隅々から大脳動脈まで、性感以外の感覚全てを奪い去る劇薬が巡る。運動覚すらも失い、礼司の精神には快楽と、それを与えてくれる霧絵への恋慕以外、何も残らなかった。
毒蠍の針は、射精直後であろうと関係なく、礼司の海綿体を充血させ続ける。針を突き刺しながら自らも快感を得ていた霧絵は、毒の効力に深く満足したようだった。礼司を組み伏せた体勢のまま、再び腰を上下させ、快感を得ようとし始める。
膣内射精されたザーメンは淫毒によってその量を増しており、膣に収まりきらない分が外へ溢れ出てきている。更に潤いを増し、ローション手コキよりも滑らかに蠢き礼司のものを啜る膣襞は、無数の指のように絡みつき、増産された精子を作られる端から搾り出そうとする。
「ね、え、礼司。私とのえっち、気持ちいい？ ギルタブリルに犯されるの、楽しい？」
「ああ、良い、良いよ……霧絵……愛してる……」
「……！！ 嬉しい……！！ 私も、好き……ずっとずっと、私のものなんだから……礼司……」
屈服の声に、感極まった霧絵はまたしても尾を振り回し、毒針を礼司の肌に突き立てた。立て続けの投薬に、礼司の性感は異常なまでに高められ、最早刺される痛みを感じることは無くなっていた。
どころか、鋭く細いものが自分の皮膚、角質や重層扁平上皮、真皮の肉を割り、裂き、血管まで至るその感覚すらも、快楽として受け取ってしまっていた。一瞬、皮膚の感覚が鋭くなり、次いでじんわりと毒液が染みこみ、肉体を侵す。神経毒は礼司の知覚を侵食し、機能を奪い、ギルタブリルの所有物となるに相応しい新たな感覚を与えるのだ。
全身を快楽に満たされ、完全に脱力した礼司は、ただ喘ぎ、愛の言葉を口にしながら与えられる絶頂を乞い願うだけの存在となっていた。自分の上でうねり、恋人を犯し堕落させる背徳に狂い続ける霧絵の美しい姿のみを瞳に映し、被食者はつぶやく。
「霧絵……、また、出そうに……」
「ん……！！」
心得た感じの霧絵は、男を射精させ、同時に自分も達するべく、本気の搾精を見せ始めた。上下の激烈なピストンに加え、前後、左右にも腰を振り、限界ギリギリの男性器に予想不可能な刺激を連続で与える。一番奥まで陰茎が突き込まれ、膣の奥、敏感な上壁に亀頭が思い切り擦れた瞬間、二人は同時に絶頂した。
「霧絵……！！」
「んああああっっ！！」
大量に投与された毒のせいで、一回目よりも量が遥かに増したザーメンが、霧絵の子宮に撒き散らされる。多すぎる白濁は、その粘り気ゆえに膣内に留まってなかなか溢れない。女性器が精で一杯にされる感覚は、アクメ直後の霧絵を狂わすに余りあった。
果て無い情欲に突き動かされ、性欲の奴隷となった霧絵はイきながらも体の動きを止めない。白っぽい本気汁をだらだらと漏らしながら、まだ射精中の肉棒を更に擦りたて、止めどなくイかせようとする。
許容量を遥か超える毒を受けた礼司もまた、高められすぎた精力ゆえ萎えることも出来ず、射精しながら犯され、またそれを悦んでしまう。頭上でゆらゆらと所在なさ気に揺れる尾、その先端の毒針から透明な毒液が雫となって垂れているのを見た礼司は、首をちょっと起こし、危険な針を口に含んだ。
「礼司……？ ん、ああっ、そ、んな……」
上下の唇で針を捉え、舌で先端を撫でさすってやると、刺激に反応した毒腺は神経毒を分泌した。その毒を、礼司は口内で受け止め、嚥下する。むき出しの口唇粘膜や、大量の血管と筋肉から成る舌に、人間性を侵す猛毒が染みこんでいく。
構わず舌を使って、繊細な愛撫で毒の分泌を促すと、まるでアクメ女の潮吹きのように、毒が舌上へ噴出した。零さぬように、出される端から毒液を飲み下すと、腹の奥、身体の中からも毒が染み、より早く霧絵のものになれるような気がした。
「礼司……こんな事までしてくれるなんて、嬉しい……！！ まだまだ、私の針で気持ちよくしてあげるんだから……！」
恍惚のギルタブリルは、遂に求めるものを得て、ただただ、満たされていた。
霧絵は、自分だけが礼司に依存しているのが、なんだか不公平だと思っていたのだ。礼司にも自分に依存してもらうことで、これからは心穏やかに過ごせることだろう。
11/06/04 22:13更新 / ナシ・アジフ