連載小説
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少年の苦い運動
 1人の白衣を着た少年が熱気のある無機質な部屋で、パソコンのキーボードをもくもくと打っていた。汗をだらだらと流し、曇ったメガネをハンカチで拭きながら熱い紅茶を飲む。

「・・・・・・つぃ・・・・・・」

 そんな彼の横から、金髪の男性が近づいて話し掛けてきた。

「ドクター、この部屋に最適なものをご用意しました」
「助かった、レックス・・・それで、何持って来たの?」

 少年が尋ねると、レックスは彼の背中に毛皮のコートを被せる。

「・・・・・・」

 少年の身体から、さらに汗が流れ落ち、小刻みに震え始めた。次の瞬間、彼は両手でキーボードを思い切り叩き殴った。

バァン!!
「あっつうううううううう!!」



「はっ!?」

 端末デスクにうつ伏せで座り寝ていた少年が目覚める。視界に映ったのはモフモフとした猫のような獣の手。異常な状況だと判断した彼は、首と目を動かして自身の背中を見る。

「・・・」
「すぅ―すぅ―すぅ―」

 そこに居たのは、彼に覆い被さって寝ているバフォメットのレシィだった。

「なんで?」

 数十分後、研究開発室の床で正座させられるレシィに、厳しい目で見つめて説教するエスタ。

「何も来てはダメとは言ってないし、作業の邪魔もしていないから問題ない。だけど・・・寝るなら、空いてる個室か城の自室で寝なさい!」
「兄上という抱き枕が恋しいのじゃ♪」
「抱き枕というより、ベット代わりにされているんですけど・・・」

 説教中、起動したばかりのレックスは、2人分の朝食をトレーに乗せて持って来た。

「朝食をお持ちしました」
「おお、美味しそうなのじゃ」
「はぁ、取りあえず食べるとしよう」

 トレーに乗せられた食パンにジャムやバターを塗りつけて食す2人。コーヒーを飲みながらエスタが呟いた。

「今日も平凡な任務だねぇ・・・部隊が鈍りそうだ」
「現在のところ、有益な情報源も入っておりません。そのため、本日までに調査した地域の範囲内でしか活動できないかと・・・」
「本来なら広範囲な活動方法が望ましいけど・・・」

 彼らの言う通り、有益な情報を得るためには、範囲を拡げての調査が必要だった。しかし、それにはある問題がでてくる。

まず、異世界であるこの場所では迂闊に動くことができない。理由としては、争っている勢力との衝突があるのと、異世界人を知らぬ不当な輩との衝突の可能性である。また、この世界では男を襲う魔物娘という存在もいるため、下手をすれば拉致及び監禁もされてしまう危険性もあった。

 そして、もう一つの問題が・・・。

「隊員の数が少な過ぎ」
「二人一組で向かわせる方法もありますが、それでも若干危険性があります」
「だよね・・・特に異形者との戦闘があった時、苦戦を強いられたことがいくつもあったし・・・」
「もぐもぐ・・・」
「今のところ、負傷したのはブレードのみですが・・・」
「あれはちょっとやそっとでは欠けたりはしないから・・・でも、不安だな」

 現在の異形者との交戦回数は4回。異世界の勢力との交戦回数も4回。負傷者はブレードのみで、その他の隊員及び住人の危害はゼロに等しい。ほぼ奇跡と言える状況であった。

「もぐもぐ・・・」
「・・・・・・」
「ドクター、此処は抑えてください」
「僕は何も言ってないし、怒ってもいない」
「ですが、お持ちしたカップが震えております」

 よく見ると、エスタの持つコーヒーカップがカタカタと小刻みに震えていた。彼が震えている理由、それは皿に乗っていたはずの少しかじったパンが消えていたことである。彼の隣にいた少女は美味しそうに、手に持っていたパンを口へ放り込んだ。

「レシィ様」
「んむ?」
「あなた様の分もありますので、ドクターのお食事を奪わないようにしていただけませんか?」

 レックスが注意するも、彼女はお構いなしに頬張ったパンを飲み込む。

「兄上の口付けた食べ物が、どうしてもごちそうに見えてのぉ・・・」
「意味が解らないね・・・」
「私にも解りません」

 レックスも首をかしげながら、再度、エスタの食事を取りに研究開発室から退室する。二人だけになり、妙な雰囲気になる室内。

「兄上」
「何?」
「すまんかったのじゃ」
「・・・・・・別にいいよ」

 彼は朝飯を取られてイラついていたが、彼女の謝罪の言葉にため息を吐いてしまう。見た目が幼い姿もあり、怒鳴りつけるようなことはできないからだ。

(怒りにくい体型だな・・・まぁ、それを狙っているのだろうね・・・)
「?」

 彼は仕方なく、今までのデータの解析と整理のために、端末を操作し始める。

(クアトルまで出現したのなら、“アレ”もいる可能性は高いな・・・この世界には確かな手掛かりがあるはず・・・ひょっとしたら例の・・・)
「兄上」
「はい?」

 レシィが近寄りながらエスタに声を掛けた。その顔はとてもにこやかな顔をしている。

「兄上は外出しないのか?」
「いや、僕はここでやることがあるし・・・」
「たまには外に出んと、身体に悪いぞ」
「親みたいなこと言わないで・・・」

 彼女の質問に呆れながら答える少年。

(親、みたいか・・・自身の口から、そんな言葉が出るなんて・・・)
「よし、決めたのじゃ!」
「はいぃ?」

 突然、レシィは少年の手を掴んで立たせると、自分たちの周りに魔法陣を展開した。

「えっ!?ちょっと、レシィ!何処に連れて行く気!?」
「ちょっとした運動じゃ。心配せんでもワシがついているぞ♪」
「そういう問題じゃな・・・」

 エスタは拒否の言葉を言い終えず、少女とともに姿を消した。それと入れ替わるように、レックスがパンを乗せたトレーを持って入る。入室した彼は2人がいないことに気付いて、辺りを見回した。

「ドクター?レシィ様?・・・どちらへ?」



<都市アイビス ギルド本部>

「♪」
「・・・」
「珍しいですね、レシィがこちらに来るなんて・・・」

 カウンターの前に、楽しそうな顔をするレシィと不満気な顔をするエスタが立っていた。受付のマムは2人を物珍しく眺めている。

「可愛い坊やね。レシィの彼氏?」
「兄上じゃ♪」
「何でこうなる・・・」

 呆れる少年を見て、マムは口に手を当てて微笑んだ。レシィはカウンターに身を乗り出して、受付の女性にあることを尋ねる。

「マム、手頃な依頼はないかのぉ?」
「あら、あなた直々に動くなんて・・・今日は雨が降るかも・・・」
「ワシを馬鹿にしとるのか・・・」
「いえいえ、とんでもございません。少々お待ちを・・・」

 マムは後ろを向いて、棚に置いてある洋紙を取り出す。数枚ある洋紙を受け取った少女は、書いてある内容に目を通した。

「ふむ・・・つまらん内容ばかりじゃ」
「だったら、何しにここへ連れてきた?」

 さり気に突っ込むエスタ。質問された少女は、内容を見ながらしゃべり続ける。

「いや、兄上はずっと部屋に籠っていたじゃろ?たまには気分転換で外へ行こうかと・・・」
「あのね・・・やることがあるから籠っていたの!まだ、作業中なのに・・・」
「それなら・・・こんなのどう?」

 2人の話を聞いていたマムがある洋紙を差し出す。レシィの受け取った洋紙には、『交渉依頼書』と書かれていた。

「実は最近、東の港町への道中でホーネットの巣ができちゃったらしいの。そこを通る行商人たちが被害にあうので、交渉してきて欲しいのよ」
「ふむ、ハチのオナゴたちが婿探し・・・ちと、厄介じゃの」
「それも魔物かい?」
「そうじゃ。麻痺毒を持つハチの魔物で、気性も少し荒い奴じゃ」
「なるほどね・・・・・・」

 エスタが納得していると、少女は魔法陣の準備をし始める。

(ホーネットねぇ・・・偶然かな・・・)
「兄上、行くぞ?」
「え、ちょ、ちょっと早すぎ・・・」

 またも引っ張られて少女とともに消える少年。その光景を見ていたマムは、転移した2人に手を振り、取り出したグラスにワインを注いだ。

「若すぎるっていいわね・・・見た感じだけど・・・」

 しんみりしながらワインを飲んでいると、酒場のドアから、黒い翼腕を持つブラックハーピーの女性が勢いよく入ってくる。カウンターの方へと歩き向かったその女性は、受付のマムに話し掛けた。

「こんにちは、マム」
「凄い勢いで入って来たわね、モコン。どうしたの?」
「あ、実は・・・」

 モコンは懐から手紙を取り出して受付の女性に手渡す。受け取ったマムはワインを飲みながら手紙を披見した。

「ふ〜ん」
「ふ〜んって、凶悪な盗賊団が例のホーネットの巣付近に向かっているのですよ?早急に討伐隊を・・・」
「その必要はないわ」
「え?」

 驚くモコンを余所に、マムは残ったワインを飲み干す。

「ちょうど腕の立つ人がそっちに行ったから、問題ないでしょ。彼氏付きだし・・・」
「はぁ?」



<場所不明 森林地帯>

 背の高い木々が群れる場所に、小柄な2つの人影がいた。白衣を着た金髪のメガネの少年エスタと、獣のような手足とヤギ角を頭に生やした少女レシィである。彼らは危害となっているホーネットの巣を探すため、森を彷徨っていた。

「で、どうするつもり?」
「ふむ・・・何処じゃったかのぉ?」
「探す方法すら考えてないの・・・」
「兄上、何か便利な道具は?」
「いきなり連れ出すから、用意なんかしてないよ・・・」
「なんとぉ!」

 驚くレシィを見て、呆れてしまうエスタ。

「てっきり、兄上お得意の便利道具がポケットから出るかと思って・・・」
「レックスほど便利ではない。僕自身もただの人間だ」
「ほえ?」
「あのね、レシィ・・・策も無しに此処へ来たの?」

 少年の質問に対して、彼女は自信満々な顔でこちらを見ていた。

「ふっふっふ・・・心配せんでも向こうから来てくれるのじゃ」
「へ?どういう・・・」

 彼が疑問に思っていると、上空に3つの人影が現れた。虫の羽音を響かせながら、それは彼らの前に降り立つ。その姿はまるでハチのような姿をし、槍を手にして彼らを見つめていた。

「へぇ・・・これが例の魔物かい?」
「そうじゃ」

 2人が話している間に、真ん中に居たホーネットの女性が槍を彼らの方向に突き付けてしゃべりだす。

「童女に用はない、去れ。そこの少年は我々と一緒に来て貰おうか」
「唐突な要求だね」
「ふっ・・・」
「レシィ?」

 ホーネットの強要にレシィは鼻で笑いながら、右手に光の球を収束させた。

「「「!?」」」

 彼女は小さな殺気を放ち、目の前にいる3人のホーネットへ強力な風圧を与える。彼女らは対応しきれずに吹き飛ばされて、後方の大木に激突した。

「がっ!?」「ぐぅ!?」「あぐっ!?」
「ふん、その程度でワシから兄上を奪えるつもりか?」
「くっ・・・魔術が使える魔物か!」
(これが魔法・・・転移とは違う攻撃タイプか・・・)

 エスタが感心して見ていると、彼の後ろの茂みから小さな音とともに、潜んでいた1人のホーネットが少年に襲い掛かる。あと少しで槍が彼に刺さる瞬間、襲撃者の真下にある地面が盛り上がり、彼女を空へと突き上げた。飛ばされた襲撃者は地面に叩きつけられて動けなくなり、先程、話し掛けたホーネットが驚愕する。

「ば、馬鹿な・・・」
「ワシが気付いてないとでも思ったか?この覇王たるバフォメットであるワシが!」
(これは僕も気付かなかった・・・レシィ、君は・・・)
「さて、遊びにもならん運動はここまでにして・・・」

 レシィは何処からが大鎌を取り出して、一番近いホーネットの喉に刃を突き付ける。

「おぬしらの巣にワシらを案内してもらおうか?」
「!?」
「無論、ワシや兄上に手を出せばただでは済まんぞ」



<同時刻 都市アイビス 中央広場>

「何でだあああああああああ!!」
「待ってえええええええええ!!」

 全速力で走るラキと、彼を追い掛ける白い服を着た牛角のある女性。彼はまたもリンゴを片手に歩いていたところ、たまたま通りがかったホルスタウロスという乳牛の魔物と出会った。そして、リンゴを見たその女性は興奮してしまい、ラキを捕まえようと走り出す。いち早く察知して避けたラキはその場から走るも、彼女のしつこさから振り切れずにいた。

「私の、私のお乳を搾ってえええええ!!」
「どうしてこうなる!?ざけんなああああああ!!」



<森林地帯 ホーネットの巣 内部>

 大木に隠されるかのように存在する球体のような建物。その内部は、ハニカム構造で出来た部屋が多数存在していた。エスタとレシィは中を拝見しながら、先程のホーネット達に連れられて歩く。

「凄いね・・・ハチの巣の中に入れるなんて・・・」
「ワシもこのような経験は初めてじゃ」

巨大な大広間の奥に玉座があり、そこには男なら誰でも見惚れてしまいそうなハチの姿の女性が座っていた。彼女がホーネット達を総べる存在“女王”である。

「そなたらか・・・我が子を虐げた者は・・・」
「ふっふっふ・・・ワシは覇王なるバフォメットのレシィ・エメラドールじゃ」
「僕はエスタ。正確には彼女一人で蹴散らして、僕は何もしてないよ」
「我はレーモ、この巣を束ねる女王。よもや、この巣にまで入って来るとは・・・」

 ホーネットの女王は玉座から立ち上がり、レシィの前まで歩いて見下した。それでも平然として腕を組んで見つめるレシィ。

「此処へ来たのは当然、我に何か要件を伝えるためであろう?」
「そのつもりで此処に来たのじゃ」
「申してみよ」
「早急に巣を移動させよ」
「断る」
「「・・・」」

 女王の拒否の言葉が出ると、2人の間で火花が散り始める。只ならぬ雰囲気になり、周りに居たホーネットだけでなく、エスタも不安になってしまう。

「やっと安住の地を見つけて、此処に住み着いたのだ。何故引っ越さねばならん?」
「ぬしらのために言ってやっているのじゃ!下手に討伐されとうなかったら、さっさと引っ越すのじゃ!」
「ふん、胸ペタンなガキの言うことなぞ聞かん」
「なっなっなっ、なんじゃと!?この、胸にメロンをぶら下げとるだけのババアがぁ!」
「貴様・・・」
「ぬしこそ!」
「「「ガクガクガク」」」
「・・・」

 辺りにホーネット達を怯えさせるほどの威圧を振り撒き、暴言を吐いて睨み合う2人。エスタは予想通りだと思わんばかりに、頭を横に振った。

(余計に話がややこしくなった・・・)
「なかなかのいい人間の子を連れているようだな。ちょうどいい、私に味見させて貰おうか?」
「へ?」
「ならああああん!!ワシの兄上は絶対誰にもやらんのじゃ!!」
「貴様には勿体ない存在だ。素直に引き渡せ」
「嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃあああ!!おぬしのようなババアにはぜぇぇぇぇたいやらんのじゃ!!」

 いつの間にか彼も2人の争い元にされてしまい、徐々にヒートアップする。事がややこしくなりそうなとき、そこへ慌てた1人のホーネットがやって来た。彼女は女王の付近にやって来ると、膝をついてある報告する。

「レーモ様、大変です!」
「何用だ?今は取り込み・・・」
「付近に大勢の人間たちが迫っています!」
「何っ!?」

 突然の敵の侵攻に、女王は報告した彼女へ顔を向けた。

「彼らの目的は恐らく巣だと思われます。資源収集に当たっていた仲間が被害に遭い、こちらに真っ直ぐ向かっているとの報告が・・・」
「よくも我の娘たちを・・・兵を集め、ならず者どもを駆逐せよ!」
「「「はっ!」」」

 指示されたホーネットたちは、それぞれ散開して周りの者たちを呼び集める。巣の内部が慌ただしくなり、女王自身も槍を取り出した。それを見ていたエスタは、彼女の行動に興味を示す。

「へえ、女王自らも行くつもりかい?」
「当然だ。我が娘たちが戦うのだ。母である私が戦わないでどうする」

 当たり前なことだと宣言し、レーモはその場から飛び立った。レシィはふてくされて、そっぽを向いている。そんな彼女に少年は尋ねた。

「見に行こうか?」
「ワ、ワシはハチとならず者の争いなぞ・・・」
「少し気になることがあるから・・・」
「むぅ・・・兄上がそう頼むなら・・・」

 少年の誘いにレシィは不満ながらも転移魔法陣を展開させる。



<森林地帯 ホーネットの巣 近辺>

 所々しか空が見えない程度で木々に囲まれた場所。そんな場所を40人ほどの人間の男たちが、剣や斧などの武器を構えながら歩いている。彼らの向かう先には球体のような建物“ホーネットの巣”があった。

「あれが例のハチの巣だな・・・」
「あんなかには美女だけでなく、お宝もあるはずだ!」
「くひひ、全部いただきだ!」
「野郎ども!リーダーの指示通り、好きに奪い取れ!」
「「「「「うおおおおお!!」」」」」

 戦闘にいた男の掛け声で雄叫びを上げる男たち。その時、士気高揚した彼らの左右から複数のホーネット達が草むらから飛び出す。

「「「!?」」」
「なっ!?」「ぐわっ!」

 不意を突かれた男たちは槍で刺されて動けなくなった。ホーネット達の槍には即効性の麻痺毒が塗られてあり、少しでもかすれば痺れて身動きが取れなくなる。刺された男たちは次々と地面へ倒れていった。

「なるほど・・・相当強力な神経毒らしいね」
「単純な争いじゃな・・・」

 エスタとレシィは、ホーネットの巣の頂上から争いの光景を見物していた。少年は自前の携帯双眼鏡で様子を伺う。少女は何か面白くなさそうに見ていた。

「まだ、イラついているの?」
「べ、別に・・・」

 まだご機嫌斜めな態度を取る少女。それを見た少年が微笑んだ時、森の奥から男たちの唸り声が響いてきた。2人が急いで確認すると、先程の交戦場所より向こう側から別の集団がボウガンを手に進軍してくる。

「む・・・」
「ありゃりゃ、味方も構わず撃ってるよ・・・これは酷いね」

 飛行能力を持つホーネット達は素早く回避するも、対応が遅れた男たちは矢をまともに受けてしまう。しばらくしてボウガンの男たちは撃つのを止め、その中から剣を持った痩せ男が前に飛び出して声を上げた。

「おい、ハチ共!これを見ろ!」
「「「!?」」」
「あれは!」

 痩せ男が指差した方向には、2人のホーネットが取り押さえられていた。どちらも背後から掴まれて、別の男に剣を突き付けられている。彼らは人質という卑劣な手段を取って、彼女たちを無力化させるつもりのようだ。見かねた女王が躊躇わず、彼らの前に現れる。

「やることが小さいね・・・・・・ん?」

 ふと隣に目を向けると、さっきまで居たはずの少女が忽然と姿を消していた。

「思った以上に早いな・・・まあ、先に動いた方が得だからね」

 少年は近くにいたホーネットを呼び寄せる。



 人質を取られたホーネットたちは焦るも、女王は冷静な態度で痩せ男の前に降り立った。

「てめえがハチの女王か・・・すげえ美人じゃねえか」
「貴様・・・我の娘をどうするつもりだ?」
「知れたことよ、全員大人しく武器を捨てて降伏しろ。それから巣を物色させて貰うぜ」
「くっ・・・」
(下手に動けば娘たちが・・・だが、このまま降伏しても・・・)

 2人を助け出す手も無く、男たちの言うことを聞けば、今度は巣が危機に晒されてしまう。女王が悔しさを噛みしめていると痩せ男が近づいてきた。

「まずはあん・・・」
「ぐわっ!」「ぎゃっ!」「げふっ!」「がっ!」
「!?」

 痩せ男がしゃべっている途中、後方に居たホーネットたちを捕縛していた男たちが白目を剥いて倒れる。異常な叫びに気付いた彼が振り向くと、そこには大鎌を持った少女が立っていた。

「おぬしらのやり方は実に不愉快じゃ、よってワシのストレス解消の相手になってもらおうか」
「なっ、何故、バフォメットが・・・此処に・・・」

 少女は左手にバチバチと音立てる光球を出現させて、驚いている痩せ男に投げつける。

「あばばばばば!!」

 光球が痩せ男に当たると、彼の身体は一瞬にして焦げてしまう。痙攣しながら剣を落として倒れる痩せ男。女王は目を丸くして少女を見ていた。

「お前・・・」
「ワシは猛烈に気分が悪い。巻き込まれたくなくば、下がっておれ」

 思わぬ乱入者に怯えてボウガンを放つ男たち。レシィは何かを呟くと、自身の周りに突風を発生させて、男たちへ向けて扇状に強風を吹かせた。放たれた矢は主人の元へ戻るかのように、向きを変えて返し飛ばされる。

「面倒じゃ、おぬしら全員まとめて相手してやろう」
「ひ、怯むな!バフォメットと言えど、相手は一人だ!」
「おめえら、行くぞ!」
「餓鬼が!泣かしてやらあ!」

 男たちはボウガンを捨て、ナイフや剣、斧などの武器を取り出して、レシィを取り囲んだ。近くに居た3人が少女に襲い掛かるも、彼女はまるで見えているかのように攻撃を避ける。それと同時に、3人の後頭部へ大鎌の柄の部分で殴りつけて気絶させた。

「は、早い!?」
「何してやがる!?早くぶっ殺せ!」
「遅い!」
「ぐわっ!」「ぎゃっ!」「ぶっ!」

 次々と襲い掛かる男たちを大鎌で昏倒させていくレシィ。

「舐めやがって・・・みてろ」

そんな彼女に弓矢で狙う男が1人いた。狙いを定めて放とうとした瞬間、彼の首筋に細長いダーツが突き刺さる。予期せぬ痛みにより、男の放った矢は狙いを外して、レシィの足もとへ放たれた。男は首に刺さった物を取ろうと手を伸ばすが、次第にゆっくりと身体が崩れ倒れる。弓矢の男が倒されたことに気付き、ある場所に目を向ける少女。

「!?」
「やれやれ、あまり無茶せず動いてほしいところだけど・・・」
「兄上!?」

 ダーツを撃ったのは白衣を着た少年エスタだった。彼の右手には白い筒状の銃のような物が握られている。

『CONUS GUN』(コーヌスガン)

 小型の麻酔銃で一発しか装填できないが、多種類の薬品弾を使用することができる対生物用鎮圧銃である。

 少年の存在に気付いたのは少女だけでなく、彼の近くにいた4人の男が標的を少年へと変えて向かう。

(兄?なら、こいつを人質に・・・)
「野郎おおおおおお!!」
「兄上!!」
「全く・・・運動は苦手なのに・・・」

 面倒くさそうに溜息を吐くと、少年の白衣の内側にある腰辺りから、タイヤのような水色の物体が4つ足元へと落ちた。それはくの字のような二つに分かれて、別れた1つから羽を2枚出して空中へ飛び始める。

 空中に上がったそれはまるでハチのような姿をして、少年の周りを飛びながらお尻の部分から銃口を展開する。その銃口の先は近づいてきた4人の武器を狙い、光弾を発射して武器を破壊した。

「「「「!?」」」」

 謎の物体からの攻撃で武器を失った男たちは驚愕し、後ずさる4人の内1人が転んでしまう。転がった男の股近くの地面に光弾が放たれ、彼は腰を抜かしながら這いずり逃げた。

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」
「久々に操作したな、これ・・・」

 銃に麻酔弾を装填しながら少女のもとに向かうエスタ。

「兄上・・・それは一体?」
「ん、ああ、これね。僕が開発した思念制御兵器だよ」
「思念制御兵器?兄上の思念で動いておるのか!?」
「ちょっと頭の中にちっちゃな装置を埋め込んだらね。ホーネットシステムと言われる試作段階の兵器で、今動かしているのがモデル“ハミングバード”だよ」
「むう、ホーネット・・・」
「たまたまだよ。同じ名前だけど・・・」

 レシィは先程の不快感の元であるその言葉に顔を膨らませる。2人のそんな姿を見て、男たちは武器を掲げて襲い掛かった。

「ええい、やっちまえええ!!」
「「「おおおおう!!」」」
「面倒なことに首を突っ込んじゃったな・・・」

 2人の四方からボウガンが放たれるも、エスタのハミングバードが立ち塞がって、1m近いひし形のシールドを発生させた。防がれた矢は光学盾によって弾かれる。

「な、何なんだ!?こいつは!?」
「よそ見しているとこうなるぞ?」

 驚きを隠せない無防備な男たちは、突然発生した強風によって空高く吹き飛ばされた。飛び上がった男たちは手足をバタつかせて地面へと叩きつけられる。

「君たち、そろそろ降参した方が身のためだと思うよ?」
「そうじゃな、ワシも正直飽きてきた」
「な、んだと〜!!」
「こうなりゃ、ヤケだ!」
「やっちまえええ!!」

 勝ち目のない相手と知りながら武器を手に突っ込んでくる男たち。その様子に呆れてしまう2人。

「はぁ・・・思った以上に頭の悪い連中だね」
「なら、お仕置きをくれてやろうぞ」

 レシィは魔法と大鎌を使った体術で相手をねじ伏せていく。エスタはハミングバードで武器破壊と防御を行い、自身は動かず麻酔弾を適当に当てていった。ホーネットたちと女王はその光景を見て、開いた口が塞がらなくなる。

「な、なんて奴らだ・・・」
「レーモ様・・・あの二人に加勢しないのですか?」
「本人たちが邪魔するなと言ったんだ。我々は下がっておく」
「は、はぁ・・・」

 男たちの残りが僅かになると、森の奥から2人の体格の大きい男たちが姿を現した。

「てめえら、俺の部下たちをえらく可愛がってくれたようだな?」
「何アレ?リーダー?」
「何じゃ?ハゲとる輩は好かん」
「うっせええ!!俺の名はレーゴス!この盗賊団のリーダーだ!」

 レーゴスと名乗った男は2人に向かって指を差す。少年と少女は武器を下ろした状態で彼らを見つめていた。

「噂に聞くバフォメットってやつと魔術師の餓鬼か・・・だが、どんなに魔術が優れていても、俺にかかればイチコロだ!」
「くっさいセリフ」
「同感じゃ」
「やかましい!すぐに吠え面かかせてやる!」

 そう言った男が右隣にいた男へ目配せすると、彼は黒くて長い物体を取り出してリーダーの男に手渡す。それは細長い筒が6本付いていて、持ち手付近に黄銅色のベルトが後方の男が背負っている鉄の箱へと繋がっていた。

「あれは!?まずい!」
「兄上、ひゃっ!?」
「くたばりやがれ!!」

 エスタは男の持っている物を見て、すぐに少女を抱き寄せて地面へ伏せた。同時にハミングバードを集めてシールドを展開。男の持っている筒が回転し始めると、そこから火を放ちながら赤い弾丸を2人に向けて連射した。次々と発射される弾丸はシールドに当たり、男の攻撃を防ぐ。

「兄上!あれはもしかして・・・」
「僕らが使っているGPとは別物だけど・・・M134っていうガトリング銃の一種だ。何で盗賊が・・・」
「ふは〜ははははははは、死にさらせええええ!!」

 笑いながら弾幕の撒き散らす男。少年は起き上がって少女を立たせる。

「レシィ、奴の持っている物に繋がったベルトを切り落とせるか?」
「そんなの簡単じゃ!」
「いい返事だ」
「ぽっ・・・」

 少女は顔を赤らめながら詠唱し始める。それを見た盗賊のリーダーは焦って銃撃を彼女に向けるが、密集するシールドによって少女にまで攻撃が届かなかった。

「く、くそっ!何だこいつ・・・」
「それっ!」

 レシィが叫ぶと、風の刃が彼女の頭上で発生する。それは空高く舞い上がると、男たちの真上から落ちっていった。風の刃は男の持つ銃器のベルトを見事に切り落とし、放たれ続けていた弾幕が治まる。

「なっ!?で、出ねえぞ!どうなってやがる!?」
「今だ!レシィ!」

 エスタの掛け声とともに、少女は盗賊のリーダーの元へ走り向かう。隣に居た男が慌ててボウガンを取り出して撃つも、いつの間にかやって来たエスタのハミングバードによって防がれてしまう。

「「!?」」
「ピリッとくるお仕置きじゃ!」

 飛び上がったレシィは彼らに向けて、バチバチと電撃を帯びた大鎌を投げつけた。彼らの地面に突き刺さると、強力な電撃が大鎌の周囲に撒き散らす。

「「あぎゃぎゃぎゃぎゃああああ!!」」

 まともに受けた彼らは悲痛の叫びを上げながら倒れた。着地した少女が右手を上げると、地面に突き刺さっていた大鎌が独りでに戻ってくる。受け止めた少女はエスタに走り向かった。

「兄上〜」
「え、ちょ、レシィ・・・うわっ!」
「ありがとうなのじゃ〜」

 少年に抱きついた少女は彼の胸元へ頬を擦り付ける。彼もまんざらでもない顔で少女の頭を撫でた。



 ホーネットたちにより、拘束された盗賊団の男たちは横一列に並ばされていた。レシィの転送魔法で彼らは街の収容施設へ送られることになった。魔法陣で次々送られる際、エスタは盗賊団のリーダーに話し掛ける。

「君に聞きたいことがある」
「んだよ?小僧・・・」
「あの武器は何処から手に入れた?」
「知らねえよ・・・」
「そう・・・」

 質問されたことに答えないレーゴスに対して、エスタは麻酔銃にある薬品弾を装填する。拒否した彼の隣に居た男へ銃を構えると、躊躇せずにダーツを放った。

「くっ、何、を・・・あが、がっ、がっ、がっ・・・」
「!?」

 薬品弾を撃たれた男は痙攣しながら、リーダーの男の隣へもたれるように倒れた。レシィやホーネットたちもその光景に驚いてしまう。

「今撃ったのはテトロドトキシンっていう毒。最初は痺れていって、その後、徐々に気を失って眠るように死んでしまう猛毒だよ」
「っ!?」

 少年の説明を聞いた彼の顔は青ざめる。

「君が知らないなら・・・用済みってことだよね?だったら、このまま死の眠りをあげよ・・・」
「や、やめてくれ!頼む!い、言うから!あ、あれは、ある場所で拾ったんだ・・・」
「その場所は覚えてる?」
「ああ、ちょうどこの近くだ!ある死体だらけの場所に・・・」
「・・・」

 彼の答えを聞いて真剣な表情になるエスタ。そんな彼を見たレシィは心配そうな顔で近寄る。薬品弾を撃たれた男を見て不安な表情の少女に、少年は小声で語り掛けた。

「心配ない・・・ただ痺れるだけだよ」
「兄上・・・」
「ごめん、レシィ・・・ちょっとこれを連れて行ってくる」
「ワ、ワシも行く・・・」
「・・・ふぅ」

 少女の頼みに相槌で答える少年。そこへホーネットの女王レーモがやって来る。

「この近くなら、我の娘たちで送ってやろう」
「いいのかい?」
「我々と巣を守ってくれたお礼だ。協力しよう」
「悪いね・・・女王様」



<場所不明 森林地帯>

 数人のホーネットたちに抱えられ、男に案内された場所へやって来たエスタとレシィ。リーダーの男は案内後、レシィの魔法陣で街へと送られる。その場所にはある大きな鉄の物体が落ちていた。

 それは周りの草木を倒して落ちてきたらしく、年月も経っているため、周りに新たな草や苔がへばり付いている。

「兄上・・・これは一体・・・」
「予想はしていたけど・・・・・・僕たちの世界の物だね」
「!」
「MH−53ペイブロウと言われる、前大戦時に使われていた兵士を輸送する乗り物だよ。この様子からだと・・・墜落したみたいだね」

 少年はしゃべりながら、それに近づいて行く。中への出入りのドアも外れていて、中の様子を見ることができた。彼が覗くと、そこには迷彩柄の服を着た白骨化した遺体が5体ほど寝ていた。少年は思わず目を背ける。

「君たち・・・ちょっと手伝ってくれるかい?」

 ホーネットたちの手を借りて、乗り物から外へと遺体を運び出す。地面に並べた遺体の遺品を探る少年。カードらしき物を抜き取って確認する彼に、少女は尋ねた。

「やはり、兄上の世界の人間か?」
「そうだね・・・あの日以前の部隊らしい・・・」
「・・・」
「どうやってここに来たかは知らないけど・・・死因は異形者だね」

 少年が分析するには、乗り物の運転席近くのガラスが破られているうえに、全ての遺体に食い千切られた跡があった。どれも致命的な傷である。彼の予測として、彼らは飛行中、クアトルの襲撃にあい、墜落したと思われる。

 エスタはある遺体の胸ポケットから出ている紙切れを取り出した。それは生前に撮ったものと思われる写真で、3人の家族らしき人物たちが写っていた。少女も興味深そうにそれを見つめる。

「妻子持ちか・・・」
「気の毒に・・・」
「・・・・・・家族か・・・」
(少し、羨ましいな・・・)

 寂しげな表情になるエスタ。ホーネットの1人が少年に話し掛けた。

「よかったら、埋葬してやろうか?」
「・・・・・・できれば・・・悪いね」
「気にすることはない。命尽きたこの者たちも、それを望んでいるはずだ」

 遺体を埋葬し終え、彼らはその場を後にした。



<森林地帯 ホーネットの巣 付近>

 戻ってきた2人はホーネットの女王と話をする。

「・・・・・・どうしても移動せぬか」
「当然だ」
「くぬ〜」

またも少女と女王がいがみ合いになるが、ここでエスタが話に割って入った。

「レーモ女王、本当に此処に住むつもり?」
「そうだが?」
「こんな危険な場所で?」
「むっ・・・」

 彼の言葉に女王が今までにない反応を示す。

「盗賊団はそなたたちが倒してくれた・・・よって・・・」
「あれがまだいるとしたらどうする?」
「!?」

 少年の言葉にレシィや周りのホーネットたちも驚いた。

「あれは撃退できたけど、他にも略奪している集団が複数いる」
「兄上?」
「そんな危険地帯に住み込んでいたら、そちらの娘さんたちの身が危ないよ」
「だ、だが・・・」
「噂では魔物狩りをしている輩もいると聞いた。今回は撃退できたかもしれないけど・・・次はどうなるかは分からないよ?」
「・・・・・・」

 今まで見せたことのない険しい表情で考え込む女王。しばらくして彼女はあることを少年に尋ねた。

「此処よりマシな場所はあるか?」
「そうだね・・・レシィ、どこかある?」
「ほえ!?・・・そ、そうじゃな」

 突然の質問に慌てるレシィ。数十分掛けて話した結果、都市アイビスから北東付近の森林地帯へ移り住むこととなった。女王は2人に感謝すると、娘たちに指示を出す。身支度をし始めるホーネットたちに別れを告げて、2人はその場を後にした。



<都市アイビス コウノ城 レシィの自室>

 戻った2人は少し休憩するため、少女の自室にて休む。レシィの補佐役である魔女がオレンジジュースを持ってきて2人に差し出した。

「どうぞ」
「悪いね、ありがとう」
「ご苦労様じゃ」

 少し無言になる2人。程無くして、レシィの口が開く。

「兄上、ありがとうなのじゃ」
「何がだい?」
「ワシのために嘘の情報で説得をフォローしてくれたことじゃ、でなければ・・・」
「妹のために兄らしいことをしただけだよ」
「あ、兄上〜♪」

 エスタの答えに顔を赤らめて恥ずかしがる少女。それを見ていた少年は微笑んだ。

(妹、か・・・こういうのも悪くないな・・・)

 遺体の持っていた写真を思い出しながら、少年は喉を潤す。
11/10/16 19:33更新 / 『エックス』
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