連載小説
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依頼:懐中時計


「なあ、あの噂聞いたか?」

「ああ、また出たらしいぜ」


料理店で飯を食っている昼頃、そんな会話が耳に入ってきた。
あの噂というのは、自分でも知っている。この反魔物国家都市では、かなり有名な話。
ここいらの冒険者なら誰でも知ってる、数年前から出てきた噂。


「あの、『竜殺しの凶騎士』がな」





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『竜殺しの凶騎士』。





話に聞けば、禍々しき漆黒の鎧を纏った屈強な騎士がいるそうで。
そいつは何匹もの竜を殺し、その返り血で鎧が黒ずんでいるのだと。
その姿を一目見ただけで呪われる、あの騎士の剣を受けて生きていた者はいない。
教団の最終兵器?はたまた旧魔物時代の悪魔?
そんな噂が絶えず飛んでまわるほどの、噂の人物。
何とも恐ろしい話ではあるが、自分は特に興味がなかった。
なぜなら、自分は竜でもなければ戦士や兵士や冒険者でもない。
ただのしがない修理屋だからだ。

街の一角に店を構え、壊れた物を修理する。ただそれだけの仕事。
直す対象は日常道具とか、職業道具とか、アクセサリーとか、色々だ。
だから、お高い騎士様やら兵士様やらとは殆ど何ら関わりもない。
武器の修理なら鍛冶屋に行けって話だからな。
それでもこの店に来る客は意外と多い。
自分は手先が器用だし、修理屋を仕事とするために多くを学んできたつもりだ。
飛びっきり変なモノでない限り、大抵の物なら直すことができる腕はある。

でも今日は・・・特に仕事がない。
そもそも知名度がそこまで高くない店でもある。こんなことは日常茶飯事だ。
それでも毎日食べていけるだけの稼ぎはある。それだけで十分。
さて、今日は本でも読んで過ごそうか。




カランカラン、と扉に付けた鐘が鳴る。
どうやら客が来たらしい。
本を読もうとした矢先にこれだよ。タイミングが良いのか悪いのか・・・
いつもの常連さんかな?それとも新規のお客かな?


「はい、いらっしゃ・・・・・・い・・・・・・」


ガシャン、ガシャン、ガシャン・・・






店に入ってきたのは・・・
禍々しくドス黒い気を放つ威圧感。
その場にいるだけで息が苦しくなるような重圧。
目を合わせてはいけないと分かっても、背けることのできない存在感。
真っ黒なフルフェイスヘルムで顔を覆い、漆黒のフルプレートに身を包み、身の丈ほどの大剣を背負うその姿はまさしく・・・




(噂の凶騎士サン来ちゃったぁぁぁあああああ!!?)




やばい。全身から汗が噴き出る。
足ガックガク。一歩も動ける気がしない。
一体何でこの店に!?自分何か悪いことしたか!?
何もしてないけど今すぐ全力で謝りたい!!
あぁぁぁもぉぉぉ空気が重てぇぇぇぇ!!
・・・何か!何か声を発せねば!!
そうだ!客だよ!もしかしたら客かもしれん!!
もし違くても間違って店に入っちゃったとかに違いない!!


「えート、なニカ、ゴいリヨうでスカ」

「・・・修理屋というのは、お前か?」

「ハイ、そうデスが」


あ、思ってたより良い声してますのね・・・
じゃねぇよ!何冷静に分析してんだ自分!?
アホか!・・・いや良いのか。
頭がまだちゃんと働いている証拠、落ち着け自分。
まあ声はガチガチに緊張しているが、気にするな。


「・・・修理を申し込む。良いか?」

「はイ、エエと・・・現物はオ持ちデショうか?」

「・・・・・・」


手に持っている物を震える手で受け取る。
品が手に触れたとき、初めて「あぁ、お客なんだ」と安心することができた。
それよりも依頼品だ。
これは・・・懐中時計か。随分と珍しいタイプだな。
時計の針はシンプルなものだが、盤面には竜を象ったシンボル。
何より外形は竜の力強さを思わせるような爪と翼、そして炎の形が組み合わされている。
問題は、この時計の針が止まっていることだ。パッと見た感じ、外身に問題なさそうだが・・・
これは開いてみないと原因が分からんな・・・


「どうだろう。直せるか?」

「うへ?あ、いえ、すみません。えっと、外見では判断しかねますね。
開いてみないことには分かりませんので、しばらくの間こちらで預からせてもらって良いですか?」


しまった。集中しすぎて変な声出た。
自分は珍しい物を見ると、どうもお客をそっちのけで見てしまう癖がある。
治したいとは思っているのだが、どうしても治らないのだ。
直すことはできても、直せないことはあるんだよチクショウ。
まずいことしたかな・・・もし怒らせてしまったら・・・


「そうか・・・良かった」

「え?いえ、まだ直せるかどうかは・・・」

「他では私の姿を見るなり逃げ出したり、品を見せても直せないとのたまわったのでな」

「そ、そうなんですか・・・」


うん。その人たちの気持ちはすごく良く分かる。
その姿で迫って来られたら、逃げ出したくもなるでしょう。
自分は固まってしまってどうしようもなかったけどさ。


「引き受けてくれることだけでも感謝している。・・・頼む」


その眼差しは真剣そのものだった。
・・・いや本当は目なんて見えないけども。フルフェイスのヘルム被ってるし。
でも、その声と姿勢には、何かは分からないが強い思いを感じた。
この懐中時計はそれほど思い入れのある品なのだろう。


「引き受けるからには、全力で直させていただきます。任せてください」





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調べる時間も含めて、一週間は時間が欲しい。
そう伝えると、凶騎士は「承知した」と一言だけ残して店を後にした。
俺はその後すぐさま店を閉めて、奥の作業室へと篭っていた。
これほどの品だ。今日はこの懐中時計だけに集中したかった。

改めて依頼品をよく眺める。
見れば見るほど素晴らしい造形だった。
思わず中身を開き、弄ることに躊躇するくらいではあったが、やらなければ始まらない。
恐る恐る手に取り、道具を使って時計を開いていく。
調べると分かったが、どうやらこの懐中時計は魔導式のようだ。
確かにこれでは魔法に関わりのない職人では苦労するだろう。
だが自分はこれでも魔導式のアイテムを何度か直したこともある。
特に魔法を習っていたわけではないので、独学で調べて直すのだが。
懐中時計の修理も経験済みだ。
今回はその経験が活かせそうで、自分の手でも何とか直せそうだった。
今まで生きるために、ガムシャラに学んできた甲斐があったというものだ。

進めていくうちに、原因が分かった。
内部の歯車に、ゆがみやヒビが生じていたためであった。

(おそらく外部から強い衝撃を受けたんだな・・・)

魔導式の時計は、基本的に普通のものより頑丈だ。
ちょっとやそっとでは傷も付かないはずである。

(きっと激しい戦いを繰り返しているうちに壊れたのかも・・・)

依頼主はあの『竜殺し』だ。
幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた猛者であろう。
その中で時計が壊れてしまっても、何もおかしいことはない。

(しかし、これは骨が折れそうだ・・・間に合うかな・・・)

直せないほどの傷ではなかった。
だが損傷箇所があまりにも多すぎる。
一週間という短い時間の中では、正直言って完全に直し終わるかどうか分からなかった。
期間を引き伸ばすべきか・・・


―引き受けてくれるだけでも、感謝している。


・・・。
引き受けた以上、全力で直す。
あれだけ頼みにしてくれたのだ。
期待には応えなければならないだろう。
それに、期日に間に合わない職人なんて、格好悪いからな。





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一週間後、約束の日。
自分はカウンターに突っ伏して、半分寝ているような状態だ。
この一週間ロクに寝れなかったし、昼間には他の客の依頼もある。
こんなに忙しいのは久しぶりだった。

意識が眠気に負けそうになったその時、扉に付いている鐘が鳴った。


「修理屋、いるか」


凶騎士がやってきた。
相変わらずの威圧感に眠気も吹き飛ぶ。
どんな目覚ましでも、これが一番目が覚めると思うくらいだ。


「あぁ・・・いらっしゃい・・・」

「随分疲れているようだが・・・その様子では・・・」

「いえ、依頼した品はちゃんと仕上がりましたよ」

「本当か!!」

「こちらになります。お確かめください」

「おお・・・!」


今にもこちらに身を乗り出さんばかりに接近した凶騎士に、懐中時計を渡す。
時計は寸分の狂いなく、カチカチと時を刻んでいる。
フルフェイスのせいでくぐもってはいるが、明らかな感嘆の声をもらしていた。
しばらく眺めていた凶騎士が口を開く。


「ここに持ってきて正解だった。礼を言う」

「いえいえ、それが自分の仕事ですから」

「また厄介になる時が来るやもしれぬ。その時は、またよろしく頼む」

「ははは・・・できればそう簡単に壊れて欲しくないですがね」


あれだけ苦労して直した品だ。
ゆがみを正して、ヒビの部品は取り替え、補強までしたのだ。
・・・できればなるべく壊さないでもらいたいよ。


「代金はこれでよいか?」

「うぇへい!?」


凶騎士が差し出してきたのは通常の銀貨や金貨ではなく、まさかの純金、しかも塊。そりゃ変な声も出るよ。
確かに寝不足になるくらいは苦労したよ?大変だったよ?
だが、苦労したからといって、これだけのものを貰うわけにはいかない。


「こ、こんなお宝、代金にしちゃあ高すぎますよ!?」

「そうなのか?しかし、今これ以外の持ち合わせはない」


うちの店の相場は安くても銀貨2枚、高くてもせいぜい金貨5枚までだ。
依頼品を完全に治す材料費と、自分がその日暮らしができる値段で想定している。
壊れた品の種類を特に指定せずに直しているけど、高すぎるということはないはずだ。
しかし、この金塊の量であれば、数ヶ月は余裕で暮らせるだろう。
こちらが貰いすぎて割に合わない。
でも、持ち合わせがこれ以外にないとなるとなぁ・・・


「う〜〜〜ん・・・分かりました。今回はこれで良いです。ですが次回以降の代金は要りません」

「何故だ?」

「それだけの価値があるものですから。一回分の代金にしてもお釣りが来ますよ」

「では、これは何回分くらいになる」

「10回分くらいは無料でも充分です。そんなにここを訪れることはないでしょうが」

「・・・承知した。それで修理屋の気が済むのであれば構わん」

「ご理解感謝します」


具体的な回数分まで尋ねてきたのは意外だった。
失礼かもしれないが、見かけによらず律儀な人なのかもしれない。
こんな金塊、ポンと出すくらいの人でもあるけど。職業柄お金には困ってないんだろうな。
まあそうそう壊れるものでもないし、また顔を合わせるのは当分先だろう。


「それでは失礼する。・・・またな」

「ご利用ありがとうございました」


凶騎士は、まるで必ずここに来るといった口振りで店を去っていった。
・・・何とも気疲れするお客だったな。
こんなことしばらくないだろうから、別にいいか・・・








・・・その後、凶騎士が再びこの店の扉を開くのは、たった二週間後の話であった。





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それからというもの、凶騎士はちょくちょく自分の店を訪れるようになった。
しかもかなりの頻度で、遅くとも前に店に来てから一ヶ月以内には顔を合わせる。
直す依頼品は、決まってあの懐中時計だ。
別段壊れているわけではないのだけれど、メンテナンスを依頼される。
たまに傷がついていることもあるが、修理するほどの問題があるわけじゃなかった。


「や、いらっしゃい」

「修理屋、今回も頼むぞ」

「了解です」


何度も顔を合わせれば、流石に慣れてくるというもの。
凶騎士の姿を見ても、怖気付くことはなくなった。
以前では考えられないような気軽さで話しかけられるほどになった。
威圧感はまだあるけど、ほとんど気にしてはいない。


「うん、今回も特に問題はないね。傷もないよ」

「そうか。では次回以降の代金だ」


カウンターの上に、袋の入った金貨数十枚を置く凶騎士。
初回のあの代金分がすでに消費済みであることから、何度もこの店に足を運んでいることが分かるだろう。
そしていちいち払うのが面倒だそうで、一度にまとめて代金を置いていくのだが、その大金にはまだ慣れない。
だって、実際何も直してないに等しいのだから無理もないでしょ?
おかげで今お金には困ってないんだが、使い道があるわけでもない。
いつか依頼されるかもしれない、大掛かりな修理の資金にでもしておこうと考えるしかない現状だ。

メンテナンスにも随分手際が良くなり、今では数日かけて作業部屋に篭らなくても、カウンターの上でさっとできるようになっていた。
技術面でもかなり成長したと言えよう。
・・・今後、時計関連の修理に困ることはないだろうな。


「・・・確かに受け取ったよ。もう少し減らしても良いんだよ?」

「いちいち金貨を数えるのも面倒だ」

「ああ、そう・・・」


大金が家にあるなんて、自分にとって考えるだけでもひやひやものだ。
いつか盗賊にでも襲われるんじゃないかな・・・


「それではまた来る」

「・・・ご利用ありがとうねー・・・」


こんな感じの奇妙な客と店の関係が、ずっと続いていたのだった。





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凶騎士と出会って三ヶ月経ったある日の夜。
自分は夜遅くまで修理作業をしていた。
今日は依頼が3つほど。残すと面倒なので、さっさと終わらせておこう。
そんな時だった。
閉店の看板をかけていたにも関わらず、店の扉が開いたのだ。
おいおい、もう店は閉めてるんだぞ?
そう思いつつも扉の方へ目をやると。




そこには、血に塗られ、ボロボロの鎧を着ていた、あの凶騎士が立っていた。




「はぁっ!?どうしたんだその怪我っ!?」

「修理を・・・頼む・・・・・・いつもの・・・品だ・・・」


様子を見る限り、立っているのもやっとの状態。
あの凶騎士が、押せば倒れそうなほどにふらふらだ。
そんな体でここまで歩いてきたっていうのか・・・!?
なのに、何で懐中時計の心配なんてしてやがる・・・!!


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!すぐに医者を・・・!」


ガシィッ!!


「医者は、呼ぶなっ・・・!!!」


凶騎士は医者を呼びに行こうとする自分の腕を掴み、それを静止する。
そんな傷だらけの体のどこにそんな力があるのか分からないが、がっしりと掴まれ身動きがとれなかった。


「頼、む・・・時計、を・・・・・・」ガクッ

「おい!しっかりしろっ!!おいっ!!」


最後の力を振り絞ったのか、その場に倒れ込む凶騎士。
どうやら気絶してしまったようだ。言わんこっちゃない。


「全く、何が何だってんだよ・・・!」


自分は凶騎士を肩にかけ、奥の部屋へとなんとか運ぶ。
奥の部屋は作業室兼自室だ。そこには自分がよく使うベットがある。
少々時間はかかったが、どうにかそのベットに横にさせることができた。
お、重かった・・・一体何kgの鎧を着てるんだ。
鎧が血だらけのため、シーツやベットに血が染み付いたが・・・
今はそんなこと気にしてられない。もうベットごと買い換えてしまおう。


「とりあえず、傷の手当をしないと!!」


フルフェイスヘルムに手をかけ、急いで外す。
だが、そこには思いもよらぬ光景が自分の眼には映っていた。




「なっ・・・・・・!?」




蒼く綺麗な長い髪に、整った顔立ち。
切れ長な吊り目だが、一般的な男であれば間違いなく美人だと言うであろうその容貌。

そう、あの凶騎士は『女性』だったのだ。
彼女に出会って三ヶ月、自分は一度も素顔を見たことがなかった。
顔を見せたがらない客なんて珍しくもないし、特に興味があったわけでもなかったからだ。
ずっと声は聞いていたというのに、今の今まで全く気がつかなかった。
いつもフルフェイスヘルムを被っていれば、声は当然くぐもって聞こえづらくなる。
だから声での性別判断などできるわけもなく、勝手に男性だと思い込んでいたのだ。

だが、驚いたのはそこだけではなかった。



頭部には、いかにも硬そうな角が。
耳があるはずの部位には、鱗が。
人間にはあるはずのないものが、存在していたのだ。



慌てて残りの鎧も外していく。
腕、足、胴体の部分も、手間取りながらも何とか外すことができた。
しかし・・・自分は、凶騎士である彼女の姿に、絶句していた。



腕と足には、全てを切り裂きそうな強靭な爪があり。
腰には、尾骨部から伸びている尻尾が巻きついており。
さらに全身のいたるところに、鱗がきらめき散りばめられていた。



嘘だろ・・・
この姿はまるで・・・










「・・・まるで・・・『ドラゴン』、そのものじゃ・・・ないか・・・」


13/07/08 00:17更新 / 群青さん
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■作者メッセージ
ここまでお読みいただきありがとうございます。

最初は読切にしようと思っていたのですが、少々長くなりそうなので連載となりました。
大体3話構成を予定しております。しかし、場合によっては変更があるかもしれません。
更新ペースも非常にゆっくりです。
あと、お金の類の補足説明させていただきますと・・・
銅貨1枚で200円、銀貨1枚で1000円、金貨1枚で1万円くらいを想定しております。
現実でこの金額が正しいわけではありませんが、そこはイメージでお願い致します。

また、魔物が傷つく場面はここと2話冒頭がピークとなります。
何卒ご容赦いただけますようお願い申し上げます。

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