読切小説
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貴方の傍に。
「メリーさんごっこがしたいです」
「唐突だなオイ」

開口一番に飛び出した、素っ頓狂なお願い。
都内某所、マンションの一室にて、その珍妙な問答は繰り広げられていた。

「メリーさんになるのは、人形としての通過儀礼的な物だと思うんです」
「んな儀礼あってたまるか。面倒だからやめとけ」
「何故ですか。私はリビングドール。可愛い可愛いお人形さんです」
「こんな堂々とした自画自賛初めて見たわ」
「急に褒められると照れます。てれてれ」
「褒めてねぇし表情変わってねぇし棒読みの擬音を口に出して言うもんじゃねぇし。
 一行で3つもボケ仕込むな。ツッコミが追い付かん」
「なんだかんだ言ってもちゃんと付き合ってくれるあなたが大好きです。
 妊娠させて下さい」
「最後の言葉がなければ俺が照れる事になったけど台無しだわ」

あっちこっちに脱線を繰り返しながらも、何だかんだあって最終的に青年の方が折れ、
メリーさんごっこが敢行される事になった。



ごく普通の大学生の啓二と、リビングドールのマロン。
二人の出会いは街中であり、ゴミ捨て場にいたマロンが啓二に一目惚れ。

「お兄さんお兄さん」
「ん? お、リビングドールじゃねぇか。何だ?」
「孕んじゃったんで責任とって下さい」

往来のど真ん中で、告白と言うにはいささかクレイジー過ぎる爆弾発言が飛び出し、
いきなり社会的に抹殺されかけるという、啓二にとっては最悪の出会いだった。

といっても、何だかんだでボケとツッコミ的な感じで相性はいいのか、
友達から始まった二人の関係は恋人にまで変化していた。

もっとも、啓二の気持ちは『見てくれはいいし、まぁ、面倒ぐらい見てやりたくなる』
という、父性混じりの軽いものであり、
マロンは『卵子があの人の精液プールで200メートルリレーやりたいって言ってるくらい好き』
というおかしな方向へと偏愛を飛ばす変態的な狂愛という、認識の差異はあるが。
この暮らしについても、啓二は『同居』だが、マロンは同棲どころか、『新婚生活』だと思っている。



場面は数日後、昼過ぎに移る。
マロン曰く、他県→都内→区内→最寄駅→家の前→「あなたの後ろにいるの」
という流れを一日かけて行いたいらしい。
お隣りの県から電車を乗り継ぐこと数回。数分前にようやく、
『私マロン。今新宿駅にいるの』という電話がかかってきた。

「後は歩くだけだから、もうすぐか。・・・あいつ、メシ食ったかな。
 一応、軽く腹に入れられるもの作っとくか・・・」

何だかんだ言っても、比較的遠い所から来るのでそれなりに心配ではあった。
台所に立ち、軽食の用意を始める。



この時、啓二は気付いていなかった。
心配するべきは距離の遠さでは無かったという事を。



「・・・遅ぇな」

最後の電話から1時間。どう考えても遅すぎる。
太陽は頭上を大きく過ぎ、もうしばらくすれば沈んで行く。
もう目的は達成できるはずだが。

「電話するか。メリーさんにこっちからかけるってのも奇妙な話だが」

痺れを切らし、着信履歴から電話をかける。
コール音が3回程鳴ったところで、繋がった。

「もしも・・・あっ、私マロン」
「知ってる。そして言い直さんでいい。今どこだ?」
「・・・新宿駅なの」
「は? お前さっきもそう言ってなかったか?」
「うん」
「どうしたんだよ? Suicaチャージし忘れたか?」
「・・・どこから出ていいか分からないの。もっと言うと出口も分からないの」
「あー、そっちか・・・」

考えてみれば、当たり前の事だった。
基本引きこもりのマロンが、都会に点在する、駅という名のダンジョンを攻略できる訳がない。

「今何が見える? 何かあるだろ?」
「えっと・・・ロッカーがあるの」
「ロッカーなんかどこにでもあるだろ。もっと場所特定できるヤツ。
 売店とかねぇか?」
「えっと・・・あっ、ちょ、電池がまずい」
「おい!? お前充電ぐらいちゃんとしとけよ!」
「忘れてた。どうしよ、本当に切れる」
「あーもう、そこ動くなよ! 迎えに・・・」

通話の切れる音。
この瞬間、マロンと連絡を取る手段は絶たれた。

「あのバカが・・・手間かけさせやがって」

部屋着から軽く着替え、ジャケットを羽織り、外へ。
面倒事になっていない事を祈りつつ、新宿駅へと向かった。



新宿駅は、日本有数のダンジョンとして有名な駅の一つであるが、
生まれも育ちも東京の啓二にとっては、庭も同然。どこがどうなっているかは、
完全にインプットされている。

「格好が格好だから目立つし、とにかく動くか。・・・アキバじゃなくてよかったわ。
 あっちだったら間違いなく見つからん」

人形らしい小さな背丈に、非常に大きなリボン。
西洋のお嬢様が着そうなドレスとなれば、周囲からは相当に浮く。

「・・・『悪』目立ちする可能性もあるがな。
 妙な奴に目ぇつけられてなきゃいいんだが・・・」

駅構内を歩き回り、それらしい場所に向かう。
早鐘を打つ心臓の鼓動を抑え、啓二はマロンを探した。



あっちこっちを調べ、ようやく発見。
しかし、そこにあった光景は、啓二の想定する中での最悪のものだった。

「なぁお嬢ちゃん、いいだろ?」
「え・・・えと・・・その・・・」
「とりあえずホテル行こホテル。いい部屋あるとこ知ってるし」

(・・・絡まれてるなおい)

歌舞伎町近辺で客引きをしているような、俗に言うチャラ男。
壁を背にというより、壁際に追い込まれている、マロン。
どこをどう見ても確実な、面倒事になっていた。

しかし、このまま手を拱いている訳にもいかない。
この大都会を生き抜いてきた啓二は、こういったケースの対処法も万全。

「ほら行こうぜ? 金は俺が・・・」
「すいませんどうも迷子の相手してもらって! じゃ帰るぞ!」
「あっ! 啓二!」

なるべく早口で会話に割り込み、、マロンの手を引く。

「あ? お前誰だよ」
「友人です! んじゃ!」
「おいちょっと待てよ!」

服をつかまれたが、すぐに振りほどいてダッシュ。
面倒くさい輩はとにかくガン無視。この手に限る。

「無視すんなよテメー! 待てよ!」
(それで待つ奴がいる訳ねぇだろ・・・)

急いで改札を通過し、駅から脱出。
一人分の運賃を誤魔化したが、些細な問題という事にした。



「・・・私マロン。今あなたの後ろにいるの」
「はいはい」

帰り道。
「安心したら腰が抜けてしまいました。おんぶして下さい」とのことなので、マロンを背負って歩く。
幼児体型ながらもふにふにとした、女の子の感触と、程よい重さ。
背負っている側の啓二も、口では面倒くさいと言いつつも、中々に楽しんでいる。

「今度からは携帯充電器でも持ち歩いとけ。こういう時困る」
「ごめんなさい。迷惑をかけてしまいました」
「ったく、半ヒッキーが無茶すんじゃねぇよ」
「本当にごめんなさい」

会話が途切れる。
沈黙の中、足音だけが妙に大きく響く。

考えてみれば、駅員に聞くなりして、駅を出る方法はいくらでもあった。
高くつくが、タクシーで帰宅する事もできた。

なのに、そうしなかったのは。



「・・・でも、信じてました。あなたなら、私を見つけてくれるって」



愛する人に、見つけて欲しかったから。

元が捨てられた人形という出自であるが故に、リビングドールは強い承認欲求を持っている。

マロンは、時々不安になっていた。
自分は嫌われていないだろうか。また捨てられてしまうのではないか。

「前の主人が誰だったかは、覚えていません。気付いたら、あの場所にいましたから。
 私にはもう、あなたしかいないんです」

ギュッと、抱きつく力が強くなる。
啓二は黙ったまま、背後からの声を聞きつつ、歩を進める。

「何時も、孕ませて欲しいとか、妊娠させて下さいとか、無茶苦茶言ってますよね。
 分からないんですよ、接し方。だから、ふざけた事言ってお茶濁してるんです。
 馬鹿ですよね。・・・けど、魔物娘の私が確信持てるのは、こんなやり方だけなんですよ。
 いっそ、ただの肉便器としてでも扱ってくれれば、どんなに楽か」
「・・・お前」
「私はあなたのお人形さんです。お掃除にお洗濯を始めとする家事雑務から、夜伽の相手、
 性欲処理用ダッチワイフに、ストレス解消の為のサンドバック。何にでも、使って下さい。
 この喋る口が邪魔なら、縫い合わせて下さい。色違いの目が気に入らないなら、潰して下さい。
 胸が小さいのがお気に召さないなら、シリコンでも埋めて下さい。それにかかる費用は、
 私が春を売って用意します。・・・どんなことだってします。どんなことも受け入れます。
 だから・・・捨てないで下さい」

それは最早、愛と言うより隷属に近い。
何があろうと相手に服従するという、盲目に自らなろうとする。
どんな形でもいい。傍にいて欲しい。捨てられたくない。ただ、それだけが全て。

「・・・お前さ、二つ勘違いしてる」

ここまでずっと、聞き役に徹していた啓二が、語りかける。
いつも通りの、呆れ気味の口調で。

「まず一つ。俺はお前を捨てるつもりは毛頭ねぇ。今までも、今も、これからも。
 ダチにロリコン呼ばわりされようが、お前が何やらかそうが、絶対にな」

ゆっくりと、しかし力強く、宣言するようにして伝える。
彼なりの誓いの表明であり、そこには確かな意志が宿っている。

「そして二つ目。お前のいるべき場所は俺の背後じゃねぇ。
 メリーさんごっこだから仕方ないけどさ、お前が本当にいるべき場所は・・・」

道端でしゃがみ、マロンをそっと下ろす。
困惑する中、くるりと回って、正対し。



「ここ、だ」



とだけ言って、抱きしめた。



「えっ・・・」
「嫌ならやめるが」
「嫌じゃ・・・ないです。・・・嫌な訳・・・ぐすっ、ない、じゃない、ですか」

目に、涙が溜まっていくのが分かる。
彼女にとっては初めての、抱擁『される』という経験。

「こう、抱くのってさ、何時もお前の方からばっかだったよな。主に寝込みに」
「ごめっ、なさ・・・」
「あしらってたし実際ウザいと思った事もある。ただ満更でもなかったわ。
 だから謝んな」
「本当に、ごめ・・・」
「それもうループに・・・いやもういいか。とりあえず、しばらくこうしてるわ」
「・・・はい、お願い、します」

大切な人形を、子供が愛でるようにして。
時折、啓二がマロンの薄紫色の髪に手櫛を通しつつ、二人は抱き合った。



手を繋いで、お互いの隣を歩き、家へと帰る。
5本の指を絡めるようにした、所謂、恋人繋ぎで。

「私、マロン」
「あぁ」
「今、あなたの目の前にいるの」
「そうだな」

「とっても、幸せなの」
「・・・俺も」

はにかんだリビングドールと、珍しく赤面した青年。
二人の笑顔を、背を照らす夕日だけが見ていた。
15/04/10 17:52更新 / 星空木陰

■作者メッセージ
素直クールで変態に見えた彼女は、ただの寂しがり屋さんでした。

リビングドールとくればメリーさんのジョークを思い出す方も多いはず。
ベタですが、ベタ万歳って事でどうか一つ・・・

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