読切小説
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まつろはぬ者達
 男は、木と茂みの間から矢を射かけている。男の前にある山道には、四人の男が矢が刺さった状態で倒れていた。役人の格好をした者が二人、村人の格好をした者が二人だ。男が射抜いた者達だ。
 風を切る音と共に、男の左腕を矢が掠める。破壊力を持った矢は、掠めただけで男の肉を弾けさせる。男は、うめき声と共に弓を落とす。男に矢を射かけたのは、男と同じ様な服を着た村人だ。
 男は、腕の出血部分を素早く布で縛る。再び弓を持とうとするが、手がまともに動かず矢の的を定める事ができない。男は舌打ちと共に矢と弓を捨て、刀を抜く。茂みに潜んで待ち構える。
 標的達は、村人を先頭にして茂みへと迫って来る。役人は、村人の後ろに隠れながら歩いて来る。飼い主達は、犬を先に突き出して後から来ているのだ。
 男は、音を立てぬように茂みを迂回する。迫ってきた村人の横に出る。無言で刀を突き出し、村人の一人の首を突く。村人は濁音交じりの音を上げ、同時に笛を鳴らすような息が漏れる音が響く。鮮血を吹き上げながら、村人は倒れる。
 男がいる茂みに、二本の槍が村人によって突き入れられる。一本は男の左頬を掠り、もう一本は男の右腕を掠める。男の左頬と右腕の肉が弾け、血が飛び散る。男は刀を落とした。
 村人達は悪意を向き出しにした笑みを浮かべ、男へ槍を付き立てようとする。血で汚れた槍が日の光に輝く。
 黄色い影が躍り出て、村人達を弾き飛ばす。虚を突かれた村人達は体制を整えられない。人間離れした素早さと跳躍力を持った者は、村人達の定まらぬ槍を掻い潜り打撃を繰り出す。
 役人達が前へ出ようとするよりも速く、黄色い者は男を抱えて跳ぶ。瞬く間に、男と黄色い影は山の中に消えていった。

「助かった、礼を言う」
 男は、救い主に対して頭を下げた。彼らがいる所は、殺し合いがあった場所から山の奥に入った所にある泉だ。男は、うめき声を上げながら傷口を洗っている。
 男は、中背だが骨太な体付きをしている。年は二十代半ばと言った所だ。戦うにしろ働くにしろ、力が発揮できる年頃だ。
「圧政者に立ち向かう者を助けたかったのでな。君の行為は賞賛に値する」
 救い主の方は人ではない。男と同じぐらいの年に見える女だが、手足は黄と黒の縞の獣毛で覆われており、爪は野獣の鋭さを備えている。頭には猫の様な耳が付き、尻からは猫に似た尻尾が生えている。だが、猫に比べてはるかに力強い体をしている。男よりも背が高く、筋肉の発達した体をしている。男が見たことのない野獣の体を併せ持った魔物の女だ。魔物の女は、洗い終った男の傷に自分の薬を塗ってやる。
「俺の名はモレ。ふもとの村に住んでいた。もう、戻れないがな」
 男は、笑いながら名乗る。モレと名乗った男は、ふもとの村で田畑を耕しながら、熊や猪を狩って暮らしていた。村で収奪を行う役人とその犬に成り下がった村人を憎み、山道で待ち伏せして襲撃したのだ。
「私の名は雪麗。大陸から来た武闘家だ。この国へは修行に来た」
 雪麗は、大陸に住んでいる人虎という魔物娘の一人だ。人虎とは、虎の特徴を備えた魔物娘であり、武術に長けていることで大陸では知られている。雪麗は大陸を旅しながら修行をしていたが、東にある島国に興味を持って渡って来たと話した。
「虎とは始めて聞く獣だ。大陸にはその様な獣がいるのか」
 モレは、しげしげと雪麗を見る。
「見た事が無い者に説明するのは難しいが、人以上に大きくて獰猛な猫の様なものと考えてくれ。あとは、私の手足や耳、尻尾から想像してくれ」
 雪麗は苦笑しながら話していたが、話題を転じる。
「この辺りの支配はひどいな。役人は私腹を肥やし、村人の中には他の村人を虐げて役人のおこぼれを預かろうとしている者がいる」
「その通りだ。だから奴らを屠殺したのさ」
 この地方は、元々は狩猟採集を行う者達の部族が暮らしていた。だが、南から農耕を行う者達が侵略して来た。侵略者達は執念深く、数百年にわたって侵略と支配に情熱を燃やし続けた。その結果、今ではこの地方は侵略者達の支配下にある。既に南の王は力を失い、その使い走りだった者が将軍を名乗って実権を握っている。その権力の交代の間にも、この北の地では侵略と支配が強化され続けた。
 南の侵略者達は、力押し一辺倒ではない。北の部族の一部を支配者の末端に付けて、権力を少しばかり分け与え、収奪した富の一部を投げ与えた。南の侵略者達に犬として取立てられた者達は、嬉々として同じ部族の者を虐げている。
「モレの反抗に私は興味を持った。だから手助けをしたのだ」
「うれしい言葉だ。俺の周りには、犬に成り下がった奴や犬にも逆らえぬ奴らばかりいる。雪麗のように反逆に加担してくれる者などいない」
 モレは笑いかける。
「モレはこれからどうするつもりだ?」
「反逆を続けるつもりだ。さっきの襲撃で命を落とす事を覚悟していたが、生き延びる事ができた。この先死ぬまで奴らに矢を射かけたい」
 モレは、加虐心を露わにして笑う。
 雪麗は少し考え込み、モレを正面から見据える。
「では、私はモレを助けよう。私の腕は先ほど見せたとおりだ。モレの反逆のために役立つだろう」
「ありがたいが、なぜ関係の無い雪麗が俺のために命がけの戦いをするのだ?」
「武闘家として正しい事だからだ。虐げられた者を助け、抑圧する者を倒す事は私の使命でもある」
「よく分からぬが、助けてくれる事はありがたい。よろしく頼む」
 モレは、戸惑ったような態度を取りながら、雪麗の言葉を歓迎する。言葉だけだったら信用しないが、雪麗は現に拳をふるって戦って見せたのだ。それに人間と違い魔物娘は信用できる気がした。
「ああ、天にかけてお前と共に戦おう」
 雪麗は、微笑みながら答えた。

 モレと雪麗は、役人と村人が来るのを待ち構えていた。役人達はモレを殺すために山狩りを行い、その為にモレの村を始め近隣の村の者達に動員をかけていた。モレは子供の頃から山で狩をして来たため、山狩りをする者達がどこを通って来るか予想が出来る。ただ、役人に協力している村人も山の事は知っている。だから、山道の難所を越えた所で待ち伏せするつもりだ。そこではつい気が抜けてしまい、モレ達が襲ってくる事を予測できても村人達には防ぎ辛いはずだ。
 モレは、雪麗からもらった弓と矢を構えている。先の戦いで、モレは弓と矢を失ってしまった。新たに入手する方策を考えていたところ、雪麗がくれた。雪麗が大陸から持ってきた物であり、大陸の西から来た魔物の鍛冶師が作ったそうだ。鏃が立派な金属であり、威力がありそうな物だ。
 雪麗のくれた薬は驚くほど効き、モレは既に矢を射る事が出来るほど回復している。この薬も大陸の物だそうだ。
 山狩りの者達が見えてきた。先に村人を出し、その後から役人が来る。村人達はこれ見よがしにやる気を見せており、犬の様な有様だ。村人が通りすぎて、役人が通りかかる。モレは、役人に矢を放つ。矢は、役人の胸に突き刺さる。
 役人と村人達は散開しようとするが、道が狭い上に岩や木に邪魔されて散開できない。モレは、次々と矢を放つ。役人や村人の首、胸、腹に矢が突き刺さっていく。
 茂みから雪麗が飛び出し、モレに矢を射掛けようとする者達を打ち倒していく。あらかじめ道のそばの茂みに雪麗は待機し、モレの矢を合図に山狩りをする者達を襲撃する手はずだ。人間離れした動きと力で、雪麗は敵を打破していく。矢を構える者が自分の方を向く前に懐に飛び込み、拳を突き出す。刀を振るう者をかわし、蹴りを入れる。
 わずか二人で十人の者を倒すと、モレと雪麗は遅滞する事無く引き上げた。

「雪麗のくれた矢は何だ?どういうつもりだ?」
 モレは、語気荒く雪麗に詰め寄る。モレは、戦いを始めてすぐにおかしいと気づいた。矢が刺さった者から血が流れない。矢に何か仕掛けがしてあると推測した。
「その矢の鏃には魔界銀を使っているのだ」
「魔界銀?」
「大陸の西の方で加工された銀らしい。これで作られた武器は、相手に衝撃を与えるが殺しはしない。モレにやった矢は、西から来た鍛冶師が作ってくれた魔界銀製の物だ」
「殺さない武器だと?ふざけているのか?」
 モレの顔面は、赤黒く染まっている。
「ふざけていない。倒しさえすればよいのだ。殺す必要はない」
「俺達は戦をやっているんだぞ!殺さない戦などあるわけ無いだろ!」
「人間と魔物の戦は違うのだ」
「殺さなければ、奴らは何度でも俺達を殺そうとするぞ。奴らを殺して始めて俺達は勝ったと言えるんだよ!」
「殺しは後々面倒な事になるだけだ」
 モレが怒号を抑えられないのに対して、雪麗は涼しげに答える。
 モレは怒号を抑え、黙り込む。モレと雪麗では、考え方が違いすぎる。一緒に戦える相手とは言えないかも知れない。だが、モレ一人で戦う事は無理であり、雪麗の助けがほしい。
 モレは、雪麗を責め立てる事を止める。矢が首に刺さった者が、衝撃で窒息して死ぬ事を願って腹の虫を収めようとした。

 モレと雪麗は、山の中を移動していた。無勢であるモレ達にとって、戦う手段は地の利を生かすことだ。山で生きて来たモレは、地の利を生かすことができる。モレ達を狩ろうとしている村人達も山に慣れているが、連携が取れない上に役人が足を引っ張っている。モレ達はこの機を生かして、山の中を移動しながら次の襲撃をしようとしていた。
 行く先の木の間に乾いた地面がある。そこで二人は休む事にした。
 モレは、腰を下ろしながら雪麗を伺う。雪麗は、今朝から顔が赤らみ息が激しい。
「具合が悪いのか?今日は無理して進まない方が良いのではないか?」
「いや、大丈夫だ。少し休んだら進もう」
 とても大丈夫には見えないが、休息を無理強いするほどではないと判断してモレは黙った。
 モレは、落ち着かない気持ちになる。雪麗の様子が情欲を掻き立てるのだ。雪麗は肉感的な魅力がある女だ。彫りの深い整った顔をしており、引き締まった筋肉質の体に豊かな胸を備えている。手足を覆う黄と黒と白の獣毛も、野生の魅力を雪麗に与えている。
 しかも露出度の高い服を着ているため、雪麗の官能的な体がむき出しになっている。雪麗は、胸と肩と股間を金色と緑色の金属製の服で覆っており、それ以外の部分はむき出しだ。遊女でもここまで体を露出させる服は着ない。魔物娘だけが着る服だといえる。
 雪麗は汗をかいており、むき出しになっている胸の谷間や腹が光っている。雪麗の頬は上気し、目もどこか潤みがちだ。荒い吐息を付く様子が、いつもは凛々しい雪麗に淫猥さを感じさせる。
 モレは、目をそらして自分を抑えようとする。モレは健康であり、性欲も強い。雪麗の様子は、モレの腰に強い力を与えてしまう。
 もうだめだと呟くと、雪麗がモレに覆いかぶさって来る。驚愕したモレが言葉を発しようとすると、雪麗は口を重ねてくる。モレと雪麗の口の間に、唾液が糸を引く。
「私は発情期に入ってしまった。すまないが抑えられそうに無い。モレを貪らせて貰う」
 雪麗は再び口を重ね、モレの体をまさぐる。雪麗からは、汗で濡れた肉の甘い匂いが襲って来る。
 モレは自分を抑えられなくなり、雪麗の口を吸い返し体を乱暴に愛撫した。

 モレと雪麗は追い詰められつつあった。役人達と村人達が体制を整え始めたからだ。
 始めのうちは、役人達のやり方は下策だった。山の事はよく分からないくせに、村人に任せるべき事を任せようとしなかった。村人を信用しない上に、手柄を自分の物にしようとして出しゃばった。その結果、彼らは足手まといとなった。動員した村々の者を、まとめる事が出来なかった。
村人達もまともな行動が取れなかった。村人達は、始めは他の村の者と連携が取れなかった。村人は、自分の村を基準に物を考える。他の村の者は、敵か他人のどちらかに過ぎない。過去に侵略者と戦った頃は、優れた指導者や調整役がおり、村同士で連携が取れた。今はその様な者はいない。加えて、優れた指導者がいなくても連携を取る方策を考える事を怠っていた。
 モレと雪麗は、役人と村人の陋劣さを利用して襲撃を繰り返し、逃げ切る事が出来た。
 だが、役人も村人も無能ではなかった。役人は自分達が足を引っ張っている事に気づき、山を良く知る村人に権限を与えて任せた。自分達は、村々の間を調整しながらまとめる事に専念した。その上で、利で釣り罰で脅して村人を動かした。
 村人は、このままではどの村も役人から罰せられると悟り、連絡を取り合って最低限の協力を取り始めた。山に詳しい村人が他の村人を指揮し、他の村の者と持ち場を決め合って包囲網を築き上げた。
 モレと雪麗は次第に包囲されていき、山奥へと退避し始める。村人の中には山奥の事を知っている者もおり、彼らの手により二人の跡は突き止められ、追跡されて行った。
 二人には死が迫りつつあった。

 モレと雪麗は抱き合っていた。二人は、山の中で戦いと逃走をしながら交わりを繰り返している。戦いの緊張と命の危機から、二人は互いの体を貪り合っていた。
 雪麗の体は、モレの精で汚れきっている。口元、胸の谷間、左腋の間、股間の陰毛が生渇きの精液で汚れている。正面からは見えないが、雪麗の尻もべっとりと汚れている。雪麗の体中から刺激臭が漂っている。
 モレの男根は、繰り返し精を吐き出したにも関わらず怒張している。モレは力が有り精力もあるが、それでも異常なほどみなぎってくる。雪麗相手だと、いくらでも挑めそうになる。
 モレは、白い毛に覆われた雪麗の首筋に顔をつけて舐める。人間とは違う獣の匂いがする。モレの舌と鼻息を浴びて、雪麗はくすぐったそうに喉を鳴らす。喉を鳴らす様は、大型の猫のようだ。柔らかい毛の感触を楽しみながら、モレは雪麗が喉を鳴らす声を聞く。
 モレは舌を下方へ動かして行き、雪麗の右腋を舐める。汗で濡れた腋は、酸っぱさを感じる強い臭いと塩苦い味がする。弾力のある胸と柔らかい毛の生えた腕を顔に感じながら、腋のくぼみを舌に力を入れて舐め回す。雪麗は、笑いながら喘いでいる。
「モレは、本当に腋が好きだな。男根を腋に挟んでくれと言われた時は、耳を疑ったぞ。モレが私の腋に出してばかりいるから、腋から精の臭いがする様になったではないか」
 モレは、雪麗の腋に舌を這わせ続ける。モレは、自分でも不思議なほど女の腋に欲望を感じた。胸にも欲望を感じるが、それ以上に腋に欲情する。雪麗の腋の臭いを嗅ぎ舐め回すと、精を放った男根がたちまち回復する。雪麗の腋に男根を挟んで扱くと、驚くほど精が噴出する。
 モレは怒張する男根を、精液と愛液で濡れそぼっている女陰に当てる。そのまま腰を突き出し、中へと押し進める。熱く濡れた肉襞が、硬い肉棒を渦を巻いて締め付ける。
 モレは顔を上げて、雪麗の汚れた口を吸う。雪麗の口はモレの欲望の証で汚れ、刺すような臭いと苦い味がする。モレはかまわずに、雪麗の口の中に舌を潜り込ませて蹂躙する。雪麗も舌を絡ませて応える。
 モレは激しく腰を動かし、雪麗は獣じみた腰使いで応える。二人の股間の間からは、濡れた音が響く。二人の体は密着しあって、体を繰り返し強く擦り付け合う。雪麗の胸に付いた精液が、モレの胸に塗り付けられる。雪麗の左腋の精液が、汗と共にモレの右腕に塗り広げられる。二人の口とあごは、精液と唾液で汚れている。二人の体は、様々な液で濡れた肉の臭いを辺りに振りまく。
 モレは、雪麗の左の耳を唇で挟み込む。外側が黄色の毛で、内側が白い毛で覆われた耳を軽く歯で噛み舌を這わす。雪麗は、猫のような泣き声を洩らす。耳は、雪麗の弱い所だ。耳の獣毛を舌と歯で嬲りながら、モレは雪麗の女陰の奥にある輪の様な硬い所を男根で突く。出すぞとモレが囁くと、出せと雪麗は喘いだ。
 モレは激しく精を放出し、雪麗の奥を犯す。繰り返し精をぶちまけたにも関わらず、激流のような放精だ。雪麗の中は、モレの精で汚され染まっていく。二人は繰り返し痙攣し合いながら、お互いを抱きしめる。
 モレは、雪麗の女陰から男根を抜く。濁った音を立てて男根は抜け、女陰からは白濁した液が臭いを放ちながら溢れ出す。男根も白濁液で汚れ、きつい臭いを振りまく。
 雪麗は這い蹲り、モレの股間に顔を埋める。モレの汚れた男根を音を立ててしゃぶりだす。モレは雪麗の栗色の髪を撫でながら、雪麗の形のよい尻を見る。白く光る尻からは黄色と黒色の獣毛に覆われた尻尾が生え、軽快に跳ね回っている。モレは、雪麗の口と舌のうごめきに加えて尻尾の踊りを見て、体の奥底から欲望が回復するのを感じた。

 二人は、抱き合いながら布に包まっていた。二人の体からは、情交後の濃密な臭いがする。二人の包まっている布は、たびたび繰り返された交わりによって臭いが染み付いている。モレと雪麗は、様々な液で汚れた生渇きの体をお互いに重ねあっていた。辺りに注意を払いながらも、肉の交わりの後のけだるさが二人を犯す。
「この戦いは『天の時』『地の利』『人の和』にかなったものだろうか?」
「何だ、それは?」
 雪麗の言葉に、モレは首をかしげる。
「大陸のいにしえの兵法家の言葉だ。戦に勝つには、この三つは必要だ」
 雪麗は、天を見上げながら言葉を放つ。
「我らは『人の和』はある。それに対して敵は『人の和』を欠いていた。だから我らは、たった二人でも戦う事ができた。だが、敵も『人の和』とまではいかずとも協力して戦う事はできるようになった。そうなると『地の利』は、モレだけの物ではなくなる。敵にもこの山の事に詳しい者は多い。『地の利』を奴らが生かせなかったのは、『人の和』を欠いていたからだ」
 雪麗は、冷ややかとさえ言える口調で話し続ける。
「われらの戦いは『天の時』を得ているのか?」
 モレは答える事ができない。この地の部族が侵略者達の支配下に置かれて数百年経つ。部族の者の中には、犬に成り下がった者が少なからずいる。他の者も支配される事に慣れている。
 四百年も昔に、南の侵略者と戦った男がいた。彼は、北の地の狩猟部族をまとめて抵抗軍を造り、侵略者を何度も打ち破った。だが、最後に彼は敗れた。南の王は大軍を派遣し、北の軍を打ち破った。彼は捕らえられて南の都に連行され、鋸引きの刑に掛けられて殺された。
 彼は、この地で英雄と伝えられている。それは、すでに昔話の中の英雄だ。この地の支配は覆らない。
 「天の時」は俺達には無いと言う訳か。モレは、心の中で苦く呟く。それでも俺は逆らわずにはいられない。俺は、生まれた時から支配されて来た。犬どもに虐げられて来た。このまま這い蹲って生きても、苦しむだけだ。だから俺は命を捨てて反逆した。俺は後悔しない。
「次の戦いが最後だ」
 モレは、それだけを答えた。
 そうかと、雪麗は静かに言った。

 辺りには霧が立ち込めている。この山では霧が発生しやすい。モレと雪麗は、この霧を利用した。二人はわざと痕跡を残して、この山奥の峡谷に敵を誘い込んだ。峡谷の狭い道を、敵は霧の中を行軍してくる。
 二人は、峡谷の上に待機している。敵が眼下に来た時、二人はあらかじめ落ちやすく細工した岩を落とす。岩は轟音と共に転がり、敵を乱していく。二人は岩を三つ落とし、敵を完全に混乱に陥れる。
 モレは、舌打ちを抑えられない。モレは、敵に当たる様に岩を落とした。それを雪麗は一緒に落とす時に軌道を変えて、敵に当てさせなかった。霧の中でも敵に当てさせない能力が雪麗にはある。
 モレは、上から火矢を放つ。下の道の各所には雪麗が大陸から持ち込んだ火薬を仕込んでおり、爆発音と共に火が燃え広がる。火によって敵を分断するように仕込んだ。霧が出る前にどこを射れば良いか試したので、霧の中でも的をはずさない。
 雪麗は、霧の中にも関わらず急傾斜を駆け下りていく。人間には不可能な技だ。霧のために見えないが、下から聞こえる絶叫から、雪麗が敵を打ち倒している事がわかる。
 雪麗は獣の魔物であるにも関わらず火の中を駆け巡り、火によって分断された敵を打ち倒していく。あらかじめ全身を水で濡れそぼらせているとは言え、自分を危険に晒す行為だ。
 風が吹き霧が少し晴れて、モレのいる岩場が露出する。敵は、矢をモレに向かって射掛ける。幾本もの矢がモレの周囲に突き立ち、モレの右肩を矢が掠める。肉が弾けて、モレは弓と矢を落とす。手で押さえた肩から血が噴出し、モレの右腕を赤く染める。モレは矢の飛び交う中を這い蹲り、岩陰に隠れる。痙攣する手で右肩を布で縛り、血を押さえる。激痛のため目の前が霞み、意識が薄れる。
 下から聞こえていた絶叫が収まる。まさか雪麗はやられたのか。モレは全身に鳥肌を立て、岩陰から這い出そうとする。
 モレの前に、黄色い影が躍り出る。雪麗が登って来たのだ。雪麗は、全部かたずけたと短く言い放つ。雪麗は、体の所々にやけどを負っている上に刀傷もある。
 モレと雪麗は、岩陰で互いの傷に酒をかけて傷を洗い、薬を塗りつけて布を巻く。
 私達の勝ちだと雪麗が誇らしげに言い、傷に顔をしかめながらモレは笑顔で答えた。

 二人は、傷の手当を終えると脱出に移る。雪麗は、脱出するための方策を見出していた。雪麗は、山の中を移動するうちに獣道の型が分かるようになり、どの獣道がどこへ通じるのか推測出来た。獣道のうち人が通る気配が無く、モレが通る事が出来そうな物を見つけた。
 人が通る道を使えば、敵に見つかってしまい狩られる。人が通らない道ならば、脱出する事は可能だ。
 二人は敵を惑わす痕跡を残した後、獣道を使って山から出ようと歩き始めた。雪麗には難なく通れる道でも、モレにはきつい道だ。雪麗に助けられながら、モレは人にとっては道ではない道を歩いた。途中で危うく崖から転げ落ちるところだった。雪麗なしでは不可能な行軍だ。
 雪麗の導きで、モレは山から脱出する事に成功した。役人と村人は、まだ山の中で狩りを続けているだろう。二人は夜陰に紛れてふもとを過ぎ、モレの故郷を後にした。

 二人は既に追っ手の危険も無く、街道を歩いている。モレは、故郷を捨てて雪麗と旅をする事に決めた。故郷は住むに値しない所であり、反逆し続ける事も不可能だ。だったら、故郷を捨てて旅をするほうがよいと考えた。
 モレは、狭い世界で暮らしていた。それに対して雪麗は、モレよりも広い世界を知っている。雪麗と共に旅をすれば、死を覚悟で反逆する以外の生き方が出来るかもしれない。
 モレと雪麗は、考え方が違う事もある。雪麗の「殺さず」という考え方は、今でもモレにはよく分からない。ただ、雪麗が命を賭けて「殺さず」を実行している事は分かる。
 雪麗は最後の戦いの時、岩の軌道を変える以外の事もした。魔界銀を使った矢が切れたため、火矢を使う戦術を用いる事にしたのは雪麗だ。普通の矢を使えば、モレは敵を殺す。だから、自分が火傷を負う目に合いながら、火矢をモレに使わせたのだ。しかも、敵を焼き殺さない様に注意を払って火薬を仕込んだ。敵を打ち倒す時も、敵が焼け死なないように打ち倒している。その為に敵に刀傷を負わされた。
 俺は、呆れた女に惚れたものだな。モレは苦笑するしかなかった。

 風に潮の匂いが混ざっている。海が近いのだ。雪麗は、海を見た事がないモレのためにまず海に出る事にした。モレの住んでいた山のふもとから西に行くと、大陸へとつながる海に出る。かつて雪麗はこの海を渡って来たのだ。
「海を見た事がないなら、ぜひ見るべきだ。私も山育ちだから、初めて海を見た時は驚嘆したものだ。自分の知っている世界が狭い物だと思い知らされた」
 雪麗の言葉に、モレは好奇を抑えきれない。既にモレは、来る途中で自分の知っている物が限られた物だと思い知らされた。知識として知っていた物は有るが、実際に見るのとは大きく違う。限りなく広がる水の世界を見る事を、モレは渇望している。
 モレは、故郷を捨て去る時に一度も振り返らなかった。一瞥する価値もない物だ。モレの前には、大きな世界が広がっている。より価値のある世界が広がっている。
 モレは、隣を歩く雪麗の手を握る。雪麗は、微笑みながら手を握り返す。モレがこれから先に見て行く世界には、雪麗という導き手がいるのだ。
14/08/10 17:02更新 / 鬼畜軍曹

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