読切小説
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 配達員の須藤明彦がその家を訪れたのは、ある夏の日、雲一つない青空の上で太陽が燦々と輝く真昼時のことだった。アスファルトが日光に焼かれて蒸し暑さを助長させ、方々から聞こえてくる蝉の鳴き声が一層暑苦しさをかきたてていく。車の中はクーラーが効いていたが、それでも外の蒸し暑さは、窓ガラス越しに容易に伝わってきた。
 しかし仕事は仕事。やらねばならない。須藤はしかめっ面を浮かべながらも腹を括った。日々の連勤で心身ともに悲鳴を上げ始めていたが、それでも仕事はやらねばならない。重労働だろうとなんだろうと、金のためにはやらねばならないのだ。
 そんなことを考えながら、彼は乗ってきた配送用のバンをその家の近くに停め、一旦外に出てから後ろのドアを開けて荷物を取り出した。それは両手で抱えて持ち運ぶほどの大きさを備えた、中身のぎっしり詰まった段ボール箱だった。
 
「重いなしかし。それに暑いし……」

 体を蝕む重さと暑さに、須藤は思わず悪態をついた。額から汗が流れ落ち、全身の汗腺から汗が噴き出していく。ついでに蓄積されてきた疲れもどっと噴き出し、体が鉛のように重くなっていく。
 予想通り、バンの外は灼熱の世界だった。宅配物の重さもまた、彼の感じる暑苦しさを増大させていた。頭上からの太陽光と、足元のアスファルトがまき散らす太陽熱が、共に容赦なく須藤を襲う。まさに蒸し地獄だった。
 それでも須藤は溢れ出す汗を拭うこともせず、荷物を抱えたまま家の玄関前まで向かった。本当に地獄みたいな世界だったが、それでも仕事は完遂しなければならない。プロとしての意地が、今の彼を動かしていた。
 
「安土桃子……さん、ね」

 そうして暑苦しさに苛まれながら家の前まで来たところで、須藤は掛けられた表札の名前と、宅配物に貼られた届け先の主の名前を照らし合わせた。表札には「安土」と書かれていた。確認は大事だ。
 続けて彼の視線は、表札を真上に飛び越え、その家の全景を映した。そこにあったのは、木造の古びた一軒家だった。人通りの少ない通りに面した小さな家であり、周りにある他の家々とも離れていた。まるで仲間はずれにされたように見えるその家は、どこか場違いな存在感を放っていた。真夏日だというのに、須藤は少し寒気を感じた。
 もちろん、それは須藤の思い込み――虫の知らせである。そんな勝手な思い込みで仕事を中断することなどあってはならない。そうして須藤は気持ちを切り替え、目の前の家が真に目的地であることを再確認した後、閉じ切られたドアの横にあるインターホンを押した。
 間の抜けた、甲高い電子音がややくぐもった形で聞こえてくる。直後、インターホンから女性の声が聞こえてきた。
 
「はい、どちらさまでしょうか?」
「すいません。宅配便のものです。こちらに配達物をお届けにあがりました」

 頬を伝う汗の感触と喉の渇きを覚えながら、須藤が決まり文句を返す。その声は少しかすれていた。するとすぐさま女性の、ハッとした声が帰って来る。

「まあ、そうなんですか。ありがとうございます。今ドアを開けますから、ちょっと待ってくださいね」

 それきり、女性の声は聞こえなくなった。代わりに木拵えのドアの奥からバタバタと駆けてくるような音が聞こえ、それが目の前まで来ると同時に、須藤の眼前でドアが軋んだ音を立てながら開かれていった。
 
「ごめんなさい。お待たせしました。それがお荷物ですね?」

 女性が快活な声を上げる。その姿を見た須藤は一瞬面食らった。なぜならドアを全開放し、須藤の前に堂々と姿を現したその女性は、ぱっと見こそ人間であったものの、よく見てみると明らかに人間ではない特徴を備えていたからだ。
 まず体色が青かった。それも深海のように濃い青色だった。さらに腰から下に「脚」はなく、代わりに不規則に蠢く青い肉がロングスカートのように展開され、地面に接地していた。その肉のスカートの表面からはいくつも触手が生え、自我を持つかのようにそれぞれが勝手に動いていた。
 そしてそんな青い体のあちこちに黄色く光る小さな球体が埋め込まれ、それらもまた不規則に明滅を繰り返していた――ように須藤の目には見えた。またその全身からは甘酸っぱい匂いが放たれ、須藤の鼻腔を優しくくすぐった。もっともこれは彼女の身体的特徴というよりは、香水の匂いと言うべきだろうか。
 そんな怪物然とした存在が、エプロンを身に着けて当たり前のように須藤の前に立っていた。「客」の特徴を聞かされていなかった須藤は、不意を突かれた格好となったのだった。
 
「確か、代金引換でしたよね? 今お支払いします」
「あ、はい。ついでにハンコもお願いします。サインでも構いませんよ」
「わかりました。じゃあ最初にお金を……」

 しかし、須藤がその人外を前にして驚いたのは、僅か一瞬のことだった。彼は必要以上に動転することはせず、すぐに平静に戻っていつものように応対した。青い体を持った女もまた特別な反応は見せず、自然な動きでエプロンのポケットから長財布を取り出し、彼に千円札を四枚差し出した。お札に何か妙なモノが貼り付くといったこともなく、須藤は当たり前のようにそれを受け取り、腰につけたポーチの中から小銭を取り出して眼前の「それ」に差し出した。
 
「はい、こちらがお釣りになります。確認してください」
「どうも……はい、ちゃんと全部あります」
「わかりました。じゃあ最後に、ここにハンコお願いします」
「あ、はい」

 人間と人外のやり取りは、淡々とした、ごく平凡なものだった。青い体を備え、触手を生やした人外の存在が、落ち着いた動きで提示された所に判子を捺す。この時彼女は触手の一本に判子を持たせており、その触手を使って判を捺していた。須藤もまたそれを確認し、何の感情も交えずに「ありがとうございました」と返す。須藤も人外の「それ」も、そして安土家を通り過ぎる他の通行人たちも、その光景を異常とはみなさなかった。
 これが今の「普通」だからだ。
 
「ではこれで。今後ともご贔屓に」

 魔物娘と呼ばれる存在が人間社会に溶け込んではや数年。彼女達は急速に人間と合一化し、あっという間に当たり前のものとなっていた。不自然なほどに猛スピードな溶け込み具合であったが、当時それを気にする者は――これもまた不思議なことに――皆無だった。
 それはここ日本でも同じであり、須藤の務める宅配会社にも魔物娘の社員が当たり前に勤務していた。それが今の常識的な光景なのだ。
 
「あっ、少しお待ちください」
「はい?」
「お疲れのようですし、よければ――」
 
 故に、今こうして人外の存在――ショゴスと呼ばれる魔物娘が当たり前のように宅配物を受け取る光景もまた、異常でもなんでもない「日常」の光景であったのだ。
 
 
 
 
 しかし、どれだけ魔物娘が社会に溶け込んだとしても、それまであった社会の常識が丸ごとひっくり返った訳ではない。実際には少しずつ変容して来てはいるが、その変化は須藤のようなちっぽけな一般人には感知できない程の、まだまだ些細なものでしか無かったのだ。
 だから須藤は、魔物娘が来る前にあった人間社会の「一般常識」をまだ持ち続けていた。そしてそれがために、彼は今非常に居心地の悪い思いを味わっていた。
 
「申し訳ございません。今ウーロン茶しか手元になくって……どうぞ、お飲みください」
「ど、どうも」

 宅配物を渡し終え、いざ帰ろうとしたところで、ショゴス――安土桃子に呼び止められた。そして彼女に「せっかくだから、家に上がってくつろいでいかないか」と提案されたのである。当然彼の理性はそれを拒絶したが、なぜか彼の心はそれを拒めなかった。
 部屋の中から甘酸っぱい匂いがする。桃子と同じ匂いだ。
 下半身に血が溜まる。
 
「これですか? これは香水です。前に知り合いから、あなたは磯の臭いが強いから、これで誤魔化しなさいと言われて渡されたんです。お気に召しませんでしたか?」
「い、いや、そんなことは無いですよ。とってもいい香りです」
「そうですか。それは何よりです。でももしお嫌でしたら、遠慮なく申してくださいね」
 
 その結果、彼は今こうして桃子の家の中へ上がり込み、そこのリビングで茶をごちそうしてもらっていたのだ。部屋の中は冷たくなり過ぎないように冷房が行き届き、とても住みやすい環境下にあった。直射日光に晒される車内や屋外とは大違いの世界であり、須藤はとても落ち着きを覚えることが出来た。
 
「本当でしたら、茶請けとかも用意しておくべきなのですが、あいにく切らしてしまっていて……本当に申し訳ありません」

 そして彼の前にウーロン茶の入ったグラスを置いた後、桃子はそう言って深々と頭を下げた。それはまるで従者が己の不手際を主君に詫びるような、畏敬と謝意に満ちた仰々しい謝り方であった。しかしそうして謝罪された須藤の方は、とても王のように振る舞うことは出来なかった。
 
「いえ、お気遣いなく。本当に大丈夫ですから」

 仕事をほっぽって、他所様の家に厄介になっている。それどころか、今こうして赤の他人から茶をごちそうしてもらっている。生真面目でプロ意識の強い――そして旧世界の常識に縛られていた須藤は、そんな今の自分の状況に気持ち悪さにも似た違和感を覚えていた。一秒でも早くこの家を去って、元の仕事に戻るべきである。ソファに座った時から、彼の理性はそう声高に主張していたのだ。
 
「お茶だけで構いませんから。本当にお構いなく」

 しかし心ではわかっていても、体は動かなかった。本当になぜかはわからなかったのだが、彼女の目を見る度に、自分の心が「今はここにいてもいいのだ」と安心してしまうのだ。もちろん心が安堵するのはほんの一瞬のことであり、彼女から目を離した直後には前述したプロ意識が思い出したように鎌首をもたげる。しかしそうして思い直したのも束の間、視界に桃子が入ると、すぐにまた安心してしまうのであった。
 自分は今ここにいてもいいのだ。桃子を見ている時だけ、彼の心は安らぎを覚えた。そしてその今まで感じたことのない、母の胸に抱かれているかのような安らぎに、須藤は心の底まで甘えようとしていたのであった。
 そして結局、彼の良心は折れた。なに、ほんのちょっと休むだけだ。これは毎日毎日、糞みたいな労働に従事している自分への、ちょっとしたご褒美だ。
 甘い匂い。とても心地が良い。
 
「じゃあ、いただきます」

 一言断ってから、須藤は桃子から差し出されたグラスを手に取る。グラスは冷たく、表面は僅かに濡れていた。そして甘酸っぱい匂いがした。グラスの揺れに反応して、茶と一緒に入っていた氷がカラカラ音を立てていく。焦げ茶色の液体とその氷の組み合わせは、今日まともに水分を取っていなかった彼にとってはどうしようもなく美味そうに見えた。
 それまで忘れていた喉の渇きが再び産声をあげる。もう限界だった。

「はい。いただいてください」

 桃子に促されるまま、彼はグラスに口をつけた。冷たく渋い味わいの液体が喉を流れ、乾ききった体に潤いを与えていく。そしてもっと潤いを欲するように、彼はグラスの中身を一息に飲み干した。ウーロン茶だけでなく、入っていた氷さえも口の中に放り込み、バリバリと噛み砕いていった。
 そうして全ての水分を摂取した須藤は、とてもだらしのない、安堵と幸福感に満ちた表情を浮かべた。
 
「ふう」
 
 生き返るような気分だった。砂漠のど真ん中でオアシスを見つけたような、そんな気分だった。実際、それまで疲労と高温多湿によって熱に浮かされ、半ばぼんやりとしていた彼の意識は、冷たい刺激を受けて一気に覚醒した。
 しかし一杯飲み干したところで、須藤の喉はまた渇きを訴え始めた。もっと飲みたいと、底なしの欲が心の底から大声で訴える。それでも生真面目な彼はその本能をなんとか抑えつけ、図々しく二杯目を要求することはしなかった。
 
「はい、おかわりをどうぞ。いくらでもいただいて結構ですからね」

 その直後、青い肉体を備えた魔物娘が、待ってましたと言わんばかりに新たな茶をグラスに注いでいく。まるで彼の心を見透かしているかのように。
 
「いいのですよ、ご無理なさらなくても。もっと素直になってもいいのです」

 そして桃子は茶を注ぎながら、優しく諭すように須藤に語りかける。薄皮を一枚ずつ剥いていくように、頑なな彼の心を細心の注意を払ってほぐしていく。
 桃子の体が近づく。甘い匂い。
 視野が狭まる。桃子以外が霞んで見える。

「たまの休みも大事です。さあ、気を落ち着かせて。肩の力を抜いて。今タオルをお持ちしますので、汗もお拭きになってください。一休み、一休み」
「一休み、一休み……」
「ええ。ちょっと休んだくらいで、神様は怒りませんから。くつろいでいきましょう?」
「はい……」

 効果覿面だった。乾き疲れ果てていた須藤の心にとって、その桃子の言葉はまさにオアシスであった。人間の彼はそれに縋らずにはいられなかった。
 甘い匂いを振りまく癒しの女神が、須藤の眼前で優しく微笑む。
 
「では、どうぞお飲みください。遠慮せずに、ぐいっと」
「じゃあ、いただきます……」
 
 うわ言のように呟きながら、須藤が再びそれを口に入れる。冷たく爽やかな感覚が全身を駆け巡り、枯れ果てた体に活力を取り戻させていく。
 同時に甘い匂いが彼の脳を揺らしていく。桃子が体の中に入っていくような気がして、須藤は言いようのない幸福感を覚えた。
 
 
 
 
 その後、結局須藤はウーロン茶を三杯ご馳走になった。そうして三杯目を飲み干し、十分体に潤いをもたらした彼は、続けて空腹を覚えるようになった。
 落ち着きを取り戻すごとに強欲になっていく。本能とはどこまでも図々しいものだった。自分の体の訴えを覚えた須藤は、そう考えて無意識の内にしかめ面を浮かべていた。確かにまだ昼食はとっていなかったが、そこまで要求するのはさすがに愚かでしかない。
 
「そうだ。せっかくですから、ご飯も食べていきませんか?」

 桃子は無慈悲だった。彼女はまるで狙いすましたかのように、空きっ腹を覚えたばかりの須藤に向かってそう言ってのけた。そのあまりにもタイミングの良過ぎる問いかけに対し、須藤は咄嗟に彼女の方を見た。この時の彼は驚きの表情をその顔に貼りつけていた。
 
「そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。簡単なものしか作れませんが、そこでお待ちになっていてください。すぐに用意しますからね」

 桃子はどこまでも自分のペースを崩さなかった。そして相手の反論を許さなかった。桃子はそう言うなりさっさと別の部屋に繋がる襖を開け、どこかへ早足で立ち去っていった。足は無いはずなのに、ぱたぱたと畳の上を早歩きするような軽快な足音が、開けっぱなしの襖の奥から聞こえてきた。背後から風の吹く音が聞こえてくる。
 そうして須藤は一人、リビングに取り残された格好となった。一人になった瞬間、彼は物寂しい気分になった。同時に彼は、今なら抜け出せるかもしれないと、脱出の好機が巡ってきたとも考えた。
 奥から調理をする音が聞こえる。包丁でまな板を叩く、テンポの良い音。甘い匂い。桃子の匂いが風に乗って鼻をくすぐる。
 
「いや、でも」

 だが彼はそう考えただけで、それを実行に移そうとはしなかった。むしろ献身的に尽くしてくれる桃子を裏切ろうとした自分に嫌悪感を抱いた。彼は職務に忠実であったが、仕事に魂まで売り渡したわけでは無かった。色々な方面において、彼は生真面目だったのだ。
 だから結局、彼はその後も一人で待ち続けることにした。壁に掛けられていた時計に目をやると、既に時刻は十三時を回ろうとしていた。まだまだ配送すべき物はそれなりにあった――全部で六つほどだろうか――が、だからと言って、桃子の好意を無碍にするわけにはいかなかった。
 桃子の匂いを思い出す。甘酸っぱい匂い。
 桃子を裏切ることは出来ない。彼の心は一つに固まった。
 
「お待たせしました」

 そんなことを須藤が考えていると、唐突に桃子が戻ってきた。帰ってきた彼女は漆塗りの高級そうなお盆を両手で持ち、そのお盆の上には彼女が作ったであろう料理を載せた皿がいくつか置かれていた。そして桃子はにこやかな表情でお盆をテーブルに置くと、慣れた手つきで皿をお盆からテーブルへ移していった。桃子の方から楽しげな笑い声が聞こえてくる。
 握り飯二つ。大根と油揚げの入った味噌汁。アジの開き。沢庵の漬物。それが須藤の前に置かれた料理の全てだった。特に焼き魚と握り飯と味噌汁は、たった今作られたばかりであるかのように微かに湯気を立ち上らせ、見るからに美味そうな気配を醸し出していた。
 そして甘い匂いがした。特に握り飯の方から。これはきっと桃子が手ずから作ったものなのだろう。桃子が自分の手で。
 須藤の下半身に血が溜まっていく。
 
「さすがに短い時間では、これくらいのものしか作れませんでした。お口にあうかどうかはわかりませんが、もしよろしければ、いただいてください」

 お盆をテーブルから離し、それを両手で持って胸元で抱きながら、桃子が満面の笑みで須藤に告げる。一方の須藤は、そんな彼女に対して疑念と驚嘆の入り混じった視線を向けた。
 桃子が須藤の目の前からいなくなったのは、たった数分のことだ。その数分の間にこれだけのものを用意してみせるとは。
 
「さっ、早く食べてください。早くしないと冷めてしまいますよ」

 桃子は押しの強い女性だった。彼女は須藤の質問を待つことなく、逆に彼に食事の催促をした。金色に光る桃子の瞳が、じっと須藤を見据える。
 
「さあ、お食べになってください。お仕事を続けるためには、腹ごしらえも大事ですから――大丈夫、変なお薬は入ってませんから、どんどん食べてくださいね」

 桃子が満面の笑みを浮かべながら顔を近づける。近くで甘い匂いがする。須藤の躊躇いが消えてなくなっていく。
 頭の上で水音が聞こえる。
 
「じゃ、じゃあ……いただきます」

 須藤は折れた。彼女から視線を外して料理に向き直り、恐る恐る握り飯に手を伸ばす。ふっくら暖かいそれを手で掴み、一口頬張る。
 桃子の匂いが口の中に広がる。
 
「これは――」
 
 美味い。途轍もなく美味い。
 それは中に何もない、シンプルな塩味の握り飯だった。だというのに、それはどうしようもなく美味かった。ほっぺたが落ちるとはまさにこのことを指すのだろう。
 それに何より、この握り飯は暖かかった。桃子が自分の手で作ってくれたそれは、いつも食べているコンビニの弁当なんかよりもずっと暖かかった。桃子の愛情がたっぷり詰まった料理。不味いはずが無かった。
 それを感じた瞬間、須藤の中の恐れと戸惑いは消滅した。彼は甘い匂いに包まれながら、一心不乱に食事に没頭した。
 
「うまい、うま、うまいよこれ」
 
 手が止まらない。ひたすらに握り飯を頬張り、味噌汁を啜っていく。それしか出来ないかのように、須藤は必死の形相で目の前の料理を食べ進めていく。こんなまともな食事にありついたのはいつぶりだろう。激務に忙殺されていた彼にとって、それはまさに至福の癒しであった。
 
「どうですか? お口に合いますか?」
「う、うん、うんっ……」

 横に座った桃子が問いかける。須藤は食べるのに夢中で、言葉すら出せなかった。口の中に食べ物を詰め込みつつ、何度も首を大きく縦に振った。本当に美味しかった。
 そうして子供のようなリアクションを見せる須藤を微笑ましく見つめながら、桃子はなおもニコニコ笑いながら彼に声をかけた。
 
「お茶も入れておきますね。それからゆっくり、よく噛んで食べてくださいね」

 須藤は再度頷いた。頷くことしか出来なかった。彼の頭には食べることしかなく、仕事を放棄していることへの良心の呵責も無かった。
 中身が縁からこぼれるのも構わずに、味噌汁の入った椀を取って力任せに流し込む。指にかかった味噌汁と、その前から指に付着していた米粒をまとめて舐めしゃぶる。痕跡一つ残すまいとするように、己の指を赤ん坊のように舐めていく。
 目は血走り、眉間に深々皺が刻まれる。鬼のような顔をしたそこには、一つたりとも食べ残すものかという確固たる意志がありありと漲っていた。
 甘い匂い。桃子の匂いのする料理。
 俺は今桃子を食べている。
 俺のものだ。誰にも渡すものか。
 
「そんな風に美味しく食べていただけて、私も嬉しいですわ。作った甲斐があったというものです」

 そんな須藤を見ながら、桃子は笑って言った。須藤はそれにも反応せず、取り憑かれたように食事を続けた。
 極上の料理にとびきりの美人。まさに至福の時間だった。須藤はその至福の時間を、思う存分味わったのだった。
 
 
 
 
 そうして存分に昼食を堪能した須藤は、今度は眠気を感じるようになった。ここまでくると、須藤はそんな己の図々しい本能を嫌悪することもなかった。それどころか、彼はそんな自身の欲求に、正直に従おうとすらしていた。
 甘い匂いがそうさせていた。桃子の匂いが彼を揺さぶっていた。
 
「へ、へへ、へへへへ……」
 
 これまで散々に過剰労働を行わされていた彼の体と心は、この家で与えられた「癒し」の前に完全敗北を喫していた。そしてそれを「敗北」と捉えることが出来ない――むしろ当然の権利、自分にとってのご褒美であると考えてしまう程に、彼の心身は弛緩しきっていた。酷使され、疲れ果てた須藤にとって、この家はまさに天国だった。
 そしてショゴス、もとい桃子は、須藤にとって天使だった。自分を救うために天上から遣わされた、救いの天使なのだ。
 
「本当にお疲れのようですね。どうでしょう、ここで少しお眠りになられては? 日が暮れた頃には起こして差し上げますから、それまでゆっくりお休みになられた方がよいかと」
 
 天使が優しく提案する。須藤はもちろん、彼女の好意に甘えた。
 そして彼女に導かれるまま寝室へと向かった。案内された寝室はそれほど広くなかったが、手入れは良く行き届いており、既に用意されていた布団もふかふかで寝心地の良さそうな代物だった。それに何より甘酸っぱい匂いがした。布団から桃子の匂いがした。
 少なくとも、自分がいつも使っている仮眠室よりはずっとまともな場所だった。ここにあるのは寝返りすら打てないほどの狭い空間でもなければ、薄く硬い布でもない。あるのはただ天国だけだ。
 
「こちらで準備させていただきました。どうぞ、お休みになってください」
「はい……」

 もはや葛藤も何もない。桃子に言われるまま、須藤は倒れるように布団の上に寝転がった。そして脇目も振らず、寝転がった数秒後に静かに寝息を立て始めた。まさに秒殺だった。
 本当に彼は疲れていたのだ。そしてそんな須藤を、桃子は優しく見つめるだけだった。
 
「おやすみなさい」

 耳元で桃子が囁く。その言葉は須藤には届かなかった。こうして須藤は甘酸っぱい匂いに包まれながら、赤の他人の家で熟睡することとなった。
 彼が目を覚ましたのは、それから三時間後のことだった。
 
「うん……」

 彼が意識を取り戻す最初のきっかけは、足音だった。畳の上を素足で歩くような、ぺたぺたという湿った足音。それが自分の頭の上で、右から左へ通り過ぎていったのだ。その音と体に伝わる振動が、彼を静かに揺り起こしたのである。
 
「何が……」
「お目覚めですか?」

 そうして彼が上体を起こすと同時に、声が聞こえてきた。須藤が寝ぼけ眼をこすりながら右を向くと、そこには壁沿いに置かれた椅子に座り、目の前のテーブルに湯気の立つ湯呑を置き、静かに読書をしていた桃子の姿があった。
 桃子は身を起こした須藤に気づき、香水の甘酸っぱい匂いを振りまきながら、そうして優しく声をかけてきた。
 
「どうですか? 疲れは取れましたか?」
「あ、はい」

 桃子からの問いに、須藤は小さく頷いた。この頃には目も頭も冴えを取り戻し、自分の置かれた状況を完全に理解した。
 そして渇きと飢えと疲れから完全に開放された彼は、ここでようやく自分の本当の使命に気が付いた。
 
「そうだ、早く仕事に戻らないと」
「仕事?」
「配達の仕事です。まだ残ってるから、急いで片づけないと」

 桃子の問いに須藤が答える。彼の目には使命感という火が再び灯っていた。真面目な男だった。
 それから彼はいつの間にか自分の体にかぶさっていた――もっと言うと、彼の体は寝ている間に仰向けに直されていた――毛布を取り払い、大急ぎで立ち上がった。一気に立ち上がったために立ちくらみに襲われたが、それでも彼は根性でそれを耐え、速足で玄関へ向かった。
 甘酸っぱい匂い。彼はそれを振り切れた。
 
「本当に、色々とありがとうございました。お礼は後で必ずしますから、今は仕事に戻らせてください」
 
 そして寝室を出る直前、須藤は後ろを振り向いて背後の桃子にそう言った。桃子は椅子に座ったまま、こちらに向かってにこやかに笑みを浮かべていた。引き留める素振りは見せなかった。
 須藤もまた、それを期待してはいなかった。今の彼の心を占めていたのは、早く仕事に戻らねばならないという使命感――強迫観念ともいう――だった。奴隷根性は桃子の匂いすら封殺してみせた。
 それから彼は何の妨害も受けないまま、あっという間に玄関まで辿り着くことが出来た。ほんの短距離を歩いただけと言うのに、須藤の息は上がっていた。それを気にする余裕は無かった。彼は玄関ドアのノブに手をかけ、鍵のかかっていないそれを勢いよく回した。
 
「痛い!」

 直後、目の前で声がした。本気で痛がっている女の声だった。甘酸っぱい匂いが一面に広がる。
 驚いた須藤が前方に視線を送る。そこには涙目になりながら、こちらをじっと見つめる女が立っていた。青い肌。スカートのように広がった肉の下半身。方々から生えた触手。
 そして香水の匂い。
 
「そ、そんなに強く捻らなくてもいいじゃないですかあ……」
 
 安土桃子だった。顔も姿も声も匂いも、確かに彼女そのものだった。彼女の背後にドアは無く、代わりに桃子が涙目になりながら、こちらを伏し目がちに見つめていた。
 
「なんでここに」
「あの、手を離していただけると助かるのですが……」

 自分が見た時は、確かに桃子は寝室にいたはずだ。呆然とする須藤に「桃子」が訴える。それを聞いて視線を自分の手に向けると、自分が彼女の手首を強く握りしめていることに気づいた。
 背筋が寒くなった。自分は確かにドアノブを掴んだはずなのに。
 甘い匂いがする。
 
「その子は桃子ではありませんよ」

 背後から声がする。桃子から手を離し、急いで後ろを振り向くと、そこには桃子が立っていた。
 安土桃子がそこに立っていた。
 後ろから甘い匂いが立ち込める。
 
「私が桃子です。その子はアンリ」

 須藤の後ろにいた桃子が、優しく微笑む。須藤に手を掴まれた女――アンリと呼ばれた桃子と瓜二つの女は、須藤に捕まれた手首をさすりながら、それでも須藤に向かって恭しく一礼した。
 
「アンリと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「驚かせてしまって申し訳ありません。その子はドア担当なんです」

 頭を下げるアンリを見ながら、桃子が物腰柔らかく詫びる。未だ驚きの渦中にあった須藤には、何が何だかさっぱりだった。
 桃子がいて、桃子とそっくりな女が現れて、その女はドアで。
 甘酸っぱい匂い。脳味噌がふやける。
 
「なんなんだ、何がどうなってるんだ」
「本当に申し訳ございません。私達は別に、あなた様を驚かせるつもりは無かったのです。今まで男性と深く触れあうことが無かったものですから、個性を磨くことをさほど重要視していなかったのです」
「本当に申し訳ありません」
「本当に申し訳ありません」

 桃子が謝罪をし、それに続けてアンリが桃子と同じ声で謝罪する。
 同時に桃子の声が天井から聞こえてきた。
 須藤は咄嗟に頭上を見た。頭の上には丸い蛍光灯がぶら下がっていた。頭上から甘い匂い。
 須藤の眼前で蛍光灯の表面が融け出す。融けた部分が熱したガラスのように下に向かってドロドロ垂れ落ち、青く変色しながら形を変えていく。
 
「玄関照明担当のユズルハと申します。ご主人様、宜しくお願い致します」

 そして蛍光灯の融け出した一部分が人間の上半身を形作り、そのヒトガタが逆さ吊りの体勢を取りながら須藤に挨拶をする。桃子と同じ顔、同じ肌の色、同じ声だった。
 同じ匂いがした。
 
「なんだよこれ……!」

 上下逆さまになった桃子――ユズルハの顔を見た須藤が、その顔を恐怖に歪ませる。そして恐怖のままに視線を動かし、縋るように桃子を見つめる。
 桃子はにっこりと笑ったままだった。自然体のまま微笑みながら須藤を見つめ返すだけだった。アンリとユズルハも、同じように無言で微笑むだけだった。
 同じ三つの顔が須藤を見つめる。同じ三つの匂いが須藤を取り囲む。
 微笑む顔を素早く見回しながら、須藤が怯えた声で問いかける。
 
「お前ら、なんなんだ……何者なんだお前ら……」
「ショゴスでございます」
「特技は擬態です」
「趣味はご主人様の身の回りをすることです」

 間髪入れずに答えが返ってくる。
 桃子とアンリとユズルハは口を動かしていない。
 ぐちゃり。左の方から瑞々しく濁った音が聞こえてくる。泥水を地面に叩き付けたような音。
 須藤が音のする方へ眼をやる。視線の先にはややくすんだ、白い壁があった。壁の方から柑橘系の匂いがする。
 壁の一部が歪んでいた。ある一点を中心にしてねじれていた。そして歪んだ壁の表面が前に飛び出し、そのまま不規則にねじれながら人の形を取っていく。
 同じ現象が、壁のあちこちで起きていた。左だけでなく右側の、そして玄関奥に見える壁も、同じようにねじれて飛び出し、人の形を取っていった。
 飛び出す度に、甘酸っぱい匂いが濃さを増していった。
 
「壁担当の清子です」
「壁担当の真知子です」
「壁担当のミミです」
「床担当のミシェルです」

 壁から生えた桃子たちが一斉に口を開く。そして唐突に耳元で声がした。驚いてそちらに目をやると、そこにはまた桃子と同じ顔で、同じ声を放つ女がいた。甘酸っぱい匂いを間近で感じた。
 その女は須藤の足元のすぐ横の床から「飛び出して」おり、例によって床の一部がねじれて盛り上がり、人の形を取っていた。
 
「あなたの足の感触、とても心地よかったです。これからもどうぞ、私をお使いくださいませ」
 
 ミシェルが頬を紅く染め、恥じらうように告げる。
 ぺたぺたぺた。玄関の奥から素足でフローリングを踏む音が聞こえてくる。
 
「ようやくご主人様が現れたのですね」
「作戦成功ですね」
「ああ、ご主人様! ようやくお会いできましたね!」
「お待ちしておりました、ご主人様!」

 桃子と同じ顔をした女たちが、奥から続々とやってきた。彼女達はその全てが、体の一部に無機物をくっつけていた。花瓶、食器一式、炊飯器、洗濯機。毛布と上半身を融合させ、顔の右半分に枕をくっつけた者。脇腹からテーブルの角をにょきりと生やした者。両手をそれぞれ包丁とまな板に変化させていた者。
 甘酸っぱい柑橘系の匂い。桃子の香水の匂いがさらに濃くなっていく。
 
「ああ、ご主人様」
「お会いできて光栄ですわ、ご主人様」
「これから誠心誠意、真心こめてご奉仕いたします。ご主人様」
 
 続けて天井全てが溶けだし、いくつもの部分が一斉に垂れ下がる。それぞれが蜘蛛の糸のように細く伸び、そこから一気に膨れ上がり、何十と言う桃子になって須藤と顔を合わせる。玄関脇にあった靴箱の戸が開き、奥から桃子の上半身が飛び出して須藤の足に絡みつく。目に見える床全てから何十人もの桃子が生えだし、その全員が須藤に向かってキラキラ輝く視線を向ける。
 桃子。桃子。安土桃子。ショゴス。ショゴスが家から生えてくる。家の中が甘酸っぱい匂いで満たされていく。家がショゴスに侵されていく。
 最初から家がショゴスだったのか? 俺は桃子の中で生活していたのか?
 柑橘系の匂いが須藤を襲う。
 
「お待ちしておりました。ご主人様」
「ご主人様! あなたのお履き物をしまわせてくださいませ!」
「ご主人様!」
「ご主人様!」
「ご主人様!」

 合唱が始まる。何十何百もの桃子が――桃子と同じ顔をした青ざめた女が、一斉に須藤を主と讃える。甘酸っぱい桃子の匂いを発散させながら、須藤を休みなく褒めたたえる。
 その称賛の嵐の中を、桃子がゆっくりと進んでいく。やがてユズルハをそっと脇にどかし、須藤の目の前まで到達する。
 須藤の頬にそっと手を添える。甘酸っぱい柑橘系の匂い。香水の匂いが鼻腔を通じて脳に至り、皺だらけの脳味噌を甘く溶かしていく。
 礼賛と香水が須藤を揺さぶる。視界がぼやけ、思考が緩慢になる。体が軽くなり、全身が熱く火照っていく。
 
「あなたは私の匂いに惹かれ、私達の中にやってきた。あなたは選ばれたのです」
「え」
「私達の使っている香水には、そういう効果があるのですよ。無意識下に私に惚れた男の人を虜にさせる、媚薬と撒き餌を組み合わせた特別製の香水です。バフォメット様からいただいたんですよ」
「じゃあ俺は」
「うふふ」

 桃子が怪しく笑う。獲物を前にした捕食者の笑み。それを見た須藤の股間に血が集まっていく。
 
「あなたは私を見つけて、私もあなたを見つけた。運命で結びつけられた雄と雌が、こうして巡りあえた」

 ショゴス達が須藤の元に集まっていく。ゆっくりと、じりじりと獲物を取り囲む。
 やがて桃子たちが須藤を包囲する。同じ顔をした桃子たちが須藤の元に歩み寄る。桃子の匂いで脳味噌が満たされ、思考回路が停止する。
 
「ご主人様」
「今、脱がして差し上げますね」
 
 何十何百もの手と触手が一斉に伸びていく。それら全てが、そっと須藤の体に触れていく。手が彼の髪に触れ、頬をなぞり、唇を震わせる。触手が腕に絡みつき、足を撫で、ズボン越しに尻を舐める。
 やがて触手たちが彼の服を脱がしていく。優しく、労わるように慎重に脱がしていく。ズボンの方にも手の群れが伸びていき、彼の履いているそれを静かに降ろしていく。
 須藤はされるがままだった。甘酸っぱい匂いに包まれながら、彼はただ服を脱がされるのを待つだけだった。
 
「想いの通じ合った雄と雌がすることは、一つです」

 桃子が――桃子の一人が、耳元で熱く囁く。全裸となった須藤もそれを望んでいた。
 もう良心も使命感も無かった。桃子に侵され、とろけきった彼の頭に残されていたのは、原初の欲望だけだった。
 
「どうか私に、ご奉仕させてください」

 桃子の一人が正面から須藤に抱きつく。甘酸っぱい匂いが全身を犯す。
 須藤の心が音を立てて崩れる。
 
「――桃子!」

 須藤が桃子の一人に覆い被さる。その須藤の上から、何十もの桃子が重なっていく。
 甘酸っぱい匂いが一層濃さを増す。そこに甘い声が混じり、汗と精と熱気が混ざる。
 
「ご主人様」
「お体を触らせてください」
「汗を舐めさせてください」
「あなたの匂いを嗅がせてください」
「ご主人様」
 
 桃子の声に包まれる。桃子の匂いに囲まれる。
 桃子の手が顔を撫でる。桃子の触手が全身を舐め回す。桃子の舌が須藤をしゃぶっていく。
 
「桃子、ももこぉ……」
「ご主人様、かわいい……」
「きもちいいよぉ……」
 
 心が砕け、脳味噌がとろけ、体が溶けて桃子と一つになる。
 須藤の体が溶ける。床の中へ沈んでいく。家と須藤が一つになる。
 足から床に吸い込まれていき、あっという間に腰まで溶ける。
 
「ももこの、いいにおいがする……きもちいい……」
 
 胸がなくなる。手の感覚がなくなる。首から下が床下に吸い込まれる。それに合わせて桃子たちも家の中に吸い込まれていく。
 自分の担当へ。元いた場所へ帰っていく。
 
「ご主人様、いかがですか? 気持ちいいですか?」
「うん……とても暖かくて、気持ちいい……」
 
 須藤は幸せだった。全身を桃子の匂いに包まれて、彼はとても幸せだった。
 自分の体がなくなっても、「須藤」が消えて無くなっても、須藤は幸せだった。桃子と一つになれて、彼はとても幸せだった。
 
「一緒に、幸せになりましょう――」
「うん――」
 
 溶け合う意識の中で、桃子と須藤が想いを交わす。
 完全に人気のなくなった一軒家。その「家の中」で、二人はようやく、真の意味で一緒になれたのだった。
 
 
 
 
 背中から触手を生やした須藤が勤め先に退職届を出したのは、その翌日のことだった。
17/01/20 21:43更新 / 黒尻尾

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