読切小説
[TOP]
業と救
綺麗に清掃されている部屋。
早朝、カーテンは閉じられており僕は気持ちよく寝てます。
静けさが漂う部屋の空気はガチャと扉が開けられる音で一気に霧散しました。

「おはよ、たーくん。朝だよ。」

優しく、限りなく優しく声をかけられます。僕の奥さんの栢(かや)さんは僕、辿璃(たどり)をたーくんと呼びます。

せっかく起こしにきてもらっていますが、起きたくないです。

「栢さん、もう少しだけ寝たいです…」

僕よりずっと早く起きて、朝の支度をしてくれている奥さんに我が儘を言いますが栢さんはすっごく優しい女性なのです。

「じゃ、私が着替えさせてあげるから寝てて良いよ。その代わり着替え終わったら起きようね。」

そう言うと僕が気にならない程度に、寝たままのその体を浮かせたり、軽く動かし器用にスーツを着せてくれます。

僕は小柄ですがそれ以上に栢さんの計算能力が高いことに由来します。
やっぱり白澤さんは凄い種族ですね。

いつもどうやって寝ている間にスーツを着せてくれているのかと聞いたことがありますがどうやら酔っ払いの人の体の動かし方、介抱の仕方の応用らしいです。
白澤さんである栢さんは僕には想像もつかないことを知っています。僕なんかと結婚してくれたのは奇跡ではないでしょうか。

「はい、たーくん。起きようね。」

いつもながらに違和感などなく、気持ちよく寝ている間に着替えさせてもらいました。

「はぁい。」

むくりと起きあがりますがやはりまだ眠いです。

「おはよ♪」

頬にキスをして抱きしめてくれるのでドキドキして、結果頭に血液が回ってきました。
これが毎日の僕の起床方法です。

そこからは普通の人と同じく、朝ご飯を食べて歯を磨き会社に行きます。

「行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃい。」

玄関では新婚さんのように、新婚ですが、起きたときとは違って今度はマウストゥマウスのキスです。
そしてこれも日課である元気づけ。

「私のたーくんは出来る子。たーくんは私のものだからね。」

耳元で囁かれるとくすぐったですが勇気がわいてきます。
栢さんの手料理を食べて、エネルギーは満タンです。
今日も1日頑張っていきましょう!

ーーーーー☆ーーーーー

「久遠!ここどうにかならんのか!」

久遠(くおん)とは僕の名字。小学生の頃からですが、年上の人に注意されることが多くて反省する毎日です。

「どの場所でしょうか。」

「お前の今月の自己目標値低すぎねぇか?久遠ならもっと出来るんじゃねーかぁなあ?」

課長は僕を評価してくれていてこんな風に鼓舞してくれることが多数あります! 
あっ、でも、今月は無理なのです…。

「今月は結婚式の予定で忙しいので少し落とさせていただきました。」

「会社でそれが通用すると思ってんのか?」

それでも先月のノルマより高く設定したんです。
栢さんとの時間も必要だしどうしよう…。

ヴヴヴ。
僕のポケットに入っていたスマホが着信を伝えてきました。

「課長少しすみません。はい、もしもし久遠です。」

取引先かも知れないので画面を確認と同時に通話開始を押してしまったが相手は栢さんでした。

『たーくん、切らないで!とりあえず私用ではない感じで話し続けて。』

「えっ、あっ、は、はい。」

すみませんと課長にジェスチャーで伝えつつ少し席を離れる。

『そろそろかと思って電話したんだけど。今月のノルマを高くしなさいって言われてない?』

「は、はい!困ってました…。」

『じゃあ、今から私が言うようにしましょう』

………。

「すみません、課長。」

「構わない。それで?結婚式なんぞで仕事を放り出さないよな?」

「ここだけの話なのですが…。」

“どうやら、最近海外の裁判所で取り上げられた判例で投資物件の利益保証を扱った件がありまして。”

「お、おう。」

“今回の論点は会社側の人間が若干利益率を誇張したことによって的確な判断が出来なかったということで敗訴したそうです”  

「だからなんだ!」

課長は僕の話を真剣に聞きつつカタカタとパソコンで検索をかける。

「うちの会社の支部もある国ですがどうやら明日明後日以降にその様な訴えを出す顧客全員で少しでも不満のある企業を一斉告発するそうです。相手の弁護士軍団は世界でもトップクラスの方々だそうで。」

“今からでも顧客の方々へのフォローをしておいた方がいいのでは無いでしょうか?”

マウスのカチカチという音が鳴り、数秒。
凄まじい勢いで電話をとり内線を繋いでいた。

「部長っ!海外の非常に小さな裁判で…はい、裁判で名前が挙がるだけで…はい、分かりました。」

電話を切り、はたと僕を見ると課長は早口で言いました。

「今月は新規に取るのは控えてルートで回れと全員に伝えろ!」

言い終わると同時に慌てて会社の外へ出て行かれました。


ーーーーー☆ーーーーー


「全く、仕事の分際で私たちのハネムーンを返上させようなんて。愚かにもほどがあるわ。」

あんなことにも気づけない無能共の集まりのくせに。

「でもまぁ、許してあげるわ。そろそろ撤回をもらうと思うし。」

ヴヴヴ。

「もしもし。あっ、たーくん、どうだった?」

『慌てて課長出て行ってしまいました。あと、今月はルート営業で顧客ケアを万全にしろと言われました。』

「あら〜、でも仕方がないわね。もし、対象企業として名前を挙げられたら資産運用系統の企業には致死のダメージになりえるもの。」

『でも、これで新婚旅行に行けますよ!やっぱり栢さんは凄いです!』

「私はたーくんのいる会社が危ないかもと思っただけで新婚旅行は神様がくれたものだからね。」

謙虚に行かないとね。よき妻でいなきゃ。

『神様がくれたかも知れませんがでも、栢さんがいなかったら意味ないです…。栢さんがいるから結婚できるし毎日楽しいです。』

たーくぅぅぅぅん。やっぱり、あなたは私には分からないわ!
なんで、そこから私と一緒だと楽しいってことになるの?
ほんっと良い子。

「私も同じよ♪なら、今日はいつもより早く帰れそうね。ご飯作って待ってるね。」

『はい!お仕事頑張りますよー!』

ふぅ…。
さて、また盗聴ONにして。お洗濯しなきゃ。


ーーーーー☆ーーーーー


さて、お昼休みです。
午前中は書類整理をしていましたが社内は僕の話から広まった混乱で徐々に喧騒が大きくなってます。

でも、お腹は空くものなので栢さんからの愛妻弁当を食べます。
今日はインゲンの肉巻きと南瓜の煮付けです。

「久遠先輩!」

「ん?」

僕のデスクに近づいてきたのは後輩と同じ営業の桜台さんだ。

「どうしたの?」

「なんか、今日すぐ上がれそうなので飲みに行きませんか?」

基本的に元気の良い子なので悪気はないだろうけど、一応既婚者が男女二人で合うのは避けたいところです。

「ご、ごめん。うちで待ってる人いるから」

「でも毎日忙しいですし、親睦を深めたいです。」

ピピピ。
桜台さんのスマホが鳴る。通話を求めるものではなくメッセージアプリだ。

「気にせず確認して良いよ。」

スマホを確認した彼女は急にそれまでの発言を撤回しはじめました。

「そうですね!では次の機会にしましょ!」

それでは!と言ってささっと立ち去る後輩ちゃんですが僕は気にしません。
相手を傷つけずに断れてよかったです!

「肉巻きおいしいなぁ。」

幸せです。


………………


『今日なんだか、早く切り上げられそうだし良かったらご飯行かない?』

「送信っと」

はぁ、本当にイライラする。
人間の、しかも凡人の雌が私の可愛い夫に手を出そうなんて。
社内の男になりすましてメールした途端にコロッと変わるんだから。

「身の程を知りなさいってことよ。」

まぁ、たーくんとこの男を天秤に掛けてるみたいだけど男の方は結構ゲスいことしてるみたいだし、良いお灸になるんじゃないかしらね。

「たーくんは良い子だから断れないことを察しなさいよね。」

でも…たーくんきっちり断ってて偉かったわね。
しかもちゃんと理由は“私”。

「ふふっ♪」

今日のお夕ご飯何にしようかしら。


ーーーーー☆ーーーーー


「ただいまでーす!」

「お帰りぃ〜」

いつもなら絶対有り得ない定時帰りした僕をしっかり待っていてくれてギュッと抱きしめてくれる栢さん。

「お仕事大変だった?」

「大丈夫です!」

「そう、良かった。」

よしよししてくれる手が本当に気持ちいいです。

「お風呂入ろっか♪」

「はい!」

……………
「気持ちいい?」

ゴシゴシと頭を洗って貰うのは日課です。これがないとお風呂に入った気になれません。

「気持ちいいです。」

「今日早く帰ってこれて良かったねぇ。」

「課長さん始め、会社の偉い人たちは本当に大変そうでした。」

「対応が遅れちゃうと大変なことになっちゃうもんねぇ。」

「でも、僕のお客さんは僕なら安心してるから心配しなくて良いって言ってくださいましたよ!」

「たーくんは良い子だから当然よ。」

私がアドバイスしたとおりの話の流れで、私がそれとなく進めた選択肢を提示すれば確定よ。

でも、私がアドバイスする前から一生懸命に手を抜かず勉強してやってたのに成績が全然上がらないなんて訳が分からなかったわ。

「栢さんと出会ってからですよ。僕ほんとに運命の人に出会えて幸せですから。」

「もう、恥ずかしいこと言わないの。ほら、流すわよ。」

ーーーーー☆ーーーーー

「おいしいです!バクス風煮込み!」

「バスクよ。スペインの料理なんだって。」

たーくん、鱈好きだから良かった。

「スペインなんですか。今度行きたいですね!」

「それじゃ、新婚旅行スペインにする?」

「僕言葉は分からないです!」

言葉が分からないと困ったときに栢さんを守れません!

「言葉は私が覚えるから大丈夫。というか、殆どの言葉は把握しているから。」

ニッコリ微笑んでくれるのは僕の女神様です!

「でも、たーくん。お嫁さんをしっかり守れるかな?」

「任せさてください!」

勢いよく手を挙げます。
クスクスと笑ってくれる栢さんを見ているだけで僕はまた明日も頑張れます!

「ほらほら、頬が汚れてるよ。」

…カッコ悪かったです!


ーーーーー☆ーーーーー


「たーくん、お仕事辛くない?」

ベッドで子供のようにポンポンとあやすとたーくんはもう眠そう。

「大丈夫ですよぉ。僕、栢さんと結婚するんですから頑張ります。」

たまたま運がないだけでこんなにも、愚直でまっすぐな子。
私が守ってあげるから、安心してね。

「私もたーくんなら大丈夫だと思う。でも、無理はしないで困ったことがあったら私に言うのよ。」

「ふぁい…」

寝ちゃった。
今日はいっぱいイチャイチャできたね。
明日も明後日も、ずっと私のそばでこの寝顔を見せてね。
そうしたら私もあなたをずっと幸せにしてあげるからね。


〜〜〜〜〜☆〜〜〜〜〜

私は栢、白澤。
知識育み、分け与える種族として生まれた。
周りの同族はそこに一切の疑問無くその使命を全うしていた。

私は違う。

きっかけなんて覚えていないが人間というのは愚かなものだ。
裏切り、憎しみ合い、結局争う。
少数は異なっても大部分は違わない。

資源開拓のための火薬、三代欲求の質を上げるための刃物、生活を豊かにするための薬品。

全てプラス以上にマイナスへの使い道を思いつく愚かな生き物達だ。
次に与えた余計な知識が、いらぬ知恵となり結局は争い傷つく者がでる。

だから私は種族としての役割を放棄した。
それでも、極々少数のまともな人間のために危険を伝えてきたこともあった。それも微々たることでほとんど意味はない。
白澤であることが生きることへの枷になっていたのだ。そのまま野垂れ死のうとまで考えていた。



しかし、私は救われた。



すべてはあの日、借りていた部屋の隣に辿璃君が引っ越してきてくれたからだ。



『こんにちわ〜、隣に引っ越してきたものですけど〜。』

「はい、あぁ。私のことは全然気にしなくて良いから。そっちもうるさくしなければそれで良いよ。」

「待って下さい!」

「!!?」

「何か困っているんですか!?なら、相談に乗ります!」

人が困っていたら助けろ。
その教えだけで得体の知れない人外に手を差し伸べ、振り払われ。
それでも差し伸べる。
私がなにを言っても味方の立場でいて話を聞いてくれる。


聞いてもらう話は毎回同じ。
何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も。
同じ話で、彼には分かるはずのない絶望を伝えるとそれと同じ回数だけ一緒に泣いてくれた。
分からなかった。知識というものに枯渇したことがない自分でも想像できない言動、感情に惹かれた。


私は救われた。
だから、私を救ってくれたこの子だけは何があっても守る。 迷っていた知識の使い方もようやく分かった。
私の能力は私の為だけに使う。
誰にもたーくんを傷つけさせないし、一生幸せにする。




ずっと一緒だからね。
私のたーくん。




18/05/01 17:05更新 / J DER

■作者メッセージ
まぁ、どうでしょうね。
面白いとかなんかもうどうでもよくなってます。

現代において多様性をどこまで認め受け入れ、自分とそりの合わない者を許容できるかって大事だと思います。
この話が本編と関係あるように思える方がいたら直接対話したいくらいです。

イキるのはこのくらいにして、次はノーマルのイチャラブ書きたいですね。
それでは。

宜しければ、以前の物もお読み頂けると幸いです。

では最後に皆様の余暇のお供になれることを願いましてー。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33