或婦録

とある一夜が明けて、鏡の前に立った者が居た。
隣に眠る女を起こさないようにベッドから降り、洗面台の前まで歩いていた。
その気遣いも空しく、叫ばずにはいられなかった。
鏡から遠ざかり、おぼつかない足取りでベッドに戻る。
彼の寝ていた場所の隣に、相変わらず彼女は寝ていた。
それを確かめて、再度鏡面前に立つ。

「俺が。どうして。こんなことに!!」

呻いた。

「確かに最近、アーデルには襲われてばかりだったが」

嘆いた。

「どうしてこんなことに」

唸った。

「インキュバスですらねぇ。何だこりゃ」

彼は寝る前と変わらない寝間着で、しかしそれら全てぶかぶかと余裕があった。
そういえば、確かに背もかなり縮んでいる。自慢だった長身は、その一切を失っていた。
鏡の前に移る、ずっと遠い昔のように感じる少年時代の面影をもつ少女。
ぺたん、ぺたんと体をまさぐると、男の象徴たる急所が無い。
ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の消失。
その代わり、その場所が申し訳程度に割れていた。

「俺、魔物じゃねえか」

ペイタは里を治めるリーダーの補佐を務めている。
里の民と協力して畑を耕し、果樹園を手入れし、山を管理するのだ。
しかし30と少しの年を重ねていた青年はこの日、性別の垣根を越えて転生した。
少年のような少女は、ぽろぽろと涙を零し、ただその顔を鏡で見ている。
腰回りを蝙蝠に似た翼が覆い、尾てい骨の辺りから爬虫類のような太い尾が伸びる。
こんな姿では民の前には出られるわけもない。

「ペイタ。あなた疲れてるのよ」

最初は寝惚け眼でそう言った彼の妻アーデルも、夫の変化に気付いた途端。

「あらあらうふふ」

などと含み笑いを浮かべて彼をまじまじと視姦していた。
彼女に説明を求めたが、生返事程度の答えしか返ってこない。
ペイタはその態度を変えさせようと試みたが、力も少年期のそれに戻っていた。
当然、力尽くで押さえ込む事など出来やしない。
ベッドで妻を無理矢理組み伏せても、自分の大砲を失って舵が取れない。
元々そういった技術のない、不器用な男だった。
更に、今や不器用な女になってしまっているのだ。
アーデルが舌なめずりした時、ペイタは家に誰も訪れない事を願った。




「んぁっ」
「あら、かーわいー。そんな声なんてあたし、聴いた事無いわ」
「そりゃ...、そうだろうけ、ど」
「でも、相変わらずココは弱いのね」
「ん...ふぅっ、ぐ」
「勃てちゃって、まぁ」
「うっぁっぁっぁっぁあああああ...」
「ふふ」
「くぅ、うぅぅ」
「そうだ。可愛さに免じて問題を出してあげましょう」

日も昇りきり、後は降りるだけとなった時分。
民が訪ねて来ない事すらどうでもよくなっていたペイタは、意識を半分失っていた。
そんな状態の夫に対し、アーデルはクイズを投げかけてきた。
ペイタは止んだ胸への刺激を惜しんだが、彼女はそれを無視して続けた。

「サキュバスと熱い仲になった人の末路は?」
「...インサヒュバシュに。なりまう」

呂律が回っていない事を自覚した。しかし、それもどうでもいい事だった。
脳がおかしいのか、口の内外が共にべとついているのかも、判断が追い着かなかった。
目の前にのし掛かる欲望の固まりに、身体をもっと委ねたかった。
そうするべく、ペイタはとろけきった頭で考える。
一生懸命に愚考する。

「せーかい。じゃあ、あたしはだぁれ?」
「...あーでりゅ」

くすくす。と妻は笑った。
ご褒美と囁き、充分敏感な部分を一舐めした。
それだけで大きな雷のような電流が走り抜けて、一気に脱力の淵まで追い込まれる。
しかし、アーデルは決してそれを許さない。後は息を吹き掛けるだけだった。
その小さな風にもペイタは反応し、情けなくも弱々しく喘いだ。

「あなたホントに可愛いわね。あたしは人間かしら?」
「...サキュ。ひぅ...バス」

ペイタは顔を手で覆い、その表情をアーデルに見せないようにする。
視界を遮断した陰りの中で、唾液で充分に潤った舌が、じゅるり、と音を発てた。
ちゅるり、ぺろりと身体を這っていく。敏感な部分はより長く、愛しく扱われた。
転生を遂げてからこれまでに、最も変化のあった部位は一切の刺激を受けていない。
快感を受けていない、唯一の部位が渇き、疼く。
気絶の淵で髪の毛一本程度を掴まれている様な感覚で、堕ちる事が出来ない。
身体が自然とくねっていた。
それは既に強力な本能。
恐らく、種としての自覚よりも内核に近いもの。
割れ物を手にしているかのような慎重なキスを交わされる。
舌を強く噛まれると劇薬を浴びたように熱を帯び、しかし痛覚も快感であると認識した。
濃い糸を引いて、絡まった舌は離れていく。
火を点したように熱いそれは徐々にペイタの身体をうねり、再度胸の位置で止まった。

「いずれココも、成長しちゃうのかしら」
「ちょ、しょこばっ...かぁ! やめてよ...」
「んぅむ。問題追加」
「うぅぅ!?」

何か気を害したのか。
ペイタは不満を漏らしたが、内心困惑した。

「あなたはサキュバス?」
「...??」
「男の人って、実はインキュバス以外にも変身できるのよ」

甘く言葉を紡いで快感を意のままに操るアーデルは、ペイタの内股を撫でた。
秘部には決して触れずに、細い指で本を捲るような優しい愛撫を繰り返される。

「見てよ、あなたの、無いわよね」
「ふぁうっ...くぅ」
「ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の代わりに、何がある?」

アーデルはペイタの新たな触覚である、尻尾をぎゅうと掴んで爪を立てた。
膨らんでいる尾の先端ぎりぎりまで扱き上げ、そのまま先端は口に含まれる。

「あばばばばばば」
「あたしのより随分とふっといよね、コレ」

ペイタ尾は舌で先をチロチロと掻き回され、彼女の全身できつく締め上げられる。
暴れる尻尾を力ずくで抑えている為、かなり大きいアーデルの胸も身体に擦りつけられる。
快感が加速していき、妻を気遣う事も出来なかった。
視界が暗転して、その世界から戻って来られない。
徐々に白んでいき、瞬間、覚醒する。
絶叫した。

「どぅっ! あっ! うえぇぇぇぇ!!」

驚愕の事実。
自分の新たな身体の未知の場所に、自分の未知の部位が沈んでいったのだ。
快感の正体を掴むと同時、沈んでいたものは中で暴れ出す。
自分には大きすぎる。
恐らく、それはサキュバスである妻にも大きすぎるものだった。
大きく破れ裂け、血が滲むが、やはりそれも脳内で快楽へと変換されていた。
無意識に全身が暴れ出し、最早アーデルもそれを止めなかった。
ベッドの上で大きな痙攣に跳ねるペイタに寄り添い、快悦を共感していた。
ペイタは夢うつつの意識でアーデルの双房に向かった。
体躯のライン次第ではとアンバランスとさえ感じてしまうそれは、とても柔らかく甘かった。
口にし、汚し、それでも足りない。欲望剥き出しでぶつけても、不足不満が残る。
揉みし抱いた。貪り続けた。

「あうっ、かあ...うぅぅッ」

気付けば、アーデルも呻いていた。
互いの翼や尻尾は夫婦を締め付けるように包んでいた。
その先端はふたりの秘部を差しており、挿入され、ゆっくりとピストンしていた。
片手の指を絡め合い、余った方の手で相手の全身をまさぐった。
舌を結ぶ勢いで口づける。首から鎖骨にかけては、涎によってひどく濡れていた。
偶然ふたりは同時に、秘部の一部を捻り上げた。
強力な刺激に、お互いの手に力が入る。
連鎖的に、快感が押し寄せる。

「くぎゅうううううううううううううう」
「ンジャメナァァァァァァ!!! 」

そうしてふたりは果てた。
朝から始まったまぐわいは妻が満足する迄続き、区切りがついた時は日も暮れていた。
ペイタは既にグロッキーで、何もかもがどうでも良くなっていた。
そのべとべとした身体のまま一夜を寝て過ごし、目が覚めた時は翌日の昼だった。
覚醒したペイタが最初に心配した事は、里の民の事である。
この夫婦が絶叫を繰り返す事は周知の事実だったが、里の民はその行為の最中であると知っていてもお構いなしに家を訪れる。
本来重要な立場にいる人間が、家から出ないで盛っている事など許されないのだ。
しかし、この2日間は誰も人が来なかった。
アーデルが人除けの魔法か何かをしておいたらしい。
里の様子を見て回ろうとして準備を始めた時、自分の身体を思い出した。
急激に不安になってしまった。

「これから、どうしよう」

ペイタは眉を潜め、呟いた。
現実は受け入れたが、今後を考えていなかったのである。

「そうねぇ。あなた、もう魔物だもんね」

至極当然だとばかりに妻は傍観体勢であった。
これからの全てを、夫であった少年のような少女に託すらしい。

「手始めに、この里の男共をみんな襲っちゃおうか」
「知り合いを襲うのは、ちょっと気が引けるな...」
「あら、そういうところはまだ人間なのね」

ベッドの上に座るアーデルは、裸のまま長い髪を指で梳かす。
途中、指で髪を一房くるくる巻いた。
仕草が可愛らしく、美しく、ペイタは彼女に見惚れた。
視線に気付いた彼女と目が合うと、急に恥ずかしくなって顔を背けた。
新しい体の自分も知らないところを、彼女に曝け出したのだ。
ペイタは彼女に対し、今までとは違う羞恥心に駆られた。

「...里を、出よう」
「構わないわ」

サキュバスは即答する。

「元々あたし、こんな狭い場所に留まっていられる様な性分じゃないもの」
「それもそうだなぁ」
「おなかが減ったらどうするの?」
「美味しそうな奴をふたりで襲っちゃえば、いいだけだ」
「そうね。そういう案なら、ずっと一緒に居られるわ」

アデールは微笑んで少女の提案を呑んだ。
ペイタは彼女の元に歩いていき、肩に手を掛けて目を見た。
成熟した女性は微笑んだままだが、少年のような少女は顔を赤らめている。
熱い視線が、こつんと衝突する。
少女の真剣な眼差しが可愛らしく、アーデルをより微笑ませた。

「好き」
「えぇ。あたしも好きよ」

ふたりは手を繋ぎ、軽いキスをした。
一度離れて、ペイタは身辺整理を始めた。
人にとられたくない物は、暖炉で燃やす物と持って行く物に分別した。
自分が消えること、これからの里長の補佐を誰に任せるかをメモに書き記した。
整理が終わる頃には、夜の帳が下りていた。

「新たな旅立ちだ」
「行きましょう。これ以上ここに居ても、惜しく思うだけよ」
「...そうだね」

夫婦だったふたりは再び手を繋ぎ、寝室の窓の前に立った。
窓の前にある小物を除け、その大きな木製の取っ手を持って開け放つ。
先にアーデルが窓から飛び出して、闇の中に飛んだ。
魔性の目は夜目もよく利いていて、ペイタは彼女の姿をはっきりと認識できた。
少女は続くように、ゆっくりと窓辺に足を乗せる。
暖かい部屋とは打って変わって、夜の外気は冷たいものだった。
それを何故か懐かしく感じ、自身が変わってしまったことを何となく感じていた。
ペイタは初めて手に入れた自分だけの翼を、里から去る為に初めて羽搏かせた。

「無限の彼方へ、さぁ行くぞ」

足が木の枠を離れ、少女は未知で可能性に溢れた未来に飛び立った。

※ この後、上手く飛べずに落下します。

アヌビスを投稿して直ぐにアルプ発表で、焦りました。
焦った序でに、調子こきました。
アルプは確実にカテゴリ過多にさせる逸材だと思う。


11/05/08 21:56 さかまたオルカ

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