連載小説
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後編・つわものどもが夢のあと
〇影との戦い

『サンタ・パンチ!』
「ぐわっ!」
手袋のようなこぶしがうなりを上げる。

『サンタ・キーック!』
「ごふっ!」
太い足が杭のように撃ちこまれる。

『ロー!リング!サンター!』
そしてまた向こうでは一瞬で3発のパンチを受けた男が崩れ落ちた。

「た、隊長、このサンタもどき思った以上に強いです!」
黒いサンタの一人が悲痛な声を上げる。
「うろたえるな! 準備が整うまで時間を稼げ!」
「時間を稼げって言ったって、」

『往生ぉ〜〜』
そこにドスドスドスと音を立てて赤いサンタが走ってくる。
「く、くそっ俺だって、俺だってェ!」

『聖夜ァ!!』
「ごへっ!?」
赤い巨体が宙を舞い、強烈なドロップキックが黒いサンタに炸裂した。

「チッここまで差があるとはな。おい、“鐘”の準備はどうだ!」
赤いサンタ達に押される仲間を見て、傷だらけの大男は後方へ呼びかける。

「現在チャージは20%ほどしか終わっていません。完了まであと10分はかかるかと」
「バカヤロウ! 5分でやれ!」
「りょ、了解! おい鳴動シークエンスを同時進行だ!

「さて・・・」
 傷だらけの大男が振り返ると、そこには3人の赤いサンタが、三つ子のように油断なく立っていた。
「それまでは俺が遊んでやる・・・来い!」

構えた大男に、3つの赤い影が躍りかかった。

 * * *
  * *
 * * *

塔の上に立つ二つの影。
「首席。ブリッツェン隊から救援要請、やつらなかなかやるようです」

「そうですか・・・わかりました。では後はお願いします」

「了解です」
「やれやれ、妹のために力を残しておきたかったのに・・・」

そう言って影は塔から身を踊らせた。

「ブリッツェン隊、これより首席がそちらに向かう。外敵をその場に釘付けにせよ。
ドナー隊は城の防御を固めろ。流れ弾ひとつでも敷地への侵入を許すな。
――各隊、状況を報告せよ」

『ダンサー隊より本部へ。ダンサー隊及びダッシャー隊は進行率90%、まもなく全行程を終了します。どうぞ』
「本部了解。ダッシャー隊の様子はどうだ?」
『志願兵(ボランティア)の坊主どもならおおむね問題なくやってます。キューピッドの援護と、あとは行儀のいい部屋を担当させているってのもありますが。・・・まあ、魔女の寝顔に見惚れて手が止まる奴はいますがね』
「そうか。両隊とも最後まで気を抜くな。ブランサー隊、四層の状況はどうか」

『ブランサー隊より本部。現在進行率50%。扉の術式に手こずっている。赤鼻の支援を乞う。どうぞ』
「本部了解。ルドルフ隊、聞いての通りだ、至急ブランサー隊に合流せよ」

『・・・ルドルフ隊より。“赤鼻は月光を浴びて輝く”・・・すでに対処は完了した。このままブランサー隊に同行する。どうぞ』
「本部了解。迅速な対応、さすがだな。キューピッド隊、現在の状況を報告せよ」

『キューピッド隊より本部。現在三層のダンサー隊が状況を終了した。これより四層付近で待機、ブランサー隊のリカバリーに備える。どうぞ』
「キューピッド隊、すでに出撃があったようだが損耗はどうか」

『キューピッド隊より本部。二度の出撃によりマーレイの消耗が激しく、ネーザと交代させた。その他は装備・人員共に問題はない。どうぞ』
「本部了解・・・。マーレイには良くやったと伝えてやってくれ。・・・ヴィクセン隊、コメット隊、状況を報告せよ」

『ヴィクセン隊より次席へ。現在ヴィクセン隊は五層にて待機中。いつでも行けるぜ、合図はまだかい? どーぞ』
『コメット隊より本部、上層への階段踊り場にて待機中。どうぞ』
「本部了解。ヴィクセン隊、相手が自分の妹だからといって油断するんじゃない。向こうはこちらを外部からの侵入者と認識している事を忘れるな。ブランサー隊が終了し次第ルドルフ隊とキューピッド隊をそちらへまわす。合流後、状況を開始せよ。
なおコメット隊は首席が戻られるまで待機せよ」

『ヴィクセン隊了解。もうすぐか、へへっ武者震いが止まらねえぜ』
『・・・コメット隊了解。このまま待機する』


 * * *
  * *
 * * *


『サンタ・パーン・・・ぐえっ!』
『サンタ・キーッぐほお!』
大男の一撃で、二人のサンタが吹き飛ぶ。

―おおっ、さすが隊長!―
―サンタもどきをいとも簡単に!―

大男の活躍で、赤いサンタに押されていた黒いサンタたちが活気を取り戻す。

『まさか教国にまだこんな奴がいたとは』
『だが、脅威なのはこいつだけだ。マツダ!オリノコ!奴にジェット気流アタックをかけるぞ!』

大男の前にさらに赤いサンタが立ちふさがる。

『がってん!』
『承知!』
『のすけ!』
『誰だ今の』

赤サンタたちが一列になって大男に向かってくる。

『黒き日輪の力を借りて、いま必殺のサン・・・タックルは腰からしたァ!』
「ぬおっ!?」

大技にそなえて構えた大男の虚をつき、一人の赤サンタが両足にタックルを仕掛ける。

『そのまま押さえてろ! ジェット気流――』
 すぐさま二人目の赤サンタが飛び掛る。
「じゃかましい!」
 しかし体勢を崩されながらも腕の一振りでそれを打ち落とす。
『れ、練習したのに〜!』
 二人目は情けない声を上げながら地面に倒れこむ。

『ぬおおっ、往生――』
 そこへドスドスドスと音をたてながら三人目の赤サンタが突っ込んでくる。

『聖夜ァ!!』
 推定120kgの巨体が宙を舞い、ブーツに包まれた両足が大男に炸裂した。

『決まった!』

「ぬうん!」
 やったかに思えたが、必殺のドロップキックも大男のガードを吹き飛ばすには至らなかった。
 そして両足にしがみついていたサンタも上から無理やり引き剥がすと、その膂力でもって放り投げた。

『バカな! あれで倒れないなんて!』
大男の力に赤サンタ達の間に動揺が走る。

『ああ、それになんて恐ろしい顔だ!』
『泣く子もだまるというのはああいう顔のことだな!』
 大男の体はこれまでの攻防によるものか、筋肉は盛り上がり、紅潮した顔には無数に走る古傷が浮かび、さらには額に浮かぶ血管がその恐ろしさを増していた。その姿はまるで人間というよりも――

「へっ、うちの隊長はその昔“悪鬼(オウガ)”と呼ばれたお方だ。お前ら有象無象のサンタもどきがかなう相手じゃないぜ!」

旧時代のオーガに似ていた。

 * * *

「コドク・スクリュー!」
『ごふっ』
 黒サンタのパンチを受けた赤サンタがきりもみ回転しながら吹っ飛ぶ。

「ロンリー・イング・アタック!」
『ぐっ』
 回転しながらの体当たりを受け、赤サンタはたまらず尻餅をつく。

「オヒトリサマーソルト・キック!」
『ウウアッ、ウウアッ、ウウアッ』
 そしてまた向こうでは黒サンタの蹴りで赤サンタが空中へと吹き飛ばされた。

 大男の活躍に勢いづいた黒サンタたちは赤サンタたちの猛攻を押し返し始めた。

「隊長! 鐘の用意が出来ました!」
「よし、総員陣形をととのえろ! 奴らに強烈な剛直の一撃を食らわせてやる!」

 大男の号令で黒サンタ達は鐘の周囲に集まる。

「行くぞ! 一歩でも前に進み、サバトの耳元でこの鐘を鳴らしてやるのだ!」
「「オオッ!!」」

「フォーメーション! “ロンリー・コーン!(孤独なるひと突き)”」

黒いサンタ達は“鐘”を中心にひと塊となってサバト城門へと突進を始める。

『本部より伝達! あの鐘は“シングル・ベル(孤独の鐘)”! 対魔物用の魔道兵器だ! ブリッツェン隊総員、奴らを止めろ! あれをサバトで起動させてはならん!』
 赤いサンタの通信係が叫んだ。

 赤いサンタ達はそれを聞き、表情を変えて黒いサンタ達の前に立ちふさがるが、先頭の大男になぎ倒され、“鐘”は不気味に響きながら城門へと確実に近づいていく。

黒いサンタ達が門の目前へと迫った時、彼らの前に、影が舞い降りた。


 * * *


―ウソだろ、あの隊長が、一撃で―
―そんな・・・ここまで来たってのに、クソッたれの化け物め!―

『投降しろ。もはや君達に抗う戦力がない事はわかっている』

 彼らの一縷の希望を一瞬で刈り取った男が呼びかける。その間にも他の赤いサンタ達が彼らを取り囲んでゆく。

「ここまで来て何もせずに終われるか! 皆!“鐘”を鳴らすぞ!」
「そうだ、チャージはもう終わってるんだ、やるぞ!」


Hark how the bells sweet silver bells,
 all seem to say throw cares away,
christmas is here bringing good cheer,
 to young and old meek and the bold,
ding dong ding dong!
 ding dong ding dong!
ding dong ding dong!
 ding dong ding dong!


 男たちが一斉に歌いだす。その歌声に共鳴して鐘の表面に光る文様が浮かび上がる。

『ドナー隊! 対魔法防御全開!』
 青年の切羽詰った声に城が透明なドームに包まれた。


ding dong ding dong!
 ding dong ding dong!
ding dong ding dong!
 ding dong ding dong!


 鐘から発せられた波動は狂ったように一つのメロディを繰り返すサンタたちを飲み込んだ後、前方、サバトの城門に光となって発射される。
 光の奔流はドームに当たって拡散され、周囲の森に散って消えていった。


 * * *
  * *
 * * *


 サバト場内、上層への階段の踊り場に、ひとつの影がやってきた。

「コメット隊の皆、待たせたね」
「主席、ご無事で何よりです」
「ふふ、緊張をほぐすのにはちょうどいい運動だったよ。さてみんな、ヴィクセン隊の次は僕らの番だ。準備はいいかい?」
「既に」
「いつでも行けます」
「覚悟完了」

青年の問いかけに、男たちは顔に緊張と高揚を浮かべて静かに答える。

『―――――』

「時間のようだね。では、行こう」

影たちは静かに階段を登って行く。
彼らの戦いは、いま始まったばかりなのだ。


 * * *
  * *
 * * *


〇つわものどもが夢のあと

「本当だって!」
「え〜、いくらなんでもそれはちょっと・・・」

 早朝の魔女達の部屋で、なにやら少女達が言い争っている。

「じゃあなにあんたサンタはいないとか言う気?」
「いやサンタさんはいますけど、トナカイは空飛ばないでしょ」

そこへ他の少女が近づいて来る。彼女は魔女達の中でも若く、夢見がちなことで知られていた。

「先輩」
「ちょっとあんたからも言ってやってよ! サンタはトナカイの牽くそりに乗って空を飛ぶのは常識だって!」

 少女はニッコリと笑うと先輩の背に触れ、

「夢を、見たんですよ」

 と優しく言った。とたんに周囲の魔女達の目が生暖かいものに変わる。

「ほ、本当だモン!」

 少女の声が空しく部屋に響いた。

 * * *

「メリークリスマス。どうした? なんか騒がしいけど」
「あっお兄ちゃん、メリークリスマス。なんかファミリアの子たちの様子がおかしくって・・・」

「アッオハヨウゴザイマス、オ兄サマに魔女サマ。今日も仲睦まじく」
「ねえリラちゃん、やっぱりおかしいよ。今までですます調で話した事なんてバフォメット様にだってなかったじゃない!」
「ナニヲオッシャイマス。ワタシハ良い子ナノデイツモ礼儀正しいデスシ良い子ナノデ皆サンの嫌がることナンテした事なんてナイデスヨ?」
「いや絶対変だから! どうしようお兄ちゃん、知らない間に教団にチキチキ洗脳でもされちゃったのかな?」
「う、う〜ん(ちょっと脅しが効き過ぎたかな)」

 三日ほどで元に戻った。

 * * *

 朝日の差し込む廊下を男が歩いていく。

 向かう先にはひとつのドアがあり、ドアのノブに大きな白い袋がぶら下がっていた。
 大きな手が袋を取り、ドアノブを握る。

 部屋の中にはベッドの上でつややかな長い髪を乱して寝息をたてる少女が一人。
 頬には涙のあとがついていた。

「メリー・クリスマス。おはよう、ポーラ」
「ッ! お、お兄ちゃん!?」
「どうした? ハーピーが豆鉄砲くらったみたいな顔して」
「だって、お兄ちゃん今潜入中だからって・・・」
「約束したろ? 『クリスマスは一緒に過ごす』って」
「うん・・・お兄ちゃん、その傷は」

 ベッドに腰かけた男の体には、昨日今日できたような真新しいキズがいくつもついていた。

「ん? ああこれは大したことないんだけど、向こうでちょっとな」
「私のせい?」
「え」
「私が、サンタさんにあんなお願いしたから、それで帰るために無茶したんじゃないの?」
「いや違う違う、教団領にもクリスマス撲滅派ってのが居てさ、そいつらが酒場で暴れてたからちょいと用心棒としてひと働きしたってわけ」
「ウソ。お兄ちゃんが酔っ払い相手にそんな怪我するわけない」
「いやいや凄かったんだぞ? 酔っ払いの中には勇者が1人、聖騎士が3人、あと魔法使いが30人いてさ、そいつらをちぎっては投げ、ちぎっては投げ・・・」
「もう、バカ。・・・いいわ、そういうことにしてあげる。でも一つだけ約束して」
「オッケー。お兄ちゃんはポーラとの約束は何があっても守るよ」

 男は少女に優しい目を向ける。

「・・・もし、私との約束を守るためにお兄ちゃんが危険な目にあうようなことがあったら、そのときは私との約束を破って」
「その約束は・・・守るのが難しそうだな」
「お願い。私、約束を守るお兄ちゃんよりも、無事に帰ってくるお兄ちゃんの方がいい」
「わかった。その約束は必ず守るよ。」

 そう言うと、傷だらけの大男は少女の頬にそっとキスをした。
 手に隠した手紙には震える細い字で少女のささやかな願いが書かれていた。

「ねえポーラ、さっき“あんなお願い”って言ったけど、サンタさんにどんなお願いをしたんだい?」
 聞かれた少女は美しい頬を恥ずかしそうに赤く染め、

「あのね、笑わないで聞いてね・・・

“クリスマスは、お兄ちゃんと過ごせますように”」

























「ばっふぉい! やっぱりわしは良い子だったのじゃ!」

「やあ、メリークリスマス。その様子だと今年のプレゼントは希望通りだったみたいだね」
「兄上、メリクリおはようなのじゃー!」
 包みを抱きしめ満面の笑顔を浮かべる妹に、青年は穏やかに微笑む。

(結局なにをお願いしたんだろう。次席も包みの中身は教えてくれなかったし。・・・まあ今ごろ彼も“つぼま印の被虐香”で妹と大変な事になってるだろうけど)

「それで、今年は何をお願いしたのかな?」
「ふっふっふ、知りたいかの兄上? 兄上だけには特別に教えてあげても良いぞ?」

(次席がOK出したって事は、危険物じゃあないって事だよな)

「知りたいなー。教えてください」
「ふっふっふっふ、よかろうなのじゃ! では用意するからちょっと外で待ってて欲しいのじゃ」

 妹に背を押され、青年は部屋の外に出る。
 待つこと少し、妹の呼ぶ声に応えて部屋の中へ入った彼の目に入ってきたのは、シーツをマントのようにすっぽりとかぶり、全身を隠した妹の姿だった。

「伏して拝むが良い・・・ 紺色(こんじき)の神の姿を!

シーツの下から現われたもの、それは

「なん、だと? それはまさか、サハギンの・・・紺色皮膜ッ!?」

“サハギンの紺色皮膜”――いわゆるサハギンの鱗で、一部の愛好家たちの間で高値で取り引きされる――に身を包み、その平坦な肢体を惜しげもなくさらす妹の姿であった。
(※俗に言う紺スク水である)

「んふふふー、どうじゃ? 似合っておるじゃろ?」

 似合っている・いないどころの話ではない。もし魔物を主神がつくったという説が本当ならば、この究極にして至高、唯一にして絶対の美をこの世に顕現した主神に感謝の祈りを捧げたいぐらいだ。

「あとこんなのもあるぞ」
 そう言って彼女が取り出したのは、小さな瓶。“お気軽ローション 〜汚れず・痛まずどこでもぬるぬるプレイ〜”

 ラベルを見て卒倒しそうになる意識を踏ん張り、頬をつねって必死に耐える。
 事ここに至ればやることは一つ。もう良い子の時間は終わったのだ。

「ば、バッフォーい!」

 サバト最上階に男の咆哮が響きわたる。しかし、その声を聞いた者はいなかった。
 なぜならば皆、それどころではなかったからである。


20/01/04 23:31更新 / なげっぱなしヘルマン
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■作者メッセージ
「・・・阻止限界点を・・・(とっくに)超えました・・・」

えるしってるか
欧米のクリスマス休暇は12月25日と1月1日の二日。(その間を有給とかで休みにする)
つまり今日はまだ・・・クリスマスだ!
(初投稿日2019.12.31)

朝の風景をちょっと追加。(20.01.04)

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